東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9809号 判決 1989年3月24日
原告
有限会社佐藤企画
ほか一名
被告
親和交通株式会社
主文
一 被告は、原告有限会社佐藤企画に対し、金五三万一三三〇円及びこれに対する昭和六三年五月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告有限会社佐藤企画のその余の請求及び原告佐藤忠志の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告有限会社佐藤企画(以下「原告佐藤企画」という。)に対し、金八六万六六一三円及びこれに対する昭和六三年五月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告佐藤忠志(以下「原告忠志」という。)に対し、金六六万円及びこれに対する昭和六三年五月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告佐藤企画は、普通乗用自動車(メルセデスベンツ五〇〇SL、練馬三三に四二〇四号、以下「原告車」という。)を所有している。
2 鳥海健(以下「鳥海」という。)は、昭和六三年五月六日午前一一時ころ、普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転し、東京都目黒区駒場四丁目三番先の通称航研道路の丁字路(以下「本件丁字路」という。)を世田谷区方面から渋谷区方面に後退するに際し、後方の安全確認を十分しないまま後退した過失により、折から本件丁字路を世田谷区方面から駒場東大駅方面に右折侵入した原告車の右扉に被告を衝突させ、原告車を破損した。
3 被告は、鳥海の使用者である。
鳥海は、被告の事業の執行として被告車を運転中に本件事故を惹起こしたものである。
4(一) 原告佐藤企画の損害
(1) 修理費用 金五三万一三三〇円
(2) 評価損 金二五万六五〇〇円
(3) 弁護士費用 金七万八七八三円
(二) 原告忠志の損害
(1) 慰藉料 金六〇万円
(2) 弁護士費用 金六万円
よつて、原告らは、被告に対し、民法七一五条に基づき、原告佐藤企画につき金八六万六六一三円及び原告忠志につき金六六万円並びに右各金員に対する本件事故発生の日の後である昭和六三年五月七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実について、鳥海の過失は否認し、その余は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は知らない。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故当時、原告車は高橋幸一(以下「高橋」という。)が運転していた。高橋は本件丁字路を右折する際、右側の安全を十分に確認しないまま右折した過失により本件事故を惹起こしたものである。したがつて、原告らの損害を算定するに当たつては、右の点を斟酌して減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
本件事故の際、高橋が原告車を運転していたことは認め、その余は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2の事実については、鳥海の過失を除き当事者間に争いがない。そこで、鳥海の過失について判断するに、成立に争いのない甲第八号証、本件事故現場付近の写真であることに争いのない乙第一号証の一ないし五及び証人鳥海健の証言によれば、鳥海は、被告車を運転し、本件丁字路を世田谷区方面から渋谷区方面に後退するに際し、自車右後方の安全を全く確認しないまま後退したところ、折から本件丁字路を世田谷区方面から駒場東大駅方面に右折進入した原告車の右扉に被告車後部を衝突させ、その結果原告車を破損したことが認められる。右によれば、鳥海には被告車を後退させる際右後方の安全を確認しなかつた過失があり、右過失により本件事故に至つたことが明らかである。
三 請求原因3の事実は当事者間に争いがない。
四 そこで、請求原因4(損害)について判断する。
1 原告佐藤企画の損害
(一) 修理費用 金五三万一三三〇円
原告忠志本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二、第四号証及び同尋問結果によると、原告佐藤企画は本件事故によつて破損した原告車を株式会社山幸オートで修理し、同会社に対して修理代として金五三万一三三〇円を支払い、同額の損害を被つたことが認められる。
(二) 評価損 認められない。
自動車が事故によつて破損し、修理しても技術上の限界等から回復できない顕在的又は潜在的な欠陥が残存した場合(例えば、機能的障害が残存した場合、耐用年数が低下した場合など)には、被害者は、修理費のほか右技術上の減価等による損害賠償を求めうるものというべきである。これを本件についてみるに、本件事故により、前記甲第二号証、原告忠志本人尋問の結果により昭和六三年五月九日撮影の原告車の写真であることが認められる甲第一〇号証及び同尋問結果によると、原告車は、本件事故により、右扉、右後部フエンダー及び後部バンパーに損傷を受けたものの、右損傷は軽度に止どまつていることが認められるところ、修理後原告車に前記技術上の欠陥が残存したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告佐藤企画の評価損の請求は認めることができない。なお、甲第三号証の一(財団法人日本自動車査定協会東京都支所作成の中古自動車事故減価証明)は中古車の商品価値の差(価格差)を算定したものであるところ、原告佐藤企画は中古車を販売するものではなく、また本件は買い替えを相当とする場合には当たらないから、右査定上の減価を直ちに原告佐藤企画の損害とすることはできない。
(三) 弁護士費用 認められない。
成立に争いのない甲第六、第七号証及び原告忠志本人尋問の結果によれば、本件訴訟前、被告は本件事故につき前記修理費用全額を賠償する旨を原告らに申し出ていたにもかかわらず、原告らは修理費のほか評価損二五万六五〇〇円及び慰藉料九〇万円を被告に対し請求したことから訴訟に至つたことが認められ、右によれば、本件訴訟に伴う弁護士費用は本件事故と相当因果関係のある損害ということはできず、弁護士費用の請求は失当といわざるをえない。
2 原告忠志の損害
(一) 慰藉料 認められない。
不法行為によつて財産的権利を侵害された場合であつても、財産以外に別途に賠償に値する精神上の損害を被害者が受けたときには、加害者は被害者に対し慰藉料支払の義務を負うものと解すべきであるが、通常は、被害者が財産的損害の填補を受けることによつて、財産権侵害に伴う精神的損害も同時に填補されるものといえるのであつて、財産的権利を侵害された場合に慰藉料を請求しうるには、目的物が被害者にとつて特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害行為が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害するような特段の事情が存することが必要であるというべきである。これを本件についてみるに、原告忠志本人尋問の結果によれば、原告忠志は原告車を仕事に使用していたものであるが、前記修理の期間中(約一か月間)はタクシーを利用して仕事をせざるをえなかつたことが認められるものの、原告忠志に前記特段の事情が存したことを認めるに足りる証拠はなく、右による原告忠志の精神的苦痛は財産的損害の賠償とは別に慰藉料を認めるべき程度には至らないものというべきであるから、原告忠志の慰藉料請求は失当といわざるをえない。
(二) 弁護士費用 認められない。
原告忠志の前記慰藉料請求が認められない以上、これが認容されることを前提とする弁護士費用の請求が理由のないことは明らかである。
五 抗弁(過失相殺)について
本件事故の際、高橋が原告車を運転していたことは当事者間に争いがない。ところで、民法七二二条二項にいう被害者の過失には、被害者本人の過失のみならず、被害者本人と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にあるものの過失をも包含すると解せられる。これを本件についてみるに、原告忠志本人尋問の結果によれば、高橋は原告車を整備点検のため原告佐藤企画から預かつた株式会社山幸オートの経営者であることが認められるが、右事実によれば高橋ないし株式会社山幸オートは原告佐藤企画と身分上、生活関係上一体をなすものということはできない。したがつて、高橋の過失を理由に過失相殺を主張することは許されず、他に原告佐藤企画に斟酌すべき過失を認めるに足りる証拠はないから、過失相殺の主張は理由がないものといわざるをえない。
六 結論
以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、原告佐藤企画が前記損害金五三万一三三〇円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六三年五月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告佐藤企画のその余の請求及び原告忠志の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡本岳)