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東京地方裁判所八王子支部 平成2年(ワ)1723号 判決 1992年1月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載二、3の土地上に人車の通行を妨害する物件を設置するなどして、原告が右土地を通行することを妨害してはならない。

二  被告は、原告に対し、別紙図面表示のト点とハ点との間にある鉄製ポール五本及びそれらの礎石であるコンクリートブロックを収去せよ。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、別紙物件目録記載一の土地(別紙図面に「原告土地」と表示された土地、以下「原告土地」という。)を所有しており、被告は、同目録記載二の土地(別紙図面に「被告土地」と表示された土地、以下「被告土地」という。)を所有している。

2  原告は、昭和五六年七月に、原告土地を購入し、右土地上に居宅を建築した。被告は、昭和六〇年六月頃、同目録記載二、1の土地を、更に平成元年一二月頃、同二、2の土地を購入し、その所有権を取得した。

3  被告土地のうち、同目録記載二、3の土地(別紙図面に「本件道路」と表示された部分、以下、「本件道路」という。)は、建築基準法四二条一項五号により道路位置の指定を受けた道路である。

4  被告は、昭和六二年三月頃、本件道路に沿う別紙図面表示のロ点とハ点との間の側溝内にコンクリートブロックを積み、同図面表示のト点とハ点との間に直径約五センチメートル、高さ約六八センチメートルの五本の鉄製ポール(以下、「本件ポール」という。)を設置した。

二  原告の主張

1  本件道路は、道路位置指定処分による反射的利益として、何人も通行する権利を有する。

2  原告は、昭和五七年一一月、原告土地に居宅を建築後、右建物の西側の土地(別紙図面表示のト点からハ点の東側部分)を軽自動車の車庫として利用し、右自動車の通行に本件道路を使用してきた。

3  被告の設置したコンクリートブロックにより、右部分の本件道路と原告土地との間に段差が生じたうえ、本件ポールが存在するために、原告は、右車庫に自動車を出入させることができなくなつた。

右コンクリートブロックと本件ポールは、原告の通行の自由権を侵害するものである。

4  その後、被告は、別紙物件目録記載二、2の土地を取得した頃から、本件道路を専有私道化することを企て、平成二年一月一七日、原告ほか二名を相手方として武蔵野簡易裁判所に、本件道路に無断駐車をしないことなどを申立の趣旨とする調停の申立をし、更に、同年九月末、本件道路の西側土地の所有者である丙川某が本件道路沿いにブロック塀と出入口を設置した際、右出入口に工事用の通行止め「馬」を置いて出入口を塞ごうとした。そして、現に、別紙物件目録記載二、1の土地の上の建物を改築するための工事用の車両を数台本件道路に駐車させている。

このように、被告は、本件道路に物件を設置するなどして本件道路を人車が通行することを妨害するおそれがある。

三  被告の主張

1  原告土地は、その北側が前面道路である公道に面しており、原告土地に車両を出入りさせることができる開口部を有している。従つて、本件道路を使用することなく、原告の駐車場に車両を出入りさせることが可能である。このような場合、原告は、原告土地に出入りするため本件道路を車両で通行する権利を有しないというべきである。

なお、本件ポールの設置により本件道路の人の通行に何ら支障のないことは明らかである。

2  本件道路は、もつぱら被告土地への通行の利便や防災等の安全確保のために建築基準法に基づいて位置指定されたものであり、原告のように、前面道路に面している隣地所有者の利益のために設置されたものではない。従つて、原告が本件道路を駐車場の延長のように使用し、或いは、側溝を損壊するような方法で使用することは本件道路の設置の目的を逸脱するものである。

3  本件ポールの設置は、本件道路の管理権に基づくものである。即ち、原告は、本件道路を自己の駐車場の敷地の延長として、或いは、駐車場替わりに使用して、通行の妨害をしてきた。また、原告車両の日常的な出入りにより本件道路の側溝際がえぐれて毀損し、側溝の上を車両が通過するため側溝が破壊され、原告土地の盛土が側溝内に流出して側溝を塞ぎ、補修を要する事態が生じた。被告は、原告に対し、このような使用方法をやめるように申し入れたが、原告が聞き入れないので、側溝補修工事の際に本件ポールを設置したのである。

4  原告は、昭和六一年四月下旬から原告土地の駐車場への出入りのために本件道路を使用することを廃止している。

また、昭和六三年七月三〇日、東京都多摩東部建築指導事務所において、原告と被告が同所開発指導課長の立会いのもとに話し合つた際、原告は、現状のままでよいとして本件ポールの存在を容認した。

第三  判断

一  《証拠略》によると、以下の事実が認められる。

1  原告土地、被告土地及び本件道路の位置関係は、別紙図面表示のとおりであり、原告土地は、その北側が前面道路(建築基準法に基づき道路位置指定を受けた原告所有土地を含む。)に、その西側が本件道路にそれぞれ面しているが、本件道路との境界には垣根・塀などの囲障はなく、原告土地との境界に沿つて本件道路の東端にコンクリート製のU字溝(以下、「側溝」という。)が設けられている。本件道路は、被告土地の一部であつて路地状の道路であり、その突き当たりが被告土地である。なお、本件道路の西側は、丙川松夫所有の土地であり、本件道路に沿つてブロック塀と門が設置されている。

2  原告は、昭和五七年一一月頃、原告土地に居宅を建築し、右居宅一階の北側部分を美容院の店舗として使用し、西側に玄関を設け、原告土地の北西端から敷地内を通つて居宅に出入りしている(建物の配置は、別紙図面のとおり)。また、原告は、右居宅の西側の本件道路との間の空地(別紙図面に「駐車場」と表示した部分)を車両の駐車場所として使用していた。

被告は、自己の経営する会社の社宅用地として使用するため、昭和六〇年六月に丁原竹夫、同梅子から別紙物件目録記載二、1の土地を、平成元年一二月に甲田一郎から同二、2の土地を購入し、右土地上の建物を社宅として使用し、従業員を居住させている。

3  原告の前記駐車場は、居宅の建物と本件道路との間隔が約二メートルないし二・二メートル位であり、車庫或いは駐車場として特別の設備が設けられていない空地である。原告は、右駐車場に車幅が狭く車高の高い軽自動車(ワゴン車)を駐車させていた。

右駐車場に普通乗用自動車を駐車させることは本件道路を利用したとしても不可能もしくは極めて困難であり、また、車幅が狭い軽自動車であれば、本件道路を利用することなく、北側前面道路から右駐車場に出入りすることが可能である。

4  原告は、居宅を建築した頃、原告土地との境界に沿つて本件道路に設けられていた前記側溝の北側部分に鉄板を敷き、更に側溝全部にコンクリート製の敷石を石畳状に置いて側溝を覆い、本件道路から駐車場に前記軽自動車を出入りさせていた。右鉄板と敷石の敷設により、外見上、原告土地と本件道路との境界は明らかでなくなり、側溝が存在することも判然としなくなつた。

原告土地は、本件道路よりやや高く、鉄板と敷石で覆われた側溝の上を車両が通過することにより原告土地の盛土が側溝を超えて本件道路に流出するようになり、また、排水が側溝を流れず本件道路に溢れ出すようになつた。

5  右のような本件道路の状況や、本件道路に無断で駐車する車両が多いことなどに対処するため、被告は、昭和六一年三月頃、本件道路の南端から七メートルの部分について道路位置指定の廃止の申請をすることにし、原告にその承諾を求めたところ、原告は、右申請について一旦は承諾し承諾書に署名・押印したが、承諾書に添付すべき印鑑証明書を被告に交付することを拒否した。

また、被告は原告に対し、側溝上の鉄板と敷石の撤去を申し入れ、市役所や自治会からも同様の要請があつたので、原告は、昭和六一年四月下旬に右鉄板と敷石を撤去した。その結果、原告は、本件道路から車両を駐車場に出入りさせることができなくなり、以後、前記軽自動車を駐車させることを廃止した。

6  原告は、鉄板と敷石を撤去した後も、単車を駐車場に駐車させていたが、単車が側溝の上を通過することにより、側溝に沿つた原告土地の大谷石の土止めが崩れて側溝内に盛土が流出し、側溝が損壊した。被告は、原告に側溝の補修を求めたが、原告が拒否したので、昭和六二年三月頃、側溝を補修し本件ポールを設置した。

その頃、原告と被告は、東京都多摩東部建築指導事務所において、側溝の補修、本件道路の無断駐車の禁止、或いは、本件道路の一部について道路位置指定の廃止をすることなどの話合いを続けていたが結論を得ず、同年八月頃、右事務所では本件道路のうちの南端から六メートルの部分について位置指定を廃止する斡旋案を提示したが、合意に至らなかつた。

以上の事実が認められる。《証拠判断略》

なお、前記側溝内にコンクリートブロックを積み本件ポールを設置した点を除き、被告が本件道路を人車が通行することを妨害した事実を認めるに足りる証拠はない。

二  ところで、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定処分がされた土地については、同法四四条一項により、その地上に建築物を建築することが禁止されるので、その公法的規制の反射的利益として、一般人は、右土地を通行する自由を有するものということができる。そして、右反射的利益に基づく通行の自由であつても、右土地を通行するに至つた経緯、通行の形態等からみて私人の日常生活上必要不可欠な通行利益と認められるに至つたものは、民法上保護に値する自由権(人格権)として保護されるべきであり、私人が右自由権を侵害されたときは、右権利に基づいて妨害を排除し、かつ、予防することができると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実によると、原告の本件道路の通行利益は、主として、本件道路から居宅の西側の空地部分に車両を出入りさせることにあるが、右空地への車両の出入りは必ずしも本件道路の利用を必要としないこと、原告土地と本件道路との間には側溝があり、右側溝に敷設されていた鉄板と敷石は、被告が本件ポールを設置する以前に既に原告により撤去され、その後、本件道路から原告土地への軽自動車の出入りは行われていないことが認められ、これらの原告土地と本件道路との位置関係及び原告の本件道路の使用状況等に鑑みると、原告の本件土地の通行は、その日常生活上必要不可欠な通行利益と認めることはできない。

従つて、原告は、本件道路の通行について、その妨害を排除する権利を有するに至つたものということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 はぎ原 孟)

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