東京地方裁判所八王子支部 昭和62年(ワ)1116号 判決 1989年2月01日
原告
矢島美穂子
右訴訟代理人弁護士
原島康廣
被告
松山一之
右訴訟代理人弁護士
春田政義
主文
一 被告は、原告に対し、金六一万〇八三九円及び内金五五万〇八三九円に対する昭和六一年一〇月一日から、内金六万円に対する昭和六二年七月二日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その七を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、五四〇万六三三〇円と内金四九五万六三三〇円に対する昭和六一年一〇年月一日から、内金四五万円に対する訴状送達の日の翌日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 昭和六一年九月三〇日午後五時ころ
(二) 場所 東京都練馬区関町南二丁目六番二六号
城西ゴルフセンター二階練習場(以下「本件練習場」という。)
(三) 態様 被告がゴルフクラブを持って打球動作を開始し、バックスイングをしたとき、被告の後ろの打席の自動ティーアップ機に練習用ゴルフボールを入れようとしていた原告の前額部に、被告のゴルフクラブの先端が当たり、原告は、右前額部挫創の傷害を負った。
2 責任
被告は、打球動作の際変則的なフラット・スイングをし、また、打席の定位置より後退して打球した。打球動作に入った者がこのようなスイングをする場合、ゴルフクラブの先端が後の打席にまではみ出すこととなるのであるから、そのようなことのないよう注意すべき義務があるのに、被告はこれを怠り、ゴルフクラブ先端を原告の打席にまで侵入させた。更に被告は、スイングの際は、ゴルフクラブ先端の描く軌跡の範囲内特に後方に他人がいないことを確かめ、安全を確認した上で打球動作をする義務があるのにこれを怠った。被告は右過失により本件事故を起こしたから、民法七〇九条に基づく責任を負う。
3 損害
(一) 原告は、本件受傷の治療・瘢痕除去のため、次のとおり入通院した。
(1) 昭和六一年九月三〇日から同年一〇月八日まで田中脳神経外科病院(通院)
(2) 昭和六一年一〇月一五日から同年一一月一四日まで
東京女子医科大学病院(通院)
(3) 昭和六一年一一月二五日
ナグモ美容形成外科医院(入院)
(4) 昭和六一年一一月二八日から昭和六二年三月一八日まで
東京女子医科大学病院(通院)
右入・通院治療費 合計二九万〇三四〇円
(二) 右入・通院交通費 合計八万九六六〇円
(三) 雑費 合計七万六三三〇円
入院のためのガウン、通院治療の際に使用する眼鏡ガーゼ等の購入費
(四) 慰謝料 四五〇万円
(1) 原告は、昭和二六年二月二二日生(本件事故当時三五歳)の主婦であるが、右前額部に本件受傷による瘢痕を残している。右瘢痕は、自賠法の後遺障害別等級表の第一二級に該当する。
(2) 原告が若くかつすこぶる美人であるにも拘わらず、終生瘢痕を負ったまま過ごさなければならないこと、瘢痕以外にも本件事故による後遺症として、めまい、頭痛、手指の振戦等があること、手術等治療のため入通院したことなどによって精神的・肉体的苦痛を受けたことを考慮すると、被告が原告に支払うべき慰謝料は、四五〇万円をもって相当とする。
(五) 弁護士費用 四五万円
原告は、本訴提起にあたり、原告代理人に対し、四五万円の報酬を支払うことを約束した。
よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、合計五四〇万六三三〇円と弁護士費用以外の損害金合計四九五万六三三〇円に対する不法行為の後である昭和六一年一〇月一日から、弁護士費用四五万円に対する訴状送達の翌日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2は否認する。
打球動作に入った者は、前方及び左右六〇度位の範囲を注視することはできるが、後方を注視することは不可能であるから、被告には後方の安全を注意・確認する義務はない。原告は、被告の後ろの打席にいたのであるから、被告が打球動作に入った後に、被告の打席との境界付近に近づくに際しては、被告の打球動作に注意して自ら危険を避けるべき義務があった。本件事故は、原告が前方を注意し危険を避ける義務を怠り、自動ティーアップ機にゴルフボールを入れようとして、漫然と原・被告の打席境界付近に接近したために生じたものである。
なお、本件事故は、原告の右過失及び本件練習場の設備の次のような欠陥ないし瑕疵が競合して生じたものである。
(1) 打席幅の不足
日本ゴルフ練習場連盟申合せの打席幅は、二・三〇メートルであるが、被告打席幅は、二・二五メートルであった。
(2) 自動ティーアップ機ボール入れ口の不備
右機械のボール入れ口は、前部隣打席に約一〇センチメートル張り出しており、ボールを入れるときに頭が前部打席に突出しやすい構造となっていた。
(3) 安全管理の不備
前部打席への注意その他安全についての利用者への注意又は注意事項の掲示等がない。監視人も不在がちである。
3(一) 同3(一)の事実のうち、田中脳神経外科病院に通院した事実は認め、その余は知らない。
(二) 同3(二)(三)の事実は知らない。
(三) 同3(四)(五)は争う。
三 抗弁
仮に本件事故の発生について被告に責任があるとしても、原告にも前方を注意しない過失があったから、過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実については当事者間に争いがない。
二被告の責任について
1 <証拠>によれば、以下の事実が認められる。<証拠判断省略>
(一) 被告(本件事故当時六九歳、身長約一八〇センチメートル)は、昭和三六年ころからゴルフを始め、本件練習場には、本件事故の五、六年前から通うようになり、昭和六〇年以後はかなり頻繁に通っていた。
原告(本件事故当時三五歳、身長約一五六・二センチメートル)は、本件事故の二年位前からゴルフを始め、本件練習場には、七、八回通っていた。
(二) 事故当日、原告が打席(打球方向に向かって被告打席の左隣しか空いていなかった。)を定めた時には、被告は、既に約五〇球を打ち終えて、更にウッドのクラブ(全長約一一一センチメートル)で打球練習を続けている最中であったが、一球ごとに、姿勢、クラブの握り、スタンスの位置・方向、フォーム等に注意を払いながら、約四〇ないし五〇秒の打球間隔で丁寧に練習していた。原告は、被告がゆっくりと丁寧に練習していることを認識しながら、自分の練習を開始しようとしていた。
被告のスイングは、フラットであった。
(三) 原告は、打席後方の椅子に荷物を置いて準備を整え、ボールを一〇〇個買って備え付けの籠(直経約四〇センチメートル、深さ約二五センチメートル、プラスチック製)に入れ、その籠を持って被告打席との境界に設置してあった自動ティーアップ機のボール入れ口に上半身を前屈みにしてボールを入れ始めたが、その半分くらいを入れた時に本件事故が発生した。
(四) 原・被告の各打球の状況は、概ね次のとおりであった。
(1) 打席と打席の境界を兼ねて、床に固定されていない自動ティーアップ機が置かれ、二台のティーアップ機の間の空間が打席となっているが、各打席の幅(以下「幅」という場合は、打球する方向に向かって左右の幅をいう。また「前方」という場合は、打球する方向をいう。)は、ティーアップ機の幅を除いて二三〇ないし二四〇センチメートルであった。ティーアップ機(全長一五〇センチメートル)は、前方部分の幅が数センチメートル、後方のボールを入れる部分は、幅約二〇センチメートル、長さ四二センチメートル、高さ約三〇センチメートルの直方体であるが、右直方体の部分は、前方に向かって右側に張り出し、したがってボール入れ口は、最上部で一〇センチメートル以上右隣の打席にはみ出している。
(2) 各打席には、ボールを置くための幅八八センチメートル、長さ九〇センチメートルの長方形のマットと、練習者が立つための幅八九センチメートル、長さ八一センチメートルのゴム製マット(打席マット)が、前方に向かって右側に寄せて、固定されないで置かれ、被告打席の打席マットの左端から原告打席用の自動ティーアップ機までの最短距離は、六〇ないし六五センチメートルであった。ボールを置くためのマットには、それぞれ幅二五センチメートル、長さ七〇センチメートルの人工芝マット(前方に向かって左側)とゴムマット(前方に向かって右側)が並べて填め込まれており、その使用は練習者の選択に委ねられている。
(五) 本件事故当時、被告は、人工芝マットを使用して練習しており、したがって被告のスタンスの位置は、ゴムマットを使用する場合に比べて、左隣の原告打席に接近することとなり、打席マットのほぼ中央やや原告打席寄りであった。
2 右認定の事実によれば、本件事故は、本件練習場の各打席の幅が安全確保のために十分であるか否かは別にして、被告において、原告がボールをティーアップ機に入れる際に、その頭部が被告打席のほうに接近ないしはみ出して来やすいことを予想し、打球動作を開始する際に、クラブの先端が左隣打席でティーアップ機にボールを入れる原告の身体に当らないよう注意すべき義務があるのに、これを怠った被告の過失と、原告において、右ボールを入れる際に、その頭部が被告打席のほうに接近ないしはみ出しやすいのであるから、右隣打席で練習している被告のクラブの先端が自分の身体に当たる危険を予め避けるように注意すべき義務があるのに、これを怠った原告の過失とが、競合して生じたものというべきである。
そして、右両者の過失の割合は、本件練習場の打席の幅の不足及び安全管理の手落ちということを別にして、原・被告間においてこれを定めるとすれば、原告七、被告三とするのが相当である。
三損害について
1 原告が、本件事故による傷の治療のために田中脳神経外科病院に通院した事実については当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 原告は、田中脳神経外科病院で傷口を一三針縫う治療を受け、昭和六一年九月三〇日より同年一〇月八日まで通院して、治療費九五九〇円を支払った。
(二) 原告は、その後、同年一〇月一五日より同年一一月一四日まで、受傷部の瘢痕を治すために東京女子医科大学病院形成外科に通院して診察を受け、合計二万七九九〇円の診療費を支払った。
(三) 原告は、同年一一月二五日、ナグモ美容形成外科医院に入院して瘢痕除去手術を受け、同医院に対して手術料等二四万円を支払い、その後、同年一一月二八日より昭和六二年三月一八日までの間に八回、前記東京女子医科大学病院形成外科に通院して手術後の指導・処置を受け、合計一万二七六〇円を支払った。
(四) その他、原告は、ガーゼ、テープ(合計二二三〇円)、入院用ガウン(七〇〇〇円)、瘢痕除去手術部分を圧迫しておくためのバンド(一万三六〇〇円)、瘢痕部位を隠すための眼鏡(四万一六〇〇円、ただしレンズは原告の視力に合わせた度入りのもの)を購入し、入院時の食事代二九〇〇円、受傷直後及び前記手術直後に美容院でシャンプー代合計四八〇〇円を支払った。
右の支出のうち、ガーゼ、テープ代全額、圧迫のためのバンド代全額、入院時の食事代全額、入院用ガウン代のうち五〇〇〇円、眼鏡代のうち三万円、シャンプー代のうち二四〇〇円が本件事故と相当因果関係にある損害として認められるから、結局、五万六一三〇円を損害として認める。
(五) 原告が支出した入通院のための交通費は、合計八万九六六〇円である。
以上の合計は、四三万六一三〇円となる。
2 慰謝料について
(一) <証拠>によれば、本件事故によって生じた原告の前額部の傷の瘢痕は、現在ほとんど目立たなくなってはいるものの完全に消失したとはいえないが、右瘢痕によって原告の外貌に変化が生じ又は醜状が残ったとまでは言い難いこと、受傷及びその後の治療期間中、原告は頭痛、めまい、手指の震え、受傷部分及びその周辺の感覚麻痺、(右受傷部分及びその周辺の感覚麻痺は現在も残っている。)などの肉体的、精神的苦痛を味わってきたこと、現在も原告の内心においては瘢痕が残ったことについて他人が想像する以上の相当の精神的苦痛が継続していること、しかし、瘢痕ができたことによって原告の夫その他の人との人間関係に変化が生じたことは窺われないこと、以上の事実が認められる。
(二) 右認定の事実及び本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告の受けた傷害に対する慰謝料は、これを一四〇万円とするのが相当である。
3 以上によれば、損害額合計は、一八三万六一三〇円であるが、このうち被告の負担すべき金額は、これに前示認定の過失割合三割を乗じた五五万〇八三九円である。
4 弁護士費用
弁護士費用は、六万円の限度でこれを本件事故と相当因果関係にある損害と認める。
四以上によれば、原告の本訴請求は、不法行為による損害賠償として六一万〇八三九円と内金五五万〇八三九円に対する不法行為の後である昭和六一年一〇月一日から、また内金六万円に対する不法行為の後であり訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年七月二日から、各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官稲葉耶季 裁判官加藤謙一 裁判官長久保尚善)