東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2582号 判決 1989年3月31日
原告
小島美子
右訴訟代理人弁護士
和田裕
被告
太田広
被告
株式会社オール商会
右代表者代表取締役
野澤克行
右両名訴訟代理人弁護士
江崎正行
同
神部範生
同
込山和人
主文
一 被告らは各自、原告に対し、金六九〇万七七二八円及びこれに対する昭和六二年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告に対し、金九四二万七九四〇円及びこれに対する昭和六二年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和六二年三月二二日午後一時頃
(二) 場所 東京都台東区浅草二丁目三番一号所在の浅草寺境内(以下「本件境内」という。)
(三) 態様 被告太田広(以下、「被告太田」という。)が、前記日時、本件境内を巡回中、子育地蔵尊前に設置された花立石を動かしている訴外香山秀夫こと李聖徳(以下、「訴外李」という。)を発見して注意したところ、同人が逃げ出したので、これを走って追いかけ、たまたま本件境内道路を通行していた原告に勢い余って激突し、突き飛ばしてその頭部を道路端鉄柵土台のコンクリート部分に強打させた。
2 責任原因
(一) 被告太田(民法七〇九条)
本件境内は、右事故当時、多数の通行人で混雑していたところ、このような場合、無暗に人を追い駆ければ通行人に衝突する危険性が十分に予想されたのであるから、被告太田としては、右危険性を十分に認識し、追跡を断念するか、通行人に怪我をさせないよう四囲に注意しながら相当な方法により追尾すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と訴外李を追いかけた過失により、本件事故を発生させた。
(二) 被告株式会社オール商会(民法七一五条)
被告株式会社オール商会(以下、「被告会社」という。)は、被告太田を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行として本件境内を巡回中、前記過失により本件事故を発生させた。
3 損害
(一) 受傷、治療経過等
(1) 受傷
右頭部裂傷、頸部捻挫、骨盤打撲
(2) 治療経過
昭和六二年三月二二日から同年四月一四日まで入院(和田外科医院)
昭和六二年四月一五日から同年一一月二七日まで通院(同医院)
(3) 後遺症
頭部創痕部疼痛、左臀部疼痛(後遺障害別等級表一二級一二号に該当)
(二) 治療関係費
四八万七九四〇円
(1) 診療費 六万七六九〇円
(2) 入院費 七万三七二〇円
(3) 入院雑費 二万八八〇〇円
(4) 通院交通費 五万四六四〇円
(5) 診断書作成費 九〇〇〇円
(6) 温泉治療費 二五万四〇九〇円
(三) 逸失利益
(1) 休業損害 一二六万二〇〇〇円
原告は本件事故当時五五才の主婦であったが、本件事故の日である昭和六二年三月二二日から八〇日間は入通院のため、同年九月二六日から同年一〇月二六日までの三一日間は温泉治療のため、全く家事労働に従事できなかったほか、病状固定日(昭和六二年一一月二七日)までのその余の期間中も従来の五〇パーセント程度の家事労働しかできなかった。したがって、原告は、少なくても一八六日間家事労働を休業したことになる(八〇+三一+一三〇÷二=一八六)。
よって、原告の休業損害は、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表による女子労働者の平均年収額二四七万七三〇〇円を基礎にして算定すると、次式のとおり一二六万二〇〇〇円となる。
(計算式)
二四七万七三〇〇円×一八六÷三六五=一二六万二〇〇〇円
(2) 後遺症による逸失利益
三二五万八〇〇〇円
原告は前記後遺症のため、その労働能力を一四パーセント喪失するに至ったが、原告の就労可能年数は一三年と考えられるから、原告の後遺症による逸失利益を年別のライプニッツ式により年五分の中間利息を控除して算定すると、次式のとおり三二五万八〇〇〇円となる。
(計算式)
247万7300円×0.14×9.394=325万8000円
(四) 慰藉料 三五七万円
(1) 入通院分 一四〇万円
(2) 後遺症分 二一七万円
(五) 弁護士費用 八五万円
原告は本訴提起を原告代理人に依頼したものであるが、その際弁護士費用については日本弁護士連合会弁護士報酬規定の範囲内による旨約したので、その金額は八五万円を下ることはない。
よって、原告は、被告らに対し、各自右損害金合計金九四二万七九四〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六二年三月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実のうち、(一)、(二)及び(三)のうち、被告太田が、子育地蔵尊前に設置された花立石を動かしていた訴外李を発見し注意したところ、同人が逃げたのでそのあとを走って追いかけたことは認めるが、その余の事実は否認する。
なお、被告太田は、原告に衝突した事実はなく、原告の転倒は被告太田の行為に起因するものではない。
2 同2の(一)は争う。(二)のうち、過失の点を除き、その余の事実は認める。
3 同3の事実は不知。
第三 証拠<省略>
理由
一本件事故の発生
被告太田が昭和六二年三月二二日午後一時頃本件境内を巡回中、訴外李が子育地蔵尊前に設置された花立石を動かしているのを発見して注意したところ、同人が逃げ出したので、そのあとを走って追いかけたことは、当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に、<証拠>を併せ考えると、次の事実が認められる(ただし、被告太田本人尋問の結果中後記信用しない部分を除く。)。
1 本件事故現場は、本件境内の本堂西側淡路島堂内を東西に走る幅員約4.2メートルの道路(以下「本件道路」という。)の子育地蔵尊南西側路上である。本件道路は、アスファルト舗装の平たんな道路で、本件事故当時、人通りが多く、路面は乾燥し、歩行の支障となるようなものは何もなかった。
2 被告太田は、被告会社の警備員用制服、制帽を着用し、サングラスをかけ(右目は視力がなく、左目は0.6であったが、右サングラスは度付きのものでなかった。)、本件境内を巡回し、本件道路に差しかかった際、日頃から顔見知りで警戒中の訴外李を見かけたので、そのあとを付けたところ、同人が子育地蔵尊前に設置された花立石を動かすのを現認した。そこで、被告太田は、訴外李に対し、注意したところ、同人が逃げ出したため、そのあとを走って追いかけ、その襟首をつかんだものの、殴られ同人もろとも路上に倒れた。その後、被告太田は、通行人の助力を得て、訴外李を制圧し、立ち上がったところその傍ら一メートルないし一メートル五〇センチメートルの位置に原告が転倒しているのを見付けた。
3 原告は、事故当日は日曜日であったので、夫、娘夫婦とその子供二人、息子夫婦とその子供一人とで浅草寺に詣でた。原告と娘美三枝とは、本件事故当時、他の家族と離れ、人通りの多い本件道路を西から東に向け、北側に美三枝、南側に原告、その真中に孫(美三枝の子供)という形で三人手をつないでゆっくり歩きながら子育地蔵尊前付近路上に差しかかったところ、右地蔵尊前で遣り取りしていた被告太田と訴外李とが突然原告らの方に向かって走ってきたため、美三枝は子供の手を引いて避けたが、原告は被告太田に接触され、不意をつかれたこともあってその弾みで後方に飛ばされるような形で尻もちをつき本件道路南側に設置された鉄製のフェンスの土台の石の角にその右頭部を打ちつけ一瞬気を失った。
以上の事実が認められ、<証拠>のうち以上の認定に反する部分は、同被告自身訴外李に対応するのに精一杯であったことがうかがえるほか、前記各証拠に照らしにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
二責任原因
1 被告太田
前記一の認定事実からすると、本件事故当時、本件道路は人通りも多く、走行すれば勢い余って通行人に衝突、接触する危険があったといえるから、被告太田としては、警備員という立場もさることながら、右危険を十分弁え、不法行為者を発見し追跡するとしても、通行人の動向に十分配慮を払い右危険の発生を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。ところが、被告太田は、これを怠り、前示不法行為に及んだ訴外李が逃走するや、同人とはもともと顔見知りで、しかも、右行為の態様・程度からしても直ちに追跡しなければならない緊急の事態とはいい難いのに、同人の動静のみに注意を奪われ、その追走を急ぐ余り、単なる通行人にすぎない原告に接触したと認められるから、同被告には前記注意義務違背の過失があったといわざるを得ない。
したがって、被告太田は、民法七〇九条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。
2 被告会社
請求原因2の(二)の事実は被告太田の過失の点を除き当事者間に争いがなく、被告太田に過失のあることは前記1で認定、説示したとおりである。
したがって、被告会社は、民法七一五条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。
三損害
1 受傷、治療経過等
<証拠>によれば、原告は、本件事故直後救急車を最寄の磯野外科病院に搬送されて救急の手当を受け、当日(昭和六二年三月二二日)のうちに、肩書住居地に近い和田外科医院に移り、右頭部裂傷、頸部捻挫、骨盤打撲の診断で同年四月一四日まで二四日間入院し、さらに同月一五日から同年一一月二七日まで通院し、薬物投与等による治療を受けたこと、そして、原告には、右治療にもかかわらず、後遺症として、頭部創痕部及び左臀部に局部的に頑固な疼痛を伴う神経症状が残存し、これら症状は、同年一一月二七日固定したこと、なお、原告は、右後遺症の症状を緩和するため、同日以降同年一二月二二日まで前記和田外科医院に通院していたこと、以上の事実が認められる。
2 治療関係費
(一) 治療費(文書作成費を含む。)
一五万〇四一〇円
<証拠>によれば、原告は前記磯野外科病院、和田外科医院における入通院治療費(文書作成費も含む。)として一五万〇四一〇円の支払を必要としたことが認められる。
(二) 入院雑費 二万八八〇〇円
経験則によれば、原告は、前認定の二四日間の入院期間中、一日一二〇〇円の割合による合計二万八八〇〇円の入院雑費を要したことが認められる。
(三) 通院交通費 五万四六四〇円
<証拠>によれば、原告は前記和田外科医院に通院する交通費として五万四六四〇円の支払を必要としたことが認められる。
(四) 温泉治療費
二五万四〇九〇円
<証拠>によれば、原告は前示和田外科医院の浅川裕公医師から疼痛緩和のため温泉で療養するよう勧められ、前記通院期間中の昭和六二年九月二六日から同年一〇月二六日まで群馬県利根郡新治村に行って温泉療養をし、その宿泊費及び交通費として合計二五万四〇九〇円の支払を必要としたことが認められる。
3 逸失利益
(一) 休業損害
一〇八万九九九二円
<証拠>によれば、原告は、本件事故当時五四才で、主婦として家事労働に従事するとともに、内職として毛糸の機械編みをしていたものであることが認められ、その労働を金銭的に評価すれば、昭和六二年度の賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の年間給与額である二四七万七三〇〇円程度とみるのが相当であると考えられる(したがって、一日当り六七八七円となる。円未満切捨。以下同じ。)。
そして、前記1、2認定の事実に照らし、事故当日から昭和六二年五月末日までの七一日間及び前示温泉療養期間(三一日間)は全休状態にあることもやむを得ないと認められるが、その余の通院期間(一四九日間)については、治療経過及び原告の業務が主に家事労働であることを考えれば、右労務に服することが制約されていたことは認められるも、その喪失率は、平均して四〇パーセントを超えるものでなかったと認めるのが相当である。そうすると、原告の休業損害は、次のとおり一〇八万九九九二円となる。
(計算式)
六七八七×一〇一=六八万五四八七円
6787×149×0.4=40万4505円
(二) 後遺症による逸失利益
一二二万九七九六円
前記認定の受傷並びに後遺症の部位、程度のほか、原告の年齢、その業務が家事労働であること等を考慮すると、原告は前記後遺症のため、症状固定の日から少なくとも四年程度の期間、その労働能力を平均して一四パーセント喪失するものと認められるから、原告の後遺症による逸失利益を年別のライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり一二二万九七九六円となる。
(計算式)
247万7300×0.14×3.5459=122万9796円
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の内容・程度その他諸般の事情を併せ考えると、原告の慰藉料額は三五〇万円とするのが相当であると認められる。
5 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は六〇万円とするのが相当であると認められる。
四以上の次第は、被告らは各自、原告に対し、六九〇万七七二八円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六二年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官佐々木茂美)