大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)12344号 判決 1998年10月29日

原告

知名勇

ほか一名

被告

中澤信治

主文

一  被告は、原告らに対し、各七〇〇万四九六一円及びこれに対する平成七年八月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各三九二二万七八六〇円及びこれに対する平成七年八月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車(以下「加害車」という。)を運転していた被告が、信号機による交通整理の行われていない交差点において、右方から足踏式自転車(以下「被害自転車」という。)に乗って横断してきた訴外亡知名尚悟(以下「訴外尚悟」という。)に加害車を衝突させ、訴外尚悟を死亡させた事故に関し、訴外尚悟の父親である原告知名勇(以下「原告勇」という。)及び訴外尚悟の母親である原告知名恭子(以下「原告恭子」という。)が、被告に対し、物損については民法七〇九条に基づき、その余の損害については自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成七年八月二四日午後〇時一五分頃

(二) 場所 東京都東大和市高木一丁目一五番地先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車

普通乗用自動車(多摩七七ら七八四)

右運転者 被告

(四) 被害自転車

足踏式自転車

右運転者 訴外尚悟

(五) 事故の態様

被告は、加害車を運転し、片側一車線(幅員約八・四メートル)の都道(通称「志木街道」)を青梅市方面から東村山市方面に向かって進行し、本件現場付近の信号機による交通整理が行われておらず、かつ、横断歩道の設置されている交差点(以下「本件交差点」という。)に進入するにあたり、横断自転車の安全確認を行わないまま、折から、加害者の右方から左方に向かい横断中の被害自転車に加害車を衝突させ、訴外尚悟を路上に転倒させた。

(六) 事故の結果

訴外尚悟は、本件事故後直ちに、東京都立川市緑町三二五六番地所在の国立病院東京災害医療センターに救急車で搬送されたが、同月二五日午前二時五〇分頃、脳挫傷、急性クモ膜下血腫等のため死亡した。

2  原告勇は訴外尚悟の父親、原告恭子は訴外尚悟の母親である(原告勇、原告恭子)。

3  被告は、加害車を保有していた。

4  原告らは、本件事故に関し、次のとおりの支払を受けた。

(一) 自賠責保険から二九五〇万三六〇〇円

(二) 治療費三九万八七四〇円

(三) 被告から八〇万円

二  主たる争点

1  損害額

原告らが主張する損害は、次のとおりである。

(一) 訴外尚悟の損害

(1) 逸失利益 五四五三万九三二一円

(2) 訴外尚悟の慰謝料 三〇〇〇万円

(3) 物損(被害自転車) 二万円

(4) 治療費 三九万八七四〇円

(5) 弁護士費用 八〇〇万円

(二) 原告らの損害

(1) 固有の慰謝料 各五〇〇万円

(2) 葬儀費用等 各二〇〇万円

(3) 弁護士費用 各七〇万円

2  過失相殺

(一) 被告の主張

(1) 訴外尚悟には、一時停止の標識のある狭路から本件交差点に進入するに際し、一時停止のうえ左右から進行して来る車両等の走行状況を十分確認して進入すべきであったにもかかわらず、これを遵守しないで、漫然と道路中央辺りを駆け抜けるように横断した過失がある。

(2) したがって、相当の過失相殺をすべきである。

(二) 原告らの主張

(1) 訴外尚悟は、本件交差点手前で一時停止した後、左右の安全を確認したうえ、本件交差点に設置されている横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)の東端を横断したものであり、訴外尚悟に過失はない。

(2) 本件事故現場は、住宅地の中にある交差点であり、付近には小学校、幼稚園、保育園が多数存在することもあって、本件横断歩道を横断する児童は極めて多い。そのため本件交差点西側入口に本件横断歩道が設置されているほか、横断歩道の存在を示すオーバーハングの道路標識が設置され、また制限速度は時速三〇キロメートルに制限されている。

道路交通法の法規と本件交差点の状況に鑑みれば、本件交差点及びその手前に設置されている本件横断歩道の存在を認識していた被告とすれば、横断する歩行者ないし自転車の存在を予測して横断歩道付近を注視するとともに、減速徐行すべき義務があった。ところが、被告は、本件横断歩道付近の注視を怠ったうえ、制限速度を大きく越える高速で交差点に進入した過失がある。

即ち、被告は、本件交差点に進入するに際し、遙か前方の左カーブ付近に目を移し、本件横断歩道付近を見ていなかったため、訴外尚悟を発見するのが大きく遅れた。被告が進行した道路は本件交差点付近においては一直線で、しかも幅員は八・四メートルと広く、本件事故時は晴れた日の昼間であったのであるから、被告が横断歩道付近を注視してさえいれば、被害自転車は被告車両の左方ではなく右方から進行して来たことも相まって、より早い時点において被害自転車を発見し、事故を回避することが可能であった。

また、衝突地点から、訴外尚悟が約一四・四メートルも先に、また被害自転車が一八・一メートルも先に撥ね飛ばされていることからして、加害者の速度が、時速四五キロメートルを大きく超えるものであったことが明らかである。

(3) 被告は、訴外尚悟が一時停止をすることなく、勢いよく本件道路を横断して来たと主張するが、右主張を基礎づける証拠は全くない。訴外尚悟及び被害自転車は、加害者の前部中央付近と衝突した後、加害車の進行方向上に撥ね飛ばされている。このことは衝突時における被害自転車の速度がごく低速であったことを示している。訴外尚悟は、本件交差点手前で一時停止をし、左方から進行して来る加害車を発見したが、本件交差点には横断歩道が設置されているため、当然、加害車は徐行停止するものと信頼して横断を開始したのであり、右信頼は正当であった。

訴外尚悟は、本件横断歩道東端を横断開始したものであり、衝突地点が横断歩道上でなかったとしても、横断歩道上の事故と全く同視することができる。

第三争点に対する判断

一  争点1(損害額)について

1  訴外尚悟の損害

(一) 逸失利益

(1) 証拠(甲四、原告勇、原告恭子)によれば、訴外尚悟は、本件事故当時、満九歳で健康な男子であったことが認められる。

(2) したがって、訴外尚悟は、本件事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間にわたり、平成七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計による男子労働者の全年齢平均賃金五五九万九八〇〇円と同程度の収入を得ることができたものと推認するのが相当であるから、右金額及び期間を算定の基礎とし、生活費を五〇パーセント控除し、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算定すると、次のとおり、三二七九万一五八八円(円未満切捨て)となる。

5599800×(1-0.5)×(18.8195-7.1078)=32791588

(二) 慰謝料

訴外尚悟は、本件事故により死亡したことにより精神的苦痛を被ったことが認められるところ、本件事故の態様その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、後記のとおり、別途原告らに固有の慰謝料を認めることを斟酌しても、なお、本件事故により訴外尚悟が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇〇〇万円と認めるのが相当である。

(三) 物損

原告らは、本件事故に基づく損害として、被害自転車の価格二万円を主張する。証拠(乙九)によれば、被害自転車は、本件事故によって多数の損傷を受けたことが認められるものの、 本件全証拠によっても、本件事故当時の価格を認めるに足りる的確な証拠はない。

(四) 治療費

証拠(被告)及び弁論の全趣旨によれば、訴外尚悟は、治療費として三九万八七四〇円を支出したことが認められる。

(五) 相続

訴外尚悟は、右損害賠償請求権合計四三一九万〇三二八円を有したところ、訴外尚悟の死亡により、法定相続分に従って、原告らは、各二一五九万五一六四円をそれぞれ相続したこととなる。

2  原告らの損害

(一) 固有の慰謝料

証拠(甲四、原告勇、原告恭子)によれば、原告勇は訴外尚悟の父親として、原告恭子は訴外尚悟の母親として、いずれも訴外尚悟が本件事故により死亡したことにより多大の精神的苦痛を被ったことが認められるところ、本件事故の態様その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により被った精神的苦痛に対する慰謝料は、各五〇〇万円と認めるのが相当である。

(二) 葬儀費用等

証拠(甲一の1ないし12、四、原告勇)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、訴外尚悟の葬儀費用等として、各六〇万円を下らない費用を要したことが認められ、右認定事実及び本件に顕れた一切の事情によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用等は各六〇万円をもって相当と認める。

3  以上によれば、原告らの損害は、相続により取得した各二一五九万五一六四円に固有の慰謝料各五〇〇万円、葬儀費用等各六〇万円を加えた各二七一九万五一六四円となる。

二  争点2(過失相殺)について

1  証拠(甲五、乙二の1、2、三ないし一三、原告勇、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。

本件現場は、青梅市方面から東村山市方面に向け東西に通じる道路(以下「東西道路」という。)と、立川市方面から所沢市方面に向けほぼ南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)とが十字型に交差する交差点である。

東西道路は、本件現場の西側において、幅員八・四メートル、片側一車線の道路で、中央にセンターラインが引かれており、北側に幅員一・五メートルの路側帯、南側に幅員一・〇メートルの路側帯が設けられている。本件交差点の西側に、本件横断歩道が設けられているほか、オーバーハングの横断標識が設けられている。東西道路は時速三〇キロメートルに制限されている。本件現場付近の東西道路は、平坦にアスファルト舗装されており、本件事故当時、路面は乾燥していた。被告の進行方向からは、本件交差点手前右側に高さ約一・二メートルの樹木が繁茂していて、右方の南北道路に対する見通しが悪かったが、右交差点の北東角には、カーブミラーが設置されていて、南北道路から本件交差点に進行してくる車両等が見えるようになっていた。

南北道路は、幅員四メートルの道路で、センターラインはなく、両側に幅員〇・七メートルずつの路側帯が設けられている。南北道路の本件交差点南側手前には、一時停止の標識が設けられている。南北道路は、本件交差点に向け、緩い下り坂となっていた。

(二) 被告は、加害車を運転し、東西道路を青梅市方面から東村山市方面に向け時速約四五キロメートルの速度で直進したところ、右前方約一三・六メートルの地点に、右方から本件交差点を横断してきた被害自転車を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、本件交差点中央付近の加害車が進行する車線上で、加害車前部バンパー右側辺りを訴外尚悟が乗った被害自転車に衝突させた。

(三) 一方、訴外尚悟は、被害自転車に乗って、南北道路を南から北に向け進行して本件交差点に差し掛かり、一時停止をしないまま、横断歩道を通らずに東西道路を横断したところ、加害車に衝突された。訴外尚悟は、衝突地点から一四・四メートル付近に、被害自転車は、衝突地点から一八・一メートル付近にそれぞれ転倒した。

2  右認定事実によれば、訴外尚悟は、本件事故当時、本件交差点において交差道路を横断するにあたり、一時停止をしたうえ左右の安全を確認すれば、加害車を容易に発見できたものというべきであるから、本件事故の発生について、訴外尚悟にも過失があるいわざるを得ない。

このほか、右認定の双方の過失の内容、程度、被害者の年齢、事故現場の状況等を考慮すると、訴外尚悟の過失は、二〇パーセントと認めるのが相当である。

この点に関し、証拠(甲二)によれば、被害自転車は、本件事故当時本件交差点を低速度で横断中であったことが認められるが、低速度で横断中であったことをもって、訴外尚悟が事前に一時停止をしたと直ちに認めることはできない(なお、甲第二号証の鑑定書は、加害車の速度を毎時四五キロメートルとした場合、被害自転車の速度は毎時六ないし七キロメートルと推定されるとしているが、右鑑定書によっても、被害自転車の右速度は子供の飛び出しの速度毎時八キロメートルとほぼ変わらないことが認められる。)。また、甲第二号証の鑑定書は、本件事故当時の加害車の速度を毎時四七・九キロメートルないし五二・五キロメートルと推定されるとしているが、仮に、加害車の右速度が五二・五キロメートル程度であったとしても、右認定の過失相殺率に影響するものではない。

3  前記一3に認定の原告らの損害額から、右2認定の過失相殺率に従い、二〇パーセントを減額すると、その残額は、各二一七五万六一三一円(円未満切捨て)となる。

三  損害の填補

1  前記争いのない事実等4(一)及び(二)のとおり、原告らが、自賠責保険から二九五〇万三六〇〇円の支払を受けたこと、原告らが、右以外に治療費相当分三九万八七四〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

2  前記争いのない事実等4(三)のとおり、原告らが、被告から、右1以外に、八〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがなく、証拠(原告勇、被告)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告らに対し、賠償金の一部として右支払をしたことが認められる。

3  弁論の全趣旨によれば、原告らは、法定相続分に従い、右1及び2の合計三〇七〇万二三四〇円の二分の一にあたる各一五三五万一一七〇円を前記損害の一部に充当したことが認められる。

4  そうすると、原告らの損害残額は、各六四〇万四九六一円となる。

四  弁護士費用

証拠(原告勇)によれば、原告らは、本訴の提起、追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告ら両名につき各六〇万円と認めるのが相当である。

五  以上によれば、被告は、原告らに対し各七〇〇万四九六一円及びこれに対する本件事故の日である平成七年八月二四日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  以上の次第で、原告らの本訴各請求は、右五の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田眞)

現場見取図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例