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東京地方裁判所八王子支部 昭和39年(ワ)369号 判決 1973年8月07日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、且つ別紙第三目録記載の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「一、別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)は昭和二九年六月二八日以降原告の所有に属する。原告が本件土地の所有権を取得するに至つた原因は後に詳細述べるとおりである。

二、被告は原告に対抗し得る何等の権原もなく本件土地の上に別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有して本件土地を占有している。

三、よつて原告は被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し且つ昭和二九年七月一日以降右明渡済に至るまで別紙第三目録記載の本件土地の賃料相当の損害金の支払を求める。

四、原告が本件土地の所有権を取得するに至つた経緯はつぎのとおりである。

(一)  本件土地はもと被告の所有に属していた。被告が本件土地を所有していた当時の本件土地の表示は左記のとおりである(本件土地は原告がその所有権を取得した後これを分筆したものである)。

東京都北多摩郡国分寺町字殿ケ谷戸三一三番の一

一、山林 三反七畝九歩

同町本多新田字なだれ上四九五番の三

一、山林 一畝一四歩

同所四九六番の三

一、宅地 二四五坪

被告は昭和二八年一二月ごろ訴外下釜武夫を通じて訴外林壬子郎から約一、〇〇〇、〇〇〇円の金員を本件土地を担保として借受け林壬子郎に対し本件土地の権利証、被告の署名押印のある白紙委任状と印鑑証明書を交付していたところ、昭和二九年二月ごろ下釜武夫は被告の代理人として八〇〇、〇〇〇円を林壬子郎に返済し残額は直ちに返済することとして林壬子郎から前記の各書類の返還を受けた。被告は下釜武夫に対し右残金の返済資金ならびに被告の経営する事業の資金を得るため本件土地を担保に他からの金融を求めることを依頼した。下釜武夫は右の依頼により昭和二九年二月一九日ごろ訴外玉川順吉に対し本件土地の権利証(甲第七号証の一)被告の署名押印のある白紙委任状(甲第一六号証の二)と印鑑証明(甲第一六号証の三)ならびに本件土地に関する不動産報告書(甲第一四号証)を示して本件土地を担保として他から一、〇〇〇、〇〇〇円以上の金融を受けられるようその斡旋方を依頼した。玉川順吉は右の依頼を引受け下釜武夫から前記各書類を受け取つた。玉川順吉は即日(昭和二九年二月一九日ごろ)訴外久木留広に対し被告の代理人と称して前記各書類を示して二、〇〇〇、〇〇〇円を利息月八分、期限一ケ月、担保として本件土地に抵当権を設定し、若し期日に弁済しないときは代物弁済として本件土地の所有権を移転する約定で借り受けたい旨申し出た。久木留広は玉川順吉を被告の正当な代理人で右貸借の権限を有するものと信じて玉川順吉の右申出を承諾し翌二〇日ごろ訴外東京医業信用組合から二、〇〇〇、〇〇〇円を借受け同日これを玉川順吉に交付した。玉川順吉は被告の代理人として被告の署名押印のある白紙委任状に委任事項を記載補充しこれと本件土地の権利証、被告の印鑑証明を使用して同月二五日本件土地に久木留広のため抵当権の設定登記と停止条件付代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全仮登記の各手続を経由した。しかるところ被告は前記借受金を期限に支払わなかつたので久木留広は玉川順吉に対し代物弁済として本件土地の所有権を取得する旨を伝えた。そこで玉川順吉は、被告が下釜武夫を通じて林壬子郎に交付していた被告の署名押印のある白紙委任状(甲第一八号証の二)を林壬子郎から受領しこれを使用して被告の代理人として同年三月二二日本件土地について代物弁済による被告から久木留広への所有権移転の本登記をなした。

右の次第で玉川順吉は、昭和二九年二月一九日ごろ被告の代理人である下釜武夫から被告を借主として一、〇〇〇、〇〇〇円以上の金融を受けることを依頼されて被告の署名押印のある白紙委任状(甲第一六号証の二)と印鑑証明、本件土地の権利証と不動産調査報告書の交付を受けたとき、被告から前記二、〇〇〇、〇〇〇円の金員借受けについての代理権を授与されたものであり、その後被告の署名押印のある別の白紙委任状(甲第一八号証の二)を新たに林壬子郎を通じて交付を受けたとき右の代理権を補充されたものである。

(二)  仮に玉川順吉が被告から右の代理権を授与されていなかつたとしても久木留広が玉川順吉から被告の署名押印ある白紙委任状その他の前記各書類を示されたため玉川順吉に被告の代理権があるものと信じたについては正当の事由があるものである。

(三)  久木留広は本件土地の所有権を取得した後訴外斉藤重隆に金策を依頼しその便宜のため昭和二九年三月三〇日東京法務局府中出張所受付第二八六九号をもつて同月二四日売買により斉藤重隆に本件土地の所有権移転登記をなした。右の登記は金策上の便宜のためのものであつて久木留広は真実斉藤重隆に本件土地を売渡したものではない。

(四)  斉藤重隆は金策をすることができないでいたところ玉川順吉が本件土地を同人の名義にすれば金策ができるというので昭和二九年四月八日右法務局出張所受付第三二三一号をもつて斉藤重隆から玉川順吉に本件土地の所有権移転登記をなした。右の登記も金策上の便宜のためであつて真実本件土地の所有権を玉川順吉に移転したものではない。

(五)  ところが玉川順吉も金策をすることができないため、久木留広は昭和二九年六月二八日被告に対し本件土地を代金二、〇〇〇、〇〇〇円で売却し、同日前記法務局出張所受付第六〇八五号をもつて登記簿上の所有名義人である玉川順吉から原告にその所有権移転登記をなした。

原告が本件土地の所有権を取得するに至つた経緯は以上のとおりである。

五、ところで被告は昭和二九年三月二四日久木留広を被告として東京地方裁判所に、本件土地について昭和二九年三月二二日になされた被告から久木留広への所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し(東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第二七九七号所有権取得登記抹消請求事件)、東京地方裁判所は昭和三〇年一一月八日右事件につき「原告の請求を棄却する。」旨の判決を言渡し、被告は右判決に対し東京高等裁判所に控訴を提起し(東京高等裁判所昭和三〇年(ネ)第二二六四号所有権取得登記等抹消請求控訴事件)、右控訴審においては原告が引受参加人として参加し(引受参加人に対する右控訴事件における控訴人の請求は本件土地について昭和二九年六月二八日になされた玉川順吉から東孝一への所有権移転登記の抹消登記手続を求めるもの)東京高等裁判所は昭和三九年四月二七日右控訴事件について「本件控訴(控訴人の当審における新たな請求を含む)を棄却する。」旨の判決を言渡し、被告は右控訴審の判決に対し最高裁判所に上告し(最高裁判所昭和三九年(オ)第一一五一号所有権取得登記等抹消請求上告事件)、最高裁判所は昭和四二年一月一九日「本件上告を棄却する。」旨の判決を言渡した。被告の提起した前記の訴に対し第二審の東京高等裁判所は、本件土地について被告から久木留広に対してなされた代物弁済は民法第一〇九条の表見代理が成立する結果有効であり久木留広は本件土地の所有権を取得したものでこの点に関する登記を不実のものということはできないから右登記の抹消を求める被告の請求は失当である旨判断を下しているのである。従つて被告は本件土地について自己の所有権を主張して原告に対抗することを得ないものである。」

旨陳述し、被告の抗弁に対し

「本件代物弁済契約が暴利行為で公序良俗に反する旨の被告の主張は争う。本件土地の昭和二九年三月当時の価格は一二〇万円程度のものである。本件土地およびその周辺の土地の価格が急騰したのは昭和三〇年以降のことである。

旨陳述し、

立証として、甲第一号証の一乃至五、同第二乃至第四号証、同第五号証の一乃至二三、同第六号証、同第八乃至第一〇号証、同第一一号証の一乃至三、同第一二乃至第一四号証、同第一五号証の一乃至四、同第一六号証の一乃至三、同第一七号証、同第一八号証の一乃至三、同第一九号証、同第二〇号証、同第二一号証の一、二、同第二二号証を提出し、証人藤岡要治、同久木留広(第一、二回)の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、同第二号証の一乃至三、同第四乃至第七号証、同第一七号証、同第三四号証の一、二、同第四一号証、同第四三号証の一、二、同第四四号証の一、二、同第四五乃至第四八号証中官署作成部分を除くその餘の部分、同第四九号証、同第六〇号証中官署印を除くその餘の部分の成立はいづれも知らない。その餘の乙各号証の成立はこれを認める旨陳述した。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

「一、本件土地が原告の所有に属するものである旨の原告の主張事実はこれを否認する。原告が本件土地の所有権を取得するに至つた原因として原告の主張する事実はすべてこれを争う。この点に関する被告の主張は後に詳述する。

二、被告が本件建物を所有して本件土地を占有している事実はこれを認める。右の占有が権原に基づかないとの原告の主張はこれを争う。

三、本件土地の賃料相当額に関する原告の主張はすべてこれを争う。

四、原告が本件土地の所有権を取得するに至つた経緯として主張する事実についての被告の主張はつぎのとおりである。

(一)  被告は昭和二八年一一月か一二月ごろ被告の所有にかかる本件土地(当時の土地の表示は原告主張のとおりである)の登記済権利証(甲第七号証の一)被告の署名押印のある白紙委任状(甲第一六号証の二)および被告の印鑑証明(甲第一六号証の三)を下釜武夫を介して林壬子郎に交付し同人にその保管を託した。右保管を委託したのは、当時被告の関係する南邦企業株式会社が林壬子郎に対し約一〇〇万円の債務を負担しており被告が右債務を担保する目的からであつたが、被告は本件土地および南邦企業株式会社所有の土地を担保に市中銀行から一〇〇〇万円以上の金員を借受けそれによつて林壬子郎に対する前記一〇〇万円の債務の弁済にも充てる計画であつたので、林壬子郎には前記各書類は単に同人の手許にこれを保管しておくにとどめ、これを使用して本件土地に抵当権を設定しその登記をなすなどは決してしないように求め林壬子郎もこれを承諾していた。

(二)  林壬子郎は被告との前記約定に反し昭和二九年二月一九日ごろ自己の金融を得る目的で被告の承諾を得ることなく又被告に無断で前記各書類を玉川順吉に交付した。玉川順吉は久木留広と共謀し前記各書類を使用して被告の代理人になりすまし本件土地に久木留広のため抵当権を設定し且つ停止条件付代物弁済契約を締結し原告主張の抵当権設定登記と所有権移転請求権保全の仮登記の各手続をとつた。被告はこれらの登記がなされたことを全く知らないでいた昭和二九年三月ごろ、林壬子郎に預けてある被告の白紙委任状と印鑑証明が古くなつたので新しいのと差換えて貰いたい旨の林壬子郎の要請を下釜武夫を通じて受けたので新たに被告の署名押印のある白紙委任状(甲第一八号証の二)と印鑑証明(同号証の三)を下釜武夫に交付し、下釜武夫はこれを林壬子郎に交付した。被告としては新しい白紙委任状と印鑑証明も林壬子郎においてこれを保管し登記手続に使用することはないものと考えていたのである。しかるに林壬子郎は右の白紙委任状と印鑑証明を被告の承諾もなく、被告に無断で玉川順吉に交付した。玉川順吉は右の白紙委任状と印鑑証明を使用して被告の代理人になりすまし昭和二九年三月二二日本件土地について代物弁済を原因として久木留広に所有権移転の本登記手続をとつた。

(三)  右の次第で前記の各登記は被告の全く関知しないところであるばかりでなく、前述の如く被告は下釜武夫にも林壬子郎にも本件土地に抵当権を設定したり代物弁済契約を締結する代理権を与えたことはない。玉川順吉が前述のような経過で前記各書類を入手しこれを所持していたからといつて被告が玉川順吉に対し原告主張の代理権を与えた旨第三者に表示したことにはならない。玉川順吉について表見代理が成立する餘地はない。蓋し、最高裁判所第二小法廷昭和三九年五月二三日の判決の説くように、不動産登記手続に要する登記済権利証、印鑑証明、白紙委任状のような書類は最初にこれを交付した者からさらに第三者に交付され、転輾流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は前記の書類を直接交付を受けた者がこれを濫用した場合や、とくに前記の書類を何人が行使しても差支えない趣旨で交付した場合は格別、委任状の受任者名義が白地であるからといつてその者からさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法第一〇九条により右の濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではないからである。

(四)  仮に玉川順吉が本件土地の登記済権利証、被告の白紙委任状被告の印鑑証明を所持していたことにより原告主張の表見代理が成立するものとしても、玉川順吉が昭和二九年二月二〇日ごろ被告の代理人として久木留広から二〇〇万円を借受けたという事実は存在しない。同日久木留広が玉川順吉に金員を交付したとすれば、それは久木留広が玉川順吉に金員を貸付けたに過ぎず被告とは何の関係もない。このことは久木留広の玉川順吉に対する昭和二九年二月二〇日付二〇〇万円の貸金および同年三月一日付二〇〇万円の貸金合計四〇〇万円の貸金残額二六五万円について債務弁済契約公正証書を作成していることにより明らかである。玉川順吉が昭和二九年二月二〇日に被告の代理人として二〇〇万円を借受けた事実がない以上被担保債権が存在しないのであるから本件の抵当権設定契約、代物弁済契約はすべて無効である。

(五)  仮に原告主張のように表見代理が成立し久木留広と被告の間に二〇〇万円の金銭消費貸借が存在し代物弁済により久木留広が本件土地の所有権を取得したとしても久木留広が昭和二五年六月二八日本件土地を原告に代金二〇〇万円で売渡した事実はない。本件土地について久木留広から斎藤重隆に、斉藤重隆から玉川順吉に、玉川順吉から原告に順次なされた所有権移転登記はすべて実体上の権利移転の伴わない仮装のものである。久木留広、斉藤重隆、玉川順吉、原告らが共謀して被告が本件土地の登記簿上の所有名義を回復することを妨害するためにその登記名義を転々と移転したものにすぎない。」

旨陳述し、抗弁として

「仮に久木留広と被告の間に本件土地の代物弁済契約が締結されたものとするならばその代物弁済契約はつぎの理由により無効である。

本件土地の昭和二九年三月当時の価格は凡そ一千万円程度であり少くとも六百五、六十万円を越えるものであつた。貸借期間一ケ月の二〇〇万円の金銭消費貸借の代物弁済として本件土地の所有権を取得する旨の本件代物弁済契約は暴利行為であつて公序良俗に反するものである。」

旨陳述し、

立証として、乙第一号証、同第二号証の一乃至三、同第三号証の一、二、同第四乃至第一〇号証、同第一一号証の一、二、同第一二号証の一、二、同第一三乃至第一七号証、同第一八号証の一乃至三、同第一九乃至第二四号証、同第二五号証の一、二、同第二六号証、同第二七号証、同第二八号証の一、二、同第二九乃至第三二号証、同第三三号証の一乃至一〇、同第三四号証の一、二、同第三五号証の一乃至四、同第三六乃至第三八号証、同第三九号証の一、二、同第四〇乃至第四二号証、同第四三号証の一、二、同第四四号証の一、二、同第四五乃至第四九号証、同第五一乃至第六〇号証を提出し,証人下釜武夫(第一、二回)、同林壬子郎(第一、二回)、同邨田耕、同久木留広(第一回)の各証言および原告本人、被告本人(第一、二回)の各尋問の結果を援用し、甲第八号証の成立は知らない、同第一三号証の成立を否認する、その餘の甲各号証の成立を認める、甲第五号証の一乃至二三、同第九、一〇号証、同第一一号証の一乃至三、同第一二号証、同第一四号証、同第一六号証の一、二、同第一七号証、同第一八号証の一乃至三を利益に援用する旨陳述した。

(別紙第一ないし第三物件目録は省略する。)

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