東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)1067号 判決 1988年7月07日
主文
被告人甲野一郎を懲役一年六月に、被告人甲川二郎及び被告人甲山三郎をそれぞれ懲役一年に処する。
被告人三名に対し、この裁判確定の日からいずれも三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
被告人甲野一郎を右猶予の期間中保護観察に付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人三名は、いずれも東京都世田谷区鎌田三丁目一三番二〇号所在の同区立砧南中学校を卒業した同級生であるが、同校の校庭に多数の机を運び出し、これを並べて大きな「9」の字を描くことを企て、Aほか五名と同校へ侵入するとともに計画を実行するのに障害となる同校警備員を逮捕監禁することを共謀のうえ、昭和六三年二月二一日午前一時すぎころ、同校警備員である同区教育委員会主事乙野春夫(当時三八歳)が看守する同校の校庭南通用門の門扉を乗り越えたうえ、同校北棟一階主事室に故なく侵入し、被告人三名において、所携のガムテープ、ナイロン製紐及び布製ベルトで乙野の身体を同室内にあつた椅子に緊縛したうえ、同人を同棟一階便所内に連行し、被告人甲山、同甲川らにおいて、順次交替で同便所出入口前で見張りをし、同時刻ころから同日午前五時ころまでの間、乙野をして同便所から脱出することを不能ならしめ、もつて、不法に同人を逮捕監禁したものである。
(証拠の標目)<省略>
(確定裁判)
被告人甲野は、昭和六三年四月一八日東京地方裁判所で大麻取締法違反の罪により懲役二年六月(四年間執行猶予)に処せられ、右裁判は同年五月三日確定したものであつて、この事実は検察事務官作成の前科調書によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人三名の判示所為中建造物侵入の点は刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、逮捕監禁の点は包括して刑法六〇条、二二〇条一項にそれぞれ該当するところ、右の建造物侵入と逮捕監禁との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い逮捕監禁罪の刑で処断することとし(被告人甲野については、右は前記確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりいまだ裁判を経ていない判示の罪について更に処断する。)、その所定刑期の範囲内で被告人甲野を懲役一年六月に、被告人甲川及び被告人甲山を各懲役一年に処し、被告人三名に対し、情状によりいずれも同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間それぞれその刑の執行を猶予することとし、なお被告人甲野については、同法二五条の二第一項前段を適用して同被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。
(量刑の事情)
本件は、判示のとおり、被告人三名が母校である中学校の校庭に、深夜校舎内から多数の机を持ち出して大きな「9」の字を描こうと企て、仲間らとともに同校に侵入したうえ、計画を実行するのに障害となる警備員を逮捕監禁した事案である。被告人らの動機は、被告人甲野及び同甲川においては人の驚くようないたずらをしたかつた、被告人甲山においては自分のデザインを世間の人に見てもらい視覚的に何かを訴えたかつたというものであつて、被告人らのしたことは、いずれも自己顕示のための幼稚な発想に出たものにすぎず、他人に迷惑をかけないで堂々と行うのならまだしも、犯罪となる行為をもいとわず、学校関係者に多大の迷惑をかけ、あわよくば何人の仕業かわからないように行おうとし、世間に無用の憶測を生じさせたところに、反社会性を認めざるをえない。また、犯行に際しては、あらかじめ計画を練り、これに必要な多数の仲間を集め、周到な準備をし、警備員として勤務中の何の落ち度もない被害者に対し、いきなり多数で襲つて椅子にガムテープなどで身体を緊縛して拘束し、真冬の暖気のない便所に約四時間にわたり閉じ込めて脱出を不能にさせたもので、犯行の態様も悪質である。被告人三名は、本件犯行の首謀者であるとともにいずれも逮捕監禁の実行行為を担当しているが、被告人甲野は、終始最も主導的な役割を果し、多数の仲間を巻き込むなどその刑責は三名の中で最も重く、被告人甲川は、同甲野とともに当初から主導的に本件を推進し、被告人甲山は、本件の企てに積極的に賛同して自ら「9」の字のデザインを担当するなど、被告人甲川及び甲山の刑責も被告人甲野に次いで重いというべきである。しかしながら、本件犯行は被告人らの犯罪性に根ざしたものとまでは認められず、逮捕監禁の被害者に対してはさきにみた以上の危害は加えていないこと、被告人らはいまだ若年で本件を反省するとともに被害者に迷惑料五〇万円を支払つており、被害者も被告人らを宥恕していること、被告人甲野には前記確定裁判があること、被告人甲川及び同甲山には前科前歴がないこと等の事情もあるので、被告人らに対しては主文掲記の各刑に処したうえいずれもその執行を猶予し、被告人甲野については、その犯歴、生活状況等に鑑み更生のためには補導援護を必要とすると認められるので、同被告人を保護観察に付するのが相当である。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤文哉 裁判官伊藤納 裁判官畑一郎)