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東京地方裁判所八王子支部 平成18年(ヨ)117号 決定 2006年8月03日

債権者

債務者

株式会社尾久自動車

同代表者代表取締役

B

同代理人弁護士

高井伸夫

岡芹健夫

廣上精一

橋本吉文

根本義尚

若林眞妃

間川清

安倍嘉一

鶴田裕子

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

1  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成一七年一〇月から本案訴訟の第一審判決言渡しまで毎月三〇日限り二六万四〇〇〇円を仮に支払え。

3  債務者は、債権者に対し、平成一七年一〇月から本案訴訟の第一審判決言渡しまで毎月七月五日及び一二月五日限り四四万六〇〇〇円を仮に支払え。

第二事実関係

本件は、債務者に平成一六年八月一日雇用された債権者が、債務者の就業規則一五条四号(「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」)に基づく平成一七年一〇月五日付け通常解雇(以下「本件解雇」という)は、解雇権濫用等により無効であると主張して、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認と、平成一七年一〇月から本案訴訟の第一審判決言渡しまで毎月三〇日限り賃金二六万四〇〇〇円(通勤手当を含む金額)の、毎年七月五日及び一二月五日限り賞与四四万六〇〇〇円の各仮払を求めた事案である。

1  争いない事実及び疎明資料(各項に掲記)により容易に認められる事実

(1)  債務者は、東京都小金井市において、運転免許取得者教習等を行う自動車学校を経営する会社である。

(2)  債務者は、平成一六年八月一日、債権者を期間の定めなく雇用し、総務部総務課に配属した。債権者の賃金は一か月あたり基本給二二万三〇〇〇円、扶養手当一万六〇〇〇円、通勤手当二万五〇〇〇円であり、毎月二〇日締め、当月二七日払であった。

(3)  当時、債務者の組織は、総務部(総務課と管理課からなる)、教務部、講習部、教習部及び検定部からなり、総務部長はB(代表取締役と兼務)、総務課長はCであった。しかし、Cは平成一六年八月一三日から平成一七年八月二三日まで休職したため、その間、総務部付の地位にあったD(以下「D」という)が総務課長の職務を代行し、債権者の指導にあたった(書証略)。

(4)  債権者は、債務者に雇用された後、他の従業員等からセクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という)やパワーハラスメント(以下「パワハラ」という)を受けた旨を、Dや債務者代表者など上司に訴えたり、東京都労働相談情報センター国分寺事務所や警視庁等に訴えたりした(書証略)。

(5)  債務者は、平成一七年九月一四日、債権者に対し、心療内科を受診することを指示した(書証略)。

(6)  債務者は、平成一七年九月二〇日、債権者に対し、受診期限を同月二七日として、心療内科の受診を指示する書面を交付した(書証略)。

(7)  債権者は、自己は心療内科を受診すべき状態にはないとして、同科を受診しなかった。

(8)  債務者は、債権者には就業規則(書証略)一五条四号の定める解雇事由「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」に該当する行為があったとして、債権者に対し、平成一七年一〇月四日付けの内容証明郵便により、同月五日をもって通常解雇(本件解雇)する旨意思表示し、同日、債権者の金融機関口座に予告手当を振り込んだ(書証略)。

(9)  債権者は、本件解雇後まもなく、債務者を被告として武蔵野簡易裁判所平成一七年(ハ)第八四五号損害賠償請求事件を、Dを被告として同簡易裁判所同年(ハ)第八七一号損害賠償請求事件をそれぞれ提起した(書証略)。

これら事件は、いずれも武蔵野簡易裁判所から東京地方裁判所に移送され、同裁判所平成一七年(ワ)第二五三二八号、第二五三二四号各損害賠償請求事件として係属中である(書証略)。

2  争点

(1)  債権者には、他の従業員を中傷するなど「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」(就業規則一五条四号)に該当する行為があったか。

ア 債務者の主張

債権者は、債務者に雇用されてまもない平成一六年九月ないし一〇月ころ、債務者の従業員三名について債権者に対するセクハラ行為があった旨中傷し、その後も他の従業員に対する中傷、非難等が続いたため、債務者は、債権者のこれら被害妄想的な言動が継続又はエスカレートし、その結果、社内の人間関係が損なわれることを憂慮するに至った。

債務者は、債権者の上記言動があまりに奇矯であるため、債権者には心の病があるのではないかと疑い、平成一七年九月、債権者に対し心療内科の受診を指示したが、債権者はこれに従わないばかりか、退職の条件として六か月分の賃金を支払うよう求めるのみで、債務者が交渉のため出社するよう求めても、これに応じなかったので、債務者は、本件解雇に踏み切らざるを得なかった。

債務者は、前記事情から、債権者について、就業規則(書証略)一五条二号の解雇事由(「精神又は身体の老衰その他の障害により業務に堪えられないと認められた場合」)に基づく通常解雇も考慮したが、債権者に対する配慮から、同四号(「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」)に基づく通常解雇にとどめたのである。

イ 債権者の反論

債権者は、債務者に雇用されてまもないころから、他の従業員によるセクハラ、パワハラを受けてきた。債権者は、このことについて、債務者代表者に対し苦情を申し入れていたが、債務者代表者は、債権者が被害に遭っているのを見ながら、何の対応もしなかった。

また、債務者は、平成一七年二月三日、嫌がる債権者をして無理にトイレ掃除をさせた。さらに、債務者は、母子家庭の母である債権者の品位と名誉を傷つけた。債権者には、精神病者と非難されて解雇されるいわれはない。

(2)  本件解雇は、解雇権の濫用にあたるか。すなわち、本件解雇には、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でないか。

ア 債権者の主張

本件解雇は、解雇権の濫用にあたり、また、労働基準法違反、民事法違反、刑法違反にあたるから、無効である。

イ 債務者の主張

本件解雇は、解雇権の濫用にあたらない。本件解雇には、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である。

第三当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、これらを総合すると、就業規則(書証略)一五条四号の解雇事由「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」の存在を認めることができる。

ア 債権者は、債務者に雇用されてまもない平成一六年九月初め、Dから、教習料金のカードローンの伝票の仕分け作業について説明を受け、Dと共同で同作業を行った。債権者は、翌日は一人で同作業を行ったので、翌々日、Dが債権者の作業内容を点検したところ、誤りがみられた。そこで、Dがその点を債権者に指摘したところ、債権者は興奮し、Dがそのようにするよう説明したのであり、債権者は間違っていない等大声で抗議した。

Dは、上記作業は一連の作業の一部にすぎず、これに誤りがあると後の作業に影響する上、債権者が再び同様の誤りをした場合、再び上記のような争いがあると業務に支障が生じると考え、債権者に上記作業を担当させることを取りやめた。

イ(ア) 債権者は、平成一六年九月ないし一〇月ころ、Dに対し、下記のとおりセクハラがあった旨訴えた。

a 債務者の会長Eの自動車の運転手であるF(以下「F」という)が、会長の鞄を債権者に渡すとき等に、故意に債権者の手に触る。

b 債権者が帰宅するためJR中央本線に乗っていた際、債務者の教習部第四課の従業員であるG(以下「G」という)が、同じ列車の別車両に乗っていたにもかかわらず、債権者の乗る車両に移動して来て、債権者の斜め前の座席に座り、債権者の胸を見ていた。

c 債権者が帰宅する際、債務者の教習部第二課の従業員であるH(以下「H」という)が、JR中央本線a駅(債務者の最寄り駅)から、同線b駅(債権者の自宅の最寄り駅)まで債権者に付いてきた。

(イ) Dは、その後、F、G及びHに上記事実の有無を確認したが、同人らはいずれも上記事実を否認したこと、Hの自宅は東京都稲城市にあるため、帰宅方向、経路が債権者のそれと大きく異なるので、Hが債権者の自宅の最寄り駅まで付いていくとは考えにくいこと、F、G及びHはいずれも債務者が信頼を置く従業員であるところ、その三名がそろって同時期にセクハラ行為に及ぶとは考えにくいこと等から、債務者は、上記(ア)の債権者の訴えはいずれも根拠のないものと判断した。

ウ 債務者においては、屋内清掃(トイレ掃除を含む)は二人の専門の清掃員が交代で行っていたが、ときとして上記清掃員が休むことがあり、そのような折には、従前から、女子トイレの清掃(トイレットペーパーの補充、ゴミの回収、洗面所のあたりが濡れていたら拭く等)は、債務者の女性従業員(総務部所属に限らない)が二人一組で交代で行っていた。

平成一七年二月三日に上記清掃員が休むことになったため、同年一月末ころ、Dが債権者に対し同年二月三日に女子トイレの清掃をするよう指示したところ、債権者は、自己は事務員であり掃除婦ではないとして憤慨し、債務者代表者に直訴して、トイレ掃除を拒絶する旨述べた。債権者は、その後も、債務者は債権者を掃除婦にしようとしている等不満を述べていた。

エ 債権者は、平成一七年春ころ、Dに対し、教務部営業課の従業員であるI(以下「I」という)が債権者に気があるらしく、困っている旨述べた。そこで、DがIにそのことを尋ねると、Iは、迷惑だからそのようなことを言うのはやめてほしい旨述べた。Iは、当時、既に婚約中であり、平成一七年七月に結婚した。債権者は、その後も、Iが債権者に付きまとうことがなくなるのでよかった等述べていた。

オ 債権者は、平成一七年三月ころ、Dに対し、債務者の教室と通路の清掃を担当するJが、通路でモップの柄を斜めに立てて債権者が歩くのを邪魔した旨二度にわたって述べたので、DがJに対し上記事実の有無を尋ねたところ、Jは、債権者が歩くのを邪魔する理由などない旨述べて、債権者の上記訴えを否認した。

また、債権者は、平成一七年三月ないし四月ころ、Dに対し、教務部営業課の課長であるKに債権者の自宅近くの名物の饅頭をあげたら、今度は葡萄酒がほしいと言われて困っている旨述べたので、DがKに対し上記事実の有無を尋ねたところ、Kは憤慨して、酒が飲めない自分がそのようなことを言うわけはない旨述べた。

カ Dは、他の従業員から、債権者がDを大馬鹿野郎だと言っていたと聞いたので、平成一七年六月三〇日、債権者に対し、同発言の事実の有無を尋ねる質問をした。

これに対し、債権者は、上記発言をした事実を否認して、興奮し、Dの前で国分寺労政事務所に電話し、Dが債権者に大馬鹿野郎だと言われたと言っているが、山梨県人は大馬鹿野郎とは言わない等大声で叫んだ。Dは、債権者がDの前でそのような電話をしたことに憤慨し、債権者とDとの言い争いになったが、これを見ていた債務者の会長のEが争いをやめさせた。

Dは、平成一七年七月二九日、債権者に対し、国分寺労政事務所に対する上記電話の結果はどうなったかと聞いたところ、債権者は、そのような電話はしていない、忘れた等答えた。

キ 前記の各事情は、債務者の役員、従業員に伝わった。債務者は、債権者の前記のような言動が続き、その結果、社内の人間関係が悪化して、業務に影響が出ることを懸念するようになった。

(2)  そこで、前記(1)イ(ア)のセクハラの訴えについて、債務者がそれらを根拠のないものと判断したことが相当であったかどうかについて検討する。

ア Fについて、債権者は、Fが債権者に会長の鞄を手渡すとき等に故意に債権者の手に触ったと訴えているが、その際の状況について具体的な主張、疎明資料はなく、債権者がどのような根拠から偶然でなく故意であると主張するのかさえ明らかにされていない。

イ また、G、Hについて、セクハラ行動があったと債権者が訴えた場所は、いずれも電車内など債務者の施設外であり、当時、債務者に雇用されてまもなかった債権者が、自己と異なる部に所属するGやHを、債務者の施設外で第三者と識別できるほどよく知っていたと認めるに足りる疎明資料はない。

そして、G、Hにつきセクハラ行動があったと債権者が訴えた時間帯は、いずれも帰宅時であるところ、Hの自宅は東京都稲城市にあり、その帰宅方向、経路は、債権者のそれと大きく異なるため(書証略)、Hが、JR中央本線a駅(債務者の最寄り駅)から同線b駅(債権者の自宅の最寄り駅)まで、長い距離を債権者に付いて行ったとは考えにくい。

これらのことを考え併せれば、仮に前記(1)イ(ア)b、cのように、債権者の帰宅途中、債権者の斜め前の座席に座って債権者の胸を見ていた男性がいたとしても、また、債務者の最寄り駅から債権者の自宅の最寄り駅まで債権者と同じ列車に乗っていた男性がいたとしても、それがGやHであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はない。

ウ ちなみに、債権者は、書証(略)において、<1>平成一六年秋ころ、Dが、債権者の机の引出しを開ける振りをして、債権者の下半身のにおいを嗅いでいた旨、<2>平成一七年五月ころ、債務者の会長のEが債権者の双子の娘について「ちょうどいい。利用させてもらおう」と言ったので、債権者の家庭は母子家庭であることから、債権者は娘を強姦されるのではないかと怖くてしかたがなかった旨主張している。しかし、<1><2>いずれについても、裏付けとなる疎明資料はない上、特に後者は、上記発言からどうして強姦のおそれが出てくるのか不明であるといわざるを得ない。

このことと上記ア、イを考え併せると、前記(1)イ(ア)のセクハラの各訴えを根拠のあるものと考えることはできない。

エ 以上のとおりであるから、前記(1)イ(ア)のセクハラの各訴えを根拠のないものとした債務者の判断は相当であると認められる。

(3)ア  前記(1)アの事実について、債権者は、Dに教えられたとおりに作業しており、誤りがあるとすればDが誤りを教えたのである旨主張するが、仮にそうであるとしても、雇用されたばかりで債務者の事務に不慣れな債権者が事務的なミスを犯したことが解雇事由を構成するのではなく、債権者がDからの誤りの指摘(仮にそれが債権者主張のごとくDの責任であったとしても)に対して過剰な反発をし、Dをして以後の適正、円滑な作業遂行を危ぶむに至らせたことが解雇事由を構成するのであるから、前記(1)の認定を覆すに足りない。

イ  また、前記(1)ウの事実について、債権者は、平成一七年二月三日に女子トイレの清掃をした旨主張するが、仮にそうであるとしても、債権者がトイレ掃除をしなかったことが解雇事由を構成するのではなく、債権者が、債務者において慣行的に行われていた、清掃員以外の従業員による臨時のトイレ掃除に強い反発を示し、債務者代表者に直訴してトイレ掃除を拒絶する旨述べ、その後も債務者が債権者を掃除婦にしようとしている等不満を述べていたことが解雇事由を構成するのであるから、前記(1)の認定を覆すに足りない。

ウ  さらに、前記(1)カの事実について、債権者は、Dを大馬鹿野郎だと言ったことはない旨主張するが、仮にそうであるとしても、債権者がDを大馬鹿野郎と言ったことが解雇事由を構成するのではなく、債権者がそのことで国分寺労政事務所に電話するなど過剰な反発を示し、Dとの争いを引き起こすに至ったことが解雇事由を構成するのであるから、前記(1)の認定を覆すに足りない。

(4)  以上のとおりであるから、就業規則(書証略)一五条四号に定める解雇事由である「全体の和を失い、その他の事由で継続して使用し難い場合」の存在が認められる。

2  争点(2)について

債権者は、書証(略)等において、債務者の従業員、役員によるセクハラやパワハラについて述べるが、これらを裏付けるに足りる疎明資料はない(それらのうち主要なものについては、前記1参照)。もっとも、平成一七年春ないし夏ころから、Dを始め債務者の従業員、役員から、債権者に対し冷淡な対応がとられるようになったことはうかがわれるものの、これには、前記1(1)の事情が影響しているものと考えられる。

そして、書証(略)によれば、債権者は、平成一七年九月二二日に出社して、債務者の取締役校長であるLに対し、退職の条件として六か月分の賃金を要求したこと、その際、債務者代表者は不在だったので、Lは債権者に対し自宅待機を求めたこと、債権者は、同月二五日、Lに対し、電話で再び上記の条件を示し、Lは債権者に対し交渉のため出社することを求めたが、債権者はこれに応じなかったこと(債権者は債務者から出社を禁じられた旨主張しているが、これを認めるに足りる疎明資料はない)が認められ、これらに照らせば、前記事実から解雇権濫用の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、本件解雇について、債権者の主張する労働基準法違反、民事法違反、刑法違反(ただし、具体的規定の主張はない)に該当する事実を認めるに足りる証拠はない。

3  以上のとおりであるから、債権者の本件申立てはいずれも認められない。

(裁判官 加藤美枝子)

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