大判例

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東京地方裁判所 昭和7年(ワ)4674号 判決 1983年10月24日

原告

長谷川広次

右訴訟代理人

渡辺吉男

被告

村上一雄

右訴訟代理人

大野忠男

大野了一

荒木俊馬

被告

今井幾子

右訴訟代理人

川人博

戸張順平

滝澤修一

小野寺利孝

服部大三

仲山忠克

山下登司夫

友光健七

黒岩容子

二瓶和敏

畑江博司

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の主張

一請求の趣旨

1原告が、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)につき、所有権を有することを確認する。

2被告村上は、本件土地について東京法務局台東出張所大正一一年一二月二九日受付番号不詳の所有権移転登記(以下本件(一)登記という。)の抹消登記手続をせよ。

3被告今井は、本件土地について東京法務局台東出張所大正一四年一二月二五日受付第二二四一四号の所有権移転登記(以下本件(二)登記という。)の抹消登記手続をせよ。

4訴訟費用は被告らの負担とする。

二請求の趣旨に対する答弁(被告両名とも)

1本案前の答弁

主文第一項と同旨

2本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1原告の先々代訴外長谷川三栄(以下亡三栄という。)は、もと本件土地を所有していたものであるが、大正一一年一一月二三日、法定推定家督相続人がないまま死亡した。

2訴外長田種雄は、そのころ、東京区裁判所に対し、亡三栄の家督相続人選定のためにする親族会員の選定並びに招集の申請をしたところ、同裁判所は訴外長田宗重、同長田志か及び大河原せいを親族会員に選定し、右親族会は長田志かを亡三栄の家督相続人に選定したので、同人は大正一一年一二月二六日家督相続届出をして長谷川志かとなり、本件土地を含む亡三栄の全財産を相続した。

3長谷川志かは、同年一二月二九日、亡村上源太郎に対し、本件土地を売り渡し、村上源太郎は、右同日、本件土地について本件(一)登記を経由した。

4村上源太郎は、大正一四年一二月二五日、亡今井清次郎に対し、本件土地を売り渡し、今井清次郎は、右同日、本件土地について本件(二)登記を経由した。

5(一) 訴外長谷川ひ〓のは、その後、東京地方裁判所に対し、2記載の親族会決議無効確認の訴を提起したところ、これに勝訴し、該判決は確定し、これに基づく東京区裁判所の戸籍訂正許可により、長谷川志かの家督相続届出は、大正一五年一一月二七日抹消された。

(二)2記載の親族会は、昭和二年二月一日、亡三栄の家督相続人として長谷川ひ〓のを選定したので、同人は同月一八日、その旨の家督相続届出をした。

6(一) 訴外武藤和七郎、同武藤宗次郎は、昭和四年、東京地方裁判所に対し、5(二)記載の親族会決議無効確認の訴(同裁判所同年(ワ)第一八七五号事件)を提起したところ、これに勝訴し、これに基づく東京区裁判所の戸籍訂正許可により、長谷川ひ〓のの家督相続届出は、昭和七年一〇月二九日抹消された。

(二)  その後新たに選任招集された親族会は、亡三栄の家督相続人として亡長谷川利傳次を選定したので、同人は、昭和七年一二月一日、その旨の家督相続届出をし、本件土地を含む亡三栄の全財産を相続した。

7亡長谷川利傳次は亡村上源太郎、亡今井清次郎に対し、昭和七年一二月二四日東京地方裁判所に、本件土地について所有権確認と所有権移転登記抹消を求める本訴を提起した。

8亡長谷川利傳次、亡村上源太郎、亡今井清次郎は、その後死亡し、原告及び被告らがそれぞれ、その地位を承継した。

よつて、原告は、原告が本件土地について所有権を有することの確認を求めるとともに、右所有権に基づき、被告らに対し、本件(一)、(二)の各登記の抹消登記手続をなすことを求める。

二  被告村上の本案前の主張

原告は、昭和一二年三月三〇日、長谷川利傳次の死亡によりその地位を家督相続して以来、本件訴訟に携わつてきたものであるから、戦争により本件訴訟が事実上中断したときは、その再開、進行を求めるべき立場にあつたにもかかわらず、昭和五四年一〇月一一日に本件土地を取得した訴外株式会社日装が本件土地に付着する本件訴訟提起に基づきなされた予告登記の抹消方上申をしたのを契機として昭和五五年六月一九日に本件口頭弁論期日が指定されるまでの間、三〇年余りにわたつて本件訴訟を放置していたものであるから、既に当事者もすべて死亡し、本件土地の所有権も転々と移転した現在になつてその進行を求める原告の対応は訴訟上の信義則に反するものといわなければならないので、本件訴えは却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

訴訟は、両当事者及び裁判所が誠実に協力しその迅速な進行に努めるべきものであるところ、本件にあつては、原告が期日指定の申立て等を行わないのをよいことに、記録を滅失したと推定される裁判所もしかるべき措置をとらず、被告らもいたずらにこれを放置してきたのであるから、本件訴訟遅延の責任は三者が等しく負うべきものであり、原告のみが訴訟追行義務を怠つたとし、今日の訴訟手続の履行を信義則違反であるとする被告村上の主張は失当である。

四  被告村上の請求原因に対する認否

被告村上が本件土地について本件(一)登記を経由していることは認めるが、その余の事実は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告及び被告ら各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件訴訟の経過は次のとおりである。

1原告の父長谷川利傳次は、昭和七年一二月二四日、被告村上の父亡村上源太郎、同今井の父今井清次郎に対し、本件(一)、(二)の各登記の抹消等を求めて、本件訴訟を提起した。

2長谷川利傳次は昭和一二年三月三〇日に死亡し、以後は家督相続人である原告がその地位を承継して本件訴訟に携わつてきたが、本件の訴訟手続が原告自らの関与の下に行われたのは昭和一七年ころまでであり、その後は原告が戦地に召集されたこともあり、原告は専ら本件訴訟の進行を代理人弁護士太田寛、同竹内喜市郎に委ねたが、原告は終戦後の昭和二二年五月頃復員してから、太田、竹内の両弁護士より本件訴訟につき、記録が全部焼失し、再製しなければならない状態にあることを聞かされた。

3その後本件訴訟は事実上中断したままであつたが、訴外株式会社日装は、昭和五四年一〇月一一日、本件土地の一部を買い受けた際、これに本件訴訟のための予告登記が付着していることを発見したので、事態の解決のため、原告と数度にわたり交渉を行つたが、意思の一致を見るには至らず、同五五年四月二三日、当裁判所に対し、右予告登記を抹消することができるよう何らかの対策をとることを求める上申書を提出するに至つた。

4そこで、当裁判所は、本件訴訟につき調査を行つたところ、本件訴訟が終了したことを認めるに足る資料は当裁判所に一切残されておらず、かえつて予告登記を残つていることから本件訴訟はいまだ終了していないと判断し、昭和五五年六月一九日の本件口頭弁論期日を指定したので、本件訴訟は三〇余年ぶりに再開されることとなつた。

5なお、この三〇年余りの間に、本件土地の所有者は転々と移転したほか、本件訴訟当事者はすべて死亡し、その相続人が訴訟を承継している。

二そこで、このような場合に、原告になお訴えの利益が認められるか否かが問題となるので、この点につき判断する。

1当事者間に法律上の争訟が存するとき、これを裁判所に訴えてその解決を求めることができることは憲法で保障された重要な権利であり、国民の裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならないけれども、同時に、右権利の実現のため、裁判所の訴訟進行について訴訟当事者も信義則に従い協力する義務があることはいうまでもない。

2しかし、本件にあつては先にみたとおり、原告は、当裁判所に対し事件の進行状況の調査確認もしないまま三〇年以上にわたり何ら訴訟手続を行わず、この状態を容認してきたものであり、その間の戦後の混乱期に本件事件記録は所在不明となつたことが推認され、本訴請求の趣旨は所有権移転登記の抹消を求めるにあることが明らかであるとはいうものの、請求原因の詳細に至つてはこれを正確に再現することは困難な状況に立ち至つているものである。もつともこの間の事情として、原告は記録再製に多額の金員を要したこと、終戦後健康を害したこと等の家庭事情を遅滞の理由に挙げるのであるが、その主張のとおり散逸した証拠等を集めることは困難であつたとしても、原告は裁判所に対する問合せないし期日指定の申立さえ行わず、また裁判外において被告と交渉し協力を求めることもしなかつたのであつて、このような原告の態度からは本件訴訟にかかる紛争を解決しようとする真摯な意欲を認めることは到底できない。

3これを被告の側からみても、被告村上本人尋問の結果によれば、被告村上は昭和七年生であつて、本件訴訟についてはその存在さえ知らなかつたことが認められ、被告今井本件尋問の結果によれば、被告今井は大正元年生であるが、昭和二九年の父今井清次郎死後は同人の経営していた今井商店の番頭亡渡辺寅一らに不動産の管理を任せていて、本件訴訟については殆ど全くその事情を知らないことを認めることができるのであつて、一般的にみても、三十数年も訴訟を放置された後俄にその進行を求められてもそれはまことに難きを強いるものであるといわざるをえない。

右諸般の事実に鑑みれば、原告の訴訟態度は自ら訴えを提起した当事者として訴訟上の信義則に著しくもとるものというほかない。

よつて、右いずれの観点からみても、もはや原告に本件訴えの利益を認めることはできないと解するのが相当である。

三よつて、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(南新吾 野崎薫子 藤本久俊)

物件目録

大正一三年二月六日の回復登記による登記簿上の表示

登記番号第五三号 表題部分表示番号一番

大正一三年二月六日受付

東京市下谷区御徒町一丁目五五番地

一 宅地 二〇一坪五合一勺

昭和四年六月二六日の特別都市計画土地区画整理による登記による登記簿上の表示

表示番号二番

昭和四年六月二六日受付

東京市下谷区御徒町一丁目五一番地

一 宅地 一六八坪九合一勺

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