大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)87号 判決 1978年7月31日

主文

一  被告は原告に対し、金三七万三、二三八円及びこれに対する昭和五二年二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告――左記判決及び仮執行の宣言

(一)  被告は原告に対し、金五七万円及びこれに対する昭和五二年二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告――左記判決

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  本件事故

山谷勇二は、左記交通事故により、治療約二年四ケ月を要する左股関節脱臼骨折、左下腿骨々折等の傷害を受けた。

(一)  日時

昭和四九年二月一五日午後二時項

(二)  場所

兵庫県三原郡三原町神代地頭方一、五四四番地の四先の国道上

(三)  加害車

被告の運転する普通乗用自動車(神戸5ま九六三一号)

(四)  被害車

山谷勇二の運転する単車(西淡町レ五〇三六号)

(五)  事故の態様

被告が、加害車を、三原郡三原農業協同組合機械センター広場より、これに直面する右(二)の国道上に発進させた際、右国道上を西進していた被害車に加害車を衝突させたものである。

二  責任原因

(一)  被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた(自賠法第三条)。

(二)  また本件事故は、被告が国道上に加害車を発進させるに当り、左右の安全(即ち、国道上の運行車両の有無等)を確認しないで、漫然と発進した過失により、被害車の進行に気づかず、これに衝突したものである(民法第七〇九条)。

三  原告の損害(企業損害)

原告は、高山薬品商会の商号で、従業員数名を使用して、医薬品の配置販売(いわゆる富山の薬売り)を業とするものであるが、従業員の山谷勇二をして兵庫県淡路島地区における右販売を担当させていたところ、右山谷がこの業務に従事中、本件事故にあい、稼働できなくなつてしまつたので、原告は次のような損害を被つた。即ち、右山谷は、毎年、冬と夏の二回にわたり(冬廻りは一月二八日から三月二〇日までの約五二日間で、夏廻りは七月四日から八月九日まで及び八月二二日から九月一三日までの合計約六〇日間である)、大量の薬袋をかついで、自己の担当区域内の各顧客を一軒一軒訪問して、前回訪問時よりの置薬の使用状況を調べ、使用ずみの薬の代金を集金し、同時に費消されて不足した置薬を補充し、また新薬を配置する等していたものであるが、本件事故により昭和四九年度冬廻り期間中二八日間、同年度夏廻り期間約六〇日、同五〇年度冬廻り及び夏廻り期間約一一二日、合計二〇〇日間右業務に従事することができず、その結果、原告は一日平均一万七、六五五円、合計金三五三万一、〇〇〇円の得べかりし売上額、従つて金五七万九、〇八四円の得べかりし純益(売薬の平均利益率は約一六・四パーセント)を失つた。

ところで、山谷の右のような業務は、顧客との面識及び信頼関係等を不可欠の前提とするものであるから、当該担当員以外、第三者は勿論、雇主といえども、到底代替できない性質のものである。従つて、原告と山谷とは全く経済的に一体をなす関係にあるものというべく、本件事故により山谷が稼働できなくなつた結果、原告が被つた右損害は、まさに本件事故と相当因果関係あるものといわなければならない。

四  よつて、原告は被告に対し、前記損害の内金五七万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年二月六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一  請求原因第一、二項は認める。

二  同第三項は争う。

第四証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一、二項は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の損害について判断する。

本件は、要するに、交通事故により被害者(従業員)が稼働できなくなつたため、その雇主(個人企業)が加害者に対し、これにより被つた企業損害(逸失利益)の賠償を請求する事実であるが、かかる場合、雇主が加害者に対し右損害の賠償を請求し得るためには、被害者に右企業の従業員としての代替性がなく、被害者と雇主(企業)とが経済的に一体をなす関係にあることを要するものと解するのが相当である(最判民集二二巻一二号二六一五頁参照)。

そこで、これを本件についてみるに、成立に争いない甲第一四ないし第一九号証、証人山谷勇二の供述により成立を認める同第七ないし第九号証、原告本人の供述により成立を認める同第三ないし第五号証、同第一〇号証の一ないし二一、同第一二号証の一ないし六三、同第一三号証の一ないし二八、同第二〇、第二一号証、同第二四号証の一ないし六、右山谷証人及び原告本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実を認めることができる。即ち「原告は、高山薬品商会の商号で、従業員数名を使用し、東京都及び淡路島一円において、医薬品の配置販売を業とするもの(いわゆる富山の薬売り)であるが、昭和二五年創業以来、従業員の山谷勇二を淡路島地区における配置員として右販売に従事させていたところ、右山谷がこの業務に従事中、本件事故にあい、稼働できなくなつてしまつたため、以後少くとも昭和五一年二月始めまで、山谷の担当業務を中断するの余儀なきに至つたこと。原告の営む右医薬品の配置販売とは、原告又は原告の雇傭する配置員が、原則として年二回、即ち冬と夏の二回にわたり、薬箱を携帯して、自己の担当区域内の各顧客を戸別訪問し、原告主張のような置薬の調査、使用ずみの薬代の集金及び置薬の補充並びに新薬の配置等をするものであるが、右業務は、まず顧客との面識を前提とし、次いで長期間且つ継続的な顧客との信頼関係を基礎とするものであるので、配置員は常に顧客の家族構成及びその健康状態を諒知したうえ、単に顧客の健康相談のみならず、場合によつては結婚、就職等の家庭相談にも乗つてやることが必要であつて、根気と誠実と親切とが特に要求されるものである外、広範囲を戸別販売する関係上、営業の能率を上げるため、配置員は顧客の住所及び職業は勿論、その支払ないし家計の責任者の都合等も考えて、訪問の順序、道順及び日時等を適切に決定しなければならないので、長年ある区域の販売を担当し、顧客と強い信頼関係に結ばれ、且つ右のような合理的業務の遂行に熟達した配置員に事故ある場合は、第三者は勿論、雇主といえども、著しく代替困難であること。ところで、前示山谷は、本件事故にあうまで、二四年間継続して淡路島地区における配置員を担当し、その親切、誠実な人柄及び根気強さから顧客の強い信頼を受け、且つ前示のような業務の遂行にも熟達していたので、同地区においては、余人を以て代え難い、正に原告の片腕ともいうべき存在であつたこと。右山谷は、本件事故以前、毎年、原告主張のような冬廻り期間及び夏廻り期間の二回にわたり、淡路島地区における約一、二〇〇戸の顧客に対し前示配置販売をしていたが、本件事故にあうことなく例年どおり右業務に従事したとすれば、昭和四九年度冬廻りはなお二八日間、同年度の夏廻りは約六〇日間、昭和五〇年度は冬廻り及び夏廻りを通じて約一一二日、合計約二〇〇日間右業務を遂行することができたものであるところ、山谷の本件事故当時における一日の平均売上額は金一万七、六五五円であつたから、原告は本件事故により、少くとも合計金三五三万一、〇〇〇円の得べかりし売上額を失つたが、その後昭和五一年二月五日から同年七月一二日までの間、原告の従業員宮田博が山谷の担当区域内の各顧客を巡回して、本件事故以前山谷が配置した薬品の使用ずみ分の代金の一部金一二五万五、一五五円を集金したので、結局、原告の喪失した得べかりし売上額は金二二七万五、八四五円となつたこと。また本件事故当時における原告の本件配置販売業による売薬の平均利益率は売上額の約一六・四パーセントであつたこと。従つて、原告は本件事故により少くとも金三七万三、二三八円の得べかりし利益を失つたこと。」が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件事故の被害者山谷勇二は、医薬品の配置、販売業者である原告の従業員として、原告の営む事業の性格及び規模、その業務遂行の形態、その他諸般の事情に照らし、代替性がなく、経済的に山谷と原告とは一体をなす関係にあるものというべく、かかる事実関係のもとにおいては、本件事故(即ち、被告の山谷に対する加害行為)と山谷の受傷による原告の利益の逸失(即ち、前示金三七万三、二三八円の損害)との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

してみれば、被告は原告に対し、右損害金三七万三、二三八円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和五二年二月六日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

三  よつて、原告の本訴請求は右の限度においてのみこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例