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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11294号 判決 1989年2月23日

原告

小宮山久子

被告

芳和輸送株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して金一七八一万八〇五二円及びこれに対する昭和五八年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金二〇四一万九七二〇円及びこれに対する昭和五八年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、次の事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五八年八月一三日午後一二時一〇分ころ

(二) 場所 東京都足立区谷中二丁目二三番二二号先路上

(三) 加害車 被告高橋正和(以下「被告高橋」という。)運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告運転の自転車

(五) 態様 本件事故現場T字路(環状七号線と東綾瀬方面からの道路の交差点。以下「本件交差点」という。)を、原告運転の自転車が環状七号線西綾瀬方面から亀有方面に向けて直進中に、東綾瀬方面から本件交差点に進入左折しようとした被告車が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告芳和輸送株式会社は、被告車を自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告高橋は前方確認、一時停止義務を怠つた過失により本件事故を発生させた。

3  原告の受傷

原告は、本件事故により、脳挫傷、正常圧水頭症の傷害を負い、事故当日に帝京大学病院に入院、以後、昭和五八年一一月二七日までの一〇七日間同病院で入院治療を受け、同年一二月一〇日から同病院で通院治療を続け、昭和六一年五月六日に症状固定の診断を経て、頭痛聴力障害等の後遺症により、後遺障害等級六級の認定を受けたが、昭和六三年八月現在なお通院をしている。

4  損害

(一) 治療費 六二四万六二六〇円

(二) 入院雑費 九万六六〇〇円

(三) 補聴器代金 一〇万〇〇〇〇円

(四) 今後の医療関係費 七三万六六六一円

原告は今後とも治療が必要であり、その年間費用として治療費二万七五四〇円、通院交通費五二八〇円、補聴器代一万八四〇〇円、補聴器電池代一万二六三六円(合計六万三八五六円)が必要となる。原告の症状固定時(五一歳)から六七歳までの一六年間の右費用合計額について年五分の割合で新ホフマン方式により中間利息を控除する(係数一一・五三六三)と現価は七三万六六六一円となる。

(計算式)

63,856×11.5363=736,661

(五) 休業損害 五五一万〇九一二円

原告は本件事故当時四九歳で主婦とパート労働の仕事をしていたところ、本件事故の日から昭和六一年五月六日まで(二年八か月二四日)全く就労不可能であつた。かくして、原告の休業損害は、昭和六一年賃金センサス第一巻第一表女子労働者学歴計の年収二〇〇万六四〇〇円を基礎として算出すると、五五一万〇九一二円となる。

(六) 後遺症による逸失利益 一五五〇万八一〇九円

原告は前記後遺障害によつて、前記年収の六七パーセントにつき症状固定時から六七歳までの一六年間について得べかりし利益を喪失したものであるから、前記同様の中間利息控除をすると現価は一五五〇万八一〇九円となる。

(計算式)

2,006,400×0.67×11.5363=15,508,109

(七) 入通院慰藉料 三〇〇万〇〇〇〇円

(八) 後遺症慰藉料 八〇〇万〇〇〇〇円

(九) 既払金

(1) 治療費分 六二四万六二六〇円

(2) 入院雑費分 九万六六〇〇円

(3) 補聴器代金分 一〇万〇〇〇〇円

(4) 休業補償内払金分 四一九万二三〇〇円

(5) 自賠責保険から 一〇〇〇万〇〇〇〇円

(一〇) 未払損害残額 一八五六万三三八二円

(一一) 弁護士費用 一八五万六三三八円

よつて、原告は被告らに対し、各自、損害金合計二〇四一万九七二〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年八月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4のうち、(一)ないし(三)は認める。(四)ないし(八)は知らない。(九)は認める(但し、既払金の合計は二〇七九万四九一〇円である。)。(一〇)は争う。(一一)は知らない。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、原告が歩道を自転車で走行し道路を横断しようとして、被告車に衝突したものであるが、原告は道路右方を確認する注意義務があるにもかかわらず、これを怠り道路を飛び出したものであるから、本件事故発生につき原告にも過失がある。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおり。

理由

一  事故の発生(請求原因1)及び責任原因(同2)は当事者間に争いがない。

二  原告の受傷(請求原因3)

成立に争いのない甲第九号証、原本の存在と成立に争いのない甲第二ないし第八号証及び第一〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、脳挫傷、正常圧水頭症等の傷害を負い、事故当日に帝京大学病院に入院し、以後昭和五八年一一月二七日までの一〇七日間同病院で入院治療を受けたこと、続いて同病院で同年一二月一〇日から昭和六一年五月六日まで通院したこと(実通院日数六七日)、同日付けで症状固定の診断を受け、自覚症状として頭重感、耳鳴、聴力低下、他覚所見として軽度の痴呆、両側前頭葉の低吸収領域(脳挫傷)及び正常圧水頭症並びに中程度(日常生活において補聴器が必要)の聴力障害が後遺障害であると診断されたこと、右後遺障害につき自賠責保険で後遺障害別等級第六級の認定を受けたこと、原告は前記症状固定の診断を受けた日の後も後遺障害の検査等のため通院が必要であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  損害(請求原因4)

1  治療費 六二四万六二六〇円

治療費に六二四万六二六〇円を要したことは当事者間に争いがなく、本件事故による損害と認められる。

2  入院雑費 九万六六〇〇円

入院雑費として九万六六〇〇円を要したことは当事者間に争いがなく、本件事故による損害と認められる。

3  補聴器代金 一〇万〇〇〇〇円

補聴器代金として一〇万円を要したことは当事者間に争いがなく、本件事故による損害と認められる。

4  今後の医療関係費 六〇万〇五五〇円

前記のとおり、原告は症状固定後も検査等のために通院が必要であり、また日常生活において補聴器が必要であることが認められるところ、<1>病院での検査費等については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の三の一ないし三三及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六一年五月七日から昭和六二年一一月六日までの一八か月間に病院での検査費等として合計四万二六四〇円を要したことが認められるから、一年当たり二万八四二六円を要することが認められ、<2>通院交通費については、前掲甲第一二号証の三の一ないし三三及び弁論の全趣旨によれば、原告は右一八か月間に二五回通院したこと、一回当たりの交通費はバスを使えば二四〇円であることが認められるから、本件事故と相当因果関係のある通院交通費は一年当たり三九九九円であると認められ、<3>補聴器代については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の四の七及び八並びに弁論の全趣旨によれば、補聴器一台を購入するには九万二〇〇〇円を要すること、補聴器はおおむね五年ごとに買換えが必要であることが認められるから、一年当たり一万八四〇〇円を要することが認められ、<4>補聴器電池代については、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の四の一ないし六及び九ないし一九及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六一年九月から昭和六二年一〇月までの一四か月間に補聴器電池代として合計一万二〇三〇円を要したことが認められるから、一年当たり一万〇三一一円を要することが認められる。以上によれば、原告は症状固定後の医療関係費として一年当たり六万一一三六円が必要であることが認められるところ、原告の後遺症の内容等を考慮すれば原告は右費用について症状固定時(原告五一歳)から一六年間必要となるものと認めるのが相当である。そこで右費用についてライプニツツ方式により年五分の割合で中間利息を控除して事故発生時(原告四九歳)の現価を算出すると六〇万〇五五〇円となる。

(計算式)

61,136×(11.6895-1.8594)=600,972

5  休業損害 五八六万〇九九四円

成立に争いのない甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和九年六月一三日生まれ(本件事故当時四九歳)で本件事故当時始沢縫製所に勤務するかたわら、子二名と同居し主婦としても働いていたこと、本件事故による傷害のため本件事故の日から昭和六一年五月六日までの二年と二六七日間就労ができなかつたことが認められるから、原告は休業損害として、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計女子労働者学歴計企業規模計四五歳ないし四九歳の年収額二一四万五七〇〇円を基礎とした二年と二六七日分の五八六万二九五三円の得べかりし利益を失つたものと認められ、右は本件事故による損害であると認められる。

(計算式)

2,145,700×(2+267÷365)=5,860,994

6  後遺症による逸失利益 一六五七万二二四〇円

前記認定の後遺障害の内容、原告の職業によれば、原告は症状固定時(五一歳)から六七歳までの一六年間、昭和六一年賃金センサス第一巻第一表産業計女子労働者学歴計企業規模計五〇歳ないし五四歳の年収額二五一万六二〇〇円の六七パーセントについて、得べかりし利益を失つたものと認めるのが相当であるから、右につきライプニツツ方式により年五分の割合で中間利息を控除した事故発生時(原告四九歳)の現価一六五七万二二四〇円が原告の後遺症による逸失利益であると認められる。

(計算式)

2,516,200×0.67×(11.689586-1.859410)=16,572,240

7  慰藉料 一一〇〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の内容、程度、入通院期間、後遺症の内容等諸般の事情を考慮すると慰藉料は一一〇〇万円が相当と認める。

8  1ないし7の合計 四〇四七万七〇六六円

9  過失相殺(抗弁)

(一)  成立に争いのない甲第一三号証の一ないし四、七及び八によれば、<1>本件事故現場は東西方向の道路(幅員は植込み、歩道も含めて二四・七メートル。道路両端に歩道が設置され、南側歩道(以下「本件歩道」という。)の幅員は一・五五メートル)と右道路に南側から交わる道路(幅員は路側帯も含めて七・九一メートル)のT字路交差点(本件交差点)で発生したこと、本件交差点は信号機が設置されていないこと、南側から交わる道路には本件交差点手前に一時停止の標識が設置されていること、本件歩道は自転車通行可とされていること、<2>被告高橋は被告車を運転して南側から交わる道路を進行して本件交差点に接近し、減速のうえ左方、右方を見たものの停止することなく左に転把して左折を開始したところ、本件歩道を西側から進行して本件交差点に進入し横断歩道上を進行していた原告運転の自転車に衝突したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実を前提にすると、T字路交差点で一時停止の規制がされている道路から進入して左折しようとする者は、停止線で確実に停止したうえ左方の安全を十分に確認したうえ左折をすべき注意義務があるにもかかわらず、被告高橋は一時停止を怠つたうえ左方の確認が不十分なまま漫然と左折を開始したため本件事故を発生させたものと認められるから、その過失は重大であるといわなければならない。

他方、自転車で信号機のないT字路交差点の横断歩道を進行する者は、横断歩道に進入するに際し左右の安全を確認したうえ進行すべき注意義務があるところ、原告は前記認定事実によれば左方の安全を十分に確認することなく横断歩道に進入したものと推認されるから、本件事故発生につき過失があるといわねばならない。

被告高橋と原告の過失の内容、程度を考慮すると、被告らが賠償すべき金額は原告の損害から五パーセントを控除した金額とするのが相当と認められる。

(三)  そうすると、被告らが賠償すべき額は、三八四五万三二一二円となる。

10  損害の填補

損害の填補として二〇六三万五一六〇円が支払われていることは当事者間に争いがない(右金額を超えて填補されていることを認めるに足りる証拠はない。)から、未払の損害金は一七八一万八〇五二円となる。

11  弁護士費用

本件記録によれば原告は本訴訟のため弁護士を委任したことが認められるが、弁護士が本訴訟途中で辞任したことも認められ、原告が弁護士費用を負担していることを認めるに足りる証拠もないから、弁護士費用は本件事故による損害として認めることができない。

四  以上の次第で、本訴請求は原告が被告らに対し連帯して損害金合計一七八一万八〇五二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年八月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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