東京地方裁判所八王子支部 昭和51年(わ)551号 判決 1982年11月09日
被告人 山本健 ほか四人
主文
被告人五名をそれぞれ科料三、〇〇〇円及び罰金一万円に処する。
被告人らにおいてその科料又は罰金を完納することができないときは、それぞれ科料については金五〇〇円を罰金については金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人らは、かねて女子高校生を誘拐して殺害したいわゆる狭山事件の裁判は部落民を差別し弾圧する意図のもとに予断と偏見をもつてなされた不当なものであるとして、同裁判の被告人である石川一雄の救援活動に参加し、右活動の一環として昭和五一年五月五日開催予定の「五・五武蔵野三鷹集会」への参加を呼びかける目的で、同月四日午後五時三〇分ころから、東京都武蔵野市吉祥寺南町内国鉄中央線吉祥寺駅北口付近に集まつた後、同駅旅行センター前付近路上及びその近くの京王帝都電鉄株式会社井の頭線吉祥寺駅南口において、それぞれ、ほか数名の者と共に、同所を通行する乗降客らに対し、ビラを配布したり、又は携帯用拡声器を使用して前記狭山裁判の不当性を訴え、かつ、前記集会への参加を呼びかけるなどして、いわゆる情宣活動をしていたものであるが、
第一 被告人山本健及び同山本あけみは、島本達哉ら約四名の者と共謀のうえ、昭和五一年五月四日午後六時三〇分ころから東京都武蔵野市吉祥寺南町二丁目一番三一号所在京王帝都電鉄株式会社井の頭線吉祥寺駅の構内である同駅南口一階階段付近において、同駅係員の許諾を受けないで、多数の乗降客や通行人に対し、「5・5狭山闘争勝利武蔵野三鷹集会に結集しよう!」と題するビラ多数枚を配付し、かつ、携帯用拡声器を使用して、「狭山裁判は不当な裁判である。石川被告を救おう。」「明日の映画会に参加して下さい。」などと呼びかける演説をし、更に引き続いて、被告人鈴木啓太郎、同高松創及び同青山茂他数名がこれに加わり、ここに被告人らは、ほか数名の者と共謀のうえ、同日午後六時四八分ころから同日午後七時一〇分ころまでの間同所において、前同様のビラを配付し、かつ、携帯用拡声器を使用して、「警官隊は帰れ。不当な弾圧はやめろ。」などと演説し、もつて、鉄道係員の許諾を受けないで、鉄道地内において旅客及び公衆に対し、物品を配付し、演説勧誘の所為をなした
第二 被告人山本健及び同山本あけみは、島本達哉ら約四名の者と共謀のうえ、同日午後六時四五分ころから、前同所において、前記井の頭線吉祥寺駅の駅長職務代理として右駅構内を管理していた同駅助役杉本雪春から、前記各所為について制止を受け、同駅構内からの退去要求を受けたのにこれに従わず、却つて被告人鈴木啓太郎、同高松創及び同青山茂他数名の者がこれに加わり、ここに被告人らは、ほか数名の者と共謀のうえ、同日午後六時四八分ころから、同所において右杉本雪春及びその依頼を受けた警察官から前記各所為について制止を受け、同駅構内からの退去要求を受けたのにこれに従わず、同日午後七時一〇分ころまでの間同駅構内である右南口一階階段付近に滞留し、もつて要求を受けて右杉本雪春の看守する同駅構内から退去しなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人らの判示第一の各所為はいずれも刑法六〇条、鉄道営業法三五条、罰金等臨時措置法二条二項に、判示第二の各所為はいずれも刑法六〇条、一三〇条後段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、判示第二の罪については所定刑中罰金刑を各選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条一項により判示第二の罪の罰金と第一の罪の科料とを各併科することとし、その各所定金額の範囲内で被告人らをそれぞれ判示第一の罪につき科料三、〇〇〇円に、判示第二の罪につき罰金一万円に処し、被告人らにおいてその科料又は罰金を完納することができないときは、同法一八条一項、二項によりそれぞれ科料については金五〇〇円を、罰金については金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、これを被告人らに負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、検察官のなした本件公訴は違法性が著しく高度なものであるから、公訴棄却の裁判を免れないとし、その理由とするところは要旨次の四点に帰着する。即ち、まず、(一)被告人らには、いずれも本件公訴事実のような鉄道営業法違反罪及び建造物侵入(不退去)罪(以下、「不退去罪」という。)を犯した嫌疑のないことが明らかである、次に、(二)本件公訴は、検察官において被告人らに対する違法な逮捕行為を糊塗するためになした不法目的によるものである、さらに、(三)本件公訴は、被告人らがいわゆる狭山裁判を糾弾する情宣活動をしていたことから、差別的かつ弾圧的になされたものである、なお、(四)本件公訴は、国民の表現の自由を否定する反憲法的なものである、というのである。そこで、以下、右の点について判断を示すこととする。
一 まず、前記(一)の点について検討するに、当裁判所の認定判断は、前判示のとおり、被告人らの本件所為はいずれも鉄道営業法違反罪及び不退去罪に該当するとしたものであるが、弁護人は、なお、本件公訴事実について、憲法違反並びに共謀及び可罰的違法性の各不存在等を主張してこれを争つているので、これらの点のうち必要と認める限度で説明を加えることとする。
1 鉄道営業法違反について
(一) 弁護人は、本件現場である判示井の頭線吉祥寺駅(以下、「京王吉祥寺駅」という。)南口は、京王井の頭線と国鉄中央線の各電車を利用する乗降客や商店街における買物客らがそれぞれ自由に通行する場所であり、その性質は駅構内というよりも一般道路というべきものであるから、鉄道営業法三五条の停車場その他の鉄道地内に該当しない旨主張する。
しかしながら、前掲各証拠によると、本件現場は京王帝都電鉄株式会社の所有地上に建てられた同会社所有建物(地下二階、地上三階)内の一階南口側階段付近であつて、同階段の上は京王吉祥寺駅二階広場(コンコース)であり、同広場の北側は国鉄吉祥寺駅南口の改札口、同西側は国鉄及び京王電鉄共用の乗車券自動販売機及び定期券発売所、同東側は京王井の頭線の改札口及び京王吉祥寺駅事務室が設けられていること、前記京王吉祥寺駅南口階段及びその付近は、専ら京王井の頭線又は国鉄中央線の電車を利用する乗降客のための通路として利用されており、同南口一階階段下の柱(二本)には、「許可なく駅構内において、物品の販売並びに配布及び寄附、演説、勧誘等の行為をお断りいたします 駅長」、又は、「駅長の許可なく駅用地内にて物品の販売、配布、宣伝、演説等の行為を目的として立入る事を禁止致します 京王帝都吉祥寺駅長」と記載した掲示板三枚が取り付けられていること、京王吉祥寺駅建物南口一階の同駅敷地部分とこれに接する公道との境界付近にはシヤツターが設置され、同駅業務の終了後から始発電車の発車する少し前までの間閉鎖されていることが認められ、これらの事実に照らせば、本件現場である京王吉祥寺駅南口階段及びその付近は、専ら前記各電車を利用する乗降客のための通路として設けられているものであり、他の一般通行人又は買物客らにおいて同所を通行することがあるとしても、それは当該通行人らの目的、用務等を予知することができない関係上、その通行の便宜に供しているのに過ぎないものと認められるから、弁護人主張のように一般道路とは到底認められない。従つて、本件現場は、京王吉祥寺駅構内であり、鉄道営業法三五条の鉄道地内に該当することが明らかである。
(二) 弁護人は、鉄道営業法三五条は駅頭における表現活動を駅長の恣意による制限にまかせていて、表現の自由を保障する規定になつていないから、その規定自体憲法二一条に違反するのみならず、空港管理規則等のように同種行為について、係員の恣意による処罰を表現の自由の要請から排除していないのは、不平等不合理であつて、憲法一四条、三一条にも違反する旨主張する。
しかしながら、鉄道営業特に旅客輸送業務は日常一般公衆が広く利用するものであつて、高度の公共性を有しており、その安全、確実な旅客輸送を確保し、鉄道業務の適切な遂行を完うするためには、単に車内や停車場だけでなく、旅客及び一般公衆の利用する鉄道地内においても、これを鉄道係員の管理統制に服させることによつて、鉄道営業法三五条所定の各所為が乱りに行なわれないようにすることが必要である。そして、右の鉄道地内における管理統制の必要性とその根拠については、今日においても同法制定当時と一般的に変わるところがなく、むしろ、都市においては、近年人口の飛躍的な増加と鉄道利用者の増大等に伴つて鉄道旅客輸送が高度に発展し、鉄道輸送車両の極度の高速化と過密化をもたらしたことによつて、多数の乗降客や一般公衆が鉄道地内を複雑に往来しているのが実情であり、このような実情に照らせば、鉄道地内における鉄道営業法三五条所定の各所為を一般的に禁止し、その違反者に対して科料の罰則を科することによつて、実効を確保しようとするのは当然な措置であり、その実質的要請は強いものと認められる。従つて、同法条所定の禁止及び罰則は、必要最小限度の合理的な制限であつて、弁護人主張のように憲法の保障する表現の自由に抵触するものとは解せられない。また、鉄道営業法三五条は、弁護人主張の空港管理規則等とは立法の趣旨・目的を同じくするものではないから、その規則等に処罰規定がないからといつて、鉄道営業法三五条の規定が憲法一四条に違反するとはいえないし、これが憲法三一条に違反するものともいえない。
(三) 弁護人は、表現の自由に属する活動は許可がないことだけでこれを処罰することはできず、現実に鉄道業務や通行の妨害を生じさせるなどして、公共の福祉に反した場合でなければ処罰できない筈であるのに、本件においては右のような妨害は生じていないのであるから、被告人らの本件所為について同法条を適用するのは、憲法二一条に違反する旨主張する。
しかしながら、前掲各証拠を総合すると、被告人らは、前判示のとおり、昭和五一年五月四日午後六時三〇分ころから同日午後七時一〇分ころまでの間(連休期間中の夕方ラツシユ時)、多数の乗降客や一般通行人らが通行する京王吉祥寺駅構内の本件現場において、再三中止警告を受けながらこれを無視し、執拗に携帯用拡声器を使用して、多数の乗降客に向かつて演説し、ビラ多数枚を配付し、また、鉄道係員である杉本助役から再三にわたりその中止を要請されながらこれを無視して、執拗に犯行を継続し、さらに、杉本助役から応援要請を受け臨場した警察官からも犯行の中止を再三にわたり強く要求されながら引続きこれを無視して、前同様携帯用拡声器を用いて演説、勧誘し、かつ、ビラを配付するなどして犯行を継続し、その結果、鉄道地内における乗降客等の通行秩序を混乱させたものであることが認められるから、被告人らの本件行為は、同法条の罰則を適用するに足りる実質的違法性を十分に具備するものであつて、これに同法条の罰則を適用するのはもとより相当であり、憲法二一条に違反するものでないことが明らかである。
2 不退去罪について
(一) 弁護人は、仮に、本件現場は駅構内だとしても、さきに主張したとおり、京王帝都電鉄や国鉄の乗降客が通行するばかりでなく、京王吉祥寺駅北口と南口を結ぶ通路ともなつているため一般通行人も自由に利用し、京王特選街の買物客も利用するという道路と全く同じ性格の場所であり、刑法一三〇条にいう人の看守する建造物に該当しない旨主張する。
しかしながら、前記1の(一)で説明したとおり、本件現場である京王吉祥寺駅南口一階階段付近は、同駅舎屋の一部であつて同駅の構内にほかならないところであり、同駅の財産管理権を有する同駅駅長がその管理権の作用として、同駅構内への出入りを制限し、若しくは禁止する権限を行使するのであるから、同駅長の看守する建造物に該当することは明らかである。そして、右事実は、京王吉祥寺駅の営業時間中本件現場が一般に開放されているからといつて、変わることはあり得ないのであり、現に同駅構内においては、前記のとおり、同駅駅長名義で物品配付、演説、勧誘等の行為並びにこれらの行為を目的とする立入りを禁止しているのであつて、この一事からしても本件現場が同駅駅長の管理支配内にあることは明らかであるが、本件現場が同駅の営業時間中事実上一般公衆のために開放されているのは、右の禁止行為をする目的で同駅構内へ立入る者があつても、これを事前に取締ることが事実上困難だからである。(なお、弁護人の指摘する判例((東京高等裁判所昭和三八年三月二七日判決、刑集一六巻二号一九四頁))は、いわゆる闇切符売りなどの目的で上野駅構内に立入つた者の所為について建造物侵入罪の成否が問題となつた事案であつて、本件とは事案を異にし適切でない。)
(二) 弁護人は、被告人らは、本件現場に滞留していなかつたし、退去要求も聞いてはいない、また、本件現場から自主的に退去したから、被告人らの所為は不退去罪を構成しない旨主張する。
しかしながら、前掲各証拠を総合すると、被告人らは、本件現場において、同所を通行する多数の通行人らに合わせて移動しながらビラを配付するなどしていたところ、その後臨場した警察官に規制されて、本件現場階段下の東側に寄せられ、数名の者が南側公道上に出入りするなどして多少の動きはあつたものの、被告人らを含む十数名のうち、その大部分の者が本件現場に滞留していたこと、被告人らが本件現場に滞留していた際、杉本助役や警察官から退去要求が繰返しなされ、特に、杉本助役と熊谷肇警部補はそれぞれ携帯用拡声器を使用して退去要求をしたこと、そして、被告人らは、右のように退去要求等を受けるや、これを不当だとか、弾圧だとかいい返すなどして他の者らと共に十数名の者が一団となつて抗議をしたこと、さらに、被告人鈴木啓太郎、同青山茂らは、本件現場において警察官らから退去要求されたのを聞いている旨供述していること、ところが、被告人らは、本件現場で多数の通行人らに対してビラを配付し、又は、携帯用拡声器を使用して演説勧誘をし、杉本助役や臨場警察官から退去要求等を受けながらこれを無視して二十数分間にわたり右の所為を継続したものであることが認められ、右認定の事実によれば、被告人らは、いずれも本件現場において、杉本助役や警察官から退去要求を受けながら同所に滞留し、もつて、杉本助役の看守する京王吉祥寺駅構内から退去しなかつたものであることが優に認められる。
3 共謀について
弁護人は、被告人らには本件公訴事実のように共謀した事実はない旨主張する。
しかしながら、前掲各証拠を総合すると、被告人らは、本件当日「五月行動実行委員会」主催の「五・五武蔵野三鷹集会」への参加を勧誘し情宣活動をする同一の目的で国鉄吉祥寺駅に集合したうえ、被告人山本健及び同山本あけみは、同日午後六時三〇分ころから、本件現場において、島本達哉ら約四名の者と共に、右山本健において演説し、同山本あけみら約五名はビラを配付して右情宣活動を行い、その間、前記杉本雪春から中止、退去の要求を受けながら、いずれも右行為を止めなかつたこと、その後、同日午後六時四八分ころ、被告人鈴木啓太郎、同高松創及び同青山茂ほか数名は、京王吉祥寺駅南口に警察官が来ている旨知らせられるや、早速本件現場に駆けつけたうえ、右鈴木啓太郎において、携帯用拡声器を使用して、警察官に抗議の演説をし、他の被告人らもこれに合わせて共に抗議をしたこと、被告人ら十数名の者は、同日午後七時一〇分ころ、一斉にシユプレヒコールを行い、間もなく一団となつて国鉄吉祥寺駅北口に移動したことなどが認められる。そして、右認定にかかる被告人らの行動目的、本件現場に集合した状況、本件犯行時の言動、国鉄吉祥寺駅北口への移動状況等を総合すれば、被告人山本健及び同山本あけみら約六名の間並びに被告人五名を含む十数名の間には、判示のとおり、本件現場における共謀関係の成立が明らかであつて、被告人らは、いずれも本件鉄道営業法違反及び不退去の各罪について共謀共同正犯の刑責を免れないものといわざるを得ない。
4 可罰的違法性について
弁護人は、被告人らの本件所為はいわゆる狭山事件の差別裁判に対する糾弾活動の一環としてなされたものであつて、行為態様も言論手段に訴えるものであり、組織態様も各自の自発的発想によるものであること、また、被告人らの行動は、一般市民の意見を直接伝えることを目的とし、その範囲内における必要最小限度のものであつて、駅側も被告人ら以外の者に対してはビラまきを黙認していること、その他、退去するには当然に相応の時間を必要とすること、本件においては、被告人らが自主的に退去しているうえ、何らの実害も発生していないことなどから、被告人らの本件所為には鉄道営業法違反罪及び不退去罪に問擬すべき可罰的違法性はない旨主張する。
しかしながら、被告人らの本件所為は、前認定のとおり、集団によつてラツシユ時に駅構内で多数の乗降客や通行人に対してなされたものであつて、当該駅の管理者及びその要請を受けた警察官からの中止、退去要求を無視し、相当長時間反覆継続してなされた執拗な犯行であることなどに徴すると、弁護人主張の右諸事情を十分考慮しても、なお社会的相当性を逸脱した行為であつて、社会通念上、一般にこれを放置することができる程違法性が軽微であるとは到底認め難く、鉄道営業法違反罪はもとより、不退去罪についても、弁護人主張のように可罰的違法性がないものというわけにいかない。
二 次に、弁護人のその余の主張は、要するに検察官のなした本件公訴の提起をもつて、不法目的による差別的かつ弾圧的なものであり、表現の自由を否定するというものであつて、これらの点については、いずれも右一のうちで詳細説示したとおり、その理由のないことが明らかである。
三 以上のとおり、弁護人の主張はいずれの点についても、その理由がなく、採用できない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山修 川瀬勝一 田島純蔵)