東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3799号 判決 1992年5月29日
主文
一、被告株式会社カリマインターナショナルは、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産について東京法務局目黒主張所昭和六二年三月二八日受付第八三九三号所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。
二、被告神田信用金庫は、原告に対し、原告から金一五六八万三七二〇円の支払いを受けるのと引換えに、原告が前項の登記手続をすることを承諾せよ。
三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
1. 主文一項同旨
2. 被告神田信用金庫は、原告に対し、原告が右登記手続をすることを承諾せよ。
3. 訴訟費用は、被告らの負担とする。
二、被告神田信用金庫
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1. 原告は、昭和六二年三月二六日、被告株式会社カリマインターナショナル(以下「被告カリマ」という。)に対し、八三〇〇万円を、弁済期昭和六四年三月二五日、利息日歩三・二八銭(実質年率一一・九七パーセント)、遅延損害金日歩一五銭、利息の支払いを一度でも怠った場合は、期限の利益を失うとの約束で貸与し、同時に、この貸金債権を担保するため、同被告との間で、同被告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)を結び、東京法務局目黒主張所昭和六二年三月二八日受付第八三九三号同月二六日譲渡担保を原因とする本件仮登記を経由した。
2. 被告カリマは、昭和六二年九月一〇日以降支払うべき利息の支払いを怠り、同日期限の利息を失った。
3. そこで、原告は、被告カリマに対し、昭和六二年一〇月三〇日到達の書面で、本件不動産の評価額は、前記貸付金及び遅延損害金の額を超えないから、同被告に支払うべき清算金はなく、本件不動産は、確定的に原告の所有するところとなった旨の通知をした。
4. 被告神田信用金庫は、本件不動産について、別紙仮登記目録記載の根抵当権設定仮登記を経由している。
5. そこで、原告は、被告カリマに対し、前記所有権仮登記の本件登記手続を、被告神田信用金庫に対し、右登記手続をすることの承諾をそれぞれ求める。
二、請求の原因に対する被告神田信用金庫の認否
1. 請求原因1のうち原告主張の登記のある事実は認め、その余は、不知。
2. 同2、3は、不知。
3. 同4は認める。
4. 同5は争う。
三、被告神田信用金庫の抗弁
1. 原告は、被告カリマとの間で、本件不動産について、昭和六二年三月二七日付で極度額を一億二〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を結んでおり、そうすると、本件不動産は、本件譲渡担保契約時に一億二〇〇〇万円以上の価値を有したことが明らかである。
これらの点からみると、八三〇〇万円の貸金について本件不動産を担保に供する旨の本件譲渡担保契約は、被告カリマの急迫な困窮状態に乗じて結ばれたもので、公序良俗に反し、無効である。
2. 原告が本件不動産の所有権を確定的に取得したという昭和六二年一〇月三〇日当時、本件不動産の価格は一億一二〇〇万円であったから、原告は、被告カリマに対し、二九〇〇万円の清算金の支払い義務を負っていた。
ところで、被告神田信用金庫は、被告カリマとの間で、昭和六二年六月一五日付で極度額を二〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を結んだが、被告カリマ振出しにかかる約束手形八通額面合計一五六八万三七二〇円について、同被告に対し、同額の手形金請求権ないし利得償還請求権を有している。しかし、被告カリマは、無資力で支払い不能の状態にある。
そこで、被告神田信用金庫は、被告カリマに代位して、被告カリマが原告に対して有する右清算金支払請求権のうち一五六八万三七二〇円の支払いを要求する。したがって、原告が右金員を支払わない限り、原告の被告神田信用金庫に対する請求は棄却されるべきである。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1のうち、原告が被告神田信用金庫主張の根抵当権を有していることは認めるが、その余の事実は否認する。
2. 同2の事実は、否認ないし争う。
被告神田信用金庫は、その主張の根抵当権設定契約を結ぶことにより、有限会社創現社(被告神田信用金庫主張の手形の裏書人)を債務者、被告カリマを物上保証人とする弁済契約を結んだものであるから、手形債権は更改されており、被告神田信用金庫主張の請求権は、発生しえない。
なお、原告が昭和六二年一〇月三〇日当時、被告カリマに対して有していた債権は、本件貸付金元本八三〇〇万円と同年九月一〇日から同年一〇月三〇日までの五一日間、年三〇パーセントの割合による遅延損害金三四七万九一七八円の合計八六四七万九一七八円であった。しかし、本件不動産は、元小刀禰泰寿(以下「小刀禰」という。)が所有していたところ、被告カリマに売買した後も、小刀禰が本件不動産を占有していたため、原告は、同人との間で、前記貸金のうち八〇〇〇万円については、被告カリマの連帯保証人となる旨の契約を結ぶなどしたが、小刀禰は、昭和六三年一一月三〇日まで本件不動産を明け渡さなかった。したがって、被告カリマは、原告に対し、同日まで本件不動産を明け渡さなかったものであるから、同被告は、原告に対し、貸金元本と昭和六二年九月一〇日から同六三年一一月三〇日までの間の年三〇パーセントの割合による遅延損害金三〇四二万五七五三円の合計一億一三四二万五七五三円を支払う義務があり、被告神田信用金庫主張の清算金は存在しない。
第三、証拠関係<略>
理由
一、被告カリマは、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。
二、請求の原因1の原告主張の登記のある事実、同4の事実は、原告と被告神田信用金庫の間では争いがなく、原告と被告カリマとの間では成立に争いのない甲第四号証によりこれを認める。
被告神田信用金庫との間では成立に争いのない甲第三号の一、二(被告カリマとの間では、弁論の全趣旨により、その成立を認める。)、証人小尾敏仁の証言により成立の認められる甲第一、第二号証、証人小尾敏仁の証言によれば、その余の請求原因事実が認められる。
三、そこで、被告神田信用金庫の抗弁について、判断する。
1. 抗弁1については、原告が被告神田信用金庫主張の根抵当権を有することは、当事者間に争いがない。
しかし、この事実から、本件譲渡担保契約が被告カリマの急迫な困窮状態に乗じてされたものとはいえず、その他、被告神田信用金庫主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、抗弁1は、理由がなく、採用することができない。
2. 抗弁2について検討する。
成立に争いのない乙第二ないし第九号証の各一の付箋部分、第一〇号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二ないし第九号証の各一、二(前記付箋部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、被告カリマは、有限会社創現社に対し額面合計一五六八万三七二〇円の約束手形八通を振り出したこと、被告神田信用金庫は有限会社創現社からこれを受取り、割り引いてその裏書人となったこと、これらの手形はいずれも支払期日に資金不足を理由に支払いを拒否され不渡りとなったこと、被告カリマは無資力であることが認められる。
また、鑑定の結果によれば、本件不動産の昭和六二年一〇月三〇日当時の価格は、一億〇六四〇万円であることが認められ、右認定に反する甲第七号証、乙第一号証は、たやすく採用することができない。
そして、右当日現在、原告が被告カリマに対して有していた債権が元本八三〇〇万円と昭和六二年九月一〇日から右当日までの遅延損害金の合計八六四七万九一七八円であることは、原告の自認するところであり、また、前記認定のとおり、原告は、右当日、被告カリマに対し、本件不動産の評価が右合計金額を超えないとして、本件譲渡担保契約に基づき本件不動産の所有権を確定的に取得した旨を通知していることが明らかである。
以上によれば、本件譲渡担保契約は、帰属清算型のものと解すべきところ、原告は、昭和六二年一〇月三〇日、本件不動産の適正評価額が債務額を上回らない旨の通知をすることにより、確定的にその所有権を取得したものというべきところ、原告の被告カリマに対する債権額の合計は八六四七万九一七八円、本件不動産の右当時の適正評価額は一億〇六四〇万円であるから、原告は、被告カリマに対し、一九九二万〇八二二円の清算金を支払う義務がある。そうすると、被告神田信用金庫は、被告カリマに対し、一五六八万三七二〇円の手形金債権ないし利得償還請求権を有するから、被告カリマに代位して、原告に対し、同額の清算金支払請求権を有するということができる。
したがって、被告神田信用金庫は、原告から、右金員の支払いを受けるまで、原告の被告カリマに対する根抵当権設定仮登記の本登記手続を承諾することを拒むことができるというべきである。
なお、原告は、被告神田信用金庫の右債権が消滅した旨主張するが、その主張自体、趣旨が明らかでないばかりか、右債権が消滅したことを認めるに足りる証拠もない(乙第二号証の根抵当権設定契約により、右債権が消滅したとはいえない。)から、右の主張は理由がない。
また、原告は、被告カリマの支払うべき債務は、小刀禰が本件建物を明け渡すまでの遅延損害金を含む一億一三四二万五七五三円であるとも主張するが、弁論の全趣旨によれば、原告は、当初、清算に当たり被告カリマが支払うべき債務は八六四七万九一七八円であると主張しながら、本件鑑定がされた後になって、小刀禰が本件不動産を明け渡さなかったことを理由に、被告カリマには、清算されるべき債務として、なお遅延損害金四〇四二万五七五三円の支払い義務がある旨主張をするに至ったことが明らかである。しかし、譲渡担保契約に基づき、自己において一旦、ある時期に債権額が不動産の価格を上回るとして確定的に不動産の所有権を取得した旨の通知をした場合、原則としてこの時期に(客観的な)清算金の額は確定されるというべきである(なお、原告において、その後も被告カリマに対し、遅延損害金を請求していたことを窺わせる証拠もない。)。したがって、これと反する原告の右主張は理由がなく、採用することができない。しかも、本件のような経過において、当初、前記のような主張をしながら、後になって、これに反するような主張をすることは、信義則上も許されないというべきである。よって、いずれにせよ、原告の右主張も理由がない。
そうすると、抗弁2は、理由がある。
四、よって、原告の被告カリマに対する本訴請求は、理由があるから、これを認容し、被告神田信用金庫に対する本訴請求は、被告神田信用金庫に対し、一五六八万三七二〇円の支払いと引換えに、被告カリマに対する本登記手続を承諾すべきことを認める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
物件目録
一棟の建物の表示
所在 目黒区下目黒壱丁目壱〇五番地壱
建物の番号 ドエルアルス目黒
構造 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造陸屋根壱壱階建
床面積 壱階 五四参・〇九平方米
弐階 六六五・壱参平方米
参階 七参六・四参平方米
四階 七七六・弐八平方米
五階 七七六・弐八平方米
六階 七七弐・五七平方米
七階 七七弐・五七平方米
八階 七七弐・五七平方米
九階 参〇弐・七〇平方米
壱〇階参〇弐・七〇平方米
壱壱階参〇弐・七〇平方米
敷地権の目的たる土地の表示
土地の符号 1
所在及び地番 目黒区下目黒壱丁目壱〇五番壱
地目 宅地
地積 壱七弐弐・四参平方米
専有部分の建物の表示
家屋番号 下目黒壱丁目壱〇五番地壱の七弐
建物の番号 七〇八
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリート造壱階建
床面積 七階部分 六〇・弐弐平方米
敷地権の表示
土地の符号 1
敷地権の種類 所有権
敷地権の割合 壱〇万分の壱弐参五
原因及びその日付 昭和六壱年壱弐月壱弐日敷地権
仮登記目録
一、根抵当権設定仮登記
昭和六弐年六月壱六日受付第壱七五参四号
原因 昭和六弐年六月壱五日設定
極度額 金弐千万円
債権の範囲 信用金庫取引・手形債権・小切手債権
債務者 新宿区早稲田町壱弐番地参有限会社創現社
権利者 千代田区外神田四丁目壱四番壱号
神田信用金庫