大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17382号 判決 1991年6月11日

原告

吉岡信治

右訴訟代理人弁護士

菊地幸夫

被告

山陽電気工事株式会社

右代表者代表取締役

八幡欣也

右訴訟代理人弁護士

内堀正治

主文

一  被告は、原告に対し、金三五六万二九八六円及びこれに対する昭和六三年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実と原告の請求

1  被告は、肩書地に本店事務所を置き、全国各地に事務所、営業所を設け、主として民間ビル、工場等の電気内線工事を行う株式会社であるが、原告は、昭和四六年八月被告会社に入社し、以来千葉営業所に勤務して昭和五四年四月一日付けで内線工事部係長となった。

2  原告は、昭和六三年九月六日、被告会社に対して退職届を提出した。

3  被告会社の就業規則及び賃金規則によれば、従業員が退職した場合、退職当時の本給及び職能手当の合計額に勤続年数によって定まる支給率を乗じて算定される退職金を支払うこととされていたところ、原告が退職届を提出した当時の原告の本給は一七万九四〇〇円、職能手当は四万一〇〇〇円で、支給率は一六・一六六であったから、原告が右同日退職したものとすると、退職金の金額は三五六万二九八六円となる。

4  被告会社は、原告の退職届提出に先立つ昭和六三年九月一日、原告に就業規則六〇条六号及び六一条一〇号に定める懲戒事由(故意又は重大な過失により会社に損害を与えたときに該当し、かつ、その情が重いとき)並びに同規則六一条一号に定める懲戒事由(正当な理由なく無断欠勤が三回以上又は継続して一四日以上に及んだとき)に該当する事実があったとして、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたが、前記就業規則及び賃金規則によれば、懲戒解雇された者には退職金を支給しないこととされている。

5  このような事実関係の下で、原告は、懲戒解雇の効力を否定して、右退職金とこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求する。

これに対して被告は、懲戒解雇が有効であるとして、退職金支払義務がないと主張している。

二  争点とこれに関する当事者双方の主張

本件の争点は、懲戒解雇の効力の有無、より具体的には、被告会社の就業規則六一条に定める懲戒事由の存否であるが、これについての当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  被告

(一) 原告は、被告会社が昭和六一年九月ころから行った千葉県小児医療センター電気工事(以下「本件工事」という。)の現場代理人であったが、次のとおり現場代理人としての義務を怠り、被告会社に損害を与えた。この事実は、被告会社の就業規則六〇条六号、六一条一〇号の懲戒事由に該当する。

(1) 電線用配管工事を施行する際には、現場代理人が床、壁、柱部分のコンクリート打設前に、床の空配管が施工図どおり施工されているか、壁や柱部分のコンセント・ボックスに至る建込配管と床の空配管が接続しているかを確認したうえでコンクリートを流し込むことになるが、本件工事においは、原告が右の確認を怠ったため、コンクリートを流し込んだ後に三〇〇箇所を超える配管ミスが発見された。そのため、被告会社は、補修工事を余儀なくされ、九〇〇万円を越える損害を被った。

(2) 本件工事は、近畿電気工事株式会社(以下「近電工」という。)から請負った工事であるが、原告は、近電工から工事中に配管、配線について変更の指示を受けたにもかかわらず、これを現場の担当者に指示することを怠ったため、三〇箇所を超える施行の誤りを生じた。そのため、被告会社は、工事をやり直し、五〇〇〇万円を超える損害を被った。

(二) 原告は、本件工事の下請業者であった京芳電機工業有限会社(以下「京芳電機」という。)に対し、工事請負契約に従って出来高払いによって支払うべきであったのに、出面払いで支払った。そして、被告会社に対しては出来高払いによっている旨の虚偽の報告をし、被告会社に実際の出来高を超える支払をさせた。ところが、その後京芳電機が工事を続行しなかったため、被告会社は、自らの負担で工事をせざるを得なかった。これにより被告会社は、二〇〇〇万円を超える損害を被った。この事実も、(一)と同様に、就業規則六〇条六号、六一条一〇号の懲戒事由に該当する。

(三) 原告は、現場代理人として本件工事現場に出勤することになっていたが、昭和六一年一二月から昭和六三年二月までの間に、合計五一日無断で工事現場に出勤していなかった。原告は休日出勤をしていたので、その直後の欠勤は代休を取ったものとしても、少なくとも三三日は無断欠勤があったこととなる。この事実は、就業規則六一条一号の懲戒事由に該当する。

2  原告

(一) 被告の主張(一)の懲戒事由について

(1) 被告主張の配管ミスがあったことは認めるが、それは原告の責任ではない。本件工事のように規模の大きい建設工事現場においては、被告主張のような確認箇所がおそらく数千箇所にのぼり、しかも工事を急がされ、原告以外に被告会社の担当者もいない状況では、現場代理人である原告が自ら確認することは事実上不可能である。右配管ミスは京芳電機が下請けしたコンセントの工事に関して発生したが、右京芳電機は昭和六二年六月中旬に被告会社千葉営業所の東條副所長が選定して現場に入れることとなった。しかし、同年八月二〇日ころには工事施工能力がなかったことから、被告会社との下請契約を解除されている。その間、原告は東條副所長に京芳電機の施工能力について疑問を提起したが、同副所長は耳を貸そうとしなかった。このような下請業者を選び、工事を続けさせたことが、右配管ミスの最大の原因であったのである。

(2) 設計変更について、現場担当者に指示がなかったということはない。本件工事の進行中に様々な設計変更がされたが、これを近電工及び被告会社の現場担当者に伝達するのは、近電工の海老原が担当していた。海老原は、変更箇所の指示のある図面の縮小コピーを現場事務所の壁に貼り、当該指示について回覧書を回して押印させていた。原告も、もちろん自分の下の担当者への伝達はしていたが、海老原によって右のような方法が取られていたから、伝達漏れがあったということはあり得ない。

(二) 被告の主張(二)の懲戒事由について

京芳電機と被告会社との当初の契約において、出来高払いとされていたが、その後出面払いに変更されたものである。すなわち、京芳電機は、現場に来てから出面払いを強く要求し、出来高払いでは仕事をしないと主張するようになった。そこで原告は、やむなく京芳電機の担当者を東條副所長のもとに連れて行ったところ、両者の間で出面払いの契約を取り交わすに至った。それだからこそ、原告は毎月出面払いの伝票を切って、東條副所長の決済を受けていたのである。

(三) 被告の主張(三)の懲戒事由について

原告は、無断欠勤をしたことはない。

第三争点に対する判断

一  まず、原告が現場代理人の義務を怠った旨の主張についてみるに、当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)の結果によると、次の事実が認められる。

1  被告会社は、昭和六一年九月から昭和六三年六月までの工期で近電工が請負った地上六階、塔屋一階、地下一階建ての千葉県小児医療センターの電気工事の一部である本件工事を右近電工から請負ったが、原告は、その現場代理人となり、昭和六一年一一月ころ現場事務所に入った。本件工事中原告の下には、ごく短期間三人であったことは別として、大半の期間は二人の部下が配置されていた。

2  本件工事は、近電工が作成した設計図に基づいて被告会社で施工図を作り、これを下請業者に渡して施工させるものであった。被告会社は、当初本件工事をオーム電設に請負わせたが、その後昭和六二年六月ころからは、被告会社千葉営業所の東條副所長が選定した京芳電機がオーム建設に代わって下請工事を施工するようになった。

3  ところが、京芳電機は、施工能力が劣り、全体の工事の進捗状況に対応することができない状態であった。原告は、このような京芳電機の施工能力に危惧の念を抱き、再三東條副所長に報告したが、なんらの措置も取ってもらえなかった。そこで、やむなく原告は下請業者の岡本電機と交渉して施工を頼み、同年一〇月ころ京芳電機との下請契約を解除するよう東條副所長に迫って工事を岡本電機に担当させることとした。

4  岡本電機が工事を引き継いでみると、京芳電機の施工した工事には多数の欠陥があることが判明した。すなわち、コンセントボックスが所定の位置に取り付けられていなかったり、地下の配管と接続されていなかったりするところが三九八箇所もあったのをはじめ、土間の配管の接続不良、メンテナンスの必要から指定されていた電線の色別の誤りなどが発見された。被告会社は、これらの欠陥の補修工事のために、多額の出費を余儀なくされた。

5  さらに、現場の配線設備が一応出来上がってから機能しないところがあったため、調査してみると、近電工から変更を指示されていた配線がそのとおり施工されていない部分が多数あることが分かり、補修工事をせざるを得なかった。

6  これらの工事の欠陥については、最終的には原告が現場代理人として確認し、これを看過して工事を続行することのないよう注意すべきであったが、本件工事においてこのような確認を要するところは数千箇所にも及び、これを原告と補助者二人だけで行うのはかなり困難の伴う仕事であった。

二  次に、原告が京芳電機に対する支払を契約に反して出面払いで行った旨の主張について検討するに、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告会社と京芳電機との間の当初の下請契約においては、代金は出来高に応じて支払う旨定められていたが、工事途中から京芳電機がこれに難色を示し、出面払いでないと工事を続行できないと言い出した。そこで、原告は、京芳電機の須田社長を東條副所長の下に連れて行き、千葉営業所で三人で話合った。

2  その結果、東條副所長は、仕事をした職人の人数とその日の出来高とが対応するものと解釈することとして、出来高払いの名目で実際上は出面払いをすることを了承した。そして、その後は、現実には前認定のとおり施工能力が劣り、予定されていた出来高が達成されず、同副所長はその旨の報告を受けていたが、原告が出面払いによって作成した支払書に承認の印を押していた。

三  さらに、無断欠勤の主張について考えるに、(証拠・人証略)によると、原告は本件工事の現場に直接出勤していたため、被告会社に備え付けられていた出勤簿には現実に営業所に姿を現さなかった日も出勤した旨の記載がされていたこと、近電工の本件工事現場の事務所には、被告会社の従業員の氏名が記載された出勤簿と題する表が備え付けられており、同表の各人の欄に「○」印と「×」印とが記載されていたこと、右の表の「×」印が欠勤を表すものとすると、原告は被告会社の出勤簿上は出勤扱いとされていても、出勤していなかった日が相当数あることになること、以上の事実が認められる。これらの事実によれば、原告は被告主張のように無断欠勤していたものといえそうでもある。

しかしながら、他方で原告は本人尋問において、無断欠勤を否定し、近電工の出勤簿はもともと弁当の要否を記入して近電工の従業員の一人がまとめていたものであり、「×」印が欠勤を意味するものではない旨供述しており、この供述の信用性を全面的に否定すべきであるとするに足りる証拠は本件において見当らないうえ、仮に現場事務所で近電工の従業員に現実に姿を確認されなかった場合に「×」印が記載されたものとしても、確認の方法が不明であって、現場以外の場所で仕事をしていた可能性もあることなどを考えると、そのことだけから欠勤と断定するには問題が残る。そして、他に無断欠勤の事実を認めるに足りる証拠はなく、結局被告主張の無断欠勤の事実は証明不十分であるといわざるを得ない。

四  以上の認定、説示に基づいて、本件懲戒解雇の効力について判断する。

原告が本件現場代理人として確認義務を怠り、工事の欠陥を看過した事実については、前記のとおりこれを認めることができるが、前記認定の諸事情に照らせば、この事実は被告会社の懲戒解雇事由に該当するものではないと解すべきである。すなわち、欠陥工事を直接担当したのは京芳電機であるが、原告の上司に当たる東條副所長が京芳電機を下請業者として選定したこと、原告はその施工能力に疑問を抱き、同副所長に善処方を頼んでいたこと、それにもかかわらず、同副所長はなんらの措置を取らなかったこと、本件工事の規模が大きく、原告ら担当者だけですべての工事の確認をすることは、事実上困難であったことなど前記認定の事情を考慮すると、原告の現場代理人としての確認義務違反については、原告の責任を重大視し、原告を強く非難するのはいささか酷であるといわざるを得ない。したがって、被告会社の就業規則にいう「その情が重いとき」という要件を満たしていないものと解すべきである。

次に、京芳電機に対する支払を出面払いで行った事実については、前記認定のとおり被告会社に虚偽の報告をしたものではなく、東條副所長の承認を得ていたものであるから、懲戒事由に該当しないことは明らかである。また、無断欠勤の事実については、前記のとおりこれを認めることができない。

そうすると、原告について懲戒解雇事由の存在を肯定することができないことになるから、被告のした懲戒解雇は、その効力がない。

第四結論

以上によれば、原告の本件退職金とこれに対する遅延損害金の請求は理由があり、これを認容すべきである。

(裁判官 相良朋紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例