東京地方裁判所 昭和63年(ワ)919号 判決 1991年11月26日
原告 益男商事株式会社 (旧商号江原商事株式会社)
右代表者代表取締役 花田安弘
右訴訟代理人弁護士 鳥越溥
被告 久野八重子
右訴訟代理人弁護士 上田周平
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一八〇万三一五六円及びこれに対する昭和六三年二月六日(訴状送達の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告の主張
1 原告は、別紙(一)物件目録記載の建物(グレースビル)の所有者である被告から、昭和五五年一二月一日、その二〇一号室及び二〇二号室(以下、これらを併せて「本件居室」という。)を左記の約束により賃借した。
賃借期間 五年
賃料 一月 二〇万五〇〇〇円
目的 歯科診療所
保証金 六〇〇万円
2 原告は、昭和五六年五月から本件居室で歯科医院を経営している。
3 原告は、昭和五六年五月から昭和六二年一二月まで、被告に対し、本件居室の電気代を支払ったが、原告の使用電気量及び支払電気代は、別紙(二)電気料金過払金額計算一覧表(以下、「別紙(二)一覧表」という。)の「原告使用量」欄及び「原告支払料金」欄記載のとおりである(但し、昭和五六年五月から同年一一月までの使用量及び支払料金は、推定である(翌年の同月と同一とした。)。)。
4 他方、被告は、東京電力株式会社に対し、グレースビル全体の電気料金を支払っているが、その使用電気量及び支払電気料金は、別紙(二)一覧表の「ビル使用量」欄及び「ビル支払料金」欄記載のとおりである。
5 ところで、原被告間には電気代の計算に関する取決めはないから、被告が原告に請求し得る本件居室の電気代は、「ビル支払料金」を「原告使用量」で按分した金額である。なお、キュービクル式高圧受電設備の減価償却費と関東電気保安協会への保安業務委託費の各賃借人負担分は、いずれも原告が別途被告に支払っている共益費の中に含まれているので、右電気代の計算にあたってはこれらを考慮すべきではない。
6 そうすると、原告が本件居室の電気代として被告に支払うべき金額は、別紙(二)一覧表の「原告の負担すべき料金」欄記載のとおりとなり、同表「過払額」欄記載の金額は、原告が法律上の原因なくして被告に支払ったこととなる。
二 被告の主張
1 グレースビルは、部屋数一四室の雑居ビルであり、住居部分が一一室、店舗部分が三室であるが、店舗部分は、ビル全体の使用電気量の七〇%近くを占めている。このような場合には、電気代の計算にあたって原告主張のような方法によるのは妥当でなく、次のような計算方法によるべきである。
すなわち、①本件居室の電気使用設備容量に従って決められる基本契約量(原告の場合二〇キロワット(KW))に応じた基本料金(一KWにつき一九五〇円。電気税五%を含む。)に、②その使用量に応じた使用量料金(昭和六〇年一二月までは、夏季(七月から九月まで)一KWにつき三〇円(電気税五%を含む。以下、同じ。)、それ以外の季は二六円、昭和六一年一月以降は、夏季一KWにつき三七円、それ以外の季は二七円。)を加算し、③これに、キュービクル式高圧受電設備の減価償却費、関東電気保安協会への保安業務委託費、子メーター計測等の被告の労務費の各戸均等割負担分を加える。
右のような方法によって算出された各居室の電気代の総和は、当然のことながら、被告が東京電力株式会社に支払っている「ビル支払料金」を上回るものである。
2 被告は、昭和五八年六月一日、株式会社グレースに本件居室の賃貸人たる地位を譲渡した。したがって、同日以降は、被告は原告から電気代の支払いを受けていない。原告が電気代を支払った相手は右株式会社グレースである。
3 仮に、被告に不当利得返還債務が発生しているとすれば、被告は、原告に対し、①昭和六三年一月分以降平成元年七月分までの未払電気代合計四六万八七九一円の支払請求権を有しており、また、②平成元年四月分以降の家賃月額二二万五〇〇〇円及び共益費月額一万六〇〇〇円に対する未払消費税合計三万六一五〇円の支払請求権を有しているので、これらの自働債権として、①②の順に対当額において相殺する。その旨の意思表示は、平成元年八月二四日の第一五回口頭弁論期日においてした。
第三当裁判所の判断
一 認定
《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
1 被告は、別紙(一)物件目録記載の建物(グレースビル)の所有者であるところ、昭和五五年一二月一日、その二〇一号室及び二〇二号室(本件居室)を左記の約束により原告に賃貸した。
賃貸期間 五年
賃料 一月 二〇万五〇〇〇円
共益費 一月 一万円
目的 歯科診療所
保証金 六〇〇万円
2 原告は、その後、本件居室に内装工事等を行い、歯科治療機、レントゲン撮影機、クーラー等を設置して、昭和五六年五月から花田オリエント歯科医院を開業し、経営している。
3 本件グレースビルにおいては、被告と東京電力株式会社との間で電気の供給契約が結ばれており、被告は、東京電力株式会社に支払った電気料金に後記キュービクル式高圧受電設備の保守費等を加えた金額を、個々の賃借人に対し、その電気使用設備容量及び使用電気量に応じて基本料金及び使用量料金として配分し、これらを電気代として賃借人から徴収していた。
4 原告は、昭和五六年五月から昭和六二年一二月まで、本件居室において、別紙(四)計算表の「原告使用電気量」欄記載のとおりの電気を使用し、被告に、同表「原告支払額」欄記載のとおり金額を支払った(右認定にかかる使用電気量及び支払金額が原告の主張する別紙(二)一覧表と異なる部分は、同表の「原告使用量」欄の昭和五六年五月ないし一二月並びに昭和五七年三月及び四月の各使用電気量、「原告支払料金」欄の昭和五六年五月ないし一二月、昭和五七年三月及び四月並びに昭和六一年一月ないし六月及び九月の各支払金額であり、これらは、《証拠省略》によって、別紙(四)計算書のとおり認定した。)。
なお、原被告間には電気代の計算に関する取決めはなかったが、原告は、被告の請求に応じ、被告の請求する金額を任意に支払っていたものである。
5 他方、昭和五六年五月から昭和六二年一二月までのグレースビル全体の使用電気量は、別紙(三)電気料金支払明細表(以下、「別紙(三)明細表」という。)の「使用量」欄記載のとおりであり、被告は、東京電力株式会社に対し、グレースビル全体の電気料金として、別紙(三)明細表の「電気料金」欄記載の金額を支払っていた。なお、被告と東京電力株式会社との契約電力は、昭和六二年二月四日までが七五KW、同月五日以降が六一KWであった。被告が支払った電気料金の内訳は、別紙(三)明細表「内訳」欄記載のとおり、基本料金、使用量料金及びこれらの合計額(但し、「その他」欄に「引き下げ額」の記載のあるものについてはその額を控除した額)に対する五%の電気税である。(調査嘱託)
6 なお、被告は、昭和五六年三月、五五〇万円を投じてキュービクル式高圧受電設備を設置し、これに伴って必要とされるその保安業務を関東電気保安協会に委託していた。
以上の事実が認められる。
二 判断等
1(一) ところで、原告は、前記のとおり、「被告が原告に請求し得る本件居室の電気代は、別紙(二)一覧表の「ビル支払料金」を「原告使用量」で按分した金額である。キュービクル式高圧受電設備の減価償却費と関東電気保安協会への保安業務委託費の各賃借人負担分は共益費の中に含まれているので、右電気代の計算にあたっては考慮すべきでない。」旨主張している。
(二)(1) しかし、グレースビルが住居と店舗の雑居ビルであり、店舗部分がビル全体の使用電気量の七〇%近くを占めていること、すなわち各居室の電気使用設備容量及び使用電気量に大きな差があることに徴すると、原告主張のような計算方法は、妥当ではないというべきであり、基本的には次のような計算方法によるべきである。
すなわち、①まず、グレースビル全体の基本料金(A円)に本件居室の電気使用設備比率(グレースビル全体の電気使用設備容量に対する本件居室の電気使用設備容量の割合)を乗じ(その額をa円とする。)、②次に、グレースビル全体の使用量料金(B円)を本件居室の使用電気量で按分し(その按分額をb円とする。)、③次いで、右a円とb円との合計額に電気税率五%を乗じる(この額をc円とする。)、④そして、キュービクル式高圧受電設備の減価償却費の一月あたりの各室負担分(空室を含む。)を均等割で計算し(その額をd円とする。)、⑤関東電気保安協会への保安業務委託費の一月あたりの各室負担分(空室を含む。)を均等割で計算する(その額をe円とする。)。右a円、b円、c円、d円の二倍、e円の二倍を合計すれば(原告の二室を賃借している。)、この合計額が、原告の支払うべき計算上の電気代となる。
原告は、前記のとおり「キュービクル式高圧受電設備の減価償却費と関東電気保安協会への保安業務委託費の各賃借人負担分は共益費の中に含まれているので、右電気代の計算にあたっては考慮すべきでない。」旨主張するが、被告がキュービクル式高圧受電設備を設けたのは本件賃貸借契約締結後であることに徴すると、原告の主張は採用することができない。
他方、被告は、電気代の中には子メーターの計測や電気代の計算等の労務賃も含まれて計算されるべきである旨主張するが、右労務費は賃料ないしは共益費の中に含まれているとみるべきである。
(2) 右計算方法を式で表せば、次のとおりとなる。
a円(「グレースビル全体の基本料金(A円)」÷「グレースビル全体の電気使用設備容量」×「本件居室の電気使用設備容量」)
+b円(「グレースビル全体の使用量料金(B円)」÷「グレースビル全体の使用電気量」×「本件居室の使用電気量」)
+c円((a円+b円)×〇・〇五)
+d円×二
+e円×二
2 そこで、右式の具体的な金額について検討する。
(一) まず、「グレースビル全体の基本料金(A円)」には、別紙(三)明細表の「内訳」欄の「基本料金」欄記載のとおりである。
(二) 次に、「グレースビル全体の電気使用設備容量」は、一四室合計で、昭和五六年五月から昭和六〇年一二月まで七五・五KW、昭和六一年一月及び二月は七六KW、同年三月ないし五月は七七KW、同年六月ないし九月は七七・五KW、同年一〇月から昭和六二年一月まで七八KW、同年二月ないし七月は六八KW、同年八月ないし一〇月は六九・五KW、同年一一月及び一二月は七一・五KWであると認められ、また、「本件居室の電気使用設備容量」は、昭和五六年五月から昭和六二年一二月まで二〇KWであると認めるのが相当である。
原告は、「二〇一号室の二〇〇V三〇A回線と二〇二号室の二〇〇V三〇A回線はいずれも一個のエアコンにしか接続されておらず、合計で六KW未満であり、また、二〇一号室の一〇〇V五〇A回線はメーターが三〇Aであるため最大三KW以上の電気使用は不可能であり、更に、二〇二号室の一〇〇V三〇A回線は待合室の電燈に使用しているだけであるから一KW未満であり、本件居室の電気使用設備容量は一〇KW未満である。多くとも一二KWを超えることはない。」旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、本件居室の電気使用設備容量は合計で二二・一六KWであると認められ、仮に、原告主張のとおり、現在は、二〇〇V三〇A回線がいずれも一個のエアコンにしか接続されておらず、その余の電気使用設備は全て一〇〇V五〇A回線及び一〇〇V三〇A回線に接続されていて、後記ブレーカーとの関係から右両一〇〇V回線は合計で八KWを超える電気使用が不可能であるとしても、本件居室のブレーカーは、二〇一号室が二〇〇V三〇Aと一〇〇V五〇A、二〇二号室が二〇〇V三〇Aと一〇〇V三〇Aであって、合計二〇KWまでの電気使用が可能なのであるから、いずれにしても(すなわち、現に二〇KWを超える電気使用設備が設置されている。仮に設置されていないとしても二〇KWまでの電気使用設備を設置し得る。)、「本件居室の電気使用設備容量」は二〇KWと認めるのが相当である。原告の右主張は採用することができない。
(三) 「グレースビル全体の使用量料金(B円)」は、別紙(三)明細表の「内訳」欄の「使用量料金」欄記載のとおりであり、また、「グレースビル全体の使用電気量」は、同表「使用量」欄記載のとおりであり、「本件居室の使用電気量」は、別紙(四)計算表の「原告使用電気量」欄記載のとおりである。
(四) キュービクル式高圧受電設備の減価償却費については、前認定のとおり被告は昭和五六年三月に五五〇万円をかけて右高圧受電設備を設置しており、その償却期間は一五年と認めるられるから、一月あたりの償却費は三万〇五五六円(五五〇万円÷一五年÷一二月。四捨五入、以下同じ)となり、一室の一月あたりの減価償却費負担額は二一八三円(三万〇五五六円÷一四室)となる。原告は、二室を賃借しているから、一月あたりの減価償却費負担額は四三六六円である。
(五) 関東電気保安協会への保安業務委託費については、被告は、昭和五六年五月に初回の手数料等として五万一六〇〇円を支払うとともに、同年六月から昭和五八年三月まで毎月一万二六〇〇円ずつを、同年四月から昭和六〇年一一月まで毎月一万三八〇〇円ずつを、同年一二月に一万一七三〇円を、昭和六一年一月から昭和六二年二月まで毎月一万三一一〇円ずつを、同年三月から同年一二月まで毎月一万一四〇〇円ずつをそれぞれ支払っていた。したがって、一室の一月あたりの保安業務委託費の負担額は、昭和五六年五月は三六八六円(五万一六〇〇円÷一四室)、同年六月から昭和五八年三月までは毎月九〇〇円(一万二六〇〇円÷一四室)、同年四月から昭和六〇年一一月までは毎月九八六円(一万三八〇〇円÷一四室)、同年一二月は八三八円(一万一七三〇円÷一四室)、昭和六一年一月から昭和六二年二月までは毎月九三六円(一万三一一〇円÷一四室)、同年三月から同年一二月までは毎月八一四円(一万一四〇〇円÷一四室)となる。原告は二室を賃借しているから、一月あたりの保安業務委託費の負担額は、昭和五六年五月が七三七二円、同年六月から昭和五八年三月まで毎月一八〇〇円、同年四月から昭和六〇年一一月まで毎月一九七二円、同年一二月は一六七六円、昭和六一年一月から昭和六二年二月まで毎月一八七二円、同年三月から同年一二月まで毎月一六二八円である。
3 そこで、右2の数値を前記1の式に代入して、原告の支払うべき電気代を計算すると、別紙(四)計算表「原告要支払額」欄記載のとおりとなる(なお、右の計算にあたっては、別紙(三)明細表の「その他」欄の「引き下げ額」は、「基本料金」からではなく「使用量料金」から控除するものとした。けだし、右「引き下げ額」は使用電気量に応じて各賃借人に配分するのが相当と考えられるからである。なお、甲八、乙一〇参照)。
そして、別紙(四)計算表の「原告要支払額」と同表の「原告支払額」とを比較すると、その各月の差額は、同表「過払額」欄記載のとおりとなり、計算上過払いとなっている月もあれば、支払不足となっている月もある。
4 ところで、本件グレースビルにおいては、前認定のとおり、電気の供給契約は被告と東京電力株式会社との間で結ばれており、被告は、東京電力株式会社に支払った電気料金にキュービクル式高圧受電設備の保守費等を加えた金額を個々の賃借人にその電気使用設備容量及び使用電気量に応じて配分する方式をとっていたものである。このような方式をとっている場合には、予め被告と賃借人との間で電気代の計算・配分に関する取決めをしておくのが望ましいのであるが、本件においては、原被告間に右電気代の計算・配分に関する取決めはなかったのであるから、被告が原告に電気代を請求するにあたってどのような計算方式をとるのかは、一応被告にまかされていたものということができる。そうとすれば、被告が請求した金額を原告が異議なく任意に支払った場合においては、もはや原告は、その金額が特に不当と認められない限り、たとえその支払額が別紙(四)計算表の「原告要支払額」欄記載の金額を計算上超えていたとしても、そのことから直ちに超過分を裁判上返還請求することはできないものというべきである(被告が超過分を任意に返還することはもとより差し支えなく、それが非債弁済となるものでもない。)。
この観点から本件をみるに、原告は本件昭和五六年五月から昭和六二年一二月までの電気代を異議をとどめずに任意に支払ってきたものであるところ、別紙(四)計算表のうち、原告の昭和六二年七月及び八月の各電気代支払いについては、同表「原告要支払額」の三割以上の過払いとなっておりやや問題は残るものの、しかし被告にここで返還を命じなけれはならないほど特に不当とは認められず、その他の過払い分についても、特に不当とは認められない。
結局、原告の本件昭和五六年五月から昭和六二年一二月までの被告に対する電気代の支払いのうち計算上過払いとなっている分については、その額が特に不当であるとは未だ認められないというべきであるから、原告の本訴請求は理由がないというべきである。
三 なお、被告は、「被告は昭和五八年六月一日に株式会社グレースに本件居室の賃貸人たる地位を譲渡したので、同日以降は原告から本件居室の電気代を受領していない。」旨主張している。
しかし、被告は昭和五八年六月一日に本件グレースビルを株式会社グレースに賃貸したにとどまり、所有権を譲渡したわけではないから、被告が本件ビルの賃貸人たる地位を株式会社グレースに譲渡したものとは認め難い。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 原田敏章)
<以下省略>