東京家庭裁判所 平成11年(家)5543号 審判 1999年8月02日
申立人 X
相手方 Y1 外5名
被相続人 A
主文
本件申立を却下する。
理由
第1申立の趣旨及び実情
1 申立人は、申立の趣旨として「被相続人の遺産の分割を求める。」との審判を求め、その実情として以下のとおり述べた。
(1) 被相続人Aは、平成10年2月6日死亡し、別紙相続人関係図記載のとおり申立人及び相手方らが相続人である。
なお、相手方Y2(以下「相手方Y2」という。)は、戸籍上、B(以下「B」という。)とCとの間の子とされているが、実際にはBとDの間の子であり、現に親子関係存在確認の判定を求めて手続中である模様である。
(2) 被相続人Aの遺産に関しては、相手方Y2、相手方Y3(以下「相手方Y3」という。)、相手方Y4(以下「相手方Y4」という。)が中心となって、相手方Y5(以下「相手方Y5」という。)を除いた相続人との間で、平成10年4月ころ、遺産分割協議書を作成した。しかしながら、この遺産分割協議書には以下の無効原因、すなわち<1>相手方Y5を欠いた一部の相続人だけの協議書であること、<2>相手方Y2は、相手方Y6(以下「相手方Y6」という。)の不在者財産管理人として同協議書に署名捺印しているが、不在者財産管理人として選任されているか不明であるほか、相手方Y2は相続人として署名捺印しているのであるから、不在者財産管理人としての代理行為は利益相反行為であること、以上の次第であるから無効である。
2 したがって、申立人は被相続人の遺産分割を求める。
第2本件審判に至る経緯
1 遺産分割調停の申立から不成立までの手続
(1) 申立人は、平成10年12月15日、東京家庭裁判所に対して、遺産分割の調停を申し立て、同裁判所は同日これを受理した(東京家庭裁判所平成10年(家イ)第×××号)。
(2) 当庁書記官Eは、平成11年1月6日、事情聴取を行い手続選別票を作成し、次いで当庁総括主任調査官Fが手続選別票を作成してダブル・インテークを遂げ、同日担当家事審判官の最終手続選別により、本件を調査官関与・準備的調査に付する旨の選別を行った。準備的調査に付した理由は、相続人確定の点、遺産の範囲と対象の存否(金銭債権の存否)、遺産分割協議書の効力等に関する事実関係の概要を把握するためである。
(3) 家事審判官は、同日、当庁調査官Gに対して準備的調査を下命した。調査官Gは、受命後、関係者と面談し、書類の提出を受けるなどして前記事項について調査を遂げ、平成11年4月26日、調査報告書を作成した。
(4) 相手方Y6は、同年4月28日、当庁に対して「自分は不在者ではなく調停には出頭するから連絡をしてほしい。」旨の連絡をした。
(5) 家事審判官は、本件について、単独で調停委員会を構成する方式により調停手続を進めることとして第1回調停期日を同年6月21日に指定した。
(6) 全当事者は、代理人弁護士ともども、同年6月21日、調停期日に出頭して調停委員会に対して各自の意見を述べた。調停委員会は、事情を聴取し、代理人弁護士の各意見を徴したのち、後記第3記載の理由から取下勧告をしたところ、申立人代理人弁護士はこれを拒んだので、同調停は不成立で終了した。
2 上記遺産分割調停は、全当事者に対して不成立となる旨を告知して通知し審判手続に移行した。
第3家庭裁判所の判断
本件記録中の家庭裁判所調査官G作成の調査報告書、戸籍謄本、戸籍附票、除斥謄本、原戸籍謄本、住民票、審判書謄本、遺産分割協書写し及び調停期日における全当事者の各陳述などによれば、次の事実を認めることができる。
1 遺産分割協議書の作成と分配問題
(1) 被相続人Aは、平成10年2月6日、千葉県勝浦市において死亡し、別紙相続人関係図記載のとおり、被相続人の姉相手方Y1(大正4年○月○日生。以下「相手方Y1」という。)、その妹亡H(平成5年11月23日死亡)の長男代襲相続人相手方Y5(昭和23年○月○日生)、被相続人の妹D(昭和50年2月21日死亡)の長女代襲相続人申立人、長男代襲相続人相手方Y3(昭和28年○月○日生)、代襲相続人相手方Y6(昭和31年○月○日生)、Dの子である代襲相続人相手方Y4(昭和22年○月○日生)がいる。なお、Dの子であるという相手方Y2(昭和21年○月○日生)は、戸籍上Dの子としての記載はない。
(2) 相手方Y2は、平成10年7月23日、相手方Y3が申し立てた不在者財産管理人選任申立事件について、不在者Y6の財産管理人として選任された(横浜家庭裁判所川崎支部平成10年(家)第×××号事件)。相手方Y2は、上記遺産分割協議を締結することについて家庭裁判所から権限外行為の許可審判を受けていない。
平成11年2月5日、横浜家庭裁判所川崎支部は、相手方Y6の申立により上記不在者Y6の財産管理人として相手方Y2を選任した審判を取り消す旨の審判をした(同支部平成11年(家ロ)第××号事件)。
相手方Y6については、その本籍神奈川県川崎市<以下省略>の戸籍の附票記載の住所欄等が平成4年職権で消除されていた。しかしながら、相手方Y6は本件第1回調停期日において「東京都江戸川区<以下省略>に居住していたもので不在者ではなかった。」と述べた。
(3) 相手方Y2は、平成10年4月、預貯金総額7541万0524円に関して分割した内容などを記載した遺産分割協議書を作成して、同書類に相手方Y4、相手方Y1、申立人、相手方Y3、相手方Y6財産管理人(書類上の記載は「相続人Y6財産管理人」である。)相手方Y2、相手方Y2がそれぞれ署名捺印しているが、相手方Y5は同書作成に関与せず署名捺印もない。
同遺産分割協議書によれば、相手方Y1は4500万円、相手方Y4、申立人、相手方Y3、相手方Y6、相手方Y2は各900万円を取得する旨の記載がある(なお、同協議書に記載された遺産の財産目録「17Y2預かり金¥63,000」については、同協議書9項の5には「被相続人A所持現金¥63,000は財産目録に参(ママ)入する。」との記載がある。)。
ところで、平成10年5月、主に相手方Y4は上記遺産分割協議書などを持ち金融機関を回って被相続人の預貯金を引き出して、相手方Y2と共に払戻金を管理していた。相手方Y4は、その後、上記分配額の先取りを求めて相手方Y2と対立し、7月、独断で一部金員の800余万円を払い戻してフィリピンに出国してこれをほとんど費消し9月帰国した。その折成田空港において、相手方Y4は相手方Y3から待ち伏せられたが、言訳をして逃走した。数日後、相手方Y4は成田空港から再びフィリピンに出国しようとしたところ同空港において相手方Y2、相手方Y3、銀行関係者などに捕まり自動車に乗せられて横須賀市の相手方Y2方に連行された。
申立人は、同年8月、相手方Y2から300万円の支払いを受けたが、その後連絡がないので、同相手方に対して、上記遺産分割協議書に基づき分割金残の支払いを求めた。しかし、相手方Y2は、相手方Y4が持ち逃げしたとしてその支払いを拒んだ。
相手方Y6は、平成10年12月、相手方Y2に対して上記遺産分割協議書に基づき分割金の支払いを求めたが、拒まれた。
2 遺産分割協議書の効力
(1) 相手方Y5は相続人であるが、本件遺産分割協議書の協議・作成に与らなかった。
(2) 相手方Y2は、本件遺産分割協議に関して相続人として協議に参画したが、戸籍上、BとCの長男であり、Dの子ではない。
(3) 相手方Y2は、被相続人との親子関係が存在する旨確認訴訟の提起を弁護士に頼んでいたところ、同弁護士が急死したので、今もその訴訟手続を進められていないと述べる。
3 遺産の範囲
(1) 本件第1回調停期日の時点で本件遺産は全部金銭債権として存在する。相続時点においては、当事者らの陳述によれば、全部金銭債権であった模様である。しかし、前示したように現金として一部存在したと窺わせる資料はあるが、明瞭ではない。
(2) 相手方Y2、相手方Y3、相手方Y6は、前示した遺産分割協議書に記載されたほかに、遺産があるが所在は分からないと述べる。
(3) 相手方Y2は、遺産分割協議書に記載された遺産の残存額明細は今は開示したくないと述べる。
4 以上の認定事実によれば、以下<1>ないし<3>のとおり認められる。<1>相手方Y5を除いた当事者6人が合意した遺産分割協議書は、相続人の1人を欠いた合意であるから無効である。<2>相手方Y2は、同協議書に相続人として署名捺印した者達からは相続人であると認められた者であるが、相手方Y6の不在者財産管理人として遺産分割協議書に署名捺印した。相手方Y2の不在者Y6財産管理人として遺産分割協議契約を承諾した行為は利益相反行為にほかならず、また遺産分割協議をするに当たって横浜家庭裁判所川崎支部から権限外行為許可を受けていない点でも無効である。<3>被相続人の遺産は、相続時にいかなる形態で存在したかは必ずしも明らかではないが、現在はすべて金銭債権である。
しかるとき、遺産分割調停から同審判に移行する際、当家庭裁判所が、調停から審判へと続く広義の家事審判手続の運営を前示したように行った理由は、以下のとおりである。
(1) 本件遺産分割協議は無効であると解されるが、その上で、本件遺産分割調停手続上の争点は、相手方Y5について相続人であること、相手方Y2は被相続人の被代襲相続人Dの子でなくCの子であるとの戸籍上の記載があり、本件記録を精査しても、現段階では相手方Y2がDの子であることは認められないことのほか、遺産の範囲は確定していない上、相続時点で存在した遺産の形態(現金、金銭債権、その他)も明かとはいえないことである。
(2) 遺産分割の乙類調停申立と遺産分割の乙類審判申立は、家事審判法26条1項により前者の不成立によりその申立が後者の申立があったとみなされるという意味において連動するけれども、両者はその申立事項において完全に一致するとは限らない。遺産分割の調停申立事項は、乙類審判事項(家事審判法9条1項乙類10号)を中核としながら同時に一般家事調停としての法的諸問題を付随的に調停対象とする。すなわち分割審判対象である遺産のほかに相続債務、金銭債権を加えていわば相続に伴う被相続人の財産の移転をめぐる紛争(相続を契機とする積極財産、消極財産などの全体及び相続開始の後における果実などの分配・清算)を付随的な調停対象とすることが少なくない。また遺産分割の形成判断を行う際に、分割審判対象の遺産性、相続人の範囲などいわゆる前提問題に争いがある場合には、当事者はこれらの争点について民事訴訟、人事訴訟あるいは審判手続のいずれの裁判手続において決着つけるかを選別しなければならない責任を負う。この選別作業をするに当たり、調停当事者各自が合理的に判断できる程度の情報を互いに持ち合うことは少なく、感情的にも対立していることが普通であるため、各個の争点が当該紛争のなかで社会経済的にいかなる位置を占め、法的当否がいずれにあるかについて判然としないケースが通常である。したがって、同調停受理裁判所は、調停期日前に遺産分割紛争に関する事情を聴取した上で書記官、調査官の各視点から整理した選別意見を前提として家事審判官が当該事件に対する選別を行い初期の段階で紛争規模、争点の所在と性質、相続人の存在・不存在、意思能力の欠缺など出頭可能性、調停能力、その他の問題点を把握した上で調停期日を定める必要がある。
(3) 審判官及び当事者、代理人弁護士は、第1回調停期日において、事情聴取をした事実関係などを確かめ合いながら紛争の規模、争点の有無・個数や争訟形式の選別、最終解決に達するまでに要する期間・費用などのコスト予測を勘案考慮して調停手続を進めた。その結果、調停委員会を構成する家事審判官は、調停事件の取下を勧告したところ、申立人代理人弁護士は本件事案の内容その他から取下を拒絶した。したがって、本件調停は不成立となった。
本件のように金銭債権だけが遺産であると一応認められ、現段階では遺産分割審判の対象財産がない事案(相続人資格の争点は暫く措く)において、不成立になっても審判移行はないとして事件が終了した旨宣言する場合と審判移行して却下審判をすべき場合の2つがありうる。この場合、家事審判法の全体的な構造から考察すれば、調停から審判への移行は一方的、不可逆的な事柄ではなく、審判に移行した後でも何時でも調停に付する余地を残す法的性質の手続であること(調停尊重主義、調停前置主義的運用の実務慣行)を根底に置き、また民事訴訟手続においても訴訟要件によっては口頭弁論終結時までに要件の欠缺が治癒すれば良い場合もあることと比較して考えるとき、事案の内容によっては審判に移行して却下審判することが相当である場合があるところ、本件は前示した複雑な経過をたどった事案であることにかんがみれば審判に移行するのが相当な事案である。以上の次第から本件では審判に移行した。
(4) 調停委員会は、本件調停手続の最終段階において、当事者全員が列席する場で前記取下勧告の理由を説明したところ、今後の進行などについて質疑があったほか、何人も取下勧告の理由それ事態について反論、証拠提出の機会を求める等の不服の意向を示さなかった。したがって、当家庭裁判所は、移行後しばらくの期間を事実上おいた後に特段の審理を遂げるまでもなく(その後、当事者から資料の提出などは何もない。)、審判を行うこととした。
そこで検討するに、前示した事実関係の下では現存する遺産は金銭債権だけであり、審判対象となる分割しなければならない遺産は存しない。してみれば、元来審判対象のない場合に当事者が合意をもって遺産分割の審判対象を作出して審判をするよう求めることはできない。本件においては右合意もない。当事者の一部の者は他に遺産がある旨主張するが、それは遺産の種類性質も分からず単なる疑いを述べるに過ぎない(当事者は遺産の現存について第一次的にこれを明らかにする義務を負うところ、本件ではこの義務を果たしてはいない。)から、この点で審理を遂げる必要はない。
結局、申立人の本件申立は不適法であって却下を免れない。
第4結論
よって、申立人の本件遺産分割審判の申立は不適法であるから、これを却下することとして、主文のとおり審判する。
(家事審判官 稲田龍樹)
別紙
遺産目録
1 預金債権 7541万0524円
2 貸付金(債務者I) 3167万円
合計 1億7080万0524円
以上
別紙 相続関係図<省略>