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東京地方裁判所八王子支部 昭和51年(ワ)426号 判決 1978年1月17日

原告

杉本勇

被告

協同乳業株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一一五〇万六〇六九円およびこれに対する昭和五一年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、仮りに執行することできる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金五八一〇万八七〇二円およびうち金一七〇〇万円に対しては昭和五一年五月一三日から、うち金四一一〇万円八七〇二円に対しては昭和五二年八月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一  事故の発生

昭和四九年三月一九日午後三時四五分ころ、東京都西多摩郡瑞穂町箱根ケ崎五四四番地先の道路上で、被告竹田運転の普通乗用自動車(多摩五五つ六九七一号、以下「被告車」という。)と原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)とが衝突し、原告が頭部外傷、頸椎挫傷、左肩打撲傷、外傷性大小後頭直筋断裂、第五腰椎圧迫骨折等の傷害を負つた。

二  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条の責任。

(二)  被告竹田は、本件事故の発生につき次のとおり後方の安全確認を怠つた過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

被告竹田は、幅員約四・二メートルの本件道路で方向転換をするにあたり、一旦停止後、後方の安全を確認しないで右折発進したため、被告車の後方からそのその右側を追越そうとした原告車の前部に座告車の右側面を衝突させた。

三  損害

(一)  原告は、前記傷害の治療のため、事故当日の昭和四九年三月一九日から同年四月一九日までの三二日間、福生市目白第二病院に入院し、同年四月二〇日から同年七月六日まで同病院に通院し(通院実日数三四日)、同年一二月五日から昭和五〇年三月二〇日までの一〇六日間、杏林大学医学部附属病院整形外科に入院し、その間の昭和五〇年二月四日、大後頭直筋の筋縫合手術を受けた。そして、昭和四九年五月一四日から昭和五一年四月八日まで同附属病院眼科に通院し(通院実日数二七日)、昭和四九年七月九日から同年一二月一〇日まで同附属病院脳神経科に通院し(通院実日数四七日)、同年一一月二八日から昭和五二年八月一日まで同附属病院整形外科に通院したほか、昭和五〇年七月二九日から同年八月一六日まで立川第一相互病院に通院し(通院実日数三日)、同年九月三日九段坂病院に、同年一二月一五日国立立川病院にそれぞれ通院した。

(二)  以上の入通院治療にもかかわらず、原告には次の三つの後遺障害が残つており、これを総合すると、その程度は自賠法施行令別表の後遺障害等級五級に該当する。

1  (頸部の運動障害) 原告の頸部の運動領域は、昭和五〇年五月三一日現在で前後屈、側屈、回旋がそれぞれ六〇度、三〇度、七〇度であり、昭和五一年八月三〇日現在ではそれぞれ二五度、一五度、三〇度であつて、通常人の生理的運動領域である前後屈、一一〇~一二〇度、側屈一〇〇~一一〇度、回旋一四〇~一五〇度に比し二分の一を超える運動制限が存し、右は六級四号に該当する。

2  (神経障害) 原告は、後頭部から頸部、肩部にかけて通常頑固なしびれや痛みを感じ、異状発汗、イライラ、めまい、嘔気、上肢のしびれ、記憶力の減退などのいわゆるバレリユー症候群とよばれる神経症状が残つており、右は九級一四号に該当する。

3  (視力障害) 原告は、左眼の視力が事故前の一・二から〇・一に低下しており、右は一〇級一号に該当する。

(三)  以上の傷害および後遺障害により、原告は次の損害を受けた。

1  治療費 二三九万二六三一円

(1) 目白第二病院 六〇万七〇〇五円

(2) 杏林大学病院 一七七万九二三八円

(3) 立川第一相互病院 五一二六円

(4) 九段坂病院 一二六六円

2  付添看護料 三三万四〇〇〇円

(1) 入院中の分 二七万六〇〇〇円

前記入院期間(合計一三八日間)中、原告の妻八重子が付添看護にあたつたので、これを一日につき二〇〇〇円として評価する。

(2) 通院中の分 五万八〇〇〇円

前記通院期間のうち昭和四九年四月二〇日から同年八月二七日までの間、原告は、後頭部の痛みなどが激しく単独で通院することができなかつた。そのため、その間の目白第二病院および杏林大学病院への通院に妻八重子がのべ五八日間付添つたので、これを一日につき一〇〇〇円として評価する。

3  入院雑費 六万九〇〇〇円

ただ、入院一日につき五〇〇円の割合による一三八日分。

4  入通院交通費 七万〇四六〇円

(1) 目白第二病院 二万〇二四〇円

(2) 杏林大学病院 四万九〇〇〇円

(3) 立川第一相互病院 五四〇円

(4) 九段坂病院 五〇〇円

(5) 立川病院 一八〇円

5  コルセツト代 四万一〇〇〇円

6  眼鏡代 二万四三〇〇円

7  休業損害 六九六万三九九五円

原告は、大工であるが、前記傷害の治療に伴い昭和四九年三月二〇日から視力障害が固定した昭和五一年四月八日まで休業した。原告の事故直前三か月間の平均収入は月一八万九一六六円(一日につき七三八八円)であつたが、これを毎年四月に改訂される全建総連東京都連合会の大工職協定賃金の上昇率(後記一・三・および一・六六)に従つて引上げ、その収入に基づいて休業損害を算定すると、次のとおり六九六万三九九五円となる。

(1) 昭和四九年三月二〇日から昭和五〇年三月三一日まで

18万9166円×1.33×12か月+7388円×1.33×8日=309万7697円

(2) 昭和五〇年四月一日から昭和五一年四月八日まで

18万9166円×1.66×12か月+7388円×1.66×8日=386万6289円

8  逸失利益 四三〇四万三一三六円

原告は、昭和二年八月三〇日生れの男子であり、前記後遺障害により労働能力を七九パーセント喪失した。そこで、前同様の趣旨から前記平均収入の一・八三倍を得べかりし月収として、症状固定時である昭和五一年四月八日から一九年間の逸失利益を算定すると、次のとおり四三〇四万三一三六円となる(中間利息の控除は年別ホフマン式計算法による。)。

18万9166円×1.83×12×0.79×13.116=4304万3136円

9  慰藉料 七七〇万円

10  盆栽の損害 一五〇万円

原告は、事故当時盆栽を多数所有していたところ、前記のとおり長期間の入院生活を余儀なくされ、その間原告はもとよりその付添にあたつた妻八重子も盆栽の世話まで手がまわらなかつたため、時価合計一五〇万円相当の数百株の盆栽が枯死し、もつて同額の損害を受けた。

11  弁護士費用 三〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人に弁護士報酬として金三〇〇万円を支払うことを約した。

12  損害の填補 七〇三万円

以上の損害は合計六五一三万八五二二円であるが、原告は、強制保険金を含めて被告から合計七〇三万円の支払を受けたので、右損害からこれを控除する。

四  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、損害賠償として金五八一〇万八七〇二円およびうち請求拡張前の一部請求額一七〇〇万円については訴状送達の日の翌日である昭和五一年五月一三日から、うち請求拡張分四一一〇万八七〇二円については訴の追加的変更申立書送達の日の翌日である昭和五二年八月三日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告ら主張の抗弁に対する答弁として

一  本件事故の発生につき原告があつたことは否認する。

被告竹田は、本件事故現場の先から約五〇メートル道路左側をバツクし、ストツプランプをつけて約三〇秒間停止した後、右折の合図もせずにいきなり右折の発進をしたものであり、しかも、本件道路の右側には進入できるような枝道などなく、先行車が右折するとは予想もつかない状況にあつたため、原告は、約七〇メートル前方に被告車が停止しているのを発見してから、約五〇メートル進行して再度これを確認のうち、その右側を通過すべく右にハンドルを切つて、被告車の直ぐ後ろまで至つたところ、突然被告車が右折を開始したので、ブレーキを踏む間もなくこれに衝突したものであり、本件事故は、被告竹田の一方的過失によつて発生したものであつて、原告には何らの過失もない。

二  第二項の弁済の事実は認める。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として

一  第一項(事故の発生)のうち、原告主張の交通事故が発生したことは認めるが、原告の傷害の部位・程度は不知。

二  第二項(責任原因)のうち、被告会社が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたこと、本件事故の発生につき被告竹田に過失があつたことは認める。

三  第三項(損害)のうち

(一)  (一)の治療経過は不知。

(二)  (二)の後遺障害の程度・態様は争う。すなわち

1  頸部の運動障害について 原告は、いわゆる猪頸で生来頸部の生理的運動領域が狭く、事故前のそれは回旋八〇度、側屈六〇度、前後屈六〇~七二度である。したがつて、通常人の正常運動領域(回旋一四〇~一五〇度、側屈一〇〇~一一〇度、前後屈一一〇~一二〇度)を前提に、事故によつて二分の一に近い運動制限が生じたと判断するのは誤りである。

また、原告の頸部の運動制限は、加藤医師による大後頭直筋の縫合手術の結果、悪化したと認められるのみならず、大後頭直筋の断裂それ自体が本件事故によるものかどうか疑わしい。加藤医師は、原告の述べる事故態様気付いたときには、被告車の三角形の窓枠に後頭下部がはさみ込まれるように引きずられていたから大後頭直筋の断裂が起つたと判断したようであるが、右供述は事実に反し、原告は、衝突の衝撃で路上に尻もちをつく様な恰好で倒れたものであつて、これにより大後頭直筋が断裂する可能性は少ない。しかも、右断裂が起つた場合には、二、三日以内にその症状があらわれるはずのところ、原告が左頸部の痛みを訴え始めたのは、事故後五か月を経過した昭和四九年八月ごろである。

さらに、昭和五一年八月三〇日現在、原告は「左側への頭部回旋、側屈不能」と診断されているが、右は詐病であつて、八ミリフイルムの検証の結果からも明白なとおり、原告は頭部を自由に前屈し、かつ、左右に回旋でき、その動作に不自然さは感じられない。

2  神経障害について 右障害は、他覚的所見を欠き、本人の自覚的愁訴のみによるものであるから、一四級に相当する。

3  視力障害について 右障害は、杏林大学眼科葉田野医師によれば、「事故との因果関係の立証困難」であると判断されており、因果関係が極めて瞹昧である。

(三)  (三)の損害の内容・数額は争う。ただし、12の事実は、後記のとおり弁済の一部として認める。

と述べ、抗弁として

一  過失相殺

本件事故現場の道路は、青梅街道方面に向う幅員四・二メートルの舗装道路であるところ、本件事故は、被告竹田が被告車を運転して事故現場付近に差しかかつた際、折柄青梅街道方向が渋滞していたために、方向転換しようとして、先ず、後方を確認しつつ約三〇メートル後退したのち、次に道路右側の枝道に進入すべく、右折の合図をしながら右折を開始し、ほとんど道路右側端まで進行した時、突然原告車が被告車の右ドアー付近にノーブレーキの状態で衝突したものである。

右道路は見通しがよく、原告が前方を注視しておりさえすれば、被告車の右折の合図および右折の態勢にある被告車の動静を確認できたにもかかわらず、原告はこれを怠つたか、あるいは右折態勢にある被告車を認めながらこれを強引に追越そうとして道路右側に進行したために、本件事故が発生したものであつて、原告の右過失は、損害賠償額を算定するにあたつて十分斟酌せられるべきである。

二  弁済

原告は、本件事故による損害賠償金として、被告会社および大東京火災海上保険株式会社から次のとおり合計九八八万〇五九五円を受領しているので、損害賠償額からこれを控除すべきである(ただし、右は原告主張の七〇三万円を含む。)。

(一)  治療関係費 二一四万〇五九五円

(二)  休業損害等 三五六万円

(三)  自賠責後遺補償(七級) 四一八万円

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第一項のうち、原告主張の交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第二号証の一によると、原告は、右事故により傷害を負つたことが認められる。

二  責任原因

請求原因第二項のうち、被告会社が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは原告と同被告との間で争いがなく、右事故の発生につき被告竹田に過失があつたことは原告と同被告との間で争いがない。

よつて、被告会社は自賠法三条により、被告竹田は民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  前掲甲第二号証の一、成立に争いない甲第二号証の二ないし六、第六号証の一ないし九二、第七号証の一ないし四、第八号証、第一四号証の一ないし五、第一六号証、乙第一五号証、第二二ないし第二四号証、弁論の全趣旨により真正なものと認められる乙第一三号証、証人加藤正の証言および原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故現場から直ちに目白第二病院に運ばれ、レントゲン検査、脳波検査等の諸検査を受けた結果、骨や脳波には異常がなく、意識障害も認められなかつたが、頭痛、頸部痛、左肩の不快感、めまい等の自覚的愁訴が強く、かつ、目がかすみ、涙つぽいなど眼の異常も認められたので、頭部外傷、頸椎挫傷、左肩打撲傷、不同視及び流涙との病名のもとに同年四月一八日までの三二日間同病院に入院し、翌二〇日から同年七月六日まで同病院で通院治療を受けたこと(通院実日数三四日)、その間、原告は、左眼の視力低下をもきたしたので、前記眼の異常と併せてその治療のため、同年五月一四日から杏林大学医学部附属病院眼科に通院し、昭和五一年四月八日までこれを継続したこと(通院実日数二七日)、他方、頭痛等の神経症状については、目白第二病院に引続き昭和四九年七月九日から右附属病院脳神経外科で通院治療を受け、同年一一月二六日までこれを継続したこと(通院実日数四七日)、さらに、原告は、同年八月ころから頸部が左に回らないことに気付き、その診察のため同年一一月二八日から右附属病院整形外科に通院し、加藤医師により外傷性大小後頭直筋断裂の診断を受け、同年一二月五日から同病院に入院し、昭和五〇年二月四日加藤医師の執刀で右断裂部の筋縫合手術を受けたこと、そして、右傷害の治療のため、同年三月二〇日まで同病院に入院し(入院日数一〇六日)た後、昭和五二年八月一日まで同病院に通院したほか、昭和五〇年七月二九日から同年八月一二日まで立川第一相互病院に(通院実日数三日)、昭和五〇年九月三日九段坂病院に、同年一二月一五日国立立川病院に、それぞれ通院したことが認められる。

(二)  前掲各証拠および成立に争いない甲第三一号証によると、原告の右各症状のうち、頸部の運動障害の点は、前記手術によつても結局改善されず(特に悪化したと断定すべき証拠はない)、右手術後約四か月を経た昭和五〇年五月三一日の測定では、前屈一五度、後屈四五度、左屈五度、右屈二五度、左回旋三〇度、右回旋四〇度であり、同年八月一二日の測定では、前屈五~一二度、後屈五五度、左屈五度、右屈三〇度、左回旋三〇度、右回旋四〇度であつて、その後右運動領域が大幅に変化した形跡はないこと、神経症状は、昭和四九年一二月ころ固定したが、その時点でも、他覚的所見こそ認められないものの、相当強い頭痛、めまい、左上肢の痛み等の神経障害が残つていたこと、そして、眼の障害としては、左眼の視力が事故前の一・二から〇・一に低下したこと、以上の各後遺障害の等級について、自賠責保険では、頸部の運動障害につき自賠法施行令別表の等級八級二号、神経障害につき同一二級一二号、視力障害につき同一〇級一号にそれぞれ該当するものと査定したことが認められ、右認定に反する甲第二号証の七は採用しない。

ところで、原告は、右後遺障害の等級について、頸部の運動障害は六級四号に該当する旨主張するが、右別表にいう「背柱の著しい運動障害」とは、当該被害者の背柱の運動範囲が事故前のそれの二分の一以上制限された場合を指すものと解するのが相当であるところ、証人加藤正の証言によると、原告の大後頭直筋の断裂は左側だけであつて、右側のそれには何ら異常がなく、したがつて、右屈および右回旋にはさほど影響がないこと、にもかかわらず、原告の右屈および右回旋の運動領域が前記のとおり通常人に比し相当狭いのは、原告がいわゆる猪頸のため生来その運動領域が狭いためであることが認められるのであつて、原告自身の事故前の運動範囲と比較する限り、右障害の程度が前記基準に達しないことは明白である。よつて、右は「背柱に運動障害を残すもの」(八級二号)に該当するものと認めるのが相当であつて、これに反する甲第三号証は採用しない。

なお、被告らは、本件事故と大後頭部直筋の断裂との間の因果関係を争うが、後掲乙第六号証によると、原告は、事故直後から左の首すじの異常を申し立てていることが認められ、かつ事故の前後を通じ右傷害の原因について特段の反証がない以上、右傷害は本件事故によるものと推認するのが相当であつて、これを疑問とする乙第二七号証の二は証人加藤ひの証言に照し採用できない。

また、原告は、神経障害の等級について九級一四号を主張するが、本件全証拠によるも、「服することができる労務が相当な程度に制限される」ほど重い神経症状が残つていることを認めるに足らず、これを一二級一二号に該当するものとした前記自賠責保険の査定は妥当なものといえる。

さらに、被告らは、本件事故と視力障害の因果関係をも争うが、これについても他の原因について反証がない以上本件事故によるものと推認するのが相当であつて、前掲乙一三号証は、本件事故による可能性なども否定する趣旨ではなく、他に右認定に反する証拠はない。

(三)  そこで次に、損害の具体的内容について判断する。

1  治療費 二三九万二六三一円

前掲甲第六号証の一ないし九二、第七号証の一ないし四、第八号証および弁論の全趣旨によると、請求原因第三項の(三)の1の(1)ないし(4)の事実(原告が各治療費を出捐し、同額の損害を受けた事実)を認めることができる。

2  付添看護料 三三万四〇〇〇円

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、請求原因第三項の(三)の2の(1)、(2)の事実(原告の妻による各付添看護の事実)を認めることができるところ、右付添看護の労務については、入院中のそれにつき一日二〇〇〇円、通院中のそれにつき一日一〇〇〇円と評価するのが相当である。

3  入院雑費 六万九〇〇〇円

通算一三八日間にわたる前記入院期間中、原告が各種の雑費の支出を余儀なくされたことは推測に難くないところ、その額は一日五〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。

4  入通院交通費 七万〇四六〇円

弁論の全趣旨により真正なものと認められる甲第三〇号証によると、請求原因第三項の(三)の4の(1)ないし(5)の事実(原告が右交通費を支出し、同額の損害を受けた事実)を認めることができる。

5  コルセツト代 四万一〇〇〇円

弁論の全趣旨およびこれにより真正なものと認められる甲第一一号証の一・二によると、原告は、前記傷害の治療の用に供するためコルセツトを代金四万一〇〇〇円で購入し、同額の損害を受けたことが認められる。

6  眼鏡代 二万四三〇〇円

弁論の全趣旨およびこれにより真正なものと認められる甲第一二号証によると、原告は、前記視力障害を矯正するため眼鏡を代金二万四三〇〇円で購入し、同額の損害を受けたことが認められる。

7  休業損害 二七八万〇七四〇円

弁論の全趣旨により真正なものと認められる甲第四号証および原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和二年八月三〇日生れの大工であり、事故当時月平均一八万九一六六円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する乙第二九号証の一・二は採用しない。そして、弁論の全趣旨により真正なものと認められる甲第二九号証によると、全建総連東京都連合会における大工職の協定賃金は、昭和四八年四月から一日六〇〇〇円であつたのに対し、昭和四九年四月からは同八〇〇〇円に、昭和五〇年四月からは同一万円にそれぞれ改訂されたことが認められたので、原告の平均収入も、少なくとも、昭和四九年四月ころからは五パーセント昇給して一九万八六二四円となり、昭和五〇年四月ころからはさらに五パーセント昇給して二〇万八五五五円になつたものと推認される。

ところで、前記傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の固定時期等から判断して、原告は、右治療に伴い事故約一四か月間、すなわち、杏林大学附属病院を退院してから約二か月後であり、かつ、頸部の運動障害がほぼ固定したものと認められる昭和五〇年五月中旬まで休業を余儀なくされたものと認めるのが相当である。

そこで、以上の事実に基づき、収入を右一四か月間を通じて平均一九万八六二四円として、原告の休業損害を算定すると、次のとおり二七八万〇七四〇円となる。

19万8624円×14=278万0740円

なお、原告は、右認定を超える高い昇給率を主張するが、右協定賃金はあくまで一広の基準であり、これが改訂されたからといつて、直ちにこれと同一の割合で原告の賃金が上昇するとは限らないし、他に右主張事実を認定するに足りる証拠はないから、右主張は採用しない。

8  逸失利益 一四七七万一一九九円

前述のとおり、原告は、昭和二年八月三〇日生れで昭和五〇年五月現在四七歳九か月であるから、なお一九年間は稼働できるものと推認すべきところ、前記後遺障害により労働能力を右稼働可能期間を通じて平均四五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、前記認定にかかる昭和五〇年五月現在の推定月収二〇万八五五五円に基づき、中間利息の控除につき年別ホフマン式計算法を用いて原告の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり一四七七万一一九九円となる。

20万8555円×12×0.45×13.116=1477万1199.12

なお、原告は、労働能力の喪失率を七九パーセントと主張するが、原告の前記後遺障害のうち稼働可能な全期間を通じて労働能力に影響があると認められるのは、主として頸部の運動障害であり、その等級が八級であることについてはすでに述べたとおりであるところ、原告は前記のとおり、頸部の右屈および右回旋に関する限り顕著な運動障害はないのみならず、左回旋も全く不可能というわけではなく、少なくとも頸部を一旦前屈させてから左に回旋することは可能であつて、その動作が極くスムーズにできることは、法廷における原告の自発的な実演で当裁判所に顕著である。そして、原告が事故後もバイクを運転していることは、原告本人尋問の結果から明白であつて、これらの諸事情を総合すると、右喪失率が四五パーセントを超えるものと認めることは到底できない。

9  盆栽の損害

本件全証拠によるも、右主張事実を認めるに足りない。

10  過失相殺

成立に争いない乙第三ないし第六号証、第八、第九号証、事故現場付近の写真であることについて争いのない甲第九号証の一ないし一〇、一七号証の一・二、第一八号証の一ないし三、乙第二五号証の一・二、弁論の全趣旨により真正なものと認められる甲第三四号証(乙二六号証)、被告竹田および原告(ただし、後記採用しない部分を除く)の各本人尋問の結果によると、本件事故現場の道路は、青梅市方面から青梅街道に通ずる幅員約四・二メートルの舗装道路であり、事故当時は、かなり激しい雪まじりの雨が降つており、車両の交通はほとんどなかつたこと、被告竹田は、被告車を運転して、青梅市方面から青梅街道方面に向つて進行中のところ、事故現場付近を通過して間もなく、青梅街道の交通が渋滞していることがわかつたので、後方の道路右側にある広い空地を利用して方向転換をすべく約三〇メートル後退したこと、そして、ストツプライトを点燈した状態で約三〇秒間停止した後、右空地に前部から進入するため、右にハンドルを切つて発進し、道路の横断を開始したところ、その直後に道路の右端付近で自車の運転席側ドアー付近を原告車の前部に衝突させたこと、同被告は、その際、後方から原告車が接近していることに気付かず、衝突によつてはじめてその存在を知つたこと、他方、原告は、原告車を運転して本件事故現場に差しかかつた際、進路前方に被告車が停止しているのに気付き、これを追越すため道路の右側を進行中、被告車に衝突して路上に転倒したこと、その時、原告は、ジヤンバーの防寒帽を頭からかぶつており、雨が目に入らないようにうつむき加減の姿勢で原告車を運転していたため、衝突の直前まで被告車の動きに気付かなかつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果および甲一〇号証は採用しない。そして、被告竹田が停止後発進するにあたり、あらかじめ間を置いて右折の合図をしたことを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであつて、本件事故の発生につき、被告竹田に過失があつたことは明白であるが、原告としても、激しい雨の中でストツプライトを点燈して停止している被告車を進路上に発見したからには、これを追越すにあたりその動静に十分注意すべきであつて、原告には右注意義務を怠つた過失がある。この点について、原告は、被告車の動きが予想外であることを主張するけれども、道路右側に交差道路がなくても、進入可能な広い空地がある以上、被告車が右折を開始することもありうると考えるべきであり、これをないと断ずるのは、自動車運転者として危険な速断であるというほかない。

そこで、損害賠償額の算定にあたり原告の右過失を斟酌すべきところ、その程度は、被告竹田の過失その他の諸般の事情に鑑み、二〇パーセントを認めるのが相当である。

よつて、損害賠償額は次のとおり一六三八万六六六四円となる。

2048万3330円×0.8=1638万6664円

11  慰藉料 三八〇万円

前記受傷による原告の精神的苦痛を慰藉すべき額は、諸般の事情に鑑み、金三八〇万円と認めるのが相当である。

12  損害の填補 九八八万〇五九五円

被告ら主張の抗弁第二項(弁償)は当事者間に争いがないので、以上の損害額合計二〇一八万六六六四円から九八八万〇五九五円を控除すると、残額は一〇三〇万六〇六九円となる。

13  弁護士費用 一二〇万円

原告訴訟代理人の弁護士費用のうち被告らにおいて負担すべき額は、諸般の事情に鑑み、金一二〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の理由により、被告らは各自原告に対し、損害賠償金一一五〇万六〇六九円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年五月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小長光馨一)

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