東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)314号 判決 1974年4月16日
原告
大塚祐延
被告
北野商店こと北野里一
ほか一名
主文
被告らは、原告に対し、各自金七八二、三八〇円およびこれに対する昭和四七年四月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一五分し、その一四を原告の、その余を被告らの各負担とする。
この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、原告に対し、各自金一二、六二四、〇九九円およびこれに対する昭和四七年四月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和四五年六月二日午前一一時二〇分ごろ、東京都町田市小野路一、九九七番地先路上において、大型貨物自動車(以下「原告車」という)を運転進行中、被告岩橋将義(以下「岩橋」という)運転の大型貨物自動車(以下「被告車」という)と正面衝突し、右前胸部打撲、上腕部打撲等の傷害を受けた。
2 本件事故は、被告岩橋の次のような過失によつて発生したものである。すなわち、原告は、本件事故現場付近の右にカーブする登り坂にさしかかつた際、対向して来る被告車を認めたので、原告車を道路左端に寄せて一時停止していたところ、被告岩橋が前方注視義務を怠り、かつ、被告車を対向車線に進出させて停止中の原告車に衝突させたものである。したがつて、同被告は民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。
3 被告北野里一(以下「被告北野」という)は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、しかも本件事故は被告岩橋が被告北野の業務の執行中に前記のような過失によつて発生したものであるから、同被告は自動車損害賠償保障法第三条、民法第七一五条第一項により原告の被つた損害を賠償する責任がある。
4 原告の損害
(一) 治療費 金二二三、四七二円
原告は、本件事故により昭和四五年六月二日から昭和四六年八月二三日までの間、新倉医院、須藤病院および府中医王病院で治療を受けたほか、同年九月四日から同月一一日まで、同年一〇月一四日から同年一二月一日までの間武蔵野赤十字病院に通院し、さらに同年九月一二日から同年一〇月一三日までの間同病院に入院して治療を受けたが、その治療費として同病院に金二二三、四七二円を支払つた。
(二) 通院交通費 金五〇、九二〇円
原告は、新倉医院、府中医王病院および武蔵野赤十字病院に通院した際、タクシー代、バス代、電車賃として合計金五〇、九二〇円を支出した。
(三) 栄養費および入院雑費 金二三、二〇〇円
原告は、五八日間の入院中、栄養費および入院雑費として一日につき金四〇〇円を支出した。
(四) 被害車両購入費 金六〇〇、〇〇〇円
原告は、昭和四五年五月三一日、原告車を代金二、二〇〇、〇〇〇円で購入し、その内金として金六〇〇、〇〇〇円を支払つていたところ、その二日後に本件事故に遭遇し、残金の支払いができなくなつたため、売主から右売買契約を解除されたうえ、原告車を引き上げられてしまつたので、原告は同額の損害を被つた。
(五) その他の車両購入費 金二、五一二、三六〇円
原告は、昭和四三年一二月二〇日、日産デイーゼル東京販売株式会社からニツサンデイーゼル(ダンプカー)一台を代金二、七〇〇、〇〇〇円で購入し、その割賦金二、五一二、三六〇円を支払つたところ、本件事故により就労不能となつたことから右割賦金の支払いができなくなつたため、同会社から右売買契約を解除されたうえ、右車両を引き上げられてしまつたので原告は既払割賦金と同額の損害を被つた。
(六) 休業損害 金四、〇六三、八四〇円
原告は、本件事故当時、建材業を営んでいたが、本件事故により昭和四五年六月二日から昭和四七年三月末日までの約二二か月間休業を余儀なくされた。そして、昭和四四年一月一日から昭和四五年五月末日までの原告の総収入は金五、九九四、九〇〇円であり、その間の総経費は金二、八五四、六六四円であるから、右期間中の総収入は金三、一四〇、二三六円となり、これを一か月間の純収入に換算すると金一八四、七二〇円となるので、原告は、前記休業期間中に金四、〇六三、八四〇円の収入を失つた。
(七) 逸失利益
原告は、昭和四七年四月から少なくとも向後二年間就労することができないので、その間の逸失利益は金四、三四三、三〇七円となり、その算式は次のとおりである。
¥2,216,640×1.959410=¥4,343,307
(八) 慰謝料 金一、四〇〇、〇〇〇円
入院分 金四〇〇、〇〇〇円
通院分 金一、〇〇〇、〇〇〇円
(九) 弁護士費用 金一、一五〇、〇〇〇円
(十) 損害の填補
原告は、被告北野から金一、五五三、〇〇〇円の自賠責保険から金一九〇、〇〇〇円の各支払いを受けたので、これを前記損害金に充当した。
5 よつて、原告は、被告らに対し、各自金一二、六二四、〇九九円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四七年四月二六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実中、原告の傷害の部位およびその程度は知らないが、その余は認める。
2 同第2項の事実を否認する。
3 同第3項の事実を認める。
4 同第4項の事実中、(一)ないし(三)は知らない、(四)ないし(七)および(九)は否認する、(八)は争う、(十)は認める。原告が長期療養を要したのは既往症として先天性結腸出血症があつたためであつて、外傷性の内臓欠陥があつたためではない。仮に、右既往症が本件事故により悪化したものであるならば割合的に被告らの責任を認定すべきである。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項の事実中、原告の傷害の部位およびその程度を除いては当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告は、本件事故により右前胸部、上腹部および右大腿部に各打撲症の、外傷性内臓損傷、腸管癒着症の各傷害を受けたことが認められる。
二 〔証拠略〕によると、本件事故現場は、道路の幅員が四・五メートルあつて、坂道に至る急カーブの場所であるが、原告は町田市方面から原告車を運転して右事故現場にさしかかつた際、対向車が進行して来るのを認めたので、自車を道路左端に寄せて対向車の通過を待つていたところ、被告岩橋が被告車を運転し、下り坂の対向車線を時速約五〇キロの速度で進行して来て、被告車を対向車線に進出させ、停車中の原告車に正面衝突させたことが認められる。右認定のとおり、本件事故は被告岩橋の前方注視義務違反の過失により発生したものであるから、同被告は民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。また、請求原因第3項の事実については当事者間に争いがないので、被告北野も自賠法第三条、民法第七一五条第一項により原告の被つた損害を賠償する責任がある。
三 そこで、原告の被つた損害について判断する。
1 治療費
〔証拠略〕によると、原告は、昭和四六年九月四日から昭和四七年二月一二日までの間(実日数四〇日、そのうち入院三二日)、武蔵野赤十字病院において結腸憩室症の治療を受け、その治療費として金二六〇、〇四二円を支払つたが、右疾病は先天性のものであつて、本件事故とは関係ない旨診断されたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。そうだとすると、結腸憩室症は本件事故によつて生じたものと認めることができず、したがつて、右治療費の支出と本件事故との間には因果関係がないといわなければならない。
2 交通費
〔証拠略〕によると、原告は、本件事故により受傷した前記傷害を治療するため、昭和四五年六月二日から同年七月一三日までの間に五回新倉医院に通院し、その交通費として金一二、〇〇〇円を、同年九月一一日から昭和四六年八月二三日までの間に三一回府中医王病院に通院し、その交通費として金五、五八〇円を支出したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。なお、原告は、武蔵野赤十字病院に通院した際の交通費も請求しているが、同病院で治療を受けた疾病が本件事故と因果関係のないことはすでに認定したとおりであり、したがつて、右交通費の支出は本件事故による損害とは認められない。
3 栄養費および入院雑費
〔証拠略〕によると、原告は、本件事故による前記傷害を治療するため、昭和四五年九月一四日から同年一〇月九日まで府中医王病院に入院したことが認められるところ、入院患者が入院中に栄養費その他の雑費として一日当り金三〇〇円程度の支出を余儀なくされることは容易に推認されるので、原告主張のうち金七、八〇〇円は本件事故と相当因果関係にある損害と認めるべきである。なお、原告は武蔵野赤十字病院に入院して治療を受けているが、その疾病は本件事故とは関係がないことは前示のとおりであるので、同病院に入院中の雑費等の請求は理由がない。
4 被害車両およびその他の車両購入費
〔証拠略〕によると、原告は萩原建材から原告車を代金二、二〇〇、〇〇〇円で、また、日産デイーゼル東京販売株式会社からニツサンデイーゼル(ダンプカー)一台を代金三、一〇〇、〇〇〇円で購入し、右車両を用いて建材等の運搬業を営んでいたが、本件事故当時、右萩原建材には金六〇〇、〇〇〇円の、日産デイーゼル東京販売株式会社には金二、五一二、三六〇円の割賦金しか支払つていなかつたところ、原告が本件事故により建材業を継続して営むことができなくなつたため、割賦代金の捻出に窮し、その支払いを怠つたことから、各売主に割賦販売契約を解除されたうえ、前記各車両を引き上げられたことが認められる。ところで、割賦販売の方式により車両を購入した場合、契約締結後直ちに当該車両の引渡しを受けて使用収益をあげ得るのであり、したがつて、残余の割賦金の支払いを怠つたため、売買契約が解除されて当該車両を引き上げられたとしても、その既払割賦金相当額全額をもつて買主の損害と認めるには、いささか疑問がある。のみならず、原告は、本件事故当時、原告車を自ら運転して砂利やその他の建材の運搬業を営んでいたにすぎず、右営業は必ずしも原告自身でなければこれを遂行できないものでもなく、原告の休業期間中他の運転手を雇つて建材業を継続させることは十分可能であり、しかも原告は本件事故による休業損害を本訴において請求しているくらいであるから、その損害金が支払われるまで一時借入金等により前記各車両の割賦金を支払うこともできるのである。これらのことを考えると、売主から割賦販売契約を解除されて当該車両を引き上げられたため、既払割賦金相当額の損害を被つたとしても、その損害は本件事故とは因果関係がないものといわなければならない。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。
5 休業損害
〔証拠略〕によると、原告は、本件事故当時、建材業を営んでいたが、本件事故により昭和四五年六月二日から昭和四七年一〇月ころまでの間全く就業することができなかつたので、その間の収入を得ておらず、同年一一月ころから昭和四八年二月ころまではタクシーの運転手として臨時に稼働したことがあり、同年四月からは浄化槽の清掃員として勤務し、月収約金一〇〇、〇〇〇円を得ていることが認められる。一方、〔証拠略〕によると、原告は、昭和四六年九月四日に武蔵野赤十字病院において、結腸憩室症と診断され、以後昭和四七年三月一二日までの間同病院に入院あるいは通院して治療を受けたが、その間に府中医王病院にも通院して治療を受け、昭和四六年一一月初めころには同病院で症状が固定した旨診断されていることが認められる。そして、武蔵野赤十字病院において診断された結腸憩室症は本件事故と関係のないことは前記認定のとおりである。してみると、原告が本件事故により休業を余儀なくされた期間は昭和四五年六月二日から同年八月末ころまでと認めるのが相当である。
ところで、〔証拠略〕には、原告が昭和四四年一月一日から昭和四五年五月までの間に合計金五、九三四、九〇〇円の収入を得た旨の記載があり、また、〔証拠略〕には、右期間中の経費として金五七〇、四九二円を支出した旨の記載があり、さらに、原告本人尋問の結果中にも右の各記載と同趣旨の供述(ただし、経費については右のほかタイヤ代として金五〇、〇〇〇円を要する旨の供述がある)があるけれども、一方、税務申告については多少実際の収入よりも少なく申告した旨の供述もある。そして、〔証拠略〕によると、原告は、昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの間建材業を営み、金七四三、〇〇〇円の収入をあげたものとして納税申告をしていることが認められる。したがつて、〔証拠略〕の記載は採用できず、右記載に副う〔証拠略〕も措信することができない。右認定事実を総合すれば、原告は、昭和四四年中に金一、四四〇、〇〇〇円程度の収入をあげたものと認めるのが相当である。そうだとすると、原告は、本件事故による休業期間中金一、八〇〇、〇〇〇円(¥120,000×15か月)の収入を失つたことになる。
なお、原告は、昭和四七年四月から二か年分の逸失利益金四、三四三、三〇七円の請求をしているが、すでに認定した事実からすれば、右損害は本件事故とは因果関係がないので、右主張を採用することはできない。
6 慰藉料
すでに認定した本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入院および通院期間その他本件に現れた一切の事情を総合すれば、本件事故により原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには金六〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
7 以上認定したとおり、原告は、被告らに対し、各自金二、四二五、三八〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告北野から金一、五五三、〇〇〇円の、自賠責保険から金一九〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、これを前記損害金に充当すると金六八二、三八〇円となる。
8 弁護士費用
〔証拠略〕によると、原告は、被告らが前記損害金を任意に支払わないので、原告代理人にその取立てを委任し、その着手金および報酬として金一、一〇〇、〇〇〇円の支払いを約したことが認められるが、本件審理の経過および前記認容額に照らし、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は金一〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。
四 以上説示のとおり、被告らは、原告に対し、各自金七八二、三八〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四七年四月二六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用し、被告ら申立ての仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 新田誠志)