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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)887号 判決 1988年9月20日

本籍

東京都小金井市東町五丁目一二番

住居

同都同市同町五丁目一二番一四号

無職

金子孝行

昭和八年一〇月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、渡辺登及び郷原信郎出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事由)

被告人は、証券会社取締役である傍ら、営利の目的で継続的に有価証券売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和五九年分の被告人の実際総所得金額が六三四八万六六三六円あった(別紙一の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、同六〇年二月五日、東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号所在の所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が一五四八万四九四〇円で、これに対する所得税額が源泉徴収税額を控除すると二〇万七八二八円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第七二六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二七九六万二二〇〇円と右申告税額との差額二八一七万円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、

第二  同六〇年分の被告人の実際総所得金額が一億九七三七万二三四円あった(別紙二の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、同六一年二月一八日、前記武蔵野税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が一七八四万三五二〇円で、これに対する所得税額が七万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億一九九三万七八〇〇円と右申告税額との差額一億一九八五万八七〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ、

第三  同六一年分の被告人の実際総所得金額が一億五六四三万二三六八円あった(別紙三の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、同六二年二月二〇日、前記武蔵野税務暑において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が二四〇八万四三〇〇円で、これに対する所得税額が五六万八五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額八八三〇万六七〇〇円と右申告税額との差額八七七三万八二〇〇円(別紙三の(2)脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する昭和六三年四月一三日付、同月一四日付、同月一六日付、同月一八日付、同月一九日付、同月二〇日付及び同月二一日付各供述調書

一  坂嘉造(四通、いずれも謄本)、岩崎真蔵(二通)、安田豊及び喜多守の検察官に対する各供述調書

一  唐沢幸光、小谷川敬三及び磯村正行の検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  有価証券売買益調査書

2  支払謝礼金調査書

3  支払利息調査書

4  雑費調査書(判示第一及び第二の事実のみ)

5  源泉徴収税額調査書

6  ほ脱税額計算上控除される源泉徴収税額調査書

判示第一の事実につき

一  押収してある所得税確定申告書(五九年分)一袋(昭和六三年押第七二六号の1)

判示第二の事実につき

一  押収してある所得税確定申告書(六〇年分)一袋(昭和六三年押第七二六号の2)

判示第三の事実につき

一  押収してある所得税確定申告書(六一年分)一袋(昭和六三年押第七二六号の3)

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罰の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

(量刑の事情)

本件は、証券会社の役員をしていた被告人が、昭和五九年以降三年間に合計四億一七二八万九二三八円の所得をあげながら、役員報酬などを所得として申告したのみで、有価証券売買による所得を全て秘匿することにより、右三年分合計二億三五七六万六九〇〇円の所得税を脱税したという事案であって、ほ脱額が高額で、ほ脱率も九九・八一パーセントに及んでおり、この点からだけでも犯情は悪質である。

ところで、被告人は、昭和四三年二月、金十証券株式会社の歩合外務員として勤務することとなり、営業面で成績を上げ、同五三年一一月には、取締役に抜擢されたが、同五〇年ころから単独あるいは同社社員でいわゆる「場立ち」を行っていた坂嘉造と共同で有価証券売買を行い、次々に開設した他人名義の有価証券取引口座を使って右売買を継続することにより多額の利益をあげながらその所得を秘匿していたもので、その犯行の動機は、自己やその家族が豊かな生活を送るための資金及び自己の遊興費を獲得しようと意図したことによるもので、何ら酌むべきところはなく、所得秘匿の手段、方法も国税当局による調査解明が極めて困難ないわゆる借名口座を多数使用していた点で、計画的かつ巧妙であるのみならず、証券会社の役員という重要な職務を担い、部下社員を指揮監督し、率先範を示すべき立場にありながら、右立場を利用して、いわゆる手張り行為に及んだことは証券取引法五〇条三号及び証券会社の健全性の準則等に関する省令一条五号に違反し、証券市場の公正さに対する一般投資家の信頼を裏切るもので、社会に及ぼした影響も大きいこと等を考慮すると、被告人の責任は非常に重大であるといわなければならない。

したがって、被告人が、本件発覚後手持ちのメモ類一切を税務当局や捜査官に提供し、全面的に犯行を自白して事案解明に協力していること、本件各年分の修正申告を行った上、本税を納付ずみであり、附帯税についても、自己の不動産を売却して納付する旨誓っていること、いわゆる手張りを看過する証券業界の風潮が本件犯行の誘因の一つとなっていたこと、被告人は金十証券株式会社において多大の功績を残したこと、本件を契機に同社の取締役を辞任し、嘱託も辞す一方、証券外務員登録の抹消処分を受け、日本証券業協会から追放された上、本件が新聞等でも取り上げられるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、本件犯行により二か月余の間身柄を勾留されたこと、被告人には前科、前歴がないこと等、被告人のために有利な、又は、同情すべき事情が認められるが、これら被告人のために酌むべき諸事情を極力斟酌しても、前記責任の重大性に鑑みると、本件は執行猶予に付すべき事案とは認め難く、主文掲記の実刑は免れないものと判断した次第である。

(求刑 懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)

別紙一の(1)

修正損益計算書

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

金子孝行

<省略>

所得金額総括表

自 昭和59年1月1日

至 昭和59年12月31日

金子孝行

<省略>

別紙一の(2)

脱税額計算書

昭和59年分 金子孝行

<省略>

別紙二の(1)

修正損益計算書

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

金子孝行

<省略>

所得金額総括表

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

金子孝行

<省略>

別紙二の(2)

脱税額計算書

昭和60年分 金子孝行

<省略>

別紙三の(1)

修正損益計算書

自 昭和61年1月1日

至 昭和61年12月31日

金子孝行

<省略>

所得金額総括表

自 昭和61年1月1日

至 昭和61年12月31日

金子孝行

<省略>

別紙三の(2)

脱税額計算書

昭和61年分 金子孝行

<省略>

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