東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3020号 判決 1993年1月28日
主文
一 被告ユニオンは、原告会社に対し、金一四四一万〇五二五円及びこれに対する昭和六二年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告会社のその余の請求を棄却する。
三 被告ユニオンの請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告会社に生じた費用の二分の一と被告ユニオンに生じた費用の二分の一を被告ユニオンの負担とし、原告会社に生じたその余の費用と被告電素に生じた費用を原告会社の負担とし、被告ユニオンに生じたその余の費用は被告ユニオンの負担とする。
五 この判決は、第一項、第四項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 本訴
一 まず、本件契約に関する経緯(請求原因(一)ないし(六)及び(八))についてみるに、同(二)、(三)の事実、同(四)のうち、原告会社と被告ユニオンが、昭和六一年三月二七日ころ、パソコンによるトレース作業処理等の関連システムのためのソフトウエア作成について請負契約を締結した事実、同(八)のうち、原告会社が被告ユニオンに対し、同六二年三月一三日付書面にて本件契約の解除と損害賠償を請求し、右書面が同一四日に被告電素に、同一六日に被告ユニオンに到達した事実については、当事者間に争いがない。
また、同(五)のうち、本件契約を締結した際、本件システムの内容に、モデル60で文字を入力できること、文字を呼び出して文字列を作成できること、ユーザーがコム7又はモデル60を用いて原告会社の入力した文字ファイル又は単語並びファイルから文字又は単語を呼び出して印字できること、ビーカードに約六〇文字を記憶させることが含まれていた事実は、原告会社と被告ユニオンとの間で争いがない。
右争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 原告会社は、版下作成(ポスターやパンフレット等の印刷原稿を清書する業務)、トレース(JISの製図規格に基づいて図面を書き改める作業)を主な業務とする有限会社である。
2 右業務では、作成した図面に正確で分かりやすい文字や記号、図形を書き入れる作業やレタリング(図面に合うようデザイン化された文字を書く作業)が必要であるが、従来、右作業は、高度の技術を有する者の手作業に委ねられていた。
昭和五四年ころ、ロットリング社から、スクライバーが発売され、文字や記号等を図面に書き入れる作業の一部を機械によつて行うことができるようになつた。スクライバーの内蔵コンピュータにはアルファベット、数字、よく使う記号や図形が記憶されており、キー操作によつて使いたい文字等を選択し、スクライバーのアームに製図用ペンを取り付けて図面に印字することができる。右によつて、熟練した技術を持たない者でも図面に文字等を書き入れることができるようになり、時間や手間も著しく短縮された。
しかし、スクライバーには、漢字は入力されていなかつたので、結局、漢字は従来通り手作業によつて書き入れるしかなかつた。
3 原告会社は、ロットリング社の販売代理店としてスクライバーを扱い、かつ、業務に使用していたが、ロットリング社の勧めもあり、原告会社の技術によつてレタリングした漢字等をスクライバーで印字できるようにするシステムを開発することとした。
スクライバーに内蔵したコンピュータでは記憶容量が足りず、JIS第一水準の約三〇〇〇文字を記憶させることができないので、スクライバーにパソコンを繋いで文字を入力する必要があつた。原告会社は、右のためのパソコンのプログラムの作成を依頼する業者を捜していたところ、同六一年二月ころ、被告電素から、右プログラムを完成させることのできる業者であるとして被告ユニオンを紹介された。
4 原告会社代表者と被告ユニオンの担当者平野勝久(以下「平野」という。)は、数回打合せを重ね、原告会社代表者が作成してほしいプログラムの内容を説明した上で、被告ユニオンから原告会社に対し、同年三月七日付の見積書及び同一八日付の仕様書が提出され、これに基づいて同二七日ころ、本件契約が締結された。
右段階で、本件契約の内容は、以下のプログラムを作成するものとして合意された(以下「バージョン一」という。)
(一) モデル60において、原告会社がデザインした文字の形状を座標値に置き換えて入力し、文字ファイルに記憶させるためのプログラム(入力したひとつひとつの字を印字する機能を含む。以下「文字デザインプログラム」という。)。文字ファイルには、個々の文字に番号(句点コードという。)を付け、JIS第一水準の約三〇〇〇字を記憶させることができる。
(二) 文字ファイルに入力した文字から、約六〇文字をビーカード一枚に記憶させるためのプログラム(以下「ビーカードプログラム」という。)。
なお、原告会社は、ビーカードを一度に五枚収納でき、しかも収納したカード間の選択をスイッチ操作によつて行えるようにしたビーボックスという装置を考案した。ビーボックスは被告電素が作成し、原告会社が販売する計画だつた。
(三) モデル60において、句点コードあるいはかな漢字変換を用いて、文字ファイルから複数の文字を呼び出して文字列を作成し、これを単語並びファイルに記憶させておき、印字するためのプログラム(以下「単語生成プログラム」という。)
(四) 原告会社からユーザーの使用するモデル60あるいはコム7に対して、電話回線を用いて文字フロッピー及び単語並びファイルに記憶された情報を伝達することができるようにするためのプログラム
(五) コム7において、単語並びファイルから入力した文字列を呼び出し、スクライバーに出力して印字するためのプログラム
バージョン一は、原告会社がモデル60を使つて文字及び単語を入力し、入力したデータをユーザーにフロッピーごと送付するか電話回線によつて伝達し、ユーザーは、コム7を使つて、受け取つた文字又は単語のデータをスクライバーに出力して印字する、あるいは、原告会社は、ビーカードに文字を入力し、ユーザーは、これを直接スクライバーに出力して印字する、というシステムのためのプログラムを作成するという内容である。
原告会社は、バージョン一に、コー7で使用できる単語生成プログラム及びコム7とモデル60で編集を行うためのプログラムが含まれていたと主張し、原告会社代表者はこれに沿う供述をしているが、被告ユニオンがこの段階で最終的に作成し原告会社の確認を受けた仕様書には、右プログラムの存在を示す記述は全くないことに照らすと、原告会社の当初の構想や希望はともかくとして、原告会社と被告ユニオンとの間でこれらのプログラムの作成が合意されたと認めることはできない。
5 被告ユニオンは、原告会社に対し、同年六月初めころ、文字デザインプログラムを納入し(以下「第一納入文字デザインプログラム」という。)、原告会社は、七月三一日、被告ユニオンに対して本件契約代金の内金として五五〇万円を支払い、このうち、被告電素が被告ユニオンから紹介料一一〇万円を受領した。なお、三月七日の被告ユニオンの見積りの段階では、文字デザインプログラムの納期は、同年四月一五日、データ通信・交換プログラムの納期は、同年五月末日、その他の納期は、同年五月一五日となつていた。
被告ユニオンは、右納入後、原告会社の申入れに基づき、文字デザインプログラムの修正や機能の追加等の作業を行つていたが、同年九月ころ、原告会社は、プログラムの完成が遅れてしまつたので本件契約を破棄したい旨を申し入れた。被告ユニオンとしても、原告会社からの苦情が多岐にわたり、その要求を十分把握できないでいたところもあつたので、原告会社代表者と被告ユニオンの担当者土屋らは、同二四日ころから同年一〇月二一日ころまで何度か打合せ、作成すべきプログラムの内容と現在の履行状況を確認し、書面化した。右打合せのうち、何回かに被告電素も立ち会つた(被告電素の社員中村四郎が同席した。)。原告会社と被告ユニオンは、右確認された内容に従つて契約を続行することを合意し、同年一二月一六日、被告ユニオンから工程表(以下「第一工程表」という。)が提出された。右により確認された本件契約の内容は、以下のとおりである。(以下「バージョン二」という。)。
(一) 文字・図形デザインプログラムについて
被告ユニオンは、バージョン一において合意された文字デザインプログラムの仕様・機能及び納入後原告会社が要求した仕様の変更や機能の追加のうち被告ユニオンが既に着手しているものを、一二月一日までに完成させ納入する。なお、現在納入されているプログラムについて、文字ファイルに一九二文字しか記憶できないこと及び入力した個々の文字をスクライバーで印字できないことが確認され、被告ユニオンは、約三〇〇〇文字記憶でき、かつ印字できるよう修正することを合意した。
また、被告ユニオンは、原告会社の希望に従い、文字デザインだけでなく複数の文字の集合や非定形図のデザイン(以下「図形デザイン」という。)をする機能等を追加したプログラム(以下「文字・図形デザインプログラム」という。)を同年一二月二五日までに納入することを合意した。
(二) モデル60のワープロプログラムについて
原告会社が、個々の文字を並べて単語を作成する際に、編集機能も希望していることが確認されたので、被告ユニオンは、単語生成機能に、複数行の単語の中心を揃える機能(センタリング)、複数行の単語の右端又は左端を揃える機能等の編集機能を追加したプログラム(以下「ワープロプログラム」という。)を同年一二月二五日までに納入することを合意した。
(三) コム7ワープロプログラムについて
原告会社が、コム7についても単語生成及び編集機能を希望していることが確認され、被告ユニオンは、コム7で単語生成及び編集を行うためのプログラム(以下「コム7ワープロプログラム」という。)を同年一二月一四日までに納入することを合意した。コム7ワープロプログラムが加わることによつて、ユーザーが、原告会社の入力した文字あるいは単語を組み合わせて、自分の使いたい単語を自ら作成することができるようになる。
(四) 被告ユニオンは、同年一二月二五日までにすべてのプログラムを納入することを合意した。
6 被告ユニオンは、同年一二月一〇日ころ、文字・図形デザインプログラムを納入し(以下、右納入されたプログラムを「第二納入文字・図形デザインプログラム」という。)、同二五日ころ、ワープロプログラムを納入した。
右納入後、原告会社から被告ユニオンに対して、右納入されたプログラムで文字を入力していたところ、途中で操作が続けられなくなつてしまうことがある等の強い苦情が申し入れられた。
7 同六二年二月一八、一九日、池袋サンシャインシティにおいて沖電気OAフェア(以下「フェア」という。)が開催される予定になつていたが、同年一月末ころ、原告会社は、被告電素から本件システムをフェアに出展しないかと勧められた。これに対し、原告会社は、フェアに出展する条件として、出展する前に、少なくともフェアにおいて実演する途中で操作不能になる等の事態に陥らないよう文字・図形デザインプログラムを修正すること及び若干の機能の追加、画面上出される表示の変更等を求めた。被告ユニオンは、同年二月五日、原告会社の要望する機能の追加や仕様の変更をすべてフェアまでに完成させることは不可能であつたので、原告会社との間で、そのうち期間的に可能な範囲を完成させてフェアに出展し、残つた部分はフェアの後に完成させて納入することを合意した。また、原告会社は、被告ユニオンに対し、まだ納入されていないコム7ワープロプログラムを含めて本件プログラムの最終的な完成までの工程表の提出を再度求め、被告ユニオンは、同年二月五日、工程表(以下「第二工程表」という。)及び工程確認書を提出した。右工程表等では、文字・図形デザインプログラム、コム7ワープロプログラムを同年三月二五日までに納入することになつていた。
右合意に基づいて、被告ユニオンは、原告会社に対し、同年二月一七日、文字・図形デザインプログラムを納入し(以下「第三納入文字・図形デザインプログラム」という。)、原告会社は、右プログラムを用いてフェアに本件システムを出展したが、初日の午後の実演中、操作不能になり、実演を中止した。
その後、原告会社代表者は、平野に対して、果たして第二工程表等のとおり三月二五日までに完成したプログラムを納入することができるのかと問い合わせたところ、明確な返答が得られなかつた。そこで、原告会社は本件契約を解除し、同年二月二一日、被告ユニオンに預けていた機材を引き上げた。
以上の事実が認められ(る)。《証拠判断略》
二 納入されたプログラムの瑕疵の有無等(請求原因(七))
1 前記認定した事実によれば、被告ユニオンは、昭和六一年一二月一六日の合意に基づき、バージョン二として、文字・図形デザインプログラムを除くプログラムを同年一二月二五日までに納入する義務を負い、また、文字・図形デザインプログラムについては、同日までに納入した第二納入文字・図形デザインプログラムについて、更に原告会社から苦情が寄せられていた操作中動作が止まる等の事態がないようにし、原告会社の要望のうち一部の機能の追加と仕様の変更をした上、フェア前日の同六二年二月一七日までに納入する義務を負つていたものと認められる。なお、前記認定によれば、被告ユニオンから原告会社に対して、同月五日ころ、第二工程表が提出されていた事実が認められるが、フェアの実演中に操作が止まつたことや平野の対応等によつて、原告会社が機材等を引き上げ、本件契約を解除した結果、右工程表に基づき二月一七日以後に完成すべきとされたプログラム等についての合意も、右契約の解除により、一体として解除されたものと認めるのが相当である。
したがつて、以下、被告ユニオンの責任(不完全履行の特則というべき請負契約における瑕疵担保責任と解される。)の有無については、同六一年一二月二五日に納入されたワープロプログラム(以下「最終納入ワープロプログラム」という。)と、同六二年二月一七日に納入された、第三納入文字・図形デザインプログラムが不完全なものであり、瑕疵があると認められるか(なお、被告ユニオンはバグとプログラム自体の欠陥を区別して主張するが、通常予定された使用をする際に合意された機能に支障を生じさせるようなバグが残つていた場合には、プログラムは不完全なものであると認めるのが相当である。)及び被告ユニオンが同年一二月二五日までにコム7ワープロプログラムを納入したと認められるか(この点は、これだけを取り上げれば、単なる債務不履行ともいえる。)を判断する。
被告らは、第二納入文字・図形デザインプログラムがバージョン二に対する完成品であり、第三納入文字・図形デザインプログラムは、バージョン二に対し原告会社が求めた機能の追加や仕様の変更をする途中で、フェアに出展するため暫定的に納入したものであるが、その後被告ユニオンは原告会社が機材を引き上げたためにこれを完全なものにする機会を与えられなかつたのであるから、仮に第三納入文字・図形デザインプログラムが不完全なものだつたとしても、瑕疵があるとはいえない、と主張する。しかし、前記のとおり、被告ユニオンは、フェア出展に当たり、バージョン二に原告会社から要望されたうちの一部の機能追加と仕様の変更を加えた内容の限りでは完全な製品を納入することを合意したと認められるから、右被告らの主張は採用することができない。
2 請求原因(七)のうち、第三納入文字・図形デザインプログラムについて、前消ししても線が消えないことがあること、フロッピーの初期化に四六分四〇秒かかること、スクライバーによつて印字している途中で動作が止まることがあることについては、原告会社と被告ユニオンの間では、争いがなく、被告電素との間では、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
右争いのない事実、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
第三納入文字・図形デザインプログラムを使用すると、文字や図形を入力している際電源を一度切らないと入力が続けられなくなることがある事実、直線や円弧を印字する際動作が途中で止まつてしまつたり一部が欠けて印字されてしまつたりすることがある事実、さらに、最終納入ワープロプログラムを用い、第三納入文字・図形デザインプログラムによつて入力した文字から文字列を作成して印字しようとすると、スクライバーに出力できなかつたり、印字できても、文字間隔がまちまちで文字と文字が重なつて印字されてしまつたり、文字列が真つ直ぐに並んで印字されなかつたりすることがある事実が認められる(なお、最終ワープロプログラムを納入する際の被告ユニオンの説明が不十分だつたため、原告会社は、当初ワープロプログラムの操作方法を十分理解できず、作動させることができなかつたが、右は、正しい操作方法に基づいて操作した結果である。)。この認定に反する証人平野の供述は、前掲各証拠に照らし、たやすく採用することができない。なお、作画枠を一〇〇ミリメートル四方しか設定できないことを認めるに足りる的確な証拠はない。
右のうち、初期化に四六分四〇秒かかることについては、前記認定によつても、原告会社と被告ユニオンとで初期化の時間についてなんらかの合意をしたものではないし、また、弁論の全趣旨によれば、初期化に時間がかかるとしても、複写の方法を用いればデータフロッピーを短時間で作成できることが認められるから、これをプログラムの欠陥であるということはできない。
しかし、その他の点は、被告ユニオンが納入すべき文字・図形デザインプログラム及びワープロプログラムの内容に反するから、第三納入文字・図形デザインプログラム及び最終納入ワープロプログラムは、不完全なもので、瑕疵があると認められる。
被告ユニオンは、プログラムを用いて操作に支障が生じるとしても、それには種々の原因が考えられ、右事実からプログラムの欠陥を認定することはできない旨主張するが、本件契約の際に前提とされた機材等を用いて、被告ユニオンの指示する操作方法に従つたにもかかわらず、前述のように、しばしば操作に支障が生じる場合には、十分な根拠に基づいて他の原因が示されない限り、被告ユニオンの作成したプログラムに欠陥があると認定することが合理的である。
右について更に被告ユニオンの具体的な主張を検討すると、まず、被告ユニオンは、印字に支障があるとしても、これはスクライバーの制約によるものであつてプログラムの欠陥ではないと主張し、確かに《証拠略》によれば、スクライバーでは極端に直径の大きい円弧は印字できないことが認められるが、右主張は直線についても印字に支障がある事実を十分説明するものではない。
また、被告ユニオンは、二月一七日に納入したプログラムは、図形デザインプログラムであつて、ワープロプログラムによつて文字列を作成することを予定していないから、第三納入文字・図形デザインプログラムで入力した文字から文字列を作成して印字できなくても、最終納入ワープロプログラムが不完全とはいえないと主張するようであるが、前記認定のとおり、図形をデザインする機能が付加されたのは昭和六一年一〇月ころであり、同六二年二月一七日までに納入することが合意されたプログラムは、第二納入文字・図形デザインプログラムに機能追加と仕様の変更を加えたプログラムであるから、右主張は採用することができない。
その他、データフロッピーに入つていた他のデータが原因となつてスクライバーに出力できなかつた等の被告ユニオンの主張も、いずれも十分な根拠に基づくものとは解されず、前記認定を覆すには至らない。結局、第三納入文字・図形デザインプログラムは不完全なもので瑕疵があると認められる。
また、被告ユニオンが、原告会社に対し、同六一年一二月二五日までにコム7ワープロプログラムを納入したかどうかについては、証人平野はこれに沿うかのような供述をするが、これを否定する《証拠略》に照らし、たやすく採用することができず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、被告ユニオンの納入したプログラムには、全体として重大な瑕疵があるといえ(一部は未納入)、前記認定の機械引上げに至る経緯及び後記認定の同種のシステムの開発状況も併せ考えると、原告会社は本件契約を締結した目的を達成することができないと解されるから、本件契約を解除し、被告ユニオンに対し、損害賠償を請求することができるというべきである。
三 損害
1 請求原因(一〇)について
請求原因(一〇)のうち、原告会社が被告ユニオンに対して本件契約代金のうち五五〇万円を支払つた事実については、当事者間に争いがなく、原告会社が被告電素に対して商品の購入代金として九三万五八〇〇円を支払つた事実については、原告会社と被告電素との間で争いがない。
右争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告会社は被告ユニオンに対して本件契約代金として五五〇万円を支払つた。
(二) 本件システム開発費用
(1) 機材の購入費等
原告会社は、日本信販株式会社に対し、モデル60のリース料金として合計二一七万二〇〇〇円、コム7のリース料金として九五万四〇〇〇円を、被告電素に対し、モデル60の関連機材、五インチフロッピー、ビーボックス、ビーカード、EEと呼ばれる市販のソフト(ワープロプログラムと組み合わせて用いられる。)等の購入代金として合計九三万五八〇〇円を、東京日立情報機器株式会社に対し、デジタイザー(文字を入力する際に使う機器)購入のため四一万七二〇〇円を支払つた。
前記認定した原告会社の業務及び本件契約の経緯に照らすと、右機材は本件システムの開発ないし製品化のために購入したものと認めることができる。
以上の出捐の合計額は四四七万九〇〇〇円である。
なお、右のほか、原告会社が、テクノリサーチに対しICカード読取器五〇台の購入代金として六〇万円を、東京日立情報株式会社に対し図形作成用キャド購入代金として三〇万円を、スクライバー購入代金として、ロットリング社に対し七七二万七七七〇円、桜井株式会社に対し一四九万九二〇〇円を支払つた事実が認められるものの、ICカード読取器及び図形作成用キャド購入代金が本件システムの開発や製品化のため具体的にどう必要かは、原告会社の主張自体明らかでないし、右必要を認めるに足りる証拠もない。また、前記認定のとおり、原告会社が、スクライバーを通常の業務に使用しロットリング社の代理店として販売していること、スクライバーは本件システムが完成しなくては販売できないものではないことに照らすと、原告会社がスクライバーを購入したからといつて、直ちに本件システムの開発又は製品化のためだけに購入したとは認められず、また、これが利用価値のないものとはいえない。
したがつて、これらの出捐は、いずれも、直ちに本件システムの開発及び製品化のための出捐とは認め難く、また、損害とも結びつかない。
(2) 広告宣伝費
原告会社は、ビーボックスの広告作成代金として株式会社プリプラ21に対し三六万四六一五円、フェアの案内状の印刷代金として株式会社クリエイティブバンクに対し三万五〇〇〇円、宣伝用の印字代金等として、ユニオン企画に一二万七〇〇〇円、株式会社トレールに九万四〇〇〇円を支払い、また、昭和六一年七月四日から同六日まで開催された「伸びゆく軽印刷展」に本件システムを出展するため二一万一四〇〇円を、「オートテック86」に出展するため三五万〇〇五五円を支出した。
右合計は、一一八万二〇七〇円である。
なお、原告会社は、右に加え、「伸びゆく軽印刷展」出展のための諸経費として二〇万円、「オートテック86」出展のための小間代や諸経費として六四万円、「ハイテック東京」出展のための諸経費として二〇万円、「メカトロニクスフェア」出展のための諸経費として一〇万円を支出したと主張し、《証拠略》にはこれに沿う記述があるが、領収書等の裏付けとなる証拠がなく直ちに採用することができず、他に右支出を認めるに足りる証拠はない。
(3) 人件費
<1> 原告会社は、昭和六一年一月、デザイン文字作成の専従者として堤貴美子を雇い入れ、同人は同六二年三月に退職した。原告会社は同人に対し、給与及び交通費として、合計二三一万七七二五円支払つた。
<2> 原告会社は、堤貴美子の補助者としてデザイン文字作成の仕事をしてもらうために、石井宏子をアルバイトとして雇い、同人に対し、昭和六一年一月から同六二年二月までの間、給与及び交通費として、合計九三万一七三〇円支払つた。
右合計は、三二四万九四五五円である。
なお、原告会社は、短期アルバイトとして雇つた者に対して給与及び交通費として四四万一四九〇円を支払つた事実、布施ゆう子に対して同六一年一月から同六二年二月までの給与(時間給)として合計二一八万二一〇〇円を支払つた事実が認められるが、しかし、短期アルバイトとして雇われた者や、原告会社の一般事務に従事していた布施ゆう子が、どの程度本件システム開発のために必要であり、また、具体的にどのような仕事に従事していたのかは、原告会社の主張自体においても明らかでなく、右を認定すべき証拠もない。また、原告会社は、原告会社代表者に対して支払われた給与の四割相当額三四〇万円を損害として主張するが、右は固定給として支払われたものであるから、本件システム開発のためにした支出とは認められない。
(4) 以上によれば、原告会社が本件システム開発のためにした支出の合計額は、八九一万〇五二五円であると認められる。
本件契約が、そもそもコム7に関するプログラムや通信のためのプログラム等、広くユーザーに本件システムを利用させることを予定したプログラムを目的としていることに照らすと、原告会社が本件システムを販売する計画に基づいて前記出捐をすることは、本件契約から通常予定されるところと認められる。また、前記認定の本件の経緯に照らせば、原告会社が当初から本件システムを将来販売等する計画で開発し、かつ、被告ユニオンも原告会社の右計画を知つていたことは明らかである。そして、原告会社は、右計画に基づいて前記出捐をしたものの、前記瑕疵等のため本件契約を解除して右計画の断念を余儀なくされ、販売等の収益を得て(後記認定のとおり、ある程度の販売が見込まれた。)開発費用を回収する機会を奪われたのであるから、右出捐は、これと相当因果関係を有する損害と認められる。
なお、被告らは、請求原因(一〇)の(2)の機材の購入費について、原告会社は機材を保管、使用できる利益があるので、購入費自体は損害にならないと主張するが、前記認定の原告会社の業務に照らせば、原告会社に右機材を保管、使用する利益があるとは認められないので、被告らの主張は採用することができない。
また、《証拠略》によれば、確かに、被告ユニオンが本件システム(プログラム)の著作権を有している事実が認められるが、被告ユニオンが承諾すれば本件システムを販売できるのであるし、被告ユニオンが原告会社の前記販売計画を知つた上でプログラムを作成していたことは前記認定のとおりであるから、直ちに原告会社が将来本件システムを販売することができないとはいえない。まして、被告ユニオンが著作権を有しているからといつて、原告会社が本件システムの販売を見越して前記出捐をすることが本件契約から通常予定されるところでないということはできず、右事実は前記認定を左右するものではない。
(三) 得べかりし利益について
(1) 請求原因(一〇)(5)<1>について
原告会社は、コム7、スクライバー、ビーボックス各一台、ビーカード五枚にユーザーのための作画入力サービスをセットして、ロットリングNCスクライバーifシステム(以下「ifシステム」という。)として販売することを計画し、昭和六一年一二月二二日、鹿児島ソフトサイエンスというグループから、ifシステムを二一組、代金一組二〇〇万円にて購入するとの仮注文を受けた事実が認められる(なお、原告会社は、右仮注文を受けた以外にもifシステムは一〇〇〇組以上販売できたようにも主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。
原告会社は、右販売代金のうち、一組一〇〇万円の利益が見込まれたと主張する。しかし、右売却による純利益とは、販売代金から、右システムに含まれる機材の仕入れ価格、本件システム開発のための諸経費(前記認定のとおり既に支出した費用のほか、本件システムを完成させるために更に見込まれる費用も含む。)、本件契約代金、ifシステムの販売活動のため必要とされる諸経費、ifシステムに含まれる作画入力サービスのために必要な経費等を差し引いた額をいうと解されるところ、原告会社の右主張は、どのように利益を算出したものなのか主張自体も判然としない上に、前記認定のとおり、既に開発のための諸経費として少なくとも八九一万〇五二五円を支出としており、元来、被告ユニオンに対し既に支払つた五五〇万円のほか一〇〇万円を支払うべきことになることや弁論の全趣旨によれば、後記認定のように、同種のシステムの開発が他社によつても計画されていたことが窺われることなどに照らすと、右代金からすべての諸経費を差し引いて、更にどの程度の具体的な利益があるといえるのか、これを認定することは困難であるといわざるをえない。そして、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) 同項(5)<2>について
《証拠略》によれば、昭和六一年二月ころ、被告電素が、ビーボックスを六〇台販売できるとの見込みを述べている事実(但し、約束はできないとも述べている。)が認められるが、右は開発前の見込みに過ぎない上に、《証拠略》によれば同年一一月ころ既にマックス株式会社が漢字四三八六文字を含む文字・記号を印字できる機械を発売したことが認められ、右に照らすと、本件契約において最終的に本件システムが完成すべき期限として合意された昭和六二年二月一七日の時点において、ビーボックスが何台販売できたかを認めるに足りる的確な証拠はないといわざるをえず、また、ビーボックス一台当たりいくらの利益が見込まれるかについての証拠もない。
したがつて、原告会社の主張する得べかりし利益を認めることはできない。
2 被告主張の抗弁について
前記認定した本件の経緯によれば、昭和六一年三月に本件契約を締結した時点では、原告会社と被告ユニオンとの間に本件契約で完成させるべきプログラムの内容に理解の食違いがあつたものの、被告ユニオンと原告会社は、同年一〇月の時点で作成すべきプログラムの内容を確定しており(文字・図形デザインプログラムについては、同六二年二月五日に再度確認している。)、被告ユニオンは、右確定された内容のプログラムを納入することができなかつたのであるから、原告会社がプログラムの内容を十分特定せず、たびたび仕様の変更を求めたことによりプログラムの完成が阻害されたとの被告らの主張は(これを民法六三六条の主張と解するとしても)、採用することができない。
3 以上によれば、原告会社が前記瑕疵により本件契約を解除せざるを得なくなり、その結果被つた損害は一四四一万〇五二五円であると認められ、被告ユニオンは、これを賠償する責任を負う。
四 被告電素の責任(請求原因(九))
請求原因(九)のうち、被告電素が原告会社に対して被告ユニオンを紹介した事実、原告会社が被告ユニオンに対して支払つた契約代金五五〇万円のうち一一〇万円を受領した事実、原告会社が本件システムをフェア等に出展した事実は、当事者間に争いがない。
また、被告電素が原告会社に対し、本件プログラムを完成させる能力を有する業者として被告ユニオンを紹介したこと、本件システムに使用するモデル60及びコム7が被告電素が沖電気の特約店として扱う商品であること、被告電素が受領した一一〇万円は被告ユニオンから本件契約に関し、紹介料として交付を受けたものであること、昭和六一年九、一〇月ころ原告会社と被告ユニオンとが話合いをしたうちの何回かに被告電素の社員も立ち会つていること、被告電素が原告会社に対しフェアへの出展を勧めたことは、前記認定のとおりである。
原告会社代表者は、被告電素は、被告ユニオンを原告会社に対して紹介する際、同年九月ころ原告会社が契約を解除する意向を示した際及びフェアへの出展の話が出た際、原告会社に対し、被告ユニオンが本件プログラムを完成させるように被告電素が責任をもつて監督、指導する旨を述べたことや、被告電素が原告会社に対しフェアへの出展を強く要請したと供述するが、証人平野及び同中村四郎はこれを否定する供述をしており、原告会社代表者の右供述はにわかに採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
右事実に照らすと、被告電素は、あくまでも被告ユニオンを原告会社に紹介し、本件システムに関し、被告電素の扱うモデル60やコム7を販売するという立場の限度で、本件契約にかかわつていたに過ぎず、被告電素が原告会社と本件契約について保証契約を締結したという事実を認めることはできず、また、本件証拠上、被告電素に違法、不当な行為があつたとは、到底認めることができない。他に原告会社主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
なお、仮に、被告電素の社員が、前記認定の経緯の中で被告ユニオンを監督、指導して責任を持つかのような発言をしたことがあつたとしても、右事実から直ちに、被告電素が原告会社に対し、被告ユニオンの本件契約上の責任ひいては瑕疵担保責任を負う旨を合意したとまで認めることはできない。
したがつて、いずれにせよ原告会社の被告電素に対する保証契約に基づく請求、不法行為に基づく請求は、いずれも理由がない。
第二 反訴
反訴請求原因(一)、(二)、(四)の事実については当事者間に争いがない。
同(三)については、本訴において認定したとおり、被告ユニオンが、原告に対し、本件契約の履行として、文字・図形デザインプログラム及びワープロプログラムを納入した事実が認められる(但し、コム7ワープロプログラムについては未納入)。
反訴抗弁については、本訴において認定したとおり、右納入された文字・図形デザインプログラム及びワープロプログラムには瑕疵があり、本件契約を締結した目的を達成することができず、このため、原告会社は、本件契約を解除したものと認められる。
したがつて、被告ユニオンの原告会社に対する請求は理由がない。
第三 結語
よつて、原告会社の本訴請求は、被告ユニオンに対し金一四四一万〇五二五円及びこれに対する昭和六二年三月一七日から支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告会社のその余の請求及び被告ユニオンの反訴請求は理由がないのでこれを棄却することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書 、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 小川 浩 裁判官 岡部純子)
《当事者》
本訴原告・反訴被告 有限会社工友社(以下「原告会社」という。)
右代表者代表取締役 布施 正
右訴訟代理人弁護士 渡部照子 同 羽鳥徹夫
本訴被告・反訴原告 株式会社テクニカル・ユニオン(以下「被告ユニオン」という。)
右代表者代表取締役 戸倉貴史
右訴訟代理人弁護士 内田公志 同 長浜 隆 同 小杉丈夫 同 松尾 翼 同 谷口正嘉 同 石井藤次郎
本訴被告 日本電素工業株式会社(以下「被告電素」という。)
右代表者代表取締役 川端庄造
右訴訟代理人弁護士 小峰長三郎