東京家庭裁判所 平成24年(少)163号 決定 2012年2月17日
少年
A(平成4.○.○生)
主文
少年を医療少年院に送致する。
理由
(罪となるべき事実)
少年は,売春する目的で,平成24年1月22日午後9時25分ころから同日午後9時43分ころまでの間,東京都新宿区<以下省略>所在の○○において,通行人に正対するようにしゃがみ込んで座り,通行人が来ると流し目でじっと顔を見つめ,相手方から声をかけられるのを待つなどし,もって,公衆の目に触れるような方法で客待ちをしたものである。
(法令の適用)
売春防止法5条3号前段
(処遇の理由)
1 本件は,フィリピン系日本人の少年が,宿泊場所の確保と生活費欲しさにラブホテル内での売春を繰り返す中で敢行した売春防止法違反(客待ち)の事案である。
少年は,母がフィリピンに帰国して音信不通となり身を寄せていた母方伯母方にも居られなくなって,神奈川県a市内の出会い喫茶に出入りして売春等により日銭を稼いでいたところ,同店から身分証の提示を求められて出入りできなくなって,さらなる居場所を求めて上京し新宿区b町で常習的に客待ち・売春をするに至った。暖かい場所で寝たかった,誰かに助けて欲しかった,市役所で相談したが受け入れられなかったなどと述べるものの,公的機関に真剣に援助を求めた様子は窺われない。肉親からの虐待(暴力,ネグレクト)といった不遇な家庭環境等の背景要因を考慮してもなお,安易に売春に流れるといった性行は看過できず,犯情は悪い。
2 少年は,ショーダンサーのスカウトをしていた日本人の父と,来日してショーダンサーとして稼働していたフィリピン国籍の母との間に出生した3人姉弟の第1子長女である。少年の妊娠を契機に父方祖父母の反対を押し切って父母が結婚したものの,少年によれば,幼少期から父似の弟ばかりが可愛いがられ自身は冷遇されたという。中学校2年生時に父の暴力や父方祖父母との不和から母が家出したところ,父の暴力の矛先が少年に向けられるようになり,中学校3年生になると,父から追い出されるような形で少年のみ母に引き取られて母とその交際相手との同居が始まった。平成20年4月に市立高校に進学したものの同性に嫌われるなどして長く続かず退学し,母から無為徒食の生活を叱られては友人方や母方伯母方に家出を繰り返すようになり,平成21年8月中旬ころ,母から叱責されて手っ取り早く寝食できる場所を求めてインターネットの掲示板を介してBと知り合い身を寄せたところ,Bから頻繁に覚せい剤を注射されるようになった。平成22年2月ころ,Bに暴力を振るわれて自宅に帰ったものの,母との生活は落ち着かずB宅と自宅とを行き来する中で,覚せい剤取締法(所持)の疑いで現行犯逮捕され(嫌疑不十分で釈放となった。),覚せい剤取締法違反(使用)の事実により,観護措置や在宅試験観察を経て,同年11月11日,横浜保護観察所の保護観察に付された。前件鑑別結果では覚せい剤精神病や統合失調症の疑いと診断されており,医療的措置を含めて監護を果たすと誓約していた母が頼みの綱であったが,前件処分後,ほどなくして少年を母方伯母に預けてフィリピンに帰国してしまい連絡もつかなくなった。その後の経緯は,少年によれば,ある朝突然,母方伯母方から追い出されたため,平成23年2月から身一つで浮浪生活を始め,同年5月から新宿区b町で売春を開始し,浮浪生活中は,路上で知り合った男性方に身を寄せた時期もあったが,定着することはなかったという。
3 鑑別結果通知書によれば,少年は,不遇な家庭環境を背景に,慢性的な愛情欲求不満を抱えており,かりそめの被受容感を求めて自分に関心を向けて甘えさせてくれそうな相手と交流しようとするが,他方で,対人不信が根深く警戒心も強いあまり,適切に相談を持ちかけることができずに,物事を被害的に受け取っては孤独感やひがみを募らせやすい,と指摘されている。こういった少年の性格,行動傾向上の問題点は,前件と本件の各非行によく現れている。加えて,かつて生活に行き詰まると安易に素行不良者の下に転がり込んで躊躇なく覚せい剤を使用したことがあり,最近では売春が衣食住をまかなう手段として定着してきているが,その原因を家庭環境に帰着させるばかりで,他律的,他責的な考えに終始しており,更生に向けた自発的意欲や内省に乏しい。そうすると,少年の非行性は深刻な段階にあるというほかない。
ここで,少年を取り巻く環境についてみると,家庭裁判所調査官や付添人が手を尽くしたものの母の所在は未だ不明であり,母方伯母らも引き受け意思を示すには至っていないなど,現時点では,適切な監護者は見受けられない。
以上の非行性の深度や保護環境の現状に加えて,高校時代に各種アルバイトに挑戦するも一週間と続かず中退後は正業に就いたことがないこと,保護観察所の指導の枠組みにも適応しなかったことに照らすと,少年については,自己の問題について理解を深めさせるとともに,健全な社会生活を送れるだけの能力・技術を身につけさせるなどして社会性の底上げを図るべく,少年院に収容保護するのが必須である。ただし,家庭裁判所調査官には妊娠していないと申告していたものの,本件審判前日に,父の分からない子を懐妊しており,現在,妊娠33週ないし34週であることが判明しているのであって(なお,現時点では,覚せい剤精神病等を窺わせるような特異な症状は見受けられない。),かかる少年の心身の状況にかんがみると,医療少年院に送致して妊娠・出産等に関する医療措置を講じた後に,中等少年院に移送して安定した枠組みの中で情緒の安定を図りながら綿密な矯正教育を施すのが相当であるので,別途その旨の処遇勧告を付すこととする。
4 よって,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用して少年を医療少年院に送致することとし,主文のとおり決定する。
(裁判官 中嶋万紀子)
処遇勧告書省略