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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)6103号 判決 1988年10月18日

原告

鎌田一男

ほか一名

被告

岡賢一

主文

一  被告は原告らに対し、それぞれ六二三万三三九四円及びこれに対する昭和六一年一〇月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、二三〇〇万五九七四円及びこれに対する昭和六一年一〇月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年一〇月二日午前一時三分ころ

(二) 場所 埼玉県川口市並木町一丁目一四番一号先横断歩道

(以下「本件横断歩道」という。)上

(三) 加害車 普通貨物自動車(練馬四五や二〇一九)

運転者 被告

(四) 被害者 亡鎌田きゑ(以下「きゑ」という。)

(五) 事故態様 本件横断歩道を青信号に従つて横断中のきゑに右折進行してきた加害車が衝突したもの(以下「本件事故」という。)。このため、きゑは昭和六一年一〇月三日死亡した。

2  責任原因

被告は、加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であり、また、自動車を運転して横断歩道を通過するに際しては横断歩行者の有無及びその動静に注意して横断歩行者との衝突事故を防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件横断歩道上の横断歩行者の有無及びその動静に注意しないで漫然と加害車を運転して本件横断歩道を通過した過失により本件事故を惹起させたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条の各規定に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) きゑの損害

(1) 休業損害 一万三二〇〇円

きゑは、本件事故のため、訴外博愛会記念病院に二日間入院し、その間休業を余儀なくされ、右相当の損害を被つた。きゑは、本件事故当時満六三歳の健康な女子であり、家事労働に従事していたものであるから、一日当たりの休業損害を六六〇〇円として計算すると、休業損害の合計は一万三二〇〇円となる。

(2) 入院雑費 二〇〇〇円

きゑの前記入院中の雑費は一日当たり一〇〇〇円とするのが相当である。

(3) 入院付添費 八〇〇〇円

きゑは前示の入院中付添看護を要する状態であつたので、原告らが付添看護をした。近親者の入院付添費は一日当たり四〇〇〇円とするのが相当である。

(4) 入院慰藉料 三万円

きゑの前示入院中の苦痛に対する慰藉料は一日当たり一万五〇〇〇円とするのが相当である。

(5) 逸失利益 一六四二万二七七四円

きゑは、本件事故当時満六三歳の健康な女子であり、家事労働に従事していたほか、国民年金の通算老齢年金二一万六七〇〇円及び厚生年金の通算老齢年金八万八七〇〇円を受給していたものであるから、本件事故に遭遇しなければ、<1>満六三歳から満七三歳までの一〇年間(昭和六一年簡易生命表による平均余命二〇・九九年の約二分の一)稼働して年額平均二四一万〇八〇〇円(昭和六一年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・六一歳から六四歳までの女子労働者の平均賃金によるもの、以下これを「六一歳から六四歳までの平均賃金」といい、他の年齢についての平均賃金についても同様とする。)の収入と、<2>満六三歳から前記平均余命の満八四歳までの二一年間前記各通算老齢年金とを得られたはずのところ、本件事故により右得べかりし収入をすべて失い、右相当の損害を被つた。そこで、三割の生活費の控除及び新ホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息の控除を行つて、同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、一六四二万二七七四円となる。

(6) 相続

原告らは、きゑの子であり、右(1)ないし(5)の同女の損害賠償請求権を法定相続分に従い各二分の一の割合で相続により取得した。

(二) 葬儀費用

原告らは、きゑの葬儀費用として合計一〇〇万円を超える支払をしたが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害は合計八〇万円(原告ら各自につき四〇万円)である。

(三) 慰藉料 一七〇〇万円

原告らは本件事故によりきゑを失い多大の精神的苦痛を受けたところ、これに対する慰藉料は合計一七〇〇万円(原告ら各自につき八五〇万円)を下るものではない。

(四) 損害の填補 一二七七万円

原告らは、自動車損害賠償責任保険から合計一二七七万円の支払を受けたので、これを法定相続分に応じて原告らの前記損害に填補した。

(五) 弁護士費用 一五〇万円

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、相当額の報酬等弁護士費用の支払を約束したが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害として被告が賠償すべき額は合計一五〇万円(原告ら各自につき七五万円)である。

4  よつて、原告らは被告に対し、本件事故による損害賠償として合計二三〇〇万五九七四円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和六一年一〇月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)事実は認める。

3  同3(損害)の事実のうち、きゑが本件事故当時満六三歳であつたこと並びに(一)(6)の相続及び(四)の損害の填補の各事実を認め、その余は不知ないし争う。なお、(一)(5)の逸失利益のうち各通算老齢年金については、その受給資格が一身専属性を有するから相続の対象にはならないと解すべきであり、逸失利益には含まれない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実及び同2(責任原因)については全て当事者間に争いがない。

二  そこで、損害について判断する。

1  休業損害、入院雑費、入院付添費及び入院慰藉料

原本の存在・成立に争いのない甲第二号証によれば、きゑは、本件事故により傷害を受けたため昭和六一年一〇月二日に訴外博愛会記念病院に入院し、翌三日死亡したことが認められるから、右期間について休業損害、入院雑費、入院付添費及び入院慰藉料の各損害が発生したと解する余地がある。しかしながら、本件事故からきゑの死亡までが二日間と極めて短期間であること、その間に生じた損害として原告らが主張している金額も合計五万三二〇〇円と死亡による損害と対比するとわずかであること、後記認定のとおり、逸失利益の算出が一年未満の期間についても一年に繰上げて年単位で計算するという被害者に有利な計算方法を採つていること等からすると、前記各損害は、死亡による慰藉料の算定の際に斟酌すれば足り、別個に算定する必要はないと解すべきである。

2  逸失利益 八四三万六七八九円

(一)  きゑが本件事故当時六三歳であつたことは当事者間に争いがなく、原告鎌田一男本人尋問の結果によれば、きゑは、本件事故当時健康な女子であり、原告鎌田一男と同居し、同原告の二人の子供が幼少であつたため、家事の手伝いをしていたことが認められるから、昭和六一年簡易生命表による平均余命二〇・九九年の約二分の一である一〇年間稼働することが可能であると認めるのが相当であり、その間の所得は、満六三歳から満六五歳に達するまでは六一歳から六四歳の平均賃金年額二四一万〇八〇〇円を、満六五歳から満六七歳に達するまでは六五歳以上の平均賃金年額二二八万五〇〇〇円を、満六七歳から満七三歳に達するまでは六五歳以上の平均賃金の六割を各基礎とし、生活費についてはきゑが後記認定の年金の支給を受けていたことを考慮して右各基礎額から四割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定するのが相当であり、したがつて、同女の死亡時における逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、八四三万六七八九円と認められる(一円未満切捨)。

二四一万〇八〇〇円×(一-〇・四)×一・八五九四+二二八万五〇〇〇円×(一-〇・四)×(三・五四五九-一・八五九四)+二二八万五〇〇〇円×〇・六×(一-〇・四)×(七・七二一七-三・五四五九)=八四三万六七八九円

(二)  成立に争いのない甲第一一号証及び同第一二号証によれば、きゑは、本件事故前の昭和六〇年度において、社会保険庁から国民年金法(但し昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの、以下「旧国民年金法」という。)二九条の二以下の規定に基づく通算老齢年金として二一万六七〇〇円及び厚生年金法(但し昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの、以下「旧厚生年金保険法」という。)四六条の二以下の規定に基づく通算老齢年金として八万八七〇〇円の各給付を受けていたことが認められる。そして、昭和六〇年法律第三四号国民年金法等の一部改正法三一条によれば、大正一五年四月一日以前に生まれた者は、旧国民年金法及び旧厚生年金保険法上の各通算老齢年金の支給を受けることができるとされているところ、きゑは大正一五年四月一日以前に生まれた者であることは前示認定のとおりであるから、きゑは、前示の死亡当時右の旧国民年金法及び旧厚生年金保険法に基づく各通算老齢年金の支給を受ける権利を有していたというべきである。

ところで、旧国民年金法及び旧厚生年金保険法における各老齢年金は、被保険者が年をとつて所得活動をすることができなくなつた場合にその生活の安定がそこなわれることを防止する目的を持つ年金給付であり(旧国民年金法一条、旧厚生年金保険法一条)、被保険者による拠出制を採つてはいるが(旧国民年金法八八条、旧厚生年金保険法一三九条)、所得がない場合等の免除措置(旧国民年金法八九条、九〇条)、事業主の掛金負担制度(旧厚生年金保険法一三九条)及び国庫の費用負担制度(旧国民年金法八五条、旧厚生年金保険法一三七条)があるほか、被保険者の要扶養者の数に応じて支給額が増加する加給年金制度(同法四四条)があることに鑑みれば、社会保障的見地から被保険者の生活保障を目的とする制度であるというべきである。また、通算老齢年金は、一の老齢年金制度のみでは当該老齢年金の加入期間に満たないが、他の一定の老齢年金の加入期間と通算すれば所定の年数に達する場合に、各年金制度からその加入期間に応じて支給するものであつて、老齢年金制度の適用範囲を拡大したものであるが、老齢年金と同様被保険者の生活保障を目的とするものであつて、そのすべてが被保険者の生活費にあてられることを予定しているものというべきである。右通算老齢年金制度の趣旨に鑑みれば、その受給権は民法八九六条但書により相続の対象とならないと解すべきであり、このことは、通算老齢年金の受給権を特別に保護している(旧国民年金法二四条、二五条、旧厚生年金保険法四一条)反面、被保険者の死亡の場合には無条件で失権する(旧国民年金法二九条の六、旧厚生年金保険法四六条の六)としている法の規定からも明らかであるというべきである。したがつて、きゑが有していた前示の各通算老齢年金の受給権が逸失利益として相続の対象となる旨の原告らの主張は採用することができない。

3  相続

きゑの死亡により同人の権利義務を原告らが二分の一ずつ相続したことは当事者間に争いがないから、原告らはきゑの右2の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続により取得したものというべきである。

4  葬儀費用 八〇万円

原告鎌田一男本人尋問の結果によれば、原告らは、葬儀費用として一〇〇万円を超える支払をしたものと認められるところ、本件事故と相当因果関係のある損害としては、合計八〇万円(原告らは各自につき四〇万円)をもつて相当と認める。

5  慰藉料 一五〇〇万円

原告らときゑとの身分関係、同女の年齢その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、同女が死亡したことにより原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、合計一五〇〇万円(原告ら各自につき七五〇万円)をもつて相当と認める。

6  損害の填補 一二七七万円

原告らが自動車損害賠償責任保険から合計一二七七万円(原告ら各自につき六三八万五〇〇〇円)の支払を受けた事実は当事者間に争いがないから、右支払額の限度で原告らの損害は填補されたものというべきである。

7  弁護士費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件事故に基づく損害賠償請求権につき被告から任意の弁済を受けられなかつたため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払を約束したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、合計一〇〇万円(原告ら各自につき五〇万円)と認めるのが相当である。

三  以上のとおりであるから、原告らの本訴各請求は、原告らが被告に対し、それぞれ六二三万三三九四円及びこれに対する本件事故によるきゑの死亡の日である昭和六二年一〇月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを正当として認容するが、その余はいずれも理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 竹野下喜彦)

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