東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)2449号 判決 1998年3月30日
原告
寺島本子
被告
緒方暢孝
主文
一 被告は、原告に対し、二一〇万円及びこれに対する平成七年一一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告の夫である訴外寺島秀登(以下「秀登」という。)が運転していた原動機付自転車と、被告が運転していた普通乗用自動車とが衝突して、秀登が負傷し、後遺障害等級一級の後遺障害が残存したため、原告が、被告に対し、民法七〇九条、七一〇条に基づいて、近親者の慰謝料を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成六年四月二一日午後一〇時一〇分頃
(二) 場所 東京都小金井市中町四丁目一四番一五号先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 普通乗用自動車(多摩七七せ二八三〇。以下「加害車」という。)
右運転者 被告
(四) 被害車両 原動機付自転車(緑区北う二六五四。以下「被害車」という。)
右運転者 秀登
(五) 事故の態様 被告が加害車を運転し、本件交差点を南北に通じる小金井街道を府中方面から小平方面に向かい進行し、本件交差点を右折するに際し、折から対向して直進してきた被害車と衝突した。
2 受傷
秀登は、本件事故により、頭部外傷、右股関節脱臼骨折、左鎖骨骨折等の傷害を受け(甲西)、後遺障害等級一級(第二級三号及び第一二級五号の併合)の後遺障害が残存した。
3 責任原因
被告は、本件交差点を右折するに際し、前方注視を怠ったため、折から対向して直進してきた被害車に気付かず、漫然と右折し、本件事故を起こした(乙一の1ないし10、証人飛田、被告)。
二 争点
1 原告の慰謝料額
(原告の主張)
(一) 秀登は、本件事故により、後遺障害等級一級の後遺障害を受け、これにより、原告は、夫の死亡した時にも比肩する精神的苦痛を被った。
(1) 秀登は、本件事故後直ちに救急車で公立昭和病院(以下「昭和病院」という。)に入院し、入院当初昏睡状態が続いたが、減圧開頭血腫除去術等の治療を受けた結果、一命を取り留めた。
(2) その後、秀登は、リハビリを受けるため、同年六月一六日国立精神神経センター武蔵病院(以下「武蔵病院」という。)に転院し、更に、平成七年四月二四日福島市飯坂町所在の福島県立リハビリテーション飯坂温泉病院(以下「飯坂温泉病院」という。)に転院した。
(3) 秀登は、頭部CTスキャンによると、右前頭葉を中心とした広範囲な低吸収域、脳萎縮、脳室拡大が認められ、高次脳機能障害、前頭葉機能不全、てんかん発作があり、左片麻痺で、車椅子を使用して、日常生活に随時介護を要し、後遺障害等級一級(第二級三号及び第一二級五号の併合)の後遺障害の認定を受けた。
(二) 更に、秀登の本件事故による受傷が原因で、次のとおりの経過により、原告と秀登の家庭が破壊された。
(1) 秀登は、本件事故に遭う以前、保険会社に勤務し、原告と子供二人とともに幸せに生活していた。
(2) ところが、秀登は、本件事故後、かつての面影が全く消失し、たまの外泊で自宅に戻った時にも小学生の子供と本気になって言い争ったりし、子供のような状態となった。また、秀登は、武蔵病院の退院が近づくにつれて、退院後は、家族の許に帰らず、郷里の福島の実家に戻ると述べるようになった。その陰には、原告と秀登との結婚に反対であった秀登の両親の指示があったが、原告としては、秀登がそのように言う以上、これを防ぐこともできず、秀登は、前記のとおり、福島に帰って、飯坂温泉病院に入院してしまった。
(3) その後、原告は、秀登から生活費の支払を受けられないため、平成七年六月八日秀登を相手方として、福島家庭裁判所に夫婦関係調整の調停(同年〔案イ〕第一七七号)と婚姻費用分担の調停(同年〔案イ〕第一七八号)を申し立てたが、秀登が離婚を主張したため、同年九月一二日右夫婦関係調整の調停は不調となり、原告は、右婚姻費用分担の調停の申立ても取り下げざるを得なかった。
(4) そこで、原告は、秀登に家族の許に帰って貰うことを諦めることとし、原告及び子供の生活費を得るため、秀登を被告として、東京地方裁判所八王子支部に離婚と財産分与及び離婚慰謝料を求める訴訟(平成七年(タ)第一七三号)を提起した。
(5) 以上のとおり、秀登の本件事故による受傷と後遺障害が原因で、原告及び子供二人は、秀登から生活費の支払を受けられずに、秀登から見捨てられた状況におかれることとなり、家庭が破壊されるに至った。
(被告の主張)
(一) 本件のように、交通事故により夫が後遺障害等級一級の後遺障害を被った場合においても、被害者本人に慰謝料が認められれば足り、近親者の慰謝料は認めるべきでない。
(二) 仮に、重度の後遺障害の場合に、近親者固有の慰謝料を認めるべきとしても、それは、近親者が被害者本人を日常的に介護することとなり、この結果、近親者自身の自由が奪われ、精神的苦痛を受けることとなるからである。ところが、本件においては、原告は、現在、秀登と離婚訴訟中であり、互いに離婚を請求し合っていて、裁判上離婚が認められることが確定的である。したがって、離婚成立後は、原告と秀登は他人となり、扶養義務、同居協力扶助義務もなくなり、近親者固有の慰謝料を認めるべき基礎が消滅することとなる。このように、近い将来離婚により他人となることが確定的である原告に、近親者固有の慰謝料を認めるべきでない。
(三) 原告は、秀登の本件事故による受傷が原因で、原告と秀登の家庭が破壊されたと主張するが、右のとおり、原告と秀登の離婚が確定的となったとしても、本件事故と原告及び秀登の離婚との間には、相当因果関係はないし、仮に、一部因果関係があったとしても、これが重度後遺障害者の近親者に対する固有の慰謝料を認めるべき根拠になるものではない。
2 過失相殺
(被告の主張)
(一) 秀登は、本件事故当時、制限速度三〇キロメートルのところを、時速四七キロメートルを上回る速度で進行したうえ、本件交差点において、右折車に注意してできる限り安全な速度と方法で進行すべき義務を怠り、右折のためウインカーを出している加害車に注意を払わなかった。
(二) また、秀登は、ヘルメットを被らずに被害車を運転したため、頭部外傷という重大な結果を招来したものであり、損害の拡大を防止すべき義務を怠った。
(三) したがって、仮に、原告の慰謝料請求が認められるとしても、大幅な過失相殺をすべきである。
(原告の主張)
争う。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 証拠(甲一ないし四、六、七の1、2、八、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。
(一) 秀登は、平成六年四月二一日の本件事故直後に救急車で昭和病院に搬送され、急性硬膜下血腫、脳挫傷との診断を受けて、即日減圧開頭血腫除去術を施行され、同日から同年六月一六日まで、同病院に入院した。
(二) 秀登は、入院当初は昏睡状態であったが、二週間程で意識が回復した。原告は、子供が帰宅した後などに病院に行き、秀登の看護にあたった。
(三) その後、秀登は、左片麻痺等の症状に対するリハビリを受けるため、同年六月一六日武蔵病院に転院し、同日から平成七年四月二一日まで、同病院に入院した。同病院における頭部CTスキャンの結果、秀登には、脳萎縮、脳室拡大等の所見が認められ、秀登は頭部外傷、右股関節脱臼骨折、左鎖骨骨折との診断を受けた。原告は、同病院に通って秀登の看護にあたったほか、秀登が平成六年一二月頃から外泊が許可されるようになった後は、自宅にテーブル等を買い揃えるなどして、自宅に一時帰宅した秀登の面倒を見た。
(四) ところで、秀登が本件事故に遭うまで、秀登と原告は、その間の子供二人とともに円満な家庭生活を営んでいたものであるが、秀登は、同病院の退院間近になって、原告ら家族との同居を望まず、秀登の実家がある福島に帰って、福島県所在の病院で治療を受けることを希望するようになった。その後、秀登は、平成七年四月二一日に同病院を退院した後、福島県伊達郡桑折町字南町所在の秀登の実家に帰った。
(五) その後、秀登は、同月二四日に飯坂温泉病院に入院し、頭部外傷後遺症、症候性てんかん、左片麻痺、右股関節脱臼骨折、左鎖骨骨折との診断を受けた。秀登は、同病院でリハビリに努めた後、同年一〇月頃に同病院を退院して実家に帰り、以後、同病院に引き続き通院している。
(六) その後、原告は、秀登から生活費の仕送りを受けられないことなどから、平成七年六月八日秀登を相手方として、夫婦関係調整の調停と婚姻費用分担の調停を申し立てたが、同年九月一二日右夫婦関係調整の調停は、不調となり、原告は、右婚姻費用分担の調停の申立ても取り下げた。その後、原告は、秀登及びその両親を被告として、東京地方裁判所八王子支部に離婚と財産分与及び離婚慰謝料等を求める訴訟(平成七年(タ)第一七三号)を提起した。これに対し、秀登も、離婚を求める反訴(平成九年(タ)第一四四号)を提起した。右両事件は、現在係争中であるが、互いに元に戻る可能性はないため、離婚を認容する判決が下ることが確実である。原告は、秀登が実家に帰った後、秀登の介護に従事することはなくなり、今後も、原告が秀登の介護を行うことはない。
(七) 秀登は、平成八年九月までに、後遺障害等級表第一級(第二級三号及び第一二級五号の併合)の認定を受けた。秀登は、後遺障害のため、日常生活の全てにわたって他人の介護が随時必要な状態にあり、現在、秀登の実家において、秀登の両親が介護に努めている。
2 前記争いのない事実等及び右認定事実に基づいて判断すると、前記認定の秀登の傷害及び後遺障害の内容及び程度からすれば、秀登の妻である原告は、夫の死亡した時にも比肩するような精神的苦痛を被ったものであることが認められる。このほか、原告において、秀登が昭和病院及び武蔵病院の入院時や、一時帰宅時に、秀登の看護にあたったものの、秀登が平成七年四月二一日に武蔵病院を退院して秀登の実家に帰り原告と別居した後は、原告は、秀登の介護にあたることはなく、将来的にも秀登の介護にあたる可能性が全くないことなど、本件において認められる諸般の事情を考慮すると、慰謝料は三〇〇万円と認めるのが相当である(なお、原告は、秀登の本件事故による受傷が原因で、原告と秀登の家庭が破壊されたと主張する。しかしながら、右認定のとおりの本件事故後の経過により、原告と秀登との婚姻関係が破綻し、離婚が確実となったこと自体は、被告において、予見不可能な事柄であって、被告の過失と相当因果関係がないというべきであるから、原告主張の点は、原告に対する損害賠償の対象となるものではない。)。
二 争点2について
1 証拠(乙一の1ないし10、証人飛田、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。本件事故現場は、府中方面から小平方面に向け南北に通じる小金井街道(以下「本件道路」という。)と、国分寺方面から三鷹方面に向け東西に通じる連雀通りとが交差し、信号機による交通整理が行われている本件交差点上である。本件道路の車道は、片側一車線であり、本件交差点南側手前付近で、幅員七・五五メートルで中央に黄色実線のセンターラインが引かれており、東側に幅員一・二メートル、西側に同二・一メートルの歩道がそれぞれ設けられている。本件事故現場付近の本件道路は、平坦にアスファルト舗装されており、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件道路の最高速度は、本件交差点南側において時速四〇キロメートル、本件交差点北側において同三〇キロメートルに制限されている。本件道路の本件交差点北側は、両側にアーケードが設けられた商店街となっており、本件事故当時、右商店はほぼ閉まっていたものの、アーケードに設けられた街路灯等のため、本件交差点内は比較的明るい状態であった。
(二) 被告は、帰宅するため、加害車を運転して、本件道路を南から北に向けて時速約五〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点に差し掛かった。本件道路は、本件交差点南側手前付近で上り坂となっていたため、本件交差点を越えた先がほとんど見通せない状況であった。
(三) 被告は、本件交差点に向け進行を続けるにしたがって、進路前方の視界が開け、本件交差点に設置された信号機が青色であり、更に、北側一つ先の信号機付近を対向して来る自動車一台を認めたものの、先に右折できるものと考え、進路前方の注視を怠って、そのほかには対向してくる自動車等はないものと軽信し、右ウインカーを出したうえ、時速約三〇キロメートルに減速して、本件交差点に進入したところ、右折開始直後、突然、加害車の前部中央付近に被害車が衝突した(なお、被告は、加害車の前照灯を点灯していた。)。
(四) 一方、秀登は、小金井市所在の勤務先の会社を退社した後、被害車に乗って府中市紅葉丘所在の自宅への帰宅の途についたが、その際、ヘルメットを着用しなかった。
(五) 秀登は、小金井街道を北から南に時速約四七キロメートルの速度で進行し、本件交差点にそのままの速度で進入した際、加害車と衝突した。秀登は、衝突地点から六・一メートル南東側の本件交差点南東角に転倒し、被害車は、八・八五メートル北東側の本件交差点北東角付近に転倒した(なお、証拠〔乙一の1〕によれば、本件事故後、被害車の前照灯のスイッチが「切」の状態にあったことが認められる。しかしながら、証拠〔乙一の3ないし7、証人飛田、被告〕によれば、被告のみならず、証人飛田純子を含む目撃者三名も、いずれも被害車が前照灯を点灯していなかったとは明言していないことに鑑みると、秀登が午後一〇時過ぎに自宅までの道のりを前照灯を点灯せずに走行していたとは認め難く、むしろ、被告は、進路前方のアーケードの街路灯等の明かりにより、被害車の前照灯を見落としたものであり、本件事故の衝撃等により前照灯のスイッチが「切」に入った可能性が高いというべきである。)。
2 以上認定の事実に鑑み、秀登の過失を検討すると、秀登の後遺障害は、右一認定のとおり、主に頭部外傷に起因するものであって、秀登のヘルメットの不着用が損害の拡大に寄与していると認められること、秀登は、本件事故時速度を出し過ぎていたことなど、本件において認められる諸般の事情を斟酌し、秀登の過失は三〇パーセントと認めるのが相当である。秀登の右過失を被害者側の過失として斟酌し、右一に認定の原告の慰謝料額から減額すると、その残額は、二一〇万円となる。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、二一〇万円及びこれに対する本件不法行為後である平成七年一一月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩田眞)
別紙図面 〔略〕