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東京家庭裁判所 平成13年(少)5351号 決定 2002年1月29日

少年 K・O(昭和57.12.10生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行に至る経緯)

少年は、平成13年4月に愛媛県内の○○大学に入学し、寮生活をしていたが、入学してまもなく、同じクラスとなったAと親しくなり、次第に、一人暮らしをしている同人の愛媛県○△市△△町×丁目×番××号所在の自宅で、週末を過ごすことも多くなっていった。少年は、同年12月1日もA宅に泊まり、翌2日は、同人とともに外出するなどしていたが、同日午後4時ころ、同人宅に戻り、同人と2人で酒を飲み始め、午後5時ころには、同人を訪ねてきた同じ寮生のB及びCも加わり飲み続け、午後6時ころ、両名はAに車で送られて寮へ戻った。Aは、帰宅した後、寝てしまい、午後8時30分ころ、目を覚まして、少年が寮の門限に間に合わなくなると心配し、熟睡していた少年を起こそうとした。

(非行事実)

少年は、平成13年12月2日午後8時30分ころ、愛媛県○△市△△町×丁目×番××号所在の前記A宅において、眠っていたところをA(当時19歳)から起こされた上、早く動くように怒鳴られるなどしたことに立腹し、同所台所から包丁(刃体の長さ約15センチメートル)を持ち出し、同人に向かって突き出すなどし、さらに、同人に土下座をするように命じ、同人が命じられるままに土下座をしたものの、怒りが治まらず、同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら、あえて、同包丁で同人の背部を2回突き刺すなどしたが、同人に入院加療約1か月間を要する背部刺創、多発切創、後腹膜損傷、背筋断裂、右示指伸筋腱断裂、顔面多発切創、左上腕切創、左下肢多発挫創の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかったものである。

(法令の適用)

刑法203条、199条

(事実認定の補足説明)

1  付添人は、少年には、殺意がなく、傷害罪が成立するにとどまると主張するので、以下、当裁判所の判断を示すこととなる。

2  関係各証拠によれば、判示非行に至る経緯のとおりの事実のほか、以下の各事実が認められる。

(1)  Aは、平成13年12月2日午後8時30分ころ、A宅で目を覚まし、午後9時が○○大学の寮の門限であるので、少年を寮まで送っていこうと思い、声をかけて起こそうとしたが、少年はなかなか起きなかった。Aは、しばらくの間、両手で少年の背中を揺さぶったり、軽く肩を叩いたり、「早よ、起きいや。」と声をかけるなどしていたところ、少年がようやく立ち上がったので、玄関先まで行き、「早よ、来いや。」などと少年に声をかけた。ところが、少年は、玄関の方に来ただけで、台所から外にはなかなか出てこず、わけの分からないことを言っていたことから、Aは、早く連れていかないと門限に遅れると焦り、「ごちゃごちゃ言わんと、早よ出いや。」などと大声で怒鳴った。

(2)  すると、少年は、いったん台所の奥へ下がり、すぐに包丁を右手に持って戻ってきたので、Aは、少年から包丁を取り上げようとして、包丁の刃先を左手で挟むように持ったところ、少年が包丁を引いたことから、左手の人差し指を少し切られた。

(3)  Aは、自分に向かってくる少年に包丁で刺される危険を感じ、とっさに両手を開いて顔を隠すように防御したところ、少年は、Aに向かって包丁を突き出し、Aは、床に尻餅をついた。少年は、さらに包丁を持ってAに向かってきていたので、Aは、両手で顔を防御していた。この間に、少年は、Aに下記(6)<ウ><エ>の創傷を負わせた。

(4)  さらに、少年は、Aに対し、「土下座しろ。」と命じたことから、Aは、言われたとおり玄関土間に土下座した。すると、少年は土下座した状態で静止したAの背中を包丁で2回突き刺した。

(5)  Aは、このままでは殺されると思い、その場から逃げようとしてとっさに立ち上がり、玄関から外に走り出し、通行人らに発見され、救急搬送された。その際、Aは、どうしたなどと問いかける通行人らに対して、「刺された。」「大夫丈です。」などと応答していた。

(6)  Aは、背部に2か所、顔面に2か所、右手甲及び左上腕にそれぞれ1か所の刺創及び切創等、入院加寮約1か月間を要する傷害を負い、主な創傷として、<ア>背中の中央付近にある長さ4センチメートル程度の刺創で、背筋を断裂し、後腹膜に刺さって、腎臓の直前で止まっている、深さ4センチメートル程度と推定されるもの、<イ>背部の上部右側の長さ4センチメートル程度の刺創、<ウ>右手甲にある、長さ4.5センチメートル程度の切創で、中央付近を走る伸筋腱を3本切断し、骨にひびが入っているもの、<エ>右頬に長さ4.5センチメートル程度の切創で、表情筋を切断しているもの等がある。

(7)  本件凶器は、刃体の長さ約15センチメートルの包丁である。

3  上記2のうち、特に(1)ないし(5)の犯行及びその前後の状況については、Aの捜査段階及び期日外の証人尋問における各供述がその認定を支える重要な証拠であることから、その供述の信用性について検討しておく。

Aの供述は、犯行時及びその前後の状況について具体的かつ詳細になされている上、その内容は、捜査・証人尋問段階を通じてほぼ一貫しており、付添人からの尋問によっても揺らいでいない。また、その供述は、迫真性がある上、玄関土間の血こんの状況や創傷の部位・程度などの客観的状況とも符合している。さらに、Aには、少年を陥れるためにうその供述をしなければならない事情は見当たらない。これらの点からすると、Aの供述は、十分に信用できるといえる。なお、証人尋問の際の供述は、捜査段階での供述と比較するとあいまいになっている部分も見受けられるが、Aは、それは時間がたち記憶が薄れたからであり、捜査段階の供述調書は、その場で間違いを訂正してもらい、読み聞かせを受けて確認するなど、自己の記憶どおりに作成されているので内容に間違いないと説明をしており、その説明は合理的であって、供述の信用性を揺るがすものとはいえない。

また、付添人は、Aが本件当時マジックマッシュルームを使用し、幻覚の影響を受けていた可能性があり、その供述の信用性は疑わしい旨の主張をするが、Aが使用を否定していることはもとより、玄関から逃げ出した直後に通行人らに助けを求めた際のAの応答などに、薬物使用を疑わせるようなものはなく、付添人の主張は当を得ない。

4  そこで、上記2認定の各事実によると、少年は、酒に酔って眠っているところをいきなり体を揺さぶられるなどして起こされた上、「早よ出いや。」などと一方的に怒鳴られるなどしたことから包丁を持ち出し、Aに包丁を取り上げられそうになってこれを引き戻し、Aが両手で顔を防御しているにもかかわらず、Aに向けて包丁を突き出し、Aが尻餅をついてもなおやめず、さらに、Aに土下座をするよう命じた上、土下座をして静止し無抵抗、無防備の状態のAに対し、身体の枢要部である背中を2回にわたり突き刺し、2か所の刺創、うち1か所は、背筋を断裂し、後腹膜に刺さって、腎臓の直前で止まるという深さ4センチメートル程度の刺創を負わせているものである。このことからすると、少年は、人の身体の枢要部であるということを認識しながら、Aの背中に対し、殺傷能力の高い凶器で、2回にわたり攻撃を加えていると認められる。また、その際、少年は、生命の危険に対して何ら配慮していないことがうかがわれる。さらに、以上の経緯に照らせば、少年は、酒に酔っていたこともあり、Aから眠っているところを強引に起こされた上、一方的に怒鳴られるなどしたことに立腹し、包丁を突き出したり、土下座をさせるなどしても、なお怒りが治まらず、その背中を突き刺したものと認められ、Aに対して激しい攻撃を加えた動機としても首肯できる。

そうすると、遅くとも少年がAの背中を刺そうとした時点においては、少年が、Aに対する未必的な殺意を有していたものと認定できる。

5  また、少年の捜査段階での供述も、これと矛盾していない。すなわち、少年は、捜査段階の当初は犯行状況等について全く覚えていないと供述していたが、その後、正直に話すとして、Bらが帰った後、次に覚えているのは、立ち上がってフラフラとしていたことである、Aが早くしろとせかしてきたが、なぜ自分がそんなことを言われなければならないのだと腹が立った、次に覚えているのは包丁を持っていたことである、Aが包丁を取り上げようとし、包丁の取りあいになった、Aに対して包丁を突き出していた、Aはバタッと倒れた、Aに土下座しろと命令した、Aは、言われたとおり土下座をしたが、土下座したまま何かブツブツと言った、Aの態度に無性に腹が立ち、Aの身体をめがけて2回包丁を突き出した旨供述している。そして、この供述は、おおむね一貫した内容であって、簡易鑑定における医師や当裁判所調査官に対して述べた内容とも合致している上、記憶にある部分とそうでない部分を分け、記憶にある部分については、具体的かつ詳細に供述している。また、その内容は、他の関係証拠とも符合する上、土下座をしているAが何かブツブツと言っていたという、審判段階になってAの証人尋問の結果により初めて裏付けられた事実など、捜査官の誘導とは考えにくいものも含まれている。したがって、この点の少年の供述は信用性があり、これは先の認定と矛盾しない。

なお、これに反し、少年は、当審判廷において、Aを刺したことは間違いないと思うが、Bらが帰った後、こたつで寝ていて手から血が出ていることに気が付くまでの間のことは、Aを刺したことを含めて一切覚えていない、Aを殺そうと思ったことはない旨供述を変更し、その理由をるる述べているものの、その供述変遷の理由は、それ自体矛盾し、合理性を欠く上、第1回及び第2回の各審判廷における供述は、本件前日鍋を作ったときに包丁を使ったか否かという点や、少年が「起きたときに足に強い痛みがあった」と当裁判所調査官に初めて明らかにした点などについて、供述そのものが前後矛盾し、不自然、不合理である。これらに照らすと、少年の当審判廷における供述は、信用できない。

6  なお、付添人は、犯人性に疑いがある。また、仮に犯人であるとしても過剰防衛が成立する旨主張する。しかしながら、少年がAに対し包丁で攻撃を加えたことは上記認定のとおりであり、また、過剰防衛の前提となるAの攻撃があったことを裏付ける証拠はなく、その主張は到底採用し難い。

(処遇の理由)

1  本件は、少年が、同級生のA宅において、酒を飲んで眠っていたところをAから起こされ、その際のAの言動等に立腹し、未必的な殺意をもって、包丁でAの背部を2回突き刺すなどし、入院加療約1か月間を要する傷害を負わせたという殺人未遂の事案である。

少年が本件非行に及んだ動機、経緯については判示のとおりであるが、格別同情の余地はない。その犯行態様は、刃体の長さ約15センチメートルの包丁で、土下座をして全く無防備な状態のAに対し、その背部を2回続けざまに突き刺すなど、一歩間違えば死の結果を招きかねないものであって、極めて危険な犯行である。Aは、何の落ち度もないのに突然このような被害に遭い、重傷を負っている上、いまだにリハビリ治療中なのであって、生じた結果も重大である。

2  なお、関係各証拠によれば、少年は、犯行当日、昼ころからビールを飲み、午後4時ころから午後8時30分ころまでの間、かなりの量の焼酎を飲んでいたこと、犯行当時、少年が、Aに対してわけの分からないことを言っていたということ、犯行後まもなく採取された少年の呼気から、1リットルにつき0.45ミリグラムのアルコールが検出されたことが認められるところ、これらの点からすると、少年は、犯行当時、相当、飲酒酩酊していたものと認められる。

しかしながら、他方において、前記のとおり犯行の経緯及び動機は了解可能であること、午後7時ころに少年が宅配便業者の女性に対し、ろれつの回らない状態ではあったが、「おばちゃん、どっからきたん。」等と声をかけていたこと、前記のとおり、少年は、犯行及びその前後の状況について、断片的にではあるが、具体的かつ詳細に供述しており、主要な部分の記憶が保持されていること、本件当時、少年がマジックマッシュルーム等の薬物を使用していたことは認められないこと、少年には精神病歴はなく、現在も精神障害は認められないことなどの事情も指摘できる。この点、少年の犯行時の精神症状等について簡易鑑定をした医師□□によれば、少年は、多量の飲酒による単純酩酊で入眠し、その後強制的に起こされた覚醒初期段階であったため、興奮・脱抑制や易刺激性が亢進し、自己統御が困難な状態であり、是非善悪の弁別能力及びそれに従って行動する能力は通常より著しく低下していた状態、すなわち、心神耗弱の状態にあったとの判断であるところ、その判断は、上記の諸点に照らしても特に不合理な点は見受けられず、十分肯定できる。

そうすると、少年は、犯行当時、心神喪失状態、すなわち、自己の行為の是非善悪を弁別し、それに従って行為する能力がなかったとまではいえないが、その能力は著しく減退しており、心神耗弱の状態にあったと認めるのが相当である。

3  ところで、少年が本件犯行に及んだ背景には、独りよがりな傾向が強く、物事を被害的に捉えがちであるため、対人関係での葛藤を生じやすく、不平不満を募らせやすいことに加え、見下されることに強いおびえと怒りを生じやすく、攻撃的な衝動に駆られやすいことなど、少年が抱える資質上の問題性があるものといえる。

少年は、幼少のころに父母が離婚し、母に育てられていたが、離婚後も父が家に出入りして兄に暴力を振るうことがあり、これが兄と少年の関係に影響し、幼いころから高校に入るまでの間、兄から使い走りをさせられたり、時に暴力を振るわれるなど、精神的な抑圧を受けてきた。少年は、中学のころから飲酒を始め、高校時代にはマジックマッシュルームの使用を始めたものの、そのほかに目立った問題行動は見られなかった。○○大学校に入学後、学校に対する失望や不満を抱き始め、寮内・寮外飲酒等の問題行動も多く、退学勧告を受けることもあったほか、本件直前には、兄が逮捕されたことで情けない気持ちになっていた。そうした一方で、飲酒やマジックマッシュルームの使用を続けていたものである。

本件は、そうした不安定な状況の中、飲酒のため刺激への感受性が強まっていたところ、Aの言動をきっかけとして、先に述べたような少年の問題性が顕在化したものと考えられる。そうすると、こうした少年の資質上の問題性を改善しなければ、少年が再び非行を繰り返すおそれは否定できない。そして、この問題性は、少年が幼少期より兄からの抑圧を受けてきた中で形成されてきたものであって、根深いものがある。

4  他方、少年の母親は、離れて暮らしていたとはいえ、飲酒や薬物使用など少年の乱れた学生生活を把握していなかった上、少年が本件非行に及んだ事実を受け容れることができずにおり、現段階において、少年に対する指導を徹底することは困難な状況にあるといわざるを得ない。

5  以上に述べたところを前提に少年の処遇について検討するに、本件犯行態様の悪質性、結果の重大性等にかんがみれば、少年の責任は重いといわざるを得ず、少年の年齢等も加味すれば、本件については、少年に刑事責任を果たさせるため、検察官に送致することも考慮されるところではある。

しかしながら、少年が、Aに対する謝罪の気持ちを述べ、自分がしたことについて責任を取りたいと述べていることやその性格の未熟さなどに照らせば、なお可塑性を残していると認められること、本件が飲酒の上での偶発的な犯行であり、少年が当時酩酊のため心神耗弱状態に陥っていたこと、Aが厳重な処罰を望んではいないことや少年にこれまで非行歴がないことなどの諸事情にかんがみれば、少年に対しては、刑事処分によってその責任を取らせるよりも、この機会に中等少年院に送致した上、規範意識を養わせるとともに、自己の行為の重大性や自己の抱える問題性について十分に考えさせるのが相当である。

6  よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 近藤文子 裁判官 今村和彦 大森直子)

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