東京地方裁判所八王子支部 昭和39年(ワ)532号 判決 1967年9月18日
原告 広園寺
右代表者代表役員 山田茲棹
右訴訟代理人弁護士 平原謙吉
同 平原昭亮
被告 藤新治
右訴訟代理人弁護士 内田正己
同 中島正博
右訴訟復代理人弁護士 田辺幸一
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人らは、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「別紙目録記載の土地は原告の所有地であるところ、被告は正当占有権原なくして地上に同目録記載の建物を所有して右土地を占有している。よって原告は土地所有権に基づき右建物の収去と土地明渡しとを求める。」と述べ、
被告の答弁に対し、
「被告の答弁事実中、原告が昭和三三年五月五日訴外井関頌に対し本件土地を普通建物所有の目的をもって賃貸したこと、地上建物につき井関から被告に対し所有権移転登記手続がなされていることは認めるが、井関から被告へ地上建物所有権および土地賃借権が転々した事実並びに井関の原告に対する背信的意図の有無、被告の資力の有無は不知、原告ないし原告の土地管理人が、井関その他に対して土地賃借権譲渡についての承諾を与えたこと、被告が本件土地賃借権を有すること、井関の賃借権譲渡には原告に対する賃借人として信頼関係を破壊しない特段の事由があること、原告の本訴請求が権利の濫用であることは、いずれも否認する。」と述べ、
被告訴訟代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、
「一 原告主張事実中、本件土地が原告の所有地であって地上に存在する建物が被告の所有であることは認めるが、正当占有権原がないことは否認する。
二 被告は、訴外井関頌の有した本件土地賃借権と地上建物所有権とを原告の承諾の下に承継取得したものである。
すなわち、井関は昭和三三年五月五日原告から本件土地を普通建物所有の目的をもって賃借権を取得し地上に本件建物を建築所有したが、訴外行方正明から昭和三三年一〇月頃金員の貸付けを受け、昭和三五年八月頃元利金一一九万円余の代物弁済として建物所有権を行方に移転し、行方は昭和三九年三月頃被告との間の売買契約によってさらに被告に移転し、昭和三九年四月三日、井関から被告へと中間省略登記手続が行われた。右建物所有権の移転に伴い本件土地賃借権も井関から行方へ、行方から被告へと譲渡されたのであるが、訴外伊藤菊次郎および久保田伝次郎の両名が昭和三九年四月頃原告の土地管理人である訴外石山重太郎から被告のために右賃借権譲渡についての承諾を得た次第である。このとき承諾した石山から名義書替料の請求があり、両名において相当額の支払いを受諾したのであって、このことは原告の承諾があったことを明らかに示すものである。
三、仮りに原告の承諾が認められないとしても、(一)被告は資力があり、賃料不払いや延滞等の恐れはなく、(二)井関は金銭債務のため止むなく、建物所有権並びに土地賃借権を失ったもので、地主たる原告に対し背信的意図を有しない。(三)被告は前記伊藤らを通じ相当額の名義変更料を支払うことおよび地代の値上げにも応ずる旨を表明してあるもので、地上建物についても正当に所有権を取得し、所有権取得登記手続をも完了している。以上の事情を綜合すると、原告と井関ないし被告との間には、賃貸借関係における当事者間の信頼関係は破壊されていない特段の事由があるから、原告の承諾がなくとも本件土地賃借権の譲渡は有効である。仮りに有効でないとしても、かかる特段の事情下においては、原告の本訴請求は権利の濫用であってゆるされない。」と述べた。
立証≪省略≫
理由
一 別紙目録記載の土地(本件土地)が原告の所有地であること、被告が地上に同目録記載の建物を所有して本件土地を占有していること、原告が昭和三三年五月五日訴外井関頌に対し本件土地を普通建物所有の目的をもって賃貸し、井関が地上に本件建物を建築所有したこと、本件建物につき昭和三九年四月三日井関から被告に対し所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがない。
二 ≪証拠省略≫によれば、井関は訴外行方正明から一〇〇万円を超える金銭債務を負担したため、昭和三九年三月頃行方のために訴外久保田伝次郎が本件建物の売却処分の世話をして訴外伊藤菊次郎に相談をかけ、伊藤が被告に勧めて代金四五万円で買受けを承諾せしめ、井関の有した本件土地賃借権の譲渡について原告の承諾を得べき交渉を引受けたことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。
被告は、土地賃借権の譲渡につき原告の承諾があった旨主張するが、
1 ≪証拠省略≫を綜合すれば、伊藤は久保田と両名で原告に交渉に赴き、原告の土地管理人石山重太郎と面談したところ、「名義書替料五、〇〇〇円で貸す」とのことであったが、両名は高額に過ぎると思料して「本人と相談する」とて帰えり、被告も報告を受けて石山の要求額を応諾せず、いずれ再交渉すれば被告方の希望を達し得るものと軽信し、石山に対し諾否を明らかにする処置をとらないでいるうち、原告から昭和三九年五月一一日付文書をもって土地明渡の請求を受けたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
2 被告は石山が土地賃借権の譲渡を承諾した上で、名義書替料坪当り五〇〇〇円を要求したので、名義書替料は相当額で妥結すればよいことであって、土地賃借権の譲渡は承諾ずみである旨主張するごとくであるが、1の認定事実から直ちにそのように認定することはできないし、そのように認定するに足る証拠もない。≪証拠省略≫中右主張に副うような供述部分は≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨に照らして措信できない。
3 以上の認定によって判断すれば、原告の承諾(石山の承諾で足りる)はひっきょうなされていないものと認めるのが相当である。
三 およそ賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡を受けた第三者はその賃借権をもって賃貸人に対抗することはできないと解すべきであるから、被告は本件土地賃借権をもって原告に対抗することはできない。されば、被告は原告に対し、本件土地につき正当占有権原を有しないものとせねばならない。
四 被告は、原告と井関ないし被告との間には、賃貸借当事者間における信頼関係が破壊されていない特段の事由があるとして種々に主張するのであるが、(一)譲受人に資力があって賃料不払いや延滞等の恐れがなければ無断譲渡が賃貸借における信頼関係を破壊しない、との主張、(二)譲渡者が金銭関係のため地上建物を失った場合は賃貸人に対し背信的意図を有せず、無断譲渡しても信頼関係を破壊しないとの主張、(三)譲受人が相当額の名義書替料を支払い地代値上げにも応ずる意思があり、そのことを表明していれば、無断譲渡しても信頼関係を破壊しないという主張は、いずれも理由ある主張とはいえないし、かかる事情を綜合したとて、信頼関係を破壊しない特段の事由と認めることはできない。
五 また被告は、賃貸人が不当に高額な名義書替料を要求し、賃借権譲受人がその額の妥当を欲して要求額のままでの諾否を留保したからとて、譲受人の賃料支払いの能力、意思、妥当額の名義書替料支払いの意思、無断譲渡人側の止むなき事情等を顧みることなく、無断譲渡を理由として賃貸人の権利を行使するは、権利の濫用である旨主張するが、賃借権の無断譲渡の当事者が、無断譲渡の事実を棚に上げ、賃貸人の要求する名義書替料の額につき諾否を明らかにしないで経過し、よって賃貸人の権利行使を招いたとき、その権利行使をもって権利の濫用とすることはできない。また、賃貸人の要求額が不当に高額で、賃貸人が譲渡の承諾を拒否する意思を表明しているに他ならぬような場合には、賃借人側が要求額を受諾しない限り、賃借権譲渡に対する賃貸人の承諾の拒絶として賃貸人の自由であるし賃貸人が承諾の意思を有して要求額を示している場合には、たとえ不当に高額であっても、賃借人側としては交渉を尽くして額の決定妥結に達し、承諾を得る他ないものである。「賃貸人が不当に高額な名義書替料を要求したときは、賃借権の無断譲渡の当事者に対して、その無断譲渡を理由とする賃貸人としての権利の行使が濫用としてゆるされなくなる。」という法理は存しない。前認定事実の下においては、原告が賃借権の無断譲渡に対して承諾を与えねばならない理由はなく、仮りに名義書替料の要求額坪当り五、〇〇〇円が不当に高額であったとしても、ただそれだけで、同一事実下において、反転して承諾を与えねばならなくなるものではなく、権利濫用を招来するものでもない。
六 そうであってみれば、原告の本訴請求は理由があり認容すべきものであるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお仮執行の宣言はこれを付せないのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 立岡安正)