大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)54号 判決 1989年1月24日

東京都中央区日本橋本町一丁目一番八号

原告

丸静商事株式会社

右代表者代表取締役

谷口好雄

右訴訟代理人弁護士

矢島惣平

長瀬幸雄

久保博道

東京都中央区日本橋堀留町二丁目六番九号

被告

日本橋税務署長

野見山雅雄

右指定代理人

野崎守

石黒邦夫

茂木昇

島田明

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年一〇月三一日付けで原告に対してした昭和五八年三月分の源泉徴収に係る所得税の納税の告知及び不納付加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件各処分の存在

被告は、昭和六〇年一〇月三一日、原告に対し、昭和五八年三月分の賞与に対する源泉徴収に係る所得税の額を一〇九二万五〇〇〇円とする納税の告知及び不納付加算税の額を一〇九万二〇〇〇円とする賦課決定(以下、「本件賦課決定」といい、納税の告知と合わせて「本件各処分」という。)をした。

2  本件各処分の違法性

本件各処分は、昭和五七年六月一八日開催の原告取締役会における決議により、原告の昭和五六年三月期(昭和五五年四月から昭和五六年三月までの事業年度)に係る役員賞与の各役員ごとの支給額が確定したとの前提のもとにされたものである。

しかし、右取締役会開催の事実はなく、右役員賞与の各役員ごとの支給額が確定した事実はないから、本件各処分は違法である。

3  よつて、本件各処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実を認め、同2の主張を争う。

三  被告の主張

1  昭和五六年五月二六日開催の原告株主総会において、昭和五六年三月期に係る利益処分につき、役員賞与を支給すること及びその総額を三〇〇〇万円とすることが決議された。

2  昭和五七年六月一八日開催の原告取締役会において、右役員賞与について、各役員ごとの支給額を別紙1の<1>「本件役員賞与の額」欄記載のとおりに定める決議(以下、「本件決議」という。)がされた。

3  昭和五八年三月三日開催の原告取締役会において、その時点で未払いであつた右賞与について、原告の支払債務を免除する旨の決議がされた。

4  賞与の支給決議があつた場合、当該賞与は所得税法二八条一項に規定する給与等に該当することとなり、同法一八三条一項の規定により、給与等の支払をする者は、その支払(「支払」とは、当該債務が消滅する一切の行為をいう。)の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までにこれを納付しなければならない。

したがつて、原告は、前記免除の決議があつた昭和五八年三月三日に本件役員賞与の支払があつたものとして、右賞与に係る源泉所得税を法定納期限である昭和五八年四月一一日(四月一〇日は日曜日のため国税通則法一〇条二項による。)までに納付すべき義務がある。

5  原告役員らの本件役員賞与に係る源泉徴収の控除額、税率等の計算関係及び原告が納付すべき源泉所得税額は、別紙1記載のとおりである。

なお、本件賦課決定は、国税通則法六七条一項の規定に基づき、右源泉所得税額(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた金額)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて求めた額の不納付加算税を賦課したものである。

6  よつて、本件各処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1の事実を認める。

2  同2の事実を否認する。

なお、原告の昭和五七年六月一八日付け取締役会議事録(甲第二号証。以下、「本件議事録」という。)が存在するが、これは次の経緯により作成されたものである。

(一) 昭和五六年五月二六日開催の原告株主総会で役員賞与の支給が決議されたものの、原告のその後の業績が芳しくなかつたこと、昭和五七年三月に原告が新たに金の商品取引員となり、その許可を得、かつ維持していくために、従前以上の純資産額を必要としたこと等の事情により、各役員ごとの支給額の決定は見送られていた。

(二) 昭和五七年五月頃、原告は日本橋税務署の担当職員から、右賞与について、未払いの場合でも源泉所得税を納付するように指導を受けた。

(三) 所得税法一八三条二項にいう「支払の確定した日」とは、役員賞与の支給決議が支給総額を定めるにとどまり、各人ごとの具体的な支給額を定めていない場合には、各人ごとの支給額が具体的に定められた日をいうべきところ(所得税基本通達一八三-一、同三六-九(二))、原告は、右指導を受けたこともあつて、前記株主総会決議がされた日がこれに該当するものと勘違いし、同法条により同日から一年を経過した昭和五七年五月二六日に支払があつたものとみなされて源泉徴収義務が発生しているものと誤信してしまつた。

(四) そして、各役員に対する支給額がわからなければ、源泉徴収をすべき税額を算定できないので、納税額算出の計算の便宜上取締役会が開催されたことはないのに、取締役会が開催され役員賞与の各人別の配分額が定められたかの如く仮装して、前記議事録を作成したのである。

(五) 右議事録に「各人別の配分額が決まらず未払となつたままの、第二六期の益金処分役員賞与について日本橋税務署から未払の場合であつても源泉所得税を納税するようお知らせがあつたから、源泉所得税納税のため次のとおり暫定的に各人別に配分額を決め納税することとするが、賞与の支給は業況が悪く純資産額も低いため未払のままとする」と記載されているのも、以上の経緯があつたからである。

(六) 以上のことは、次の事実からも裏付けられる。

(1) 原告が納付した源泉所得税の納付書の「賞与」欄の「益金処分支払確定年月日」欄には、前記株主総会の開催日である昭和五六年五月二六日が記載されている。

(2) 前記取締役会議事録に記載された金額を役員各人に支給したことはなく、昭和五七年度の年末調整にも算入していない。

(3) 各役員個人の所得税の確定申告にも算入していない。

(4) 原告は、その後前記勘違いに気付き、昭和五九年一一月、前記源泉所得税の誤納額の還付申請をし、還付を受けている。

(5) 原告には、昭和五七年六月一八日の時点で各人ごとの支給額を決める実質的理由が全くなかつた(未払いのままとすることを前提に、支払うことを前提とする各人ごとの支給額の決定をするということは矛盾であり、無意味なことである。)。

3  同3の事実を否認する。

昭和五八年三月三日開催の原告取締役会においては、各役員ごとの支給額が決定されていないまま、本件役員賞与を支払わないことが決定されたものである。

4  同4後段の主張を争う。

5  同5の控除額、税率等の計算関係を認める。

6  同6の主張を争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求原因1(本件各処分の存在)の事実は、当事者間に争いがない。

二 本件役員賞与支給額の確定の有無

1 被告の主張1の事実(総額三〇〇〇万円の役員賞与を支給する旨の昭和五六年五月二六日付け株主総会決議の存在)は、当事者間に争いがない。

2  本件決議の存否

(一)  本件決議がされた旨の記載がある本件議事録が存在することは原告の自認するところであり、甲第二号証の記載並びに成立に争いがない甲第一、第五号証及び乙第二号証によれば、同議事録に押捺された代表取締役及び各取締役の印影は真正に作成された原告の取締役会の議事録及び株主総会の議事録に押捺された各印影と同一のものであることが認められ、したがつて、本件議事録中の右各印影部分は真正なものと推認されるから、本件議事録も真正に成立したものと推認することができる。

そうすると、本件議事録の記載からして、本件決議が実際に行われたものと推認するのが相当である。

なお、成立に争いがない甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が、本件議事録記載の各役員ごとの支給額を前提として、昭和五七年九月六日に本件役員賞与に係る源泉所得税を一旦納付していることが認められるから、本件議事録中に被告の主張に対する認否及び反論2(5)の「暫定的に配分額を決める」等の文の記載がある事実は、これを以て右認定を覆すに足りないものというべきである。

(二)  原告は、本件議事録は便宜的に作成されたもので、本件決議は不存在であると主張する。

しかし、原告が右主張の根拠としてあげる被告の主張に対する認否及び反論2(三)の原告が本件役員賞与の支払が昭和五六年五月二六日付け株主総会決議により確定したと誤信していたとの事実及び同事実の存在をうかがわせる同2(六)(1)の事実、さらに同2(四)のうち、源泉徴収をすべき税額を算定するため、各役員に対する支給額を決定する必要があつたとの事実は、これらの事実を前提として本件決議が行われたとしても何ら不自然なものではないというべきであるから、いずれも本件決議の存在の認定を妨げる事実とすることができない。

同2(六)(2)のうち本件役員賞与が支給されていない事実は、後記のとおり、本件役員賞与については後に支払免除の決議がされ、支給されないことが決定されているから、本件決議の存在の認定を妨げる事実ではない。

同2(六)(2)のうち本件役員賞与が年末調整に算入されていない事実及び同2(六)(3)の事実は、本件役員賞与が未支給であつたことにより、原告関係者が年末調整及び確定申告においてこれを各役員の所得額に算入する必要がないと考え、原告主張の税務上の各処理が行われたものと推認することができるから、本件決議の存在の認定を妨げるに足りないものである。

同2(六)(4)の事実は、成立に争いがない甲第四号証の一ないし三及び乙第一、第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告の昭和五八年三月期の法人税確定申告の時点及び同年九月に東京国税局による税務調査を受けた時点において、原告関係者は、本件決議の不存在を主張せず、後記昭和五八年三月三日開催の取締役会における本件役員賞与の免除決議によつて発生した免除益について法人税基本通達四-三-三の適用がある旨の主張をしていたところ、これが認められずに原告が更正を受けるに至つたこと、原告は右更正を争つて審査請求を行い、審査請求提起後に原告主張の還付請求を行つたこと及び被告が一旦は還付をしたが、右還付が誤つているとして本件各処分を行つたことが認められるから、本件決議の存在の認定を妨げるに足りないものというべきである。

また、原告は、昭和五七年六月一八日の時点で各人ごとの支給額を決める実質的理由がなかつた旨を主張する。しかし、原告の主張によつても、本件役員賞与につき源泉所得税の徴収を行うために各役員ごとの支給額を決定する必要があつたことになり、右決定の正当な手続きは取締役会において各支給額を決議することであるから、本件決議を行うについて実質的な理由があつたものということができる。さらに、原告は、未払いのままとすることを前提に各役員ごとの支給額の決定をするということは矛盾であると主張するが、前記乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、役員に仮払金として別紙2記載の金額を支出していたところ、商品取引所からこれを解消するように指導を受けたため、これを清算する目的で被告の主張1の賞与支給の決議が行われたことが認められるから、右賞与については本来早急に各役員ごとの支給額を決定して仮払金を清算する必要があつたものということができ、したがつて、原告の業績不振等、賞与を一時的に未払いとすべき事情が存在したとしても、将来の支給を前提として各役員ごとの支給額を決定することに何ら支障があつたとは解されない。

なお、乙第二号証(小川義寛の証人調書)中、本件決議が存在しなかつたとする証人小川義寛の供述部分は、原告関係者からの伝聞を述べたものにすぎないから、これを採用することができない。

(三)  以上のとおり、原告主張の各事実の存在はいずれも前記認定を覆すに足りないから。本件決議が存在し、これによつて別紙1の<1>「本件役員賞与の額」欄記載のとおり本件役員賞与の各役員ごとの支給額が確定したものと認めることができる。

三 成立に争いがない甲第五号証によれば、昭和五八年三月三日開催の原告取締役会において、その時点で未払いであつた本件役員賞与につき、原告の支払債務を免除する旨の決議がされたことが認められる。

原告は、本件決議が不存在であることを前提に、右決議は債務を免除する決議ではないと主張するが、本件決議の存在が認められることは前記のとおりであるから、右主張は前提を欠き採用することができない。

したがつて、原告は、所得税法一八三条一項により、本件役員賞与につき右免除決議をもつて支払があつたものとして源泉所得税を徴収し、これを法定納期限である昭和五八年四月一一日(四月一〇日は日曜日のため国税通則法一〇条二項による。)までに納付すべき義務があつたものと認められる。

四 本件役員賞与に係る源泉所得税の控除額、税率等の計算関係が別紙1記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、本件役員賞与に係る源泉所得税額は、同別紙記載のとおり合計一〇九二万五〇〇〇円となり、右源泉所得税に係る不納付加算税額は、国税通則法六七条一項により一〇九万二〇〇〇円となる。

したがつて、本件納税の告知及び不納付加算税の賦課決定はいずれも適法なものと認められる。

五 よつて、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 中山顕裕)

別紙1

本件役員賞与に係る源泉所得税額の算出表

(金額単位 円)

<省略>

別紙2

役員に対する仮払金の内訳表

(金額単位 円)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例