東京地方裁判所八王子支部 平成13年(ワ)1949号 判決 2002年9月05日
原告
原田光雄
ほか一名
被告
倉持隆二
被告補助参加人
大成火災海上保険株式会社
主文
一 被告は、原告原田光雄に対し金三五五七万六二九〇円、原告原田良枝に対し金二四三七万六二九〇円及びこれらに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告原田光雄に対し金七億八三三五万六六八五円、原告原田良枝に対し金七億五三三五万六六八五円及びこれらに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外亡原田要太郎(以下「要太郎」という。)は、以下のとおりの交通事故により、死亡した(以下、この事故を「本件事故」という。)。
<1> 日時 平成一二年一二月一日午後九時一八分ころ
<2> 場所 東京都町田市薬師台三丁目二四番地先交差点
<3> 加害車両 普通乗用自動車(登録番号多摩八〇〇ろ一六七以下「被告車両」という。)
<4> 被告車両の運転者 被告
<5> 被害車両 普通自動二輪車(登録番号多摩の五〇一六、以下「本件二輪車」という。)
<6> 本件二輪車の運転者 要太郎
<7> 態様 上記日時場所において、被告車両が、北方向に赤信号を無視して進入し、同所を青信号に従って東方面へ進行していた本件二輪車に衝突し、要太郎は、頭蓋骨骨折、左上肺骨折などの傷害を負って、心臓破裂により死亡した。
2 被告の責任
被告は、信号機のある交差点を進行するに際しては、信号に従い、かつ、前方左右を中止しつつ進行すべき注意義務があるのに、赤信号を無視して漫然と進行した過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により要太郎及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
3 損害
<1> 要太郎に発生した損害 九億九五〇五万〇三二九円
ア 治療費 八三万四八五八円
イ 文書料 二一〇〇円
ウ 逸失利益 七億九四二一万三三七一円
要太郎の父である原告原田光雄(以下「原告光雄」という。)は、訴外唐和興業株式会社(以下「唐和興業」という。)外一五の会社を経営し、または顧問となっており、平成一二年度の年収は一億八一三一万円であった。
そして、原告光雄の上記事業は、原告原田良枝(以下「良枝」という。)との間の一人息子であった要太郎が、その全てを引き継ぐこととなっていた。
要太郎は、本件事故当時一八歳であり、二六歳で原告光雄の事業を引き継ぐものとし、原告光雄の事業を引き継いだ後の要太郎の得べかりし収入を原告光雄の半分として、要太郎の逸失利益を計算すると、次のとおりとなる。
a 一八歳から二六歳までの逸失利益
五六九万六八〇〇円(平成一〇年賃金センサス男子労働者学歴計)×〇・五(生活費控除)×五・七八六三(七年のライプニッツ係数)=一六四八万一六九六円
b 二六歳から六七歳までの逸失利益
九〇六五万円(原告光雄の年収の二分の一)×〇・五(生活費控除)×一七・一五九(四一年のライプニッツ係数)=七億七七七三万一六七五円
エ 慰謝料 二億円
<2> 原告光雄の損害 二億三〇〇〇万円
ア 葬儀費用 二〇〇〇万円
イ 墓地代 七〇〇万円
ウ 仏壇費用 三〇〇万円
エ 慰謝料 二億円
<3> 原告良枝の損害 二億円
慰謝料 二億円
<4> 相続
要太郎の両親である原告両名は、要太郎の損害を二分の一(四億九七五二万円)ずつ相続により取得した。
4 損害の填補
原告らは、自動車損害賠償責任保険より三〇八三万六九五八円を受領したので、被告らの各揖害額から、上記の金額の二分の一ずつ(一五四一万八四七九円)を差し引く。
5 原告らは、本件訴訟の提起と追行を原告ら訴訟代理人に委任したが、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害は原告らそれぞれ七一二五万円ずつ合計一億四二五〇万円である。
6 よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づき、原告光雄につき七億八三三五万六六八五円、原告良枝につき七億五三三五万六六八五円及びこれらに対する不法行為の日である平成一二年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3<1>のア及びイの各損害発生の事実は認め、ウの逸失利益の前提となる事実及び損害発生の蓋然性は認め、エの損害発生の事実及びその損害額については争う。
同3<2>のアないしウの各損害発生の事実は認め、エの損害発生の事実及びその損害額については争う。
同3<3>の損害発生の事実及びその損害額については争う。
同3<4>の事実は認める。
4 同4の事実は認める。
5 同5の原告ら訴訟代理人への委任及び弁護士費用の損害発生の事実は認める。
三 請求原因に対する補助参加人の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3<1>のア及びイの各損害発生の事実は認め、ウの逸失利益の前提となる事実及び損害発生の蓋然性は不知ないし争い、エの損害の発生の事実及びその損害額については争う。
同3<2>のアないしウの各損害発生の事実は否認ないし争い、エの損害発生の事実及びその損害額については争う。
同3<3>の損害発生の事実及びその損害額については争う。
同3<4>の事実のうち原告らの相続の事実は不知、その余は争う。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実は否認ないし争う。
理由
一 請求原因1(本件事故の発生)及び同2(被告の責任)の各事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因3<1>(要太郎に生じた損害)について
1 請求原因3<1>ア(治療費)及びイ(文書料)の各損害の発生の事実は当事者間に争いがなく、これらの損害は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
2 請求原因3<1>ウの逸失利益の前提となる事実については、被告がこれを争わず、補助参加人がこれを争っているが、民事訴訟法四五条二項のとおり、補助参加人の訴訟行為は、被参加者の訴訟行為と抵触するときは、その効力を有しないので、上記事実は当時者間に争いがない事実と判断されることになる。
しかしながら、原告光雄が、唐和興業外一五の会社を経営し、または顧問となっていて、平成一二年度の年収が一億八一三一万円あり、本件事故発生以前の時点で、将来、要太郎に上記の事業の全てを引き継がせる意思を有していたとの事実について自白が成立しているとしても、その事実に基づいて、要太郎において、本件事故がなかった場合に、将来どの程度の収入を得られる蓋然性があったか、また、どの範囲の損害が本件事故と相当因果関係のある逸失利益の損害であるかについては、自白の対象とはならず、裁判所の自由心証に基づく判断に委ねられるべきものと解される。
3 甲三号証、一二号証の一ないし一三、一三号証の一ないし七、一四号証、原告原田光雄本人尋問の結果によれば、原告光雄は、唐和興業の株式を一〇〇パーセント保有している外、原告光雄個人と唐和興業を合わせて、原告光雄が給与や顧問料の支払いを受けている訴外株式会社唐和、訴外沖エンジニアリング株式会社及び訴外有限会社ニュータウン観光など一四社の株式を三〇パーセントから七〇パーセントの割合で保有していること、原告光雄は、最初に婚姻した訴外中村洋子との間に長男原田新吾と二男原田健吾がおり、次に婚姻した鶴見千枝子との間に長男原田省吾と二男原田重光がおり、要太郎は、原告光雄が三番目に婚姻した原告良枝との間の長男であること、原告光雄は、上記の子供達のうち、要太郎が、出生以来ずっと一緒に暮らしていたことや、要太郎に経営者に必要なバランス感覚が備わっていると考えたことなどから、要太郎を自分の後継者にしようと考えていたこと、上記の原田新吾は、唐和興業及び株式会社唐和の代表取締役並びに沖エンジニアリング株式会社の取締役にそれぞれ就任し、原田健吾は、有限会社ニュータウン観光の取締役となっていること、要太郎は、本件事故時に私立和光高校三年に在学中であり、翌年に明治大学法学部に入学する予定であったこと、以上の事実が認められる。
そして、上記事実を前提に判断すると、要太郎が、賃金センサスによる平均的な収入以上の収入を得る可能性があるか否かは、要太郎自身の能力や技能がどのようなものであるかということよりは、原告光雄において、要太郎を自己の後継者としてその事業を引き継がせる意思があるか否かということにかかっているものといわざるを得ないところ、要太郎が二六歳になった段階で、原告光雄の全部事業を承継し、少なくとも原告光雄が得ている収入の二分の一の収入を得るようになったか否かについても不確定要因がないとはいえず、さらに、原告光雄に要太郎以外に子が四人いることを考慮すると、原告らが主張するように、要太郎が、原告光雄が亡くなった後も六七歳になるまでの間、原告光雄から承継した事業の全てをそのまま維持して原告光雄が得ている収入の二分の一の収入を確保することができる可能性は、それほど高くないと判断せざるを得ない。
これに加えて、本件事故によって要太郎が亡くなったとしても、これによって、原告光雄の事業による将来の収入がまったく失われてしまうことにはならず、原告光雄の事業は、将来、要太郎以外の原告光雄の子に引き継がれ、その収入も承継されることになる可能性が高いのであるから、要太郎が、原告光雄の事業を承継することができなかった損害を、本件事故と相当因果関係にある損害として被告に請求することは相当とはいえない。
以上の点を考慮すれば、要太郎が、本件事故時において、現に就職していない本件においては、賃金センサスによる平均的な収入以上の収入を得る蓋然性があったことを前提として、要太郎の逸失利益を判断すべきではなく、平成一〇年賃金センサス男子労働者学歴計の年収額である五六九万六八〇〇万円に基づいて要太郎の逸失利益を算出するのが相当であり、これによれば、その額は、下記のとおり五一七五万二五八〇円となる。
記
五六九万六八〇〇万円×〇・五(生活費控除)×一八・一六九(四九年のライプニッツ係数)=五一七五万二五八〇円
4 請求原因2のとおり、被告は、赤信号を無視して被告車両を交差点に進入して、青信号にして進行していた本件二輪車に衝突させ、要太郎を死亡させるに至ったのであって、被告の過失は大きいこと、また、上記3の認定事実のとおり、要太郎は、大学進学を控え、洋々たる未来があったにもかかわらず、わずか一八歳で生命を絶たれてしまったのであり、これらの点を考慮すれば、要太郎の死亡慰謝料としては、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
三 請求原因3<2>(原告光雄の損害)について
1 被告は、請求原因3<2>のア(葬儀費用)、イ(墓地代)及びウ(仏壇費用)の各損害発生の事実は、被告がこれを争わず、補助参加人がこれを争っているが、前記二2のとおり、上記事実は当事者間に争いがない事実と判断されることになる。
しかしながら、原告光雄において、請求原因<2>のアないしウのとおりの葬儀費用、墓地代及び仏壇費用の支出をした事実について自白が成立しているとしても、その損害が本件事故と相当因果関係のある損害であるか否かについては、自白の対象とはならず、裁判所の自由心証に基づく判断に委ねられるべきものと解される。
2 そして、請求原因<2>のアの葬儀費用の損害については、甲四号証の一ないし四、五号証の一及び二、六号証の一ないし四、七号証、一一号証の一ないし四、一四号証によれば、原告光雄の支出した葬儀費用には、本来の葬儀費用の外に接待飲食費等が多く含まれていることが認められること、また、通常は、香典収入などがあるために、実際の原告光雄の負担額は原告ら主張の額にはならないと考えられること、さらには、葬儀費用は、いずれにせよ支出は避けがたいものであり、現実の損害としてはその支出が早まったことによる損害以外には考えにくく、また、葬儀費用は人によりその支出額がまちまちであるので、現実の支出額全額を損害と認めたときには、他の事案との不公平が生ずることなどを考慮すると、原告光雄が葬儀費用として支出した二〇〇〇万円のうち一二〇万円の範囲で、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 上記の判断を前提とした場合には、原告光雄が支出した墓地代の七〇〇万円及び仏壇費用の三〇〇万円についても、その全額が本件事故と相当因果関係のある損害と認めることについては、疑問の余地がないではないが、被告において積極的な反証のない本件においては、上記の各金額をもって、本件事故と相当因果関係のある墓地代及び仏壇費用の損害と認めることが相当である。
4 甲一四号証及び原告原田光雄本人尋問の結果によれば、原告光雄は、要太郎が将来自分の事業を引き継いでくれるものと考え大きな期待をしていたこと、原告光雄は、要太郎が本件事故によってなくなったことにより、落胆し、体調を崩して東邦医大病院に入院するなどしたことが認められ、これらの点を考慮すると、要太郎自身の死亡慰謝料の外に、要太郎の死亡による原告光雄の精神的損害を慰謝する慰謝料として、二〇〇万円の範囲で損害を認めるのが相当である。
四 請求原因3<3>(原告良枝の損害)について
甲一四号証及び原告原田光雄本人尋問の結果によれば、原告良枝は、要太郎が将来原告光雄の事業を引き継いでくれるものと考え大きな期待をしていたこと、原告良枝は、一人息子である要太郎を本件事故によって失い、その落胆から、本件事故後、最近まで、食事らしい食事もせずに放心状態が続いていたことが認められ、これらの点を考慮すると、要太郎自身の死亡慰謝料の外に、要太郎の死亡による原告良枝の精神的損害を慰謝する慰謝料として、二〇〇万円の範囲で損害を認めるのが相当である。
五 請求原因3<4>(相続)について
前記二のとおり、本件事故により要太郎の生じた損害は、治療費八三万四八五八円、文書料二一〇〇円、逸失利益五一七五万二五七九円、慰謝料二〇〇〇万円の合計七二五八万九五三八円と認められるところ、要太郎の両親である原告両名は、要太郎の上記損害を二分の一(三六二九万四七六九円)ずつ相続により取得したというべきである。
六 請求原因4(損害の填補)について
1 原告らは、自動車損害賠償責任保険より三〇八三万六九五八円を受領したことは当事者間に争いがない。
2 前記三のとおり、本件事故により原告光雄に生じた損害は、葬儀費用一二〇万円、墓地代の七〇〇万円、仏壇費用の三〇〇万円及び慰謝料二〇〇万円の合計一三二〇万円と認められるところ、これに原告光雄が相続した三六二九万四七六九円を加え、上記の自動車損害賠償責任保険からの三〇八三万六九五八円の二分の一の一五四一万八四七九円を控除すると、原告光雄の請求額は、三四〇七万六二九〇円となる。
3 前記四のとおり、本件事故により原告良枝に生じた損害は、慰謝料二〇〇万円と認められるところ、これに原告良枝が相続した三六二九万四七六九円を加え、上記の自動車損害賠償責任保険からの三〇八三万六九五八円の二分の一の一五四一万八四七九円を控除すると、原告良枝の請求額は、二二八七万六二九〇円となる。
七 請求原因5(弁護士費用の損害)について
1 請求原因5の原告ら訴訟代理人への委任及び弁護士費用の損害発生の事実は、被告がこれを争わず、補助参加人がこれを争っているが、前記二2のとおり、上記事実は当事者間に争いがない事実と判断されることになる。
しかしながら、原告らにおいて、その主張する額の弁護士費用の支払をしまたは支払いの約束をしたことについて自白が成立しているとしても、その費用の額が本件事故と相当因果関係のある損害であるか否かについては、自白の対象とはならず、裁判所の自由心証に基づく判断に委ねられるべきものと解される。
2 そして、本件訴訟の認容額、難易度及び経緯などを考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害は、原告らそれぞれにつき一五〇万円(合計三〇〇万円)と認めるのが相当である。
八 結論
以上のとおり、原告光雄が被告に対し、不法行為に基づく損害賠償の支払いを求める本件請求は、前記六2の三四〇七万六二九〇円に前記七の一五〇万円を加えた三五五七万六二九〇円とこれに対する不法行為の日である平成一二年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める範囲で理由があり、また、原告良枝が被告に対し、不法行為に基づく損害賠償の支払いを求める本件請求は、前記六3の二二八七万六二九〇円に前記七の一五〇万円を加えた二四三七万六二九〇円とこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分による金員の支払いを求める範囲で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 中山幾次郎)