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東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)1051号 判決 1997年10月16日

原告

我孫子純

右訴訟代理人弁護士

荒木昭彦

丸山健

被告

京王帝都電鉄株式会社

右代表者代表取締役

西山廣一

右訴訟代理人弁護士

石川清隆

主文

一  原告の平成六年一一月一四日付書面による停職一日の懲戒処分の無効確認を求める訴えを却下する。

二  原告の損害賠償を求める請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求

1  被告が原告に対し平成六年一一月一四日付書面により行った停職一日の懲戒処分は無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

主文第一項と同旨

2  本案の答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  争いのない事実(但し、事実の末尾に証拠を記載したものは、その証拠により容易に認められた事実である。)

1  被告は、鉄道事業法による運輸業、自動車による一般運輸業等を行う株式会社であり(<証拠略>)、原告は、平成二年四月に被告に入社し、被告自動車事業部調布営業所に所属して、高速バス運転業務に従事していたものである。

2  原告は、平成六年九月二五日午後一時二〇分ころ、岡谷駅発新宿駅行の被告の定期高速道路線バス(以下「原告バス」という)に運転士として乗務し、そのころ、原告バスに一般乗客約三二名を乗せて出発した。そして、原告は、午後二時二〇分ころ、原告バスを運転して中央高速道路富士見バス停付近を走行していたところ、同じ方向に進行していた数台のバイクを追い越し、その後、原告バスを双葉サービスエリアに所定の休憩のために到着させた。原告は、同所で、右バイクの運転者らから原告の原告バスの運転の仕方について抗議を受け、紛争となった。そして、原告バスが運行できないため、原告バスの乗客約三二名は他社便に乗せ替えさせられた(<証拠略>)。

3  原告は、平成六年一〇月三日から高速道路線バスの下車勤務を命じられ、その後、右紛争について被告担当者の事情聴取を受け、右紛争についての反省文ないし感想文の作成を命じられた。

4  そして、被告は、平成六年一一月一七日、原告に対し、右紛争につき、別紙本件懲戒処分記載の事由により、被告就業規則第一一六条第一号(会社の諸規則又は職務上の義務に違反し、秩序を乱したとき)、同第二号(業務上と否とを問わず、著しく会社の信用を害し、又は体面を汚すような行為があったとき)に該当するとし、同一四日付書面交付の方法により、同就業規則第一一七条第四号(停職、一〇労働日以内出勤を停止し、その期間賃金を支給しない)に基づく停職一日の懲戒処分を通告し、同年一一月一八日、同処分を実行した(以下「本件懲戒処分」という)(<証拠略>)。

5  被告は、平成六年一一月九日から同年一二月一五日まで、原告を車庫整理等のバス運転以外の業務に従事させていたが、同年一二月一六日、中野営業所に配転のうえ路線バス運転業務を命じ、原告はバス運転勤務に戻った。

6  原告は、その後、路線バス運転の業務に従事していたが、平成八年九月頃被告を退職した。

二  原告の主張

1  本件懲戒処分の無効

(一) 被告は、原告が事故発生の危険性が高い走行をし、また、その後の対応が不適切であったとして、原告に対して本件懲戒処分を行ったが、原告が危険な走行をしたことはなく、むしろ、原告はバイクの危険走行から原告バスの運行の安全を守るよう努めていたのである。また、バイク運転者らが納得しなかったために騒ぎが大きくなったのであり、原告は適切な対応をしていたのである。

原告は、本件についての調査の過程で右経過を被告担当者に説明したが、被告担当者は原告の説明を聞こうとせず、一方的にバイク運転者らの投書に基づいて原告を非難するばかりであった。その結果、誤った事実に基づき本件懲戒処分がなされたのである。

(二) 本件紛争の事実関係は次のとおりであった。

(1) 原告は、平成六年九月二五日午後二時過頃、原告バスを運転し、中央高速道路富士見バス停付近を走行していたところ、後方よりバイク三台が続けて原告バスを追い越し、原告バスの前方に入った。バイクの追い越しは強引であり、かつ、原告バス前方に入ると急にスピードを落としたために原告バスがバイクに衝突しそうになり、原告はあわてて急ブレーキを踏むと共にクラクションを鳴らした。その後、更にもう一台のバイクが原告バスの前に入り、計四台のバイクが原告バスの前を走行するようになった。

バイクは時速七〇キロメートル位まで減速して走行したため、原告は追越車線に入り、バイクを追い越そうとした。ところが、原告バスが追越車線に入ったとたん、バイクの方でも速度を上げ、原告バスと並走するような形となり、原告バスがバイクを追い越すのを妨害した。原告はいったん追い越しを断念して、バイクの後方に入って走行車線に戻ろうと速度を落とした。しかし、今度はバイクの方でもスピードを落として再び原告バスと並走するような形で、原告バスが走行車線に戻るのを妨害した。原告バスとバイクは並走して走行したが、そのうちにバイク後方に隙間ができたので原告はその間に入って走行車線に戻った。原告は走行車線に戻るような走行をしていたのであり、このことはバイクにも当然わかっていたはずであり、突然バイクの間に割り込んだものではない。

(2) 原告バスがバイク後方に戻った後、前方のバイクが急に減速したりするため、原告は衝突の危険を感じ、再度追い越そうと考えた。そのため原告バスは再度追越車線に入ったが、バイクの方では前と同様、速度を上げてきたため、原告バスとバイクは前と同様並走するようになった。原告は、バイクの意図的な走行妨害を感じ、このままではらちがあかないと考え、今度は速度を上げてバイクを追い越し、走行車線のバイクの前に入った。右追い越しは原告バスの車体がバイクの車体を充分に抜き去った段階で行ったもので、バイクの直前で車線変更したものではなく、原告バスがバイクに接触するような危険は全くなかった。

(3) 原告バスがバイクを追い越した後、バイクはさらに原告バスを追い越し、前同様の減速走行をしばらくした後、走り去った。原告バスはその後、双葉サービスエリアに到着した。原告は、サービスエリアで休憩のため下車したところ、突然前記バイク運転手らが突然大声で「てめえ、何という運転するんだ。」等とどなってきた。原告は、相手が原告バスの走行を妨害したことを棚に上げて一方的にどなって(ママ)のをたしなめる意味で「あなた達でも、あんな運転をされれば頭にくるのではないか。」などと普通の口調で発言した。その後のやり取りでも原告は原告バスが追い越しをした理由などを説明し、理解を求めようとしており、感情的に応対したようなところはなかった。しかし、バイクの男性らは納得しようとせず、執拗にに(ママ)からんできた。そのため、原告は事態を収拾するため、被告操車係草野に架電し、事情を説明した上で、警察の出動を求めてよいか、時間がかかりそうなので乗客を他のバスにふりかえてもよいかとの指示を求めたところ、草野はどちらも了承した。その後、バイクの男らの通報により警察官がかけつけたが、双方の話を二、三〇分位聞き、「お互い謝ればいいではないか」旨発言し、事故の扱いにするということもなく帰った。

(三) よって、本件懲戒処分には全く理由がなく、無効というべきである。

2  被告の不法行為

(一) 被告は、右のような誤った事実認定に基づき、原告を懲戒処分に付した。そして、右無効な処分に基づき高速バス運転手だった原告を路線バスの運転手へと配転した。これらの処分は違法である。

(二) 本件事件後、原告は平成六年一〇月六日から下車勤務を命じられ、その中で本件の調査の名目で連日のように長時間の事情聴取を受け、反省文、始末書の作成を命じられた。即ち、被告は原告に対し、平成六年一〇月三日、六日、七日、八日、九日、一〇日、一三日の七回にわたり執拗に反省文の作成ないしその書替えを求め、更に、同月一〇日、一一日、一四日、一五日、一六日、一九日、二〇日ないし二七日の一四回にわたり感想文等の作成提出を命じた。そして、原告の弁明を全く信用しようとせず、原告に対し投書の内容とおりの虚偽の事実を認めるよう執拗に迫り、退職届・誓約書の提出を強要した。

これらの書類の作成は、被告が労使関係上の力関係を背景として原告に義務なきことを強要したものであって違法である。

(三) 被告の加藤所長や丸山課長は、原告から事情聴取する際、原告に対し、「あなたの性格は理屈っぽい。四〇歳も過ぎてあなたの性格は直らないでしょう」、「よくこんな文章が書けますね。私じゃ書けないですよ。さすが大学を出てますね」等とことさら侮辱的な発言をし、原告が事情を説明しようとしても、「それでは反省がない」などの人格非難かつ侮辱的な発言を繰返した。

これら暴言は懲戒手続においても許されるものではなく、原告に対する違法な行為である。

(四) 被告は、本件懲戒処分後も原告を直ちに職務復帰させず、暫くの間、原告に仕事を与えず、あるいは平成六年一一月九日から同年一二月一五日まで一か月以上原告の本来の業務ではない車庫整理に従事させた。

原告にこのような業務外の仕事を長期間させることは違法である。

(五) 原告は、下車勤務により大幅な賃金減額に至ったうえ右被告の各種違法行為により耐え難い精神的苦痛を被ったものであるところ、同苦痛は金五〇〇万円をもって慰謝するのが相当である。

3  よって、被告に対し、本件懲戒処分の無効確認及び不法行為に基づく損害金五〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  本案前の主張

本件懲戒処分の無効確認を求める訴えは、過去の事実行為の効力の存否を確認の対象とするものであり、しかも確認の利益がなんら明確でないので、不適法であり、却下されるべきである。

2  本件懲戒処分について

(一) 本件懲戒処分に至る経過

(1) 原告は、平成六年九月二五日、双葉サービスエリアから被告の永福町車庫に対し、電話で、紛争により運行できないので乗客を他のバスに乗せ替えさせた旨の連絡をし、永福町車庫に入庫後、顛末書を書いたが、原告の危険な運転行為については何も記載しなかった。しかるところ、同月二九日バイクグループの一員から被告に対し苦情文章(ママ)が送付され、それには、原告が、同月二五日に中央自動車道上で高速バスを営業運転中、バイクグループに対して危険な運転行為をしたことが記載されていた。そこで、被告は同月三〇日調布営業所において原告に対する事情聴取を行い、タコグラフと照合させて具体的走行状況を図示させたところ、原告は強引な進路変更をしたことを認めた。そこで、被告は、同年一〇月一日苦情者らと面会し、前記苦情文書どおりの事実関係を確認した。また、監督官庁である運輸省関東運輸局補佐官から苦情文書の内容について説明を求められ、同年一〇月五日、同省関東運輸局へ出向いて口頭説明をしたところ、同補佐官らから再発防止策等について具体的説明を求められた。そこで、平成六年一〇月一一日、同月一四日、同月三一日、本社において、更に原告に対する事情聴取を行うとともに反省文等の提出を求めた。

(2) 被告は、右事実調査の結果に基づき、別紙本件懲戒処分記載のとおりの事実を認定し、この事実に基づいて平成六年一一月一八日本件懲戒処分を行った。

(二) 本件懲戒処分の理由

原告を本件懲戒処分に付した理由は次のとおりであった。

(1) 被告の高速バス業務は、公共旅客輸送の一翼を担っている極めて公共性の高い事業であり、高速バス運転士は、このような公共旅客輸送事業にたずさわる者として、常に多数の乗客の人命を預かって、安全、迅速、確実、快適に目的地に輸送するという重大なる使命を担っている。即ち、バス運転士は、運転に際しては、旅客と公衆の安全を確保するため、安全運転等あらゆる点において、事故の防止に努める義務がある。

他方、被告は、バス運転士に対し、各種教育の機会をとらえ、また事故防止運動、交通安全運動等において、次の点を徹底させている。<1>高速道路における安全五原則〔安全速度を守る・適切な車間距離を保つ・割り込み運転をしない(交通マナーを守り、防衛運転をする)等〕を遵守すること、<2>優先意識をもたない運転を厳守する。とりわけ、aバイク等の行動については、最後まで注意して事故防止に努める、b弱者に対し、思いやりある態度で接して事故防止に努める、c若者ドライバー等の運転する車両には、十分注意し、事故防止に努める、等を徹底させていた。

さらに、本件事件が発生した平成六年九月二五日は、同月二一日から三〇日までの秋の交通安全運動実施期間の五日目であり、調布営業所においても、この運動期間中、所長らが早朝点呼に立会い、運転士全員が交通安全章を着用し(原告も含む)、最重点実施事項のひとつとして、調布営業所独自の取組として高速道路における安全五原則および夜行便等の事故防止を定め、その内容として、高速道路における安全五原則のほか「夜行便・長距離便等は、道路状況に適応した安全速度の厳守と車間距離の確保を徹底する」との点を強調していた。

原告の引き起こした本件事件は、被告自動車事業に対する旅客、公衆および地域からの信頼を大きく損なうものであったというのみならず、被告のこれら日頃の安全運転の指導、教育に著しく反するものであった。

(2) また、原告は、三二名の乗客の輸送の責務がありながら、接遇の基本を逸脱し、双葉サービスエリアにおいて、苦情者らに対し不穏当な発言をして苦情者らの感情を逆撫でし、警察官から事情を聴取される事態に立ち至らせてしまい、結局、乗客らを他社便へ乗せ替えるという不便を与えさせ、もって、被告に対する旅客、公衆および地域からの信頼を損なわせた。

(3) 原告の本件事件は、被告の業務に対し次のとおりの大きな影響を及ぼした。

本件事件により、調布営業所長をはじめ、本社の管理職等が本件事件の事実関係を明らかにするために、原告、警察署、苦情者等からの情報収集や面会等に多くの時間をさかざるを得なかった。また、本件事件では、同業他社の高速バスに旅客を振り替える等、旅客および同業他社に対して余計な負担をかけた。さらに、原告が、当初、主観的な顛末書を提出していたため、被告は苦情の投書により、はじめて事の重大さに気づくこととなり、甲府から急遽原告を呼ぶため、代替要員の手配をせざるを得なかった。また、被告は、関東運輸局長等の監督官庁に対し面目を失った。

(4) なお、原告は、本件以前にも乗客から苦情を述べられていた。即ち、平成四年九月一四日の原告の高速バス運転操作について、乗客から、「新宿から双葉サービスエリアまでの間、車線変更が頻繁でしかも急ハンドルである。」「渋滞時にもスピード調節が荒く、ノッキングさせ非常にのりこご(ママ)ちが悪い。」「一部の乗客で合議し、運転士に苦情を言ったところ、これはおれの運転だからしょうがない。」と返答したとの内容の苦情を述べられた。被告は、原告から事情を聴取したが、事実を争わず、反省の意を表したので、厳重注意とした。なお、被告の高速バス運転士の運転行為に対する苦情が極めて希なところ、運転行為について、二度にわたり苦情をうけた運転士は原告唯一人である。

(5) また、被告のバス業務上の懲戒例としては、次のようなものがあり、原告への本件懲戒処分は重いということはなく、他との均衡を失するものではない。

<1>平成五年、路線バス運転士が一般道上を回送運行中、走行に関するトラブルから、自車を停車させたのち降車して相手車両の運転手に対し、暴言をはいて言い争いをした。右運転士は、事実関係を認めたため、停職一日の懲戒処分とした。<2>平成三年、運転士が夜行高速バスに乗務した際、同乗していた交替運転士と走行中感情的に対立し、サービスエリアで停車中に交替運転士に暴行を加えた。暴行を加えた運転士は、事実を認めたので、停職二日の懲戒処分とし、交替運転士は、勤務中に言い争いを行った点で譴責の懲戒処分とした。暴行を加えた運転士は、右懲戒処分の後、路線バス勤務に異動させた。

(三) 以上のとおり、本件懲戒処分は、別紙のとおりの事実に基づき、適正になされたものであって有効である。

3  不法行為の主張について

原告の主張する事実は何ら不法行為を構成する事実とはいえず、主張自体失当である。即ち、被告が下車勤務を命じたことは認めるが、下車勤務とは、基準内賃金を支払い、就労には及ばないとの扱いにすぎないのであるから、原告を下車勤務することについてそれだけで違法不当と非難されるいわれはない。事情聴取を繰り返したことについては、原告の雇用契約上の調査応諾義務を考えれば何ら妥当性を欠くものではない。被告は原告に対し感想文等の文章の作成を強制したことはなく、もとより本件懲戒処分にいかなる形にも参酌されてはいない。また、平成六年一〇月八日以降、会社が原告に対し、反省文の作成を命じた事実はない。また、被告が原告を車庫整理に就労させることがいかなる意味で本件にかかわるのか判然としない。

第三争点に対する判断

一  本件懲戒処分の無効確認を求める訴えについて

確認の訴えの対象となるのは、原則として現在における一定の権利又は法律関係の存否であり、例外的に、ある基本的な法律関係から生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、現在の権利または法律関係の基本となる法律関係を確認することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合においては、過去の法律関係であっても、確認の利益があると認められる。そうすると、本件懲戒処分は過去の法律関係であるところ、原告は平成八年九月頃被告を退職しているのであるから、本件懲戒処分の有効、無効が、原・被告間の雇用契約に基づく法律関係の存否、効力等に影響を及ぼすことはなくなったというべきである。従って、本件懲戒処分の無効確認を求める訴えは、確認の利益が認められないものであるから、却下することとする。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について

1  本件懲戒処分の事実認定の誤りの有無

証拠(<証拠・人証略>)によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告バスには法令に基づきタコグラフが設置されていたところ、これによれば、バスの速度、運行距離、運行時間等の走行状況が正確に再現することができる。右タコグラフの解析結果を基にして、これに原告とバイク運転者双方の述べる内容を照らし合わせると、原告バスとバイクらの走行状況は次のとおりであった。

(二) 原告は、平成六年九月二五日一四時一〇分、原告バスを運転して中央高速道路富士見バス停を東京方面に向け出発し、走行車線を時速約九七キロメートルまで加速して走行していたところ、同バス停から約一、二キロメートルの地点でバイク四台のグループの後方を追従して走行することになった。バイクグループは時速約九〇キロメートルで縦列となって走行し、更に前方の二台と後方の二台が小グループとなって走行していた。なお、右付近の中央高速道路の法定速度は時速八〇キロメートルであった。

原告バスは、時速約九〇キロメートルに減速し、間もなく、追い越し車線に進路変更をして時速約九六キロメートルに加速し、バイクらの追い越しを図ったが、バイクらの速度が上がったためバイクグループ全体を追い越すことができず、後方二台の小グループのバイクらとしばらく併走した後、これらを追い越して一旦走行車線に戻った。右の際の原告バスの追い越しの仕方は、原告バスを右バイクら方向に区分帯ぎりぎりまで近づけて、方向器を一~二回点滅させてから右バイクらの前方に進路変更する方法で行われた。右バイクらは併走していた原告バスがバイクらとの側面に近接してきて、更に前方に進路変更してきたので、危険を感じ、左に寄る等の回避の措置をとった。右バイクらは原告バスが側面から右バイクらに危険を感じる程度に近接してきたもの、いわゆる危険な幅寄せを行ったものと感じた。

原告バスは、走行車線に戻った後時速約九三キロメートルで走行し、更に前方二台の小グループのバイクの追い越しを図り、追い越し車線に進路変更して時速約一〇三キロメートルに加速し、ゆっくりと右バイクらの(ママ)追い越し始めた。しかしながら、右バイクらが更に速度を上げたため、原告バスも約一一〇キロメートルに速度を上げたが、一台のバイクを追い越した後先頭のバイクと併走状態になった。原告は、右バイクが速度を落とさないため、併走状態のまま、原告バスを区分帯を越える程度に右バイクの側面に近接させ、そのままの状態で併走させた。原告の右幅寄せ運転の結果、同バイクが速度を落としたため、原告バスは、同バイクを追い越し、その直前で走行車線に進路変更した。右バイクの運転者はバイクの免許を取得して間がない女性運転者であったが、急に原告バスが側面から衝突の危険を感じる程度に近接してきたため驚愕し、咄嗟に前輪ブレーキを握りしめたため前輪がロックし、ハンドルが左右にぶれだし、転倒寸前の状態に至ったが、路側帯に進んだところで徐行状態まで速度が落ちたため、すんでのところで転倒事故を回避することができた。

(三) 原告は、双葉サービスエリア到(ママ)着すると、右バイク運転者らから原告バスの前記危険な運転につき強い抗議を受けた。これに対し原告は、バイクグループも危険な進路変更をした等と答え、双方口論となった。そこで、バイク運転者らは、原告を訴えるべく一一〇番通報し、事態の収拾の目処が立たなくなった。そこで、原告は、永福町車庫に電話連絡をしたうえ、乗客約三二名を他社のバスに乗せ替えさせた。そして、右通報により到着した警察官の事情聴取を受けた。

2  以上の事実によれば、本件懲戒処分の理由となった事由、即ち、原告が右バイクに対し事故発生の危険性が高い危険な走行を行い、また、その後のバイク運転者への対応が不適切であったことは明らかであり、本件懲戒処分の事実認定に誤りはないものというべきである。したがって、誤った事実に基づき本件懲戒処分がなされた旨の原告の主張は失当である。

三  その余の不法行為の成否について

1  証拠(<証拠・人証略>)によると、被告が原告を懲戒処分に付した経緯及びその後の措置について、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成六年九月二五日、本件紛争の顛末書を書いたが、原告の危険な運転行為については何も記載しなかった。しかるところ、同月二九日バイクグループの一員から被告に対し苦情文書が送付され、それには、原告が同月二五日に中央自動車道上で高速バスを営業運転中、バイクグループに対して危険な運転行為をしたことが記載されていた。そこで、被告は、双葉サービスエリアを管轄する甲府昭和サービスエリアの高速警察隊に架電して事情を聴取するとともに、原告から事態の詳細を聴取することとし、高速バス飯田定期便に乗務し、甲府で一泊した後、翌日遅くに永福町車庫(調布営業所の高速バス車庫)に入庫することになっていた原告に代えて他の乗務員を乗務させ、翌三〇日、原告を調布営業所に出頭させた。そして、被告は、原告に対し、苦情文書のコピーを示して説明反論させたうえ、具体的走行状況を図示させた。

(二) 被告は、同年一〇月三日、懲戒処分を決定するまでの措置として、同月六日から下車勤務とする旨原告に対し通告するとともに、同月六日、被告研修センターにおいて運転適性診断を受けることを指示し、帰社後退社時間まで始末書の作成を指示した。同月七日には自動車事故対策センターの運転適性診断を受けることを指示し、原告はこれを受け、帰社後退社時間まで始末書、反省文を作成した。原告は同月六日に始末書、同月九日に反省文、同月一〇日頃「セイフティエクスプレスを読んで」の感想文を作成した。

(三) 被告は、同年一〇月一一日と同月一四日、原告を本社に出頭させ、原告から事情聴取した。本社での事情聴取の際には、原告は事実関係を争うことはなかったが、相手も悪いとの主張を繰り返したことから、被告は、原告が相手のバイクグループと対等の立場で考えており、高速バスの運転士としては問題があると考えた。また、同月一四日の被告本社での事情聴取の際には、原告が同月一三日に作成した始末書で、今後問題を起こした場合には退職という形で責任をとると書いていたことから、被告はその真意を確認するため、退職願用紙を原告に示したところ、原告は躊躇していたが、結局署名押印した。

(四) 被告は、原告の事情聴取対応から原告には問題があると考えていたところ、右事情聴取の後、被告の訴外労働組合(以下「組合」という。)から、「原告が『会社は一方的にまくし立てるだけで、自分の弁明を一切聞いてくれない。』などと言っているが、どうなのか。」と問い合わせを受けたうえ、「原告が『こんな事はみんながやっている。』『日常茶飯事だ。』『自分には責任がない。』『事情聴取では下手にでて謝意を表しても信用してくれない。』『現職に戻るために平身低頭している』などといった発言をしていた」との噂を聞き、原告の態度について不信感を持つこととなった。

(五) そこで、被告は、原告の本件事件についての真意を再度確認する必要性を感じ、同年一〇月三一日に再度事情聴取を行ったほか、原告の懲戒を決定する人事委員会までの期間、反省文や感想文の作成を行わせることとし、被告の指示に基づき、原告は、同月一四日頃「素直な心になる為に 第3章を読んで」、同月一三日頃「譴責を受けた事についての反省パート1」、同月一四日頃「2回目譴責と主度との面談を受けて」、同月一九日「接遇を読んで」、同月一九日頃「2つのチャート紙を比較して」、同月二〇日「就業規則2 8 13各章を読んで 過去の反省と今後の具体策について」、同月二一日頃「心情及び謝罪小文」、同月二八日「懲戒を考える」、同月二九日頃「間もなく下車勤務一か月を迎えて」等の感想文等を作成した。また、原告は同月二一日、加藤所長と面談中、テープレコーダーを所持していることを発見され、加藤所長から、テープレコーダーを所持していたことについて、所長宛の反省文を書くことを指示された。

(六) 被告においては、組合との労働協約に基づき労使双方の委員から構成される人事委員会が、労働組合員の懲戒及び人事異動等の協議を行うことになっていた。また、組合においては、組合の諮問機関である職能別協議会に諮ることになっていた。同一営業所内での高速バスから路線バスへの配置転換も人事委員会での協議が必要とされていた。そこで、平成六年一一月四日、被告は組合に、被告就業規則第一一七条第四号の「停職一日」の懲戒処分を提案し、同月八日、組合の諮問機関である職能別協議会の議事を経て、同月一四日に組合委員会で「停職一日」の懲戒処分が了承された。

(七) なお、原告は、本件以前にも乗客から運転について苦情を述べられたことがあった。即ち、原告は、平成四年九月一四日、新宿から双葉サービスエリアまでの間高速バスを営業運転したが、その際の運転について、乗客から被告に対し、車線変更が頻繁でしかも急ハンドルであったこと、渋滞時にもスピード調節が荒く、ノッキングさせ非常にのりごご(ママ)ちが悪かったこと、一部の乗客が運転士に苦情を言ったところ、これはおれの運転だからしょうがないと返答したこと等の苦情を受けた。この際は、被告の事情聴取に対し、原告は事実を争わず、反省の意を表したので、厳重注意とし、懲戒処分には付さなかった。

(八) 被告は、原告の処分について、高速バス運転士として復帰させるか、路線バス運転士として他営業所への配置転換をするかを検討していたが、高速道路上での事件であること、原告は高速バス運転士として運転に関する苦情を二度も受けていること、事情聴取において被告における態度と組合に対する態度が全く違うことから、単独で高速バスに乗務させるのは適当ではないとの結論に至った。そして、当初懲戒処分と配置転換を同時期に実施することを考えていたところ、組合からの主張を容れて分けて行うこととし、また、被告の慣例として毎月一六日付けで配置転換を実施していたことから、原告の配置転換は同年一二月一六日付けとなった。そして、それまでの間、原告は、同年一一月九日から一二月一六日まで(休日を除く)、加藤所長の指示により、調布営業所車庫の整理等を行った。

(九) 被告は、同年一二月一日原告から中野営業所への異動について事情を聴取したうえ、同月五日の人事委員会で原告を同月一六日付で路線バス運転士として中野営業所に配置転換することを提案し、組合の了承を得た。そこで、被告は、同月一六日付で原告を中野営業所勤務とし、原告は同所において路線バス運転業務に従事することになった。

2  以上の事実を前提として被告の行為が不法行為を構成するかを検討する。

(一) まず、前記認定のように、本件懲戒処分は誤った事実認定に基づいてなされたものとは認められない。

(二) 次に、被告が原告に対して繰り返し事情聴取を行ったことについて検討する。

前記認定の事実によれば、苦情者からの苦情内容が事実であれば、原告に対し何らかの懲戒処分がなされることが予想される重大な行為であったこと、そして、右苦情内容が真実であるとするならば、原告の高速バス運転手としての適格性について重大な疑問を抱かせる類の行為といわなければならなかったこと、一方で、タコグラフの記録などに照らすと、被告が認定した行為はほぼ真実である蓋然性が高いと予想されたこと、事情聴取の際の被告に対する原告の態度と組合に対するそれとは全く異なっており、被告としては原告の真意を図りかねるという状況にあったことが認められる。

このような状況の下で、被告が原告に対して懲戒処分を行うかどうか、行うとしてもどの程度の懲戒処分を行うのか、今後原告に高速バス運転の業務を継続させるのか、路線バス運転に配置転換をするのかを決するにつき、前記認定程度の回数にわたって原告から事情聴取を行うことは相当な行為であったというべきである。

また、原告は事情聴取の際に侮辱的言動を受けたと主張し、原告本人の供述は右主張に沿うものであるが、前記認定の経過に照らして容易に信用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。また、仮に、原告主張の言動があったとしても、事情聴取に至る経緯に照らせば、これが損害賠償義務を生じさせるほどの違法な行為ということはできない。

(三) 被告が原告を下車勤務に従事させたことについては、原告の行った本件行為が真実であるとするならば、原告の高速バス運転手としての適格性について重大な疑問を抱かせる類の行為といわなければならないのだから、原告の行ったとされる行為の真実性が明らかになるまでの間、高速バスの運転以外の業務につくように命じることはやむを得ないことで、被告の慣例では配置転換は毎月一六日付けで実施することから、原告の配置転換は一二月一六日に実施することになり、結果的に、処分がなされるまでの間、かなりの期間、下車勤務を命じ、その間、通常の運転業務ではない車庫整理等の業務をさせたこともまたやむを得ないというべきである。

(四) 原告が複数の反省文を作成したことについては、下車勤務の期間は他に固有の業務はなかったことからその作業を行っていたと認められるものの、反省文や退職願の作成の際に被告から強制的に書かされたとの事実までは認めることはできない。

(五) また、原告を路線バス運転手に配置転換することについては、原告が本件懲戒処分がなされたことに照らすと、違法とは言えない。

3  以上から、被告の行為に不当あるいは違法と認められる点は認められず、原告の不法行為の主張は失当である。

四  よって、原告の本訴請求は、本件懲戒処分の無効確認を求める訴は却下し、損害賠償請求は理由がないからこれを棄却するものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宇田川基 裁判官 尾立美子 裁判官 浅田秀俊)

別紙 本件懲戒処分

一 事件内容 高速道路における危険行為

二 事件発生日 平成六年九月二五日

三 発生場所 中央自動車道富士見バス停付近

四 状況

平成六年九月二五日、原告は、岡谷線定期上りの一号車を担当して一三時二〇分に岡谷駅を出発した。中央自動車道富士見バス停を出発後、一四時一〇分頃走行車線(制限速度八〇キロメートル)を時速一〇〇キロメートル程度で走行中、追越車線からバイクが当該バスの前に進入してきた。続いてもう一台のバイクがそのバイクの前に進入してきたのち、三台目のバイクが二台のバイクの前に進入してきた。バイクの速度が時速九〇キロメートル程度に落ちたため、原告はブレーキを踏み、当該バスも時速九〇キロメートル程度に落ちた。その後、もう一台のバイクが当該バスを追い越し、計四台のバイクが当該バスの前方を走行する状態になった。原告は、前方のバイク四台の速度が遅いため、追越そうと追越車線に進路変更したが、途中で追越しはできないと思い速度を落としたところ、バイクも同じように速度が落ち、当該バスとバイクが並走する状態となった。原告は、左側走行車線に入ろうとバイクの間隔が少し空いたところで、強引に車線変更するため、左にハンドルを切り、車線ギリギリくらいになるまで方向器を上げずに寄せ、方向器を一、二回上げたのち走行車線に進路変更した。原告は、時速九五ないし一〇〇キロメートルで前方のバイクに追従して走行したが、再度追越しをかけるべく追越車線に進路変更し、速度を一一〇キロメートル程度に上げた。バイクも同じ程度の速度となり、再び並走するかたちになった。原告はバイクの前を車線変更すべく左側に寄り、車線ギリギリのところで方向器を上げ、先頭のバイクの直前で進路変更した。バイクは当該バスとの車間距離が少ないので危険を感じ、とっさに路側帯側に逃げるべくブレーキをかけたところ、前輪がロックされハンドルが左右にぶれだし、転倒寸前の状態にまでなったが、なんとか転倒は免れた。その後、当該バスが双葉サービスエリアに所定の休憩のため到着した際、原告は前記の行為について相手バイクのグループから「なぜあんなことをするのか」と抗議を受けたのに対し、「あんた達こそ、バス直前に進入してきてどう思っているのか。あんた達でもそのような運転をすれば頭に来るだろう。」と答えたため、相手バイクのグループは一一〇番通報した。原告は問題処理が長引くと判断して、当該車両の乗客を他社便に乗せ替えた。その後、警察官が来て原告は事情聴取を受けた。

後日、相手バイクのグループの一人から被告自動車事業部宛に、この行為についての抗議の手紙が九月二八日付けで送付されるとともに、同様の書面が運輸省自動車交通局旅客課乗合監理係および自動車事故対策センターに送られ、運輸省から報告と今後の指導について、強く求められた。

五 懲戒理由

多くの生命を預かるバス運転士は、その公共的使命の重大性から連(ママ)行中は常に周囲の交通状況を的確に把握し、沈着冷静な行動をしなければならない。特に、高速道路上での運転については、事故発生の危険性が高く、また事故が発生した場合の損害および社会的な影響の度合いが極めて大きいことから、なお―(ママ)層慎重な行動が必要である。にもかかわらず、原告は相手方車両に対し、車線変更時に幅寄せをするなど、事故発生の危険性が高い行為に及ぶとともに、双葉サービスエリアにおいても抗議を受けたことに対し適切な対応をせず、バス乗客に他社便への乗り換えの不便を与えるとともに、警察官から事情聴取されるに及んだ。

また、原(ママ)告は、過去に一度、旅客から運転操作について苦情を受けた際、将来性を考慮して上司からの厳重注意をもって、懲戒処分を留保してきた。

今回の行為は幸いにも事故に結びつかなかったとはいえ、多くの乗客の生命を預かるバス運転手として、極めて不適切かつ、著しく会社の信用を害する行為であると言わざるを得ない。

よって、就業規則一一六条第一号及び第二号により、就業規則一一七条第四号の停職の懲戒処分とする。

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