東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14333号 判決 1989年11月27日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
一 被告は、原告に対し、原告の昭和六二年一月三〇日付け宅地建物取引業法第六四条の八第二項による認証申し出につき、申し出に係る債権額三〇〇万円について認証をせよ。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文同旨
(請求の原因)
一 益井学は、昭和三四年八月一日、その所有に係る別紙物件目録記載の建物(本件建物)の一階部分のうち、約三一平方メートル(本件店舗)を登島敦子に賃料月額二万円、期間三年と約して賃貸し、同五七年四月当時の賃料は、月額四万五〇〇〇円であった。
二 興亜開発株式会社(興亜開発)は、昭和五七年六月二六日、益井学から本件建物を買い受けて所有権移転登記を経由し、また、同月二八日、本件建物の敷地の所有者山根幸夫からこれを買い受けて所有権移転登記を経由した。
三 これに先立ち、前同年四月ころ、興亜開発は、益井学から登島敦子との賃貸借契約の解約について媒介を受任し、同人に本件店舗の明渡しを求めたものの合意に至らず、のち同年一一月一日、同人から本件店舗の転貸を受けていた島村喜八郎との間で七〇〇万円の立退料を支払って本件店舗を明け渡すとの合意を成立させた。
四 興亜開発は、昭和五八年四月一八日、本件建物及びその敷地を株式会社レイク(レイク)に売却し、レイクは、同年八月又は九月ころ、本件建物を取り壊した。右取壊しにより、登島敦子の本件店舗に係る賃借権は消滅した。
五 登島敦子は、興亜開発に対し、不法行為による損害賠償金七〇〇万円の支払を請求して提訴し、昭和六一年一二月二四日、広島地方裁判所は右のうち金四五〇万円の支払請求を認容する判決を言い渡し、右判決は、同六二年一月一〇日、確定した。
六 興亜開発は、右売買当時、宅地建物取引業を営むもので、被告の社員であり、被告は、宅地建物取引業法第六四条の七に基づいて興亜開発に係る弁済業務保証金として金三〇〇万円を供託した。
七 登島敦子は、昭和六二年一月三〇日、同人の興亜開発に対する債権について、被告に対して宅地建物取引業法第六四条の八第二項の規定に基づく認証申し出をし、被告は、同六三年七月二七日、認証を拒否すると決定した。
八 登島敦子の被った損害は、興亜開発が益井学から同人と登島敦子との間の本件店舗の賃貸借契約の解約の媒介を受任したことに関して生じたものか、又は興亜開発がその所有の本件建物をレイクに売却したことに関して生じたもので、いずれにせよ、宅地建物取引業法第二条第二号に規定する宅地建物取引業者の取引により生じたものであるから、同法第六四条の八第二項の規定による認証の対象となるものである。
九 登島敦子は、昭和六二年九月二九日、死亡し、同六三年八月一日、相続人間の遺産分割協議により、夫である原告が権利義務の全部を承継した。
一〇 よって、原告は、被告に対し、右認証請求に係る債権額三〇〇万円について、これを認証すべき旨の判決を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因記載一から四までの事実及び同九の事実は、知らない。
二 同五から七までの事実は、認める。
三 同八の主張は、争う。
興亜開発と登島敦子との間には、宅地建物取引業法第二条第二号所定の宅地又は建物の売買、宅地又は建物の交換、宅地又は建物の売買、交換若しくは貸借の代理、宅地又は建物の売買、交換若しくは貸借の媒介のいずれの行為にも該当する行為がなく、登島敦子の主張する債権は、同法第六四条の八第二項に基づく弁済業務の対象にはならない。
(証拠)<省略>
理由
一 <証拠>によると、次の事実が認められる(6の事実は、当事者間に争いがない)。
1 益井学は、昭和三四年八月一日、その所有に係る本件建物の一部である本件店舗を賃料二万円、期間三年の約定で登島敦子に賃貸して引き渡し、昭和五七年四月当時の賃料は、月額四万五〇〇〇円であった。
2 興亜開発は、昭和五七年ころ、本件建物及びその敷地の所有権を取得し、右敷地を更地にした上で他に転売することを計画し、本件建物を益井学から購入する交渉と並行して同人から右建物の賃借人との賃貸借契約の解約についての媒介の委任を受け、宮口富義(興亜開発の代表者)において同年四月から五月ころまでの間、登島敦子と賃貸借契約の解約について交渉をしたが、不調に終わった。その後、興亜開発は、同年六月二六日、益井学から本件建物を買い受けて所有権移転登記を経由し、同月二八日、本件建物の敷地部分も、その所有者山根幸夫から買い受けて所有権移転登記を経由した。
3 宮口富義は、登島敦子との立退き交渉が不調に終わったのち、同人から本件店舗の転貸を受けていた島村喜八郎と交渉を続け、同年八月から九月ころまでの間に、七〇〇万円の立退料の支払により同人が立ち退く旨の合意を取り付け、同年一一月一〇日ころ、同人から本件店舗の明渡しを受けた。
4 興亜開発は、同五八年四月一八日、本件建物及びその敷地部分をレイクに売却し、同年八月か九月ころ、レイクが本件建物を取り壊したため、登島敦子の賃借権は消滅した。
5 登島敦子は、右賃借権の喪失は本件店舗について同人が賃借権を有するにもかかわらず興亜開発がその事実をレイクに告げなかった不法行為によるものであり、これにより七〇〇万円の損害を蒙ったと主張し、興亜開発を被告として右金員の損害賠償請求の訴えを提起した。
6 広島地方裁判所は、同六一年一二月二四日、登島敦子の右のうち金四五〇万円の支払請求を認容する判決をし、同判決は、同六二年一月一〇日に確定した。登島敦子は、同月三〇日、被告に対して宅地建物取引業法第六四条の八第二項の規定による認証申出をしたが、被告は、同六三年七月二七日、認証を拒否する旨決定した。
二 興亜開発は、登島敦子と賃貸借契約の解約の交渉をし、本件建物をレイクに売却した当時、被告の社員であった(当事者間に争いがない)。
被告の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者は、その取引により生じた債権に関し、被告が供託した弁済業務保証金の弁済を受ける権利を有するものとされ(宅地建物取引業法第六四条の八第一項)、原告は、登島敦子の興亜開発に対する前記債権が右弁済の対象となる債権に当たると主張する。
宅地建物取引業に関する取引とは、被告の社員である宅地建物取引業者との間において、宅地又は建物について、<1>売買、<2>交換、<3>売買、交換若しくは貸借の代理、又は<4>売買、交換若しくは貸借の媒介、以上のいずれかの行為(取引)をすることをいい(宅地建物取引業法第二条第二号)、取引の相手方は、右取引によって生じた債権に関し、弁済業務保証金の弁済を受けることができるものと解される。しかして、宅地又は建物について委任を受けて貸借の解約の媒介をすることは、右規定にいう貸借の媒介に含まれ、これに関して債権を取得した者は、右弁済業務保証金の弁済を受けることができ、また、宅地建物取引業者がその所有する宅地又は建物を他に売買するに当たり、当該宅地又は建物に係る賃借権等を消滅させるために対価の支払を合意した場合において、右合意の相手方である賃借権者等は、宅地又は建物の売買に関して債権を取得した者として、右弁済を受けることができると解すべきである。
本件についてこれをみるに、興亜開発は、益井学からその所有の本件建物の一部である本件店舗の貸借について解約の交渉の委任を受けながら、転借人との間に明渡しの合意を成立させたものの、賃借人である登島敦子との間では明渡しの合意に至らず、また、本件建物は興亜開発が買い受け、のちに同社から買い受けたレイクがこれを取り壊したため、登島敦子の本件店舗に係る賃借権は消滅したが、興亜開発は、右売却に当たり、登島敦子との間に賃借権を消滅させる合意を成立させていないことは、前記認定のとおりである。
右認定事実の下では、登島敦子は、興亜開発による本件店舗の貸借の解約の媒介によって債権を取得したものということができず、また、所有権を取得し、益井学の地位を承継した興亜開発が本件建物をレイクに売却するに当たっても、賃借権の消滅に関して合意が成立しておらず、宅地又は建物の売買により債権を取得したものということはできない。
なるほど、かくては、誠実に貸借の媒介に当たり合意を成立に導いた宅地建物取引業者の相手方、及び所有の宅地又は建物について賃借権等の負担を消滅させるために合意を成立させた誠実な宅地建物取引業者の相手方は、弁済業務保証金によって保護され、かえって右合意の成立のために努力しなかった不誠実な宅地建物取引業者の相手方は右保証金による弁済の保護の対象とならないという不均衡を生じる。しかしながら、右保証金による弁済の趣旨は、不誠実な宅地建物取引業者の身元保証にあるのではなく、なんらかの契約関係に入ったものの、その履行に欠けるところのある宅地建物取引業者に代わり弁済を確保しようとするものと解せられ、制度の目的からすると、やむを得ないものというべきである。
三 以上のとおり、登島敦子の興亜開発に対する債権は、宅地建物取引業法第六四条の八第一項に規定する債権に当たるものと解することはできず、原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 小島正夫 裁判官 片田信宏)