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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8295号 判決 1989年8月22日

原告 布施美知

原告 八木義夫

原告 八木保

原告 八木康次

右四名訴訟代理人弁護士 石井成一

同 小沢優一

同 森脇純夫

同 岡田理樹

被告 和孝商事株式会社

右代表者代表取締役 八木清

右訴訟代理人弁護士 中村悳

同 小林明隆

同 金丸和弘

同 中村直人

同 久保利英明

主文

一、被告の昭和六三年三月二四日の第三〇期定時株主総会においてされた次の決議をいずれも取り消す。

1. 被告の第三〇期事業年度(昭和六二年二月一日から昭和六三年一月三一日まで)の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損益処分案を原案どおり承認する旨の決議。

2. 被告の第二九期定時株主総会においてされた第二九期事業年度の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損益処分案を承認する旨の決議並びに取締役及び監査役の選任決議をそれぞれ確認(追認)する旨の決議。

二、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告の昭和六三年三月二四日の第三〇期定時株主総会においてされた次の決議をいずれも取り消す。

(一)  被告の第三〇期事業年度(昭和六二年二月一日から昭和六三年一月三一日まで)の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損益処分案を原案どおり承認する旨の決議。

(二)  定款第一二条を「定時株主総会は毎決算期の翌日から三ヶ月以内に、臨時株主総会は随時その必要がある場合に社長が取締役会の議決を経てこれを招集する。社長に事故ある時は、他の取締役がこれを招集する。」と、定款第二五条を「利益配当金は、毎事業年度末現在の株主に、定時株主総会における利益処分に関する決議後七日以内に交付する。」とそれぞれ改める旨の決議。

(三)  第二九期定時株主総会においてされた第二九期事業年度の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損益処分案を承認する旨の決議並びに取締役及び監査役の選任決議をそれぞれ確認(追認)する旨の決議。

(四)  会計監査人として、センチュリー監査法人を選任する旨の決議。

(五)  監査役を一名増員して、鈴木美枝子を監査役に選任し、監査役の報酬の限度額を一〇〇〇万円とする旨の決議。

2. 訴訟費用は、被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、不動産賃貸及び不動産売買並びに仲介を主たる目的として昭和三四年六月一五日に設立された資本の額三億円、発行済株式の総数六〇万株、額面株式一株の金額五〇〇円の株式会社であり、原告らはいずれも被告の株主である。

2. 被告は、昭和六三年三月二四日被告の本店において定時株主総会を開催し、次のとおり各決議を成立させた。

(一)  被告の第三〇期事業年度(昭和六二年二月一日から昭和六三年一月三一日まで)の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損益処分案(以下、この四通の書類をまとめて、「計算書類」という。)を原案どおり承認する旨の決議。

(二)  定款第一二条を「定時株主総会は毎決算期の翌日から三ヶ月以内に、臨時株主総会は随時その必要がある場合に社長が取締役会の議決を経てこれを招集する。社長に事故ある時は、他の取締役がこれを招集する。」と、定款第二五条を「利益配当金は、毎事業年度末現在の株主に、定時株主総会における利益処分に関する決議後七日以内に交付する。」とそれぞれ改める旨の決議。

(三)  第二九期定時株主総会においてされた第二九期事業年度の計算書類を承認する旨の決議並びに取締役及び監査役の選任決議をそれぞれ確認(追認)する旨の決議。

(四)  会計監査人として、センチュリー監査法人を選任する旨の決議。

(五)  監査役を一名増員して、鈴木美枝子を監査役に選任し、監査役の報酬の限度額を一〇〇〇万円とする旨の決議。

3. しかしながら、右各決議には、次のとおり瑕疵がある。

(一)  計算書類について適法な監査を受けていない。

(1) 第三〇期の計算書類の承認決議(前記2(一))について

① 被告の第二九期末の貸借対照表によれば、被告の負債は二四四億六九八三万九一一六円であった。したがって、第二九期に関する株主総会が開催された昭和六二年三月二七日から株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「監査特例法」という。)における大会社に関する規定の適用を受けることとなった。しかるに、被告は、右監査特例法二条の規定に違反して、第三〇期の計算書類について会計監査人の監査を受けていない。

② また、被告は、定時株主総会の八週間前までに計算書類を会計監査人に提出していない。これは、監査特例法一二条に違反している。

③ これらの監査特例法違反は、第三〇期の計算書類の承認決議の取消事由となる。

(2) 第二九期の計算書類の承認決議(前記2(三))について

被告の第二九期の計算書類については、監査役の適法な監査を受けていない。すなわち、被告の監査役は、原告布施美知と八木早苗であったが、原告布施美知に対しては計算書類の提出自体がなく、また八木早苗も正式な監査を行っていない。

(二)  本件各決議に際しては、被告の取締役に次のとおり説明義務違反がある。

(1) 原告八木康次は、本件株主総会に先立ち、次の事項について説明要求書を提出した。ところが、被告側は右①⑥⑦については説明を拒み、右③④については営業報告書を再度朗読するのみで事実上説明を拒否した。右の説明拒絶は、商法二三七条の三に違反する。

① 被告と八木エンタープライズ株式会社(以下「八木エンタープライズ」という。)との間の契約ないし取引の内容

② 被告と八木エンタープライズとの間の株式の保有の状況

③ 第三〇期の財務諸表の経常損失発生の理由

④ 第三〇期の財務諸表上の急激な借入金の理由及びその正当性

⑤ 役員報酬額の内訳

⑥ 財務諸表上の仮払金の原因及びその内訳並びに支払先

⑦ 損益計算書に表れている支払手数料、支払管理料及び外注工賃の各支払日、各支払先及び各支払金額並びにその内容(一回の支払が五万円以上のものに限る。)

(2) また、本件株主総会の席上、議長は株主からの説明要求に対して、審議の後に一括して説明するとして、次に記載したとおり、事前の説明をすることなく各議案の議決を終えた。議案審議の後に一括して質問を受け説明するというのでは法の趣旨に反し、説明義務を尽くしていないというべきである。

① 請求の趣旨(一)記載の議案については、原告八木康次が計算書類について会計監査人の監査を受けていないことについて質問したが、議長は「被告側は説明を省略させていただきたい。後程説明するからともかく賛否をとりたい。」というばかりで、何ら回答をしなかった。

② 請求の趣旨(二)記載の定款変更の議案については、原告八木康次が質問したのに対して、被告側は「後に説明する。一応採決したい。」として質問の機会を与えないまま、採決を強行しようとした。原告八木康次の抗議により、議長は一旦質問を認めたが、結局原告八木康次の質問を途中で遮ったまま採決をしてしまった。

③ 請求の趣旨(三)記載の第二九期株主総会決議の確認決議の議案についても、原告八木康次が質問しようとしたのに対して質問をさせなかった。

④ 請求の趣旨(四)記載の会計監査人選任の議案については、原告八木康次の「質問が後で議案の審議が先か」という質問に対して「はい」と答えて直ちに採決を行い、質問をさせなかった。

⑤ 請求の趣旨(五)記載の監査役の報酬限度額決定等の議案については、議長は後にまとめて質問に答えるから採決前の質問は控えてほしい旨の要求をし、質問を控えさせた。

よって、本件各決議は、いずれも違法であり、取り消されるべきである。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実は認める。

3. 同3の柱書の部分は争う。

(一)  同3(一)の柱書の内、第三〇期の計算書類について適法な監査が行われていないことは認めるが、第二九期の計算書類については争う。

(1)① 同3(一)(1)①の事実は認める。

② 同3(一)(1)②の事実は認める。

③ 同3(一)(1)③は争う。

第三〇期の計算書類について会計監査人の監査を受けていないことは、計算書類の承認決議の取消事由とはならない。すなわち、右監査を受けていないことを理由に右承認決議を取り消しても、会計年度が終了した後に会計監査人の監査(例えば期中監査)を受けることはできない実情があるからである。

また、監査特例法一六条一項によれば、大会社の計算書類につき会計監査人が適法意見を述べ、監査役も右の意見を相当とするときは、株主総会において計算書類の承認決議をする必要がなくなる。したがって、会計監査人から違法意見が出た場合などに初めて株主総会の承認決議が必要となってくる。このこととの対比でみると、会計監査人の監査を受けていない場合には、株主総会による承認決議があれば、計算書類は確定するものと解すべきであり、会計監査人の監査を受けていないことはそのような場合の承認決議の取消事由とはならないものというべきである。

(2) 同3(一)(2)の事実の内、第二九期においては八木早苗と原告布施美知が監査役に就任していたこと、原告布施美知に対しては計算書類の提出がなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。第二九期の計算書類に対する監査意見書は八木早苗の名義で作成されているが、もう一名の監査役である原告布施美知の地位は名目的なものであり、同人は会社に出勤して監査事務に当たることをしなかったため、やむをえず八木早苗が監査意見書を作成したものであり、右の処置は適法である。

(二)  同3(二)の柱書の部分は争う。

(1) 同3(二)(1)の事実の内、原告八木康次が説明要求書を提出したことは認めるが、被告側が説明を拒否したことは否認する。右書面の各項目の説明はいずれも長時間に及ぶ見込みであったので、被告側は、全体的に簡略な説明をした上で出席株主の意見を徴したところ、圧倒的多数の株主がそれ以上の説明を必要なしとしたので、議事事項について決議をしたのである。そして、その後に被告側は少数株主保護の趣旨から、株主共同の利益を害しない限度において質問事項に対して説明を加えたのである。

(2) 同3(二)(2)の柱書の部分は争う。

① 同3(二)(2)①の事実は争う。

② 同3(二)(2)②の事実は否認する。定款変更の議案については十分に質疑が尽くされており、原告らもその趣旨に対しては賛成である旨発言している。

③ 同3(二)(2)③の事実は争う。

④ 同3(二)(2)④の事実は否認する。この議案の採決に当たり、会計監査人の選任の理由等について十分な質疑が行われているし、原告らも選任自体については賛成している。

⑤ 同3(二)(2)⑤の事実は否認する。この議案の採決に際しては、特段の質問がない。

三、抗弁(裁量棄却判決の請求)

原告布施美知は、第二九期株主総会の終了時まで被告の監査役であり、原告八木義夫は取締役であったから、それぞれ職責を尽くしていれば適法な会社運営が可能であった。また、原告らの本訴の目的は、八木清兵衛の遺産分割において有利な立場を得ようとするものであり、そのために被告の種々の攻撃又は圧力を加えているものであり、信義則に反する。原告らの主張する株主総会の決議の瑕疵はいずれも重大ではなく、かつ、決議に影響を及ぼさないから、本件請求は商法二五一条の規定によって棄却されるべきである。

四、抗弁に対する認否

全部争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1、2の各事実については、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各決議の取消原因について判断する。

1. まず、第三〇期の計算書類の監査の適法性について検討するに、請求原因3(一)の柱書の事実及び同3(一)(1)(2)の各事実については、当事者間に争いがない。

この点について、被告は、承認決議を取り消しても会計年度が終了した後には会計監査人の監査を受けることができないこと、株主総会で計算書類の承認決議がされたときは、会計監査人の意見のいかんを問わずに計算書類が確定するものと解すべきことを理由に、計算書類につき会計監査人の監査を経ていないことは承認決議の取消事由とはならない旨主張するが、そもそも会計年度が終了した後であっても関係帳簿等が存するかぎり会計監査人の監査は可能であると考えられ、また、監査特例法上の大会社が計算書類について会計監査人の監査を受けていないことは、会社計算上の重大な手続違背であることは明らかであって、右の違法は、同法一六条一項の規定の趣旨により会計監査人が違法意見を述べた場合でも株主総会の承認決議により確定することができることとの対比から株主総会の承認決議があれば治癒されるという性質のものではないと解すべきである。したがって、右の手続の違法は、株主総会の承認決議の決議の方法の違法(商法二四七条一項一号)としてこれを取り消し得べきものとすることにより是正するのが妥当であると考えられる。

以上によれば、被告の第三〇期の計算書類の承認決議については、その余の点(説明義務違反の点)について判断するまでもなく、取消事由があるということができる。

2. 次に、第二九期の計算書類の承認決議及び役員選任決議の確認決議(請求原因3(一)(2))について検討するに、原告らは、右決議について、適法な監査を受けていないこと及び説明義務違反があることを択一的に主張するものと解されるので、便宜説明義務違反について判断するに、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証に被告代表者尋問の結果を総合すると、右確認決議に関する議案は本件株主総会において第三号議案として上程されたが、その審議においては被告の経理部長から議案の説明があった後、議長は直ちに採決の手続に入ったこと、採決の最中(結果の発表の前)に原告八木康次が被告側に質問をしようとしたが、議長の八木清は原告八木康次に対して右質問をすべての議案の審議が終わった後である総会の後半に行ってほしい旨を告げて、そのまま採決の集計手続を進行させたことを認めることができる。右の事実によれば、議長である八木清は婉曲な表現ながら原告八木康次の質問を制止したものと認めることができ、右の行為は商法二三七条の三の規定に違反するものと評価するのが相当である。したがって、右第三号議案についての決議には、決議の方法に瑕疵あるものと認められる。

3. 以上のとおり、第三〇期及び第二九期の各計算書類等の承認決議は、その余の点について判断するまでもなく、取消事由が存するということができるが、被告は、裁量棄却の判決を求めるので判断するに、前記認定事実、弁論の全趣旨に株主間の対立状況を総合勘案すると、前記認定の各決議の瑕疵は、被告の会社の運営上、いずれも重大ではないということができないから、商法二五一条の規定によって決議の取消判決を求める請求を棄却するのは相当ではない。よって、被告の抗弁は理由がない。

三、次に、その余の決議(請求の趣旨(二)、(四)及び(五)記載の各決議)について、請求原因3(二)の取消事由が存するか否かを判断する。

1. まず、原告らは、請求原因3(二)(1)において、原告八木康次が事前に被告に提出した説明要求書につき被告側は本件総会において説明を拒否した旨主張するが、前顕甲第四号証の一、二、第五号証に弁論の全趣旨を総合すると、右書面において説明が要求された事項は、請求の趣旨(二)、(四)及び(五)記載の各決議に関する議案に直接関係するものと認めることができないから、仮に被告側において右書面の事項について説明を拒否した事実が認められるとしても、そのことは請求の趣旨(二)、(四)及び(五)記載の各決議の決議の方法に関する違法とはならないと解することができる。よって請求原因3(二)(1)は理由がない。

2. そこで、請求の趣旨(二)記載の定款の変更決議について説明義務違反の有無を検討するに、前顕甲第一、第三号証、第四号証の一、二、第五号証に被告代表者尋問の結果を総合すると、右決議に関する審議においては、被告の経理部長が行う提案理由の説明が終わった後、原告八木康次が右議案について質問をしようとしたところ、議長である八木清は一旦は採決を先行させようとして制止したが、結局は原告八木康次の前記質問を許可したこと、その質問は被告の提案理由の詳細な趣旨を問うものであり、被告側から一応の応答があったこと、右質問において原告八木康次は提案に賛成である旨述べていること、その後にも原告八木康次は議決権の数に関して質問する意向を示したが、議長により採決が行われたことをそれぞれ認めることができる。右の事実によれば、原告八木康次においてなお議決権を行使することができるか否か問題とされていた八木エンタープライズに関する質問を残していたと推認することができるが、右の質問が右議案に直接的な関連性を有するものということは難しく、被告の取締役において更に十分な説明義務を尽くす余地がなかったとはいいきれないが、原告康次の質問に相当程度応答していることに照らして、被告側の対応が説明義務に違反するとまでいうことはできない。したがって、請求原因(二)(2)②は理由がない。

3. 次に、請求の趣旨(四)記載の会計監査人選任の決議に関して検討するに、前記各書証に被告代表者尋問の結果を総合すると、右議案に関しては被告側の提案理由の説明が行われたほか、原告八木康次による若干の質問と意見の表明があったこと、それに対して被告側からも提案理由の詳細な趣旨の説明があったこと、原告八木康次は議長の採決に先立ちその議事進行の趣旨につき質問を後回しにするものであることを確認する発言をしていることを認めることができる。右の事実に前記各証拠によって認められる議事の推移を斟酌すると、原告八木康次においては更に質問したい意向を有していたものと推認することができるが、被告側においてはこの議案について相当程度の説明をしていることを認めることができるから、説明義務違反の事実があったとまでいうことはできない。よって請求原因(二)(2)④も理由がない。

4. 更に、請求の趣旨(五)記載の決議についてみるに、前記各証拠によれば、右の議案に関する審議においては、被告側の提案理由の説明の後、原告八木康次からことさら報酬の限度枠を定める必要はないのではないかという意見の表明があったが、その他に何ら質問はないまま、採決が行われたことを認めることができる。右の事実に前記各認定事実を総合すると、原告らにおいて右議案に関して何らかの質問を行う意向を有していたものと推認することができるが、被告側において説明義務を尽くしていないとまでいうことはできない。したがって、請求原因(二)(2)⑤も理由がない。

四、以上によれば、原告らの本件請求の内、第三〇期の計算書類を承認する旨の決議及び第二九期の計算書類の承認決議及び役員選任決議を確認する旨の決議をそれぞれ取り消す旨の判決を求める部分は理由があるから認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 慶田康男)

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