東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15930号 判決 1992年6月02日
主文
一 被告株式会社マッケイインターナショナルは原告に対し、金七七七七万円及びこれに対する昭和六三年一二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告株式会社東北新社に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告株式会社マッケイインターナショナルに生じた費用を被告株式会社マッケイインターナショナルの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社東北新社に生じた費用を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 被告マッケイインターナショナルに対する請求について
一 《証拠略》によれば、原告と被告マッケイインターナショナルとは、昭和六二年二月、<1>被告マッケイインターナショナルは、被告東北新社との本件マークに関する商品化権使用契約即ち原契約に基づき、原告に対し、衣料品全般について右マークの使用権を付与し、原告は、右マークのイメージを尊重しつつ、これをその製造販売する製品に使用すること、<2>原告は、被告マッケイインターナショナルに対し、本件商品化権の使用料として、右マークを使用した製品の販売金額の二パーセントを支払うこと、<3>原告は、被告マッケイインターナショナルに対し、前項所定の使用料として年額一〇〇万円を保証し、毎年三月三一日に本件マークを使用した製品の販売金額を集計し、右金額が最低保証額を上回るときは、その差額を直ちに被告マッケイインターナショナルに対して支払うこと、<4>原告は、被告マッケイインターナショナルが請求したときは、同社に対し、各シーズン毎に、本件マークを使用した製品の販売状況を報告すること、<5>原告が、本件マークを使用して原告のデザインによる新製品を製造する場合には、原則として被告マッケイインターナショナルの承認を得なければならないこと等を内容とする本件契約を締結したこと、しかるに被告マッケイインターナショナルは、原告に対し、昭和六三年二月二九日、本件契約を解除する旨通告し、本件マークの使用を禁止する旨通告したこと、またそのころ被告東北新社はその従業員らをして原告の取引先等に電話し、本件マークを使用した原告の製品は、被告東北新社から右マークの使用許諾を受けずになされたもので、被告東北新社の権利を侵害するものであるなどとして、右マークを使用した原告の製品の販売を中止するよう求めたため、原告は右製品の販売を中止せざるを得なくなつたこと、以上の事実が認められる。
二 被告マッケイインターナショナルは、原告が本件マークを使用する際、本件契約上の債務に違反する行為、即ち原告は、<1>本件マークを許諾商品に使用するに際し、トレードマークであることを示すTMマークを表示すべき義務があつたにもかかわらず、これに違反して、商標権を有することを前提とするRマークを表示し、<2>また本件マークを許諾商品に使用しうる地域を日本国内に制限されていたにもかかわらず、これに違反して、韓国において本件マークを使用してレザージャケットを製造し、<3>さらに本件マークを使用して新製品を製造する場合、被告マッケイインターナショナルに事前に報告してその承諾を得るべき義務があつたにもかかわらず、右義務を怠つて新企画商品を製造し、昭和六二年一〇月に開催された第二回展示会に展示したばかりか、<4>被告マッケイインターナショナルは、原告に対し本件マークについては、原契約において再許諾が禁止されている旨を説明しており、原告は、右マークを使用した製品の製造に際しては、右禁止規定に違反しないよう注意すべき義務を負担していたにもかかわらず、これをなさなかつたため、やむなく本件契約を解除にするに至つたものである旨主張する。そこで、右義務違反の有無及び本件契約解除の当否について以下検討する。
1 TMマーク表示義務違反について
(一) 原告が本件マークを使用した製品についてRマークを表示したことは当事者間に争いがない。しかしながら、《証拠略》によれば、原告と被告マッケイインターナショナル間の本件契約においては、契約締結当時商標登録こそなされていなかつたものの、少なくとも早期に商標権が成立することを前提とし、被告マッケイインターナショナルが被告東北新社から右商標権の使用許諾を受けて、さらにこれを原告に許諾する体裁をとつていたため、原告は、本件商品化権は商標権を基礎とするものと理解し、本件第一回展示会においても、本件マークを使用した商品についてRマークを表示していたところ、昭和六二年五月一三日に前記展示会を視察した被告東北新社国際配給部主任の磯田寿の指示により、同年七月ころ被告マッケイインターナショナル営業部長であつた水野一郎から原告のカジュアル部門P・ZONE事業部の責任者であつた佐藤博を介し当時本件マークを使用した商品に関する原告の責任者的立場にあつた高正明に登録商標を示すRマークではなく単なるトレードマークであることを示すTMマークを表示するよう伝えたところ、高は本件契約は本来商標権を基礎とする契約であつてRマークの使用について問題はないはずであるとし、かつ秋及び冬物に関しては既に二万枚のラベルを製造済みであり、その時点での変更は不可能であつたことから、春及び夏物から右マークを訂正する旨水野に対して伝え、秋及び冬物についてはRマークを表示したラベルのまま製造、販売を継続したところ、同年一一月に至り、再び水野から右表示について書面で訂正を要請されたため、原告としてもことを穏便に解決すべく謝罪文書を被告マッケイインターナショナルに対して交付した上、Rマークを表示したラベルの上にTMのシールを貼付する方法で訂正したことが認められる。
(二) しかして、右事実によれば、本件契約は登録商標に基づく商品化権を前提としていることが明らかであるから、右契約上原告にTMマークの表示義務があつたということはできないし、右契約時点で商標登録が未了であつたことを考慮しても、高が秋及び冬物についてはRマークの表示を継続する旨通告した後も、水野はTMマークを表示すべき理由について何ら明確な説明をしておらず、その後昭和六二年一一月に至るまでは、本件全証拠に照らしても右訂正の要請をしたことを認めるに足りる証拠はない事実に照らすと、本件契約上、原告がTMマークを表示せずRマークを表示したからといつて、これを理由として本件契約を解除することはできない。
2 地域制限違反について
(一) 原告が、昭和六二年一一月ころ、本件マークを使用した商品を一部韓国で生産したことについては、当事者間に争いがない。
(二) 《証拠略》によれば、原契約上は、本件マークについての商品化権は被告東北新社がパラマウントから許諾を受けている著作権に基づくものとして合意されており、実施権として許諾地域において許諾商品を製造販売するための商品化権を実施する権利を許諾する旨規定されているところ、原告と被告マッケイインターナショナル間の本件契約には、使用権を付与する範囲として、地域については日本国内との定めがあり、右契約は少なくとも早期に商標権が成立することを前提として、被告マッケイインターナショナルが被告東北新社から右商標権の使用許諾を受けて、さらにこれを原告に許諾する趣旨で締結されており、原告としては、本件商品化権は商標権を基礎とするものと理解しており、したがつて、商品の製造についてはこれを海外でなしたとしても何ら問題ないものと考えていたものであり、かつ商標権の場合、その保護の範囲はあくまで日本国内にとどまり、しかも原則としてその商品の販売の段階を問題とするものであるから、本件契約上本件マークの使用が日本国内に限られるとする地域制限があつたとしても、これは販売に関する制限であつて製造地域の制限までは含まないと解するのが合理的であること、また、弁論の全趣旨によれば、現に昭和六二年一月頃、原告と被告マッケイインターナショナルとの間において、香港及び韓国での製造について協議がなされたが、その際被告マッケイインターナショナルからは右地域での製造について何らの異議も出されなかつたことが明らかであり、かかる事実を総合すると、本件契約上、原告が製品製造地について日本国内とする地域制限の義務を負担していたと認めることはできず、したがつてこれを前提とする原告の債務不履行もないことになる。
したがつて、前記のように韓国において本件マークを使用して商品たるレザージャケットを製造したからといつて、これを理由として本件契約を解除することはできない。
3 事前報告、承諾義務違反について
(一) 《証拠略》によれば、本件契約上、原告が、本件マークを使用して原告のデザインによる新製品を製造する場合には、原則として被告マッケイインターナショナルの承認を得なければならない旨定められている事実が認められるが、《証拠略》によれば、本来、デザインというものはその性質上、実際に試作品あるいは見本を制作した上でなければ、それに対する適切な評価をすることは困難であるから、右承認を得る方法としては、通常、製品の見本を制作し、展示会開催の折等に企画品の見本等について見分させ、不都合な点がある場合にはその旨指摘させ、かかる指摘がない場合にはそのまま承認したこととする形態で行われるのが通例であるところ、本件第二回展示会もその趣旨で開催されたものであるから、本件契約上、原告が右展示会開催前に被告マッケイインターナショナルに対し、製品の見本等につき報告し、その承認を得るべき義務を負担していたとすることはできない。したがつて、原告が、右義務を負担していたことを前提とする被告マッケイインターナショナルの主張は理由がない。
4 原契約上の再許諾禁止条項をめぐる被告東北新社とのトラブルを回避すべき注意義務について
(一) 被告マッケイインターナショナルは原告に対し、被告東北新社との間の原契約において、本件マークの使用を第三者に再許諾することが禁止されていることを告げた上で、本件契約を締結したのであるから、原告は、右マークを使用して商品を製造する際、被告東北新社との間においてトラブルを起こさないように注意すべき義務を負担していた旨主張し、《証拠略》にはこれにそう部分が存する。
しかしながら、《証拠略》によれば、水野自身、原告に対して原契約書を示していないことは認めているし、また本件契約と原契約を比較すると、前者は後者に比して広汎な使用権を許諾する内容の契約となつていること、前者が締結当時未だ発生していない商標権をその基盤としているのに対し、後者は著作権を基盤としているなど根本的にその発想を異にしていることが認められ、加えて、前記認定のとおり、本件契約条項に被告東北新社とのトラブル回避のために必要な条項が全く入れられていないこと、さらに原告が右再許諾禁止を知つていたとすれば、原告がRマークを表示したり、韓国において本件マークを使用して商品を製造するような行動をとることは考えにくいこと、またRマークの表示に関する被告東北新社からの指摘に関する被告マッケイインターナショナルの対応を見ても、前記のとおり、的確な説明もできないままほとんど放置したと同様の状態で半年近くを経過した後、韓国での商品製造を契機として、被告東北新社が原告への本件マークの使用許諾の事実を知るに至つた結果、慌ててこれに対処しようとしていること等の事実に照らすと、被告マッケイインターナショナルが原告に対し、被告東北新社との間の原契約において、本件マークの使用を第三者に再許諾することが禁止されていることを告げた上で、本件契約を締結したと認めることは到底できない。
したがつて、原告が右マークを使用して商品を製造する際、被告東北新社との間においてトラブルを起こさないように注意すべき義務を負担していたとすることはできず、右義務が存することを前提とする被告マッケイインターナショナルの主張は理由がない。
5 よつて、被告マッケイインターナショナルの抗弁は理由がない。
三 そこで、原告が本件マークを使用しえなくなつた原因とその責任の所在について検討する。
1 《証拠略》によれば、被告マッケイインターナショナルは、昭和六一年一一月一日、被告東北新社から、映画「トップ・ガン」の本件マークを契約に定めるとおりの内容で使用することを許諾すること、許諾商品及び許諾数量はTシャツ一万枚、ポロシャツ三〇〇〇枚、ブルゾンジャケット一五〇〇枚とし、その契約期間は一年、被告マッケイインターナショナルは許諾された使用権の一部または全部を第三者に対し譲渡、転貸してはならないことと等として本件マークの商品化権の使用許諾を受け、その商業化を企図していたが、被告マッケイインターナショナルは当時衣料品の企画、製造、販売等につき経験が全くなく、販売能力も皆無であつたため、同社営業部長であつた水野一郎は、日商岩井繊維株式会社営業課長甲斐晴巳らに対し、そのころ右衣料品の企画、製造、販売等につき経験を有する会社の紹介を依頼したところ、甲斐及び日商岩井株式会社営業部長であつた四海某は原告に対し「トップ・ガン」の商標権を使用して衣料品の商品企画、製造販売を行うことを内容とする契約の締結を持ち掛けたこと、ところで原告は、当時、カジュアル部門への進出を企図しており、右ブランドがこれに適していたことから、原告の常務浅尾某及びカジュアル部門であるP・ZONE事業部の責任者である佐藤が被告マッケイインターナショナルと交渉を進めたが、右交渉の際、甲斐及び水野は、契約の正式な内容として、<1>被告マッケイインターナショナルは、被告東北新社から、本件ブランドの商標権の全面的な使用許諾を受けており、<2>原告がこれを使用して、衣料品の企画、製造、販売を行い、<3>その対価として被告マッケイインターナショナルが一定の使用料の支払を得たい旨申し出、被告マッケイインターナショナルの右権利を基礎付けるものとして、本件マークについての被告東北新社名義の商標登録願のコピーを提示したこと、そこで原告が被告マッケイインターナショナルに対し、同社と被告東北新社間の原契約の契約書の提示を求めたところ、被告マッケイインターナショナルは企業秘密に属するとしてその提示を拒んだが、原告は、紹介者が長年の取引先である日商岩井であることなどから、その信用に基づき被告マッケイインターナショナルと本件契約を締結するに至つたこと、以上の事実が認められる。
しかして、右事実によれば、右の当時被告マッケイインターナショナルは、衣料業界における仕事の展開を企図していたものの、独自の企画・製造・販売能力は皆無に近い状態であつて、本件マークを使用した製品についてもその企画、デザイン、生産等すべて原告にまかせ、販売ルートについても原告のそれに頼らざるを得ない状況にあつたものといわなければならないし、さらに本件契約と原契約を比較すると、前記のとおり、前者が締結当時未だ発生していない商標権をその基盤としているのに対し、後者は著作権を基盤としているなど根本的にその発想を異にしているばかりか、本件契約には、地域制限、販売状況の報告、デザインの承認等の条項があるものの、被告マッケイインターナショナル主張の「共同体制」の趣旨はうたわれておらず、しかも右各条項はいずれも商品化権使用許諾契約に通常含まれている条項であつて、その趣旨を越えて特に原告の行動を規制するものではなく、また許諾対象商品については、原契約ではTシャツ、ポロシャツ、ブルゾンジャケットに限定されているのに対し、本件契約では衣料品全般と規定され、製造数量についても制限が加えられていないこと等、原契約における限定を著しく逸脱している部分さえ見受けられ、本件契約は原契約に比して広汎な使用権を許諾する内容の契約となつているものといわなければならないが、これらの事実を併せ考えると、原告と被告マッケイインターナショナル間の本件契約は、被告マッケイインターナショナルが原告に対し、本件マークの商品化権について本来付与しえない使用権限を広範囲に亘り付与したものと認めるのが相当である。
2 右のように、被告マッケイインターナショナルが被告東北新社との約旨に違反して原告に対し右のような権限を付与したため、原告は右権限を取得したものと信じ、本件マークを使用して製品の製造を開始するなど原契約に違反する行為に出たところ、被告東北新社が原告の取引先に対し前記のように原告との取引を差し控えるよう申し出るなどし、その結果前記の経緯で原告は本件マークを使用した商品を製造しえなくなつたこと前記のとおりであり、またこれにより損害を被るに至つたこと後記のとおりであるが、被告東北新社の右行為が正当なものであること後記のとおりであるから、右損害については被告マッケイインターナショナルにおいてその責めに任ずべきものであるといわなければならない。
四 そこで、原告の被つた損害額について検討する。
1 《証拠略》によれば、次の事業が認められる。
(一) 被告マッケイインターナショナルの原告に対する本件契約の解除及び被告東北新社の請求原因1(三)(1)ないし(5)の各行為により、この頃から、本件マークを使用した原告の製品の納入先から、原告に対する製品の返品が相次ぐようになり、原告は、販売予定で仕入れた製品の販売が不可能になつたことによる在庫を抱えるとともに、結局最終的には本件マークを使用した製品を納入先から回収せざるを得ない状態となつた。右製品の在庫は、昭和六三年三月末の時点で、一万二〇〇〇点余り、卸売業者に対する販売価格にして合計約四〇八五万円であつたが、この後さらに返品が続き、最終的には右価格で約八〇〇〇万円の在庫を抱えることとなつた。
(二) 原告は当初、本件マークを使用したこれらの製品について、同年八月までで約二億二、三千万円の売上・利益を見込んでおり、販売開始時点での売れ行きは順調であつたから、十分完売を見込める状況であつた。
(三) 右在庫の製品については、本件マークを外し、他のブランドと交換あるいはノーブランドの商品として販売することは、物理的には可能ではあるが、そのことにより商品価値は半減してしまい、いわゆる叩き売りをせざるを得ないこと、その製品を一旦本件マークを使用して売却した取引先に再度売却することはほぼ不可能であり、売却するためには新しい取引先の開拓が必要であること、さらに、洋服はデザイン等流行に敏感な商品であつて、一つのシーズンが終わつてしまえばほとんど価値がなくなつてしまうものであるから、製品自体が在庫として原告の手元に残つていたとしても、少なくとも卸売業者に対する販売価額相当額の損害は発生しているものと言わなければならない。
2 被告マッケイインターナショナルは、右損害に関し、すでに昭和六二年一一月ころ、原告に対し、本件マークを使用した製品の製造について右マークの使用権との関係で問題となる可能性がある旨警告していたから、原告としては、その時点で直ちに製造を中止すべきものであつたにもかかわらず、これを怠つて同年同月から実際に製造を中止させた昭和六三年三月までの間に増加させた在庫は、原告がその責に帰すべき事由により損害を拡大させたものであり、被告マッケイインターナショナルはその責任を負わない旨主張してその額を争つている。
しかしながら、《証拠略》によれば、被告マッケイインターナショナルは昭和六二年一一月二六日付け書面をもつて、原告の製品にかかるRマークの使用等について、これを差し控えるよう指示しているものの、これを超えて直ちにその生産を中止するよう求めているとは解されないし、さらに、前記のとおり、原告は右申入れに対し直ちに謝罪した上、被告マッケイインターナショナルの指示どおりラベルのRマークの上にTMマークのシールを貼付するなどしていたところ、弁論の全趣旨によれば、被告マッケイインターナショナルからは右措置を不満とする格別の通告等もなかつたことが明らかであるから、当時原告としては、後日被告マッケイインターナショナルからRマークの使用等を理由として本件マークの使用禁止の通告がなされることを予測することはできなかつたものというべきである。したがつて、原告が右書面を受領した時点で直ちに製品の製造を中止すべき義務を負つていたものと認めることはできない。
よつて、前記の期間中に増加した在庫分についてはこれを原告の被つた損害より除外すべきであるとする被告マッケイインターナショナルの主張は理由がない。
五 以上の次第であるから、原告の被告マッケイインターナショナルに対する請求は理由がある。
第二 被告東北新社に対する請求について
一1 前記認定事実並びに《証拠略》によれば、原告と被告マッケイインターナショナルとは、昭和六二年二月、<1>被告マッケイインターナショナルは、被告東北新社との本件マークに関する商品化権使用契約に基づき、原告に対し、衣料品全般について右マークの使用権を付与し、原告は、右マークのイメージを尊重しつつ、これをその製造販売する製品に使用すること、<2>原告は、被告マッケイインターナショナルに対し、本件商品化権の使用料として、右マークを使用した製品についての原告が販売する金額の二パーセントを支払うこと、<3>原告は、被告マッケイインターナショナルに対し、前項所定の使用料として年額一〇〇万円を保証し、毎年三月三一日に本件マークを使用した製品の販売金額を集計し、右金額が最低保証額を上回るときは、その差額を直ちに被告マッケイインターナショナルに対して支払うこと、<4>原告は、被告マッケイインターナショナルが請求したときは、同社に対し、各シーズン毎に、本件マークを使用した製品の販売状況を報告すること、<5>原告が、本件マークを使用して原告のデザインによる新製品を製造する場合には、原則として被告マッケイインターナショナルの承認を得なければならないこと等を内容とする本件契約を締結したこと、しかるに被告マッケイインターナショナルは、原告に対し、昭和六三年二月二九日、前記のように本件契約を解除する旨通告し、原告に対し本件マークの使用を禁止する旨通告したこと、一方<1>被告東北新社の従業員磯田は、昭和六三年三月二七日ころ、株式会社丸井の営業推進室に電話し、本件マークを使用した原告の製品は、被告東北新社から右マークの使用許諾を受けずに製造されたもので、被告東北新社の権利を侵害するものであるとして、右マークを使用した原告の製品の販売を中止するよう求め、<2> 被告東北新社の従業員武山芳子は、昭和六三年三月二五日、株式会社横浜そごうの営業第四部ヤングファッション課を訪れた外、その後三、四日間にわたり、同課課長に電話し、<1>と同様の措置をとるよう求め、<3>被告東北新社の従業員は、昭和六三年三月ころ、株式会社プランタン銀座レディース三課に電話し、<1>と同様の措置をとるよう求め、<4>被告東北新社の取締役今野勲一外三名は、昭和六三年二月二五日、原告の製品発注先である東洋産業株式会社を訪れ、原告の本件マークの使用は、被告東北新社から使用の許諾を受けずになされており、被告東北新社の権利を侵害するものであるとして、右マークを使用した製品の製造を中止するよう求め、さらに<5>被告東北新社の取締役今野勲一及び同社の従業員である磯田が、原告の付属製品発注先である東京吉岡株式会社を訪れ、同社に対し、被告マッケイインターナショナルの原告に対する本件契約が原契約上の再許諾禁止条項に違反し、原告が本件マークを使用することは違法である旨告げて、右マークを使用した製品の製造を中止するよう求めたところ、株式会社丸井、株式会社横浜そごう及び株式会社プランタンは自己の信用を考慮し、かつ後日紛争の生ずることを予防すべく、そのころ任意に原告商品の販売を中止するに至つたこと、そのため原告は右製品の販売を中止せざるを得なくなつたこと、以上の事業が認められる。
2 原告は被告東北新社の右各行為は原告に対する営業妨害である旨主張するところ、被告東北新社の右各行為は前記認定のとおりであるが、被告東北新社が原告又は被告マッケイインターナショナルに対し、原告の扱う商品が他人の権利を侵害する違法なものである旨を告げて本件マークを使用した商品の製造販売を中止するよう求めるのはともかくとして、原告の取引先に直接右の事実を告知することは、商取引上の信用の重要性に鑑みるとき原告の信用を毀損することになりかねず、また取引先においても、違法な商品の販売を継続した場合将来被告東北新社から損害賠償を求められる可能性があり、これを懸念して原告に対し商品を返品しようとする動きが生じないとは断言できないところであるから、これらの事情を総合考慮すると、被告東北新社の前記<1>ないし<5>の各行為は、原告の営業を妨害するおそれなしとしない。
しかしながら、当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、本件マークは、パラマウントの製作による本件映画に由来するものであり、被告東北新社は、パラマウントとの間の包括的契約により、平成二年一月一日以来、著作物である右映画のテレビ放映権及び商品化権を含む右映画に関する著作権を日本国内において独占的に行使する権利を有していたが、前記のとおり被告マッケイインターナショナルとの間で、昭和六一年一一月一日、被告東北新社は被告マッケイインターナショナルに対し本件映画のデザイン等を原契約に定めるとおりの内容で使用することを許諾すること、許諾商品及び許諾数量はTシャツ一万枚、ポロシャツ三〇〇〇枚、ブルゾンジャケット一五〇〇枚であり、その期間は一年、被告マッケイインターナショナルは、許諾された使用権の一部または全部の第三者に対する譲渡、転貸、担保設定等をしてはならないこととする内容の原契約を締結した事実が認められる。
しかして右事実によると、被告マッケイインターナショナルが本件マークの商品化権の使用を再許諾することは禁止されていたものといわなければならないところ、前記のとおり、被告マッケイインターナショナルが被告東北新社との契約に違反して、原告に対し、本件マークの商品化権を付与し、原告は本件マークの使用権限がないにもかかわらずこれを実施したため、少なくとも客観的には原告が被告東北新社の商品化権を侵害するに至つたものであるから、被告東北新社としては無権利者たる原告による本件マークの無断使用を防止して右侵害を除去しようとすることは当然のことであり、しかも被告東北新社が右防止のためにとつた行為は前記のように原告の取引先に対し、違反の事実を告げて販売の中止を要請したものに過ぎず、また取引先も自己の信用等をおもんぱかつて任意に右商品の販売を中止したものといわなければならないから、被告東北新社の右所為は自己の権利を保護するための必要最小限度の行為といわなければならず、これをもつて原告に対する違法行為とすることはできない。
二 原告は、被告東北新社が原契約上禁止されている本件マークの商品化権を原告に対し再許諾する旨の本件契約を追認したものと主張するのでこの点について判断する。
《証拠略》によれば、原告は、昭和六二年五月一二日から同月一四日までの間、東京都内の青山ダイヤモンドホール「コスモルーム」において、「昭和六二年『トップ・ガン』秋冬展示会」と題して、本件マークを使用した原告の製品のサンプルの展示会を開催し、被告東北新社国際配給部主任の磯田は本件マークを使用した商品の企画を見分する趣旨で右会場に赴いたこと、しかし、右会場に掲示された看板及び右会場で来場者に対して配付されたパンフレットには被告マッケイインターナショナルを示す表示ないし記載はなく、それぞれ「(株)創作屋P・ZONE事業部」の表示ないし記載がなされていたこと、また水野は磯田に対し、右展示会は原告P・ZONE事業部の主催によるものであり、被告マッケイインターナショナルの企画能力等の点から原告の協力が必要であること等を説明したものの、本件企画についての原告の立場については明確な説明を避けたこと、その際水野は磯田に対し、原告P・ZONE事業部の責任者で営業を担当している佐藤をP・ZONE事業部の責任者として紹介し、磯田と佐藤は名刺交換の上挨拶を交わしたが、磯田において佐藤らをデザイン制作に携わつている者と理解していたこと等から、磯田は佐藤に対し、原告の本件マークに対する使用権原を確認することも、またそれ以上特に本件企画について会話を交わすこともなく別れたこと、磯田は水野の案内で右展示会場内に展示された本件マークを使用した製品を視察したが、その際、展示商品の中に、原契約では許諾商品とされていないパンツが含まれていたことから、水野に対し、これについては被告東北新社と追加契約を締結するよう水野に指示し、この点については後日被告東北新社と被告マッケイインターナショナルとの間で追加契約が締結されたが、その外にはその場で特にクレームを付けた点がないこと以上の事実が認められる。しかして、右展示会場の看板、パンフレットに右展示会の主催者として原告P・ZONE事業部の表示ないし記載がある以上、磯田としては原告がいななる事情に基づき本件マークを使用しているものかを確認することが望ましかつたということはできるとしても、磯田は水野から原告が被告マッケイインターナショナルのデザイン制作及び販売に関し協力をしている者である旨の説明を受けており、加えて原契約上再許諾が禁止されていたこと前記のとおりであるから、磯田としては原告が本件マークの使用権の再許諾に当たるような立場で本件企画に関与していることは全く予想していなかつたものであり、しかも、右展示会についての連絡は、被告マッケイインターナショナルからなされ、右会場でも水野の案内を受けたため、右展示会も実質的には被告マッケイインターナショナルの主催であつて佐藤らも本件企画のデザイン担当者と理解していたこと、またP・ZONE事業部についても水野から曖昧な説明しかなされず、その内容は一応右理解と矛盾しないものであつたこと、さらに後日韓国からの製品輸入が発覚して問題となつた折に水野に対しP・ZONE事業部を知つているかと尋ねていること等の事実に鑑みると、磯田としては、本件マークについて原告がこれを独自に使用しているとの認識は全くなかつたものと言うべきである。また、磯田は被告東北新社の国際配給部主任であるに過ぎず、原契約に違反した本件マークの使用権を再許諾する旨の本件契約を追認する権原を有するものではないと考えられること、被告東北新社は、後日、被告マッケイインターナショナルとの間でパンツを新たに許諾商品に加える旨の追加契約を締結しているにもかかわらず、原告との関係においては契約書上再使用許諾禁止条項に変更を加えた事実が認められないこと等の事実を総合考慮すると、磯田が右会場を視察しながら、原告の関与についてクレームをつけなかつたとの一事をもつて、被告東北新社が原告と被告マッケイインターナショナルとの間の本件契約を追認したものとすることは到底できない。
したがつて、被告東北新社が本件契約を追認したとする原告の主張は理由がない。
三 さらに、原告は、被告東北新社が前記展示会を視察の上、何らクレームをつけなかつたことから、原告の本件マークの使用については何ら問題がないものと信じて多額の投資を行い、本格的に製造を開始したにもかかわらず、被告東北新社は、製造開始後一〇か月を経過した時点に至つて初めて前記のとおり原告の営業を妨害し、原告に対し前記の損害を与えたものであるから、被告東北新社の各行為は信義則違反の行為であり、違法である旨主張するので判断するに、被告東北新社において、原告が独自に本件マークを使用して製品を製造しているとの認識を有していなかつたこと前記認定のとおりであるから、右認識を有していることを前提とする原告の信義則違反の主張はその余の点につき検討するまでもなく理由がない。
四 以上の次第であるから、その余の点につき検討するまでもなく、原告の被告東北新社に対する請求は理由がない。
第三 結論
よつて、原告の被告マッケイインターナショナルに対する請求は正当としてこれを認容し、被告東北新社に対する請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 増田あさみ)
裁判官川口代志子は転任につき署名捺印することができない。
(裁判長裁判官 福井厚士)
《当事者》
原告 株式会社創作屋
右代表者代表取締役 池田豊夫
右訴訟代理人弁護士 遠藤直哉 同 竹岡八重子 同 竹内 厚 同 小林和則 同 田中秀一
被告 被告マッケイインターナショナル
右代表者代表取締役 木村正紀
右訴訟代理人弁護士 大星 賞 同 直井 俊
被告 株式会社 東北新社
右代表者代表取締役 植村伴次郎
右訴訟代理人弁護士 森 伊津子 同 松井義孝 同 金沢 優 同 古川絵里