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東京家庭裁判所 平成12年(少)1558号 決定 2000年5月25日

少年 S・S(1981.11.22生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、A’ことA及びBこと氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的をもって、みだりに麻薬を本邦に輸入しようと企て、平成12年3月29日(現地時間)、麻薬であるN・α-ジメチル-3・4-(メチレンジオキシ)フェネチルアミン(別名MDMA)の塩酸塩を含有する白色固形錠剤4108錠及び同錠剤片約0.84グラムを段ボール箱内に隠匿した郵便小包1個を国際郵便として、オランダ王国内の郵便局から、東京都渋谷区○○×丁目××番×号○□×××号室ミスターヤマダ宛に発送し、情を知らない郵便局職員、空港職員、航空機搭乗職員等をして、航空機に搭載して運搬させるなどして、同国からノルウェー王国内、パキスタン・イスラム共和国内の各空港を経由させた後、同年4月7日(現地時間)、パキスタン・イスラム共和国カラチ国際空港からパキスタン国際航空第860便に搭載させ、同月8日、千葉県成田市古込字古込1番地1所在の新東京国際空港第62番駐機場に到着させ、事情を知らない同空港職員等をして、これを機外に搬出させ、もって、麻薬を輸入するとともに、同日、東京都千代田区大手町二丁目3番3号東京国際郵便局に運送、搬入させ、同月10日、同郵便局内東京税関東京外郵出張所職員の検査を受けさせ、もって、関税定率法上の輸入禁制品である上記麻薬を輸入しようとしたが、同税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。

(法令の適用)

MDMA輸入の点

刑法60条、麻薬及び向精神薬取締法65条2項、1項1号

禁制品輸入の点

刑法60条、関税法109条2項後段、1項、関税定率法21条1項1号

なお、麻薬の輸入の事実と禁制品輸入の事実はそれぞれ別個に送致されたものであるが、両事実は1個の行為で2個の罪名に触れるものと認められるので、合わせて1個の非行事実として認定したものである。

(処遇の理由)

1  本件は、少年が、麻薬の密売をしていた知人ほかと共謀の上、同知人の依頼に応じて、自己の借りたウィークリーマンションをMDMAを隠匿した小包の受取先として提供し、これをオランダから国際郵便として発送させた上で本邦の空港に取り降ろさせて、もって麻薬を輸入するとともに(麻薬及び向精神薬取締法違反)、輸入禁制品を輸入しようとしたが、税関職見に発見されたため未遂に終わった(関税法違反)事案である。

2  まず、少年の生活史及び本件非行に至る経緯は大要以下のとおりである。

少年は、キリスト教の宣教師でアメリカ人の父と日本人の母の間の第三子(兄、姉各1人、弟2人、妹3人)としてインドネシアで出生し、3歳のときに家族とともに来日し、以後、継続して我が国に居住している。両親はキリスト教の宗派の活動として、布教やボランティア活動に従事しており、他の信者家族らとともに共同生活をするなどしていた。少年は就学年齢に達するとホームスクーリングに通い、14歳まで自宅やホームスクーリングの寄宿舎で過ごしたが、一貫して英語での教育を受けており、友人関係もホームスクーリングで知り合った者にほぼ限られていたため、日本語の能力は日常会話が理解できるようになるにとどまった。

少年は、13、4歳のころから自立心が芽生えはじめ、家族とりわけ父の宗教的な敬虔さに重点を置く考え方に反発を感じるようになったため、15歳のときから大阪で1人暮らしを始め、建設関係の仕事に就職して稼働するようになり、平成9年11月3日にホームスクーリング時代の友人とともに酔客と喧嘩になり傷害事件を起こし、平成9年12月17日に保護観察決定を受けたほかは(平成11年2月15日に良好解除)、大過なく就労生活を送っていた。ただ、友人関係についてはホームスクーリング時代の者が中心で拡がりに乏しく、日本語も相変わらず日常会話程度しかできなかった。

そのような中で、平成11年9月ころに本件共犯者のA(少年は平成7年ころ、同人と家族共々生活したことがあり、また、平成9年ころには同人と1か月ほど一緒に働いたこともあった。)から突然連絡が入り、同人と付き合うようになった。少年は、Aが覚せい剤や大麻を使用するのを目撃したり、自分も同人からMDMA(エクスタシー)、大麻、覚せい剤をもらって使用したりしたが、平成12年2月ころからはAが薬物を密売するのを目撃するようになった。そして、その後は少年も薬物を客に渡すのを手伝ってAから報酬を受け取ることも少なくとも2、3回はあったほか、同人が使用する携帯電話や銀行口座について少年がその名義を提供するなどした。さらに少年は、同月末ごろからAの自宅に寝泊まりするようになったが、同人が薬物のために異常な言動をすることがあったために、数日滞在したのみでここを離れ、神戸の友人宅に滞在した後、3年近く稼働した建設関係の仕事も辞めて上京した。

少年は、上京した当初父母の下に一時立ち寄ったが、生活習慣の点等で衝突したために間もなく家を飛び出し、同年3月13日に借りた本件ウィークリーマンションに寝泊まりしたり、友人宅に滞在するようになった。そのような中で、上記ウィークリーマンションを借りた数日後に、大阪にいるAから密売用のMDMAを隠匿した小包の受取先として本件ウィークリーマンションを提供するよう依頼された。少年は、同人から小包の中身について知らされなかったものの、少年が上京した後も同人が何度も薬物密売を手伝うよう言ってきていたこと、小包を受け取るだけにしては報酬の額が高いこと等から、その小包が違法な薬物の入ったものであることを認識したが、最終的には報酬欲しさに上記依頼に応じ、本件を敢行したものである。

3  本件で輸入されたMDMAは4000錠以上と大量であり、末端価格では2000万円以上に及ぶのであって、その営利性は明らかであり、これが現実に密売されれば、多数の者に麻薬の害が及ぶ一方で、共犯者の手に巨額の不法収益がわたる危険があったものである。そして、輸入の態様をみても、発覚を防ぐために、通常の小包を装い、密売を行っていた共犯者の住居ではなくその協力者である少年の借りたウィークリーマンションに架空人宛で発送しているのであって、巧妙かつ悪質である。

少年は、上記のとおり、平成12年3月10日ころに上京するまでは、大阪で共犯者Aと付き合い、同人が麻薬や大麻を密売するのを手伝って報酬を受け取ったこともあるところ、本件においても、10万円ないし20万円の報酬を提示されて、これ欲しさに安易に大量の麻薬を隠匿した小包の受取先を提供したのであって、その動機に酌量の余地はなく、その果たした役割も小さくない。

このように、少年は、我が国に薬物の害を広める行為に加担したのであって、その責任は極めて重大といわねばならず、少年の年齢等も併せ考えれば、少年に対しては、この際刑事処分をもって臨むことも十分検討に値する。

4  しかし、上記のとおりの少年の生活史や鑑別結果通知書及び少年調査票の指摘する点を総合すると、本件は、少年において、厳格な宗教生活を要求する父母に反発して自立した就労生活を開始したものの、それまで日本人や日本文化と接触した機会に乏しく、英語でのコミュニケーションに終始してきたことや友人関係がホームスクーリングにおける者にとどまっていたことから、視野が狭く内面の成長もままならないまま次第に社会的不適応状態に陥り、そのような中でかつて行動を共にしたこともある知人との不良交友に染まった挙げ句起こされた非行と認めることができる。そして一方、少年には薬物に対する基本的な規範意識は欠けているものの、性格の偏り自体はなく、勤労意欲も認められ、現に本件直前までは継続して就労していたことも認められるのである。

以上に加え、少年が当審判廷において、当面アメリカの高校を卒業したいが、最終的には我が国で生活することを望む旨述べていることも併せ考えれば、少年については、今回あえて刑事処分を科するよりも、収容保護を選択し、これまでに受けたことのない系統立った集団教育の中で、健全な規範意識、人間関係、忍耐強さ等を学ばせた上で、日本社会への適応をはかるための力を養わせるのが相当と考える。

5  よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項により少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 柴田雅司)

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