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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11750号 判決 1989年2月16日

主文

一  原告らの請求の趣旨第1項の請求を棄却する。

二  原告らの請求の趣旨第2項の訴を却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告らを申請人ら、被告を被申請人とする建設省中央建設工事紛争審査会昭和五八年(仲)第二号事件につき、建設省中央建設工事審査会が昭和六三年七月二五日になした仲裁判断はこれを取消す。

2  被告は、原告らに対し、金三八四一万八七〇七円及びこれに対する昭和六三年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (仲裁判断の取消の請求について)

(一) 原告らを申請人ら、被告を被申請人とする建設省中央建設工事審査会(以下、「審査会」という。)昭和五八年(仲)第二号事件について、審査会は、昭和六三年七月二五日、別紙のとおりの主文の仲裁判断(以下、「本件仲裁判断」という。)をし、本件仲裁判断の正本はそのころ原告ら及び被告に送達された。

(二) 本件仲裁判断は、次のとおり、適法な理由が付されていないのであって、取消を免れないというべきである。

(1) 本件仲裁判断においては、原告らが被告に請求している各修補工事のほとんどについて、被告の契約違反に基づく修補義務が認められているにもかかわらず、「請負工事代金の減額事由として取り上げるべきものと考える」とか、「工事代金減額の事由となる」として、原告らの求める修補請求を金銭的減額請求に置き換えて異なった判断をしているのみならず、原告らが各項目毎に具体的数字を明示して請求している各修補費について、いかなる理由、根拠に基づいて右具体的請求額からいかなる金額を減額するのかについて全く理由が付されていない。

被告による契約違反行為及びこれによって生じた工事の瑕疵は重大なものであって、これを是正するためには工事代金の減額という方法ではなく、根本から工事のやり直しをすべきであって、これを安易に代金減額の対象と考えること自体に問題があり、しかも具体的数字を全く示していない減額は、理由を付したことにはならない。

(2) また、原告らと被告との間の後記のとおりの請負契約は、老齢の夫婦とその子である原告らがその所有する僅かな坪数の土地に生涯で一度の多額の資金を投じて店舗兼住宅の建築計画を実行するにあたって、信頼のおける大手の建設会社である被告に依頼した結果締結されたものであるところ、被告は、原告らの信頼を裏切って、後記のとおりの手抜き工事を行い、しかも、審査会の仲裁手続に付されるや右契約違反行為を糊塗するために種々の抗弁を主張して審理を長引かせたのであって、これによって原告らが被った精神的損害ははかりしれないのであるから、原告らの慰謝料請求には十分な根拠が存するというべきであるにもかかわらず、本件仲裁判断においては、慰謝料請求を認めることはできないというのみで、これを認めない理由は何ら付されていない。

2  (債務不履行に基づく損害賠償請求について)

(一) 原告らは、昭和五五年二月二二日、被告との間で、石井洋品店の新築工事について、請負代金を金三六〇〇万円とし、被告が建築基準法に基づく建築確認図面(別紙図面(1)の図面で、以下、「確認図面」という。)のとおり(ただし、四階の内装を除く。また、外壁のALC板の厚さを一二〇ミリメートルから一〇〇ミリメートルに、電気温水器をガス温水器に、北側の窓を引違窓にそれぞれ変更した。)に建設するとの請負契約(以下、「本件請負契約」という。)を締結した。

(二) 原告らは、昭和五五年九月三〇日に別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)に事実上入居し、昭和五六年四月二〇日までに工事代金三六〇〇万円及び追加工事代金六〇万円の合計金三六六〇万円を被告に対して支払った。

(三) しかるに、被告は、原告らに無断で確認図面とは異なる図面を独自に作成し、右図面に従って工事の内容を落とした手抜き工事を行っていたのであり、これは明らかに被告の債務不履行を構成する。

(四) 原告らは、被告による右債務不履行によって次のとおりの各損害を被ったのであるから、被告は、原告らに対して右損害の賠償をなす義務を負うというべきである。

(1) 補修改造工事費

<1> 二、三、四階の階段部分を確認図面のとおりに補修する工事費 金七九一万九〇〇〇円

<2> SDドア(二、三、四階居室と階段の出入口)の勝手違いを別紙図面(2)のとおりに補修する工事費 金 四二万円

<3> 三、四階のベランダ部分(別紙図面(3)の1及び同2の赤斜線部分)を撤去する工事費 金 三七万五〇〇〇円

<4> 一階の排水管の配管を北側道路の下水本管に通じるように別紙図面(4)の赤線のとおりに補修する工事費 金一〇七万五〇〇〇円

<5> 一階のガス管の配管を北側道路に通じるように別紙図面(4)の青線のとおりに補修する工事費 金 四一万一五二一円

<6> 右<1>ないし<5>の工事の必要経費

(a) 仮設工事費 金 八九万七五〇〇円

(b) 雑運搬諸経費(一階のクーラードレインを別紙図面(5)の赤線のとおりに補修する工事費を含む。) 金一七七万七三五〇円

<7> 二、三階の便所、押入れ及び四階の押入れを確認図面のとおりに改造する工事費 金一三〇万三五〇〇円

<8> 縦樋の新設工事費 金一〇一万円

<9> 隣家の大野屋書店の敷地内に給排気管が突出している二階の湯沸器の取替え工事費 金 一六万六七五〇円

<10> 土台部分の補修工事費及び雨漏れによる一階の床とカーペットの補修費 金 二二万円

(2) 右補修改造工事に要する経費及び損害

<1> 右(1)<1>ないし<6>の補修工事期間中の商品の移動保管費 金 四四万一〇〇〇円

<2> 右(1)<4>ないし<6>の補修工事に伴う内装復旧工事費 金一九四万八七〇〇円

<3> 右(1)<1>ないし<6>の補修工事期間中の原告らの住居費 金 六六万一五〇〇円

<4> 右(1)<1>ないし<6>の補修工事期間中の原告らの営業損失に対する補償 金二〇〇万円

(3) 本件紛争による出損済諸経費

<1> 弁護士費用(謄写代等の実費を含む。) 金二六八万一一二一円

<2> 写真代、コピー代等の実費 金一一万七二五円

(4) 慰謝料の内金(原告ら各自各金五〇〇万円の合計額) 金一五〇〇万円

3  よって、原告らは、本件仲裁判断の取消を求めるとともに、被告に対し、右債務不履行に基づく損害賠償として金三八四一万八七〇七円及びこれに対する訴状送達の日である昭和六三年九月三〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

原告らの請求の趣旨第2項の訴については、原告らと被告との間の仲裁契約に基づいて本件仲裁判断がなされており、仲裁判断はこれを取消す旨の判決が確定するまでは既判力を有しているのであって、本件仲裁判断についての取消請求訴訟が提起されたにとどまる段階においては原告らも被告も右仲裁判断に拘束されるのであるから、右仲裁判断と矛盾する訴は訴の利益がなく、右訴は不適法であるから却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する答弁

原告らの請求の趣旨第2項の訴に関して、原告らと被告との間の仲裁契約に基づく本件仲裁判断がなされていること及び仲裁判断が確定判決と同一の効力を有していることは認めるが、仲裁判断について取消事由がある場合に、単に既判力を根拠に訴の利益がないとして訴を却下すべき理由はない。

四  請求原因に対する認否(本件仲裁判断の取消の請求について)

1  請求原因1(一)の事実は認め、同1(二)の事実は否認ないし争う。

2  本件仲裁判断には仲裁人が認定した事実及び主文に至る主要な理由が明示されており、原告らが主張するような仲裁判断取消事由としての理由不備は何ら存しない。

本件仲裁判断は、被告から原告らに対する本件建物の引渡が終了しており、原告らがこれをすでに使用中であるから債務不履行の問題が生じないことを前提とし、民法六三四条一項ただし書によって原告らの被告に対する修補請求及びこれに代わる損害金の請求を認めず、瑕疵が存することによって生じた建物の価格の減少額である金三六〇万円の支払を被告に対して命じたものであると解される。瑕疵に基づく工事代金減額請求なる概念は民法の規定しないところであるが、これは、工事代金請求権と瑕疵に基づく損害賠償請求権とを対当額で相殺するのと法律上の結果は同一であり、そもそも仲裁判断においては必ずしも法律の規定に依拠する必要はなく公平の見地から妥当な結論を導くことができるとされていることを考慮すれば、相当なものである。また、請負契約における瑕疵に基づく損害額は、その認定が複雑かつ困難な場合には仲裁人の自由な裁量によって認定しうるものと解すべきであるところ、本件においてはこの点については原告らが何らの主張及び立証をも行っていないことから、右認定が困難であるとして、工事代金の減額部分について裁量によって決定したものと解される。

五  被告の主張に対する原告らの認否

被告から原告らに対する本件建物の引渡が終了しているとの事実は否認し、その余は否認ないし争う。本件においては、被告から原告らに対する本件建物の適法な引渡は存しなかったものである。

第三  証拠<省略>

理由

一  本件仲裁判断の取消の請求について

1  請求原因1(一)の事実、すなわち、原告らを申請人ら、被告を被申請人とする審査会昭和五八年(仲)第二号事件について、審査会が昭和六三年七月二五日に本件仲裁判断をなし、本件仲裁判断の正本が原告ら及び被告に送達されたことは当事者間に争いがない。

2  原告らは、本件仲裁判断には適法な理由が付されたとはいえないから取消を免れないと主張するので、この点について判断する。

民事訴訟法八〇一条一項五号の「仲裁判断ニ理由ヲ付セサリシトキ」とは、判断理由の全部または一部が欠けているか、あるいは、判断理由がいかなる事実や見解に基づくものであるかが判明しない場合をいうものであって、判断理由の内容(事実認定上の判断の根拠たる経験則や法適用上の判断の根拠たる法規の解釈を含む。)が全く不合理であったり、矛盾していたりして、当該仲裁判断がいかなる趣旨でなされたかを知り得ないような場合は格別として、原則としてその判断の当否をいうものではないと解される。

そして、仲裁判断が当事者間で締結された仲裁契約をその前提とし、仲裁人を信頼してその妥当な裁断を求めた結果であることに鑑みれば、仲裁判断に付されるべき理由としても、当該事件の前提となる権利関係等について逐一明確で詳細な判断を示すことまでは求められていないのであって、仲裁人がいかにして判断をなすに至ったかを知り得る程度の記載があれば十分であり、また、仲裁人の判断も、必ずしも実定法の定めに厳格に拘束されるものではないのであって、当該事件における具体的な事情を総合的に考慮して公平の見地から判断を加え、事案に即した妥当な結論を導くことが求められているものというべきである。

そこで、本件仲裁判断について見るに、成立に争いのない甲第一号証によれば、その理由は、被告による本件請負契約における契約違反行為をめぐる問題についての判断等をその主たる内容としているところ、その骨子は、被告が本件建物の建築工事を施工するに際し、原告らが主張するいくつかの点について本件請負契約に反した工事を実施したとの認定をした上で、右部分についての被告の修補義務の点については、これが債務不履行に基づくものであるか請負人の担保責任に基づくのかはともかくとして、修補工事が技術的にも経済的にも困難あるいは不可能であって建物の強度自体にも影響を及ぼすことになりかねないこと等から実際問題としては適当でないとの理由でこれを否定し、原告らの契約した内容と異なる施工がなされたことに対する不満感や使用上の不便等については請負代金の減額という形で考慮すれば足りるものとし、右契約違反の範囲やその程度からすれば、その額は金三六〇万円が相当であるとの結論を導き、また、慰謝料の点についても、以上の各事情をも総合考慮した上で、請負代金の減額をする以上はこれに加えて慰謝料の支払を認める必要はないとの結論を導いていることが明らかである。これによれば、本件仲裁判断の判断理由は、その内容が全く不合理であったり、矛盾していると解することは到底できないのであって、これによって仲裁人がいかにしてその判断をなすに至ったかを十分に知ることができるものというべきである。

したがって、本件仲裁判断における理由の記載は仲裁判断の理由として何ら欠けるところはないから、本件仲裁判断において、理由が付されていなかったということはできず、本件仲裁判断の取消を求める原告らの請求は理由がない。

二  債務不履行に基づく損害賠償請求について

次に、原告らは、本件請負契約の債務不履行に基づく損害賠償の請求をし、これに対して被告は、本案前の抗弁として、右訴は不適法であるから却下すべきである旨主張するので、この点について判断する。

仲裁とは、当事者間で締結された仲裁契約に基づく当事者間の一定の私法上の権利義務に関する争訟についての判断を、裁判所における通常の訴訟手続による裁判によることなく、第三者である仲裁人による拘束力のある仲裁判断に委ね、これにより終局的な解決を図ろうとするものであるから、一旦当事者間において仲裁契約が締結され、これに基づく仲裁判断がなされた以上は、当事者は、当該仲裁判断について取消事由が存するとしてこれを取り消す旨の判決が確定しない限りは、原則として同一の権利義務に関する争訟について裁判所の判断を求めることは許されないものと解するのが相当である。

そして、本件においては、原告らの請求の趣旨第2項の訴については、原告らと被告との間の仲裁契約に基づいて本件仲裁判断がなされていることは当事者間に争いがなく、本件仲裁判断について取消事由が存しないことは先に判示したとおりであるから、原告らの右訴は不適法なものであるといわざるを得ない。

三  以上によれば、原告らの請求の趣旨第1項の請求は理由がないから、これを棄却し、請求の趣旨第2項の訴は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 福田剛久 裁判官 土田昭彦)

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