東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)2298号 判決 1988年10月07日
主文
被告人を懲役二年八月に処する。
未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。
理由
(罪になるべき事実)
被告人は、(一)昭和五二年二月三日東京地方裁判所で窃盗罪等により懲役一年六月(昭和五三年七月三日刑執行終了)に、(二)昭和五六年四月三〇日同裁判所で窃盗罪等により懲役六年に、(三)昭和六一年二月一八日東京簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年六月に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、
一 昭和六三年四月三〇日午前二時一五分ころ、東京都千代田区有楽町《番地省略》甲野株式会社経営のゲームセンター「ダイヤモンド」店舗内において、同社代表取締役A管理の現金六万一二〇〇円及びドライバー一本(時価五〇〇円相当)を窃取し
二 同年五月四日午前三時二〇分ころ、東京都中央区銀座《番地省略》飲食店「ルビー」一階店舗内において、同店経営者B所有の現金一万八〇〇〇円を窃取し
三 同年六月七日午前二時一〇分ころ、東京都葛飾区新小岩《番地省略》丙川株式会社経営の「サファイア」店舗内において、同社代表取締役C管理の現金約四万七〇〇〇円を窃取し
四 同月二七日午前二時三〇分ころ、東京都千代田区外神田《番地省略》東日本旅客鉄道株式会社秋葉原駅一、二番ホーム上の丁丘商事株式会社経営の飲食店「ゴールド」店舗内において、同社代表取締役D管理の現金約二七万四五〇〇円を窃取し
五 同年七月一四日午前四時三〇分ころ、同区神田須田町《番地省略》飲食店「シルバー」店舗前において、同所に設置されたたばこ自動販売機から、同店経営者E子所有の現金二万二二二〇円を窃取し
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(累犯前科)
被告人は、昭和五六年四月三〇日東京地方裁判所で住居侵入、窃盗、現住建造物等放火罪により懲役六年に処せられ、昭和六一年一一月二五日右刑の執行を受け終わり、昭和六一年二月一八日東京簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年六月に処せられ、昭和六三年四月二五日右刑の執行を受け終ったものであって、以上の事実は、右の判決書謄本、調書判決謄本及び検察事務官作成の前科調書によって、認める。
(法令の適用)
被告人の判示所為は包括して盗犯等の防止及び処分に関する法律三条、二条、刑法二三五条に該当するところ、前記の各前科があるので刑法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、なお後記犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年八月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させない。
(補足説明)
一 盗犯罪等の防止及び処分に関する法律(以下「盗犯法」と言う)三条は、犯罪行為の一〇年内に同条所定の「刑の執行を受け」たことを同条による処罰の要件としているところ、弁護人は、同条所定の「刑の執行を受け」には仮出獄中の期間は含まれないとして、被告人は判示(一)の前科の刑の執行を受けた際、昭和五三年三月二日に仮出獄しており、被告人の判示各所為は、いずれも右仮出獄した日から一〇年を経た後に犯されているから、同条に該当しない旨主張する。
そこで、検討すると、なるほど、懲役刑の執行方法を定めた刑法一二条二項に照らしても、盗犯法三条は、同条所定の罪につき、収監されて刑の執行を受けることを主に重視して、「刑の執行を受け」をその要件としていることは明白であり、他方、受刑者は、仮出獄の期間中、身柄を拘束されて現実の刑の執行を受けるわけではない。弁護人の主張は、この点に着目したものと思われる。
しかしながら、刑法は、例えば、二一条で未決勾留日数の算入の方法による懲役刑の執行も認めていること、盗犯法三条は、「刑の執行を受け」ることと併せて、収監されることを必要としない刑の「執行の免除」も同じく同条による処罰の要件としていること、類似の制度である累犯に関する刑法五六条についての解釈運用状況等に照らすと、盗犯法三条所定の「刑の執行を受け」とは、収監を必須の要件とするものではなく、法が予定した方法による刑の執行を受ければ足りると解するのが相当である。
そこで、仮出獄と刑の執行との関係について検討すると、仮出獄期間の満了による効果を直接定めた規定はないものの、刑法二九条二項が仮出獄の処分が取り消された場合の効果として、「出獄中の日数は刑期に算入せず」と規定していることに照らすと、受刑者は、仮出獄期間が満了した場合、その時点で、出獄中の日数を刑期に算入する方法で残余の刑の執行を受けたこととされ、刑の執行を受け終わったことになると解するのが相当である。ちなみに、改正刑法草案の規定を見ると、八四条二項は、刑法二九条二項と同旨の定めであるものの、八一条は刑の執行を中止して……仮釈放する旨を、八四条は仮釈放の期間を経過したときに刑の執行を終わったものとする旨をそれぞれ定めていて、前記の解釈をより明確にしたものと解することができる。なお、受刑者は、仮出獄期間中、犯罪者予防更生法に基づき、遵守事項を指示され、保護観察に付されたりし、また、刑法二九条二項により仮出獄の処分を取り消されることもあり得るから、行動面、精神面で一定の制約を受けることは明らかである。しかし、このことを主たる根拠として、仮出獄の処分を受けていることが、直ちに、盗犯法三条の「刑の執行を受け」に当たると解するのは、相当な論拠を持っていることは否定できないものの、前記のような制約は保護観察付き執行猶予の場合にも生じること、刑法二九条二項が仮出獄の処分が取り消された場合、出獄中の全日数を一律に刑期に算入しないこととしていること、刑罰規定解釈の謙抑性等から見て、なお、疑問の余地があったと言える。
そうすると、被告人は、昭和五三年七月三日に仮出獄期間を満了しているから、その時点で、前記の方法で残余の刑の執行を受け終わっているのであり、包括一罪をなす判示の各所為中一ないし四の各所為はその後一〇年内に犯されたものであるから、被告人の判示各所為が前記のとおり全体として盗犯法三条に該当することは明白である。
弁護人の前記主張は、採用できない。
二 次に、弁護人は、被告人は、職業犯人等として本件各犯行に及んだものではないから、窃盗の常習性に欠ける旨主張する。
しかしながら、被告人は、判示の各前科を有する上、前刑終了後数日にして本件犯行に及び始め、二か月余りの間に五回の窃盗を犯し、しかも、器具を使用して物を破壊するなど被告人の前科中の多くの犯行と同種の手口によっていることが認められるから、被告人が常習として本件各犯行に及んだことを優に肯認できる。
弁護人の前記主張は、独自の見解を前提とするもので、採用できない。
(量刑の理由)
本件は、常習累犯窃盗の事案であるが、被告人は罰金前科に加えて判示の同種懲役前科三犯を有していたから、厳に身を慎まなければならなかったにもかかわらず、前記のとおりの時期に巧妙、大胆な五回の窃取行為を繰り返したものであって、犯行の動機、態様に酌むべき点がなく、被告人のこの種事犯に対する常習性は顕著であること、現金被害だけで四二万円余りに達していること、常習累犯窃盗罪の罪質等を考慮すると、被告人の刑事責任に重いと言わなければならない。
しかしながら、本件被害品の一部は被害者に戻っていること、被告人は犯行を自供するなど反省の情を示し、本件で初めて常習累犯窃盗罪で処断されることその他本件で現れた諸般の情状を被告人のため十分考慮すると、この際は特に酌量減軽をなした上主文の刑期の懲役刑を科すにとどめて、被告人の更生の意欲を高めることが刑政の目的に沿うと認められる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 植村立郎)