東京家庭裁判所 平成20年(家)6519号 決定 2008年8月07日
主文
本件申立てをいずれも却下する。
理由
第1申立ての趣旨
申立人は,未成年者の監護者を申立人単独に変更すること及び養育場所を日本に変更することを求めた。
第2当裁判所の判断
1 本件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 申立人は,昭和○年○月○日生まれの日本国籍の女性であり,相手方は,○○○○年○月○日生まれのアメリカ合衆国籍の男性である。
申立人と相手方は,1997年に米国内で知り合い,2000年×月×日に,同国ワシントン州の方式で婚姻した。
申立人と相手方は,米国内で婚姻生活を営み,未成年者は,○○○○年○月○日に,同国ワシントン州○○市で出生した。未成年者は,日米二重国籍を有している。
(2) 申立人と相手方は,2006年×月頃から別居するようになり,翌年×月には,婚姻解消に向けた裁判手続を開始した。
申立人は,上記別居開始から2007年×月×日に刑事事件で逮捕されるまでの間,主たる監護者として未成年者を監護養育し,相手方は,週末を中心に未成年者との面接交渉を行った。
相手方は,前述の申立人の逮捕を契機として,2008年2月×日までの間,主たる監護者として,相手方の両親の補助を受けながら未成年者を監護養育した。申立人は,その間も継続的に未成年者との面接交渉を行い,同日以降は,再び申立人が主たる監護者として未成年者を監護教育していた。
(3) 申立人と相手方は,双方の弁護士の勧めで,ペアレンティング・カウンセリングを受けたうえ,さらにペアレンティング・プラン・エバリュエーターに離婚後の未成年者の監護についての評価を依頼し,2008年1月×日に,以下の評価が出された。
ア 申立人が未成年者の主たる養育者になるべきである。
イ 未成年者が両親の離婚で直面する喪失感に適応しないうちに,日本への移転という更なる変化に未成年者を晒すことによって,同人が相手方及びその両親と築いている意味深い関係を失わせることは,未成年者の適応と成長に悪影響を及ぼす。
ウ 未成年者の年齢からすると,この時期に長距離の移転をすることは,他方の親が子供の適応,成長に対して多大な貢献を与える機会を奪うことになる。
エ 申立人が刑事事件を起こしてから6か月しか経っておらず,申立人の精神的安定や衝動のコントロールを検証するのに十分な期間が経ったとはいえない。
オ 申立人は,日本に移転した方がより良い親になり得るから,将来的には日本への移転を認めるべきであるが,現時点では,移転を認めるべきではない。
カ 未成年者は,これまで年に1,2回は日本の申立人家族を訪れており,申立人と未成年者が休暇で日本に行くことを認めるべきだが,今後2年間は,1回当たり3週間を超えないものとする。
(4) 相手方は,裁判手続において離婚後の監護計画を話し合う中で,申立人が主たる養育者になることには同意したが,申立人が未成年者を日本で養育することには反対した。
最終的に,申立人は,同人が主たる養育者となって未成年者を米国内で養育する内容の監護計画に同意した。
(5) ワシントン州上級裁判所は,2008年6月×日,離婚命令によって次の内容を含む監護計画を同裁判所の命令として承認し,本命令の居住規定に故意に違反した場合には,法廷侮辱罪により罰則の対象となることを警告した。
ア 申立人及び相手方の双方を,未成年者の共同親権者,共同監護権者とし,同人に関わる重要な決定は,合同で行う。
イ 未成年者は,米国内で申立人と一緒に住むが,第1週の火曜午前9時から水曜午前9時までと金曜午前9時から日曜午後6時まで,第2週の火曜午前9時から木曜午後6時までは相手方と一緒に過ごす。
ウ 未成年者の米国及び日本の旅券は,同人が11歳になるまでは相手方の両親が,以後は相手方が保有する。
申立人が日本に未成年者を連れて行くことを希望する場合には,45日前までに旅程表を含む事前通知を相手方に提出し,8000ドルの保証金を預けることを要する。
(6) 申立人は,前記離婚命令の後,相手方の代理人弁護士に8000ドルの保証金を預けて,未成年者の米国及び日本の旅券の交付を受け,2008年7月×日に日本に一時帰国した。
申立人が相手方に提出した旅程表では,2008年7月×日着の飛行機で米国○○市に戻り,翌×日に相手方の両親宅に赴くことになっていた。
(7) 申立人は,日本に帰国後,同人の母親宅に滞在し,親族と交流する中で,未成年者と共に日本で生活することを決意し,帰国から5日後の平成20年7月×日には申立人の母親宅を住所として住民登録し,米国に戻る予定であった同月×日に戻らずに,同日本件を申し立て,未成年者と共に,そのまま日本国内に滞在を続けている。
2 上記認定事実の下で,監護者の変更等について,我が国が国際裁判管轄を有するかについて,以下検討する。
(1) 本件のような監護者の変更等について,日米両国に適用される国際裁判管轄を定める条約は存在せず,我が国法上明文の規定もないから,条理によってこれを決するほかない。
親子関係事件,特に本件のような監護者の変更等申立事件の場合には,子の福祉の観点から,子の生活関係の密接な地で審判を行うのが相当であり,子の住所地又は常居所地の国に,国際裁判管轄が認められるべきである。
(2) これを本件についてみるに,確かに,未成年者は,米国への帰国予定日を2週間余り過ぎた今もなお,日本国内に留め置かれており,申立人において,早々に住民登録を済ませ,本件申立てをした事実からも,同人がこのまま未成年者を日本国内にとどめて,一方的に米国での離婚命令を反故にして,日本国内で未成年者との生活を始めようとする意思が窺われる。
しかし,未成年者は,出生以来今回の来日まで,一貫して米国内で生活してきたうえ,本件申立てから僅か1か月前に,罰則で担保された裁判所の命令によって,未成年者の居住場所を米国内と定められたばかりである。しかもこの命令は,当事者双方が弁護士を依頼して1年4か月に及ぶ裁判手続の中でまさに未成年者の離婚後の居住場所を争い,ペアレンティング・カウンセリング,ペアレンティング・プラン・エバリュエーションを経て,最終的に米国内を居住場所とする内容の監護計画に双方が合意し,それを裁判所が承認し,命令したものであるから,未成年者の居住場所については,必要な議論が尽くされ,決着がついたものといわなければならない。
申立人は,このような命令が出た直後に,同命令に則って,米国に戻る飛行機や,その後の未成年者の旅券を管理する相手方両親宅への訪問予定まで定めた旅程表を提出し,保証金を預けて未成年者の旅券を受け取り,12日間の滞在予定で来日したのであるから,日本での滞在は,まさに「一時帰国」あるいは「旅行」と評価すべきである。
また,申立人が共同親権者及び共同監護権者である相手方に無断で,一方的に旅程表に反して,未成年者を前記命令の定める居住場所に連れ帰らずに日本に留め置いて,相手方の共同親権及び共同監護権の行使を妨げているのは,前記命令に明らかに違反する行為というべきである。
(3) 以上の事情からすると,未成年者が米国への帰国予定日を2週間余り過ぎてなお日本国内に滞在しているからといって,直ちに未成年者の生活関係の密接な地が日本国ということは適当でないし,未成年者の居所を形式的に捉えて,同人の住所地又は常居所地が日本になったと評価して,我が国に国際裁判管轄を認めるのは相当でない。
3 以上によると,本件については,我が国に国際裁判管轄を認めることはできず,国際裁判管轄のない当庁に審判を求める本件申立ては,不適法であって却下を免れない。
(なお,仮に,我が国に国際裁判管轄が認められたとしても,本件は,前述のとおり,当事者双方が婚姻生活を送っていた米国内において,当事者双方が弁護士を依頼して1年4か月に及ぶ裁判手続を行い,ペアレンティング・カウンセリング,ペアレンティング・プラン・エバリュエーションを経て作成された監護計画に双方合意し,それを裁判所が承認して,命令した離婚命令から約1か月後に,同命令で定められた監護者及び養育場所の変更を求めるものであって,一件記録によっても,この1か月の間に,前記裁判手続では想定されていなかった事情の変更が生じたことを認めることはできない。)
よって,主文のとおり審判する。
(家事審判官 男澤聡子)