東京地方裁判所八王子支部 昭和49年(モ)1299号 判決 1979年7月02日
債権者 鈴木周三
右訴訟代理人弁護士 宮里邦雄
同 片桐敏栄
同 山花貞夫
債務者 株式会社東京現像所
右代表者代表取締役 小林利央
右訴訟代理人弁護士 松崎正躬
同 奥毅
主文
一 当裁判所が、右当事者間の昭和四九年(ヨ)第三〇七号地位保全及び賃金仮払い仮処分命令申請事件について、昭和四九年七月三〇日にした仮処分決定は、これを認可する。
二 訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 債権者
主文と同旨の判決。
二 債務者
1 主文第一項記載の仮処分決定(以下「原決定」という。)を取消す。
2 債権者の本件仮処分申請を却下する。
3 訴訟費用は債権者の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者及び本件労働契約
(一) 債務者会社は、写真フィルム乾板、印画紙等の感光材料の現像、焼付等の営業を目的とする株式会社であり、肩書地に本社及び工場を置いている。
(二) 債権者は、昭和四五年三月七日、債務者会社に雇傭され(以下この雇傭契約を「本件労働契約」という。)、以後技術部(旧称作業部)第三課第三係(以下単に「第三課第三係」という。)に配属されて、主として一六ミリフィルムの検査及び整理の業務に従事して来たものである。
2 本件解雇
債務者会社は、昭和四九年一月二五日、債権者に対し、就業規則四一条六項に基づいて、本件労働契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をなし、同月二六日以降債権者の労働契約上の地位を争い、その就労を拒絶し、賃金を支払わない。しかし、右解雇は、後記のように無効である。
3 賃金等の月額及び支給日
(一) 本件解雇当時、債権者が債務者会社から支払を受けていた賃金等の月額は、別紙(一)1記載のとおり、基本給及び諸手当合計金六万八、四〇〇円であった。
(二) 昭和四九年四月一日以降、債権者が債務者会社から支払を受くべき賃金等の月額は、別紙(一)2記載のとおり、少なくとも金九万二、六〇〇円である。即ち、同年四月一日付で改訂された債務者会社の給与規定付則によると、債権者の年齢給は別紙(一)2(1)①記載の金額、職能給は最下限の査定をした場合、別紙(一)2(1)②記載の金額となり、また債務者会社と東京現像所労働組合(以下「東現労組」という。)の間で締結された協定によると、同年四月一日以降債権者が受くべき諸手当は別紙(一)2(2)①ないし記載の金額となる。
(三) 債務者会社の就業規則四九条及び給与規定三条によると、前記賃金等は、毎月一日より末日までの分をその月の二五日に支給するものと定められている。
4 保全の必要性
債権者は、債務者会社から支払われる賃金を唯一の収入源とする労働者であって、本件解雇以降は全く収入の途を断たれた状態にあり、債権者の生活は破綻している。従って、本案判決の確定を待っていては回復しがたい著しい損害を蒙るおそれがある。
5 よって、債権者は、当裁判所に対し、労働契約上の地位の保全と昭和四九年二月から本案判決確定に至るまでの間の前記各賃金等の月額に相当する金員の仮払いを求める仮処分を申請したところ、これを認容する旨の原決定がなされたので、その認可を求める。
二 申請の理由に対する認否及び債務者の主張
(申請の理由に対する認容)
1 申請の理由1ないし3の事実は認める。但し、本件解雇が無効であるとの主張は争う。
2 同4の事実は不知。保全の必要性ありとの主張は争う。
《以下事実省略》
理由
第一被保全権利
一 当事者及び本件労働契約
債務者会社が写眞フィルム乾板、印刷紙等の感光材料の現像、焼付等の営業を目的とする会社であって、肩書地に本社及び工場を置いていること並びに債権者が昭和四五年三月七日、債務者会社に雇傭され、以来第三課第三係において主として一六ミリフィルムの検査及び整理の業務に従事してきたことは当事者間に争いがない。
二 本件解雇
債務者会社が昭和四九年一月二五日、債権者に対し就業規則四一条六項に基づいて本件解雇の意思表示をなし、同月二六日以降債権者の労働契約上の地位を争って、その就労を拒絶し、賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。
三 本件解雇事由
そこで、本件解雇事由の存否について判断する。
1 就業規則の解雇条項の解釈
本件解雇の根拠である就業規則四一条六項が「その他前各項に準ずる程度のやむを得ぬ事情あるとき」は解雇し得ることを定めた、いわゆる包括的解雇条項であることは当事者間に争いがない。
そこでまず、同条項の解釈について按ずるに、そもそも使用者が就業規則に解雇に関する定めをおき、解雇事由を列挙して規定している場合には、右解雇事由がいわゆる限定列挙であると包括的例示であるとを問わず、使用者が従業員を解雇し得るのは、右列挙事由に該当する事実が存在する場合に限られ、右事実が存在しない場合や列挙事由以外の事由に基づく解雇は許されないものであるから、右包括的解雇事由を適用するに当っても、同事由は使用者の単なる主観や恣意的裁量によって拡大解釈されるべきものではなく、他に列挙されている具体的解雇事由との比較、関連のもとに客観的且つ厳格に考察して、企業の円滑な維持、継続のためにはもはや当該従業員との労働契約を解除する外ない重大な事情がある場合にのみ解雇し得るものと解釈するのが相当である。
ところで、債務者会社の就業規則四一条には、別紙(二)記載のとおりの解雇条項があって、その一項ないし五項は、いずれも、労働契約を継続しえない具体的事由を定めたものであることは当事者間に争いがない。してみれば、同条六項の「その他前各項に準ずる程度のやむを得ぬ事情あるとき」とは、必ずしも従業員の非違行為や勤務怠慢の場合にのみ限定されるわけではないが、前示の観点からは、少なくとも右非違行為や勤務怠慢を理由とする場合には、当該従業員の職務上の行状ないし態度が労働契約上の債務不履行又は就業規則違反にあたり、且つそれが企業の円滑な維持及び継続のためには、もはや当該従業員との労働契約を解除する外ない程重大な状況に立ち至っていることを要するものというべきである。
2 解雇事由の存否
本訴において、債務者が就業規則四一条六項に該当する事実として主張する解雇事由は、要するに債権者の勤務怠慢、即ち債権者は債務者会社において業務上必要ある場合は時間外労働をなすべき義務があるのに、これを拒否し又はこれに不協力であること並びにこれらに関連する債権者の無断欠勤及び遅刻等の就業規則違反である。
(一) そこでまず、債権者の右時間外労働の拒否ないし不協力の点について判断する。
債権者の右各行為が従業員の勤務怠慢であるためには、その前提として債権者に時間外労働をなすべき義務があることを要することはいうまでもない。しかるところ、債務者は、債権者の右時間外労働義務の根拠として、債務者会社における三六協定(これは同時に労働協約としての性格も有する)、就業規則及び債権者との個別的労働契約を主張する。そこで以下に、右各根拠の当否につき検討する。
(1) 本件解雇当時、債務者会社にはいわゆる三六協定が存在したこと、即ち債務者会社は昭和三五年八月一日、当時の従業員二七一名のうち二四三名の者の加入する一般社員会の代表と三六協定を締結して、これを所轄労働基準監督署長に届出して以来、三か月ないし六か月毎に、いずれも当時の従業員の過半数の者の加入する一般社員会の代表と三六協定を更新・締結しており、昭和四八年一〇月一日には、当時の従業員の過半数の者の加入する新労組と三六協定を締結して、所定の届出を了したこと、及び右各三六協定の締結に際しては債務者会社と一般社員会の代表又は新労組はいずれも実施細則を締結したこと、並びに債務者会社の就業規則一三条及び一四条には、別紙(二)記載のとおり時間外労働に関する規定があることは当事者間に争いがない。
また、《証拠省略》を総合すれば、債権者は、債務者会社の新聞広告による求人に応募して予備面接と本面接を受けた後に債務者会社と本件労働契約を締結したものであるが、人事担当者の行なう予備面接においては岩崎勝馬総務部人事係長が、債務者会社の役員らの行なう本面接においては當間章雄作業部次長が、いずれも債権者に対し、債務者会社では業務の性質上時間外労働が必要で、入社すればかなりの時間外労働があることを説明し、これに応じられるか否か質問したところ、債権者は当時二〇才の若年で世故にうとかったことから、深く考えることなく、世間一般の常識的な残業程度と考えて、右時間外労働に応ずる意思がある旨返答したことを一応認めることができる。しかし、右面接の際、債務者側が更に債権者に対し、三六協定と債務者会社における時間外労働の必要性及びその実態につきくわしくこれを説明したとの事実については、これを肯認するに足りる疎明がなく、以上の認定に反する前掲各証拠の各一部は、いずれも、これを措信できない。ところで、右認定の事実、即ち債権者の前示面接時の情況によると、債権者は本件労働契約を締結する際、債務者会社に対し予め時間外労働を承諾したものとみられなくもない。しかし、労働時間従って時間外労働の有無及びその程度は、賃金と並んで、最も重要な労働条件であるから、右面接の際の債務者会社の時間外労働に関する前示の程度の漫然とした説明及びこれに対する前示のような債権者の軽率な返答を以ては、いまだ当事者間に確定的な時間外労働に関する事前の合意が成立したものとは認めるに足りず、せいぜい債権者が一応抽象的に時間外労働を承諾したものと認め得る程度にすぎない。のみならず、仮に債権者が、債務者主張の如く、本件労働契約を締結する際、債務者会社に対し予め時間外労働を承諾したものであるとしても、もし右承諾が時間外労働の具体的な日時、場所、仕事の内容及び時間数等をすべて使用者の指定にまかせるというような事実上使用者の都合により無制限の残業を認めるに近い、包括的時間外労働の承認であるとするなら、右承諾は後記労基法の趣旨ないし公序良俗に違反するものとして無効であるというの外ない。従って、いずれにしても、本件においては債権者の時間外労働義務の根拠となる有効な個別的労働契約は存在しなかったものというべきである。
なお、債務者は、前示三六協定及び実施細則が同時に労働協約としての性格も有する旨主張するが、債務者提出の全疎明を以ては、いまだ前示一般社員会が当時労働組合としての実体を有していたものとは認めるに足りず、また本件解雇当時、債務者会社と新労組との間に締結されていた三六協定及び実施細則が、右両者間においては、同時に労働協約としての性格も有していたものであるとしても、同一事業場の中に複数の労働組合が併存している場合には労働組合法一七条を以ても、多数派組合と使用者間の労働協約を以て少数派組合の組合員を拘束することはできないものと解するのが相当であるから、右三六協定及び実施細則が少数組合員である債権者にも適用される労働協約であるとは認めることができず、更に本件解雇当時、債務者会社と債権者の所属する東現労組との間に三六協定その他時間外労働に関するなんらの労働協約も締結されていなかったことは弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、結局債務者の前記主張は採用できない。
(2) 右認定事実によれば、債務者会社においては、本件解雇当時、債権者に適用される時間外労働に関する労働協約及び個別的労働契約はなかったが、少くとも労基法所定の届出を了した三六協定が存在し、更に就業規則には「災害その他やむを得ない事由発生の場合及び業務上必要ある場合には、時間外勤務を命ずることができる」旨及び「所定の手続を経て時間外勤務を命じられた者は、故なくこれを拒むことはできない」旨並びに「時間外勤務を実施する上の細部に関しては、時間外協定による」旨の定めがあったことは明らかである。
しからば、本件解雇当時、債権者には債務者会社の業務上の必要に基づく時間外労働命令に服すべき義務があったであろうか。
思うに、三六協定の存在は単に使用者が従業員に対し時間外労働をさせても労基法違反にならないという公法上の効果(いわゆる免罰的効力)を生ずるにすぎないから、三六協定の存在より直ちに従業員に業務上の必要に基づく時間外労働をなすべき私法上の義務が発生する訳ではない。右義務が発生するためには、更に他の要件を必要とする。この点に関しては、周知のとおり多くの判例、学説の対立があり、少くとも三六協定と前示の程度の定めを含む就業規則が存在すれば、従業員は使用者の業務上の必要に基づく時間外労働命令に服すべき私法上の義務があるとする見解もない訳ではない。
しかし、労基法の趣旨、即ち恒常的な長時間労働が労働者の心身にきわめて悪い影響を及ぼすこと及び労働者も国民として、いわゆる生存権を有することから、一定限度の従属労働より解放された後は、自由な時間を自己の福祉のために使用する当然の権利を有すること等の理由に基づき、八時間労働制を最低労働条件として定立し、これを刑罰を以ても強行せんとしている労基法の精神にかんがみれば、右原則の除外事由となるのは、きわめて例外的、臨時的な場合に限られ、八時間労働の原則を危くするような恒常的又は長期の時間外労働は、たといいわゆる三六協定によっても、これを許容すべきものではないこと、しかるに前示就業規則の「業務上の必要」というのは、きわめて広い概念であって、ともすれば安易に「経営上の必要」ということと同視され易く、右三六協定が本来時間外労働抑制の役割を果すべきであるのに、実際は超過労働促進の機能しか果していないことと相まって、結果的には恒常的、慢性的又は苛酷な時間外労働を惹起せしめる原因となっていること、以上の諸点に社会、経済事情の変遷、特に雇用の増大、週休二日を始めとする労働時間の短縮及び余暇の活用に対する国内外の強い要望並びに社会意識の変化を併せ考えると、三六協定及び前示の程度の定めを含む就業規則が存在しても、従業員は、直ちに使用者に対し、業務上の必要を理由とする時間外労働命令に服すべき私法上の義務を負わないものと解するのが相当であって、もし前示就業規則の規定が従業員に対し使用者に対する右時間外労働義務を定めたものであるとするなら、該規定は労基法に反し無効であるというの外ない。従って、使用者は、業務上の必要に基づき従業員に時間外労働をさせる場合は、前示就業規則の規定があっても、その都度、三六協定の範囲内で、個々の従業員と具体的な日時、場所、仕事の内容及び時間数等を特定して、時間外労働契約を締結することが必要であって、使用者の具体的な時間外労働の申込に対し従業員が明示又は黙示の承諾をした場合においてのみ、従業員は右合意にかかる日時及び時間数等についてだけ時間外労働義務を負うものというべきである。してみれば、この場合、使用者の時間外労働命令は単なる時間外労働の申込にすぎないものというの外ないから、右申込に対し承諾するか否かは個々の従業員が自由にこれを決定し得るところであって、右申込を拒否するにつき相当の理由があること又は右拒否の理由を使用者に告知することを要するものでないことはいうまでもない。
この点に関し、債務者は、債務者会社においては時間外労働が必要不可欠であること等を理由に債務者の時間外労働の申込に対する債権者の拒絶は、全く自由にこれをなし得るものではなく、信義則によって制約を受け、債権者は時間外労働をすることができない相当な事由があり、且つこの点につき納得するに足りる理由を債務者会社に告知した場合にのみ時間外労働を拒絶することができるものであって、以上を欠くときは拒絶権の濫用となり、債権者には時間外労働義務が発生するものであると主張する。そして、債務者提出の疎明によれば、債務者会社の営業はいわゆる全面受注型の業種であって、作業の内容、作業工程、製品の納期、受注量並びに素材の搬入及び作業開始時刻等よりみて、いわゆる交替制勤務(少くとも二交替制勤務)その他の方策をとらない限り、正規の労働時間のみを以ては、殆ど業務の遂行ないし営業の継続は不可能であって、従業員の時間外労働(それも恒常的な残業体制)は必要欠くべからざるものであり、これは債務者会社の経営上きわめて重要な役割を果していることが一応認められ、また債権者が本件労働契約を締結する際、債務者会社に対し一応抽象的に時間外労働を承諾したものであることは前叙のとおりである。しかし、前示労基法の趣旨は八時間労働制をともかく労使間における最低労働基準として定立し、これを公の秩序として貫徹するにあるものであるから、たとい使用者側にその営業上、時間外労働が必要不可欠な事情があり、また従業員も一応これを承諾したものとしても、これのみによって直ちに右公の秩序である最低労働基準が排除されたり又は変更されたりする理由はなく、むしろ恒常的に時間外労働の必要があるとするなら、すべからく使用者は、交替制勤務の導入及び物的設備の改善その他八時間労働の原則を遵守するに足る諸般の方策をまず検討し、その実現に努力すべきものであって、これができない場合及び右努力をなさない場合には、いずれにしても使用者は三六協定の範囲内で個々の従業員に対し時間外労働の承諾を求め得るにすぎないものというの外ないから、債務者主張の理由を以ては債務者会社の時間外労働の申込に対する債権者の拒否の自由が信義則によって制約を受けるいわれはないものというべく、従って前記債務者の主張は採用できない。
そうとすれば、債務者主張の時間外労働義務の根拠は、いずれも理由がなく、右根拠によっては債権者は債務者会社に対し業務上の必要に基づく時間外労働義務を有しなかったものというべきである。してみれば、債権者が債務者会社の時間外労働命令(即ち、時間外労働の申込)を拒否しても、右拒否は理由の如何にかかわらず労働契約上の債務不履行又は就業規則違反となることはないものであるから、債務者主張の第一の解雇事由、即ち債権者の時間外労働の拒否ないし不協力の点は、債務者主張の事実の存否につき判断をするまでもなく、前示解雇事由には該当しないものというの外ない。
(二) そこで次に、債権者の前記無断欠勤及び遅刻等の点について判断する。
(1) 前示三六協定に、時間外労働が連続八時間以上に及んだ場合には、八時間の睡眠時間が与えられる旨定められ、また前示就業規則に遅刻、欠勤をする場合には、事前又は事後に所属長に対し届出をなすべき旨が定められていることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、右三六協定の睡眠時間の定めは、本件弁論の全趣旨によれば、少くとも、時間外労働が連続八時間以上に及んだ場合には、その終了時刻から八時間の間は、たといその一部が就業規則所定の正規の勤務時間内にくいこんでも、従業員は労務の提供が免除され、睡眠をとることが許される趣旨のものと解するを相当とするから、右の限度において就業規則の始業時間の定めが変更され、従業員は、前示の場合には、時間外労働の終了時刻から八時間経過した時に就業すべき義務を負うことになるというべきである。
(2) ところで、債権者が昭和四八年一〇月一八日の所定勤務時間終了後、引続き翌一九日午前五時一六分まで時間外労働を行ない、同日午後四時二六分に就業したこと、また債権者が同年一一月九日の所定勤務時間終了後、引続き翌一〇日午前三時三三分まで時間外労働を行ない、同日午後四時四一分に就業したこと、及び債権者が、いずれも休日の前日である同年一〇月九日及び一二月一五日に時間外労働を行ない、それらの休日の翌日である同年一〇月一一日及び一二月一七日にいずれも欠勤したこと、並びに同年一二月二九日に右遅刻及び欠勤の件について債務者会社の事情聴取が行なわれたことは当事者間に争いがない。そして右各事実に前示(1)の事実、《証拠省略》を総合すれば、一応、次の事実を認めることができる。即ち、債権者は昭和四八年一〇月一八日、所定勤務時間終了後、引続き翌一九日午前五時一六分まで時間外労働を行なったので、右時間外労働終了時刻から八時間を経過した同日午後一時一六分に就業しなければならなかったのであるが、事前又は事後に所属長である徳永係長に対してなんら届出をすることなく同日午後四時二六分に就業したこと(三時間一〇分の遅刻)、次に債権者は休日の前日である一同年同月九日、所定勤務時間終了後、引続き翌一〇日(即ち休日)の午前一時三〇分まで時間外労働を行なったが、翌一一日右所属長に対し事前又は事後になんら届出をすることなく欠勤したこと、また債権者は同年一一月九日、所定勤務時間終了後、引続き翌一〇日午前三時三三分まで時間外労働を行なったので、右時間外労働終了時刻から八時間を経過した同日午前一一時三三分に就業しなければならなかったのであるが、前示所属長に対し事前又は事後になんら届出をすることなく同日午後四時四一分に就業したこと(五時間八分の遅刻)、更に債権者は、休日の前日である同年一二月一五日、所定勤務時間終了後、引続き翌一六日(即ち休日)の午前三時一七分まで時間外労働を行なったが、翌一七日前示所属長に対し事前又は事後になんら届出をすることなく欠勤したこと、並びに右の遅刻及び欠勤の件について、その後、債務者会社の古賀総務課長が債権者に対して事情聴取を行なったが、その際、債権者は同課長に対し、右各遅刻は前示八時間の睡眠時間をもっても時間外労働の疲労が回復しなかったためであり、また右各欠勤は前日実質上休日労働をしたので、その代休的な意味で休んだもの、要するに、右遅刻及び欠勤は、いずれも、債務者会社の恒常的且つ苛酷な時間外労働に因るものであって、債権者としては健康保持上やむを得なかったものであり、別段悪いことをしたとは考えていない旨述べたことが疎明される。
なお、債務者は、右遅刻及び欠勤は債権者が債務者会社の時間外労働制度に反抗するため意図的に行なったものであると主張するが、該事実を疎明するに足りる証拠はないから、右主張は採用できない。
(3) 右認定の事実によると、債権者は、無断欠勤及び遅刻という就業規則違反行為をそれぞれ二回ずつ行ない、また、その後における事情聴取においても、殆ど反省の色を示さず、逆に責任を債務者会社に転嫁する態度をとったこと明らかである。
しかし、右遅刻及び欠勤は、いずれも二回という僅かなものであるうえ、まず遅刻の点については、共に、一労働日の所定勤務時間をはるかに越える時間外労働(それも殆ど深夜残業であるうえ、これに先行する正規の勤務時間を合わせると、連続約二〇時間の長時間労働)をした後の遅刻であって、通常の遅刻とは全く異なること及び前示八時間の睡眠時間は、作業終了後少くとも入浴、洗顔、用便等をすることを考えると、一労働日の所定勤務時間以上の残業をした後の休業時間としては、短かきに失し、従業員の健康保持上、妥当性が疑われること等の事情があり、次に欠勤の点についても、共に、右遅刻の場合と同様な長時間の時間外労働をしたため、本来二四時間休養をする権利のある休日に一時間半又は三時間労働時間がくい込んで、その分だけ実質上休日労働をした結果となった事情があるので、前示遅刻及び欠勤はいずれも健康保持上やむを得なかったものであるという債権者の弁解には、相当宥恕すべきものがあり、また前示無届の点についても別段債権者に悪意があったものとする疎明はなく、更に前示責任転嫁の点についても、本件認定の諸般の事情及び弁論の全趣旨によれば、債権者が従業員の遅刻及び欠勤は、いずれも債務者会社の恒常的且つ長時間の残業体制に因るものと考えるのも相当無理からぬものということができるから、以上を綜合して検討すると、前示債権者の無断欠勤及び遅刻等のみを以ては、到底、これが前示解雇事由、即ち債務者会社の円滑な維持及び継続のためには、もはや債権者との労働契約を解除する外ない程重大な規律違反に当たるものとはいえないこと明らかである。
3 してみれば、債務者が就業規則四一条六項に該当する事実として主張する解雇事由は、いずれも存在しないものというの外ないから、結局、本件解雇は右解雇条項の解釈、適用を誤ったものといわざるを得ず、従って爾余の点につき判断をするまでもなく、本件解雇は無効であるから、本件労働契約は依然として存続し、債権者は債務者に対し右解雇後もなお本件労働契約上の権利及び義務を有する地位にあるものというべきである。
四 賃金等の月額及び支給日
本件解雇当時、債権者が債務者会社から支払を受けていた賃金等の月額が別紙(一)1記載のとおり金六万八、四〇〇円であったこと、昭和四九年四月一日以降債権者が債務者会社から支払を受くべき賃金等の月額が別紙(一)2記載のとおり少なくとも金九万二、六〇〇円であること、並びに債務者会社の就業規則四九条及び給与規定三条によると、賃金等は毎月一日より末日までの分をその月の二五日に支給するものと定められていることは、いずれも当事者間に争いがない。
五 そうとすれば、債権者は債務者に対し、本件労働契約上の権利を有する地位にあり、かつ昭和四九年二月から同年三月までは各月の二五日を支払日として月額金六万八、四〇〇円の、同年四月以降は同じく各月の二五日を支払日として月額金九万二、六〇〇円の各賃金等請求権を有するものというべきである。
第二保全の必要性
《証拠省略》によると、債権者は債務者会社から支払われる賃金を唯一の収入源とする労働者であって、昭和四九年二月以降は右賃金を断たれたので、その生活は破綻に瀕しており、本案判決の確定を待っていては回復しがたい著しい損害を生ずるおそれがあることが一応認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、本件においては、保全の必要性があるものというべきである。
第三結論
よって、本件仮処分申請を認容し、債権者の債務者に対する労働契約上の地位の保全及び既に履行期の到来したこと明らかな昭和四九年二月から同年三月までの賃金等の合計金一三万六、〇〇〇円と同年四月以降本案判決確定まで毎月金九万二、六〇〇円あての賃金等の仮払いを命じた原決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古川純一 裁判官 小田原満知子 斎藤隆)
<以下省略>