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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4232号 判決 1988年10月14日

原告

細川一典

右訴訟代理人弁護士

山崎郁雄

被告

森沢謙二郎

右訴訟代理人弁護士

小川利明

右同

森本紘章

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万三一〇〇円及びこれに対する昭和六三年二月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三は原告の、その余は被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四一万三一〇〇円及びこれに対する昭和六三年二月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告及び細川裕子(以下単に「裕子」という。)の先代細川一夫(以下単に「一夫」という。)は、東京都中野区上高田四丁目三三番二・宅地129.09平方メートル(以下「甲地」という。)を所有していたが、被告は、昭和五三年、一夫に対し、被告所有の土地と接する巾一六センチメートルの甲地部分2.11平方メートル(後記乙地に該当する部分)につき、これを時効取得したとして、東京地方裁判所に所有権移転登記等請求事件を提起した。

2  一夫は、右事件係属中の昭和五七年八月一三日に死亡し、原告と裕子が同人を相続し、その権利義務を承継したところ、被告は、右土地部分につき、同年一〇月五日東京地方裁判所より処分禁止の仮処分命令を得て(以下「本件仮処分」という。)、その執行のため、同月八日、甲地を三三番九・宅地2.11平方メートル(以下「乙地」という。)と同番二・宅地126.97平方メートル(以下「丙地」という。)に分筆登記をしたうえ、乙地につき、まず一夫を代位して同人名義の所有権移転登記をし(東京地方法務局中野出張所同日受付第二二五五三号)、次いで原告及び裕子に代位して相続を原因とする所有権移転登記をし(同日受付第二二五五四号)、そして、右仮処分の登記を経由した(同日受付第二二五五五号)。

3  被告は、右訴訟の控訴審たる東京高等裁判所で敗訴し、上告も昭和六二年一一月一二日に棄却された。

4  その後、原告は、裕子との遺産分割の協議により、昭和六三年二月二〇日、甲地を原告が相続することになった。

5  かくして、原告は、被告の前記違法な本件仮処分の執行、裁判の提起によって次の費用を支出し同額の損害を被った。

一  乙地と丙地を合筆して一筆の甲地に回復するための合筆登記費用三万二一〇〇円

二  乙地を原告名義にするため、裕子の所有権持分二分の一を原告に移転する登記費用六万五七〇〇円及びそのために必要な裕子の婚姻及び住所変更に伴う所有名義人表示変更登記費用五三〇〇円

三  前記訴訟が東京高等裁判所に係属中、裁判所より現場の詳細な図面の必要性を指摘され、鑑定という正式な方法に代わるものとして、原被告は、共通の利益のため、不動産鑑定事務所に甲地、被告所有地及び乙地の正確な測量等を依頼したが、その際、費用は原被告折半する旨合意し、原告は、昭和五八年一一月二二日その費用三一万円を支払った。

6 そこで原告は、被告に対し、以上損害合計四一万三一〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年二月七日から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3は認める。

ただし、第一審では被告が勝訴したし、そもそも被告には故意・過失はなかった。

2  同4は知らない。

3  同5及び6は争う。

分筆されたことにより土地の価値になんら影響はないし、改めて合筆する合理的必要性もなく、更に、原告の単独名義にするのは、本件仮処分後の遺産分割の結果によるものであるから、合筆登記費用及び原告の単独名義に要する登記費用は、いずれも本件仮処分と相当因果関係のある損害とはいえない。

また、原告主張の測量等の費用は、裁判所が和解を試みた際、原被告が合意し、被告も一部負担して実施した費用であり、本件仮処分と相当因果関係のある損害ではない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告が乙地につき本件仮処分命令を得たのは、その本案である時効取得を原因とする所有権移転登記請求の訴えを提起した後であり、しかも、<証拠>によれば、その被告勝訴の第一審判決の言渡が昭和五七年一一月一二日になされていることが認められることに鑑みると、その口頭弁論終結後か又はそのころであったものと推認される。したがって、被告は、自己に右実体法上の権利があるものとある程度の確信をもって、本件仮処分命令を得、これを執行したものと一応いうことができる。しかし、結局は控訴審で右権利の存在が認められず、上告も棄却されているのであるから、なお、実体法上の権利の存否につき十分な調査を怠った過失があるものとの推定は覆すことはできず、そもそも、一応の疏明のもとに、実体法上の権利の存否の確定を本案訴訟に譲り、自己の責任で権利の保全を図るという保全訴訟制度の趣旨に照らしても、右のように解すべきものと思われるし、また、他に被告の過失の推定を覆すに足る証拠もない。

そうだとすると、被告のなした本件仮処分命令の取得及びその執行は違法であるといわざるをえない。

二そこで、原告主張の損害の当否を検討する。

1  前記争いのない事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、

前記の本案訴訟確定後の昭和六三年二月二〇日、一夫の相続人である原告と裕子との間で遺産分割の協議が整い、原告が甲地を相続することになったこと、かくして、原告は、遅くとも同年三月二五日ころまでに、乙地を丙地に合筆し、もとの一筆の甲地に戻したが、それにさきだち、裕子が結婚して昭和五八年一〇月一三日大庭と姓を改め、かつ翌一四日住所も他に移していたため、まず、昭和六三年二月二三日に裕子の氏名、住所の変更登記をし、次いで、遺産分割を原因として、同年三月二日に裕子の持分登記を原告に移転する登記を経由したこと、そして、右の各登記手続はいずれも司法書士に依頼してなしたところ、合筆登記には三万二一〇〇万円、変更登記には五一〇〇円及び移転登記には六万五七〇〇円をそれぞれ費用として支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、一筆の土地の所有者は、自らの意思でこれを分筆して数個の土地に分割することは原則として自由であり、そうする権利も有するが、特別の事情のない限り、これを他者から強要されるいわれは全くない。違法仮処分の結果、もと一筆の土地が分割されたとき、それは、所有者に対する権利の侵害といえる。したがって、所有者が、それを放置しておくことも自由だが、違法な権利の侵害である分筆の状態をもとの状態に回復したいと欲するならば、仮処分を行った者はそれを回復する義務があるというべきである。そうでなければ、違法な仮処分の結果がそのまま残ることになって、不合理である。

それ故、原告が合筆に要した前記費用は、まさに本件仮処分と直接因果関係のある損害といえる。

被告は、分筆によって土地の価値には影響はなく、改めて、合筆する合理的必要性もないと主張するが、確かに分筆で土地そのものの価値に与える影響はないかも知れないが、その他の分筆による事実上の不利益は存在するし(例えば、固定資産税の賦課・納付手続の不便とか、処分時の登記手続の手数等)、本件のように丙地と被告所有地との間に僅かな面積の乙地(巾一六センチメートル)を一個の土地として存続させておく必要性もかえってないように思われる。

そして、仮処分後、本件のように、相続人の一人が結婚して姓を改めたり、住所を移転したり、また遺産分割の結果、目的物が一人の相続人に帰属するということは、社会通念上、しばしば生起する通常の事態であるところ、違法仮処分の結果除去のために合筆登記をするとき、その登記手続上の前提として法的に義務付けられている裕子の氏名、住所の変更登記及び原告への持分移転登記にそれぞれ要する費用も、被告において予見可能な損害と解して妨げないといえよう。

したがって、被告は、原告に対し、原告が支出した以上の登記費用の合計一〇万三一〇〇円を賠償する義務があるというべきである。

2  次に<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、前記の本案訴訟が控訴審たる東京高等裁判所に係属中の和解手続において、裁判所の勧めにより、原告と被告とが費用折半で甲地、被告所有地等の実測をすることにし、これを大澤不動産鑑定株式会社に依頼し、その実測の後、原告は昭和五八年一一月二二日に三一万円を、被告は同年一二月一日と一五日の二回にわけて計三一万円をそれぞれ右会社に支払ったことが認められる。

原告は、右費用も本件仮処分によって原告が被った損害であると主張するが、これは疑問に思う。原告にとってみれば、前記訴訟や本件仮処分が提起されていなければおよそ支出不要な費用という意味であろう。しかし、双方が紛争中の権利関係の確定の資料にする目的で、合意のうえで実施した測量の費用であろうから、当該紛争が現に原被告間に存在していた以上(原告は、控訴審で、甲地と被告所有地との境界確定の訴えを付帯控訴している。)、本件仮処分と相当因果関係のある損害とは到底いえない。

なお、前記本案訴訟の提起が不法行為に該当することを認めるに足る証拠はない。

三以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、一〇万三一〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年二月七日から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、右の限度を超える請求部分は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官大澤巖)

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