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東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)622号 判決 1980年7月16日

原告 江口常記

原告 江口直美

右両名訴訟代理人弁護士 天坂辰雄

同 湊成雄

同 日浅伸広

被告 甲野花子

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 上原豊

同 青木康国

同訴訟復代理人弁護士 吉野純一郎

主文

一、被告甲野花子及び被告甲野太郎は、各自原告江口常記に対して金一〇一万五二八〇円、原告江口直美に対して金七〇万五八八〇円及び右各金員に対する昭和五二年六月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告甲野花子は原告江口常記に対して金一八万七八八〇円及び右金員に対する昭和五二年六月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告甲野花子は原告江口常記に対して金七九万一〇〇〇円及び右金員に対する昭和五二年六月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四、原告らのその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの、その一を原告らの各負担とする。

六、この判決の第一項ないし第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一、本案の申立

(原告ら)

一、被告甲野花子及び被告甲野太郎は、各自原告江口常記に対して金一六二万四四〇〇円、原告江口直美に対して金九三万一一四〇円及び右各金員に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告甲野花子は原告江口常記に対して金一〇四万一〇〇〇円及び右金員に対する本件訴状が被告甲野花子に送達された日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求めた。

(被告ら)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

第二、主張

(原告らの請求原因)

一、交通事故にもとづく損害賠償の請求

1、昭和四九年七月二七日午後一時一〇分過ぎ頃東京都東久留米市滝山六丁目二番一号先交差点において、原告江口常記が運転し、原告江口直美が同乗する軽四輪貨物自動車(以下被害車という)が、被告甲野花子の運転する普通乗用自動車(以下加害車という)と衝突した(以下本件交通事故という)。

2、本件交通事故により、原告江口常記は左第一指及び左膝挫傷、右背部挫傷、頸椎捻挫の傷害を受け、同日から同年一〇月一日までのうち四一日間東久留米市所在滝山病院に通院して治療を受け、また原告江口直美は右下腿挫創、左下腿打撲、頸椎捻挫、左胸部打撲の傷害を受け、同年同月三〇日から同年八月二四日までの二六日間前記滝山病院に入院し、同年七月二七日から同年同月二九日までの三日間と同年八月二六日から同年一一月一四日までのうち四五日間同病院に通院して治療を受けた。

3、本件交通事故は、被告甲野花子が加害車を運転し、新青梅街道方面(南)から新所沢街道方面(北)に向けて進行し、前記交差点に差しかかった際、右交差点の対面する信号機が赤色を表示していたのに、これを看過し、時速四〇キロメートルで右交差点内に進入したため、折柄原告江口常記が被害車を運転し、滝山西団地方面(西)から小金井街道方面(東)に向け、時速約四〇キロメートルで進行し、対面する信号機が青色を表示しているのを確認して右交差点に進入したところ、加害車と衝突したものである。従って本件交通事故は被告甲野花子の過失によって生じたものであり、同被告は原告らに対し、民法第七〇九条にもとづいて損害賠償の責任がある。

被告甲野太郎は加害車の保有者であり、これを運行の用に供していたものであるので、原告らに対し、自賠法第三条にもとづいて損害賠償の責任がある。

4、損害

(1) 入通院費用

(イ) 治療費

原告江口常記につき金九万五〇二〇円より被告らから弁済を受けた金四万八八八〇円を控除した残金四万六一四〇円

原告江口直美につき金三五万五六〇〇円より被告らから弁済を受けた金二七万六二二〇円を控除した残金七万九三八〇円

(ロ) 交通費(タクシー代)

原告江口常記につき一日往復金一〇八〇円の四一日分金四万四二八〇円

原告江口直美につき一日往復金一〇八〇円の二二日分(通院実日数四七日のうち二五日は原告常記と同乗)金二万三七六〇円

(ハ) 入院雑費

原告江口直美につき金二万七二〇〇円

内訳 通信費金二〇〇〇円

医師謝礼金一万円

看護婦謝礼金一万円

その他金五二〇〇円(一日金二〇〇円、二六日分)

(2) 営業損害

原告江口常記は牛乳等の販売を業とし、原告江口直美はその手伝いをしていたものであるが、本件交通事件により原告らは右業務に従事することができなくなった。そのため(イ)訴外江口昌記及び訴外江口勝敏を配達、集金等の業務のため、訴外大里茂子を経理業務のためにそれぞれ臨時に雇用し、給料として訴外江口昌記に一日金三七二〇円、八五日分(昭和四九年七月二八日から同年一〇月二〇日まで)の合計金三一万六二〇〇円、訴外江口勝敏に一日金七〇〇〇円、一四日分(同年七月二九日から同年八月一一日まで)の合計金九万八〇〇〇円、訴外大里茂子に一日金三五〇〇円、四六日分(同年七月二八日から同年九月一一日まで)の合計金一六万一〇〇〇円を支払い、(ロ)原告ら住所地の店舗における小売業務を昭和四九年八月一五日から同年一一月一五日までのうち五五日間閉鎖したため、一日平均金四〇〇〇円の割合で合計金二二万円の収益を失った。以上(イ)及び(ロ)の合計金七九万五二〇〇円は、原告江口常記が本件交通事故により蒙った営業上の損害である。

(3) 物損

原告江口常記につきその所有の軽四輪貨物自動車の大破、使用不能による損害金二七万八七八〇円。

原告江口直美につき着用のズボン一着の破損による損害金二八〇〇円

(4) 慰藉料

原告江口常記につき前記傷害に苦しみ、仕事も出来ない状態であった苦痛に対する慰藉料として、通院期間昭和四九年七月二七日から同年一〇月一日まで、通院実日数四一日を要した点を考慮して金二二万五〇〇〇円が相当である。

原告江口直美につき前記傷害のため昭和四九年七月三〇日から同年八月二四日まで入院し、かつ同年七月二七日から同月二九日までの間と同年八月二五日から同年一一月一四日までの間に合計四七日通院して治療を受けたことにかんがみ、入院期間の慰藉料として金二二万五〇〇〇円、通院期間の慰藉料として金三三万八〇〇〇円が相当である。

(5) 弁護士費用

原告らの本件弁護士費用として着手金及び報酬を含め合計金四七万円(各原告につき金二三万五〇〇〇円)が相当である。なお原告らは右のうち金二二万三五〇〇円を原告ら代理人弁護士天坂辰雄に支払った。

5、よって原告江口常記は被告ら各自に対し金一六二万四四〇〇円の、原告江口直美は同じく金九三万一一四〇円の損害賠償の支払を求める。

二、被告甲野花子の虚偽の供述にもとづく原告江口常記の損害賠償の請求

1、被告甲野花子は本件交通事故につき業務上過失傷害事件の被疑者として田無警察署警察官の取調を受け、一旦は信号機の確認を怠った旨自己の過失を認める供述をしたが、その後自己の罪責を免れるため、訴外丙山一郎に対し自己に有利な目撃者となって貰いたい旨働きかけるとともに、同警察署警察官に対し、右供述をひるがえして、交差点に進入する際信号機の表示が青色であるのを確認したが、被害車が赤信号を無視して交差点に進入したため衝突した旨虚偽の陳述をなし、東京地方検察庁検察官に対しても同様の供述をなし、そのため原告江口常記は本件交通事故の被疑者として取調を受け、昭和四九年一〇月三一日東京地方検察庁八王子支部より業務上過失傷害被告事件として起訴され、東京地方裁判所八王子支部において審理の結果、昭和五一年一月三〇日無罪の判決を受けた。

被告甲野花子の右虚偽の供述は原告江口常記に対する不法行為であり、これによって同原告が蒙った損害につき、同被告は賠償責任がある。

2、損害

(1) 原告江口常記は自己の無罪を証明してくれる目撃者を発見するため、本件交通事故現場付近一帯に「尋ね人のお願い」と題する印刷物を新聞の折込広告に出し、立看板を立て、その費用として、印刷代金二万六〇〇〇円及び広告代金一万五〇〇〇円を要した。

(2) 原告江口常記は前記刑事裁判のため弁護人天坂辰雄に手数料及び報酬として金二五万円を支払った。

(3) 原告江口常記は刑事事件の被疑者として取調を受け、起訴され、無罪判決を受けるまで甚大な精神的苦痛を蒙った。これに対する慰藉料として金七五万円が相当である。

3、よって原告江口常記は被告甲野花子に対し、金一〇四万一〇〇〇円の損害賠償の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

一、本件交通事故にもとづく損害賠償の請求原因事実のうち、事故の発生及び被告甲野太郎が加害車の所有者であることは認める、原告らの傷害の内容、入通院の時期、損害の点はすべて不知、その余の事実は否認する。

被告甲野花子の虚偽の供述にもとづく損害賠償の請求原因事実のうち、同被告が検察官に対し、対面信号機が青色を表示しているのを確認したと供述したことは認める、原告江口常記の損害の点は不知、その余の事実は否認する。

二、被告甲野花子は本件交通事故現場の交差点の手前約一〇〇メートルの地点で対面する信号機が青色を表示しているのを確認し、その後も信号機を注視しながら進行し、交差点の直前の横断歩道のところで青色の表示を再確認して交差点内に進入している。

事故直後同被告は初めて事故を経験したことにより気が動転していたうえ、原告江口常記から「馬鹿野郎、赤信号で来やがって」と怒鳴られ、警察官からも信号機の表示が青色であった筈がない、と強くいわれたため、誤った供述をしてしまったが、その後気持が落着き、記憶を喚起して供述を訂正したものであり、原告江口常記を虚偽の事実にもとづいて起訴させる意思をもって供述を訂正したものではない。また訴外丙山一郎に対して、有りのままの事実を述べて欲しいと依頼したことはあるが、事実を曲げて被告甲野花子に有利な供述をしてくれと頼んだわけではない。

検察官は、当事者双方から異る内容の供述を得たのであるから、更に目撃者等の供述を求め、捜査をつくして起訴、不起訴を決すべきものであり、検察官の起訴、不起訴の決定について被告甲野花子はなんら関与するものではないから、検察官の原告江口常記に対する起訴と被告甲野花子の供述との間に因果関係はない。

三、原告らの損害について

(1) 被告らは、原告江口常記の治療費につき金五万六七二〇円、原告江口直美の治療費につき金二七万七一八〇円を弁済している。

(2) 被告らは本件交通事故の翌日原告江口常記に代車を提供し、同原告は新車を購入するまで右代車を使用していた。同原告の傷害は自動車を運転できない程のものではなかったから、右代車による通院が可能であったものであり、通院のための交通費の請求は不当である。

(3) 原告江口常記の傷害の程度からみて、同原告は本件交通事故後労働が可能であったと考えられるから、その代替労働として息子の訴外江口勝敏を雇傭したことには疑問がある。また原告江口直美の傷害もそれ程重傷ではなく、退院後における代替労働の必要性は否定されるべきである、

また原告江口直美は入院中自ら帳簿の整理をしていたもので、経理事務のために訴外大里茂子を雇用したことは疑わしく、同人は原告江口直美の入院中家事労働に従事していたものと思われる。

(4) 入院諸雑費につき、定額的な費用のほかに通信費の請求をするのは不当であり、また原告江口直美の被害の程度からみて、医師及び看護婦に対する謝礼は不相当である。

(5) 本件交通事故後被害車を検査した結果、被害車は修理可能であることが判明し、修理見積額が金一八万七八八〇円であって、右修理費は保険金によって補填される予定であったところ、原告江口常記は右修理を拒否して新車を購入したものであるから、新車の購入費用をもって本件交通事故による損害としてその賠償を請求するのは不当である。

(6) 慰藉料については、原告らの傷害の程度からみて、原告江口常記の通院慰藉料金一五万円、原告江口直美の入院慰藉料金一三万円、同通院慰藉料金二一万円を限度とすべきである。

(被告らの主張に対する原告らの答弁)

治療費に対する被告らの既払金の額及び代車提供の事実は認めるが、その余はすべて争う。

被告らより提供された代車は牛乳の配達、集金のために使用したものであり、原告らの通院には使用していない。

被害車は原告江口常記が昭和四八年四月一二日金四六万二〇〇〇円で購入し、事故時まで約一年三ヶ月使用したもので、少くとも購入時の六割以上の価格を保有していたものである。本件交通事故により大破し、修理見積額は金一八万七八八〇円であったが、修理担当の訴外神山勝男が完全修復は不可能であるといって新車購入をすすめたため、やむなく金三五万五八〇〇円を負担し、新車に買換えたものである。

第三証拠《省略》

理由

第一、本件交通事故にもとづく損害賠償の請求について

一、昭和四九年七月二七日午後一時一〇分過ぎ頃東京都東久留米市滝山六丁目二番一号地先交差点内において、被告甲野花子運転の普通乗用自動車(加害車)と原告江口常記運転、原告江口直美同乗の軽四輪貨物自動車(被害車)が衝突したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右交差点は信号機による交通整理がなされており、南北に巾員一三・一〇メートルの道路と東西に巾員五・六〇メートルの道路が十字に交差し、被告甲野花子運転の加害車は南から北に向け、原告江口常記運転の被害車は西から東に向け、ほぼ同時に右交差点内に進入したものであることが認められる。

ところで当事者双方は互いに相手方が信号機の表示を無視して交差点内に進入したため本件交通事故が発生したものであると主張しているところ、《証拠省略》によれば、被告甲野花子は事故直後警察官の取調に対し、交差点の手前約一〇〇メートルの地点で信号機が青色を表示しているのを確認したが、その後信号機を見ないで走行し、交差点に入った旨供述していること、《証拠省略》によれば、訴外千葉喜久子は警察官の取調に対し、同人が事故直後現場を通りかかった際、被告甲野花子が同人に「私がよく見ないで来たから悪いのよ。」と話しかけてきた旨供述していること、《証拠省略》によれば、訴外石井よすみは原告江口常記に対する刑事被告事件につき証人として出廷し、事故直前自転車に乗って加害車と同一方向(南から北)に向けて進行し、交差点の手前に差しかかった際、丁度信号機の表示が赤色にかわったので、交差点の手前で停止し、自転車から降りて信号のかわるのを待っていたところ、その右脇を加害車が通り越して交差点内に進入し、事故が発生し、その直後加害車の脇を通り過ぎながら、被告甲野花子に「信号は赤だったのに」と声をかけたところ、同被告は「青だとばかり思った」と答えた旨供述していること、《証拠省略》によれば、訴外当麻喜介は前記刑事被告事件及び被告甲野花子に対する刑事被告事件につき証人として出廷し、事故直前自動車を運転し、加害車と反対方向(北から南)に向けて進行し、交差点の手前五〇ないし六〇メートルの地点にさしかかった際、前方の信号機が赤色を表示しているのを認め、徐行しながら交差点に接近して行ったところ、本件交通事故を目撃したものであって、右事故は加害車の信号無視によるものである旨供述していること、《証拠省略》によれば、原告らは事故後警察官、検察官の取調及び刑事被告事件の審理に当り、一貫して被害車は信号機が青色を表示しているのを確認して交差点内に進入した旨供述していること、以上の事実が認められ、これらの証拠を総合してみれば、本件交通事故は、原告江口常記は信号機が青色を表示しているのを確認して交差点に入ったが、被告甲野花子が信号機の表示を確認せず、これが赤色を表示しているのに気がつかないで交差点内に進入したため生じたものであって、被告甲野花子の一方的過失によるものであると判断するのが相当である。

《証拠省略》によれば、原告江口常記に対する業務上過失傷害被告事件において同原告が無罪の判決を受け、その後被告甲野花子に対する業務上過失傷害被告事件において同被告が有罪の判決を受けたことが認められるところ、右事実は前記の認定判断を補強するものということができる。

《証拠省略》によれば、訴外丙山一郎は本件交通事故後警察官の取調に対し及び刑事事件の証人として、事故直前自動車を運転して被害車の後方より進行してきたところ、被害車は前方の信号機が赤色を表示しているのに交差点内に進入し、衝突の瞬間これが青色にかわった旨供述していることが認められるが、右供述内容を仔細に検討するに、事故を目撃した際の丙山の位置が不明確であって、被害車が交差点内に進入した際同人が果して信号機の表示を確認し得たか否かの点につき信用するに足る情況の保障がなく、右供述と牴触する前記各証拠と対比してたやすく措信できないものといわざるを得ない。

また《証拠省略》によれば、被告甲野花子は前記のとおり警察官の取調に対し、一旦は信号機の確認を怠った事実を認めたが、その後これをひるがえし、検察官の取調に対して「交差点の一〇〇メートル位手前で青信号を確認した後も信号機を見ながら走行し、横断歩道の少し手前で青信号を再確認した」旨供述し、同被告に対する刑事被告事件及び本件の審理に当ってもほぼ同旨の供述を繰返している、しかし被告甲野花子が供述をひるがえした理由について弁解するところは十分説得力があるものといえず、却って前記丙山一郎の同被告に有利な供述が出たのを利してこれに符節を合わせようとしたとの疑いが強く、被告甲野花子に不利な前記各証拠の信用性を覆すことは到底できないといわざるを得ない。

他に前記認定判断を覆すに足りる証拠はない。

そうすると被告甲野花子は過失により本件交通事故をひき起したものとして民法第七〇九条により原告らに対し損害賠償責任を免れないことは明らかである。

また被告甲野太郎が加害車の所有者であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告甲野花子は被告甲野太郎の妻であり、本件交通事故の当時子供二人を同乗させ、夫の実家へ行った帰途本件交通事故をひき起したものであることが認められるので、被告甲野太郎は加害車を運行の用に供していたものであり、自賠法第三条により損害賠償の責任を負うものといわなければならない。

二、損害

1、治療費等

《証拠省略》によれば、原告江口常記は本件交通事故により、左拇指、右膝及び右背部各挫傷の傷害を受け、昭和四九年七月二七日から同年一〇月一日までの間に東久留米市滝山一―一―一八滝山病院に四一日間通院して治療を受け、治療費等として金九万二五二〇円を支払ったこと、原告江口直美は右事故により右下腿挫創、左下腿打撲、頸椎捻挫、左胸部打撲の傷害を受け、昭和四九年七月二七日から同年一一月一四日までの間に同病院に二六日間入院、四七日間通院して治療を受け、治療費等として金三五万四一〇〇円を支払ったことが認められるところ、被告らが右治療費等のうち原告江口常記に対し金五万六七二〇円、原告江口直美に対し金二七万七一八〇円を弁済したことは当事者間に争いがないので、原告らの治療費等に関する請求は原告江口常記につき金三万五八〇〇円、原告江口直美につき金七万六九二〇円の限度において理由がある。

2、入通院諸雑費

(1) 《証拠省略》によれば、原告らは前記滝山病院にタクシーで通院することを余儀なくされ、原告江口常記につき一日往復金一〇八〇円、四一日分金四万四二八〇円、原告江口直美につき二二日分(通院四七日のうち二五日は原告江口常記と同乗)金二万三七六〇円を要したことが認められる。被告らは、本件事故後原告らに代車を提供しているので、タクシーで通院する必要はなかった筈であるというが、後記のとおり右代車は原告らの通院中原告らの息子達が牛乳の配達、集金のために使用していたものと認められるから、右代車の提供は原告らの通院のためのタクシー使用の必要性を妨げる理由とはならない。

(2) 原告江口直美の入院諸雑費につき、《証拠省略》によれば、原告江口直美は入院中医師及び看護婦に各一万円の謝礼を提供したことが認められるところ、同原告の前記傷害の程度に照らし、看護婦に対する謝礼は社会的相当性を肯認できるが、医師に対する謝礼は右相当性を肯認するに足りないので、看護婦に対する謝礼金一万円の限度において本件交通事故による損害と認めることができる。

原告江口直美主張の通信費及びその他の雑費についてはその支出を具体的に確認するに足りる証拠がないので、経験則上入院期間二六日、一日金二〇〇円の割合による金五二〇〇円の限度において本件交通事故による損害としての相当性を認めることができるが、その余はこれを認めることができないといわざるを得ない。

3、営業損害

《証拠省略》によれば、原告らは夫婦であり、原告江口常記は牛乳等の販売を業とし、原告江口直美はこれを手伝っているものであるところ、本件交通事故による受傷のため、原告らは暫くの間牛乳の配達、集金の業務に従事することができなくなり、他所で稼働していた息子の訴外江口昌記及び同江口勝敏を呼戻し、被告らが提供した代車により臨時に牛乳の配達、集金の業務に従事させ、右業務に従事した日数と右両名が他所で稼いでいた収入に応じて昌記に対しては一日金三七二〇円、八五日分計金三一万六二〇〇円、勝敏に対しては一日金七〇〇〇円、一四日分計金九万八〇〇〇円を支払い、また訴外大里茂子を臨時に雇って帳簿の整理等に当らせ、一日金三五〇〇円、四六日分計金一六万一〇〇〇円を支払ったことが認められる。右支出は、本件交通事故による原告江口常記の営業上の損害としてその相当性を肯認することができる。

原告江口常記は営業上の損害として右のほか昭和四九年八月一五日から同年一一月一五日までのうち五五日間店舗を閉鎖したことによる売上の減少として金二二万円の損害の賠償を請求しているが、右損害については《証拠省略》によるも、これを認めるに足りず、他にこれを認めることのできる証拠はない。

4、物損

《証拠省略》によれば、被害車は原告江口常記の所有であったところ、本件交通事故により破損し、保険会社の依頼で修理業者が破損の状態を検査した結果、修理費として金一八万七八八〇円を要するとの見積が出されたが、原告江口常記は他から、事故車を修理しても機能が完全に回復することはできないとの話を聞き、修理をことわり、被害車を下取車として新車と買換えたことを認めることができる。しかし、被害車が修理不能である程破損したかどうか及び事故当時の被害車の時価相当額についてこれを確認するに足りる証拠がないので、被害車の破損による原告江口常記の損害としては、右修理見積額金一八万七八八〇円の限度においてこれを認めるほかはない。

原告江口直美の着用のズボン一着の破損による損害についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

5、慰藉料

前記認定の本件交通事故の態様、原告らの損害の内容に照らし、本件交通事故によって原告らが蒙った精神的苦痛に対する慰藉料として原告江口常記につき金二〇万円、原告江口直美につき金五〇万円をもって相当と認める。

6、弁護士費用

本件交通事故にもとづく損害賠償請求訴訟の提起、追行に要する弁護士費用として、原告らの前記1ないし5の損害額のそれぞれ約一割五分に相当する原告江口常記につき金一六万円、原告江口直美につき金九万円をもって相当と認める。

三、以上の認定判断にもとづき、被告甲野花子及び被告甲野太郎は本件交通事故にもとづく損害賠償として、各自原告江口常記に対し物損を除く損害金一〇一万五二八〇円、原告江口直美に対し損害金七〇万五八八〇円を支払うべき義務があり、被告甲野花子は右のほか原告江口常記に対し被害車の破損による損害金一八万七八八〇円を支払うべき義務がある。

第二、被告甲野花子の虚偽の供述にもとづく原告江口常記の損害賠償の請求について

一、被告甲野花子が本件交通事故につき検察官の取調に対し、交差点の直前で対面する信号機が青色を表示しているのを確認した旨供述したことは当事者間に争いがなく、原告江口常記が昭和四九年一〇月三一日右事故につき業務上過失傷害被告事件として起訴され、昭和五一年一月三〇日無罪の判決を受けたことは被告甲野花子の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

ところで《証拠省略》によれば、被告甲野花子は、本件交通事故後警察官の取調に対して、交差点の手前約一〇〇メートルの地点で信号機が青色を表示しているのを確認したが、その後信号機を見ないで進行し、交差点に進入した旨供述していたところ、その後検察官の取調に対し、右供述をひるがえして前記のとおり交差点の直前で信号機の表示を再確認した旨供述したものであり、かつ供述をひるがえした理由として、事故直後初めて事故を経験したこととその場で原告江口常記から「馬鹿野郎、赤信号で来やがって」と怒鳴られたことで気が動転し、青信号を確認したと思ったのは自分の思い違いであったろうかと不安になり、信号機の確認を怠った旨の供述をしてしまったと弁解していることが認められる、しかし右弁解自体説得力に乏しいといわざるを得ないのみならず、《証拠省略》によれば、本件交通事故は原告江口常記が信号機の表示を確認して交差点に進入したのに、被告甲野花子が右確認を怠って交差点に進入したため生じたものであり、同被告の事故直後における警察官に対する供述が真実に合致し、その後検察官の面前でこれをひるがえした同被告の供述は真実に反するものと認めざるを得ず、《証拠省略》のうち右認定に反する部分はたやすく措信することができないことは、前記第一で説示のとおりである。

そして被告甲野花子が真実は交差点に進入するに当り信号機の表示を確認するのを怠っていたにもかかわらず、検察官に対し、交差点の直前で信号機が青色を表示しているのを確認した旨の虚偽の供述をしたことは、客観的に見て原告江口常記を真実に反して刑事訴追を受けさせる虞のある行為というべく、前記甲第一号証に照らしてみれば、検察官が本件交通事故につき原告江口常記に対し業務上過失傷害被告事件として起訴するに至った理由は、主として被告甲野花子及び訴外丙山一郎の同原告に対する不利益な供述にもとづいているものと認めることができるから、被告甲野花子の右真実に反する供述と原告江口常記が刑事訴追を受けるに至ったこととの間に因果関係の存在することは到底否定することができない。しかして、被告甲野花子が目撃者としての丙山一郎の出現により、たとえ同被告の対面する信号機が客観的に青色を表示していたものと信じたとしても、それは重大な過失であるといわざるを得ないから、同被告の前記真実に反する供述は原告江口常記に対する不法行為というべく、これにより同原告が蒙った損害につき賠償責任があるといわなければならない。

二、そこで原告江口常記の損害について検討する。

《証拠省略》によれば、原告江口常記は業務上過失傷害被告事件として起訴されたため、弁護士天坂辰雄に弁護を依頼するとともに、原告江口直美と協力して事故当時自転車で現場の交差点を通りかかった中年の女性(後に訴外石井よすみと判明)の捜索にかかり、約一ヶ月程右交差点付近に立って発見に努めたが徒労に帰し、次いで「尋ね人のお願い」と題する印刷物を作成し、新聞の折込広告として現場付近一帯に配布し、更に電柱に立看板を掲げ、戸別訪問をして目撃者の発見に努めた結果、前記のとおり訴外石井よすみ、千葉喜久子、当麻喜介らの目撃者があらわれ、これらの者の供述によってようやく無罪の判決を得るに至ったこと、そのため原告江口常記は印刷費として金二万六〇〇〇円、広告代として金一万五〇〇〇円、弁護費用として金二五万円を要したことが認められる、また右のとおり原告江口常記が真実に反して刑事訴追を受け、無罪の判決を受けるまで約一年三月にわたり非常な努力をついやしたことにかんがみれば、同原告の受けた精神的苦痛は重大なものというべきであり、反面において被告甲野花子が訴外丙山一郎に対し、真実に反する供述をするよう働きかけたとの事実までは認めることができないこと、被告甲野花子が真実に反する供述をしたことは原告江口常記に対しことさら刑事訴追を受けさせる意図に出たものではなく、自己の刑事責任を免れたいとの心情に出たものと考えられること、その後当然のことながら原告江口常記が無罪の判決を受け、被告甲野花子が有罪の判決を受けていることなど諸般の事情を考慮し、原告江口常記が受けた精神的苦痛に対する慰藉料として金五〇万円をもって相当と考える。

三、以上の次第で、被告甲野花子は原告江口常記に対し、真実に反する供述にもとづく損害賠償として金七九万一〇〇〇円を支払うべき義務がある。

第三、結論

よって原告らの本訴請求は、本件交通事故にもとづく損害賠償として、原告江口常記の被告甲野花子及び被告甲野太郎各自に対する金一〇一万五二八〇円、原告江口直美の右被告両名各自に対する金七〇万五八八〇円、原告江口常記の被告甲野花子に対する金一八万七八八〇円、被告甲野花子の真実に反する供述にもとづく損害賠償として、原告江口常記の被告甲野花子に対する金七九万一〇〇〇円並びに右各金員に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年六月一三日から支払済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の限度において理由があるからこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文第九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文彦)

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