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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)1220号 判決 1998年9月17日

原告

石坂武雄

右訴訟代理人弁護士

栗山れい子

森井利和

被告

学校法人桐朋学園

右代表者理事

千葉

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

冨田武夫

主文

一  被告は、原告に対し、金四三万三二〇五円及びこれに対する平成八年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三五五万六七四四円及びこれに対する平成八年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実(ただし、事実の末尾に証拠を記載したものは、その証拠により容易に認められた事実である。)

1  当事者

(一) 被告は、学校の開設運営を目的とする学校法人であり、桐朋学園大学を設置運営をしている。

(二) 原告は、昭和六三年二月一日、桐朋学園大学音楽部事務局管理課警備員として同年三月三一日までの約定で被告に雇用され、その後、昭和六三年四月一日から毎年、当該年の四月一日から期間一年間の約定で右雇用契約を更新し、平成八年六月一五日被告を退職した。

2  被告の就業時間、時間外労働等に関する定め

被告は、桐朋学園大学音楽部の就業時間、時間外労働等につき、別紙一就業規則等記載のとおり定めていた。

3  原告の就労及び賃金

(一) 原告は、桐朋学園大学音楽部の警備員として就労し、平日は午後四時三〇分から翌朝午前九時三〇分まで、休日は午前九時三〇分から翌朝午前九時三〇分までの二形態の勤務につき、他のほぼ四名の警備職員とともに、二名ずつ交替で勤務し、各館各室の戸締まり及びその点検、各所門扉の開門及び閉門、各所照明の点灯及び消灯、電話及び外来者の応対、校舎内外の巡視、緊急事態発生時の連絡、レッスン室・練習室の貸出し及び教室管理等の業務に従事していた。

(二) 原告の平成六年四月一日から平成八年三月三一日までの就労

原告は、平成六年四月一日から平成八年三月三一日まで期間(以下「本件期間」という)、被告の指示により、別紙二<略、以下同じ>平成六年度(一九九四年度)原告勤務表及び別紙三<略、以下同じ>平成七年度(一九九五年度)原告勤務表記載のとおり就労した(なお、別紙二及び別紙三において、平成六年八月二八日、同年九月一八日、平成七年八月八日は休日勤務であったが、勤務時間は午前九時三〇分から午後六時〇〇分までであった。したがって、この三日間は、時間外労働が三〇分であるので、計算の便宜のため休日出勤を行った日数には含めていない。そのため、括弧に入れており、「日数」欄の数値には加えていない。)。平日出勤(平日勤務)の場合は午後四時三〇分から翌朝午前九時三〇分まで(一七時間)、休日出勤(休日勤務)の場合は午前九時三〇分から翌朝午前九時三〇分まで(二四時間)が各勤務時間とされていたが、その内午後一一時から翌日午前五時までの六時間は仮眠時間とされていた。そして、賃金計算上は、仮眠時間は勤務時間に含まれず、平日勤務の所定労働時間は一一時間、休日勤務の所定労働時間は一八時間とされていた。(原告の就労日につき、<証拠略>、原告本人)

(三) 原告の賃金

(1) 原告の賃金は月給制で、月例賃金は本給、住宅手当、超過勤務手当をもって構成され、毎月一日から末日までの分を当月一五日支給(ただし、超過勤務手当は翌月一五日に支給)されていた。

(2) 平成六年度(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで)の賃金額は、本給金二一万四八五三円、住宅手当金八二〇〇円の合計金二二万三〇五三円であった。平成七年度(平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで)の賃金額は、本給金二一万七二〇〇円、住宅手当金八二〇〇円の合計金二二万五四〇〇円であった。

二  原告の主張

1  仮眠時間についての賃金請求

被告は、賃金計算上仮眠時間を非労働時間として扱い、原告に対し、仮眠時間に対する賃金の支払をしていない。

しかしながら、原告は、仮眠時間であっても、電話ないし来客があればそれに応対し、緊急事態が発生すればその対処をする義務があったため、これらの待機のため警備員室に滞在することが義務付けられていた。したがって、仮眠時間は、仮に現実には具体的労働に従事しなかったとしても、被告の指揮命令下にある時間であり、労働時間であるというべきである。よって、被告は原告に対し、仮眠時間の賃金を支払うべき義務がある。

2  労働基準法所定の割増賃金請求

警備員には、割増賃金の計算規定がないところ、このような場合、労働基準法一三条、三七条は、一日八時間を超える労働時間については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分の率で計算した時間外割増賃金を、さらに午後一〇時から翌午前五時までの労働時間については、同二割五分の率で計算した深夜割増賃金を各支払うよう義務付けている。ところが、被告は、賃金計算上仮眠時間を非労働時間として扱うなどして、原告に対し、労働基準法に定める割増賃金の支払をしていない。

ところで、仮眠時間が労働時間に含まれるため、原告の労働時間は、平日勤務の場合は午後四時三〇分から翌朝午前九時三〇分まで(一七時間)、休日勤務の場合は午前九時三〇分から翌朝午前九時三〇分まで(二四時間)となる。したがって、平日勤務の場合は、労働の始期から八時間を経過した翌日午前〇時三〇分から午前九時三〇分までの九時間が法定時間外割増賃金の対象となり、さらに、午後一〇時から翌日午前五時までの七時間が深夜割増賃金の対象となる。休日勤務の場合は、労働の始期から八時間を経過した午後五時三〇分から翌日午前九時三〇分までの一六時間が法定時間外割増賃金の対象となり、さらに午後一〇時から午前五時までの七時間が深夜割増賃金の対象となる。

3  未払賃金額の計算

(一) 原告が請求しうる仮眠時間の賃金及び割増賃金は、別紙六<略、以下同じ>平成六年度(一九九四年度)平日勤務割増賃金等一覧表、別紙八<略、以下同じ>平成六年度(一九九四年度)休日勤務割増賃金等一覧表、別紙七<略、以下同じ>平成七年度(一九九五年度)平日勤務割増賃金等一覧表、別紙九<略、以下同じ>平成七年度(一九九五年度)休日勤務割増賃金等一覧表(以下、これら四つの別紙を一括して表示する場合、「一覧表」という。)記載のとおりであり、合計金四四〇万二七〇一円となる。

(二) 右計算の詳細は次のとおりである。

本件期間の原告の所定労働時間(仮眠時間を含まない労働時間)は、別紙四<略、以下同じ>平成六年度(一九九四年度)所定労働時間表(一)及び別紙五<略、以下同じ>平成七年度(一九九五年度)所定労働時間表(一)記載のとおりであり、一年間の所定労働時間が、平成六年度が一六四二・五時間、平成七年度が一六四二・五時間であった。また、平成六年度の原告の月額賃金が月額金二二万三〇五三円であったから、原告の通常の労働時間一時間当たりの賃金額は、金一六二九・六円(小数点以下二位を四捨五入)となる。また、平成七年度の原告の月額賃金は月額金二二万五四〇〇円であったから、原告の通常の労働時間一時間当たりの賃金額は、金一六四六・八円(小数点以下二位を四捨五入)となる。

他方、平日勤務と休日勤務の各場合の仮眠時間の賃金及び割増賃金(以下「割増賃金等」という)の対象時間の区分を求めると、平日勤務の場合、通常の労働時間の賃金の〇・二五の割増賃金等対象時間が五・五時間、同一・二五の割増賃金等対象時間が一・五時間、同一・五の割増賃金等対象時間が四・五時間となり、休日勤務の場合、通常の労働時間の賃金の〇・二五の割増賃金等対象時間が一〇時間、同一・五の割増賃金等対象時間が六時間となる。

そこで、これらを基に、割増賃金等を算出すると、別紙六ないし九の各一覧表記載のとおりとなる。

(三) 被告は、本件期間の割増賃金として、平成六年度に金四一万六九五八円、平成七年度に金四一万五一九九円の合計金八三万二一五七円を支払った。そこで、前記割増賃金等の合計額金四四〇万二七〇一円から右支払額を控除すると、未払額は金三五七万〇五四四円となる。

4  よって、原告は被告に対し、未払割増賃金等内金三五五万六七四四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年六月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

5  被告の主張に対する反論

被告は、一か月単位の変形労働時間をとっていると主張するが、変形労働時間の要件は満たしていない。

すなわち、一か月単位の変形労働時間を採用する要件は、<1>変形労働時間が就業規則又はこれに準ずるものにより定められていること、<2>変形期間が一か月以内の一定の期間であり、この単位期間内における所定労働時間が一週間あたり平均して四〇時間を超えないように所定労働時間を定めること、<3>一か月以内の一定期間の起算日を定めること、<4>就業規則における変形制の定めにおいて単位期間内のどの週ないしどの日に法定労働時間を何時間超えるかが特定されていること、<5>就業規則等の定めたところにより労働させることである。ところが、警備員勤務規定は就業規則とはいえず、仮にこれが就業規則たる性格を有するとしても、週平均所定労働時間が何時間であるかが定められておらず、四〇時間を超えないように所定労働時間を定めるという要件を満たしていない。また、変形制の単位の起算日が定められていない。さらに、単位期間内のどの週ないしどの日にどれだけの所定労働時間かを明示する必要があるところ、被告の警備員勤務規定にはこの点の明示は全くされていないのである。さらに、仮眠時間も労働時間であるところ、仮眠時間を含めると、被(ママ)告の労働時間は一か月週四〇時間平均を超えていた。したがって、被告主張の変形労働時間採用の要件は満たされていない。

三  被告の主張

1  仮眠時間の非労働時間性

警備員は、仮眠時間においては、休憩し、随時仮眠をとることができ、被告が業務を指示することはない。したがって、その実態は正に睡眠以外の何ものでもなく、警備員は右時間帯において、その精神作用においても肉体作用においても完全に労働から解放された状態にある。また、被告は、仮眠時間を労働時間としないことの裏返しとして、警備員が仮眠時間に業務に従事した場合には、所定時間外の労働として超過勤務手当を支給する取扱いをしていた。このような実態に照らせば、仮眠時間帯は、使用者の指揮命令下にある状態とは到底いえるものではなく、労働時間に当たらない。

2  一か月単位の変形労働時間制の採用

被告は、就業規則と一体となる警備員勤務規定を制定し、これにより変形労働時間制(労基法三二条の二)の定めをしていた。即ち、同規定において、「警備員の勤務日は、公平を失しないよう配慮して、前月末までに決定し、割り当てるものとする。(同規定第三条四項)」と定め、これに基づき、暦月単位の警備員勤務日程表を事前に作成し、これを警備員に前月までに交付し、もって、一か月単位で警備員の具体的な勤務日及び勤務形態(平日勤務と休日勤務の区別)を指定していた。したがって、変形労働時間の変形期間が一か月であり、かつ、毎月一日がその起算日であることが定められていた。また、平日及び休日の始業・終業時刻も警備員勤務規定で定められていた。

3  以上1、2のとおり、警備員の毎月の労働時間は、暦月単位で一か月を平均し、一週間当たりの労働時間が法定労働時間の四〇時間を超えることはなかった。したがって、労働時間が特定の日において八時間、特定の週において四〇時間を超えたとしても、法定時間内労働であるから、原告が主張するような割増賃金等は発生していない。

四  争点

以上の原告、被告の各主張によると、本件訴訟の争点は、次のとおりとなる。

1  原告の本件期間内の仮眠時間が労働時間とされ、被告がこれに対し賃金支払義務を負うか否か。

2  被告が、原告の労働時間につき、就業規則により一か月単位の変形労働時間制を定めていたか否か。

3  労働基準法一三条、三七条の規定から直接割増賃金を請求する場合、いかなる計算式によりその額が算出されるべきか。

第三争点に対する判断

一  仮眠時間が労働時間に該当するか否かについて

1  労働基準法が規制する労働時間とは、労働者が使用者の何らかの拘束下にある時間を前提として、そのうちから休憩時間(労働者が自由に利用できる時間)を除いた実労働時間をいう(同法三二条参照)。労働時間は、主に労働者が使用者の指示の下に現実に労務を提供する時間であるが、現実に労務を提供していなくても、労働者が使用者の指揮監督の下にあれば、これは労働者の自由にできる時間とはいえないので、労働時間に含まれるものである。したがって、仮眠時間が労働時間に当たるか否かを検討するに当たっては、これが労働者が自由に利用できる時間であるのか、それとも労働者が使用者の指揮監督下にある時間であるのかを検討することになる。そして、右の検討については、仮眠時間における職務上の義務の内容、程度及びその職務上の義務に対応する場所的、時間的制約の程度を実質的に考察して、労働からの解放性ないし職務としての拘束性がいかなる内容、程度であるかを基準として判断すべきである。

そこで、右の見地から検討する。

2  前記争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実が認められる。

(一) 仮眠時間帯の職務及び仮眠

(1) 被告は、仮眠時間帯には、警備員に対し、見回り等の通常の職務は何ら命じていなかった。また、火災、地震等の緊急事態が発生した場合は、警備員はこれに対応する職務上の義務を負っていたものの、非常事態が発生することはまれで、原告の本件期間中にはそのような事態は一度も発生しなかった。

ただ、仮眠時間帯においても、被告は、会議等を理由に、特別に警備員に対し職務を命じることがあり、また、教員や学生の帰宅が遅くなったり、学生が忘れ物を取りに来たり、教員が学内に駐車させていた車を取りに来たり、電話で問い合わせがくる等の予定外の雑事が職務として発生することがあり、警備員は、仮眠時間中であっても、これら指示された職務及び雑事に対し、相当の対応をしていた。そして、これらの業務は、警備日誌に記載し被告に報告し、一定の要件の下に超過勤務手当が支給されていた。原告が記載した警備日誌によると、このような仮眠時間帯の職務の理由、回数、所要時間は、ほぼ別紙一〇<略、以下同じ>石坂警備員の仮眠時間帯における超勤状況(平成六年四月~八年三月)記載のとおりであり、さらに、右記載以外にも短時間の電話の対応等も存していた。

したがって、これら仮眠時間中の警備員の職務が長時間に及んだり、頻繁に繰り返されたことはなかったものの、雑事ないし緊急時への対応義務が何時生じるかは予測困難であった。

(2) 原告ら警備員は、右職務従事以外の時間帯は、被告が提供したベッド等で睡眠をとっていたものの、仮眠時間帯の職務が右のようなものであったため、その睡眠も、職務から完全に解放された状況下の睡眠ではなく、いついかなる職務が発生しても対応できるよう緊張した状況下での睡眠であった。

(二) 仮眠時間帯の場所的、時間的拘束

(1) 警備員が日常業務に使用する警備員室は、各種警報装置の監視盤、電話、閉門後に外部から連絡しうるインターフォン等が備え付けられていた。警備員の仮眠室は、右警備員室に隣接した部屋で、被告により、折り畳みベッド二組が用意されていた。原告ら警備員は、仮眠時間帯はこのベッド若しくは隣接の他の部屋等、少なくとも、右電話、警報装置、インターフォン等に対処できるよう、その連絡音が聞こえる場所で仮眠することが義務付けられていた。

(2) また、警備員は、仮眠時間帯は、食事や入浴、買物の(ママ)等のために校外に外出することも禁じられ、仮眠の有無を問わず、警備員室若しくはこれに隣接する仮眠室等に滞在することが義務付けられていた。

3  右認定事実によると、原告ら警備員は、仮眠時間中においても、外出が禁止され、警報器や電話等に近接した仮眠場所が指定され、警報及び電話等があれば、これに対し相当の対応をすることが義務付けられていたものである。そうすると、原告ら警備員は、仮眠時間中でも労働から一切解放されていたわけではなく、その職務上の義務に対応する場所的、時間的制約も相当強固なものがあったというべきである。

以上の点に照らすと、本件仮眠時間は、職務としての拘束性が相当程度認められるため、使用者の指揮命令から解放され、労働者が自由に利用できる休憩時間ということはできず、被告の指揮監督下にあったものということができる。よって、本件仮眠時間は労働基準法上の労働時間として扱われるのが相当である。

二  一か月単位の変形労働時間制採用の有無について

1  被告が、原告ら警備員の労働時間につき、一か月単位の変形労働時間制を採用するためには、<1>就業規則において、<2>起算日を明らかにした上変形期間を一か月の期間と定め、<3>変形期間を平均して一週間当たりの労働時間が労働基準法三二条一項の労働時間を超えない範囲内において、各日、各週の労働時間を特定することが必要である。(労働基準法三二条の二)。

2  しかしながら、前記のとおり、警備員勤務規定は、勤務時間につき、「平日については、当日午後四時三〇分から翌日午前九時三〇分までとする。桐朋学園音楽部門就業規則第一〇条に定める休日のうち第六号を除く休日については、当日午前九時三〇分から、翌日午前九時三〇分までとする。一週に一日の休日を設ける。」「警備員の勤務日は、公平を失しないよう配慮して、前月末までに決定し、割り当てるものとする。」と規定するのみであって、変形期間の定め、変形期間の起算日、各日、各週の所定労働時間の特定を規定していないものである。

被告は、同規定に基づく警備員の勤務日の指定が一か月単位で行われていたこともって、変形期間の起算日を毎月一日とする一か月の変形期間が定められ、右指定により、各日、各週の所定労働時間が特定されていたと主張するが、右規定の文言に照らすと、右指定は、単に警備員の具体的な勤務日を前月末までに定めることを規定したにすぎないのであって、その指定する場合の基準も定められていない。そうすると、これをもって、変形労働時間制の定めがなされたものと解釈することはできないものである。変形労働時間制は法定労働時間制の例外となるものであるから、その内容は就業規則において明確に規定する必要があり、単に慣行上同様な取扱いがされていたことをもって、その定めがなされたものと解釈することはできないものである。

そうすると、一か月単位の変形労働時間制が採用されていた旨の被告の主張は理由がない。

三  仮眠時間の賃金請求について

仮眠時間帯は労働時間と認められるものであるが、前記事実のとおり、仮眠時間帯においては、常時肉体的又は精神的緊張を要求されるものではなく、特段の事態の生じない限り仮眠をとって差し支えないものであった。そうすると、被告は、このような勤務の特殊性の考慮の下に、一日の勤務時間を一七時間ないし二四時間とし、その勤務時間及び勤務内容に対応する対価として原告の賃金を定め、原告も、右の勤務条件を了解した上で被告と雇用契約を締結したものと解される。つまり、右勤務時間が、一日について八時間という法定労働時間を超えていても、本給は、右勤務時間及び勤務内容に応じて定められていることからすれば、八時間の法定労働時間の対価となると考えるべきではなく、あくまで一七時間ないし二四時間の勤務の対価と考えるべきである。そうすると、割増賃金時間帯の賃金(本給)の未払いが存する旨の原告の主張は失当である。

四  割増賃金の算定について

1  割増賃金の請求根拠規定

被告の職員の割増賃金については、事務職員の超過勤務手当に関する規定が存するが、警備員規定にはその定めがない(<証拠略>)。

ところで、事務職員の超過勤務に関する規定(<証拠略>)は、その内容に照らすと、専ら昼間労働に従事する職員を前提とするものであり、一か月所定労働時間を一五五時間三〇分とし、一日当たりの平均実労働時間を六時間四五分として計算しているものである。ところが、警備員は、前記のとおり、その労働形態が事務職員と異なるばかりでなく、一日当たりの平均実労働時間及び年平均月間所定労働時間も、右規定が定めるものとは全く異なる。したがって、事務職員の超過勤務手当に関する規定は、昼間労働に従事する職員を前提としてその割増賃金を規定したものであって、警備員のような専ら夜間勤務に従事する職員を予定していないものと解すべきである。

そうすると、被告には、警備員の割増賃金に関する規定が存在しないものである。このような場合、被告の警備員は、労働基準法一三条により、三七条が定める一日八時間を超える労働時間については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分の率で計算した時間外割増賃金を、さらに午後一〇時から翌午前五時までの労働時間については、同二割五分の率で計算した深夜割増賃金の支払を請求できるものと解される。

2  一勤務時間当たりの賃金単価

前記のとおり、被告は、仮眠時間帯では特段の事態の生じない限り仮眠をとって差し支えないとする勤務の特殊性の考慮の下に、一日の勤務時間を一七時間ないし二四時間とし、その勤務時間及び勤務内容に対応する対価として原告の賃金を定め、原告も、右の勤務条件を了解した上で被告と雇用契約を締結したものである。そうすると、割増賃金等の金額算定の基礎となる原告の一勤務時間当たりの賃金単価は、仮眠時間帯を含めた労働時間をもとに算出すべきである。即ち、各年度において、労働基準法施行規則一九条、二二(ママ)条に準拠して、原告に対し支払われた賃金額を各年度の仮眠時間を含む勤務時間で除した金額が一勤務時間当たりの賃金額に当たるものである。

そうすると、前記のとおり、原告の月額賃金は、平成六年度は、本給金二一万四八五三円及び住宅手当金八二〇〇円の合計金二二万三〇五三円であり、平成七年度は、本給金二一万七二〇〇円及び住宅手当金八二〇〇円の合計金二二万五四〇〇円であり、原告の平成六年度及び平成七年度の平日及び休日の勤務回数は別紙二平成六年度(一九九四年度)原告勤務表、同三平成七年度(一九九五年度)原告勤務表記載のとおりであり、平成六年度の仮眠時間帯を含めた労働時間の一か月の平均は、別紙一一<略、以下同じ>平成六年度所定労働時間表(二)のとおり一九八・七五時間、平成七年度の仮眠時間帯を含めた労働時間の一か月の平均は、別紙一二<略、以下同じ>平成七年度所定労働時間表(二)のとおり二〇一・四六時間となるから(ただし、休日勤務のうち、平成六年八月二八日、同年九月一八日、平成七年八月八日は、それぞれ午前九時三〇分から午後六時までの勤務であったため、計算の便宜のため、休日出勤を行った日数には含めていないが、労働時間には含めている。)、一勤務時間当たりの賃金単価は、平成六年度が金一一二二・三円、平成七年度が金一一一八・八円となる(いずれも〇・一円未満四捨五入)。

4(ママ) 時間外勤務及び深夜勤務に対する割増賃金

以上検討してきたところによれば、被告が原告に対し支払うべき割増賃金は次のとおりとなる。

(一) 平日勤務の場合、被告は、原告に対し、午後一〇時から翌日午前〇時三〇分の二時間三〇分の勤務については、前記賃金単価の二割五分の深夜割増賃金を支払う義務があり、翌日午前〇時三〇分から同午前五時までの四時間三〇分の勤務については、同五割の時間外及び深夜割増賃金を支払う義務があり、翌日午前五時から同午前九時三〇分までの四時間三〇分の勤務については、同二割五分の時間外割増賃金を支払う義務がある。結局、平日においては、一勤務日において、前記賃金単価の二割五分の割増賃金対象時間が七時間、同五割の割増賃金対象時間が四時間三〇分存在することになる。

(二) 休日勤務の場合、被告は、原告に対し、午後五時三〇分から午後一〇時までの四時間三〇分の勤務については、前記賃金単価の二割五分の時間外割増賃金を支払う義務があり、午後一〇時から翌日午前五時までの七時間の勤務については、同五割の時間外及び深夜割増賃金を支払う義務があり、翌日午前五時から午前九時三〇分までの四時間三〇分の勤務については、二割五分の時間外割増賃金を支払う義務がある。結局、休日においては、一勤務日において、前記賃金単価の二割五分の割増賃金対象時間が九時間、同五割の割増賃金対象時間が七時間存在することになる。

(三) 以上から、割増賃金額を計算すると、平成六年度の平日一勤務日の割増賃金額は金四四八九・二円、同休日一勤務日の割増賃金額は金六四五三・二円、平成七年度の平日一勤務日の割増賃金額は金四四七五・二円、同休日一勤務日の割増賃金額は金六四三三・一円となるので、これらを別紙二平成六年度(一九九四年度)原告勤務表及び別紙三平成七年度(一九九五年度)原告勤務表記載の原告の勤務日数に乗じて計算すると、平成六年度は金六二万八二〇六円(円未満切捨)、平成七年度は金六三万七一五六円(円未満切捨)、合計金一二六万五三六二円となる。

5  既払分の精算

証拠(<証拠略>)によれば、被告は原告に対し、平成六年度に金四一万六九五八円、平成七年度に金四一万五一九九円、合計金八三万二一五七円の割増賃金を支払ったことが認められるところ、原告はこれを控除して本訴の請求をしているので、これを前記割増賃金金一二六万五三六二円から差し引くと、被告が原告に対し支払うべき割増賃金の未払額は金四三万三二〇五円となる。

第四結論

以上によれば、被告は原告に対し、未払割増賃金として金四三万三二〇五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である平成八年六月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宇田川基 裁判官 栗原洋三 裁判官 浅田秀俊)

(別紙一) 就業規則等

一 音楽部門就業規則

1 この規則は、被告音楽部門の職員の服務規律、労働条件その他の就業に関する事項を定めたものである。

この規則及びこの規則の付属規程に定めた事項のほか、職員の就業に関する事項は、労働基準法その他の法令の定めるところによる。

2 この規則は、被告音楽部門に勤務する職員に適用する。ただし、パートタイマー等就業形態が特殊な勤務に従事する者について、その者に適用する特別の定めをした場合はその定めによる。

3 勤務時間は、「職員勤務規程」による。

4 休日は、(1)日曜日、(2)国民の祝日及び国民の休日、(3)国民の祝日の振替休日、(4)年末年始(一二月二九日から翌月一月三日まで)、(5)学園創立記念日、(6)付加休日、(7)その他理事長が定めた日とする(第二章第一節第八条)。

5 時間外労働、休日労働又は深夜労働に対する割増賃金は、「事務職員の超過勤務に関する規程」による(同第一三条)。

6 警備員等については、本節の規定(深夜割増賃金に関する定めを除く。)にかかわらず勤務を命じ又は本節の規定を適用しないことがある(同第一五条)。

二 職員勤務規程

本規程は、被告音楽部門の事務局職員の勤務時間及び勤務日に関し、その基準を定めることを目的とする。ただし、警備員については、これを別に定める。

三 警備員勤務規定

1 勤務時間は、平日については当日午後四時三〇分から翌日午前九時三〇分までとし、付加休日を除く休日については、当日午前九時三〇分から、翌日午前九時三〇分までとし、一週に一日の休日を設ける(第二条)。

2 警備勤務は、通常、警備員による二人勤務とし、夜間勤務は、隔夜を原則とし、長期休暇期間中の警備員の勤務は、原則として一人勤務とする。

警備員の勤務日は、公平を失しないよう配慮して、前月末までに決定し、割り当てる(この結果決定した勤務を「所定勤務」という。)(第三条)

3 夜間勤務に従事するときは、通常午後一一時から翌日の午前五時まで、随時仮眠することができる。ただし、緊急事態が発生したときは、この限りではない(第五条)。

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