大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11569号 判決 1990年11月28日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 浦田乾道

同 川島鈴子

被告 乙山春夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小栁晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金四〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原・被告らの関係

原告は、昭和六〇年八月当時、国立東京学芸大学一年生、被告丙川夏夫(以下、「丙川」という。)は同大学二年生、被告乙山春夫(以下、「乙山」という。)は同大学三年生で、いずれも同大学内のテニス同好会「仲よしテニス愛好会」(以下、「愛好会」という。)に所属し、被告乙山はその会長として責任者であった。

2  事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年八月二六日午前一時ころ

(二) 場所 山梨県南都留郡の山中湖畔の公園(通称ちびっこ広場)内

(三) 事故の態様及び被害状況

愛好会の会員が打上げ花火等に興じていたところ、被告丙川の発射させたロケット花火が原告の右眼を直撃し、そのため原告は、右眼打撲、同火傷、上眼瞼挙筋の断裂、眼窩底ないし内骨折(あるいは、上直筋の挫滅または断裂)、虹彩離断、角膜混濁、外傷性白内障、眼瞼下垂、外下斜視、無水晶体眼、眼球運動障害その他の傷害を負った。

3  責任原因

(一) 被告丙川

事故当時、右広場内には愛好会の会員が点在して花火等に興じていたが、深夜のことでもあり、周囲の人物などの挙動等を知覚し、これに対応することが困難な状況にあった。本来上空に向けて発射すべきロケット花火を突如水平に発射した場合には、周辺に佇立していた原告ら他の会員は避ける術もなく、万一身体に命中させた場合には不測の傷害を負わせる危険が十分予見されたから、被告丙川としては、右危険を予測し、ロケット花火の水平発射をしてはならない注意義務を負っていたのに、同被告はこれを怠り、ロケット花火を水平に発射させた過失により右事故を惹起したものであり、民法七〇九条に基づく責任がある。

(二) 被告乙山

被告乙山は、右事故当時、前記のとおり愛好会の責任者の地位にあり、深夜の花火大会を管理する立場にあったから、ロケット花火の水平発射などの危険な行為を会員が行わないよう未然に防止するよう指導・監督する義務があるのに、これを怠り、本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条に基づく責任がある。

4  損害

(一) 治療費等合計三五五万四一八〇円

(1) 治療費 二四七万五〇八〇円

原告は、前記受傷のため、事故から昭和六三年までの間に合計一四七万五〇八〇円支出したほか、平成元年一月以降本訴終結までに少なくとも一〇〇万円の治療費が必要である。

(2) 通院交通費 三〇万六一〇〇円

(3) 付添費 六五万四〇〇〇円

原告の母の入院付添費として、原告の入院期間一一九日間に対し、一日あたり四〇〇〇円の合計四七万六〇〇〇円、通院八九回に対し、一日あたり二〇〇〇円の合計一七万八〇〇〇円

(4) 入院雑費 一一万九〇〇〇円

入院期間一一九日間に対し、一日あたり一〇〇〇円

(二) 医師への謝礼 二〇万円

医師、看護婦に支払った謝礼の内、二〇万円を請求する。

(三) 後遺症による逸失利益 二三八七万六五三七円

原告は、本件事故により、右視力障害、眼球運動障害、眼瞼瘢痕等の後遺症が残り、労働能力を四五パーセント喪失した。

原告は、昭和四〇年七月三一日生れの女子で、右事故当時大学一年に在籍しており、平成元年四月一日以降六七歳時まで四三年間労働可能であるとみるべきであるから、この間の逸失利益は、昭和六二年度賃金センサスに示された全産業女子労働者(大学卒)の平均年間給与二三四万六六〇〇円を基に計算すると、右金額となる。

(計算式)2,346,600×0.45×22.611=23,876,537

(四) 慰謝料 一〇〇〇万円

原告は、未婚の女子であり、既述の被害のため前記のような眼球運動障害、斜視、眼瞼瘢痕による醜状等の後遺症が生じているばかりか、右眼の視力を失っている。これを慰謝するには一〇〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 一三五万円

着手金 四五万円

報酬金 九〇万円

5  よって、原告は、被告らに対し、右事故に基づく損害賠償として、各自金四〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和六〇年八月二七日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告主張の場所で愛好会の会員が打上げ花火等に興じていたこと、ロケット花火が原告の右眼に直撃したこと、原告が右眼とその周辺を負傷したことは認めるが、直撃した花火が被告丙川の発射したものであることは否認する。その余の事実は知らない。なお、事故発生日時は、昭和六〇年八月二五日深夜から翌二六日未明にかけてである。

3  同3の(一)の事実は争う。

4  同3の(二)の事実のうち、被告乙山が本件事故当時愛好会の責任者であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同4の事実のうち、原告が昭和四〇年七月三一日生れの女子であり、本件事故当時大学一年に在籍していたことは認めるが、その余の事実は不知。

三  抗弁

1  原告自身、他の会員と同じ状況下で花火遊びに興じていたのであり、遊興中に怪我をしても受忍することを黙示的に承諾していたものと解すべきである。

2  また、互いに花火遊びに興じるのは社会的に許容された遊技であり、正当行為として違法性が阻却されるべきである。

3  以上が認められないとしても、前記のような危険の伴う遊技に参加する原告としては、参加するのを回避するか、事故の発生を避けるように注意をなすべきであったもので、損害額を算定する場合にはこの点をも斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告主張の場所で愛好会の会員が打上げ花火等に興じていたこと、ロケット花火が原告の右眼を直撃したこと及び原告が右眼とその周辺を負傷したことは当事者間に争いがない。

二  そこでまず、原告を直撃したロケット花火を被告丙川が発射したのか否かの点について判断する。

1  右争いのない事実並びに《証拠省略》によれば、

(一)  原告は、昭和六〇年八月二五日、宴会を終え友人と共に宿泊先の宿舎を出て公園に行き、友人の上げる打上げ花火を見たり、談笑するなどして佇立していたが、ふと顔を公園入口の方へ向けた瞬間、突然右眼付近に閃光と衝撃を受け、眼を開けられない状況になったものであるが、その直後ころ、被告丙川が原告に近付いてきて、花火が当たるのを予測していたとの趣旨の発言をなした。

(二)  他方、原告の両親は同月二六日午前七時半ころ、電話で事故の発生を知り病院に駆けつけたが、失明のおそれがあるとの話を聞くにおよび、花火を発射したのが誰か調査するよう学生に依頼したのを手始めに、学校側に対しても花火を行った者を調べるよう依頼したほか、機会あるごとに、責任を取って貰うとして、花火を発射したのが誰か確定するよう被告らに要求していた。

(三)  ところで原告は、同年一〇月末ころ、一応大学に復帰したが、大学構内で被告丙川を見かけた際の同人の態度がよそよそしく不自然に感じられたことなどから、同人の前記発言などをも考慮し、何か真実を隠しており花火を発射したのは同人ではないかと疑うようになった。しかしながら、確証が得られなかったためそのことは口外しないまま過していたが、何ら新しい情報が得られなかったため、昭和六二年七月前記趣旨の発言をした者がいることを大学教員に話し協力を得ようとした。しかし、大学側も積極的に対応してくれていないと感じられたため、原告らは同年一〇月、被告両名と話合い、被告丙川に対し、前記趣旨の発言をなしたことを確認しようとしたが、同人はこれを否定した。しかしながら、同人は本訴提起後、前記趣旨の発言をなしたことを認めるに至った。

以上の事実を認めることができる。

2  ところで、前認定の被告丙川がなした発言について、同被告本人尋問の結果によれば、その際の発言内容は「俺、今、打ったのが当ったんじゃないかと思う」という文言であり、自分が走り寄る前に見た低く飛んだ花火が原告に当ったのではないかと思うという趣旨で言ったものに過ぎないというのに反し、《証拠省略》によれば、その時の発言内容は、間違いなく、「今の俺、絶対、誰かに当ると思ったんだよ」との発言であったというのである。しかしながら、被告丙川自身が花火を発射しそれが原告に当って負傷させたものであるとすると、その直後相手に対し、「絶対、誰かに当ると思った」との発言をすることは、故意に負傷させる意図があったような場合ならともかく、常識的には考え難く、被告丙川が故意に原告や愛好会のほかの人物を狙って花火を打ったと認めるに足る証拠もない。また、仮に被告丙川自身が供述するような文言を発したものと推認するとしても、右文言自体からは、自分自身が打った花火が当ったのではないかと思うとの趣旨と、第三者によって打たれた花火が当ったのではないかと思うとの趣旨といずれとも解釈でき、この発言を根拠に、被告丙川が花火を発射したものと推認することも相当でない。

原告代理人は、原告の周囲にいた誰もが何が起こったのか分らなかったはずなのに、被告丙川が右のような発言をなしたのは、当人が花火を発射したからに外ならないとの主張をなしているが、原告と共に行動をせず、多少離れた所に居たからこそ事態を客観的に把握できたともみられるのであって、被告丙川において誰かに花火が当ったのではないかとの認識を持ったことから、同人が花火を発射したものと推認することはできない。

3  また、原告代理人は、被告丙川の大学構内での態度が不自然であったことをも、同人が花火を発射した人物であることの徴憑であるとの主張をもなしているが、そもそも態度なるものはそれを見る者によりいかようにも解釈可能であって、前記発言の存在を考慮しても、被告丙川が花火を打上げたものと推認することはできず、他に原告主張事実を認めるに足る的確な証拠もない。

4  なお、原告代理人は、原告側が昭和六二年ころから被告丙川が加害者であるとの疑念を表示し続けてきたのに、同被告が当時自己の当夜の行動を具体的に説明しなかったことを指摘し、同被告及び同被告と行動を共にしていたという証人丁原花子の供述が虚偽である旨の主張をもなしているが、同被告としては、当時既に弁護士とか訴訟とかの発言が原告側からなされていたので、単に受動的に対応し積極的な弁解をしなかった、一緒に行動した者がいたことも原告側から具体的な疑念を示されたのが昭和六二年の卒業をひかえた時期で、原告側から追求されて丁原に迷惑がかかるといけないと思ったから原告主張のような対応をしたに過ぎないというのであり、前記認定の当時の原告側の探究状況からして、同被告の右のような説明もあながち不合理とはいえず、このことを原告主張事実認定の徴憑とすることもできない。

5  したがって、被告丙川の本件事故に対する責任を認めることはできない。

三  ついで、被告大谷の責任について検討するに、前記一の争いのない事実の外、同被告が本件事故当時愛好会の責任者であったことも、当事者間に争いがない。

1  右争いのない事実並びに《証拠省略》によれば、愛好会は東京学芸大学の学生及び卒業生で構成され、大学教員が顧問を務めるサークルではあるが、規約などの定めはなく、会長は上級生の話合いあるいは推薦によって決められていたこと、被告乙山は二年生時から三年生時まで会長を務め、本件事故当時三年生であったこと、同会は例年夏に合宿をしていたが、その際、有志が花火で遊ぶのが恒例のようになっており、昭和六〇年の合宿に際しても事前に花火が準備されていたこと、本件事故当時の合宿参加者はいずれも一年生から四年生までの学生であり、宴会途中から三々五々本件事故現場の公園に行って花火を打上げ始めたが、花火を立てる道具を用意していなかったため真上には上がらず斜めに飛ぶこともあり、本件事故前にも人がいる方へ花火が飛んで、これを避けるため移動した集団があったことを認めることができる。

2  右のような状況下においては、花火を発射する各人がその危険性をわきまえたうえ人のいる方へ花火が飛んで行かないよう十分注意して行動すべきはもちろんといわざるを得ないが、被告大谷に指導監督上の責任があるかの点について検討するのに、愛好会には規約もなく会長の権限も明確でなかったことに加え、当時被告乙山は最上級生でもなかったこと、本件花火遊びが愛好会の合宿に際して行われたものであるとはいえ、いわば有志による遊興として行われたものに過ぎず、また、花火に興じていたのはいずれもが国立大学の学生で、成年に達したかあるいはそれに近い年齢の、右のような危険性をわきまえこれを回避するのに必要な判断能力を備えて然るべき者ばかりであったことなどを考慮すれば、被告乙山において有志会員に対し事前に水平発射などの危険な行為を防止すべく指導監督すべき法的義務があったとまでは認められない。

3  したがって、被告乙山の原告に対する責任も認めることはできない。

四  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古田浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例