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東京地方裁判所八王子支部 昭和46年(ワ)834号 判決 1976年3月15日

原告 佐藤一雄

被告 国 ほか三名

訴訟代理人 新井旦幸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  <証拠省略>によると、原告は、小川徳与の所有として登記されていた東京都小金井市本町二丁目二五三二番地宅地一一二・三九平方メートル、同所二五二〇番山林一〇三・〇〇平方メートルの本件各土地に関し、二五二〇番の土地については昭和四四年一〇月二一日付売買を原因として同月二二日付をもつて、二五三二番の土地については昭和四四年一〇月二一日付売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をしたうえ、昭和四六年二月一八日売買を原因として同年四月八日付をもつて、それぞれ小川徳与から原告あてに所有権移転登記され、原告が本件各土地の所有者となつたことが認められる。

二  被告高橋、同鴨下、同山形(以下被告高橋らという)は、原告が右のように本件各土地を小川徳与から売買によつて取得したのは訴訟行為をなさしめることを主たる目的としたもので、信託法第一一条に該当する無効のものであると主張するので検討する。

<証拠省略>、弁論の全趣旨を総合すると、原告が本件各土地を取得するまでのいきさつとして次の事実を認めることができる。

1  本件各土地は、東京法務局府中出張所や小金井市役所各備付の公図等においては被告高橋ら所有の各土地と被告国所有の水路敷との間に挟まれた細長い矩型状の土地として表示され、また、登記簿上は二五二〇番の土地は地目は山林、地積は一〇三・〇〇平方メートル、二五三二番の土地は地目畑(昭和四六年二月一八日宅地に変更)、地積一一二・三九平方メートルとして登記されている。

2  しかしながら、現地においてこれをみると、被告高橋らがそれぞれ所有地として占有する各土地の南東側は茶の木の植込を境として被告国所有の水路敷の北東側の線に直ちに接していて公図上両者の土地の間に挟まれて存在するものとして表示されている本件各土地はかなり以前から現況上まつたく存在しないものであつた。

3  そこで、本件各土地の所有名義人小川徳与は、公図上存在する本件各土地が現況において不分明なのは被告高橋らが自己所有地として占有する各土地範囲内に本件各土地の一部が含まれている、すなわち、被告高橋らは本来の所有地の境界を超えて本件各土地の一部を取り込んで占有していることによるものと判断し、昭和三五年ごろから独力で被告高橋、同鴨下を相手(被告山形がその所有地を取得したのは昭和三九年二月二四日で昭和三五年当時は小川徳与の交渉の相手ではなかつた)としてそれぞれ占有にかかる本件各土地をその占有部分に応じて買受けるように積極的に交渉したが、本件各土地の存在を否定する被告鴨下の反対などにあつてその交渉は進展しなかつた。その後、小川徳与は、本件各土地と被告高橋ら所有地との境界について小金井市役所の吏員に調査を依頼するなど問題解決に努力し、昭和三九年二月以降は被告山形をも加えて本件各土地の買受交渉を進めてきたが、依然として解決に至らず、そこで、小川は止む無く昭和四四年になつてその交渉を原告代理人である八塩弁護士に委任したけれども、同弁護士の交渉によつても問題は解決しなかつた。

4  このようにして、本件各土地を巡る小川徳与と被告高橋らとの訴訟外の紛争は昭和三五年以来実に一〇年近くも交渉により進められてきたが、その解決はもはや訴訟によつて黒白を決する以外方法がなかつた。しかし、当時の小川徳与は老令でもあり、かつ、裁判に訴えて解決することを好まなかつたので、八塩弁護士の勧めにより同弁護士の知合で小川とは一面識もない都内江戸川平井に居住する原告に本件各土地を譲渡することとなり、その旨昭和四四年一〇月二一日付をもつて契約が成立したが、その際とくに小川徳与は買受人である原告に対し本件各土地に関する被告高橋らとの紛争については訴訟によつて黒白を決して欲しいと希望し、原告もこれを承諾した。

5  原告は、その後本件各土地について登記を経由したうえ、八塩弁護士を代理人として昭和四六年五月一二日付内容証明郵便をもつて被告高橋らに対して同被告らは本件各土地の一部を占有しているとしてその占有部分の明渡を求めたが、同被告らから同月二七日付内容証明郵便で同被告らは本件土地をなんら占有していない旨の回答に接し、原告は同年一一月二日八塩弁護士を訴訟代理人として被告高橋らにあわせて被告国を相手として本訴を提起するに至つた。

以上の諸事実を認めることができる。

原告は、小川徳与は本件各土地に関し原告が被告らを相手として民事訴訟を提起する場合資料を積極的に提供するなど側面的に協力すると述べたにすぎず、訴訟によつて黒白を決して欲しいと希望して本件各土地を譲渡した事実はないと主張し、<証拠省略>もこれに副うものであるが、右主張は原告の昭和四八年二月二〇日付準備書面五項の記載に照らして信用できない。

また、原告は、その本人尋問において、自分が本件各土地を買受ければ被告高橋らとの交渉も容易に解決できるだろうし、本件各土地は将来、豆腐製造業を営む原告の資材置場や魚の養殖に使用するために買受けた旨供述するけれども、原告が現況上存在しない本件各土地を買受けたからといつて、長年にわたつて紛争の対象となつてきた本件各土地の問題が容明に解決できるものでないことはきわめて明白な事実であり、それに、原告は本件各土地の所在地とは地理的にもかなり離れた地域に居住しているうえ、本件各土地は、たとえ存在するとしても地型的に利用価値の乏しい点を考えると、本件各土地を自己利用のため買受けたとする原告の前示供述はとうてい信用できない。

さらにまた、原告が本件各土地を金一〇万円で買受け、その代金は支払済であるとの点についてこれをみても、これに副う小川徳与作成名義の領収書<証拠省略>には受領年月日の記載もないし、小川徳与の署名も<証拠省略>に照らして同人の自署にかかるものではなく、その名下の印影も有合印によつて顕出されたものであることを考えると、右領収書がよく真実に合致するものか疑わしい。本件各土地は、そもそも存在すら争われている土地で、しかも、原告と小川とはまつたく面識のない間柄で原告がとくに小川を援助しなければならない立場にあつたわけではないし、それに、場合によつては原告の全面的な損失に帰するかも知れないのに、たとえ時価より低廉とはいいながら金一〇万円もの金員を支出してこれを買受けるということは通常考えられないことに照らすと、果して原告が本件各土地の対価として金一〇万円を現実に支出したものか疑問といわなければならない。

原告が本件各土地をあえて取得したのはいずれは本件各土地を時価もしくはこれに相当する価額で被告らに買受けて貰おうとの意図によるものと解するのが相当である。

三  以上これを要するに、本件各土地の登記簿上の所有者小川徳与が、現況において存否不明の本件各土地をあえて無縁の原告に譲渡したのは、昭和三五年以来一〇年近くにわたつて訴訟外で争いの対象となつてきた本件各土地と被告ら所有の土地との境界について民事訴訟を提起することによつて解決を図るためであり、他方、小川と一面識もない原告が、存否不明で客観的にも利用価値に乏しい本件各土地をあえて取得したのは小川の意向を受けて本件各土地に関し訴訟によつて黒白を決し、あわせて万一、勝訴の暁には本件各土地中被告らの占有部分について、今更被告らがその使用を断念することはあり得ないことから、これに乗じて被告らの各占有部分に応じて本件各土地を時価あるいはそれに相当する価額で買受けて貰い、もつて、相当額の利益を博しようとしたことによるものというべきである。

右のとおりとすると、本件各土地に関する原告と小川徳与間の売買は、もつぱら訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなされたもので、信託法第一一条に規定する訴訟信託に該当するものと解するのが相当であり、本件訴訟が訴訟代理人である八塩弁護士によつて追行されていることは右の点になんら妨げとなるものではない。

四  以上検討してきたとおりとすると、原告高橋らの訴訟信託の主張は正当であり、(なお、被告国もこの点の主張をしない趣旨でないことは弁論の全趣旨により認められないではない)これに基づく前示売買は、信託法第一一条に違反する無効のものであるから、原告は本件各土地につき正当な権利者とはいえず、したがつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく全部失当として棄却すべきものである。

よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神田正夫)

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