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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)115号 判決 1991年12月19日

原告 井坂紀子

右訴訟代理人弁護士 小部正治

被告 新宿税務署長 鈴木俊彦

右指定代理人 加藤美枝子 外四名

主文

一  被告がいずれも昭和六〇年二月一五日付けでした、原告の昭和五六年分の所得税の更正のうち総所得金額で三一八万一九二三円、納付すべき税額で三六万九六〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定のうち加算税額で一万一五〇〇円を超える部分、昭和五七年分の所得税の更正のうち総所得金額で三三九万二三二〇円、納付すべき税額で三九万六二〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定のうち加算税額で一万三五〇〇円を超える部分並びに昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額で三四五万四七四三円、納付すべき税額で四〇万六八〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定のうち加算税額で一万三五〇〇円を超える部分を、いずれも取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告がいずれも昭和六〇年二月一五日付けでした、原告の昭和五六年分の所得税の更正のうち総所得金額で二五〇万〇四三四円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、昭和五七年分の所得税の更正のうち総所得金額で二八八万〇一八二円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定並びに昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額で二八四万五七四四円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定を、いずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、写植を業とする者であるが、昭和五六年分から昭和五八年分までの所得税について、いずれもその法定申告期限内に、次のとおりの確定申告をした。

昭和五六年分 総所得金額 一六四万四一四〇円 税額 一二万九七〇〇円

昭和五七年分 総所得金額 一六四万八八〇七円 税額 一二万二四〇〇円

昭和五八年分 総所得金額 一七五万五五〇四円 税額 一三万四一〇〇円

2  これに対し、被告(昭和六二年六月三〇日までの名称は淀橋税務署長。以下同じ。)は、いずれも昭和六〇年二月一五日付けで次のとおりの各更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各決定」という。)をした。

昭和五六年分 総所得金額 四一三万七三三五円 税額 五六万一八〇〇円

過少申告加算税額 二万一五〇〇円

昭和五七年分 総所得金額 四六三万九〇八二円 税額 六五万七三〇〇円

過少申告加算税額 二万六五〇〇円

昭和五八年分 総所得金額 五〇四万七〇八六円 税額 七五万四五〇〇円

過少申告加算税額 三万一〇〇〇円

3  しかし、本件各更正のうち、昭和五六年分については総所得金額で二五〇万〇四三四円を、昭和五七年分については総所得金額で二八八万〇一八二円を、昭和五八年分については総所得金額で二八四万五七四四円を、それぞれ超える部分及び本件各決定は、いずれも違法なものであるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1及び2の事実は認める。

三  本件各更正及び本件各決定の根拠に関する被告の主張

1  前記のとおり原告から提出された確定申告書の内容を被告において検討したところ、昭和五八年分については「所得金額」欄に数額の記載がなされているのみで「収入金額」欄及び「必要経費」欄に数額の記載がなく、また、いずれの年分のものについても収支明細書の添付がなく、各年分の申告所得金額が一般の業況等に照らして過少であるとの疑いがあり、更に、原告についてはその開業以来調査を行っていなかったことから、各申告内容の確認のため調査を行う必要が認められた。

2  そこで、被告の花田係官が昭和五九年五月二八日を始めとして、何度か原告のもとを訪れ、調査を行おうとしたが、原告が不在であったり、都合がつかないとして調査の延期を求められたりして、調査を行うことができなかった。

更に、花田係官から本件調査を引き継いだ道又係官が、同年七月二四日を始めとして、再三にわたり原告のもとを訪れた結果、ようやく八月七日に調査を行うことについて原告の合意を得、同日原告方に赴いて、調査を行おうとしたが、原告は、新宿民主商工会の会員等を同席させて調査理由を開示するよう求めるのみで、帳簿の提示要求に応じず、調査に協力しようとしなかった。

このような状況のもとでは、実額によって原告の各所得金額を把握することは到底不可能であったため、被告は、やむなく被告の調査によって把握した収入金額を基礎として原告の各所得金額を推計によって算出し、本件各更正を行った。

3  推計によって原告の各年分の所得(事業所得)を算出すると、その金額は、次のとおりとなる。

(一) 昭和五六年分

(1)  売上金額 一一三六万二二〇〇円

(2)  売上原価等 六六四万六八八七円

売上原価等とは、売上原価と一般経費(ただし、<1>建物の減価償却費、<2>利子割引料、<3>貸倒金、<4>固定資産除却損、<5>繰延資産の償却費、<6>青色申告者に認められている割増償却費及び特別償却費並びに<7>地代家賃の各経費は除き、外注費及び人件費(青色専従者給与を含む。)を含む。)の合計額である。

原告の場合、右売上原価等が不明であるので、被告は、原告の納税地を所轄する新宿税務署及びその近隣の税務署管内に事業所を有し、かつ、原告と事業規模の類似する同業者(以下「比準同業者」という。)の売上金額に対する売上原価等の割合の平均値(以下「同業者平均経費率」という。)五八・五〇パーセントを求め、これを(1) の原告の売上金額に乗じて算出した。

(3)  支払家賃 四五万三〇〇〇円

右支払家賃は、原告の自宅兼事務所に係る支払家賃九〇万六〇〇〇円に、事業使用割合五〇パーセントを乗じて算出した金額である。

(4)  事業所得の金額((1) -(2) -(3) ) 四二六万二三一三円

(二) 昭和五七年分

(1)  売上金額 一二二一万七三八〇円

(2)  売上原価等 六九五万二九一一円

(1) の原告の売上金額に、同業者平均経費率五六・九一パーセントを乗じて算出した金額である。

(3)  支払家賃 五三万一三〇〇円

昭和五六年分と同一の自宅兼事務所に係る支払家賃一〇六万二六〇〇円に、事業使用割合五〇パーセントを乗じて算出した金額である。

(4)  事業所得の金額((1) -(2) -(3) ) 四七三万三一六九円

(三) 昭和五八年分

(1)  売上金額 一三五一万二〇五〇円

(2)  売上原価等 七七八万一五九〇円

(1) の原告の売上金額に、同業者平均経費率五七・五九パーセントを乗じて算出した金額である。

(3)  支払家賃 五一万三二〇〇円

昭和五六年分と同一の自宅兼事務所に係る支払家賃一〇二万六四〇〇円に、事業使用割合五〇パーセントを乗じて算出した金額である。

(4)  事業所得の金額((1) -(2) -(3) ) 五二一万七二六〇円

4  本件各更正に係る各年分の総所得(事業所得)の金額は前記一の原告の請求原因2のとおりであり、いずれも右推計による金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

また、本件各決定も、本件各更正により原告に納付すべき所得税額に基づいて過少申告加算税を算出したものであるから、適法である。

四  被告の課税根拠の主張に対する原告の認否等

1  被告の主張1の事実のうち、原告の昭和五八年分の申告書の「収入金額」欄及び「必要経費」欄に数額の記載がなかったこと、いずれの年分の申告書にも収支明細書の添付がなかったこと、原告について開業以来調査が行われていなかったことは認める。原告の申告所得金額に過少の疑いがあったことは否認する。その余の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、花田係官と思われる者が昭和五九年五月二八日に原告のもとを訪れたこと、原告の都合がつかなかったため花田係官に対して調査の延期を求めたことがあること、道又係官が調査に来た際に新宿民主商工会の会員等がその場に同席していたことがあること、原告が道又係官に対して調査理由を開示するように求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、関係帳簿をいつでも提示できるように準備し、調査の理由が明らかになればこれを直ちに提示することとしていた。ところが、道又係官は、ただ帳簿の提示を求めるばかりで、調査の理由を何一つ明らかにしようとしなかった。同係官は、そのまま調査を止め、勝手に帰っていってしまったのである。

3  同3の事実のうち、各年分の原告の売上金額及び支払家賃の総額が被告主張のとおりであることは認める。その余は争う。なお、原告の支払家賃のうち事業使用割合は、各年とも八〇パーセントである。

また、同じ写植業であっても、<1>印画紙に原稿を焼き付ける段階までの作業のみを行っている者、<2>版下に刷り込む段階までの作業を行っている者、<3>印刷の段階までの作業を行っている者等、その業態には差異があり、とりわけ右<3>のような業態の者の場合には、印刷は外注に依頼することがほとんどであるため、その点が売上原価等にも大きな差になって現れてくる。したがって、これらの差異を無視した同業者の比較は、全く意味のないものというべきである。

4  同4の主張は争う。

5  原告に対する本件調査は、当初は、被告係官が事前の連絡もせずに突然原告の事務所を訪れて調査を強行するという方法で行われ、原告が調査日時を合意して被告係官が来訪した昭和五九年八月七日の調査においても、原告からの調査の具体的理由を明らかにするようにとの要求に対して、被告係官は、単に原告の所得金額が正しいかどうかを確認するためと告げるのみで、それ以上に調査の客観的必要を基礎づけるような理由を明らかにすることなく、一方的に帳簿等の提示を要請するのみであった。しかも、被告は、八月七日の調査を一方的に打ち切って、その後改めて原告に対して現場調査の申し入れを行うこともせずに、直ちに取引先等に対する反面調査を強行し、本件各更正を行うに至ったのである。

このような方法によって行われた被告による本件調査は、憲法三一条の適正手続の保障の趣旨にも反する違法なものといわざるを得ず、したがって、このような違法な調査手続によって行われた本件各更正及び各決定は、そのこと自体で違法なものとして取り消されるべきである。

五  各年分の所得金額に関する原告の主張等

1  原告の作成している帳簿や保存している領収書等の関係書類によれば、原告の昭和五六年分の事業所得金額の実額は、次のとおり二五〇万〇四一四円である。

(一) 売上金額 一一三六万二二〇〇円

(二) 売上原価及び一般経費(合計) (二八七万五八六八円)

材料費 七六万〇七七八円

水道光熱費 二四万八七四四円

電話料 八万六六八〇円

交通費 三〇万〇二九〇円

会費 〇円

雑費 一〇二万三五五七円

減価償却費 四五万五八一九円

(三) 特別経費(合計) (五九八万五八七八円)

人件費 二三一万九九二〇円

外注費 二九四万一一五八円

家賃 七二万四八〇〇円

(四) 事業所得の金額((一)-(二)-(三)) 二五〇万〇四一四円

2  また、同じく原告の昭和五七年分の事業所得金額の実額は、次のとおり二八七万九八六二円である。

(一) 売上金額 一二二一万七三八〇円

(二) 売上原価及び一般経費(合計) (三六三万八六八七円)

材料費 一三四万一九二五円

水道光熱費 二四万二三九〇円

電話料 九万三五一〇円

交通費 三三万四九六〇円

会費 二万八一〇〇円

雑費 一一四万一九八三円

減価償却費 四五万五八一九円

(三) 特別経費(合計) (五六九万八八三一円)

人件費 一九六万五三〇〇円

外注費 二八八万三四五一円

家賃 八五万〇〇八〇円

(四) 事業所得の金額((一)-(二)-(三)) 二八七万九八六二円

3  更に、同じく原告の昭和五八年分の事業所得金額の実額は、次のとおり二八五万一三八四円である。

(一) 売上金額 一三五一万二〇五〇円

(二) 売上原価及び一般経費(合計) (四四二万八八九六円)

材料費 一八五万二三五五円

水道光熱費 二五万四二〇二円

電話料 八万四五二〇円

交通費 四九万九九二〇円

会費 三万〇〇〇〇円

雑費 一二五万二〇八〇円

減価償却費 四五万五八一九円

(三) 特別経費(合計) (六二三万一七七〇円)

人件費 二二五万六二〇〇円

外注費 三〇四万六七五〇円

家賃 八二万一一二〇円

貸倒金 一〇万七七〇〇円

(四) 事業所得の金額((一)-(二)-(三)) 二八五万一三八四円

4  そうすると、本件各更正に係る各年分の総所得(事業所得)の金額は右の原告の所得金額を上回っているので、原告は、前記請求の趣旨記載の金額の限度で本件各更正の取消しを求めるとともに、あわせて本件各決定の取消しを求めるものである。

六  原告の所得金額の実額の主張に対する被告の反論等

1  所得税法一五六条によれば、所得税の課税についてはいわゆる実額課税の方式以外に推計課税の方式も予定されており、推計課税は、納税者が納税調査に対して協力しない等の事情があるため実額課税が行い得ない場合に限って、補充的に認められるものと考えられる。

しかし、一たん推計課税による課税処分が適法に行われた以上は、その課税処分当時に実額課税が可能でありそもそも推計課税の必要性が存在しなかったと考えられるといった特段の事情がある場合でない限り、その取消訴訟の段階になって右推計課税の適法性を覆すことはできず、原告の方で実額課税の方法を主張することは許されないものというべきである。

本件においては、原告は、原処分調査時において帳簿書類が存在していたにもかかわらず、何ら正当な理由もなしにその提示を拒んだものであり、そのため、被告は、実額による所得金額の算出を断念せざるを得ず、やむを得ず推計課税の方法による課税処分を行ったのである。したがって、本件における実額課税不能の状況は、原告自らが作り出したものであり、原告は、自ら実額課税の機会を放棄したものであるから、原告の本訴における実額の主張は、時機に後れたものであり、また、信義に反するものとして許されないものというべきである。

2  また、本件のように、被告が推計の方法によって算出した所得を主張しているのに対して、原告が領収書等の資料によって実額により計算した所得額を主張しようとする場合は、原告の主張する方法によって真実の所得額を算定し得る場合でなければ、これによって被告のした推計課税を覆すことはできないものというべきである。

ところが、本件で被告の主張している売上金額は、反面調査で把握した事実、原告が異議調査等の際に提示した資料等に基づくものであり、それが原告のすべての取引先との全取引を漏れなく捕捉したものであるとの保証はないものである。したがって、このような売上金額を前提として、原告が実額による必要経費の存在を主張、立証しようとする場合には、単にその経費の支出の事実を主張、立証するだけでは足りず、その経費が右売上げに対応するものであることをも立証する必要があるものというべきである。

しかし、本件では、原告の方から、右の点の主張、立証がなされていないから、すでにこの点で、原告の右実額による経費の主張は失当なものというべきである。

3  更に、本件において原告が実額であると主張する経費等については、支払先の領収証等による裏付けがなく、原告作成の出金伝票やノートのみを根拠とするもの、その支払の宛先の記載を欠くレシート等のみを根拠とするもの、支払年月日の記載の不備な領収証等のみを根拠とするものなどが含まれており、これらの経費等については、その経費としての支出の根拠自体が薄弱であるから、これを原告の本件事業所得の必要経費に算入することは許されないものというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  本件各更正及び本件各決定の存在について

被告が、いずれも昭和六〇年二月一五日付けで、本件各更正及び本件各決定を行ったことについては、当事者間に争いがない。

二  被告による原告に対する調査の経緯等について

前記の当事者間に争いのない事実並びに証人道又修二の証言及び本人尋問における原告の供述によれば、被告が前記事実欄の第二の三の2において主張するとおり、原告が被告係官の調査に応じようとせず、帳簿書類の提示要求に応じないため、本件各更正及び本件各決定に当たって、被告の側では実額によって原告の所得金額を把握することが不可能であったことが認められる。

この点について、原告は、被告のした本件調査に事前連絡の欠如、調査理由の不開示、補充性を無視した反面調査の強行等の違法があると主張する。しかし、所得税法上、税務当局の行う質問検査の時期、方法等の実施の細目は、原則として権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解されるところであり、調査の日時等の事前連絡、調査理由の個別的、具体的な告知といったことが、右調査を行うについての法律上の要件とされているものではないと考えられるから、右の原告の主張は採用できない。

また、原告は、関係帳簿をいつでも提示できるようにしていたとも主張する。しかし、前記道又証人の証言及び本人尋問における原告の供述によれば、原告もその期日を了解したうえで被告係官が調査のため原告方を訪れた昭和五九年八月七日における調査においても、原告は被告係官において調査の具体的理由を開示しない限り帳簿の提示要求には応じないとする姿勢を示しており、その後も、原告の側では、右の調査理由の開示が行われない限り被告係官の求める調査への協力を拒否するとの態度を変えようとしなかったことが認められるのである。そうすると、被告係官が、もはや原告の本件調査への協力を期待することができないと判断するに至ったことについては、合理的な根拠が存していたものというべきである。

右の事実からすれば、被告が原告の所得金額を推計によって算出し、それによって本件更正及び本件決定を行ったその手続自体については、何ら違法な点は認められないものというべきである。

三  原告の各年分の事業所得の金額について

1  売上金額について

本件各年分の原告の写植業による売上金額が、昭和五六年分が一一三六万二二〇〇円、昭和五七年分が一二二一万七三八〇円、昭和五八年分が一三五一万二〇五〇円であることについては、いずれも当事者間に争いがない。

2  経費の額について

(一)  経費の額については、被告がそのうちの売上原価等の額を、右の売上金額に同業者平均経費率を乗じて算出するという、いわゆる推計の方法によって得た金額で主張しているのに対し、原告の側では、自らが作成していた帳簿や保存していた領収書等の関係書類によって計算した、右被告の主張金額を上回る金額を、その実額として主張していることは前記のとおりである。

この点について、被告は、まず、本件調査の段階で原告自らが実額課税不能の状況を作り出しておきながら、本訴において実額による所得の主張をすること自体が、時機に後れたものとして、あるいは、信義に反するものとして、許されないと主張する。しかしながら、現行所得税法上、実額課税の場合と推計課税の場合とで事業所得に対する課税について異なった内容の課税標準が設けられているわけではなく、両者の課税方法の別は、総収入金額から必要経費を控除した金額(所得税法二七条)として規定されている課税標準の計算が、一方が帳簿書類等の直接資料によって行われるのに対し他方が同業者比率等の間接的な資料によって行われるという、その所得の認識の方法の別をいうにすぎないものであることはいうまでもないところである。ところで、被告のした本件課税処分の適否が争われている本訴においては、その課税処分の実体面での適否は、原告の所得の額の点に関する右処分の認定、判断が右の所得税法の規定による真実の所得額との対比において正しいものであるか否かという観点から判断されるべきであり、しかも、その判断の資料等についてなんらかの制限があるものと解すべき実定法上の根拠も見当たらない。そうすると、本件において被告が推計の方法によってした課税処分についても、その認定した所得の金額が右所得税法の規定による真実の所得額との対比において過大であるとの主張が原告からされ、その主張を立証するための証拠が提出された場合において、そのような主張、立証が信義に反する等の理由で許されないものと解すべき根拠はないものといわなければならない。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。しかも、一般論としては、帳簿書類等の直接資料によって計算された所得金額の方が、間接的な資料によって計算された所得金額に比べると、より真実の所得額に近似するものと考えられるから、右原告の主張する経費の実額について客観的な帳簿書類等による裏付けがあると認められるときは、被告の主張する推計方法が合理的なものと認められるか否かを問うまでもなく、原則として、右の実額による金額をもって原告の各年分の経費の額とすべきこととなるものというべきである。

次に、被告は、本件において被告の主張する売上金額自体がある程度の捕捉漏れの可能性を含むものであることを理由に、この売上金額を前提として原告が実額による必要経費の存在を主張、立証しようとする場合には、その売上金額が取引先とのすべての取引を含むものであること及びその経費が原告の事業に関連性を有するものであることをも主張、立証する必要があり、特に、売上げと直接対応する経費についてはそれが現実に右の売上げに個別に対応するものであることをも原告において立証することを要するものと主張する。しかし、被告のした課税処分の適否が争われている本件訴訟においては、前記の所得税法上の所得の計算の根拠となる事実である収入金額と必要経費の額の双方について、基本的には課税庁たる被告側にその主張、立証責任があるものといわなければならない。そうだとすると、原告が当該事業年度において事業に関する経費としてある金額の支出をしていることは認められるものの、その支出が原告の事業による一定の具体的な収入金額と個別に対応する必要経費に該当するものといえるか否かの点についてはなお疑問の余地があるという場合に、右の支出金額を一律に必要経費の額に算入することを認めないとすることは、相当ではないものと考えられる。もっとも、右のように原告の事業に関する必要経費の支出であるものと一応推認することができるような支出がある場合においても、所得計算の前提とされている原告の事業による収入の金額に一定の金額の捕捉漏れがあることが具体的に明らかとなった場合には、右の必要経費の支出と一応推認される金額のうち右の捕捉漏れとなった収入金額に対応する部分の金額を必要経費の額に算入することが相当でないことはいうまでもない。また、右の捕捉漏れとなった具体的な収入金額が明らかでない場合においても、所得計算の前提とされている収入金額と経費としての支出額と一応推認される金額とを対比して得られた経費率が、同業者の経費率に比べて明らかに過大に失すると認められるような場合には、逆に所得計算の前提とされた収入金額にはかなりの捕捉漏れがあることが明らかに認められることとなり、右の支出額の総額をもって必要経費額とすることが不合理になるものと考えられる。すなわち、被告のこの点に関する主張は、右のような限度において理由があるものということができる。

(二)  そこで、以下においては、右(一)のような考え方を前提として、被告が実額による経費の支出額として主張する金額のうちどの範囲のものを前記原告の本件各年分の売上金額に対応する必要経費として、原告の右各年分の事業所得の金額を計算すべきかを検討することとする。

(1)  原告の帳簿の作成及び関係書類等の保存状態

<書証番号略>(レターケースを撮影した写真)、本件訴訟において原告が提出した領収書等の各書証及び本人尋問における原告の供述によれば、原告の写植業の事業に関する帳簿の作成や関係書類の保存状況は次のようなものであったことが認められる。

すなわち、右原告の事業に関する経理事務は、すべて原告自身がこれを処理しており、毎月の売上げについては、その内容をノートに記載していた。また、右事業に関する支出についても、これに関する各種の伝票等を整理保存するためのレターケースを備え付け、領収書、請求書、納品書、受領書、交通費メモ等の書類を、各種類別に区分けしてそこに保存しておき、毎月これを整理したものをノートに記載するようにし、更に、各年度の領収書等を一年ごとにまとめて綴じるという方法でこれを整理、保存していた。

右のような原告の領収書等の関係書類の保存状況からすると、ノート、領収書、レシート等の書証による裏付けのある支出については、原則として原告の主張する各年度にその事業に関連してその支出がされたものと推認することができるものと考えられ、その支出が原告の当該年度の事業に関連してされたものであることを否定するためには、それなりの具体的な反証が存することを要するものというべきである。

この点について、被告は、宛て先を「上様」とする領収書や宛先の記載のないレシートのみを根拠とする支出については、原告が現にそのような支出を行ったこと自体についてもその裏付けを欠くものであると主張する。確かに、一般論としては、宛先不明の領収書やレシートのみではその支出が現実に本人によってされたものか否かを確認することができないことは被告の主張するとおりである。しかし、本件の場合、<書証番号略>及び本人尋問における原告の供述によれば、これらの領収書及びレシートは原告が支出をしたときに受け取ったものをそのまま前記のレターケースに保存していたというのであり、本件訴訟における原告の領収書等の関係書類の提出状況からしても、右の供述はそれなりに信用できるものと考えられる。したがって、他にその信用性を覆すに足りるような反証がない場合には、右のような領収書等の記載も原告の事業の経費の支払いの事実を裏付けるに足りるものと考えるのが相当である。

(2)  材料費について

<書証番号略>(いずれも原告の陳述書)による原告の陳述並びに本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する材料費は、写植の文字盤、版下等の作成のための用紙、薬品等の原告の事業に必要な材料の購入に要した費用であることが認められる。右の材料費の支出については、原告が右各年分の支出額として主張する金額(昭和五六年分が七六万〇七七八円、昭和五七年分が一三四万一九二五円、昭和五八年分が一八五万二三五五円)の全額について、それぞれその支出を証する領収書等の関係書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。もっとも、昭和五八年分については、原告が同年分の支出額として主張する金額一八五万二三五五円のうち合計九万七八一五円分については、原告がその支出を証する書面として提出した各レシート(いずれもヨドバシカメラ新宿店のレシートである<書証番号略>)記載の支出年が同年以外の昭和六一年、昭和五二年等の年度となっている。しかし、<書証番号略>(陳述書)による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、同店の店員の話によると、同店のレジスターは年月日を手で調整する方式のものであるため年の表示が誤って記載される可能性があり、現に例えば昭和五三年と記載のある<書証番号略>の<1>のレシートにはその最上段に「カメラ・フィルム・ビデオ・時計」との記載があるが、<書証番号略>によれば、レシートに右のような表示がされるようになったのは昭和五七年以降のことであって、昭和五三年のものについてそのような表示がされることはあり得ないことが認められ、また、<書証番号略>は昭和六〇年一二月一六日に国税不服審判所に提出されているためそこに昭和六一年以降に発行されたものが含まれることはあり得ないのに、<書証番号略>に記載された年の表示が昭和六一年以降のものとなっていることが認められる。更に、<書証番号略>によると、右の年の表示の相違するレシート分の金額を昭和五八年に同店から購入した材料費の金額から除外すると、昭和五八年分については前年以前と比べて購入した材料費の額が極端に少なくなることが認められることをも考慮すると、右の各レシートの年の表示は誤って記載されたものであり、その各金額についても原告の主張のとおり、これを昭和五八年分の材料費に算入すべきものと考えるのが相当である。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右材料費の金額については、昭和五六年分については七六万〇七七八円、昭和五七年分については一三四万一九二五円、昭和五八年分については一八五万二三五五円の各全額について、その支出について客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

なお、被告は、宛て先を「上様」とする領収書及びレシートの記載のみを根拠とする支出についてはこれを原告が支払ったとの裏付けを欠くと主張するが、前記のとおりこれらの領収書及びレシートは原告が支出をしたときに受け取ったものをそのまま前記のレターケースに保存していたと認められるものであるから、右の領収書等の記載も原告の右材料費の支払いの事実を裏付けるに足りるものと考えられる。

(3)  水道光熱費について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する水道光熱費は、原告が賃借して写植の事業の事業所等として使用していたライオンズマンション四一二号室で使用された水道、ガス及び電気の各使用料金であったことが認められる。右の水道光熱費の支出については、原告が各年分の支出額として主張する金額(昭和五六年分が二四万八七四四円、昭和五七年分が二四万二三九〇円、昭和五八年分が二五万四二〇二円)に符合する内容の支出を証する領収書、銀行預金通帳等の関係書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。

ところで、右マンションの居室については、その事業使用割合を八〇パーセントとすべきことは後記(11)のとおりであり、そうだとすると、右水道光熱費として支出された金員についても、原告の事業の必要経費に当たるのはその八〇パーセントにとどまるものとするのが相当である。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右水道光熱費の金額については、昭和五六年分については二四万八七四四円の八〇パーセントに当たる一九万八九九六円、昭和五七年分については二四万二三九〇円の八〇パーセントに当たる一九万三九一二円、昭和五八年分については二五万四二〇二円の八〇パーセントに当たる二〇万三三六二円の各限度で、その支出について客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(4)  電話料について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する電話料は、原告が賃借していた前記ライオンズマンション四一二号室で使用された電話の料金であることが認められる。右の電話料の支出については、原告が昭和五六年分の支出額として主張する八万六六八〇円、昭和五七年分の支出額として主張する九万三五一〇円及び昭和五八年分の支出額として主張する八万四五二〇円について、それぞれその全額の支出を証する領収書等の関係書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。

この電話料の支出についても、右水道光熱費の支出の場合と同様、原告の事業の必要経費に当たるのはその八〇パーセントにとどまるものとするのが相当である。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右電話料の金額については、昭和五六年分については八万六六八〇円の八〇パーセントに当たる六万九三四四円、昭和五七年分については九万三五一〇円の八〇パーセントに当たる七万四八〇八円、昭和五八年分については八万四五二〇円の八〇パーセントに当たる六万七六一六円の各限度で、その支出について客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(5)  交通費について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する交通費は、写植の原稿の受取り、出来上がった製品の納品、外注先への版下の届けやその引取り等のための電車賃、バス代、タクシー代であり、原告は、これらの経費を支出する都度、その金額を記載したメモを作成して前記レターケースに収納しておき、毎月末にこのメモを整理して交通費ノートに記録していたことが認められる。右の交通費の支出については、原告が各年分の支出額として主張する金額(昭和五六年分が三〇万〇二九〇円、昭和五七年分が三三万四九六〇円、昭和五八年分が四九万九九二〇円)に符合する内容の支出を証する交通費ノート等の関係書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分について<書証番号略>)として提出されている。

この点について、被告は、右交通費ノートに昭和五五年及び昭和五九年分以降の記載がないこと、右記載では交通手段及び経路が不明であること等を理由に、右各書証の記載内容には信憑性がないと主張する。しかし、右ノート等の具体的な記載内容について原告が前記のとおりの供述をしていることからすれば、被告の主張するような点だけから右各書証の信用性を否定することは困難なものといわざるを得ない。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右交通費の金額を昭和五六年分については三〇万〇二九〇円、昭和五七年分については三三万四九六〇円、昭和五八年分については四九万九九二〇円であるとする原告の主張には、客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(6)  会費について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する会費は、原告がその事業の関係で加入している新宿民主商工会の会費であることが認められる。右の会費の支出については、原告が各年分の支出額として主張する金額に符合する内容の支出を証する領収書が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右会費の金額を、昭和五七年分については二万八一〇〇円、昭和五八年分については三万円であるとする原告の主張には、客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(7)  雑費について

<書証番号略>の写真並びに<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する雑費は、原告の事業の従業員の茶菓子代等の福利厚生費、取引先との打合せや接待等のための喫茶代や食事代、顧客先への御中元及び御歳暮代、写植の参考資料等として利用するための新聞代、写植作業のための作業服代等の各種の営業経費として要した費用であることが認められる。右の雑費の支出については、原告が昭和五六年分の支出額として主張する一〇二万三五五七円についてはそのうち八六万二〇五七円について、昭和五七年分の支出額として主張する一一四万一九八三円についてはそのうち一一二万四六二〇円について(三月二三日に支出したとする九八八円及び六月三〇日に支出したとする二万円については、いずれもその支出を裏付ける領収書等がなく、また、四月一日に支出したとする四八〇円については、この支出を証する証拠として提出された<書証番号略>の領収書の年が昭和五二年となっているため、その支出を認めることができない。他方、これ以外に、<書証番号略>により三月四日に七〇五円が、<書証番号略>により七月三一日に六〇〇円がそれぞれ支出されていることが認められ、また、<書証番号略>により四月二九日に原告主張額を一九〇〇円上回る金額が、<書証番号略>により一二月三〇日に原告の主張額を九〇〇円上回る金額がそれぞれ支出されていることが認められるので、これらを差引計算すると、右の金額となる。)、昭和五八年分の支出額として主張する一二五万二〇八〇円についてはその全額について、それぞれ一応その支出の事実を証するような内容の出金伝票、領収書等の関係書類が原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。しかし、これらの支出額については、その支出の事実自体あるいはこれを必要経費に算入することについて、被告からも種々の問題点が指摘されているので、更にこの点を検討することとする。

<1> 領収書等の提出のない支出について

原告が昭和五六年分の支出額として主張するもののうち合計一六万一五〇〇円(一二月六日に支出したとする三万七五〇〇円及び一二月一五日に支出したとする一二万四〇〇〇円)については、その支出の事実を証する領収書等の資料が提出されていない。原告は、<書証番号略>による陳述及び本人尋問における供述で、これがキャビネットや机、椅子等を購入した際の支出であるとしているが、領収書等の資料の提出がない以上、右のような原告本人の供述のみでは右の金額の支出を認めることはできないものというべきである。

<2> 出金伝票のみを根拠とする支出について

まず、原告の主張する右雑費の支出の中には、支出項目を「おやつ、お茶、ティッシュ他」又は「雑費」とするのみで、具体的な出金項目の記載をしない出金伝票(<書証番号略>)のみをその支出の根拠とする毎月二万円づつの支出(各年分合計各二四万円)が含まれている。<書証番号略>(菓子箱を撮影した写真)及び前記の原告本人の供述等によれば、これは、原告の従業員に対する福利厚生費として、毎月二万円づつを備え付けの菓子箱に入れておき、それで随時お茶菓子、ティッシュペーパー等必要なものを購入した経費であるというのである。しかし、本訴において原告から提出された書証等からすると、原告は細かい支出についても漏れなくその領収書等の資料を保存、保管していた事実がうかがえ、しかも、<書証番号略>各証の中には、スーパーマーケットや洋菓子店等の細かい領収書やレシートも多数含まれていることが認められる。そうすると、原告が毎月二万円づつ支出したとする右出金伝票による福利厚生費の支出と右のレシート等による支出の中には、その内容が重複しているものが含まれている可能性を否定できないものというべきであり、しかも、その重複の限度、内容を明らかにする資料がない以上、右の出金伝票による毎月二万円の福利厚生費の支出全体について、その経費としての支出を裏付けるに足る資料がないものとせざるを得ないことになる。

更に、右の支出以外にも、原告の主張する雑費の支出の中には、昼食代等(例えば<書証番号略>)の名目の出金伝票のみをその支出の根拠とする支出が相当数含まれている。しかし、これらの出金伝票は、その支出項目等からして、その支出の都度作成されていたものであり、本人尋問における原告の供述によれば、開業したばかりでレシートをもらわなかった支出に関するものや領収書等を徴してこれを保管しておくことが困難なような内容の支出に関するものであったことがうかがわれるから、これらの支出については、他に特段の反証がない以上、右出金伝票をもって右の経費の支出の事実を裏付けるに足りるものとせざるを得ない。

<3> 宛先を「上様」とする領収書及びレシートを根拠とする支出について

前記の各書証によれば、原告の主張する右雑費の支出の中には、宛先を「上様」とする領収書や宛先の記載のないレシートの記載のみを根拠とする支出が多数含まれており、また、発行時の切り取り方が悪かったためか発行店名の表示部分が切り取られているレシートも多数含まれていることが認められる(<書証番号略>等)。

しかしながら、前記のとおり、これらの領収書及びレシートは、原告が事業のために支出した際に受け取ったものをそのまま前記のレターケースに保存していたと認められるものであるから、これらの支出についても、右の領収書等をもって右の経費の支出の事実を裏付けるに足りるものと考えるのが相当である。

<4> 年度の記載のないレシートを根拠とする支出について

また、右雑費の支出を証する証書として提出されたレシートの中には、年度の記載のないもの(<書証番号略>)が含まれていることが認められる。

しかし、前記の原告の供述によれば、原告の前記のような領収書の保存、整理状況等からして、特段の反証のない限り、右のレシートに記載された支出は原告の主張する年度にされたものと認めることができるから、これらの支出についても、右のレシートをもって原告の主張する各年分の経費の支出の事実も裏付けるに足りるものとするのが相当である。

<5> 送別会、結婚式等のための支出等について

原告の主張する右雑費の支出の中には、送別会(<書証番号略>)、出産祝(<書証番号略>)、結婚式会費(<書証番号略>)等の名目による支出の他、多数回にわたる飲食費等の支出が含まれており、また、新聞の講読料やかなりの頻度による作業服の購入のための支出(<書証番号略>)が含まれている。

しかし、<書証番号略>による原告の陳述並びに本人尋問における原告の供述等によれば、これらの支出は、いずれも原告の事業と密接な関係を有する取引先との交際、打合せや原告の従業員に対する残業時の食事の提供や慰安のために要した経費、写植の構成等の参考資料とするための新聞購入費、あるいは、原告及び従業員の作業時に着用する作業服の購入に要した経費の支出であるというのであって、他に右の原告の供述の信用性を覆すに足りる証拠も見当たらない。したがって、これらの支出についても、これを原告の事業の必要経費に算入すべきものとして扱うのが相当である。

<6> 御中元、御歳暮等のための支出について

更に、原告の主張する右雑費の中には、取引先に対する御中元、御歳暮等の贈答品等のための経費が含まれており、<書証番号略>の各照会回答書によれば、その支出を証するレシートの中には実用婦人肌着売場、紳士用品売場等で発行されたものがあることが認められる(<書証番号略>)。しかし、本人尋問における原告の供述によれば、このうちの贈答品のための支出は原告が日ごろ親しく交際している取引先の担当者への贈答品の購入に要した経費の支出であるというのであり、そのような原告と相手方との関係からすれば、実用婦人肌着等が必ずしも贈答品として不自然なものであるとすることはできず、この事実だけからして右の支出が原告の事業関係の経費以外の個人的な家事関連の経費に関するものであるとまですることは困難なものというべきである。また、右各照会回答書によれば、右の各支出の中には、本人尋問において原告が供述しているのとは異なる使途に支出されているものが含まれていることがうかがえる。しかし、何年も以前の細かい金員の支出について、その具体的な支出項目に関する原告の供述に事実と異なる点が含まれている可能性があるからといって、そのことだけから、右の各支出が原告の事業関係の経費以外の個人的な家事関連の経費に関するものであるとするまですることも困難なものといわざるを得ない。

<7> 原告主張の支出日時より後に発行された公給領収証を根拠とする飲食費の支出について

<書証番号略>の照会回答書によれば、原告が昭和五六年一月二三日に支出したとする一万二六五〇円の支出の根拠となる公給領収証(<書証番号略>)の用紙は同年三月六日に、同年三月七日に支出したとする一万二三二〇円の支出の根拠となる公給領収証(<書証番号略>)の用紙は同年九月九日に、それぞれ東京都課税部間税課から都内の都税事務所に送付され、これが更にその後各事業者に交付されたものであることが認められる。そうすると、右の各公給領収証にされている支出日時の記載は、明らかに虚偽のものであることが認められるものというべきであるから、右の各支出については、これが当該年度にされたものであることを裏付ける証拠がないものとせざるを得ない。

なお、原告が昭和五七年九月一四日に支出したとする二万〇五七〇円の支出の根拠となる公給領収証(<書証番号略>)についても、その支出日時の記載が後に原告の手によって記入されたものであることがうかがえるが、右の日時の記載が虚偽のものであることを認めるに足りる証拠はないから、右の支出については、右の領収証の記載をもってその裏付けとなるに足りるものとせざるを得ない。

以上の検討の結果によれば、原告の主張する各年分の雑費の支出については、前記のとおりその支出の事実を証する領収書等が証拠として提出されている金額から各年二四万円ずつの前記福利厚生費としての支出額を控除した額(昭和五六年分については六二万二〇五七円、昭和五七円分については八八万四六二〇円、昭和五八年分については一〇一万二〇八〇円)から、更に、昭和五六年について右の支出日時の記載が虚偽のものと認められる公給領収証を根拠とする支出額合計二万四九七〇円を控除した額(五九万七〇八七円)の限度で、その支出について客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められることになる。

(8)  減価償却費について

<書証番号略>(減価償却費計算書)並びに<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する毎年各四五万五八一九円の減価償却費は、原告の保有している写植機械及び文字盤の減価償却費並びに写植機械の運搬費、事務所の賃借の礼金等の開業費用の繰延償却額であることが認められる。

右の減価償却費のうち、写植機械のパボエイトについては、原告がこれを昭和五三年に代金二三八万一三七五円で購入していることを証する売買契約書(<書証番号略>)及び契約明細書(<書証番号略>)が証拠として提出されており、その耐用年数を八年として本件各年分の減価償却額を計算するとその金額が二六万七九〇四円となることが認められる(<書証番号略>)。しかし、その余の減価償却資産の購入費及び開業費については、その支出の事実を証する領収書等の計算書類が証拠として提出されていないから、これらの経費を支出したとする原告本人の供述のみでは、右の金額の支出を認めることはできないものというべきである。

右の事実によれば、原告の事業の経費として計上された右減価償却費の金額については、昭和五六年分ないし昭和五八年分の各年分について、原告の主張する各年四五万五八一九円のうち二六万七九〇四円の限度においてのみ客観的な帳簿書類等による裏付けがあるにとどまるものとせざるを得ない。

(9)  人件費について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する人件費は、原告がその事業のために雇用していた城谷玲子(昭和五六年から昭和五七年二月末まで在職)及び武田静江(昭和五六年から昭和五八年まで在職)に対して支給した給与の支出であることが認められる。右の人件費の支出については、原告が各年分の支出額として主張する金額(昭和五六年分が二三一万九九二〇円、昭和五七年分が一九六万五三〇〇円、昭和五八年分が二二五万六二〇〇円)に符合する内容の支出を証する領収書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年については<書証番号略>、昭和五八年分については<書証番号略>)として提出されている。

もっとも、<書証番号略>並びに本人尋問における原告の供述によれば、原告は、本件各更正に対する不服審査の段階では、国税不服審判所に対して、右の<書証番号略>とは一部内容の異なる領収書を人件費の支出を証する資料として提出しており、その領収書では、右武田静江に対する支払額が前記の<書証番号略>による支払額より減少して、毎年の支払額が合計七五万円以下となり、その代わりに、福田、双木及び加藤なる人物に給与が支払われた形がとられていることが認められる。しかし、<書証番号略>による右武田の陳述、<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、これは、右武田の場合には、その夫が得ていた給与所得に対する課税に際して右武田を控除対象配偶者として配偶者控除を受けることが可能なようにするため、右武田の依頼によって、同人については現実の支払額より低い支払額を記載した内容虚偽の領収書を作成し、残りの支払額については架空人名義の領収書を別途作成していたというのであって、他にこの原告の供述内容の信用性を覆すに足りるだけの証拠も見当たらない。

更に、被告は、武田静江作成名義の領収書の体裁や同人に対する給与額の増加の状況等からして、右領収書の記載を同人に対する現実の給与の支給状況を示すものとすることには疑問があると主張する。しかし、前記のとおりの原告の供述等に照らすと、被告の主張するような点だけからして右の領収書の記載内容の信用性を否定することも困難なものといわざるを得ない。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右人件費の金額を昭和五六年分については二三一万九九二〇円、昭和五七年分については一九六万五三〇〇円、昭和五八年分については二二五万六二〇〇円であるとする原告の主張には、客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(10) 外注費について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する外注費は、原告が顧客から受注した仕事のうち、主として印刷に関する作業の他、特殊な写植、製版、デザイン等の作業を外注した経費であることが認められる。右の外注費の支出については、原告が各年分の支出額として主張する金額(昭和五六年分が二九四万一一五八円、昭和五七年分が二八八万三四五一円、昭和五八年分が三〇四万六七五〇円)に符合する内容の支出を証する領収書等の関係書類が、原告のもとに保存されており、証拠(昭和五六年分については<書証番号略>、昭和五七年分については<書証番号略>、昭和五八年分について<書証番号略>)として提出されている。なお、昭和五六年分の支出とされている<書証番号略>の領収書による一一万四三〇〇円については昭和五七年に、昭和五七年分の支出とされている<書証番号略>の領収書により九万一七二〇円については昭和五八年に、昭和五八年分の支出とされている<書証番号略>の領収書による一一万六八〇〇円については昭和五九年に、それぞれその現実の支出が行われていることが認められるが、これらの経費については、<書証番号略>により、それぞれその前年中に支払いの請求が行われていることが認められるから、いわゆる発生主義の原則により、これを原告主張の各年分の経費に算入すべきものと考えられる。

もっとも、<書証番号略>及び本人尋問における原告の供述によれば、原告は、国税不服審判所等における本件各更正に対する不服審査の段階では、外注費として右の金額より高い金額を主張していた事実が認められる。しかし、<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、これは、右不服審査の段階では、原告がその仕事のために雇用していた二名のアルバイト従業員に対するアルバイト料を右の外注費に含めて主張していたのを、本訴においては、その分について正規の領収書がないこと等から、その主張を取り下げることとしたことによるというのであって、他にこの原告の供述内容の信用性を覆すに足りるだけの証拠も見当たらない。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右外注費の金額を、昭和五六年分については二九四万一一五八円、昭和五七年分については二八八万三四五一円、昭和五八年分については三〇四万六七五〇円であるとする原告の主張には、客観的な帳簿書類等による裏付けがあるものと認められる。

(11) 家賃について

<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告が各年分の経費として主張する家賃は、前記ライオンズマンション四一二号室の賃料の支出であることが認められ、その各年分の支払家賃の総額が、昭和五六年分については九〇万六〇〇〇円、昭和五七年分については一〇六万二六〇〇円、昭和五八年分については一〇二万六四〇〇円であったことについては、当事者間に争いがない。

被告は、右貸室は原告の自宅兼事務所であって、その事業使用の割合が五〇パーセントにとどまっていたものと主張しているが、<書証番号略>(右貸室の間取図)、<書証番号略>による前記武田の陳述並びに前記<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、原告は通常は右の貸室で寝泊まりすることはなく、その生活の本拠を近くに住む姉の家としており、仕事で遅くなったとき等に右貸室で仮眠することがある程度にとどまっていたことが認められることからすると、その事業使用割合を五〇パーセントにとどまるとすることには疑問があり、むしろ原告の主張するように、その八〇パーセントが事業の用に供されていたものと推認することも可能なものと考えられる。

右の事実によれば、原告の事業の経費として支出された右家賃の金額として原告の主張する昭和五六年分の七二万四八〇〇円、昭和五七年分の八五万〇〇八〇円、昭和五八年分の八二万一一二〇円という金額は、いずれも前記家賃総額の八〇パーセント以内の金額であるから、その主張には客観的な裏付けがあるものと認められる。

(12) 貸倒金について

所得税法五一条二項により売掛金債権の貸倒れによって生じた損失を必要経費に算入するには、当該年中に弁済期が到来している債権につき、債務者の倒産、失踪等の事情が生じ、債権の回収の見込みがないことが客観的に確実になったことを要するものと解すべきである。

ところで、原告が東京アートに対し昭和五六年分の未収金として一〇万七七〇〇円の債権を有していたことについては当事者間に争いがない。しかしながら、本人尋問における原告の供述によれば、東京アートが入居していたマンションの管理人の説明では昭和五九年二月ころまで東京アートからその賃料が支払われていたというのであり、そうすると、右東京アートが所在不明となって右債権の回収の見込みがないことが客観的に確実になったのは、昭和五九年以降である可能性が高いものといわなければならない。

したがって、右一〇万七七〇〇円の未収金を貸倒金として昭和五八年分の必要経費に算入することはできないこととなる。

(13) 本件売上金額に対応する必要経費の範囲について

本件において被告の主張する売上金額については、被告は、前記のとおり、ある程度の捕捉漏れの可能性を含むものであると主張しているところであり、現に、<書証番号略>(住友銀行新宿東口支店(旧平和相互銀行新宿支店)の原告名義の普通預金口座)の記載と<書証番号略>(原告の売上帳)の記載とを対比すると、インク企画ナルミユキオ(鳴海幸夫)との取引について三〇万円の、ミヤモトキヨシ(宮本清志)との取引について一二万八〇〇〇円の各金員が右口座に振り込まれており、これは、原告の売上の捕捉漏れに該当するものであることが認められると主張している。

しかし、<書証番号略>(右鳴海作成の陳述書)及び本人尋問における原告の供述によれば、右の三〇万円は原告が昭和五七年一〇月ころ右鳴海に対して貸しつけていた貸金の返済として同人から受領したものであることが認められ、また、右原告の供述によれば、右宮本は原告と取引関係のある東京農業大学生協の常務理事であって、原告が同人個人と取引を持つことは有り得ないことから、右の一二万八〇〇〇円を原告の事業の売上金とすることには疑問があることが認められる。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

また、被告は、材料費の支出額が、昭和五六年分が七六万〇七七八円、昭和五七年分が一三四万一九二五円、昭和五八年分が一八五万二三五五円と年を追って大きく伸びているのに、前記売上金額が昭和五六年分が一一三六万二二〇〇円、昭和五七年分が一二二一万七三八〇円、昭和五八年分が一三五一万二〇五〇円とわずかな伸びしか示していないこととなることを根拠に、右売上金額にはかなりの捕捉漏れが含まれているはずであると主張している。しかし、<書証番号略>によれば、右の材料費のうちかなりの部分は写研から写植の文字盤を購入した費用であり、右文字盤の購入費を控除した材料費で比較すると、昭和五六年から昭和五八年までの各年分の材料費の支出額にさほどの伸びがないことが認められる。しかも<書証番号略>による原告の陳述及び本人尋問における原告の供述によれば、文字盤の購入費の伸びが必ずしも原告の売上金額の伸びに比例するという性質をもつものとも認められないから、この点に関する被告の主張は採用できない。

更に、被告は、右のような売上金額を前提として原告が実額による経費の存在を主張、立証する場合には、その経費が現実に右の売上げに対応するものであることをも原告において立証すべきであると主張する。しかしながら、事業に関する経費としてある金額が支出されたことが認められる場合に、これが一定の具体的な収入金額と個別に対応するものであることが認められるのでなければこの支出を必要経費に算入することが認められないとすること自体に疑問があることは前記のとおりである。そして、本件において右の(2) から(11)までに認定したところに基づいて、原告の各年分の売上金額に対する売上原価等の割合を計算してみると、それは六五パーセントないし六九パーセント程度となり、しかも、本人尋問における原告の供述によれば、原告の事業の業態が、写植のみを行うのではなく、製版、印刷から製本までのすべての仕事を請け負う例が多く、その場合には製版、印刷及び製本の作業を他に外注することとなるため、一般の写植業者の場合に比べると印刷外注費の支出が相対的に大きくなるという特徴を持ったものであることが認められるところである。そうすると、この原告の経費率は、被告が本訴において各比準同業者の経費率として援用するものの中にも最高では八〇パーセント以上にも及ぶものが含まれていることと対比しても、明らかに過大に失するものとまですることは困難なものというべきである。したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。

結局、本件においては、原告の各年分の前記売上金額に対応する必要経費の額を次のとおりとして、各年分の所得金額を算出すべきこととなる。

昭和五六年分 八一八万〇二七七円

昭和五七年分 八八二万五〇六〇円

昭和五八年分 一〇〇五万七三〇七円

3  事業所得の金額について

以上によれば、実額による経費額を前提として計算した原告の各年分の事業所得の金額は、次のとおりとなり、被告主張の推計による経費額を前提として計算した所得金額を下回ることになるので、この金額をもって原告の各年分の所得金額とすべきことになる。

昭和五六年分 三一八万一九二三円

昭和五七年分 三三九万二三二〇円

昭和五八年分 三四五万四七四三円

4  結論

以上のとおり、本件各更正及び本件各決定の取消しを求める原告の請求は、右の各処分のうち右認定に係る各年分の所得金額を超える部分に相当する部分の取消しを求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容すべきであり、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 小池裕 裁判官 近田正晴)

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