東京地方裁判所立川支部 平成22年(ワ)899号 判決 2013年2月13日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
髙木太郎
同
上田裕
被告
有限会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
清水由規子
同訴訟復代理人弁護士
野竹夏江
主文
一 被告は、原告に対し、一八一万一五一一円及びこれに対する平成二一年四月二七日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求(平成二二年一〇月一二日付け訴えの変更申立書により変更)
一 被告は、原告に対し、三五四万一四二七円及びこれに対する平成二一年四月二七日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告は、原告に対し、六二万一〇〇〇円及びこれに対する平成二一年四月二七日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告との労働契約に基づいて介護施設の入居者の介護に従事し、その後解雇されたと主張する原告が、被告に対し、未払賃金三五四万一四二七円及びこれに対する最後の弁済期の翌日である平成二一年四月二七日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律に基づく年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め、さらに、賃金から徴収された金員について不当利得に基づき六二万一〇〇〇円及びこれに対する前同日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による利息の支払を求めた事案である。
一 前提事実(証拠を明示した部分以外は「当事者間に争いがない事実」ないし「当事者が争うことを明らかにしない事実」)及び関係法令
(1) 当事者
被告は、要介護者、高齢者等の入浴、排せつ、食事その他の日常生活における介護サービス及び家事サービスの提供、労働者派遣事業、有料職業紹介事業等を目的とする会社である。
原告は、被告の紹介に基づき、平成一八年一二月六日から平成二一年三月五日まで、東京都羽村市所在の介護施設(平成四年ないし一〇年頃の名称は「a1」、平成二二年一一月以降の名称は「介護付有料老人ホームa」、以下「a老人ホーム」という。甲二六の一ないし八、二七ないし二九、乙二二)の居室で、本件要介護者(平成四年八月二六日付け入居契約書[甲二八]及び平成二二年一一月一日付け有料老人ホーム入居契約書[甲二七]の作成者であって、各契約書に入居者として記載されている者をいう。)の身の回りの世話を行っていた。
a老人ホームの運営主体は、当初の株式会社bから、平成一九年九月頃に株式会社cへ、平成二〇年一一月頃までには株式会社dとなり、さらに、平成二二年一一月頃までに株式会社eとなった(甲二の一九・二〇、二七、乙九、一八の一、二二、以下、a老人ホーム及びその運営主体を併せて「a老人ホーム」という。)。
(2) 賃金の支払、会費の徴収
ア 原告は、二四時間(一日)当たり一万一七〇〇円の賃金の支払を受けていた。
賃金は、平成一九年一〇月頃まで毎月一一日及び二六日の月二回支払われていたが、同年一一月頃から月一回の支払となり、同月以降平成二〇年五月頃までは概ね毎月一〇日締め二六日払い、同年六月以降は毎月末日締め翌月二六日払いとなった(甲二の三ないし三七)。原告は、上記のとおり、平成二一年三月五日まで本件要介護者の身の回りの世話を行っていたところ、同月分の賃金は、同月一日から五日までの五日分と三時間分が支払われた。
イ 原告は、被告に対し、平成一八年一二月から平成二一年三月まで、月額二万三〇〇〇円の会費を支払った(甲六の一ないし二四)。
(3) 関係法令
ア 職業安定法三二条の三の定め
有料職業紹介事業者は、厚生労働省令で定める手数料(一項一号)又はあらかじめ厚生労働大臣に届け出た手数料表で定める手数料(同項二号)を徴収する場合を除き、職業紹介に関し、いかなる名義でも、実費その他の手数料又は報酬を受けてはならない(同項本文)。また、有料職業紹介事業者は、上記一項の規定にかかわらず、厚生労働省令で定めるときを除き、求職者から手数料を徴収してはならない(二項)。
イ 介護保険法(平成一二年四月一日施行)の定め
(ア) 介護保険は、被保険者の要介護状態等に関し、必要な保険給付を行うものであり、市町村が行う(二条一項、三条、七条一項)。
保険給付のうち、被保険者の要介護状態に関する保険給付を介護給付という(一八条一号)。市町村は、要介護認定を受けた者のうち居宅において介護を受けるものが、都道府県知事が指定する者から当該指定に係る居宅サービス事業を行う事業所により行われる居宅サービスを受けたときは、介護給付を行う(四〇条一号、四一条)。
(イ) 特定施設入居者生活介護とは、有料老人ホーム等に入居している要介護者について、当該特定施設が提供するサービスの内容、これを担当する者、当該要介護者の健康上及び生活上の問題点及び解決すべき課題、提供するサービスの目標及びその達成時期並びにサービスを提供する上での留意事項を定めた計画に基づき行われる入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話であって厚生労働省令で定めるもの、機能訓練及び療養上の世話をいい、居宅サービスの一つである(八条一項、一一項、同法施行規則一六条)。
二 争点と当事者の主張
(1) 労働契約の成否について
(原告の主張)
ア 原告は、平成一八年一二月二日、被告との間で、原告が住み込みの介護ヘルパーとして、被告の指定する要介護者を介護し、被告が一日当たり一万一七〇〇円を支払う旨の期間の定めのない労働契約を締結した(以下「本件労働契約」という。)。
イ(ア) 被告は、原告に対し、仕事を紹介したにすぎない旨主張し、本件労働契約の成立を否認する。しかし、原告は、被告による面接と研修を経て、被告が指定したa老人ホームの本件要介護者の居室で介護業務に従事しており、被告の就業先の紹介ないし指示、変更等を拒否できなかったこと、原告の介護は、本件要介護者の指示や要望に従い行われていたが、被告は、原告に対し、介護サービスの提供に係る一般的な遵守事項を厳格に指示しており、原告の休暇取得には被告の許可が必要とされていたこと、被告は、平成一九年一一月以降、原告へ賃金を直接支払って実質的な給与明細書である納品書を原告に交付し(甲二の二二ないし三七)、それ以前は、被告の委託を受けたa老人ホームが原告に対して賃金を支払い、納品書を交付していたこと(甲二の三ないし二一)、原告の賃金から源泉徴収税額相当が控除された月もあったこと、本件要介護者が原告に対して賃金の支払をしたことはなく、原告が本件要介護者宛ての領収書(乙二の一ないし六)に押印した事実はないこと、仮に、被告が家政婦の仕事の職業紹介をしたにすぎず、原告の使用者が本件要介護者であるとすれば、原告への賃金の支払は直接払いの原則に反する上、会費の徴収も、後記争点(3)のとおり職業安定法三二条の三第二項に違反することになり不合理であることからすれば、被告による仕事の紹介は職業安定法上の職業紹介に該当せず、原告は、被告に使用されて本件要介護者の居室で労働に従事し、被告がそれに対して賃金を支払っていたのであって、原告と被告との間に少なくとも黙示の本件労働契約が成立していたことは明らかである。
(イ) 被告が労働者派遣事業の認可を受けていること、本件要介護者に対する介護の内容は、a老人ホームの施設サービス計画書(甲七の一・二、三一の一・二、三二、これらを併せて以下「本件サービス計画書」という。)で定められており、原告は本件サービス計画書に従って本件要介護者に対する介護を行っていたこと、株式会社b及び株式会社c作成名義の納品書(甲二の三ないし二一)に「ヘルパー派遣料」と明記されていることなどを考慮すると、被告は、原告をa老人ホームに派遣し、a老人ホームの指揮命令を受けてa老人ホームのために労働に従事させ、それに対して賃金を支払っていたともいえる。
(被告の主張)
ア 住み込み・二四時間勤務のヘルパーの仕事は労働基準法三二条に違反するため、有料職業紹介事業を営む会社である被告が住み込みの仕事を希望する求人者に対して行う職業紹介は、ヘルパーではなく家政婦の仕事の紹介であるところ、被告は、原告が住み込みの仕事の紹介を求めてきたことから、家政婦の仕事を内容とする本件要介護者との労働契約の成立のあっせんをし、本件要介護者から紹介手数料の支払を受けていたものである。
イ 被告が、誓約書(甲一)を提出させたり、理念、接遇、心構え、介護職のキーワード、交替依頼時の遵守事項、贈与等の禁止の理由、ヘルパーさんに注意と題する各書面(甲五の一ないし七)を配布したのは、家政婦と紹介先とのトラブルを防止する目的であるから、これらは、被告の原告に対する指揮命令があったことの根拠にならない。
本件要介護者が原告の賃金を支払い、原告も本件要介護者宛ての領収書に押印しているのであって(なお、原告の署名部分の記載は被告職員によるものであるが、印影は、支払の都度、原告において自ら押印して顕出したものである。乙二の一ないし六)、被告は本件要介護者の支払を代行していたにすぎない。被告は源泉徴収義務者にも当たらず、税務署の指導により原告から源泉徴収税額相当を預かっていたが、翌月には返還している。
ウ 以上のとおり、原告は、本件要介護者に使用されて家政婦として労働に従事し、本件要介護者が原告に賃金を支払っていたのであり、被告と原告との間に労働契約は成立していない。
(2) 未払い賃金の有無、本件労働契約と労働基準法一一六条二項について
(原告の主張)
ア 原告は、平成二一年三月五日、被告により解雇された(以下「本件解雇」という。)が、同解雇は無効であるところ、他の勤め先にて同月二〇日より勤務することになったので、被告から同月六日から一九日までの賃金の支払を受ける権利を有する。
被告が原告に対し、本件解雇後、別の入居者の居室での勤務を紹介した旨の被告の後記主張は否認する。
イ 原告の勤務日の労働時間は、いずれも二四時間であり、最低賃金法に基づく「東京都最低賃金金額改正一覧」(甲一〇)を基に計算すると、原告の被告に対する未払賃金請求権は、三五四万一四二七円となる(別紙一)。
なお、要介護認定を受けていた本件要介護者の身の回りの世話は必然的に介護を伴うものであること、原告も介護ヘルパー二級の資格を有することを前提として被告に採用されたことからすると、原告の従事した業務は家事の範囲を超えるものであったというべきであり、原告は、労働基準法の適用除外の対象となる家事使用人(同法一一六条二項)には当たらない。
(被告の主張)
争う。原告と被告との間に労働契約は存在しないのであるから、被告による原告の解雇は問題にならない。なお、原告については、「断りなく外出する。」「本件要介護者の居室にいないことが多い。」「常に一階で電話をかけている。」「交替の際の引継ぎについてうまくいかない。」などの苦情が出るようになり、被告は、原告の紹介先を変更するため、原告に本件要介護者の居室から出てもらい、次の住み込みの仕事を紹介したところ、原告はこれを拒否したものである。
(3) 会費の徴収と不当利得の成否について
(原告の主張)
被告は、平成一八年一二月から平成二一年三月まで合計二七回にわたり、会費として毎月二万三〇〇〇円を徴収してきたが、これは、原告に対する説明のないまま行われたものである上、職業安定法三二条の三第二項に違反し、法律上の原因を欠くものである。
よって、原告は、被告に対し、六二万一〇〇〇円の不当利得返還請求権を有する。
(被告の主張)
不当利得の主張は争う。会費は、原告と被告との合意に基づき徴収したものである。会費の内訳は、①入居者のいる施設の共用部分(風呂、調理機器、洗濯機等)を利用する費用、②賠償保険の保険料、③紹介の伴う被告の事務費、苦情対応の費用等である。
なお、職業安定法三二条の三は、職業紹介に対する対価を規制するものであって、被告が徴収した実費は、同条の規制を受けない。
第三当裁判所の判断
一 前提事実、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる(必要に応じて証拠を挙示する。)。
(1) 就業開始の経緯
ア 原告は、被告の求人広告に応募し、平成一八年一二月二日に被告代表者による面接を受け、その際、履歴書を提出し、介護ヘルパー二級の資格証を提示したところ、被告から、住み込みの介護の仕事であり、日給一万一七〇〇円である旨の説明を受け、これを承諾した(甲三の一、一九、乙二七)。
原告は、その後、被告から衛生管理などについて簡単な研修を受け、a老人ホームの本件要介護者の居室で働くことを伝えられ、同月五日、被告代表者とともにa老人ホームに赴いて本件要介護者の紹介を受け、同人の居室において住み込みでの就業を開始した(甲二の三、一九、乙一三及び弁論の全趣旨。なお、a老人ホームでは、正社員を「寮母」、被告の紹介で就業を開始した者を「ヘルパー」と呼んでいた。乙二五、被告代表者)。
イ 原告は、上記面接の際、被告の配置換えの指示に従う旨、就労条件等について紹介先と直接交渉しない旨、紹介先の状況の変化や離着任の際の被告への連絡を密に行う旨及び紹介先からの仕事の継続依頼は被告に相談の上判断する旨、これらに違反した場合には即刻職場を離れる旨の誓約書(甲一)を被告に提出した。
また、被告は、原告が就業を開始した頃、原告に対し、被告の理念、基本方針を記載した「事業計画」と題する書面(甲五の一)、利用者に対する接遇についての考え方を記載した「接遇」と題する書面(同二)、「介護サービス実施上の心構え」と題する書面(同三)、「介護職のキーワード」と題する書面(同四)、交替した介護員の批評を行わない旨、批評がある場合には被告に申し出る旨などを指示した「交替依頼時に守ること」と題する書面(同五)、「御客様に物品金銭の贈与等の禁止の理由」と題する書面(ヘルパーは法人の一員[職員]であることを前提とした記載がある。同六)及び被告が定める就労日時外にa老人ホームへの出入りを禁止する「ヘルパーさんに注意」(同七)と題する書面をそれぞれ交付した。
以上の指示、規定に対し、ヘルパーは、担当する入居者の指定・変更、就業の停止など業務に関する被告の指示を拒否することは認められていなかった。
(2) 賃金の支払等
ア(ア) 本件要介護者は、原告に対して賃金を直接手渡すことはなく、賃金及び職業安定法三二条の三第一項二号に定める手数料(以下、単に「手数料」という。乙一六、一七)の合計相当の金額(以下「利用料」という。)を、当初は被告から委託を受けたa老人ホームに、遅くとも平成二〇年八月以降は直接被告に(乙一〇)渡していた。a老人ホームは、平成一八年一二月から平成一九年一〇月まで、本件要介護者から受領した利用料から、被告に手数料を支払い、原告にa老人ホームの事務所で賃金を渡していたが(甲二の三ないし二一)、同年一一月以降、本件要介護者から受領した利用料全額を被告に送金した上、被告が原告に賃金を渡すようになった(甲二の二二ないし三七、乙二五)。そして、被告は、遅くとも平成二〇年八月以降、上記のとおり本件要介護者から被告の預金口座に入金された利用料から、原告に賃金を渡していた。
以上の手続は、本件要介護者以外のa老人ホームの入居者が支払うヘルパー利用料及び原告以外のヘルパーの賃金について、同様に行われていた(甲四〇、乙二五、証人B及び被告代表者)。
(イ) 被告は、賃金に関して、原告に対し、「給料の支払は毎月二六日となります。Y社」との記載がある「給料支払のお知らせ」と題する書面を交付していた(甲二の一)。
(ウ) 原告がa老人ホームより平成一八年一二月から平成一九年一〇月まで賃金とともに受領していた「納品書」と題する書面には、「ヘルパー派遣料」との記載があった(甲二の三ないし二一)。
イ 被告は、平成一八年一二月から平成一九年一〇月まで及び平成二一年一月から同年三月まで、原告へ渡す賃金から、源泉徴収税額とされる金額を預り金として差し引いていた(甲二の二ないし二四、同三五、三六)。被告は、平成二一年一月からの上記差引きの開始に当たり、原告に対し、「源泉徴収は一か月一〇〇、〇〇〇円以上の収入のある人は、税金を支払わなければならないことになっております。そこで平成二一年一月のお給料より税金を引いてお支払しますので、ご了承ください。Y社」との記載のある「源泉について」と題する書面を交付していた(甲二の二)。
なお、被告は、上記預り金の一部を払い戻したが、平成一八年一二月ないし平成一九年三月、同年五月、七月ないし九月、平成二一年一月及び三月の各二六日並びに平成一九年三月、四月及び六月の各一一日の賃金手交時に控除した預り金の払戻しをしなかった(甲二の四・六・八ないし一一・一三・一四・一六・一八・二〇・三五・三六)。
ウ 会費の徴収(前提事実(2)イ)は、毎月二六日、被告の従業員が本件要介護者の居室に赴き、原告から現金を受け取る形で行われていた。
(3) 本件要介護者に係る契約関係
ア 介護に関する契約等
(ア) 本件要介護者は、平成四年八月二六日、a老人ホームと入居契約を締結して同年一二月二四日頃に入居し(甲二八)、平成一二年五月三一日頃までに要介護認定を受け、遅くともそれ以降、a老人ホームによる介護サービスを受けていた(甲七の一、三三、三七、四二ないし四四、a老人ホームが本件要介護者との契約に基づき提供すべき介護サービスで介護給付に係るものを、以下「本件施設介護サービス」という。)。
本件サービス計画書は、a老人ホームの正社員(ケアマネージャー又はケアワーカー)が作成し(甲二六の六・七)、本件要介護者に提供するサービスの内容、その担当者、本件要介護者の生活全般の解決すべき課題と目標、援助の目標期間、リハビリ等に関する留意事項等(介護保険法八条一一項、同法施行規則一六条参照)を定めているところ、平成一九年一〇月九日付け施設サービス計画書には、①入浴日に合わせてのパウチの交換、②パック内の便やガスの排出、③移乗や移動等、日常生活動作を促す声掛け、④負担にならない程度の会話、⑤ホームの行事参加や散歩等も声掛けや促しを行う旨、その担当者はいずれもヘルパー及び寮母である旨、寮母が担当する日課計画表の共通サービスとして、朝食、昼食、夕食及び巡回(身辺介助)を行う旨、ヘルパーが担当する同表の個別サービスとして、起床介助、朝食、リハビリ等、昼食、おやつ・散歩等、夕食、就寝介助を行う旨記載されていたが(甲七の一・二、三二)、平成二〇年六月一日付け施設サービス計画書では、被告の担当が、日常動作等の促しや声掛け、会話、おやつ・散歩等だけとなり、介護を含まない記載となった(甲三一の二)。なお、本件サービス計画書のいずれにおいても、随時実施するサービスとして、陰部洗浄の実施、投薬管理、病院付添い、小口現金管理、薬授受、洗濯、居室清掃が記載されていたが、その担当者については明記されていなかった。
(イ) 本件要介護者とa老人ホームは、原告の就業終了後の平成二二年一一月一日、入居契約(甲二七)とともに特定施設入居者生活介護等利用契約を締結した(甲三〇)。
同利用契約では、a老人ホームが、本件要介護者に対し、施設サービス計画に従い特定施設入居者介護サービスを提供するものとし、具体的には、入浴、排せつ、食事等の介護、その他の日常生活上の世話、並びに機能訓練及び療養上の世話を行うものとされていた(四条)が、「管理費及び保険給付対象に含まれるサービス」に買物付添いなどの外出介助、金銭・おやつの管理などは含まれず、別料金を要するものとされていた(甲二九)。
イ 介護以外のヘルパー業務に関する契約等
(ア) a老人ホームの入居者は、本件施設介護サービスとは別に、自分一人を担当するヘルパーに身の回りの世話をしてもらうサービス(以下「ヘルパーサービス」という。)を利用でき、被告は、a老人ホームの入居者からヘルパーサービス利用の申出があると、a老人ホームないし当該入居者にヘルパーを紹介することになっていた(甲二七・四〇条、甲二八・五条、乙一九、二五、被告代表者)。
そこで、被告は、本件要介護者がヘルパーサービス利用を申し出たところ、原告をヘルパーとして紹介した。
(イ) 原告は、住み込み開始に際してはもとより、その後も本件要介護者との間で契約書の作成、契約に関する交渉等を行ったことはなかった。
原告及び本件要介護者に係る平成二〇年六月二二日付けケア・ワーカー雇用契約書(労働条件明示書)は、被告が作成し、本件要介護者に交付したものであるところ、そこでは業務内容として介護が選択され、家事一般は選択されておらず、勤務時間及び勤務日について「勤務時間九時〇〇分から一七時〇〇分まで 時間外一七:〇〇~二一:〇〇」「勤務日毎日」、賃金について「日給一一、七〇〇円 基本給七、九七〇 時間外三、七三〇」と記載されていた(乙一)。
(4) 本件要介護者の身の回りの世話
ア 本件要介護者は、脳出血後遺症の右片まひなどのため、遅くとも平成一八年三月一六日頃、自力歩行は杖を使用しても不安定で、転倒の可能性が高く、長距離の移動には車椅子を要し、入浴の際、更衣等について部分介助が必要な状態で、同年八月三一日頃に要介護4の認定を受け、さらにその頃、直腸がんの手術を受けて人工肛門が造設されるなどして、ADL(Activ-ities of Daily Living:日常生活動作)の著しい低下がみられた。そして、本件要介護者は、平成二〇年五月頃、移動に車椅子を要し、寝返りができず、終日おむつ着用、ストーマによる排せつ処理、食事に常時部分介助、入浴に全介助を要する状態であり、平成二三年三月一七日までに要介護5の認定を受けた(甲七の一、三一の一、三五の一・二、四二)。
イ(ア) a老人ホームは、原告に「一人付きヘルパーの仕事について」(甲二三、乙二六の二)と題する書面を交付し、不明な点はケースワーカー、寮母主任、看護師に相談すること、ヘルパーが入居者等と個人的に交渉しないこと、ヘルパーと入居者及びその家族との交渉はa老人ホームが窓口になること、入居者及びその家族からの金品の授受は一切行わないこと、食事、排せつ、入浴の介助のやり方、診療所受診の際a老人ホームの職員の一人として恥ずかしくない対応をすること、食事の度に口腔ケアを行うこと、清掃や洗濯など家事の行い方、おやつの購入など小遣いの管理、施設内外の散歩を促すこと、午前五時に起床してタイムカードを押すこと、介護等の記録を提出すること、休憩の取り方など、ヘルパー業務全般に関する指示・注意を行っていた。
被告は、a老人ホームから同書面を受領し、その内容を認識していた(乙二五、二六の二、被告代表者)。
原告は、a老人ホームの制服着用(甲二五)などの上記指示に従い、概ね次の(イ)のとおり、本件サービス計画書に沿って本件要介護者に対する介護業務に従事し、これを個人経過表に記録してa老人ホームに提出していた(甲一九、三四の一、原告本人)。
(イ) 原告は、朝五時三〇分頃に起床してタイムカードに打刻した後、本件要介護者に対し、おむつ・排尿パット交換、顔ふき、口腔ケア、ネブライザーの施行、着替えなどを行い、空き時間に朝食を済ませて、午前七時一五分頃、本件要介護者を食堂に連れて行き、本件要介護者に付きっきりで食事の介助を行った。昼食と夕食は、それぞれ午前一一時二〇分頃及び午後五時一〇分頃にとることになっており、原告は、朝食と同様に介助を行った。原告は、日中、居室においては掃除、洗濯などの家事を行い、要介護者の話し相手となったりおやつを与えたほか、本件要介護者のリハビリや併設診療所の受診に付き添い、車椅子を押して本件要介護者と散歩や近所に買物に行くこともあり(本件介護者のための買物のほか、私用の買物を行うこともあった。原告本人)、加えてこの間、本件要介護者の希望により、おむつ交換を三、四時間ごとに行っていた。本件要介護者は、週二回午前中に入浴しており(甲七の二、乙二六の一)、寮母が洗体や洗髪を行い、原告は、入浴前後のストーマの脱着・更衣、浴室内での移乗の介助などを行っていた。
本件要介護者は、夕食後、おむつ・排尿パット交換、着替え、口腔ケア、ネブライザーの施行等が済むと、午後六時頃にベッドに入ってテレビを見るなどして過ごし、午後九時頃に就寝した。本件要介護者の居室はワンルームタイプの部屋となっており、原告は、本件要介護者のベッドの隣に布団を敷いて就寝し、本件要介護者の就寝後も、定期的作業として午後一一時頃、午前二時頃に排尿パットの交換等を行った。
(ウ) 原告について休憩時間の定めや休憩のための交代要員の手当てはなかった。原告は、洗濯、買物等本件要介護者のための用事や私用で本件要介護者の居室を一時的に離れることができたが、本件要介護者の就寝後も、上記排尿パット交換等のため居室に待機していなければならず、住み込みのため同室とはいえ、就寝可能になるのは午前二時頃の作業完了後であった。
原告が休日を取るには、まず休暇取得希望日を被告に打診し(乙一二)、被告の許可を得た後、本件要介護者に休暇取得の報告をすることが義務付けられていた。
ウ 原告と本件要介護者との関係は格別問題なく、a老人ホームも、原告と本件要介護者との関係を良好であると認識していた(甲三五の一、弁論の全趣旨)。
エ a老人ホームの寮母は、本件要介護者について、ケアプラン(本件サービス計画をいう。甲二六の七、弁論の全趣旨)の実施チェックや声掛けをし、様子を施設介護経過として記録するなどしていたが、本件要介護者に対する具体的な介護作業は行わなかった(甲三六、三七、原告本人)。
(5) 原告の労働の終了
原告は、平成二一年三月二日、被告から、本件要介護者のヘルパーから外す旨、同月五日までに本件要介護者の居室を退去するよう指示され、同日、同居室を退去したが、以後、新たな就業場所の指定はなかった。原告は、上記指示に納得できなかったが、被告によって解雇されたものと判断し、同月二〇日、新たな勤務先でヘルパーの仕事を始めた。
二 本件労働契約の成否について
原告は、被告との間の本件労働契約の成立を主張するのに対し、被告は、原告と本件要介護者との間の家政婦の仕事を内容とする労働契約の成立をあっせんし、紹介手数料の支払を受けていたにすぎない旨主張するので検討する。
労働契約は、労働者が使用者に対し使用されて労働し(指揮命令に服した労務提供)、使用者がこれに対して賃金を支払うこと(労務提供に対する賃金支払)により成立するものであり、その成否については、契約の形式にかかわらず、実質的な使用従属関係の有無及び賃金支払の在り方等を踏まえ、当事者の合理的意思を探求して判断すべきである。
(1) 使用従属関係ないし指揮命令関係
ア 被告と原告
前記一(1)、同(4)イ、同(5)及び被告代表者の尋問の結果によると、平成一八年一二月二日、被告が原告に対する面接を行い、履歴書やヘルパー二級の資格証を確認するなどした上、原告に対し、本件要介護者との直接交渉をしない旨、就業場所の指定・変更(配置換え)の指示に従う旨、本件要介護者からの仕事の継続依頼は被告に相談する旨などを誓約させて、同月五日、本件要介護者の居室での仕事を紹介し、原告が就業を開始したこと、被告が原告に対し、a老人ホームで就業する際の行儀作法の指導のため、介護に関する注意事項や被告指定の日時以外のa老人ホームへの立入りの禁止などを指示した書面を多数交付していたこと、原告は休暇取得に際して事前に被告に申し出るものとされていたこと、原告らヘルパーは、担当する入居者の指定・変更、就業の停止など業務に関する被告の指示を拒否できなかったこと、原告は、被告の指示により、本件要介護者の居室での労働を終了したことが認められ、これらの事実によると、被告は、原告に対して仕事を紹介するか、当該紹介に係る仕事を継続させるか否か等を決定できたのであって、原告は、被告の仕事の紹介・依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由がなく、本件要介護者への紹介がなされた後も被告の指示・命令に服する地位にあり、被告の指示の下で本件要介護者の居室で労働に従事していたというべきである。
イ a老人ホームと原告
前記一(3)ア、同(4)アないしウ、証人Bの証言、被告代表者及び原告本人の各尋問の結果によると、原告は、要介護度4と認定されていた本件要介護者に対し、本件サービス計画書に従い、日常家事や健康管理に加え、食事介護、排せつ介助、おむつ交換、入浴介助など起床から就寝後までの介護を含む身の回りの世話をほぼ一人で行ったこと、寮母は、入浴の介助、毎日の声掛け等以外に具体的な介護を行うことがなかったこと、本件要介護者の心身の状態は、原告が本件要介護者の居室での労働に従事していた期間に明らかな改善はなく、原告の本件要介護者に対する介護内容も変化がなかったこと、a老人ホームは原告に対し、介護のやり方などヘルパー業務全般に関して指示・注意を行い、原告は、制服を着用の上、タイムカードの打刻、上記のとおりの身の回りの世話の実施、個人経過表の記録・提出など上記指示・注意を遵守し、労働に従事したことが認められ、これらの事実によると、原告は、a老人ホームでの労働に従事している間、a老人ホームの指示を遵守しながら、本件要介護者に対して本件施設介護サービス及びヘルパーサービスを提供し、a老人ホームの指揮命令の下で労働に従事していたというべきである。
ウ 本件要介護者と原告
前提事実(3)、前記一(3)、同(4)及び乙第一九号証によると、本件施設介護サービスは、介護保険法施行後の平成一二年五月三一日ころから介護給付に係る介護サービスに、平成二〇年六月一日以降は特定施設入居者生活介護に該当し、本件サービス計画書も介護保険法八条一一項の計画に該当するといえ、a老人ホームが指定居宅サービス事業者として提供する性質のものと認めるのが相当であるところ、ヘルパーサービスは、前記一(3)イのとおり本件施設介護サービスでは提供されない家事サービス等を内容とするものであるが、両サービスは併せて入居者の身の回りの世話全般を行うものとして密接な関係にあり、実際にも原告が一人で事実上担当していたことに照らすと、本件要介護者に対する両サービスは実質的に一体のサービスであったというべきである。そうすると、原告が両サービスを提供する債務の主体であったと認めることは困難であり、被告代表者も原告をa老人ホームの一員(職員)として介護業務に従事しているものと認識していたこと(甲五の六、被告代表者尋問の結果)を考慮すると、原告は、本件要介護者とは契約関係になく、a老人ホームの指揮命令を受ける立場にあって、本件要介護者は、上記のとおりa老人ホームの指揮命令の下で原告が提供する本件施設介護サービス及びヘルパーサービスの利用者にすぎなかったと解するのが相当である。
エ 上記アないしウの認定・説示に加え、前記一(2)アのとおり、a老人ホームが平成一九年一〇月まで原告に交付していた納品書には「ヘルパー派遣料」と記載されていたこと(同時点の前後で原告の就労形態に変化はない。)、上記ウのとおり、被告は、原告がa老人ホームの指揮命令を受けて労働に従事していることを認識していたことを総合すると、原告の労働に係る指揮命令関係は、被告が自己と実質的な使用従属関係にある原告を、a老人ホームの指揮命令の下に置き、a老人ホームのために労働に従事させるものであったと認めるのが相当である。
これに対し、前記一(1)、同(2)ア、同(3)、乙第一九号証によると、原告は、被告の紹介により就業を開始したこと、被告が本件要介護者から手数料を徴収していたこと、a老人ホームでは、本件施設介護サービスとヘルパーサービスが、申込み、料金、サービス内容、本件サービス計画書における担当者などで区別されていることが窺われるなど、被告の紹介が職業紹介に当たる旨の被告の主張に符合する事実が認められるが、上記アないしウの原告に対する指揮命令及び原告の労働の実態に照らすと、職業紹介にすぎなかったとはいえず、これらの事実は上記判断を左右するものではない(なお、被告は、職業安定法三二条の三第一項二号の届出[前提事実(3)ア]及びそれに基づく手数料の徴収をしている裏付けとして、乙第一七号証の手数料表を提出する。しかし、手数料表には厚生労働省その他監督官庁の受理印が存在しない上、その内容が原告に支払われた賃金の五〇%相当の手数料を原告の就職後一年間本件要介護者から支払を受けることを可能とするものであるが、乙第一六号証によると、被告は、原告が実質的に継続して就労していた平成一八年一二月から平成二一年三月まで、被告自身が作成した上記手数料表記載の一年間を大幅に超えて、手数料を取得していたことが認められるから、手数料徴収がそもそも上記手数料表に基づきなされていたことも疑わしいのであって、この点においても、被告の主張・立証は上記判断に影響し得ないものである。)。
(2) 賃金の支払
前記一(1)イ、同(2)ア、同(4)イによれば、被告及びa老人ホームが原告に本件要介護者からの金品の受取りを禁止していたこと、本件要介護者は、賃金を原告に渡したことはなく、当初は被告から委託を受けたa老人ホームに、遅くとも平成二〇年八月以降は直接被告に利用料を渡していたこと、原告は、平成一九年一〇月まではa老人ホームから、同年一一月以降は被告から、賃金を手渡されていたこと、本件要介護者以外の入居者及び原告以外のヘルパーらに係るヘルパーサービスの利用についても、本件要介護者及び原告と同様の手続による利用料の徴収及び賃金の交付が行われていたことが認められ、これらの事実によると、本件要介護者が支払う利用料は被告又はその委託を受けたa老人ホームが管理しており、原告が利用料について関与する余地はなかったというべきである。また、前提事実一(2)ア、前記一(2)イ、同二(1)によれば、被告は、自己の指示・命令に服する原告を、当該権限に基づき、a老人ホームの指揮命令を受けてa老人ホームのために労働に従事させた上、上記のとおり原告に賃金を渡していたほか、源泉徴収制度につき説明した上、源泉徴収税額とされる金額を預り金として預かり、その一部を返還しないなど賃金の支払義務者であることを前提とする対応をしていたことも認められる。加えて、そもそも賃金は使用者が労働者に対し直接支払わなければならず(直接払いの原則、労働基準法二四条一項)、甲第二四号証によれば、職業紹介事業を営む事業者の団体が作成した手引きにおいても、職業紹介をした場合、求人者たる使用者の求職者に対する賃金の直接支払の義務を定め、紹介事業者による賃金の支払代行を禁止していることが認められる。
以上によると、被告が、原告に対し、原告の労働の対価である賃金を支払っていたと認めるのが相当であって、本件要介護者は、本件施設介護サービスの利用者という立場で原告の労務提供を受領し、利用料を被告又はその委託を受けたa老人ホームに支払い、その利用料が原告の賃金の原資となっていたにすぎないものというべきである。
(3) 本件労働契約の成立
前提事実、上記(1)、(2)の認定・説示によれば、原告と被告との間には使用従属関係があり、被告は、原告に指示して、a老人ホームの指揮命令を受けて、a老人ホームのために本件要介護者の介護業務に従事させ、その対価として就業時間二四時間(後記四(1)のとおり、労働時間及び休憩時間の合計である。)当たり一万一七〇〇円の賃金を支払っていたということができるから、原告と被告は、平成一八年一二月二日、本件労働契約を締結したものと解するのが当事者の合理的意思解釈に合致するというべきである。
この点について、まず、被告代表者の尋問中には、介護給付に係る介護業務を行うヘルパーを雇用する場合は、労働条件通知書(労働契約書・乙一四)を使用するが、原告は住み込みの家政婦の仕事を求めてきたので、ケア・ワーカー雇用契約書(労働条件明示書・乙一)を使用した旨の供述部分がある。しかし、原告と被告との間に使用従属関係が認められることは上記のとおりであるほか、上記労働条件通知書(労働契約書)は本件訴訟係属後の平成二三年四月一日作成のものであり、原告が就業を開始した平成一八年一二月当時、従業員を雇用するに際して被告が同様の書式を使用していたことを認めるに足りる証拠はないこと、上記ケア・ワーカー雇用契約書(労働条件明示書)のケア・ワーカー(家政婦)欄の原告の氏名を記載したのは被告代表者であり(被告代表者尋問の結果)、原告がその作成に同意したことはもとより、その交付を受けたこともないこと(甲一九)からすれば、上記供述部分は直ちに信用できず、契約書の形式等から直ちに本件労働契約の成立を否定することはできない。
次に、被告は、原告が本件要介護者宛ての領収証(乙二の一ないし六)に押印した旨、源泉徴収相当額を徴収したのは税務署の指導による旨を主張し、乙第二四号証及び被告代表者尋問の結果中にもこれに沿う部分がある。しかし、上記領収証記載の原告氏名が原告の自署によるものでないことは当事者間に争いがなく、印影部分も原告の印章により顕出されたものであることを認めるに足りる証拠はないこと、上記税務署の指導による旨の弁解もこれを窺わせる資料がないことなどからすれば、上記主張も直ちに採用することができない。
(4) 以上によれば、原告と被告との間には、本件労働契約が成立していたというべきである。
三 本件解雇の有無と未払賃金債権の有無について
前記一(5)のとおり、被告は、原告に対し、平成二一年三月二日、格別の事情を示すことなく、本件介護者の居室における介護業務の担当から外す旨通告し、同月五日までの同居室からの退去を指示したものであり、原告が同日限りで本件要介護者の居室における就業を終了したのは、被告の指示によるものであること、その後、被告が原告に対し、新たな要介護者の下での就労を指示しなかったことに照らすと、被告は、同日、原告に対して、本件労働契約に係る解雇の意思表示をしたと認めるのが相当である(本件解雇)。
そして、被告は、同解雇につき客観的に合理的な理由があること及び社会通念上相当であることを何ら主張・立証せず、証拠上も本件解雇につき客観的な合理的理由があり、かつ、社会通念上も解雇が相当であることを基礎付ける事情を認め難いから、同解雇は無効であって、原告は、本件労働契約に基づき、本件解雇の翌日である同月六日から他の勤務先で仕事を始めた日(原告が本件解雇を承認した日に該当する。)の前日である同月一九日までの賃金の支払請求権を有するというべきである。
四 労働時間及び未払賃金の算定
(1) 労働日数及び労働時間
ア 甲第二号証の二七ないし三七によると、平成二〇年三月一一日から同年五月一〇日までの期間及び同年六月一日から平成二一年三月五日までの期間の労働日数は、別紙一の原告主張のとおりであることが認められる。
なお、原告は、平成二〇年六月二六日支払分の賃金の対象が同年五月一日から同月三一日までの間における二三日分であると主張するものと解されるところ(甲四)、甲第二号証の二八によると、上記期間のうち同月一日から一〇日までの労働は同年五月二六日支払分の賃金に含まれていたことが明らかであることから、同年六月二六日支払分の賃金は、同年五月一一日から同月三一日までの期間の労働に対する賃金であり、この間の労働日数は、別紙二の支払月(勤務日)欄記載のとおり一三日間を下らないと認めるのが相当である。
イ 前記一(4)イ、同ウの事実及び弁論の全趣旨によると、原告は、住み込みのヘルパーとして本件要介護者の部屋において起居を共にし、介護業務を行っていたこと、a老人ホームは、原告に対し、午前五時の起床を義務付けていたが、原告は、多くの場合、午前五時三〇分頃に起床してタイムカードを打刻し、介護業務に着手していたこと、原告は、食事時間、電話のほか、近所に買物に出掛けたり(車椅子を押して本件要介護者と散歩に出かけた際に買物をすることもあった。)、本件要介護者が就寝した午後九時頃から午後一〇時頃までの時間帯にa老人ホームの風呂で入浴していたが、本件要介護者に対する介護や付添いから完全に離れる自由時間は、平均して一時間程度であったと推認されること、原告は、午後一〇時以降、本件要介護者の脇で仮眠を取りながら、午後一一時頃と午前二時頃をめど(午前二時を回る時間帯になることもあったが、それは原告の裁量によるものと解される。)に排尿パットの交換等を行った上、午前五時半頃まで就寝していたことが認められ、これらの事実と、最終の排尿パットの交換等の終了から午前五時三〇分頃までについては、定期的な排尿パットの交換等が予定されておらず、現に原告が介護作業を具体的に行った形跡もほとんどないこと(甲三四の一・二)を考慮すると、原告は午前五時から午後一〇時までの時間帯においては、平均一六時間の介護業務に従事し、午後一〇時から午前五時までの深夜業務時間帯においては、平均四時間の介護業務に従事したものと認めるのが相当である。
そうすると、原告の労働時間は、法定労働時間の八時間と、深夜労働四時間を含む時間外労働一二時間の合計二〇時間であったというべきである(なお、被告の許可を得て休暇を取得した場合を除き、休憩時間を含む就業時間は二四時間であったと認められる。)。
(2) 未払賃金
ア 原告は、当時の最低賃金を前提とする未払賃金の支払を求める。
(ア) 平成二〇年三月一一日から平成二一年三月五日まで
甲第一〇号証によると、原告が本件要介護者の居室での労働に従事していた期間のうち、平成二〇年四月から同年九月までの期間の最低賃金は七三九円、同年一〇月から平成二一年三月までの期間の最低賃金は七六六円であることが認められ、これに基づき、上記(1)の労働時間に応じた上記期間の未払割増賃金(当該期間中は当月末日締め翌二六日払い[前提事実(2)ア]。ただし、当該期間のうち、甲第二号証の二七ないし三七において原告が二四時間就業したとされる日の労働時間に係る割増賃金であって、労働基準法三二条二項を超える時間の労働及び深夜労働に係るもの。)を算定すると、別紙二のとおり一七二万五七一九円となる。
(イ) 平成二一年三月六日から同月一九日まで
前記一(1)ア、同(3)イのとおり、原告は被告から本件労働契約の賃金について日給一万一七〇〇円である旨の説明を受けていること、ケア・ワーカー雇用契約書(乙一)には日給一万一七〇〇円と記載されていることが認められ、原告本人尋問の中にも、本件労働契約に基づく二四時間当たり一万一七〇〇円の賃金は日給である旨の供述部分があるが、他方、甲第二号証の三ないし三七によると、被告は原告に対し、原告が二四時間就業したとされる日については一万一七〇〇円の賃金を支払い、就業時間が二四時間未満の場合、賃金は一万一七〇〇円を二四で除し、それに就業時間を乗じた額を支給していたことが認められ、これらの事実と弁論の全趣旨(原告は、訴状において時間給であることを自認している。)を総合すると、本件労働契約に基づく賃金は、実質的に時間給であったといわざるを得ないところ、本件労働契約に基づく所定就業時間が一日当たり二四時間であるとか、上記(1)の二〇時間の労働時間が本件労働契約の所定労働時間であったなどとは認め得ないことを併せ考えると、本件解雇がされた日の翌日である平成二一年三月六日から原告が他の勤務先で仕事を始めた日の前日である同月一九日までの賃金は、別紙二のとおり、一日当たり当時の最低賃金法所定の一時間当たりの単価である七六六円に法定労働時間の八時間を乗じた金額である日額六一二八円の一四日分に相当する合計八万五七九二円であるというべきである。
(ウ) 前記三のとおり、原告は被告との労働契約を終了していることから、被告は、原告に対し、賃金の支払の確保等に関する法律に基づき、上記未払賃金について、平成二一年四月二七日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による遅延利息を支払う義務を負うというべきである。
イ なお、被告は、原告に対し、労働基準法の適用がない家政婦の仕事を紹介したことを前提としていることから、原告が労働基準法の適用除外の対象となる「家事使用人」(同法一一六条二項)に該当するかが問題となるところ、入浴、排せつ、食事の介助等を含む要介護者の介護が日常の家事と同様に軽度の労働ということはできないし、原告が従事した労働は、前記一(4)ア、同イのとおり、要介護度4の認定を受けた本件要介護者に、起床から就寝後まで付添い、日常家事や健康管理に加え、食事介護、排せつ介助、おむつ交換、入浴介助などの介護を行うものであって、その労働は決して軽度とはいえず、同法の適用を除外する合理的理由は認められないから、原告は家事使用人には該当せず、本件労働契約には、労働基準法の適用があるというべきである。
五 会費と不当利得について
原告が被告と本件労働契約を締結した際、被告から会費について説明を受けた事実を認めるに足りる証拠はないが、甲第一二、第一九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告代表者から就業開始後に会費の徴収について一応の説明を受けたことが認められ、原告が、その説明がされた後も遅滞なく異論を唱えることもなく会費徴収に応じたことを併せ考えると、原告は、不満ながらも、被告の会費徴収について同意していたというべきである。
そして、乙第一一号証の一ないし三、第一八号証の一ないし六によると、被告がヘルパーらに関する保険に加入して保険料を支払い、またa老人ホームに対し原告の施設利用に伴う光熱水費を支払っていることが認められること、前記二のとおり本件労働契約が成立しており、原告と被告との法律関係につき職業安定法の適用は問題とならないことを考慮すると、被告の会費の徴収は法律上の原因がないとはいえない。
よって、会費の返還請求については理由がない。
六 そのほかの被告の主張及び乙各号証は、上記認定・判断を左右するものではない。
七 以上によれば、原告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村弘 裁判官 大沼和子 安川秀方)
別紙一、二 未払賃金計算表<省略>