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東京地方裁判所 昭和63年(ヨ)2206号 決定 1988年9月30日

申請人

太田利男

右訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

被申請人

高砂自動車株式会社

右代表者代表取締役

小熊弥須雄

右訴訟代理人弁護士

山岡義明

主文

一  申請人の申請をいずれも却下する。

二  申請費用は、申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人の従業員たる雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、昭和六三年一月から本案判決確定まで毎月二八日かぎり三六万三四四一円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当裁判所の判断

一  被申請人は、肩書地に本店及び営業所を有するいわゆるタクシー運送業を営む会社であること、申請人は、昭和五七年四月二二日、被申請人に雇用され、以後、タクシー運転手として稼働してきた者であること、被申請人は、昭和六二年一二月二二日、申請人に対し、解雇(普通解雇)の意思表示を行ったこと(以下、被申請人が行ったこの解雇の意思表示を「本件解雇」という。)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件解雇の効力について検討する。

1  疎明及び審尋の結果によると、本件解雇に至る経緯として次の各事実を一応認めることができる。

(一) 申請人は、昭和六一年五月二四日、タクシー乗務中に、車両の運行方法に関するいさかいから、タクシーを降りてその相手を突いたり、タクシーの車両を衝突させようとしたという暴力事件を起こしたとされた。

(二) 申請人は、右事件は、被害者という者からいいがかりをつけられたもので事実無根であると主張していたが、同年一二月二三日、相手方との示談が成立したこともあって、同月二六日不起訴となった。

(三) 申請人は、右刑事事件の解決に被申請人が何らの協力もしてくれないばかりか、事件についての申請人の言い分を聞いてくれなかったと感じたことや昭和六一年一〇月まで担当車を与えられなかったことを根にもって、昭和六二年四月二四日から同年一二月一八日までの申請人の乗務記録の申送事項欄に合計二〇回(四月二四日、五月一六日、六月二日、六日、二一日、二三日、二五日、二八日、三〇日、八月二二日、二四日、二七日、二九日、三一日、九月一三日、二三日、一一月三日、七日、一二月七日、一八日)にわたり、「小熊に根本この悪党どもがいたのでは会社のためにもならないし、また正常な業務や仕事の妨げになる。陸運局入れて解決したい。」(四月二四日)、「小熊に根本この悪党どもが居たのでは業務違反や事故につながる。また仕事の妨げになる早急に陸運局を中に入って貰って話し合わない限り解決しない。この二人は悪すぎる絶対に許さん」(五月一六日)、「会社(小熊に根本)の悪党ぶりにはどうしようもない。事故や業務違反をなくすためにも一度特別監査で指導がない限り解決しない。とにかく悪すぎる。」(六月二日)、「会社(小熊、、根本)の悪党どもには困ったもんだ正常な営業をやる為にも運輸省の特別監査がない限り平常心では仕事はできない。悪すぎる。絶対に許さない。」(六月六日)「小熊に根本これだけの悪党どもを同じ会社の人間として放っておく事はできない。業務違反や事故をなくす為にも運輸局の厳重な指導が必要、指導がない限り、平然とやり通す恐れ有り。絶対に許さん」(六月二一日)、「小熊に根本こんな悪党ども会社にいたのでは仕事にならない。」(九月二三日)、「小熊に根本こんな悪党どもは会社に不必要、絶対に許さん」(一一月七日)のように、被申請人の代表取締役小熊弥須雄(以下「小熊社長」という。)及び営業所長根本敏夫(以下「根本所長」という。)の二人を「悪党」であり、「許さない」との記載や「小熊、根本この二人はイヤガラセや営業妨害するしいろんな面でやりにくい、運輸局を入れて解決しなくては、正常な営業ができない。」(六月三〇日)、「小熊に根本この二人が居たのでは最悪の状態だ。イヤガラセをしたり嘘をついたりダマシたり、したい放題でどうしようもない。こんな事では正常な営業どころか仕事にならない。また会社のイメージをよくする為にも並木会長か監督局に中に入って貰って話し合わない限り解決しない。」(一二月一八日)という記載をした(以下これら記載を「本件記載」という。)。

(四) その間、申請人は、乗務記録用紙の交付を受ける際などに、再三、このような記載をしないよう被申請人から口頭で命ぜられていたが、これを無視して右のような記載を継続していた。さらに、申請人は、昭和六二年九月四日及び一七日には、「警告書」と題する書面でこのような記載をしないよう命ぜられ、今後記載をした場合には懲戒処分に付する旨の警告を受けていたが、その後も、記載を行った。

(五) 被申請人は、昭和六二年九月二二日、小熊社長と申請人が、申請人が当時所属していた高砂自動車労働組合の宮田副委員長も立ち会って話し合う機会を設けたが、申請人が、自己の立場及びその正当性を強く主張し、小熊社長に謝罪文の交付を求めるなどしたため、この話合いによっても問題は解決しなかった。

(六) 申請人は、その後も、右のような記載を数回にわたり行っていたが、同年一二月一八日ころ、被申請人の事務室で勤務日の振替を小熊社長に求めた際、小熊社長に「お前」という言葉を使い、小熊社長からそのような言葉づかいを改めるようを求められたのに応じなかったことをきっかけに、被申請人は、申請人に対し解雇の意思表示をするに至った。

2(一)  ところで、疎明によると、乗務記録は、タクシー事業者が自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年運輸省令第四四号)に基づき運転者に記録させ一年間保存することを義務づけられた書類であって、監督官庁への提出を命ぜられることもある(毎年六月分の提出を求められるのが通例である。)こと、右規則によると、タクシー運転者毎に、(1)運転者名、(2)乗務した事業用自動車を特定するための表示(自動車登録番号等)、(3)乗務開始及び終了の時点及び日時並びに主な経過地点及び乗務した距離、(4)運転を交替した場合は、その地点及び日時、(5)休憩又は仮眠した場合は、その地点及び日時、(6)事故、著しい遅延その他の異常な状態及びその原因等を記載することが必要とされているが、この必要的記載事項以外に何を記載し、何を記載してはならないかを定められていないこと、その書式は、事業者によって同じではないが、一般的には、右の外、営業成績(運賃収入額)、個別の業務内容、車両の点検状況等を記載させ、一日のタクシー業務の状況を記録し、事業者に報告させるための書類としても用いられていること、被申請人においても、その記載事項は右と同様であって、その申送事項欄についても、その記載事項は明確には定められていなかったが、車両の不備、事故による損傷、早く帰庫した理由等当日のタクシー業務に関し、乗務員が事業者に連絡する必要がある事項を記載すべきものとして扱われていたことが一応認められる。

(二)  右のとおり、乗務記録は、乗務員の私的な記録ではなく、業務上の記録であるというその性質からすると、法令による必要的記載事項のほかは何を記載し、何を記載してはならないかは、事業者が自由に定められることであり、その記載事項について、事業者が乗務員に命令をなしうることは明らかである。そして、被申請人の代表取締役や幹部職員を悪党などと攻撃する本件記載は、その内容、文言からしても乗務記録に記載するにふさわしくない事項であり、なかんずく六月分の記載は、それが監督官庁に提出されるものであるということからすると被申請人の信用をも害するおそれもあるものであるから、その記載を禁止する職務命令は、正当なものである。

(三)  ところで、疎明によると被申請人の就業規則は七三条において懲戒解雇事由を定め、その一号においては「「業務上の指示命令に従わないとき」という七二条三号に定める懲戒事由があって、かつ情状の重いとき」(なお、右一号の文言自体は、「前二条による懲戒を受けたにも拘らずなお改悛見込みがないとき、もしくは情状が重いとき」と規定しているが、それは、「前二条による懲戒を受けたにも拘らずなお改悛の見込みのないとき」又は「前二条の懲戒事由に該当し、かつ情状の重いとき」という意味と解すべきである。)をも、その一四号においては「業務上の指示、命令に不当に反抗して事業場の秩序を紊したとき」を、それぞれその事由の一として掲げていることが一応認められる。

また、疎明によると、被申請人の就業規則四六条一項は、普通解雇事由として、「勤務成績が著しく悪く改悛の見込みがないとき。」(一号)など四つの事由のほか、「前各号の外これに準ずる事由のあるとき。」(五号)との事由を規定していることが一応認められる。

しかるところ、申請人は、前1(三)ないし(五)認定のとおり、被申請人の再三にわたる正当な禁止命令を無視し、そのような記載をなすことを正当として、長期にわたり本件記載を続けたのであるところ、このような行為は、それによって具体的、個別的な業務阻害の(ママ)が生じたか否かを問題にするまでもなく(もっとも、六月分の記載が、被申請人の信用をも害するおそれもあるものであったことは、前(二)説示のとおりである。)、それ自体で被申請人の秩序を著しく害する行為であるというべきであるから、右就業規則七三条一号(右説示の意味のもの)又は同条一四号の懲戒解雇事由に該当するか、少なくとも就業規則四六条一項一号又はこれに準ずるものとして同項五号の普通解雇事由に該当すると認めるのが相当である。

3  そして、前1(三)ないし(五)認定の事実、後記4(二)で認定・説示する事情のもとでは、被申請人が申請人を解雇したことは、それが懲戒解雇ではなく普通解雇(なお、疎明によると、被申請人においては、懲戒解雇と普通解雇は、少なくとも、普通解雇の場合には支給される予告手当てが懲戒解雇の場合には支給されないという相違はあることが一応認められる。)であることをも考慮すると、解雇権の濫用であるとまでは認められない。

4(一)  なお、申請人は、次の(1)ないし(3)の事情があるから、申請人が、乗務記録に本件記載をしたことは、解雇事由に該当せず、申請人の解雇は、解雇権の濫用に当たり無効であると主張する。

(1) 乗務記録の申送事項欄は、乗務員と被申請人との間の通信欄として用いられるべきもので、そこに何を記載し、何を記載してはならないかは定められておらず、ここに記載をすることは、被申請人宛に私信をだすのと同じ性質のものであるから、被申請人がここに何を記載してはならないと命じたとしても、それは被申請人の業務上のあるいは業務と関連した指示とはいえないし、ここに何を記載しようと被申請人の業務を阻害することもない。

(2) 申請人が、本件記載を行ったのは、業務中に相手のいいがかりより巻き込まれた刑事事件について、相手方との折衝等の対応を求めたのに、被申請人がこれを取り合おうとしなかったので、このような被申請人の態度を改め、今後同様なことがあれば従業員を守る立場から対処してほしい旨を、小熊社長及び根本所長に訴え、話合いの場をもって貰いたい旨訴えても、小熊社長及び根本所長がこれに取り合おうとしなかったため、申請人はやむにやまれぬ気持ちから右の訴えをする趣旨で申し送り事項欄に1(三)認定のような記載をするに至ったもので、小熊社長らの対応からすると、申請人のみを非難することは正しくない。

(3) 小熊社長らが、原告との話合いという容易に取りうる対応さえしておれば、解決した問題であって、申請人がこのような記載をしていることは被申請人の管理者及び高砂自動車労働組合の一部の者の間でしか知られていなかったのであるから、この点からしても、この記載は被申請人の企業秩序を乱すものではなかった。

(二)(1)  しかし、乗務記録は、前認定説示のとおり、乗務員の私的な記録ではなく、業務上の記録であるから、申送事項欄に記載することと乗務員が使用者に対し私信を発することとは、全くその性質を異にし、その記載事項についての使用者の命令が業務上のものであることは明らかである。

(2) また、本件記載は、1(三)認定のような本件記載の文言の調子・内容から見て被申請人に対し、申請人主張のような話合いを求める趣旨のものとは解せず、逆に、当事者間での話合いを拒絶し、監督官庁等に本件記載が読まれることを前提にしてその介入を求めるもので、単に悪意をもって小熊社長及び根本所長を攻撃するものと解することもできる。

仮に、申請人が、本件記載を行った動機及び記載の趣旨が、申請人主張のとおりであったとしても、そのような動機、趣旨のものとしてははなはだ不適切な文言である。また、1(一)認定のような刑事事件に関し、その事実の有無、申請人の責任の程度が確定されるのを見守り、使用者として相手方との対応をしないということは相当の理由のあることである。それにもかかわらず、前1(四)認定のとおり、被申請人が申請人と小熊社長との話合いの機会をも設けているのに、申請人は、右刑事事件に対する被申請人の対応の正当性に思いをいたさず、自らの正当性を主張することのみに固執し、その後も本件記載を継続しているのであるから、申請人が本件記載をしたのがその主張のような動機、趣旨によるものであることによって、それを正当化することはできない。

(3) 前2(二)で説示のとおり、被申請人の再三の禁止命令を無視して、本件記載をなすこと自体が、被申請人の秩序を乱すことであって、仮に、申請人が本件記載をなしていることが、被申請人の内部においては管理者及び従業員の労働組合の一部組合員にしか知られていなかったとしてもそのことに変わりはない。

(三)  結局、申請人の主張は採用し得ず、他に、解雇事由に該当するとの認定を左右するような主張も疎明もなく、解雇権の濫用に当たると認める事情の存在についての主張も疎明もない。

5  したがって、その余について判断するまでもなく、本件解雇は有効なものと認めるのが相当である。

三  よって、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、疎明に代えて保障を立てさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担について、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 水上敏)

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