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東京地方裁判所八王子支部 平成4年(ワ)1424号 判決 2000年5月08日

第一事件原告

株式会社丙野

右代表者代表取締役

丙山太郎

右訴訟代理人弁護士

森壽男

第一事件被告兼第二事件原告

甲野一郎

外五名

(以下、右六名を併せて「第二事件原告ら」又は「被告甲野ら」という。)

第一事件被告兼第二事件被告

国立市

(以下「被告国立市」という。)

右代表者市長

上原公子

右訴訟代理人弁護士

市橋千鶴子

中園繁克

第二事件被告

東京都

(以下「被告東京都」という。)

右代表者知事

石原慎太郎

右指定代理人

林勝美

外一名

主文

(第一事件)

一  第一事件原告から別紙物件目録記載一の土地の引渡し及び右土地について東京法務局府中出張所平成三年五月二二日受付第六六五九号共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続を受けるのと引換えに、第一事件原告に対し、第一事件被告甲野一郎、甲野三郎及び同乙野秋子は各自金一億〇三一六万八一九二円、第一事件被告甲野春子は金五一五八万四〇九六円、第一事件被告甲野二郎及び同乙山夏子は各自金二五七九万二〇四八円を支払え。

二  被告国立市は、第一事件原告に対し、金一億〇九〇〇万五〇七一円及びこれに対する平成四年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一事件原告の被告甲野ら及び被告国立市に対するその余の請求をいずれも棄却する。

(第二事件)

四 被告国立市は、第二事件甲野一郎、同甲野三郎及ぶ同乙野秋子に対しそれぞれ金二五〇万円、第二事件原告甲野春子に対し金一二五万円、第二事件原告甲野二郎及び同乙山夏子に対しそれぞれ金六二万五〇〇〇円並びにこれらに対する平成五年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五 第二事件原告らの被告東京都に対する請求をいずれも棄却する。

(両事件)

六 訴訟費用は、両事件を通じてこれを一〇分し、その二を第一事件原告の負担とし、その五を被告甲野らの負担とし、その三を被告国立市の負担とする。

七 この判決は、第一項、第二項、第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第一事件)

1 被告甲野らは、第一事件原告から別紙物件目録記載一の土地の引渡し及び右土地について東京法務局府中出張所平成三年五月二二日受付第六六五九号共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続を受けるのと引換えに、第一事件原告に対し、各自金四億一四七九万七一六一円並びにこれに対する、第一事件被告甲野一郎、同甲野春子、同甲野二郎、同乙山夏子及び同甲野三郎においては平成四年七月一六日から、第一事件被告乙野秋子においては同月一七日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告国立市は、第一事件原告に対し、金四億三四七九万七一六一円及びこれに対する平成四年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告甲野ら及び被告国立市の負担とする。

4 仮執行宣言

(第二事件)

1 被告国立市及び同東京都は、各自、第二事件原告甲野一郎、同甲野三郎及び同乙野秋子に対し各金二五〇万円、第二事件原告甲野春子に対し金一二五万円、第二事件原告甲野二郎及び同乙山夏子に対し各金六二万五〇〇〇円及びこれらに対する平成五年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告国立市及び同東京都の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(第一事件)

(被告甲野ら、被告国立市)

1 第一事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第一事件原告の負担とする。

(第二事件)

(被告国立市)

1 第二事件原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は第二事件原告らの負担とする。

(被告東京都)

1 第二事件原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は第二事件原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 本件売買契約

(一) 第一事件原告は、平成三年四月二六日、第一事件被告甲野一郎、同甲野三郎、同乙野夏子及び亡甲野五郎(以下、併せて「本件売主ら」という。)との間で、当時本件売主らが共有(持分各自四分の一)していた別紙物件目録記載の土地建物(以下、同目録記載の土地を「本件土地」といい、同目録記載の建物を「本件建物」といい、これらを一括して「本件土地建物」という。)を、第一事件原告が本件売主らから売買代金二億四六〇〇万円、本件建物の借家人に対する立退料は第一事件原告が負担するとの約定で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(二) 第一事件原告は、そのころ、右売買代金全額を本件売主らに支払い、同年五月二二日、本件売主らから本件土地建物の引渡しを受けるとともに、東京法務局府中出張所同日受付第六六五九号をもって共有者全員持分全部移転登記手続を受けた。

2 隠れた瑕疵

(一) 本件売買契約は、本件売主らから本件建物を賃借していた株式会社丸藤(以下「丸藤」という。)の仲介により締結されたものであるが、その際、丸藤は、第一事件原告に対し、被告国立市の市長であった谷清作成名義の平成二年一二月一九日付け国都証第八三号による証明書(以下「本件証明書」という。)を示して、本件土地の一部は国立市都市計画道路三・四・七号線及び三・四・一三号線(以下、併せて「本件道路」ともいう。)の予定地になっているが、その部分は南側の既存道路より10.55メートル、北側の既存道路より2.55メートルの部分であり、その余の中間部分の土地(以下「本件残余部分」という。)は近隣商業地区として建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセントであり、五階建ての建物を建築することができると説明した(別紙図面参照)。

(二) ところが、第一事件原告が、平成四年二月、右の中間部分に五階建ての商業ビルを建築するべく建築確認申請をするに当たって、被告国立市に照会したところ、実際には本件残余部分はそのほぼ全部が本件道路の交差点の隅切り部分(以下「本件隅切り部分」という。)の予定地であるにもかかわらず、本件証明書にはそれが欠落していたことが判明し、結局、本件土地のほぼ全部が本件道路の予定地に組み込まれており、本件土地上には五階建てのビルを建築することができないということとなった(以下「本件瑕疵」という。)。

3 解除の意思表示

第一事件原告は、商業ビルを建築して他に転売することを目的として本件土地建物を買い受けたものであり、本件瑕疵により右目的を達することができなくなったことから、平成四年四月三日、本件売主らに対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

4 甲野五郎は平成五年三月二日に死亡した。第一事件被告甲野春子は甲野五郎の妻であり、第一事件被告甲野三郎及び同乙山夏子は甲野五郎の子である。

5 被告国立市の公務員の不法行為

被告国立市の担当職員は不注意により本件道路の計画予定地に関して誤った内容の本件証明書を発行したが、これは被告国立市の公権力の行使に当たる公務員がその職務としてなしたものであり、第一事件原告は、本件証明書を信頼して本件売買契約を締結し、その結果、後記6記載の損害を被った。

すなわち、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項にいう「公権力の行使」とは、国及び地方公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法二条によって救済される営造物の設置、管理作用を除くすべての作用を包含するものであり、本件証明書の発行は公権力の行使に当たる職務行為である。三多摩地区においては、都市計画が絡む不動産取引に際しては、不正確な情報により取引がなされると当事者に多大の迷惑を及ぼすことから、正確な図面を重要事項説明書に添付することが慣例となっており、被告国立市は本件証明書が本件売買契約に関する重要事項説明書に添付されることを認識していた。したがって、本件証明書は都市計画図に基づいた正確な図面として発行されたものであり、都市計画決定に基づく道路予定地の具体的かつ正確な証明を目的としたものである。

6 損害

本件売買契約を締結したことにより第一事件原告の被った損害は、以下のとおりである。

(一) 売買代金

二億四六〇〇万円

(二) 本件建物の借家人丸藤に対する立退料 六〇〇〇万円

(三) 仲介手数料 七四四万円

(四) 本件建物解体費用

二六六万七七〇〇円

(五) 共有者全員持分全部移転登記等手続費用 三四三万二六〇〇円

(六) 本件建物滅失登記手続費用

二万四〇〇〇円

(七) 平成三年度から同一〇年度までの固定資産税、都市計画税の合計

四九二万一五七九円

(八) 不動産取得税

一五二万二〇〇〇円

(九) 本件売買契約のための融資金三億五〇〇〇万円に対する平成三年五月二二日から平成六年四月一五日までの支払利息 八七八三万三六八二円

(一〇) ビル建築のための電波障害調査費用 二二万六六〇〇円

(一一) ビル建設のための構造設計費用 七二万九〇〇〇円

(一二) 弁護士費用 二〇〇〇万円

以上合計

四億三四七九万七一六一円

なお、被告国立市は、本件土地に本件道路の事業認定がなされれば土地収用法が適用されて時価で補償されるから損害は発生しない旨主張するが、いまだ現実に土地の収用手続がなされておらず、時価補償の具体的な金額の提示もなされていないのであって、このような将来の不確定な事情を前提とした主張は不当である。第一事件原告は当初から正しい本件道路予定地の証明がなされていれば本件土地を取得しなかった。

7 よって、第一事件原告は、被告甲野らに対しては、第一事件原告から別紙物件目録記載一の土地の引渡し及び右土地について東京法務局府中出張所平成三年五月二二日受付第六六五九号共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続を受けるのと引換えに、各自、民法五七〇条(瑕疵担保責任)に基づく損害賠償として、前記6記載の損害から(一二)弁護士費用を除いた四億一四七九万七一六一円及びこれに対する第一事件被告甲野一郎、同甲野春子、同甲野二郎、同乙山夏子及び阿甲野三郎においては訴状送達の翌日である平成四年七月一六日から、第一事件被告乙野秋子においては訴状送達の翌日である同月一七日から、支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告国立市に対しては、国賠法一条一項に基づく公務員の不法行為による損害賠償として、前記6記載の損害の全額四億三四七九万七一六一円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告甲野ら)

1  請求原因1(一)(二)の事実はいずれも認める。

2  同2(一)(二)の事実はいずれも認める。

3  同3の事実のうち、第一事件原告が本件土地建物を買い受けた目的は不知、第一事件原告が本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは認める。

4  同4の事実は認める。

5  同6の事実は不知。

(被告国立市)

1  請求原因1(一)(二)の事実は不知。

2  同2について

(一)の事実は不知。

(二)のうち、本件土地のほぼ全部が本件道路予定地に組み込まれ、本件土地上には五階建てのビルを建築することができないことは認め、その余は不知。

3  同3の事実は不知ないし否認する。

4  同5の事実のうち、被告国立市の担当職員が本件証明書を発行したことは認め、その余は否認ないし争う。

(一) 被告国立市の担当職員による本件証明書の発行は、国賠法一条の「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて」なした行為には該当しない。

(1) 国賠法一条一項の「公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて」の要件を充足するためには、公務員の当該職務が憲法、法律若しくは条例によって明確に授権されたものであることを要するものと厳格に解すべきであるところ、被告国立市は、都市計画法二〇条二項により、東京都知事から送付された同法一四条一項に規定する都市計画の図書の写しを公衆の縦覧に供すべき義務を負うものの、右図書に関する証明書の発行についてはいずれの法律又は条例によっても義務づけられていない。

(2) すなわち、本件証明書の発行は、国立市組織条例二条都市建設部(1)、国立市文書管理規程四条二項、九条ないし一二条、国立市行政証明事務取扱要領3第二段により、同取扱要領別表AのNO.三六道路幅員証明(車輌制限令に係るものに限る)に準じ、事実上の行政サービスとしてなされたものであり、「公権力の行使」と峻別されるべきものである。

(二) 本件証明書の発行につき、被告国立市には過失がない。

(1) 本件証明書は専ら建築確認申請のために使用されることを目的として発行されたもので、東京都の建築主事が建築確認申請の審査に当たり参考とするために用意されるものである。

すなわち、建築主事は建築物の計画が法律等の規定に適合するか否かの審査権を有し(建築基準法六条四項)、都市計画決定に係る図書と照合して都市計画道路の位置確認等を行うものであるところ、本件証明書は右審査手続の効率化を図るために参考とされるものであって、当該個所に都市計画道路予定地があるか否かのおおよその状況を示すものにすぎない。

(2) このように、本件証明書の発行は、建築基準法という公法上の取締法規の運用上の領域に属するもので、私法領域である私人間の取引行為の資料として使用されることは全く予定していない。実質的にみても、これが私人間の取引行為の資料として使用される場合には万一の損害に備えて莫大なリスク負担の準備が必要となるが、そのための予算措置は全く講じられていない。

(3) したがって、被告国立市には、本件証明書の発行に当たり、それが私人間の土地取引の土地価格、用途等の判断の資料に用いられる場合、これを誤らせないようにする注意義務はない。

(三) 以下に述べる事情を総合すると、第一事件原告は、本件道路が幅員一六メートルの都市計画道路であり、かつ、交差点を通るものであることから、本件隅切り部分が存することを知っていたものというべきであり、被告国立市が本件証明書を発行した行為は何ら第一事件原告の利益を害するものではなく、第一事件原告に対する関係では違法性がない。

(1) 道路法三〇条一項八号を受けて、道路構造令(昭和四五年政令第三二〇号)二七条二項は「道路が同一平面で交差し、又は接続する場合においては、必要に応じ、屈折車線、……を設け、又は隅角部を切り取り、かつ、適当な見とおしができる構造とするものとする。」と規定しており、本件道路(幅一六メートルの都道)の交差点については、東京都の運用において一〇メートルの隅切り部分を設けることとされている。

(2) 第一事件原告及び丸藤その他の本件売買契約の仲介業者(以下「本件仲介業者」という。)はいずれも国立市を中心に活躍し、ともに豊富な専門家であり、不動産取引について経験、取扱量殊に丸藤は本件建物を永年賃借していた。不動産業者であれば隅切りについて特に注意を払って調査するのが一般である。したがって、第一事件原告は都市計画法、道路法、建築基準法及び東京都建築安全条例の不知を主張することは許されない。

また、本件証明書は丸藤の代表取締役であるK'(以下「K」という。)が提出した平成二年一二月一五日付け証明願に基づいて発行されたものであり、右証明願には土地家屋調査士であるT'(以下「T」という。)の作成した本件土地付近が実測された図面が添付されていたところ、Tも、本件道路に隅切り部分が生じることを土地家屋調査士としての初歩的基礎知識として当然知っていたはずであり、被告国立市が右図面上の都市計画道路の市を表示するに当たって本件隅切り部分が表示されるべきことを予測していたはずである。

さらに、第一事件原告は、平成二年三月二九日、国立市中<番地略>の土地を取得し、平成三年六月二六日にKに売却しているが、この土地もやはり本件道路の交差する角地(本件土地との対角上)にあり、しかも、そのほとんどの部分が隅切り予定線の内側にあるものであって、本件売買契約締結当時右土地の所有者であった第一事件原告が自己の利害に関わる隅切り予定線を知らなかったとは考え難い。

(3) 本件売買契約が締結された平成三年四月当時、建築制限がない場合の本件土地付近の土地の更地価格は平方メートル当たり約二七八万円であったところ、本件土地の取引価格は平方メートル当たり約一二四万円であり、第一事件原告の本件土地の取得価格は時価の約四四%にすぎない(なお、建築規制があることを考慮した時価は三億一七〇〇万円であり、本件売買契約における売買代金はこれより更に低い。)。このことからすると、第一事件原告は、本件隅切り部分の存することを考慮に入れた適切な価格で本件土地を購入したものというべきである。

さらに、第一事件原告は、本件土地の売買に先立ち、平成三年四月一二日に被告国立市に対して国土利用計画法に基づく土地売買等届出書を提出しているが、これには予定対価の額として五億四〇〇〇万円という金額が記載されている。これは、第一事件原告が、本件隅切り部分の存在を知る前には時価相当額で本件土地建物を買う予定で右届出を行ったものの、その後、本件隅切り部分の存在に気付き、時価の半額以下の値段で本件売買契約を締結したものと考えられる。

(4) 第一事件原告が平成五年八月初旬から本件土地上に鉄骨平屋建の建物を建築し、これを飲食店業者らに賃貸して収益をあげていることからすると、第一事件原告は、五階建てのビル建設をした上で右建物と共に本件土地を転売する予定など当初から有しておらず、平屋建の建物を建ててこれを利用していく計画であったというべきである。

(5) 宅地建物取引業者は、宅地若しくは建物の売買を仲介するに当たり、重要事項説明書を各当事者に対して交付して都市計画法による制限として本件のような都市計画道路予定線の説明をすることを要するとされており(宅地建物取引業法三五条一項二号)、国立市を中心とする業務歴の豊富な本件仲介業者が本件隅切り部分の存在を見過ごしていたとは考えられない。第一事件原告が本件仲介業者に対して訴えを提起していないのは、第一事件原告と本件仲介業者との間で本件隅切り部分の存在が了解されていたからであるというべきである。

(四) 被告国立市の本件証明書の発行と第一事件原告主張に係る損害との間には因果関係がない。

すなわち、前記(二)記載のとおり、本件証明書は建築確認申請という公法上の目的の下に発行されたもので、しかも、都市計画決定に基づく道路予定線がおおよそどの位置にあるかを注意的に証明したものであって、正確な計画道路の形態、位置、幅員等を証明することを予定しておらず、私人間における土地売買の資料となることは全く予想されていない。もし建築確認の申請者が詳しい都市計画道路の位置関係を知りたいのであれば、東京都又は被告国立市が保管している実際の図面を閲覧すればよいのである。また、実質的に考えても、本件証明書の発行のための手数料は一五〇円にすぎず、他方、具体的かつ正確な形状や位置関係の証明をするにはかなりの時間と労力を要し、私人間の不動産取引のためにその都度証明書を作成することは公共の用に供すべき租税を一私人の利益のために使用することになり、許されるべきではない。仮に、私人間の土地売買により生じる損害を負担することが予定されているというのであれば、そのリスクは極めて大きく、法令の根拠に基づき損害補償の予算措置が講じられていなければならないところ、そのような法令の根拠は存在せず、実際に予算措置は講じられていない。したがって、本件証明書は専ら建築確認申請の目的に使用が限定されており、他の目的に使用されたとしても、被告国立市には一切の責任はないと解するのが相当である。第一事件原告が本件証明書を自らの土地売買に際してその資料として使用したとしても、それは本件証明書の予想しない目的外使用であって、被告国立市の本件証明書の発行と第一事件原告の主張する損害との間に相当因果関係は存しない。

5  同6の事実は否認する。

(一) 前記のとおり、第一事件原告は、本件隅切り部分が存在するものとして評価して本件土地を取得したのであり、第一事件原告には損害が生じていない。また、第一事件原告は、当初から転売する意図を有しておらず、実際にも本件土地上に建物を建てて、これを第三者に賃貸し収益を上げており、第一事件原告の請求する損害は、いずれも第一事件原告が土地を取得し、建物を建て替えて利用するために要した費用であるから、損害とはいえない。

(二) 本件土地が収用されるときは、土地収用法七一条ないし七三条及び公共用地の取得に伴う損害補償基準八条ないし一〇条により、その土地に課せられた建築制限を考慮に入れずに時価で補償されるのであり、第一事件原告には損害が発生していない。

(三) 本件土地の買取代金を自己資本で賄うか、金融機関からの融資によるかは、専ら第一事件原告の事情によるものであるから、借入金の金利は損害ではない。

三 被告らの主張

(被告甲野ら)

1  第一事件原告は、本件売買契約締結当時、本件土地の一部が本件道路予定地に該当することを知っていたものであり、右予定地に該当する範囲については第一事件原告において容易に確認することができた事項であるから、本件瑕疵は民法五七〇条にいう「隠れた瑕疵」に該当しない。

また、民法五七〇条の定める瑕疵担保責任は法律が買主保護の見地から特に売主に課した法的責任であると解されているが、これは売主以外に責任を課すべき者がいないことを前提としていると解されるところ、第一事件原告が本件売買契約により損害を被ったのは被告国立市が誤った内容の本件証明書を発行したことに起因するのであるから、被告甲野らは右責任を負わない。

2  同時履行の抗弁

被告甲野らの売買代金返還義務は、第一事件原告の本件土地について共有者全員持分全部移転登記の抹消登記をなすべき義務と同時履行の関係にあるから、第一事件原告が右義務を履行するまで被告甲野らは売買代金の返還を拒絶する。

(被告国立市)

1  過失相殺

以下のとおり、第一事件原告には故意にも相当すべき重過失があり、第一事件原告と被告国立市の過失割合は一〇〇対〇が相当であるので、被告国立市は第一事件原告に対して賠償義務を負わない。

(一) 第一事件原告は宅地建物取引業者であり、かつ、本件売買契約には、経験の豊富な本件仲介業者や土地家屋調査士であるTが関与していることからすると、第一事件原告は、本件隅切り部分の存在を知っていたか、仮にそうでないとしても、本件土地のように角地の場合には道路の隅切り部分が存在するということを当然予想すべきであり、これを見過ごしたとすれば、故意に見過ごしたか、あるいは、故意に近い重過失があったというべきものである。

(二) 都市計画道路の図面の写しは被告国立市に常備されており、第一事件原告は申請をすればこれを直ちにかつ容易に閲覧できることを知っていたのであって、高額な土地取引に当たり、右の初歩的な調査を怠り、あえて本件証明書を流用した第一事件原告には限りなく故意に近い重過失があった。

2  権利濫用

第一事件原告が被告国立市に対して本件証明書の発行を根拠として損害賠償請求権を行使することは、次のとおり、著しく正義衡平の原則に反し、権利の濫用として許されない。

(一) 前記1記載のとおり、本件証明書の評価及び使用に当たり、第一事件原告には故意若しくはこれに相当すべき重大な過失があり、本件証明書に本件隅切り部分が欠落していることを奇貨として、あえて本件売買契約の資料とした疑いも極めて濃厚である。

(二) これに対し、被告国立市は、本件証明書を専ら建築確認申請のために行政サービスとして発行し、手数料も一五〇円を徴収しているにすぎない。また、仮に、本件証明書の発行に過失、違法性、第一事件原告の損害との因果関係が存するとしても、それらは極めて軽微なものである。

3  同時履行の抗弁

第一事件原告の本件売買契約の解除が有効であるとすれば、第一事件原告は、被告甲野らに対し、本件土地建物を原状に復して、すなわち、本件土地上に第一事件原告が取り壊した本件建物を復旧した上、本件土地についての共有者全員持分全部移転登記の抹消登記手続をして返還する義務を負い、この義務は被告甲野らが第一事件原告に対して負う売買代金の返還義務と同時履行の関係に立つところ、被告国立市は、被告甲野らの第一事件原告に対して有する同時履行の抗弁権を援用する。

本件売買契約の当事者間の原状回復義務による原状回復に当たって、第一事件原告に利益を付与するいわれはないから、被告国立市は、当事者間の衡平の理念に基づく右抗弁権を援用する権利を有する。

(第二事件)

一  請求原因

1(一) 本件売主ら(第二事件原告甲野一郎、同甲野三郎、同乙野秋子及び甲野五郎)は、平成三年四月二六日、第一事件原告に対し、本件土地建物を代金二億四六〇〇万円で売却した。

(二) ところで、本件土地については、その一部が本件道路予定地に該当することが判明していたので、本件売買契約の第一事件原告側の仲介業者であり、かつ、本件建物の借家人でもあった丸藤が、本件売買契約締結に先立ち、被告国立市に対し、本件土地のうち本件道路予定地に該当する範囲について照会したところ、被告国立市は、その範囲は別紙図面どおり南側既存道路より10.55メートル、北側既存道路より2.55メートルであり、その中間部分の土地(本件残余部分)は近隣商業地区として容積率四〇〇パーセントで五階建てまでの建物が建築可能である旨を回答し、本件証明書を発行した。

(三) ところが、その後、第一事件原告が五階建てビルの建築確認申請を行うに際し、本件証明書の内容は誤りであって、本件土地は、そのほぼ全部が本件道路予定地に該当するため、五階建てビルを建築することは不可能であることが判明した。

2 第一事件原告は、本件証明書を信用し、本件建物を取り壊して本件土地上に五階建てのビルを建築するとの計画のもとに、本件売買契約を締結したのであり、本件土地のほとんど全部が本件道路予定地に該当するのであれば本件土地を買い受けた目的を達成することができず、これは民法五七〇条の隠れた瑕疵に当たるとして、本件売買契約を解除するとともに、本件売主らに対して損害賠償を請求している。

3 被告国立市及び同東京都の責任

(一) 被告国立市

本件証明書の発行事務は被告国立市固有の事務である。仮にこれが本来的には被告東京都の事務であったとしても、被告東京都から事実上の委任を受けた機関委任事務として被告国立市において執行していた事務である。また、本件証明書の発行事務が被告東京都の事務であって、かつ、被告東京都から何らの委任をも受けていなかったとしても、本件証明書の発行は被告国立市の職務である、東京都知事の決定にかかる都市計画の図書を公衆の縦覧に供する事務の執行に付随してなされたものである。したがって、被告国立市は、国賠法一条一項に基づき、被告国立市の公務員が本件証明書を発行したことにより第二事件原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告東京都

本件証明書の発行事務は本来的には被告東京都の事務ではあるが、事実上の機関委任事務として被告国立市に右事務の執行を委任していたものである。仮に事実上の事務委任関係が認められないとしても、被告東京都は、地方自治法二四五条四項により、被告国立市に対して職務権限外の事務を行わないよう適切な勧告をなすべき職務権限を有しているところ、被告国立市が本件証明書の発行を含む都市計画道路予定地に該当する範囲についての証明書を発行する事務を行っていることを認識しながら、適切な勧告をなすべき職務権限を行使せず、漫然放置していたため、被告国立市が違法に本件証明書を発行し、ひいては、本件売主らに損害を生ぜしめた。したがって、被告東京都は、委任を受けた被告国立市の公務員の不法行為につき、国賠法一条一項に基づく責任を負い、又は、地方自治法二四五条四項による適切な勧告を怠ったという不作為の違法行為につき、民法七〇九条に基づく責任を負う。

4 損害

本件売主らが被った損害は次のとおりである。

(一) 第一事件原告に対する損害賠償債務 一億一五八五万〇四〇〇円

第一事件原告が主張している損害は第一事件請求原因6のとおりである。本件売主らが本件売買契約につき瑕疵担保責任を免れず、かつ、第一事件原告が前記のとおりの損害を被ったとすれば、本件売主らは第一事件原告に対して信頼利益の賠償義務があるので、第一事件原告が主張する前記損害金のうち、(二)ないし(六)、(九)の内金三四一八万円、(一〇)及び(一一)の損害金合計一億一五八五万〇四〇〇円の賠償債務を負担したこととなる。

(二) 固有の損害

(1) 本件売買契約につき本件売主ら側仲介業者である株式会社永和ハウジングに支払った仲介手数料

六〇〇万円(売主四名につき各一五〇万円)

(2) 第一事件に応訴するための弁護士費用

六〇〇万円(売主四名につき各一五〇万円)

(3) 第一事件を定期されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料

本件売主らは相続税の支払いを主たる目的として相続により取得した本件土地建物を売却したところ、被告国立市が発行した本件証明書を信用して本件売買契約を締結したにもかかわらず、これが誤りであったとして第一事件を提起されたのであるが、第一事件原告から請求されている損害賠償金の支払能力がないことはもとより、売買代金は既に相続税の支払い等で費消しているため、売買代金の返還能力すらないので、その対応に日夜苦慮している状況にある。殊に、甲野五郎は、全くの健康体であったにもかかわらず、第一事件を提起されたことによる心労が大きな原因となって、平成五年三月二日、突然、蜘蛛膜下出血により死亡するに至った。したがって、第一事件を提起されたことによる精神的苦痛の程度は、本件売主らのうち、甲野五郎については金二〇〇万円、その余の三名については各金五〇万円を下らない。

5 甲野五郎は平成五年三月二日に死亡し、同人が有する被告国立市及び被告東京都に対する損害賠償請求権は、妻である第二事件原告甲野春子がその二分の一を、長男である第二事件原告甲野二郎及び長女である第二事件原告乙山夏子がその各四分の一を相続した。

6 よって、第二事件原告らは、被告国立市及び被告東京都に対し、それぞれ国賠法一条又は民法七〇九条に基づき、前記4記載の損害賠償金の内金として、第二事件原告甲野一郎、同甲野三郎及び同乙野秋子は各金二五〇万円、第二事件原告甲野春子は金一二五万円、第二事件原告甲野二郎及び同乙山夏子は各金六二万五〇〇〇円及びこれらに対する訴状送達の翌日である平成五年一〇月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告国立市)

1  請求原因1について

(一) 同(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、被告国立市が中間部分の土地は近隣商業地区として容積率四〇〇パーセントで五階建てまでの建物が建築可能である旨を回答したことは否認し、その余は認める。

(三) 同(三)の事実のうち、第一事件原告が五階建てビルの建築確認申請を行うに際しとの点は不知、その余は認める。

2  同2の事実のうち、第一事件原告が本件証明書を信用した点は否認し、本件建物を取り壊して本件土地上に五階建てビルを建築するとの計画は不知、その余は認める。

3  同3(一)は争う。

被告国立市の主張は、第一事件の請求原因に対する認否4(一)ないし(四)、5(一)記載のとおり。

4  同4は不知ないし争う。

5  同5のうち、甲野五郎死亡の事実は認め、その余は不知。

(被告東京都)

(一)  同(一)の事実は不知。

(二)  同(二)の事実のうち、本件土地の一部が都市計画道路予定地に該当していることは認め、その余は不知。

(三)  同(三)の事実のうち、本件土地は、そのほとんど全部が都市計画道路予定地に該当していることは認め、その余は不知。

2 同2の事実のうち、第一事件原告が本件売主らに損害賠償を請求していることは認め、その余は不知。

3 同3(二)は争う。

(一)  都市計画道路の区域(範囲)などに関する証明事務については、都市計画法及び関係法令のいずれにもその根拠となる規定は設けられていないが、税務、土地売買等に関連して、右の証明を求める住民の要望が少なくないことから、市町村において、都市計画法二〇条に規定されている縦覧図書その他市町村が管理する図書類等に基づき、右の証明を行う場合がある。そして、市町村が行う右の証明事務の性質については、住民の福祉増進を存立目的とする市町村の本来的事務であって、地方自治法二条二項の公共(固有)事務に属するものと解される。したがって、右証明事務に伴う責任は、すべて当該市町村自らが負うべきものである。

被告国立市が国立市長名で行った本件証明書の発行は、被告国立市の固有事務として自らの判断と責任において行われたものであり、これについて被告東京都は何ら関与していない。

(二)  地方自治法二四五条四項の規定は、普通地方公共団体の特定の部門の運営の合理化に資するため、技術的な助言若しくは勧告をなす一般的・抽象的な権限を定めたものであって、他の普通地方公共団体が違法な行為をなしている場合において、これを是正するために設けられた趣旨とは解せられないし、また、そのように解せられたとしても、右規定により、都道府県知事等がこれを是正するために直ちにかつ具体的に勧告しなければならない義務が発生するというものでもない。

4 同4は不知。

5 同5は不知。

三 被告国立市の主張

1 過失相殺

仮に第二事件原告らに何らかの損害が発生したとしても、第二事件原告ら及び第一事件原告には悪意にも相当する重大な過失があり、その過失割合は、第二事件原告ら側が一〇〇パーセント、被告国立市は〇パーセントであるから、被告国立市は第二事件原告らに対して賠償責任を負わない。なお、第二事件原告らの過失の内容は、第一事件における被告国立市の主張1(過失相殺)と同じである。

2 権利濫用

第二事件原告らが、被告国立市に対し、本件証明書の発行行為を根拠として損害賠償請求権を行使することは、著しく正義衡平の原則に反し、権利の濫用として許されない。その理由は、第一事件における被告国立市の主張2(権利濫用)と同じである。

第三 証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  認定した事実

第一事件の請求原因1、2の事実、同3のうち、第一事件原告が本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと、同4の事実は、第一事件原告と被告甲野らとの間で争いがない。

第一事件の請求原因2(二)のうち、本件土地のほぼ全部が本件道路予定地に組み込まれ、本件土地上には五階建てのビルを建築することができないこと、同5のうち、被告国立市の担当職員が本件証明書を発行したことは、第一事件原告と被告国立市との間で争いがない。

第二事件の請求原因1(一)の事実、同1(二)のうち、丸藤が被告国立市に対して本件土地のうち本件道路予定地に該当する範囲について照会したところ、被告国立市はその範囲は別紙図面のとおり南側既存道路より10.55メートル、北側既存道路より2.55メートルである旨回答して本件証明書を発行したこと、同1(三)のうち、本件証明書の内容は誤りであって、本件土地はそのほぼ全部が本件道路予定地に該当するため、五階建てビルを建築することは不可能であることが判明したこと、同2のうち、第一事件原告が、本件土地のほとんど全部が道路予定地に該当するのであれば本件土地を買い受けた目的を達成することができないとして、本件売買契約を解除するとともに本件売主らに対して損害賠償を請求していること、同5のうち甲野太郎が死亡したことは、第二事件原告らと被告国立市との間で争いがない。

右当事者間に争いのない事実、甲第一ないし第六号証、第一四号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第一九号証、第二〇ないし第二四号証の各一、二、第二五、第二六号証、第二七号証の一ないし二二、第二八、第三〇号証、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第一二号証、丙第一号証、第二、第三号証の各一ないし三、第四号証の一ないし四、第五ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一四号証、第一五号証の一、二、第一六ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし八、第二一号証の一、二、第二三ないし第三〇号証、第三一号証の一ないし一七、第三二号証の一ないし四、第三三ないし第四〇号証、第四九ないし第五二号証、第五三号証の一ないし八、第五四号証の一ないし五、第五五号証、第五六号証の一ないし五、第五七、第五八号証、証人K(第一、二回)、同H及び同Mの各証言、第一事件原告代表者、第一事件被告兼第二事件原告甲野一郎及び同甲野春子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

一  本件土地が本件道路予定地とされるに至った経緯等

1  本件道路は、昭和一八年八月四日付け内務省告示第五三三号「立川都市計画街路決定」をもって位置及び幅員が計画決定され、その後、昭和三六年一〇月五日付け建設省告示第二二九五号「立川都市計画街路決定」、昭和四二年五月二三日付け建設省告示第一六六六号「国立都市計画街路の決定」と順次踏襲されてきたものであり、昭和四四年六月一四日に現行都市計画法が施行された後、数回名称が変更され、現在は国立都市計画道路三・四・七号線及び三・四・一三号線の名称が付与されているが、その位置及び幅員(いずれも一六メートル)には変更がなく、また、その交差点に本件隅切り部分を設けることも昭和一八年以来決定されており、その結果、本件土地(実測202.38平方メートル)は、ごく一部(0.74平方メートル)を除き、ほぼ全部が本件道路の予定地に組み込まれることとなった(丙第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし四、第五ないし第七号証、第八号証の一、二、第二三ないし第二八号証、第五一、第五七号証、証人Mの証言)。

2  被告国立市は、かねてから、都市計画法二〇条二項に基づき、同条一項により東京都知事から送付された都市計画決定に係る図書の写し(一〇〇〇〇分の一の平面図、三〇〇〇分の一の地形図、二五〇〇分の一の地形図など。丙第四号証の三、四、第八号証の一、二)を公衆の縦覧に供してきたものであり、右の写しには本件隅切り部分を含む本件道路の予定線が表示されていたのであるが、他方、被告国立市が右の図書を基に作成し、本件売買契約締結当時に領布していた「国立市都市計画図」(甲第二〇号証の一。以下「本件都市計画図」という。)には本件隅切り部分が表示されていなかった(証人Mの証言、弁論の全趣旨)。

二  本件売買契約締結の経緯

1  本件売主らの父親である甲野冬男は昭和六三年一二月六日に死亡した。本件売主らは本件土地建物を含む甲野冬男の遺産を相続し、そのころ、金融機関から三二〇〇万円を借り入れて、右相続に係る相続税を納付した。そして、本件売主らは右冬男から相続して持分各四分の一の割合で共有していた本件土地を売却して右借入金を返済しようと考え、平成二年一〇月ころ、被告甲野三郎の知合いが役員を勤めていた株式会社永和ハウジング(以下「永和ハウジング」という。)に本件土地建物の売却の仲介を依頼した(甲第四号証、乙第一二号証、証人Hの証言、第一事件被告兼第二事件原告甲野一郎本人尋問の結果)。

2  永和ハウジング社長のH'(以下「H」という)は、右依頼を受けて、そのころ、本件建物の一部を賃借していた丸藤の代表取締役Kを訪れ、同人に対し、本件土地建物の買主を捜してほしい旨依頼した(証人K及び同Hの各証言)。

3  Kは、かねてから本件土地の一部が本件道路予定地に組み込まれていることを知っていたものであるが、本件都市計画図を参照して本件土地のうち本件道路予定地に組み込まれていない部分(本件残余部分)についておおよその見当を付けた上、その部分に五階建ての建物が建つものと考え、そのころ、第一事件原告代表者丙山太郎(以下「丙山」という。)に対して本件土地建物の買取りを打診したところ、同人から具体的に話が決まれば検討する旨の回答を得た(証人Kの証言、第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

4  本件売買契約締結当時、国立市においては、都市計画に係る土地の取引に当たっては、被告国立市から都市計画道路等の予定地についての証明書の発行を受けて、これを重要事項説明書に添付するという取引慣行が存していたことから、Kは、そのころ、被告国立市の都市計画課を訪れ、担当職員に対し、本件道路予定地についての証明書を発行してほしい旨申し入れたところ、本件土地の現況測量図を作成して持参するように指示された(証人Kの証言)。

そこで、Kは、土地家屋調査士のTに依頼して本件土地の現況測量図(甲第一八号証)を作成してもらい、これを持参して、平成二年一二月一五日、再び右都市計画課を訪れ、証明願(丙第一九号証)を作成した上、これを右現況測量図とともに提出した。被告国立市の担当職員は、同月一九日ころ、都市計画課の窓口に備え付けられていた、本件都市計画図に計画道路の幅員等が記入されたものを基に、右現況測量図に朱線で本件道路予定地等を表示した本件証明書(甲第一号証)を作成し、これをKに交付した(証人K及び同Mの各証言)。

本件証明書によると、本件土地は北西側の既存道路から2.55メートル、南側の既存道路から10.55メートルの部分については本件道路予定地に組み込まれているものの、本件残余部分はこれに組み込まれていないとされていた。

なお、Kが作成した右証明願は建築確認申請のための証明願用紙をもって作成されたものであるが、当時、都市計画に係る証明願用紙としては右のものしか存しなかったことからこれを流用したものであり、本件証明書の発行を受けるに際し、右用紙に不動文字で添付するように指示されている確認申請の写し、委任状の写し、確認申請に必要な図面は提出しなかった(証人Kの証言)。

5  Kは、そのころ、本件証明書の写しを添付して本件土地建物に係る重要事項説明書(甲第一七号証)を作成し、丙山に交付した上、同人に対し、本件残余部分が近隣商業地域にあり、建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセントで、五階建ての建物が可能である旨説明した。丙山は、本件証明書の写しを見て、Kの右説明を信用し、第一事件原告として本件土地建物を購入し、本件土地のうち、本件残余部分には五階建ての建物を、本件道路予定地の部分には二階建ての建物を建てて、土地建物を一括して転売しようと考えた(証人Kの証言、第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

6  その後、第一事件原告と本件売主らは、K及びHを介して、本件土地建物の代金額について交渉し、本件売主らは当初三億六〇〇〇万円を希望したが、本件土地のうち将来的に利用できるのは全体の面積の約三分の一である本件残余部分のみであることや、本件建物の解体費用及び借家人である丸藤に対する立退料六〇〇〇万円を第一事件原告が負担する約定であることなどを考慮して、最終的に代金額を二億四六〇〇万円とすることで合意に達し、平成三年四月二六日、本件売買契約を締結した(甲第三号証、証人K、同H及び同Mの各証言、第一事件原告代表者及び第一事件被告兼第二事件原告甲野一郎各本人尋問の結果)。

なお、第一事件原告は、本件土地建物の代金や諸費用に充てるため、同年五月二二日、コスモ信用組合八王子支店から、金三億五〇〇〇万円を借り受けた(甲第一四号証、第二七号証の一ないし二二、第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

7  Kは、第一事件原告及び本件売主らの授権を得て、同年四月一二日、被告国立市の市長に対し、本件売買契約に係る国土利用計画法(以下「国土法」という。)二三条一項に基づく土地売買等の届出(以下「国土法上の届出」という。)を行った(以下「本件届出」という。丙第三一号証の一ないし一三)。

ところで、当時、金融機関が土地売買等に対する融資に当たっていわゆる国土法価格の七割から八割を融資額の上限とする運用をしていたことに加え、転売物件については、国土法価格を低い金額で届出してしまうと、転売に当たって再度国土法上の届出をする際にその価格が不勧告通知の基準となってしまうおそれがあったことから、国土法上の届出をするに当たり、実際の売買価格ではなく、不勧告通知を受け得る最高限の金額(以下「最高限価格」という。)で届出をするという取扱いが不動産業者間で事実上行われており、また、国土法上の届出をするに当たっては、当該土地の利用目的をも届け出ることとされていたところ、建物建築目的である旨届け出る場合には、当該建物の設計図書や見積書等を添付する必要があったことから、このような手間を回避するため、実際には建物建築目的で行われる土地建物の売買についても、現状のまま使用する旨届出をするという取扱いもなされていた。そこで、Kは、被告国立市の都市計画課の担当職員から本件土地の最高限価格が五億四〇〇〇万円である旨の情報を得た上、本件土地の価格が五億四〇〇〇万円であり、本件土地建物を現状のまま使用する旨の虚偽の届出をした。さらに、Kは、本件売買契約後の同年五月三一日、被告国立市の市長に対し、土地売買等契約状況報告書を提出したが(同号証の一五、一六)、その際にも本件土地の売買価格が五億四〇〇〇万円であった旨の報告を行い、また、右報告書に添付すべき本件売買契約の契約書の写しを改ざんして本件土地建物の売買価格が五億四〇〇〇万円であるように装った(証人Kの証言、第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

三  本件土地が本件道路予定地に組み込まれていることが判明した経緯

1  第一事件原告は、本件売買契約締結後、本件建物を取り壊した上、本件残余部分に五階建ての建物(以下「丙野ビル」という。)を建てて一括して転売する計画を実行に移すべく、一級建築士Y'(以下「Y建築士」という。)に丙野ビルの設計及び建築に向けた諸手続の処理を依頼した(甲第二五号証、第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

2  当時、被告国立市は、市内において相当規模の建物の建築を計画している建築主等に対し、事前審査としては、建築確認申請をする前に電波障害の調査をしたり近隣住民の承諾を得るよう指導していたことから、Y建築士は、丙野ビルの基本設計が完了した段階で、数回被告国立市を訪れ、右事前審査に従った手続を進めていたところ、その最中の平成四年三月ころ、被告国立市の担当職員から、本件残余部分は本件隅切り部分として本件道路予定地に組み込まれており、そこに丙野ビルを建築することはできない旨指摘され、直ちに丙山にその旨を報告し、さらに、丙山はKに対して同様の連絡をして事実関係の確認を依頼した(第一事件原告代表者本人尋問の結果)。

3  丙山から連絡を受けたKが被告国立市の都市計画課を訪れたところ、同課課長が、本件残余部分が本件隅切り部分の予定地であり、実際には五階建ての建物を建てることはできない旨告げて謝罪したことから、Kは、同課長に対して、本件土地を公共用地として買い取ってほしい旨申し入れたところ、これに対して、同課長は、被告国立市の方で何らかの対応をするので少し時間がほしい旨回答した(証人Kの証言)。

4  その一週間から一〇日ほど後の平成四年三月一九日、被告国立市の都市建設部長、都市計画課長及び担当係長が丸藤の事務所を訪れ、Kに対して、被告国立市が本件土地を買い取ることはできない旨回答し、謝罪した上、被告国立市市長佐伯有行作成名義の「都市計画道路証明の再証明について(お願い)」と題する書面(甲第二号証)を交付した。その書面には「平成2年12月19日付、国都証第83号を持って証明いたしました「都市計画道路証明」につきまして、平成4年3月6日、同証明の一部に証明漏れが見つかりました。大事な証明に対し、一部欠如があるまま証明し大変ご迷惑おかけいたしました点、深くお詫び申し上げます。ここに改めて正しい証明書を発行いたしますので、ご受納下さいますようお願いいたします。」との記載がなされており、また、本件残余部分が本件隅切り部分に含まれていることを示す図面が添付されていた(前同)。

四  第一事件原告と被告国立市との交渉及び本件売買契約の解除

丙山は、平成四年三月二三日ころ、被告国立市の市長及び助役らと面談し、被告国立市において本件土地を買い取るよう申し入れたものの、被告国立市が右申入れを拒絶したことから、同年四月三日ころ、本件売主らに対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(乙第二、第四、第六号証、第一事件原告代表者及び第一事件被告兼第二事件原告甲野一郎各本人尋問の結果)。

五  甲野五郎の死亡と相続

本件売主らの一人である甲野五郎は、平成五年三月二日、死亡した。第一事件被告兼第二事件原告甲野春子は同人の妻であり、第一事件被告兼第二事件原告甲野二郎及び同乙山夏子は同人の子である(弁論の全趣旨、第一事件被告兼第二事件原告甲野春子本人尋問の結果)。

以上のとおり認められる。

これに対し、被告国立市は、第一事件原告は、本件売買契約締結当時、本件隅切り部分の存在を知っていたと考えられる旨主張するけれども、前掲各証拠によって認められる事実、すなわち、第一事件原告が、本件土地建物の代金等に充てるために金融機関から三億五〇〇〇万円もの多額の借入れをしたこと、第一事件原告はその利息だけで既に八〇〇〇万円を優に超える支払いをしていること、第一事件原告は、丙野ビル建設のためにY建築士に中高層建物建築の事前審査手続や設計を依頼し、そのために電波障害調査費用や構造設計費用等を支出したことなどに照らすと、第一事件原告が本件隅切り部分の存在を知りながらあえて本件土地建物を買い受けたものとは到底認められず、被告国立市の右主張は採用することができない。

そこで、右認定事実を前提に、以下、本件各請求の当否について検討する。

第二  第一事件について

一  被告甲野らに対する請求について

1  前記認定事実によると、第一事件の請求原因1ないし4の各事実はいずれも認められる。

2  そこで、被告甲野らの主張が認められるかを判断する。

(一) まず、被告甲野らは、第一事件原告には本件瑕疵の存在に気付かなかったことにつき過失があり、本件瑕疵は民法五七〇条にいう「隠れた瑕疵」に当たらない旨主張するので、この点を検討する。

前記認定事実によると、第一事件原告は本件証明書の記載を信頼し、本件残余部分は本件道路予定地に含まれていないと考えていたことが認められるところ、もし、第一事件原告が被告国立市の都市計画課を訪れて都市計画法一四条一項に規定する都市計画の図書の写しを閲覧する手続を践んだならば、本件土地のほぼ全てが本件道路予定地に含まれていることを知り得たであろうと考えられるが、さりとて、一般に公文書は証明力が極めて高いとされていることや、前記第一、二、4で認定した国立市における不動産取引の実情に鑑みると、公文書である本件証明書の記載を信頼して、右の都市計画決定の図書の写しを閲覧しなかった結果、本件瑕疵の存在に気付かなかったからといって、第一事件原告に過失があったものとみることは相当でない。

したがって、被告甲野らの右主張を採用することはできない。

(二) さらに、被告甲野らは、民法五七〇条の定める瑕疵担保責任は売主以外に責任を課すべき者がいないことを前提としていると解すべきである旨主張する。しかし、民法五七〇条の定める瑕疵担保責任は、売買が有償契約という性質を持つことに照らして法律によって特に定められた責任であり、売主以外に責任を負うべき者がいないことを前提としているわけではないから、被告甲野らの前記主張は独自の見解であって、採用することができない。

3  以上のとおりであるから、本件売買契約の解除は有効であり、第一事件原告は被告甲野らに対して本件土地の引渡し及び共有者全員持分全部移転登記の抹消と引換えに、原状回復請求及び本件売買契約によって生じた損害の賠償を請求する権利を有するものと認められる(同時履行の抗弁は第一事件原告が自認している。)。

二  被告国立市に対する請求について

1  前記認定事実によると、第一事件の請求原因1ないし4の各事実はいずれも認められる。

2  そこで、請求原因5記載の第一事件原告の主張の当否を判断する。

(一)  まず、被告国立市は、国賠法一条一項にいう「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて」の要件を充足するためには、公務員の当該職務が憲法、法律若しくは条例によって明確に授権されたものであることを要し、本件証明書の発行はこれに当たらないと解すべきである旨主張するので、この点を検討するに、国賠法は、日本国憲法一七条の規定を受けて制定されたものであるところ、同条は、同憲法制定前のいわゆる「国家無答責」の原則を改め、公務員の不法行為により損害を受けた者に対する国又は公共団体の損害賠償責任を広く認めた趣旨と解され、かかる趣旨に照らすと、国賠法一条一項にいう「公権力の行使」とは、国及び地方公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法二条によって救済される営造物の設置、管理作用を除くすべての作用を包含すると解するのが相当であり、本件証明書の発行が純然たる私経済作用や営造物の設置、管理作用に当たらないことは明らかであるから、本件証明書の発行は公権力の行使たる職務行為に当たるものというべきである。

(二)  次に、被告国立市は、本件証明書は専ら建築確認申請のために使用されることを目的として発行されたもので、当該個所に都市計画道路予定地があるか否かのおおよその状況を示すものにすぎず、それが私人間の土地取引の土地価格、用途等の判断の資料に用いられる場合、これを誤らせないようにする注意義務はない旨主張するので、この点を検討する。

まず、前記認定事実によると、Kが本件証明書の発行のために証明願を提出した際、その証明願の用紙(建築確認申請のためのもの)に不動文字で確認申請の写し、委任状の写し、確認申請に必要な図面を添付するよう記載されていたにもかかわらず、被告国立市の担当職員がKに対してこれらの書面を提出することを求めなかったことが窺われ、この点に照らすと、被告国立市の担当職員は本件証明書が建築確認申請以外の目的で使用されるであろうことを認識していたものと推認することができる。

加えて、前記認定事実によると、本件売買契約締結当時、国立市において、都市計画に係る土地の取引に当たり、被告国立市から都市計画道路等の予定地についての証明書の発行を受けて、これを重要事項説明書に添付するという取引慣行が存していたこと、及び、被告国立市の担当職員が、本件証明書を発行するに当たり、Kに対して本件証明書作成のために本件土地の正確な現況測量図を作成して持参するように指示したことが認められ、これらの事情をも併せ考慮すると、被告国立市の担当職員は、右の取引慣行の存在、ひいては、本件証明書が本件土地取引の資料に用いられることを認識した上、これを許容あるいは黙認していたものと推断せざるを得ず、そうすると、被告国立市の担当職員には、都市計画に係る証明をなすに当たり、誤った内容の証明書を発行して、これを信頼した私人に不測の損害を与えないよう配慮すべき注意義務が存したものというべきである。

そして、前記認定事実によると、被告国立市の担当職員が内容の誤った本件証明書を発行した原因は、その作成に当たり、都市計画法一四条一項に定める都市計画の図書の写しそのものを参照することなく、都市計画課の窓口に備え付けられていた、本件都市計画図に計画道路の幅員等が記入されたものを基に、安易に前記現況測量図に朱線で本件道路予定地等を表示したことにあったのであるから、被告国立市の担当職員に内容の誤った本件証明書を発行したことについて過失があったことは明らかというべきである。

(三) さらに、被告国立市は、第一事件原告は本件隅切り部分の存在を知っていたから、本件証明書の発行には違法性がない旨主張し、また、本件証明書は専ら建築確認申請の目的に使用が限定されているから、第一事件原告がこれを本件売買契約の資料として使用して損害を被ったとしても、その損害との間に相当因果関係が存しないとも主張するが、前記説示のとおり、第一事件原告が本件隅切り部分の存在を知っていたものとは認め難く、また、被告国立市が本件証明書の使用目的を建築確認申請に限定していたものとは認められないから、右の各主張はいずれも失当である。

3  右のとおり、請求原因事実はいずれも認められるから、進んで、被告国立市の主張について判断する。

(一) まず、被告国立市は、第一事件原告は、本件隅切り部分の存在を知っていたか、仮にそうでないとしても、本件隅切り部分の存在を故意に見過ごしたか、あるいは、見過ごしたことにつき重過失があったとして、過失相殺を主張するが、第一事件原告が本件隅切り部分の存在を知っていたと認められないことは前記認定事実のとおりであり、また、前記一、2、(一)記載のとおり、第一事件原告が本件証明書の記載内容を信頼して、本件隅切り部分の存在に気付かなかったことにつき過失が存したものということはできない。

(二) また、被告国立市は、第一事件原告には、本件証明書の評価及び使用に当たり、故意若しくはこれに相当すべき重大な過失があるなどとして、第一事件原告が本件証明書の発行を根拠として損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用として許されない旨主張するが、第一事件原告に右の故意又は重過失がなかったと認められることは、右(一)記載のとおりである。

(三) さらに、被告国立市は被告甲野らが第一事件原告に対して有する同時履行の抗弁権を援用する旨主張するが、同時履行の抗弁権は双務契約から生ずる対立した債務の間に履行上の牽連関係を認めようとする制度であるから、本件売買契約の当事者でない被告国立市は同時履行の抗弁権を援用することはできない。

(四) したがって、被告国立市の主張はいずれも採用することができない。

4  以上のとおりであるから、第一事件原告は、被告国立市に対して、国賠法一条一項に基づき、本件売買契約によって生じた損害の賠償を請求する権利を有するものと認められる。

三  そして、甲第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一五号証、第一六号証の二、第二七号証の一ないし二二、第二九号証の一ないし六、第一事件原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、第一事件原告が、本件証明書の記載を信用して本件売買契約を締結したことに起因して、被告甲野らとの関係では請求原因6(一)ないし(六)、(七)(ただし、四三一万九一八九円)、(九)ないし(一一)記載の合計四億一二六七万二七七一円の損害を被ったことが認められる。請求原因6(七)の平成四年度の固定資産税等及び同6(八)の不動産取得税についてはこれを認めるに足りる証拠がない。本件売主らは、本件土地建物を持分四分の一ずつの割合で共有していたから、原状回復債務及び損害賠償債務も四分の一ずつの分割債務となり、甲野五郎の死亡により同人の債務は第一事件被告甲野春子がその二分の一、第一事件被告甲野二郎及び同乙山夏子が各四分の一ずつの割合で相続した。したがって、第一事件被告甲野一郎、同甲野三郎及び同乙野秋子はそれぞれ一億〇三一六万八一九二円、第一事件被告甲野春子は五一五八万四〇九六円、第一事件被告甲野二郎及び同乙山夏子はそれぞれ二五七九万二〇四八円を第一事件原告に支払う義務がある。第一事件原告は、被告甲野らに対する本訴請求が本件土地の引渡し及び抹消登記手続と同時履行の関係にあることを認めているから、被告甲野らは履行遅滞にはならず、遅延損害金の請求は理由がない。

次に、被告国立市との関係では、第一事件原告は右と同額の損害を被っていると認められるけれども、他方、第一事件原告は本件土地を更地の状態で所有しているとみることができるから、損益相殺の法理により本件土地の実質的な売買代金相当額(第一事件の請求原因6(一)、(二)、(四)の合計額)である三億〇八六六万七七〇〇円を損害額から控除すると、損害は一億〇四〇〇万五〇七一円となる。第一事件の弁護士費用は、本件事案の性質、内容、認容額、審理期間等を考慮すると、五〇〇万円とするのが相当である。そうすると、被告国立市に対する請求額は一億〇九〇〇万五〇七一円となる。

なお、被告国立市は、①第一事件原告は本件隅切り部分が存在するものとして本件土地を評価して取得したのであり、また、当初から転売する意図を有していなかった、②本件土地が収用されるときは、土地収用法及び公共用地の取得に伴う損失補償基準によりその土地に課せられた建築制限を考慮に入れずに時価で補償されるとして、第一事件原告には損害が生じていないと主張し、また、③第一事件原告が本件土地建物の購入資金等に充てるために金融機関から借り入れた融資金の利息の支払いは損害に当たらないとも主張するが、右の①については、前記認定事実に照らして採用することができず、右の②については、いまだ本件土地に対する収用手続がなされていず、かつ、これがなされる見通しもついていない現時点において、この主張が失当であることは明らかであり、さらに、右③については、高額の購入資金は金融機関からの借入れによるのが通常であるから、右の利息の支払いと本件証明書の発行との間には相当因果関係が存するものと解される。したがって、被告国立市の主張はいずれも採用することができない。

四  以上によれば、第一事件原告の請求は、主文第一項及び第二項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

第三  第二事件について

一  前記第一の認定事実によると、第二事件の請求原因1(一)ないし(三)、2及び5の各事実はいずれも認められる。

二  そこで、同3の主張について判断する。

1  まず、本件証明書の発行が被告国立市と同東京都のいずれの事務であるかについて検討するに、前記認定事実によると、被告国立市は、かねてから、都市計画法二〇条二項に基づき、東京都知事から送付された同法一四条一項に定める都市計画の図書の写しを公衆の縦覧に供する事務を行っていたこと、及び、前記第二、二、2、(二)記載のとおり、被告国立市は、建築確認申請の目的に使用されると否とにかかわらず、都市計画に係る証明書を発行していたことが認められ、かかる事情に照らすと、本件証明書の発行は右の都市計画の図書の写しを公衆の縦覧に供する事務に付随してなされたものとみるのが相当であり、これが被告国立市の固有の事務であることは明らかというべきである。

2  そして、本件証明書の発行につき、被告国立市が国賠法一条一項に基づく損害賠償責任を負うものと解すべきことは、前記第二、二、2、3記載のとおりであるから、第二事件原告らは被告国立市に対して本件売買契約によって生じた損害の賠償を請求する権利を有するものと認められる。

三  次に、第二事件原告らが本件証明書の記載を信頼して本件売買契約を締結したことに起因する損害について検討するに、第二の三掲記の各証拠によると、第二事件原告らは第一事件原告に対して第一事件の請求原因6(三)、(五)、(六)、(九)の内金三四一八万円、(一〇)及び(一一)の合計四六〇三万二二〇〇円(第一事件の請求原因6(一)、(二)及び(四)は原状回復義務として負担するものと解することができるから、損害から除外する。)の損害賠償債務を負担している。また、弁論の全趣旨によると、本件売主らは本件売買契約につき、永和ハウジングに対して仲介手数料六〇〇万円を支払ったことが認められるから、これも本件売主らの損害となる。前記第一認定の事実及び弁論の全趣旨によると、第一事件に応訴するための弁護士費用六〇〇万円は被告国立市の職員の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることができる。また、本件売主らは、被告国立市の職員の不法行為により第一事件を提起され、長期間にわたって応訴を余儀なくされたことにより、著しい精神的苦痛を被ったことが認められるから、被告国立市は本件売主らに慰謝料を支払う義務があるところ、第一事件の内容、審理期間等を考慮すると、慰謝料の額は本件売主ら四名につき合計二〇〇万円(一名につき五〇万円)とするのが相当である。甲野五郎の死亡による慰謝料は被告国立市の職員の不法行為との間に相当因果関係がない。第二事件原告らの請求は、これらの損害のうち、一〇〇〇万円を第二事件原告甲野一郎、同甲野三郎、及び同乙野秋子が各二五〇万円(各四分の一)、第二事件原告甲野春子が一二五万円(八分の一)、第二事件原告甲野二郎及び同乙山夏子が各六二万五〇〇〇円(各一六分の一)の限度で請求する趣旨と解することができるから、右請求は理由がある。

なお、被告国立市は過失相殺を主張しているが、これが認められないことは前記第二、二、3、(一)記載のとおりである。

四  以上のとおりであるから、第二事件原告らの被告国立市に対する請求は理由がある。

これに対し、前記第三、二、1記載のとおり、本件証明書の発行が被告国立市の固有の事務と認められる以上、第二事件原告らの被告東京都に対する請求は理由がない。

第四  よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・矢﨑博一、裁判官・中山節子、裁判官・佐藤英彦)

別紙物件目録<省略>

別紙現況測量図<省略>

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