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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3100号 判決 1992年9月18日

主文

一  原告と被告らの間において、申立人を原告、相手方を被告坂元秀之とする東京簡易裁判所昭和六二年(イ)第一〇八号不動産売買請求和解事件につき昭和六二年二月一九日成立した和解は無効であることを確認する。

二  被告張富夫から原告に対する東京簡易裁判所昭和六二年(イ)第一〇八号不動産売買請求和解事件の和解調書に基づく強制執行はこれを許さない。

三  被告坂元秀之は、別紙物件目録記載一の土地について東京法務局港出張所昭和六二年一月二一日受付第一八七三号所有権移転登記の、同目録記載二の建物について同出張所同日受付第一八七四号の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

四  被告張富夫は、別紙物件目録記載一の土地及び同目録記載二の建物について東京法務局港出張所昭和六二年四月四日受付第一四九四三号の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

五  被告住銀保証株式会社は、別紙物件目録記載一の土地及び同目録記載二の建物について東京法務局港主張所昭和六二年四月一七日受付第一七〇八八号の各抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

六  被告株式会社住友銀行は、別紙物件目録記載一の土地及び同目録記載二の建物について、東京法務局港出張所昭和六二年五月二七日受付第二二九五五号の各根抵当権設定登記及び同出張所昭和六三年二月二二日受付第五二七六号の各根抵当権変更登記の各抹消登記手続をせよ。

七  訴訟費用は被告らの負担とする。

八  本件につき当裁判所が昭和六三年一一月一八日になした強制執行停止決定(昭和六三年(モ)第七二八四号)はこれを認可する。

九  前項に限り仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一ないし七項同旨

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  和解調書無効確認及び請求異議((三)ないし(六)は選択的主張)

(一) 原告と被告坂元秀之(以下「被告坂元」という。)の間には、東京簡易裁判所昭和六二年(イ)第一〇八号不動産売買請求和解事件について昭和六二年二月一九日付和解(以下「本件和解」という。)調書があり、右和解調書には、次の記載がある。

(1) 原告は、被告坂元に対し、原告が昭和六二年一月二〇日別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を代金二億四〇〇〇万円で売渡し、被告坂元がこれを買い受けたことを確認する。

(2) 被告坂元は原告に対し、右売買代金を次のとおり支払う。

イ 内金一億八二五〇万円は、原告に対して昭和六一年一〇月一七日に貸し渡した金員をもつてこれに充てる。

ロ 中間金一〇五〇万円は、昭和六二年一月二〇日支払済み。

ハ 本和解成立後一週間以内に、本件土地建物の明渡しを受けるのと引換えに残代金四七〇〇万円。

(3) 原告は、被告坂元に対し、本和解成立後一週間以内に、残代金四七〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに本件土地建物を明け渡す。

(4)イ 原告又は被告坂元が本和解条項に違反したときは、違反を受けた者は違反した者に対し、前記(1)の売買契約をなんらの通知催告なく解除することができる。

ロ 原告の違反により解除されたときは、原告は被告坂元に対し、直ちに二億一七〇〇万円及びこれに対する解除の日の翌日から支払済みまで日歩三銭五厘の割合による損害金を支払う。

ハ 被告坂元の違反により解除されたときは、原告は被告坂元に対し、直ちに受領金のうち一億九六〇〇万円のみを返還して支払う。

(5) 双方は本和解条項のほか、なんらの債権債務のないことを確認する。

(6) 和解費用は各自の負担とする。

(二) 本件和解調書の正本には、被告張富夫(以下「被告張」という。)に対する承継執行文が付与されている。

(三) 訴訟法上の瑕疵による無効

本件和解は、原告の申立に基づかず、被告坂元が原告の氏名を冒用して申し立てたものである。

(四) 要素の錯誤による無効

被告坂元が原告に和解手続をとるよう要請したのは本件和解調書記載どおりの法的効力を発生させるためであるのにもかかわらず、原告は、本件和解当時、被告坂元より本件和解が書類上だけの仮装のものであるなどと聞かされていたことから、本件和解条項中の売買とは将来の被告坂元、原告間の金銭貸借関係も含めた代物弁済予約であつて、原告が将来返済できなかつたときに本件土地及び建物の登記移転、明渡しを求める趣旨の約定であると誤信し、本件和解の意思表示をした。

(五) 心裡留保による無効

(1) 右(四)記載の状況において、原告は、本件和解の際、和解の内容である本件土地建物の売買をする意思がないのに、その意思があるもののような意思表示をした。

(2) 被告坂元は、本件和解の際、原告の右意思表示が真意ではないことを知り又は知り得べきであつた。

(六) 詐欺による取消

(1) 被告坂元は、原告に対し、本件和解に際し、本件和解手続は書類上だけのことであるかのように告げて原告を欺き、その旨誤信させたうえ、本件和解を成立させた。

(2) 原告は、被告坂元に対し、平成二年一二月一七日、本件和解における和解の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(七) 本件土地建物について被告坂元名義の所有権移転登記がなされ、さらに被告張に対する所有権移転登記、被告住銀保証株式会社(以下「被告住銀保証」という。)に対する抵当権設定登記、被告株式会社住友銀行(以下「被告住友銀行」という。)に対する根抵当権設定登記がそれぞれなされており、被告らは本件和解が無効であることを争つている。

2  抹消登記手続請求

(一) 原告はもと本件土地建物を所有していた。

(二) 本件土地について東京法務局港出張所昭和六二年一月二一日受付第一八七三号の、本件建物について同出張所同日受付第一八七四号のいずれも被告坂元名義の各所有権移転登記(以下「(1)登記」という。)がされている。

(三) 本件土地建物について被告張名義の東京法務局港出張所昭和六二年四月四日受付第一四九四三号各所有権移転登記(以下「(2)登記」という。)がされている。

(四) 本件土地建物について被告住銀保証を権利者とする東京法務局港出張所昭和六二年四月一七日受付第一七〇八八号各抵当権設定登記(以下「(3)登記」という。)がされている。

(五) 本件土地建物について被告住友銀行を権利者とする東京法務局港出張所昭和六二年五月二七日受付第二二九五五号各根抵当権設定登記及び同出張所昭和六三年二月二二日受付第五二七六号の各根抵当権変更登記(以下合わせて「(4)登記」という。)がされている。

3  よつて、原告は、被告らに対し本件和解調書の無効確認を、被告張に対し本件和解調書の執行力の排除をそれぞれ求めるとともに、本件土地建物の所有権に基づき、被告坂元に対し(1)登記の、被告張に対し(2)登記の、被告住銀保証に対し(3)登記の、被告住友銀行に対し(4)登記の各抹消登記手続を求める。

二  被告らの本案前の主張

原告と被告坂元との間で本件和解が成立しているから、原告の本件訴えは右和解調書の既判力に抵触し不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告の答弁

本件和解には請求原因1(三)ないし(六)の瑕疵があり本件和解は無効であるから本件和解調書には既判力が認められない。

四  請求原因に対する認否

(被告坂元)

1 請求原因1のうち(一)及び(七)は認め、(三)ないし(五)及び(六)(1)は否認する。

本件和解は、後記抗弁3(一)記載の売買契約について、残代金の支払いと本件建物の明渡について紛争を残さないために、原告の申立によつて成立したものである。

2 同2(一)、(二)は認める。

(被告張)

1 請求原因1のうち(一)、(二)及び(七)は認め、(三)ないし(五)及び(六)(1)は否認する。

2 同2(一)、(三)は認める。

(被告住銀保証)

1 請求原因1のうち(一)及び(七)は認め、(三)ないし(五)及び(六)(1)は否認する。

2 同2(一)、(四)は認める。

(被告住友銀行)

1 請求原因1のうち(一)及び(七)は認め、(三)ないし(五)及び(六)(1)は否認する。

2 同2(一)、(五)は認める。

五  抗弁

(被告ら)

1 和解手続の追認

原告は本件和解期日に自ら出頭し陳述して、被告坂元が原告名義でした本件和解の申立手続について追認した。

2 原告の重過失

原告は本件和解当日、東京簡易裁判所の和解室に出頭し、担当の裁判官より和解条項を読み聞かされ、その上で本件和解の意思表示をしたものであるから、右意思表示に錯誤があるとしても重過失がある。

3 登記保持権原(承継取得)

(一) 原告と被告坂元は、昭和六二年一月二〇日、本件土地建物を代金二億四〇〇〇万円で被告坂元に売り渡す旨の売買契約を締結した。代金支払方法は、被告坂元が原告に対して有する貸金債権一億八二五〇万円と対当額で相殺するとともに、同日一〇五〇万円を支払い、残代金四七〇〇万円を同年二月二〇日限り本件土地建物明渡と引換えに支払うこととした。したがつて、本件和解が仮に無効としても、被告坂元は、本件土地建物を有効に取得している。

(二) (1)登記は、右(一)契約に基づいてなされた。

(三) 被告張は、被告坂元から、昭和六二年二月二七日、本件土地建物を代金二億五〇〇〇万円で買い受けた。

(四) (2)登記は、右(三)契約に基づいてなされた。

(五) 被告住銀保証は被告張との間で、昭和六二年四月一六日、保証委託契約を締結するとともに、右契約による被告住銀保証の求償金債権を担保するため、同日本件土地建物について債権額二億八〇〇〇万円、損害金年一四パーセントとする抵当権設定契約を締結した。

(六) (3)登記は、右(五)契約に基づいてなされた。

(七) 被告住友銀行は被告張との間で、昭和六二年五月二七日、本件土地建物について、

極度額 六〇〇〇万円

債権の範囲 銀行取引、手形小切手債権

債務者 訴外株式会社伝言板広告社

とする根抵当権設定契約を締結し、昭和六三年二月二二日、右根抵当権の極度額を一億円に変更する旨の根抵当権変更契約を締結した。

(八) (4)登記は、右(七)の各契約に基づいてなされた。

(被告張)

4 善意の第三者

被告張は、被告坂元から本件和解調書を見せられ、原告が真実本件土地建物を被告坂元に売り渡していると信じて前記3(三)契約を締結したから、本件和解の心裡留保による無効及び詐欺による取消は、善意の第三者である被告張に対抗できない。

(被告住銀保証、同住友銀行)

5 善意の第三者

被告住銀保証、同住友銀行は、被告張が本件土地建物の所有者であると信じて前記3(五)、(七)の契約を締結したから、本件和解の心裡留保による無効及び詐欺による取消は、善意の第三者である被告住銀保証、同住友銀行に対抗できない。

6 外観の信頼

(一) 原告が被告坂元に本件土地建物の登記済権利証、委任状等を交付したことにより(1)登記がなされ、ついで(2)登記がなされた。

(二) 被告住銀保証、同住友銀行は、(1)登記(2)登記を信頼して被告張とそれぞれ前記3(五)、(七)の契約を締結した善意無過失の第三者である。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

原告は起訴前の和解手続の法的な意味を理解していなかつたうえに、本件和解条項は被告坂元の真意に基づくものではないと信じて、虚偽の内容と知りながらあえて異議を述べなかつたものであつて、被告坂元による原告名義での本件和解申立を追認したわけではない。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、(一)(二)は否認し、その余は不知。

4  同4ないし6はいずれも否認する。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  被告らの本案前の主張について

裁判上成立した和解であつても、実体上の無効原因があることを主張して和解の効力を争うことができ、その方法として請求異議の訴え、和解無効確認の訴えを提起しうるものと解される(請求異議の訴えにつき民事執行法三五条一項、大審院判決昭和一〇年九月三日民集一四巻一八八六頁、和解無効確認の訴えにつき大審院判決大正一四年四月二四日民集四巻一九五頁各参照)。そして裁判により和解の無効が確認されたのちに、その和解無効を前提とする権利関係を実現するため訴えを提起することができることは明らかであるところ、本件においてはその請求が偶々同時になされているにすぎないのであるから、当裁判所は、和解の無効原因の存否を審理したうえで、それを前提とする権利関係についての判断をなしうるというべきである。

二  請求原因1について、

1  請求原因1(一)、(二)及び(七)の各事実は当事者間に争いがない。

2  同1(四)について

(本件和解調書成立に至る事実関係)

(一) 原告、被告坂元間の従前の貸借関係

《証拠略》によれば、原告は昭和六一年一〇月一三日ころ、それまでの借財の整理のため、被告坂元に対し三八〇〇万円の融資を申入れ、これに対し被告坂元は、被告坂元が原告の紹介者である訴外北田慎也に対し三八〇〇万円を貸し付けてそれを原告が右北田から借り受け、北田の右借入については原告が連帯保証人となる形の融資を提案し、同月一六日ころ、原告、被告坂元、北田の合意により右趣旨の三八〇〇万円の消費貸借契約が締結され、併せて将来も継続して融資を受ける趣旨で原告所有の本件土地建物について被告坂元のため極度額一億円の根抵当権設定契約が締結され、それに基づき同月一七日本件土地建物について根抵当権者被告坂元、債務者訴外北田、極度額一億円とする根抵当権設定登記がなされたことが認められる。原告の署名捺印のある乙第四号証(金銭消費貸借契約証書)、第五号証(領収証)には、右貸付金額が八〇〇〇万円である旨の記載があるが、《証拠略》によれば、原告は融資を受けたい余り、前記消費貸借契約書作成の際、不動文字以外は空欄(白地)となつている十数枚の書面に内容も確認せず、被告坂元が指示するまま機械的に署名捺印し、同被告に交付したことが認められ、また、原告のそれまでの負債額は《証拠略》によれば、三五〇〇万円余であつて八〇〇〇万円を借り入れる必要性は特にみあたらないことからすると、右乙第四、第五号証の金額の記載は、何人かが実際と異なつた金額を記載した疑いがあり、採用できない。同様に八〇〇〇万円を貸し付けたとする被告坂元本人尋問の結果も、使い道を聞かずに貸し付けた等不自然な点があり、信用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 昭和六一年一二月ころの融資について

《証拠略》によれば、原告は昭和六一年一一月から一二月ころ、被告坂元に一五〇〇万円の融資を申込み、同年一二月から翌昭和六二年一月にかけて三回位に分けて、利息を天引きされ合計一三五〇万円を前記北田を介さず直接同被告より借り受けた(以下「本件融資」という。)が、直接借り受けの形を取つたことから改めて本件土地建物に原告を債務者とする根抵当権の設定を求められ承諾したこと、同月一九日右根抵当権の設定書類を含む右借入についての書類に署名捺印を求められたが、いずれも前同様不動文字以外は空欄(白地)の一〇枚位の書類に被告坂元の指示するまま機械的に署名捺印し交付したこと、右書類中に「不動産売買契約書」と題する書面(不動文字以外は空欄)があり、これにも原告は署名捺印して被告坂元に交付したが、借入書類の一つと考え、右売買契約書は、文字通りの売買契約書ではなく、将来原告が借り入れ債務を返済できない場合に本件土地建物の所有権を移転し、債務を清算する趣旨の代物弁済予約と理解して署名捺印したことが認められる。

右認定に反する乙第一一ないし第一八号証は、右事実及び《証拠略》に照らし、原告が金額欄、日付欄等空白のまま署名捺印した用紙に被告坂元が金額等をほしいままに記入したものである疑いが強く、その成立には疑問がある。また、本件融資の貸付額が右乙第一一ないし第一六号証記載のとおりの合計八二五〇万円であるという《証拠略》の記載及び被告坂元本人尋問の結果は、原告が昭和六二年五月八日に渋谷にあるビル一階の店舗を賃借したものの保証金二五五万円の都合がつかないため同年五月末ないし六月初めころに解約されていること、当時の原告の生活ぶりに特段の変化が見られないこと及び(1)登記を了する前に極度額一億円の根抵当権のまま元金だけでも一億円を大幅に超える貸付をしたことになることは金融業を営む者(被告坂元本人尋問の結果によれば同被告は金融業を営む者と認められる。)の貸付としてはきわめて不自然であることからみて、にわかに信用することはできず、他に前記認定を妨げる証拠はない。

(三) 本件即決和解の手続について

《証拠略》によれば、昭和六二年一月二三日、被告坂元が司法書士である証人西山に原告が申立人となる本件和解申立書の作成を依頼したこと、申立書の和解条項は被告坂元の指示どおりであること、証人西山は原告には会つていないこと、本件(1)登記は同月二一日になされているのにもかかわらず、被告坂元が和解申立書作成依頼のために証人西山の事務所に持参した本件土地建物の登記簿謄本は同月二〇日付のものであり、西山はすでに(1)登記がなされていることを知らずに和解申立書を作成したものであること、原告は前記昭和六二年一月一九日の書類作成後、被告坂元から、裁判所から呼出が来るが、裁判官がいうことに対して実際とはちがうけれどもただ「はい。はい。」とのみ答えていればよい旨いわれており、裁判所での手続は本件融資の担保設定のためであつて貸し付け条件のひとつであると理解していたこと、本件和解当日、裁判所へ出頭し、被告坂元同席の下和解条項を裁判官より読み聞かされたが、和解条項のうち、本件土地建物の売買については、前記のとおり、その文言にもかかわらず、代物弁済予約の趣旨であり、代金二億四〇〇〇万円については、借受金の限度額を示すものと誤解し、被告坂元からあらかじめ言われていたとおり特段の異議も述べず「はい。」とのみ答え、本件和解を成立させたことが認められる。《証拠判断略》

(四) 右(一)ないし(三)の認定事実によれば、原告は、被告坂元よりの融資の経緯から本件土地建物の売買については、和解条項の文言にもかかわらず代物弁済予約であると誤解して本件和解を成立させたものであり、右誤解は契約の性質についての錯誤であるから、契約の要素に関するものとして、本件和解は無効というべきである。

三  抗弁2について

被告らは、本件和解の意思表示が錯誤によるとしても原告に重過失があると主張するが、前記認定の事実関係の下では、裁判所へ出頭し、裁判官から和解条項を読み聞かされたとしても原告に重過失があるとは認められない。

したがつて、本件和解は、その余の主張について判断するまでもなく無効である。

四  請求原因2について

請求原因2の各事実は当事者間に争いがない。

五  抗弁3について

抗弁3(一)の売買契約(以下「本件売買契約」という。)に添う乙第一六、第一七号証は、前記のとおり原告の署名を利用して被告坂元が偽造したとの疑いが強く、成立を認めることができず、乙第二二号証も同様である。また、乙第二一号証は、原告本人尋問の結果により、原告が被告坂元の指示のまま、将来の貸借の清算の趣旨で作成したものと認められ、本件売買契約を認めるには足りない。同じく本件売買契約が締結されたとする被告坂元本人尋問の結果は、前記のとおりその内容に不自然な点が多いこと、前記認定のとおり被告坂元が主張するような一億八〇〇〇万円余にものぼる貸付の事実は認められないことなどに照らし、にわかに信用することはできない。他に本件売買契約の存在を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、その余の点を判断するまでもなく抗弁3は理由がない。

六  抗弁6について

《証拠略》によれば、原告が被告坂元に対し、(2)登記の前提となる(1)登記手続に必要な本件土地建物の登記済権利証、原告の印鑑証明を交付し、被告坂元が指示する十数枚の書面に署名捺印したことが認められ、《証拠略》によれば、被告住銀保証、同住友銀行は(2)登記により被告張を本件土地建物の所有者だと信じて抗弁3(五)、(七)の抵当権設定契約、根抵当権設定契約を締結し、(3)、(4)登記を了したことが認められるけれども、前記認定のとおり原告と被告坂元の本件売買契約の存在は認めることができないのであるから、(1)登記が本件売買契約に基づいてなされたものということはできず、結局(2)登記は原告の意思に基づいてなされたものとはいえないので、本件の場合に民法九四条二項を類推適用して第三者の保護を考慮することはできない。しかし(2)登記は、原告が代物弁済予約ないし抵当権設定の趣旨で被告坂元に交付した前記書類を被告坂元が利用したことによりなされた登記であるので、被告住銀保証、同住友銀行が(2)登記の存在により無過失で被告張を本件土地建物の所有者であると信頼したのであれば、民法九四条二項及び一一〇条の趣旨により第三者である被告住銀保証、同住友銀行の保護も検討すべきところ、前掲各証拠によれば被告住銀保証、同住友銀行は、(2)登記の存在のみをもつて被告張が本件土地建物の所有者であると軽信し、なんら被告張の本件土地建物購入の経緯について調査をしなかつたのであるから、登記に公信力のないわが法制のもとで金融を業とする銀行等が要求される注意義務を尽くしていたとは認められず、他に被告住銀保証、同住友銀行の無過失を認めるに足りる証拠はない。

七  以上によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田泰機 裁判官 古田 浩 裁判官 河本晶子)

《当事者》

原告 神田弘幸

右訴訟代理人弁護士 遠藤直哉 同 牧野 茂 同 竹岡八重子

被告 坂本秀之

右訴訟代理人弁護士 石井文雄 同 阿部能章

被告 張 富夫

右訴訟代理人弁護士 才口千晴 同 北沢純一

被告 住銀保証株式会社

右代表者代表取締役 池松孝雄

右訴訟代理人弁護士 高津季雄 同 安藤武久

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 花岡信平

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦 同 廣田寿徳 同 竹内 洋 同 馬瀬隆之

右訴訟復代理人弁護士 村崎 修

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