東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15376号 判決 1993年3月23日
原告
原口隆
被告
有限会社高橋商運
右代表者代表取締役
高橋雅春
右訴訟代理人弁護士
菊池善十郎
主文
一 被告は、原告に対し、金一五八万〇九八〇円及び内金七七万八四四〇円に対する昭和六二年一二月一〇日から、内金二六万七九七一円に対する同月一一日から、内金九万一一三九円に対する昭和六三年一月一一日から、それぞれ支払済まで年一四・六パーセントの、内金四四万三四三〇円に対する本判決確定の日の翌日から支払済まで年五パーセントの、各割合による金員を支払え。
二 原告の中間確認の訴え及び供託無効確認の訴えを却下する。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びそれぞれ昭和六二年一二月一〇日から支払済まで、内金一六六万九七一〇円に対する年五分の、内金一三三万〇二九〇円に対する年一割四分六厘の、各割合による金員を支払え。
(なお、中間確認の訴えの請求の趣旨は別紙(一)(略)記載のとおりであり、供託無効確認の訴えの請求の趣旨は別紙(二)(略)記載のとおりである。)
第二事案の概要
本件は、貨物運送業を営む被告に、昭和六一年一二月から昭和六二年一〇月二五日まで、トレーラ運転手として雇用されていた原告が、
<1> 昭和六二年一月分以降の月例賃金に関し月三五万円の定額最低保障付歩合給の合意をしたとして、昭和六二年四月分につき三万三九〇〇円、同年五月分につき一万二二〇〇円、同年七月分につき二万二三〇〇円、同年八月分につき一一万八四六〇円、同年九月分につき三五万円、同年一〇月分につき三五万円の未払賃金(合計八八万六八六〇円)があるとしてその支払を、
<2> 被告に勤務中の時間外割増賃金が合計九一四万八四〇〇円に上るとしてその内金四四万三四三〇円及びこれと同額の附加金の支払を、
<3> 労働基準法・道路交通法・道路運送車両法違反の状態で働かされたとして、慰藉料一二二万六二八〇円の支払を、そして、
<4> 未払の右月例賃金(合計八八万六八六〇円)と時間外割増賃金(四四万三四三〇円)につき年一四・六パーセントの、附加金(四四万三四三〇円)と慰藉料(一二二万六二八〇円)につき年五パーセントの、各割合による昭和六二年一二月一〇日(月例賃金の同年一〇月分の後記「第一回弁済期」に当たる日)からの遅延損害金の各支払を、
それぞれ求め、なお、別紙(一)のような中間確認の訴えと別紙(二)のような供託無効確認の訴えを提起した事案である。
(以下、「争いのない事実等」として摘示した事実は、とくに証拠を掲記しない限り、いずれも当事者間に争いのない事実である。)
一(月例賃金の未払分の請求について)
1(争いのない事実等)
(一) 本件当時、被告は、主として、ハマチの餌を関東、東北から四国、九州に運送する貨物運送業を営んでいた。
(二) 原告は、昭和六一年一二月、被告の出した「トレ四〇万上」との運転手募集の新聞広告を見て被告に応募し、賃金につき、運賃売り上げの二〇パーセントとする歩合給制、支払時期は月末締め翌々月一〇日に被告会社方で支払う旨の約定で、被告にトレーラ運転手として雇用され、その運転業務に従事した。原告が被告との雇用契約に基づき被告の運送業のためにトレーラを運行した日付と運行の発地と着地は、別紙(五)(略)添付の各別表記載のとおりである(その別表一は昭和六一年一二月分、以下順次別表六までは昭和六二年五月分までの各月分であり、同年六月は原告が休んだため、別表七(略)が同年七月分、以下順次別表一〇(略)までが同年一〇月までの各月分である。)。
(三) 昭和六一年一二月の原告の働き振りが被告の期待に副うものであったため、被告代表者は、原告に対し、昭和六二年一月分賃金以降、歩合給額が三五万円に満たないときはその差額を補填して支払う旨約した。
(四) 被告は、原告に対し、原則として賃金支払の際に、月毎の給料明細書を渡していたところ、昭和六二年七月分を除いて給料明細書の記載内容は、輸送の日付、発地と着地を付記して、運賃売り上げを記載し、その合計額に二〇パーセントを乗じて算出した歩合給額を記載し、場合によってこれに荷の積み卸しの手当等を加減算し、以上の合計額(以下、これを「歩合給額」という。)から、毎運行時に渡した運行金から現実に使用した必要経費を控除(以下、これを「運行金精算」という。)した残金と、源泉徴収税額とを差し引いて、支給額を算定するものとなっていた。そのうち、昭和六二年二月分以降五月分までの原告の給料明細書には、歩合給額が三五万円に満たないときは三五万円との差額(以下、これを「加給額」という。)が加算されて記載されていた。これを具体的にみると、同年一月分の加給額は同月の歩合給額二七万六〇〇〇円と三五万円の差額六万三五〇〇円として二月分給料明細書に、二月分の加給額は同月の歩合給額二九万六三八〇円と三五万円の差額五万三六二〇円として三月分給料明細書に、三月分の加給額は同月の歩合給額三二万〇一六〇円と三五万円の差額二万九八四〇円として四月分給料明細書に、四月分の加給額は同月の歩合給額二七万五〇〇〇円と三五万円の差額七万五〇〇〇円として五月分給料明細書に、五月分の加給額は同月の歩合給額三三万七八〇〇円と三五万円との差額一万二二〇〇円として五月分給料明細書に「六月分支払」と付記して、それぞれ記載されていた。そして、この時期の賃金支払は、歩合給額(運行金精算後の金額)が翌々月に、加給額はさらにその翌月に支給されることになっており(以下、稼働月の翌々月の歩合給[運行金精算後]の支払を「第一回支払」、その弁済期を「第一回弁済期」といい、さらにその翌月に予定される加給額の支払を「第二回支払」、その弁済期を「第二回弁済期」という。)、第二回支払は前月分の第一回支払と併せてなされることになっていた(<証拠・人証略>)。
(五) 被告は、原告に対し、同年一月分ないし同年三月分の加給額について右給料明細書記載のとおりの支払をした。
(六) 原告の同年四月分から同年八月分までの各月分の歩合給額(ただし、七月分については後記(七)のように、被告が月額三五万円を日割計算するとして算出した金額)は、四月分が二七万五〇〇〇円、五月分が三三万七八〇〇円、七月分が三二万七七〇〇円、八月分が二三万一五四〇円であるところ、これらは、運行金精算の上、四月分につき同年七月二一日、五月分につき同年八月四日、七月分につき同年九月一〇日、八月分につき同年一〇月一二日に、それぞれ支払われた。
しかし、同年四月分の加給額については弁済の有無に争いがある。
そして、同年五月分以降については加給額の支払はなされておらず、また、同年九月分及び同年一〇月分については、歩合給も含めてまったく支払がなされていない。
(<証拠略>)
(七) 被告は、原告が同年六月初めから同年七月二日にかけて稼働しなかったことを理由として、同年七月分の賃金支払(第一回支払)に際し、長期にわたって休んだので日給月給の計算にするとして一方的に、三五万円を同月の暦日数三一で除した日給額一万一三〇〇円(一〇〇円未満の端数は切り上げ)に原告の稼働日数二九日を乗じた三二万七七〇〇円を算定して、これを原告に支払った。
(八) ところで、被告の原告に対する賃金の支払方法をみると、原被告間の雇用契約締結当初、原告の希望に基づき、被告会社事務所で現金を手渡すことによって支払うことが原被告間で合意され、右合意に従って支払われていたところ、被告は、同年五月一一日、同年三月分賃金の第一回支払(同年二月分賃金の第二回支払を含む。)に際し、原告に対し、手元に現金がないとして額面二五万三二九〇円の小切手を交付し、その後右小切手が不渡りとなって原告から同年六月六日にその旨の電話連絡を受けると、「すぐ振り込むから口座番号を知らせてくれ。」と言って、原告の口座番号を聞き、同月一〇日、右賃金二五万二四九〇円(振込手数料八〇〇円控除)を原告の銀行預金口座に振り込み、その後は、銀行振込により振込手数料を控除して賃金を支払うようになった。以後、被告が原告に対する賃金を、振込手数料を原告負担として原告の預金口座に振り込んで支払うことにつき当事者間に異議はなかった(<証拠略>)。
2(争点)
(一) 右1(三)の合意に関して、当事者間に次の争いがある。
(1) 被告は、右合意は、原告が休まず真面目に働いた場合に被告会社の気持ちとして月三五万円との差額を補填するという条件付で約束したものにすぎないと主張し、原告が昭和六二年六月初めから七月二日にかけて長期間欠勤したので、同年五月分以降については差額補填をしないことにしたと主張する。
なお、同年四月分については、被告は、歩合給額二七万五〇〇〇円と三五万円との差額金七万五〇〇〇円を同年五月分支払時に支払済であると主張している。
(2) これに対し、原告は、右合意の趣旨が被告主張のようなものであったことを否認し、右の約束は月三五万円の定額最低保障付歩合給の合意であるから、昭和六二年五月分については一万二二〇〇円が未払であると主張する。
また、同年四月分については、三五万円との差額七万五〇〇〇円のうち四万一一〇〇円しか支払われていない(原告主張の計算関係は、同年八月四日に被告が五月分給料明細書に基づいて原告の預金口座に振り込んだ金額は二五万一三九〇円であり、その振込手数料八〇〇円を加算すると二五万二一九〇円となるところ、同月分の歩合給として支払われるべき金額は二一万一〇九〇円であったから、被告の支払額二五万二一九〇円と右二一万一〇九〇円との差額四万一一〇〇円が四月分の第二回支払に充当されることになるというものである。)ので、三万三九〇〇円の未払があると主張する。
(二) 同年七月分の賃金額については、当事者間に次の争いがある。
(1) 被告は、原告が同年六月まるまる休んだので、長くいてくれる人ではないと判断し、同年七月分賃金の支払に際し日給月給の計算にすることにし、三五万円を同月の暦日数三一で除して一日当たり一万一三〇〇円(端数切り上げ)に同月の稼働日数二九を乗じて三二万七七〇〇円を支給した、それでも歩合給よりは高額であると主張する。
(2) これに対して、原告は、三五万円との差額二万二三〇〇円が未払である、労働した後になって賃金の計算方法を一方的に変更することはできないと主張する。
なお、原告は、被告の主張に対し、補足して次のように指摘する。
すなわち、
<1> 原告は、同年七月の暦日三一日のうち二九日間働いた。同月の所定労働日数は二七日である。被告の主張する日給月給の計算方法は同月の暦日数すべてを休みなく働いた場合を基礎とする日割計算であって、所定労働日数を基礎としたものではないから、被告主張の計算は日給月給の計算方法それ自体としても不当である。
<2> また、被告は、同年八月ないし九月ころ、同年七月分の給料明細書を原告に渡したが、その明細書の中で初めて暦日全部を勤務しないと日給計算するという見解を示したもので、これ以前には、その月の暦日すべて稼働しない限り日給月給にしてしまうという扱いはしていなかった。そのことは、原告のそれまでの月間稼働日数が、同年一月には三〇日(暦日三一日、所定労働日数二七日)、同年二月には二六日(暦日二八日、所定労働日数二四日)、同年三月には三〇日(暦日三一日、所定労働日数二六日)、同年四月には三〇日(暦日三〇日、所定労働日数二六日)、同年五月には三〇日(暦日三一日、所定労働日数二六日)であったのに、日給計算をしなかったことからも明らかである。
以上のように指摘する。
(三) 同年八月分の賃金については、当事者間に次の争いがある。
(1) 被告は、前記1(三)の合意に際し、さらに、八月から一二月まではハマチの養殖の関係で仕事が最盛期に入るので、この期間は完全歩合給にする旨原告に説明してあったと主張し、同月分の歩合給額二三万一五四〇円の支払をした以上、未払はないと主張する。
(2) これに対して、原告は、被告主張の期間を完全歩合給にするという説明を受けたことを否認し、かえって、1(三)の合意の際、被告代表者は「夏場にえさの運賃が上がって歩合が三五万円以上になった月も、前の月の足らない分はちゃんと加える。運賃が上がって歩合給額が三五万円以上になれば歩合給に戻す。それまでは月三五万円でいく。」と説明した、同年八月分については三五万円と二三万一五四〇円との差額一一万八四六〇円が未払であると主張する。
なお、原告は、夏場に運賃が上がる結果、通常の稼働で月三五万円以上になるという被告主張の前提自体に疑問を呈し、次のように主張する。
すなわち、
被告のいう運賃の変動を具体的にみると、同年八月の運賃はえさ一キログラム当たり六円ないし七円であったのに対して、同年二月のそれは四円七五銭ないし六円、同年三月のそれは五円、同年四月のそれは五円ないし五円一三銭、同年五月のそれは六円であった。したがって、運賃の高低が原告の資金に及ぼす影響は、往復七日間が基本の一運行につき一五〇〇円ほどの幅にすぎず、一か月に四運行したとしても六〇〇〇円程度上がるにすぎない。被告に勤務中の歩合給計算の実績からして、普通の仕事をしていたのでは歩合給計算額が三五万円を超えることは考えられない。
以上のように主張する。
(四) 同年九月分及び同年一〇月分の賃金については、当事者間に次の争いがある。
(1) 被告は、右各月の歩合給額がそれぞれ、二一万二八〇〇円(運行金精算後一四万八一五〇円)、二四万五四〇〇円(運行金精算後一七万四五二〇円)であるとして、その限度で未払賃金があることを認めているが、それは右(三)同様、前記1(三)の合意に関する右2(一)(1)の主張及び完全歩合給への変更を前提とするものである。
(2) これに対して、原告は、右各月については、原告の労働日数が所定労働日数を満たしていない(同年九月の所定労働日数二四日に対して実労働日数二一日、同年一〇月の所定労働日数二六日に対して実労働日数二五日。実労働日数については当事者間に争いがない。)ことを前提として、次のように主張している。
すなわち、
<1> 同年九月の原告の実際の労働日数二一日のうち一三日間はハマチのえさを輸送した。同月中に輸送したハマチのえさの総量は九万八九一〇キログラムであり、被告は、これを最大積載量一万一二五〇キログラムの車両で運行回数三回(合計一三日間)で輸送させた。右輸送総量は、合法的に輸送していれば最大積載量一万一二五〇キログラムの車両では運行回数九回(合計三九日間)を要する運送であるから、被告は、原告に対し、合法的には三九日間で行うべき運送を一三日間で行わせたことになり、逆に言えば、右一三日間の一日には本来被告が原告に行わせることができる三日分の仕事量が凝縮されていることになる。
<2> 同年一〇月の原告の実際の労働日数二四日のうち一五日間はハマチのえさを輸送した。同月中に輸送したハマチのえさの総量は九万四五六〇キログラムであり、被告は、これを右に同じ最大積載量の車両で運行回数三回(合計一五日間)で輸送させた。右輸送総量は合法的に輸送していれば運行回数九回(合計四五日間)を要する運送であるから、被告は、原告に対し、合法的には四五日間で行うべき運送を一五日間で行わせたことになる。
以上のように主張し、このような主張を前提として、同年九月分及び一〇月分として原告が支払を得べき賃金も、前記1(三)の合意により月額三五万円であって、それが未払であると主張している。
(五) 賃金支払債務の付遅滞の時期について、原告は、前記1(八)のとおり同年三月分賃金の第一回支払(同年二月分の第二回支払を含む。)が同年六月になされたとき以降は、原告に対する賃金の支払方法は銀行振込に変更されていたから、所定の期日に振り込まなかった以上、本来の支払期日から賃金支払が遅滞していることになると主張し、これに対し、被告は、右変更の合意を否認し、原告に対する給料の支払は被告会社事務所で手渡すことになっていたもので、原告が仕事で遠隔地に赴いていて送金先の指示をしてきたときに例外的に送料原告負担で送金していたものにすぎないから、原告が取りに来ず、また送金の指示もしてこなかった以上、期限が到来しただけでは履行遅滞にはならないと主張する。
二 (時間外賃金の請求について)
1(争いのない事実等)
(一) 原告が被告との雇用契約に基づき被告の運送業のためにトレーラを運行した日付と運行の発地と着地は、別紙(五)(略)添付の各別表記載のとおりであるところ、昭和六二年七月一〇日から同年八月二五日までの間の運行に際して、原告がフェリーに乗船していた時間、荷役作業の時間、車両整備作業時間、車両修理待機時間は、それぞれ別紙(五)記載のとおりであり、これらに運転時間を加えたものが原告の労働時間となることは当事者間に争いがない。
(二) 労働時間となることについて争いのない運転時間のうち、昭和六二年七月一〇日から同年八月二五日までの間の各稼働日の具体的時間数は、別紙(五)に「運転時間」として記載されているとおりであることが被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によって認められる。
2(争点)
時間外賃金請求に関して、当事者間に次の争いがある。
(一) 原告は、次のように主張する。
(1) 原告が被告から管理を委ねられている車両や積み荷の管理の時間も労働時間である(その結果、原告の主張は、連続して運行中の期間は一日二四時間が労働時間であるというものである。)。被告における稼働期間中の時間外労働の時間は合計で四二〇〇時間になる。そのうち深夜労働時間は合計で一八七一時間になる(労働の具体的内訳と時間に関しては、原告は、昭和六二年七月一〇日から同年八月二五日までの間についてだけ、具体的に別紙(五)記載のとおりであると主張している。)。
(2) 前記最低保障額である月額三五万円を基礎として次の算式により時間単価は一六〇〇円となるので、その二五パーセント増の時間外賃金は一時間当たり二〇〇〇円であり、深夜労働にかかる分は一時間当たり右に四〇〇円を加えたものである。
三五〇〇〇〇[円]×一二[か月]÷(三一三[日]×八[時間])=一六〇〇[円](一〇〇円未満切り捨て)
原告は、以上に基づく計算により、被告に勤務中の時間外割増賃金の合計は九一四万八四〇〇円に上るとして、その一部である四四万三四三〇円の支払を本訴において請求している。
(二) 被告は、次のように認否、反論する。
(1) 車両や積み荷の管理の時間なるものが労働時間に入ることは否認する。
(2) 原告採用に際しては次のような事情があった。
被告は、採用面接の際、原告に対し、被告における仕事の内容及び実態について、ハマチの餌の運送であること、運送先は四国、九州が中心であること、月間の平均運行回数は四運行であることなどを説明した上、給料は歩合給で一か月売り上げの二〇パーセントである旨を説明した。そして、原告の経験を問うと、「ある。」との答えであった。原告は、右のような仕事の内容及び給料条件を納得して働くことになったものである。
(3) 右のような採用時の事情からして、原告は被告との間で、仕事の内容が別紙(五)添付の各別表のようなものであることを前提とした上で、労働の実態に即して労働の全体に対する対価として歩合給を売り上げの二〇パーセントと合意したものであって、所定労働時間に対して売り上げの二〇パーセントの歩合給を支払うと取り決めたのではない。労働の中に時間外労働に及ぶものがあるかもしれないが、算定が困難である上、一運行ごとにそれを算定するのは煩瑣にたえないので、一律に売り上げに対する一定率の歩合給を定めたのであり、そのことは原告も知悉していたことである。
三(慰藉料の請求について)
1 原告は、慰藉料一二二万六二八〇円の請求の原因として、次のように主張する。
被告代表者は、正規の運送事業の免許を受けながら、不法な行為により不当に利益を上げることを経営方針として、被告を経営しているものであり、被告がなした原告に対する不法行為は次のとおりである。
(一) 被告は、労働基準法違反(除く賃金未払)を行って原告を働かせた。
(1) 被告は、労働基準法一〇六条一項、三二条、三五条に違反して原告を働かせた。
<1> 被告が従業員に時間外及び休日の労働をさせることができるのは、労働基準法三六条により労働者の過半数を代表する者(被告に労働組合はない。)との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合に限られる。そして、その届出時間数は、昭和五四年一二月二七日付け基発第六四二号(「改善基準」)に基づく行政指導によって外枠がはめられている。
しかし、昭和六一年一二月から昭和六二年一〇月二五日まで原告が被告に勤めていた間、被告代表者は、右について従業員運転手らに周知させていない。これは、労働基準法一〇六条一項に違反する。
<2> また、被告は、三六協定を締結せず、無届けで時間外、休日労働をさせていたか、又は、労働者の過半数を代表する者を勝手につくって三六協定を締結したかのように虚偽の届出をして時間外、休日労働をさせていた。これは、労働基準法三二条、三五条に違反する。
(2) 被告は、労働基準法五条に違反して原告を働かせた。
かつて被告に勤務していた川又運転手が昭和六二年四月か五月ころ三重県亀山付近で交通事故を起こしたことがある。原告は、同運転手から、同年七月四日、同人が被告代表者から「修理費が四七〇万円かかった。辞める、辞めないは勝手だが、辞めれば給料は払わないし、修理費を請求する。しかし、一年か二年働けばそれはしない。」と言われていると聞いた。その後、この話を被告代表者に尋ねると、被告代表者はこれを認め、「給料と修理費は相殺できる。この俺が言っているのではない。」として、かつて事故を起こした運転手の賃金請求の訴えに対して、修理費の反訴を起こして双方取り下げ、司法書士にかかった費用をその運転手に払わせたと言い、「これは裁判官が、裁判所が認めていることだ。」と言った。その後、原告は、支払の遅れている給料(同年四月分と五月分)のことで、仕事帰りに被告会社事務所に寄り、前日のこともありひとごとでないので、被告代表者に、「入っている保険の写しを見せてください。」と言うと、被告代表者は「誰に向かってものを言っているのだ。」などと凄んだ。そこで、原告が、「過積載を強要し、なおかつ、行っていることは免許業者とはとても思えない。今積んで来たトレーラを持って警察に行く。」と言うと、被告代表者は、「やれば殺すぞ。」と脅迫した。
これは労働基準法五条に違反する。
(二) 被告代表者は、原告に対し、ハマチの餌等の運送に際し、道路交通法七五条一項六号に違反する違法行為を指示、命令して行わせた。
(1) 昭和六二年五月五日朝、盛岡で荷を降ろし終わった原告は、被告代表者から、翌日福島県小名浜に行って荷を積み込むよう指示され、翌日朝、同所から同県いわき市の山木水産株式会社に行って、荷(冷メロード一五キログラム入り二六五五個合計三万九八二五キログラム)をセミトレーラ(車両番号七五号)に積み込んだ。同日、被告代表者又はその妻(以下、「被告代表者ら」という。)は、右積載量を確認の上、原告に対し、右セミトレーラをトラクタ(車両番号四八三号)で牽引して香川県丸亀市まで運送するよう指示し、原告は、同日から同月八日の午前中にかけてこれを運送した。
これは、道路交通法七五条一項六号に違反する違法行為である。
(2) 同年七月一〇日、被告代表者らは、原告に対し、被告代表者が前日銚子市の金正水産有限会社から有明のフェリーターミナルまで、荷(冷鯖一五キログラム入り二四三六個合計三万六五四〇キログラム)を運んできたセミトレーラ(前同)を、同所から前記のトラクタで牽引して愛媛県宇和島市にある四国急速冷凍株式会社まで運行するよう指示し、原告は、右指示に従って運行した。
これは、前記法条に違反する違法行為である。
(3) 同年七月二八日、被告代表者らは、原告に対し、翌日朝一番に長崎でセミトレーラ(車両番号二六号)に荷(冷凍マアジ一五キログラム入り一四七三個合計二万二〇九五キログラム)を積み込むよう指示し、原告は、右指示に従って荷を積み込んだ。そして、同日夕方過ぎ、被告代表者らは、原告に対し、右積み込みを確認の上、右セミトレーラを前記のトラクタで牽引して静岡県沼津市まで運送するよう指示し、原告は右指示に従って同月夕方から同年八月二日にかけてこれを運行した。
これは、前記法条に違反する違法行為である。
(三) 被告代表者は、道路運送車両法四〇条三号、四一条八号、四二条に違反する車両を原告に運転させた。
(1)<1> 右(二)(1)の際、原告に運転させた車両の積載量は三万九八二五キログラムであり、これに車両重量七八八〇キログラムを加えると車両総重量は四万七七〇五キログラムとなる。また、この場合のキングピン荷重は、型式TF一五九一の車両のカタログ値によると一万七三四九キログラムとなる。
<2> 右(二)(2)の際、原告に運転させた車両の積載量は三万六五四〇キログラムであり、これに車両重量七八八〇キログラムを加えると車両総重量は四万四四二〇キログラムとなる。また、この場合のキングピン荷重は、型式TF一五九一の車両のカタログ値によると一万六〇九六キログラムとなる。
<3> 右(二)(3)の際、原告に運転させた車両の積載量は二万二〇九五キログラムであり、これに車両重量八四二〇キログラムを加えると車両総重量は三万〇五一五キログラムとなる。また、この場合のキングピン荷重は、型式TF一五九一の車両のカタログ値によると一万〇九〇七キログラムとなる。
(2) 右(1)のようなキングピン荷重は、トラクタ側のカプラ(連結装置)に過重な荷重をかけることになる。
前記のように、かつて被告に勤務していた川又運転手が昭和六二年四月か五月ころ三重県亀山付近で交通事故を起こした。この事故の後、被告代表者の親戚の者が台座から折れてしまったカプラを亀山まで取りに行っている。そして、しばらくして被告代表者が有明フェリーターミナルでセミトレーラを連結する際、異様な音がし、カプラを見るとクラックが入っていたという。原告が銚子で積み込みをした後電話で「千葉ふそうに入ってくれ。」と指示されて、同所に夕方五時ころ着くと、極東開発工業株式会社(カプラの架装元である厚木にある会社)の担当者二名が来て、トラクタからカプラを外し、二、三時間ほどかけて折れたという台座部分の軸受けを重点的に点検していた。この事故の後、被告代表者は、「年に一回はドカンと大きいのをやる。」と原告に話した。この事故の態様について、後日、川又運転手は、原告に対し、「信号でブレーキをかけた直後、後ろの方がガクンとなってスリップして中央分離帯を乗り越え、二、三台の車をまきこみ田圃に落ちた。」と語っている。
(3) 被告代表者は、このような車両を運行させていたものであり、それは、道路運送車両法四〇条三号、四一条八号、四二条に違反するものである。
以上(一)、(二)、(三)の結果、原告の労働環境は著しく悪く、これにより原告に生じた精神的損害は被告の経営方針から出たものであり、これを慰藉するには一二二万六二八〇円が相当である。
よって、右慰藉料及び不法行為の後である昭和六二年一二月一〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告は、右慰藉料請求に関し、次のように認否、反論する。
被告は、原告に対し、被告代表者の妻高橋紀子からハマチ養殖餌の運送の仕事はきつくて大変であることを縷々説明した。原告は、きつい仕事であることを承知の上で自ら被告の仕事をすることにしたのである。面接時に好条件を提示し、働いてみたら実態が違っていたというものではない。被告は、原告に対して過積載を強要ないし強制したことはなく、原告の主張は事実を歪曲した独善、独断である。また、被告には道路運送車両法違反はない。
四(中間確認の訴えについて)
被告が、本件第一回口頭弁論期日において陳述した答弁書には原告が被告に「トレーラ運転手として雇われていた」との訴状記載の主張を認める旨記載しておきながら、本件第九回口頭弁論期日において陳述した平成元年八月二四日付準備書面に「原告の仕事の体制」と題して「被告会社では完全な請負制と考えている。」との記載があり、また、同年一一月二日付準備書面中に「被告会社から仕事を請け負った原告」との記述があったことなどから、原告は、これらの主張が自白の撤回に当たり、これに異議があると主張するとともに、別紙(一)記載のような中間確認の判決を求めた。
これに対し、被告は、原被告間の契約関係が雇用契約でなく請負契約である旨の主張をする趣旨ではなく、賃金支払形態に関していわゆる請負制の完全歩合給の賃金体系であると主張する趣旨であると釈明し、原被告間の契約関係が雇用契約であったことを認めている。
五(供託無効確認の訴えについて)
被告は、昭和六二年九月分及び同年一〇月分の賃金につき、それぞれ弁済期に現実の提供をしたのに、原告が受領を拒否したとして、平成四年三月二三日、千葉地方法務局に対し、被告主張の各賃金額を別紙(三)、(四)のとおり供託した(この事実は当事者間に争いがない。)。
そこで、原告は、現実の提供などなかった(この事実も当事者間に争いがない。)のに不実の理由で供託したのは無効であると主張し、別紙(二)の請求の趣旨を掲げてその旨の判決を求めた。
第三当裁判所の判断
一 (月例賃金の未払分の請求について)
1 まず、第二の一1(三)の合意の趣旨について判断する。
被告は、原告が休まず真面目に働いた場合に被告会社の気持ちとして月三五万円との差額を補填するという条件付で約束したものにすぎないと主張する。
被告の右主張自体の趣旨について考えるに、それは、法律上の債務としてはあくまで歩合給による賃金の約定であり、被告の適宜の判断で恩恵的に加給するという申し出をしただけである、つまりこの合意には法的拘束力がないという主張のようにも解されるし、あるいは、「原告が休まず真面目に働いた場合」ということを附款たる条件として合意したとの主張のようにも解される。しかしながら、まず、特別の情宜による結び付き等の関係のない使用者と労働者が雇用契約において合意した賃金が使用者の一方的判断で適宜に変えることのできる恩恵的給付の性質のものにすぎないと解することは、特段の事情のない限りできないものというべきであるところ、本件においては、加給の合意をもって法的拘束力のない恩恵的なものと解すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。他方、右が条件の合意の主張だとしても、「休まず真面目に働いた場合」というだけでは余りに漠然としており、内容を確定し得る附款とは解しにくい。それが当該月の所定労働日数を稼働した場合あるいは欠勤のなかった場合という趣旨であるとすれば、後記のように当事者間の意思解釈として当然に認められることにすぎず、これをもって雇用契約の附款たる条件であると解する意味はない。のみならず、証拠関係をみると、被告の右主張が失当であることはさらに明らかである。すなわち、被告代表者の供述中には、原告との間で合意した歩合給体系だと賃金月額が二五万円程度にしかならないだろうことが分かっていたが、原告の昭和六一年一二月の働き振りがよかったため、「労働日数、労働内容、大体平均それぐらいの労働をしてくれれば」という条件付きで加給する旨原告に話したとか、「月に平均二五日くらい働いて被告会社として荷主から要請される仕事をこなしてくれたら」という条件付きで加給する旨原告に話したという供述部分がある。しかしながら、右供述は、原告に話した内容なるものが極めて曖昧で、むしろ、単なる動機を語っているにすぎないとの疑いを払拭し得ず、加給のための特別の条件として言葉に出して原告に提示したものと断ずるには足りず、他に被告の前記事実主張に副う証拠はない。また、被告が、同年二月分から同年五月分の給料明細書に、同年一月分から同年五月分までの賃金額を記載するに際して、前月の歩合給額の三五万円との差額を加算して計上していたことは前記のとおりであり、(証拠略)によると、被告は所得税の源泉徴収を行うに際し、同年一月分以降同年五月分まで二万八四九〇円を、歩合給額として計算されたものから直接控除して(すなわち、翌月分に加給する際にではなく)計上していたこと、その金額は給与所得三五万円以上三五万三〇〇〇円未満に対応する税額であったことが認められるのであって、被告においてそのように第一回支払の段階で第二回支払による加給を予定した処理をしていた以上、次月の働きいかんなどの事情が当時考慮されていたものとは解し難い。さらに、被告は、同年七月分賃金を日給月給で計算するに際し、賃金月額を三五万円として計算しているのであるが、日給月給計算の処理をした理由は原告が長期に休んだためであるというのであり、そうであれば、被告主張にかかる「休まず働く」という前記条件を欠くことになるのに、賃金月額を三五万円としている処理は歩合給額を超える加給額部分が条件付給付であるなどという主張と矛盾するものといえる。
以上要するに、前第二の一1(三)の合意は、月三五万円の単なる定額最低保障付歩合給の合意であって、被告主張のようなものではなかったものというべきである。
なお、被告は、昭和六二年五月分賃金について加給分の支払をしなかった理由として、同年六月に原告が長期間欠勤したためと主張しているが、事後的に欠勤があったからといって既に労働者が稼働して具体的に発生した賃金債務の額について一方的に被告において変更することが許されないことはいうまでもない。
2 そこで、各月の未払賃金額を算定すると次のとおりである。
(一) 同年四月分については、被告は、歩合給額二七万五〇〇〇円と三五万円との差額七万五〇〇〇円を同年五月分支払時に支払済であると主張しているが、(証拠略)によると被告が五月分第一回支払として振り込んだ金額は二五万一三九〇円であったことが認められ、これに振込手数料八〇〇円を加えた二五万二一九〇円から(証拠略)記載の加給前の金額二一万一〇九〇円を控除するとその差額は四万一一〇〇円となるから、同年四月分賃金の第二回支払については、原告主張の計算どおり三万三九〇〇円の未払があることになり、被告主張の金額の弁済の事実はこれを認めるに足りない。
(二) 同年五月分については、加給額の支払がなされていないことは当事者間に争いがなく、その額は三五万円と三三万七八〇〇円(<証拠略>)との差額一万二二〇〇円と認められる。
(三) 同年七月分の賃金については、被告は、原告が同年六月から同年七月二日にかけて長期にわたって休んだので日給月給の計算にしたと主張する。しかし、そもそも前月の稼働状況いかんによって当月の賃金額の計算方法を一方的に変更することが許されるとする根拠になる事情を認めるに足りる証拠はない。また、争いのない原告の稼働日に照らすと、原告は同年七月は三日以降休みなく働いているのであって、労働日数が所定のものより少ないということもない。したがって、被告が同月分として算定して支払った三二万七七〇〇円と三五万円との差額二万二三〇〇円が未払額と認められる。
(四) 同年八月分の賃金については、被告は、前記第二の一1(三)の合意に関する前記主張のほか、八月から一二月まではハマチの養殖の関係で仕事が最盛期に入るので、この期間は完全歩合給にする旨事前に原告に説明してあったと主張する。しかし、前記第二の一1(三)の合意が被告主張のようなものと認められないことは前示のとおりである。また、被告代表者の供述中には、歩合給額が募集広告に出したとおり四〇万円以上の額になることがある旨の部分があるが、それすら一〇月から一二月のことであるというだけであり、八月から一二月までの期間を完全歩合給にする旨の合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、八月分以降についても月額三五万円の保障が及ぶものというべきである。したがって、同月分については歩合給額二三万一五四〇円と三五万円との差額一一万八四六〇円が未払額と認められる。
(五) 同年九月分及び同年一〇月分については、いずれもその支払がなされていないこと、歩合給額が同年九月分は二一万二八〇〇円、同年一〇月分は二四万五四〇〇円であることは当事者間に争いがない。
そして、(証拠略)によると、原告は同年九月分運行金として予め一三万円を受領し、そのうち六万五三五〇円を必要経費として使用したこと、<証拠略>によると、原告は同年一〇月分運行金として予め一五万円を受領し、そのうち七万九一二〇円を必要経費として使用したことがそれぞれ認められる。したがって、同年九月分運行金一三万円から必要経費六万五三五〇円を控除した残額である六万四六五〇円、同年一〇月分運行金一五万円から必要経費七万九一二〇円を控除した残額である七万〇八八〇円は、いずれも運行金精算として控除すべきものであり、これら精算後の金額は、同年九月分が一四万八一五〇円、同年一〇月分が一七万四五二〇円となり、これが各第一回支払の対象となるべき金額である。
他方、右(四)同様、前記第二の一1(三)の合意についての被告の前記主張も右(四)の完全歩合給への変更も認められない以上、右各月の賃金額は月額三五万円が保障されていたものと認められる。ところで、賃金債権は、雇用契約に基づいて現実に就労することによって初めて具体的債権として発生するものであるから、月給制の場合であっても、現実に労働した日数が所定労働日数に足りないときは、有給休暇として処理されたとか不就労にもかかわらず賃金カットを行わないという合意又は定めがあるなどの特段の事情のない限り、不就労の日は無給と解するのが相当である。そして、このような不就労の日が含まれている月の賃金額の具体的算定は、カットすべき金額について特段の合意又は定めのない以上、当事者の通常の意思解釈として、月給額を当該月の所定労働日数で除して算出されるその月の一日当たりの賃金額に欠勤日数を乗じて算出するのが相当である。そして、右の理は最低保障付歩合給制の保障額に関しても特段の事情のない限り妥当するものというべきであり、本件においても、当該月に現実に労働した日数が当該月の所定労働日数に足りないときはその不足分の日数を右のように無給として計算するのが相当であると解される。
そうすると、原告の現実の労働日数は、同年九月は所定労働日数二四日に対して二一日であり、同年一〇月は所定労働日数二六日に対して二五日であって、いずれも所定労働日数に足りない。したがって、同年九月については所定労働日数二四日に三日不足しているので、三五万円を二四で除した一日当たりの賃金額一万四五八三円に三を乗じた四万三七四九円を三五万円から控除した残額である三〇万六二五一円が、また、同年一〇月については所定労働日数二六日に一日不足しているので、三五万円を二六で除した一日当たりの賃金額一万三四六一円を三五万円から控除した残額である三三万六五三九円が、それぞれの賃金額となる。
原告は、右各月のハマチのえさの輸送量が運行車両の適法な積載量で換算すると所定労働日数を超える量であるとして、そのことによって所定労働日数すべて働いたのと同様に、右各月とも保障額の全額が原告の支払を受くべき賃金額であると主張するが、そのような解釈をなし得べき法的根拠は存在しない。
したがって、同年九月分賃金については、三〇万六二五一円が保障さるべきところ同月分歩合給額は二一万二八〇〇円であるから、その差額九万三四五一円が第二回分支払の対象として未払というべく、また、同年一〇月分賃金については、三三万六五三九円が保障されるべきところ同月分歩合給額は二四万五四〇〇円であるから、その差額九万一一三九円が第二回支払の対象として未払ということになる。
よって、同年九月分未払賃金額は、第一回支払分一四万八一五〇円と第二回支払分九万三四五一円の合計である二四万一六〇一円、同年一〇月分未払賃金額は、第一回支払分一七万四五二〇円と第二回支払分九万一一三九円の合計である二六万五六五九円となる。以上のとおりであるから、本件請求中月例賃金にかかるものは合計六九万四一二〇円となる。
3 次に、右各月例賃金に対する各遅延損害金について判断する。
前記のとおり、原被告間の当初の雇用契約においては、賃金を被告会社事務所で手渡して支払うことが合意されたのであるから、当時、月例賃金が支払場所を被告会社事務所とする取立債務であったことは明白である。これに対して、原告は、同債務がその後持参債務となったとして、昭和六二年一二月一〇日(もっとも、これは、月例賃金の同年一〇月分の第一回弁済期に当たる。)からの遅延損害金を請求している。
そこで、本件請求にかかる月例賃金債務の支払場所が、当初約定どおり被告会社事務所のままであって原告において同事務所に赴いて支払を受けるべきものであったか、それとも、被告において原告の預金口座に振り込むなり原告方に送付又は持参すべきものに変わっていたかについて検討する。
世上一般に、賃金の支払方法としては、労働者の指定する銀行等の預金口座に振り込む方法と勤務先で現金を交付する方法とが行われていることは公知の事実であるが、これを法的にみると、使用者と当該労働者との間の合意に基づいていずれかの方法がとられている場合と、特段の合意なしに事実たる慣習として勤務先での現金払の方法が行われている場合とがあるものと解される。後者の場合、かかる事実たる慣習が成立する根拠は、在職中は労働者が使用者の事業所等で反対給付たる労務の提供をするなど使用者と労働者とが相対する場所として、その場所が当事者双方にとって労務の対価たる賃金の支払に相応しく便宜である点にあるものと考えられる。本件において当初の賃金支払場所、支払方法につき被告会社事務所で現金を手渡しする方法がとられたのは、原被告間の合意に基づくものとみるべきであるが、その合意もまた、原告が被告の従業員として在職し被告会社事務所に出頭する状態にあることを当然の前提としていたものと解されるのであり、右合意の内容は、あくまで原告が被告に雇用されて被告会社事務所に所在する可能性がある限りにおいて、同事務所で支払う旨の合意であったと解釈するのが相当である。そうすると、原告が退職した時点でなお未払になっている賃金については、右合意の拘束力は及ばず、各賃金債務は民法の原則に従い持参債務となっていたものというべきである。
なお、原告は、昭和六二年六月以降月例賃金が銀行振込によって支払われるようになったことで右債務の支払場所、支払方法が変わった旨主張する。しかしながら、右債務の支払場所、支払方法を変更する明示的な合意がなされたことを窺わせる証拠はなく、原告の主張の趣旨も黙示的な合意を主張しているにすぎないものと解される。そこで、事実の経過が右黙示の合意を肯認するに足りるものがあるか否かを検討するに、なるほど、右以降、被告が月例賃金を原告の銀行預金口座に振り込んで支払うようになったことについて当事者間に異議がなかったことは前記のとおりであり、これらの振込が原告からの逐次の送金先指示によって行われたとの被告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。けれども、振込が行われた最初の機会は前記のような特殊な事情によるものであるから、その一回の振込により債務の支払場所、支払方法が変更されたと解することはできない。さらに、その後の経過を総合しても、次のとおり、原告の在職中に確定的に賃金債務の支払場所、支払方法が変更されたと断ずることは困難である。すなわち、別紙(五)添付の別表記載中争いのない原告の稼働状況に前記のとおりの賃金の支払時期、証人高橋紀子の証言を併せると、原告が所定の賃金支払日に仕事で遠隔地に赴いていることがかなりあったことが認められ、しかも、銀行振込による支払について振込手数料は原告負担とすることで当事者間に異議がなかった事実からすると、この取扱いは、債務の支払場所、支払方法を確定的に変更したものではなく、単に原告が所定の賃金支払日に仕事で遠隔地に赴いていることが多かったために便宜的にそのような方法がとられたにすぎないと解する余地が十分あり、原告主張の合意の成立を認めるには足りないものというべきである。
ところで、原告が遅延損害金請求の起算日とする昭和六二年一二月一〇日は、同年九月分の月例賃金の第一回弁済期(第一回支払分一四万八一五〇円に関するもの)である同年一一月一〇日の翌日より後であるから、同月分の第一回支払分までの未払賃金に対する遅延損害金については原告の各遅延損害金を正当とすべきであるが、同年九月分月例賃金の第二回弁済期(第二回支払分九万三四五一円に関するもの)は、同年一〇月分の第一回弁済期(第一回支払分一七万〇八八〇円に関するもの)の弁済期と同じく同年一二月一〇日であるから、これらに対する遅延損害金はその翌日である同月一一日以降発生するものというべく、また、同年一〇月分月例賃金の第二回弁済期(第二回支払分九万一一三九円に関するもの)は、昭和六三年一月一〇日であるから、これに対する遅延損害金はその翌日である同月一一日以降発生するものというべきであって、その余の各遅延損害金請求はいずれも失当である。
そして、以上の未払賃金についての遅延損害金の利率は、賃金の支払の確保等に関する法律六条一項、同法施行令一条により、年一四・六パーセントとなる。
二(時間外賃金の請求について)
1 被告の事業は労働基準法八条四号所定の道路による貨物の運送の事業に当たるので、原告の労働時間については同法三二条二項の適用があり、いわゆる八時間労働制に服することになる。労働基準法三七条は、割増賃金の支払いを使用者に義務付けることによって、同法の規定する労働時間の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行おうとするものであり、歩合給制をとった場合であっても、また、その定額最低保障をした場合であっても、労働基準法三七条の適用を免れ得ないことはいうまでもない。被告が、原告採用面接の際の事情に基づいて主張する点についてみるに、原告が時間外労働が必然的に伴うことを知って被告と雇用契約を締結したとしても、時間外割増賃金請求権を失うものではないことはいうまでもない。また、時間外割増賃金の算定が煩瑣であるからといって被告においてその支払義務を免れることができないことも多言を要しない。仮に、被告の主張が、原被告間の労働契約において歩合給率を決定するに際し、時間外賃金を込みとする特段の合意をしたというものであったとしても、かかる合意の有効性について論ずるまでもなく、本件においては、右のような合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
2 そこで、原告が支払を受くべき時間外割増賃金額について検討する。
(一) 被告代表者の供述によると、被告における休日は年末一二月三〇日から正月五日まで及び毎日曜日及び国民の祝日であると認められるから、暦によれば昭和六二年中の所定労働総日数は二九六日であることが明らかである。したがって、一時間当たりの賃金単価は、前記最低保障額である月額三五万円を基礎として次の算式により一七七四円となるので、その二割五分増の時間外割増賃金は一時間当たり二二一八円となる。
三五〇〇〇〇[円]×一二[か月]÷(二九六[日]×八[時間])=一七七四[円]
そして、昭和六二年七月一〇日から同年八月二五日までの間についてみるに、別紙(五)記載の各時間のうち、労働時間となることについて当事者間に争いのない「フェリーの乗船時間」、「荷役作業の時間」、「車両整備作業時間」、「車両修理待機時間」に、前記「運転時間」を加えると、これらの合計時間数は、同年七月の一〇日以降につき二四一時間であり、同年八月につき三〇〇時間一〇分である。他方、所定労働時間数は多くとも(ここでは労働基準法三二条一項、一三一条等の規制はとりあえず考慮外とする。)、同年七月につき二七×八=二一六時間、同年八月につき二六×八=二〇八時間を超えないから、少なくとも二割五分増の時間外賃金の支払対象となる労働時間数は、同年七月につき二五時間、同年八月につき九二時間一〇分を下らないことは明らかである。したがって、この期間だけで少なくとも合計一一七時間が少なくとも二割五分増の時間外賃金の支払対象となる。
そうすると、この期間の時間外賃金は、同年七月につき五万五四五〇円、同年八月につき二〇万四四二六円を下らず、右合計額は二五万九八七六円を下らないこととなる。
そして、争いのない原告のトレーラの運行状況(別紙(五)添付各別表(略))に照らすと、七月一〇日から同年八月二五日までの期間だけで、右のような額になるのであるから、毎月これと大差のない運行(同別表一ないし同六によると、原告は、昭和六一年一二月から昭和六二年五月までの間は殆ど休日をとらずに稼働していることが明らかである。)をしていた以上、原告の勤務中の時間外賃金総額が原告の本訴請求額を上回ることは優に推断し得るところである。
3 右時間外賃金債務に対する遅延損害金について検討する。
原告に対する賃金の計算は、歩合給、運行金精算、加給すべてについて、毎月一日から末日までを賃金計算期間として一か月毎に計算されており、その弁済期は、前記のとおり第一回と第二回とに分かれていたものであるが、この取扱いは原被告間の雇用契約上の賃金支払方法に関する合意に基づくものと解される。時間外賃金については、被告がその支払を現実に予定したことがないことから、その弁済期に関する明示の合意のないことはもとより当然であるが、時間外賃金も賃金のひとつである以上、その計算期間、弁済期のいかんも前記合意の内容に黙示的に包含されているものと解するのが相当である。そして、月例賃金の第二回支払によって加給を精算する方法がとられていたことからみて、時間外賃金の弁済期も、これと同様、月例賃金の第二回弁済期である賃金計算期間の三か月後の一〇日と解される。したがって、前示の七月分については昭和六二年一〇月一〇日、八月分については同年一一月一〇日にそれぞれ弁済期が到来したものというべきである。そうすると、これらの時間外賃金債務は、原告の請求にかかる同年一二月一〇日以前に遅滞に陥っており、これ以前の分についても同様であることが明らかである。そして、その遅延損害金の利率は、賃金の支払の確保等に関する法律六条一項、同法施行令一条により、年一四・六パーセントとなる。
4 原告は時間外賃金と同額の付加金の支払を命ずることを求めるところ、右時間外賃金の支払をしていないことは労働基準法三七条に違反するものであり、右不払をもって違法でないといえないことはもちろん、これに対する制裁を課すべきでないとするに足りる特段の事由は認められないから、その支払を命ずることとする。
一方、右付加金の支払義務は、その支払を命ずる裁判所の判決の確定によって初めて発生するものであるから、右判決確定前においては右付加金支払義務は存在せず、したがって、これに対する遅延損害金も発生する余地がないが、右判決の確定後において、使用者が右付加金の支払をしないときは、使用者は履行遅滞の責を免れず、労働者は使用者に対し右付加金に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。したがって、本件付加金の請求に付帯する遅延損害金の請求中、右付加金の支払を命ずる本判決の確定の日までの遅延損害金の支払を求める部分は失当であるが、本判決確定の日の翌日から支払済に至るまでの遅延損害金の支払を求める部分は、本件各賃金を被告が支払わず判決に至ったことなどの本件訴訟の経緯に照らすと、原告において予め訴求する必要のあることが認められるので、これを正当として認容する。
三(慰藉料の請求について)
原告が慰藉料請求の根拠とする不法行為の主張について検討する。
1 被告代表者が、道路交通法七五条一項六号に違反する違法行為を指示、命令して行わせたとの主張及び被告代表者が道路運送車両法四〇条三号、四一条八号、四二条に違反する車両を原告に運転させたとの主張についてみるに、不法行為と相当因果関係のあるものとして賠償を得べき損害とは、侵害行為によって惹起された現実の利益状態と侵害行為がなかった場合にありうべき原状とを比較して、賠償によって法的に保護されるのを相当とするだけの実質を持つ通常生じ得べき損害として現実に把握し得るものでなければならないが、このことは精神的損害たる慰藉料についても同断であるというべきところ、原告主張の各法条違反行為があったとしてもそれだけで直ちに労働者が賠償を得べき精神的損害が生じて慰藉料請求権が発生するとは解することができない。原告は、主張の事実のみをもって慰藉料請求権が発生すると考えているようであるが、仮に原告主張の各行為があったとしても、そのことだけによって通常生じ得べきものは、侵害行為と相当因果関係の認められる法的な精神的損害ということはできない。そして、これを超えて、具体的に特定し得る特段の精神的苦痛その他の法的損害は何ら原告の主張しないところであり、もとより、その立証もない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告のこの点の慰藉料請求は失当である。
2 被告が、労働基準法一〇六条一項、三二条、三五条に違反して原告を働かせたとの主張についてみるに、右主張は要するに時間外及び休日労働についての労働基準法違反(従業員運転手らへの周知義務違反[同法一〇六条一項違反]、三六協定不締結あるいは届出義務違反[同法三二条、三五条違反])を指摘するものであるが、これらの条項に違反したからといって直ちにその企業で働いている労働者に精神的損害が生じて慰藉料請求権が発生するといえないことはもちろんであり、原告主張の事実のみをもって、慰藉料を請求し得べき根拠とすることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告のこの点の慰藉料請求も失当である。
3 被告が、労働基準法五条に違反して原告を働かせたとの主張についてみるに、同条は、「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」と強制労働を禁止する旨定めているが、原告主張の事実をもって原告が被告によって強制労働をさせられたものとは解することができない。かつまた、被告代表者の供述及び弁論の全趣旨によると、原告は自らの意思で退職するに至るまで賃金等の扱いについて不満ながらも自らの意思によって被告で稼働していたことが認められ、精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制されたものとは解し得ない。そして、他にも、原告に賠償によって慰藉すべき法的損害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告のこの点の慰藉料請求も失当というほかはない。
四(中間確認の訴えについて)
被告は、原告を運転手として雇用したことを認めており、原告の本件中間確認の訴えは何らの利益がないことが明白であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の中間確認の訴えは却下すべきものである。
五(供託無効確認の訴えについて)
原告は、被告が前記のような供託をしたことからその無効確認を求めているが、被告において原告に供託金に相当する金員を提供したことがないことは被告の自認するところである。そしてまた、被告は右供託をもって本件請求にかかる債務の消滅原因事実として主張しているわけではない。しかも、そもそも供託無効確認の訴えは不適法である(最高裁判所昭和四〇年一一月二五日判決・民集一九巻八号二〇四〇頁)。したがって、いずれにせよ原告の本件供託無効確認の訴えは却下を免れない。
(裁判官 松本光一郎)