東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17441号 判決 1990年11月30日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、昭和六三年五月二六日から右明渡済みまで一日七万円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 鈴木康司(以下「康司」という。)は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。
2 原告は、昭和六二年一〇月一日、株式会社すずやす(以下「すずやす」という。代表者康司)及び康司に対し、七〇〇〇万円を、利息月二分、弁済期同年一二月一日、損害金三割の約束で貸し付けるとともに、これを担保するため、本件建物を含む康司ら所有の不動産について譲渡担保契約を結んだ。
3 すずやす及び康司は、期限に右債務を返済することができなかったので、原告との間で、昭和六三年四月三〇日、本件建物を含む右不動産の所有権を原告に確定的に移転し、原告が清算金六五〇〇万円を支払う旨の合意をした。
4 被告は、本件建物を占有している。
5 よって、原告は、所有権に基づき被告に対し、本件建物を明け渡し、昭和六三年五月二六日から右建物明渡済みまで一日七万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2、3の事実は不知。
3 同4の事実は認める。
4 同5は争う。
三 抗弁
1 被告は、昭和五九年一一月一日、すずやす(旧商号鈴安)から、本件建物を、その敷地部分を含む土地約二三〇坪とともに、賃料月八五万円、期間二〇年の約束で賃借し、これを米穀とう精工場及び倉庫・事務所として使用している(以下「本件賃貸借」という。ただし、本件建物のうち別紙物件目録記載の二の建物は、同年一二月頃、建築され、以後、被告がこれを使用している。)。
2 本件建物の所有者の康司は、すずやすが被告と本件賃貸借をすることに同意していた。
3 したがって、被告は、本件賃貸借をもって、原告に対抗することができる。
四 抗弁に対する認否
否認する。
なお、康司とすずやすとの関係は、使用貸借にすぎない。
五 再抗弁
1 被告は、従来から取引のあったすずやすを業務、資金の両面から援助することとし、すずやすとの間でとう精委託契約、金銭消費貸借契約、本件賃貸借等の契約を結んだ。これらは、すずやすに対する被告の金銭債権を保全しながら、一定の条件のもとにこれを支援するという双務契約の一環であり、それは、すずやすから貸付金の返済を受けるとともに、賃料名目でその従業員の給与支払補助を行い、その経理を管理し、すずやすが被告の支援によっても立ち行かないと相互に判断した場合は、本件建物等の担保不動産を売却してその債務を整理し、その契約を終了することができるという(解除条件付)ものであった。
被告は、昭和六二年一〇月一四日付書面で、すずやすの支援の打切りを表明し、債務の履行を催告することにより右双務契約を解除した。したがって、その一環である本件賃貸借も解除された。仮にそうでないとしても、原告は、本件建物等の不動産を取得することにより右双務契約を承継したから、平成二年七月一三日の本件口頭弁論期日において、右契約を解除する旨の意思表示をした。
2 仮に右の主張が理由がないとしても、被告は、本件建物の所有権を取得することにより本件賃貸借の賃貸人の地位を承継した原告に対し、賃料を支払うべきであるのに、昭和六三年五月以降の賃料を支払わない。
そこで、原告は、平成元年三月二四日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は、否認ないし争う。
2 同2のうち、被告が原告に対し賃料を支払っていないことは認め、その余の事実は否認ないし争う。
七 再々抗弁(再抗弁2に対し)
被告は、原告から、昭和六三年五月二三日付書面により、本件建物の所有権を取得したが、被告には本件建物を使用する権限はないとして、その明渡請求を受けた。しかし、登記簿謄本によれば、原告への所有権移転原因が譲渡担保とされていたので、原告が確定的に所有権を取得したかどうか不明であり、また被告は、原告に対抗しうる賃借権を有するので、いずれにせよ、明渡請求には応じられないが、原告が本件賃貸借の賃貸人の地位を承継した場合には、賃料を支払う用意があるので回答をするよう同年五月二七日到達の書面により求めた。しかし、原告からは、何らの回答もなく、本訴において、原告は、依然として、被告が賃借権を有することを争っている。したがって、被告には、債務不履行はないから、原告の本件賃貸借の解除は、その効力を生じない。
八 再々抗弁に対する認否
再々抗弁事実のうち、原告が被告に対し、その主張の書面で本件建物の明渡しを求めたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因1、4の事実は、当事者間に争いがなく、<書証番号略>、証人外山顕、同鈴木康司の各証言及び弁論の全趣旨によれば、請求の原因2、3の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 そこで、抗弁について判断する。
<書証番号略>、証人鈴木康司の証言(後記採用しない部分を除く。)被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
米穀の卸売業をしている被告とその小売業をしているすずやすとは、昭和四〇年代から取引があり、被告は、すずやすに対し精米(とう精)の委託もしていた。昭和五七年にすずやすの先代の代表者であった鈴木安之助が死亡したが、当時、すずやすは、被告をはじめ、債権者からの多額の債務等を負担し、その経営が苦しいこともあって、赤字である精米部門を被告に任せるという話しが進んだ。そこで、被告は、昭和五九年一一月一日に、すずやすから別紙物件目録一記載の精米工場及びその隣に建築予定の同目録二記載の倉庫・事務所及びその敷地約二三〇坪を賃料月八五万円、期間二〇年の約束で賃借して直接精米をすることとした。別紙物件目録二記載の倉庫・事務所は、同年一二月半ば頃、建築され、以後、右工場とともに被告が使用し、被告は、同年一一月から、右賃料を支払ってきた。被告は、本件賃貸借に際し、工場の機械を入れ替え、工場長など三名を派遣した。
本件建物の所有者であり、すずやすの代表者となった康司は、右賃貸借契約を承諾していた。なお、本件賃貸借の賃貸人が所有者の康司でなく、すずやすになったのは、被告がすずやすと取引があり、すずやすに賃料収入を得させるためであった。
以上の事実が認められ、右認定に反し、本件賃貸借はその実体を欠くかのような証人鈴木康司の供述、<書証番号略>の記載部分は、前掲証拠に照らし、たやすく採用することができない。
そうすると、抗弁事実が認められるから、被告は、本件賃借権をもって原告に対抗することができるので、抗弁は、理由がある。
三 次に、再抗弁について、判断する。
1 再抗弁1について
<書証番号略>、証人鈴木康司の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告とすずやすは、昭和五八年七月一日に、とう精委託契約を結んだこと、被告の関連会社の山種商事株式会社は、同年九月二〇日に、すずやすに対し、金融機関に対する債務の弁済のため七〇〇〇万円を融資したこと、被告は、同日、すずやすの委託で、右七〇〇〇万円の債務の保証をし、その担保として本件建物など康司らの所有する不動産に抵当権を設定したこと、その後も、被告はすずやすに金銭的援助をしてきただけでなく、昭和六一年一一月からは、その経営を支配するようになったこと、すずやすが被告の債務を弁済することができないということで、すずやすを整理する話しが進み、被告は、昭和六二年一〇月一四日付書面で、すずやすに対し、双方の話合いで決まった同月末日までにその債務二億六八三九万円余を支払うよう催告したことが認められる。
そして、前記二の事実及び右の事実並びに弁論の全趣旨によれば、確かに被告は、従来からすずやすとの取引を継続してきたところ、すずやすの経営状態がよくないので、これを金銭面だけでなく、業務の面でも援助することとしたこと、本件賃貸借もそのような状況の中で結ばれたものであることは、認められる。しかし、右事実から、直ちにこれらの契約が、双務契約として、一体のものであるとか、被告の援助によりすずやすの経営が立ち行かなくなったと判断した場合には、本件建物等の担保不動産を売却して、本件賃貸借を終了させることができるとの解除条件付のものであったという原告の主張を認めることはできないし、他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、再抗弁1は、理由がないから、採用することができない。
2 再抗弁2について
被告が原告に対し、本件賃貸借に基づく賃料を支払っていないことは、当事者間に争いがない。
そこで、再々抗弁について、判断する。
<書証番号略>、証人外山顕の証言、被告代表者尋問の結果によれば、原告は、昭和六三年五月二三日付書面で、被告に対し、原告が本件建物の所有権を取得したが、被告には何ら本件建物を占有する権限はないので、本件建物を明け渡すよう求めたこと(この事実は、争いがない。)、これに対し、被告は、同年五月二六日付書面で、被告は本件賃貸借に基づく賃借権を有するので、本件建物を明け渡す意思はないが、原告が本件賃貸借の賃貸借人の地位を承継したというのであれば、賃料を支払う用意があるので、同月三〇日までに、回答するよう求めたこと、しかし、右期日まではむろん、その後、同年七月七日、本件建物の明渡しや売買をめぐって、原告と被告が話合った際にも、原告から右の点についての回答はなかったことが認められる。
そうすると、右のように、被告の賃借権を否認して、終始その明渡しを求めていた原告において、本訴において、いきなり賃料の不払いを理由に本件賃貸借を解除することは許されないというべきであるから、再々抗弁は、理由がある。したがって、再抗弁は2は、理由がなく、採用することができない。
四 よって、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅野正樹)
別紙 物件目録
一 東京都葛飾区東水元一丁目一〇七三番地、一〇七四番地二、一〇七二番地三所在
家屋番号 一〇七三番地二
鉄骨造スレート葺平家建工場
床面積 154.39平方メートル
二 東京都葛飾区東水元一丁目一〇七四番地一、一〇七二番地一、同番地三所在
家屋番号 一〇七四番一
鉄骨造スレート葺二階建倉庫、事務所
床面積
一階 167.17平方メートル
二階 28.36平方メート
別紙物件目録
一 所在 東京都葛飾区東水元一丁目一〇七三番地、一〇七四番地二、一〇七二番地三
家屋番号 一〇七三番二
種類 工場
構造 鉄骨造スレート葺平屋建
床面積 154.39平方メートル
二 所在 東京都葛飾区東水元一丁目一〇七四番地一、一〇七二番地一、同番地三
家屋番号 一〇七四番一
種類 倉庫・事務所
構造 鉄骨造スレート葺二階建
床面積
一階 167.17平方メートル
二階 28.36平方メートル