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東京家庭裁判所 平成3年(家)10722号 審判 1992年2月14日

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての趣旨

東京都○○区長に対し、平成3年9月23日に申立人がなした婚姻届出により戸籍上の申立人の名が「静華」から「靜華」に訂正されたが、これを元に戻すべきことを命じる旨の審判を求める。

2  申立ての実情

申立人は、平成3年9月23日、東京都○○区長に対し、婚姻届出をしたが、平成3年10月2日に戸籍謄本を見たところ、靜華となっていることを知った。

この点について、法務省の通達に基づいて訂正したものであるとの説明を受けた。

しかし、申立人は、今日まで戸籍上も日常生活上も静の字を使用してきたものであり、申立人の名は静華である。静は、一般的に使用されていた字である。名は、その個人を表わすものであり、申立人にとっては最も大切なものの一つである。

申立人の父は、申立人を静華と届け出て受理され、申立人は、今日までその名を使用してきた。今後とも、申立人の名として戸籍上も日常生活上も静華の字を使用することを望む。

3  当裁判所の判断

(1)  本件記録及び申立人の審問によれば、次の事実が認められる。

申立人は、本籍東京都○○区○○○丁目××××番地東海林喜一と東海林素子との間に生れた二女であり、昭和39年9月10日に父からの出生届出によりその戸籍に入籍し、「静華」と記載された。

申立人は、以来今日まで公私を問わず、自己の名を「静華」と表記してきた。

申立人と本籍東京都○○区○○目××番本間勝彦は、平成3年9月23日、東京都○○区長に対し、夫の氏を称する婚姻届出をなし、これにより申立人は上記本間勝彦の戸籍に入籍した。

その際、上記届出を受けた○○区長は、申立人の名を「靜華」と記載した。

(2)  上記認定事実によれば、○○区長は既に申立人の戸籍にその名を「靜華」と記載しているのであって、このように既に戸籍上の記載がなされている場合には、同記載を訂正する目的で戸籍法118条による○○区長の処分に対する不服申立てをすることはできない。そして、一般的には、市町村長の職権による戸籍訂正等がその限度を超え違法である場合には、戸籍法113条ないし117条の戸籍訂正の手続によるべきであると解するのが相当である。

したがって、申立人が○○区長の処分の取消を求める本件申立ては不適法である。しかし、申立人の真意は、戸籍に記載された名である「静華」を「靜華」と直したいことにあるから、本件申立てを戸籍訂正の手続を求めるものと理解して以下にその当否を判断することにする。

(3)  本件について問題となる戸籍訂正の手続は、戸籍法113条によるものである。同条は、戸籍訂正の事由として、「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があること」を定めている。

申立人は、前記申立ての実情記載の事実が戸籍訂正の事由に該当すると主張するものと理解できる。

そこで検討するに、公簿である戸籍には、本来、正字を記載すべきである。そこで、申立人が出生した昭和39年当時において戸籍法第50条において、子の名には常用平易な文字を用いなければならないこと、常用平易な文字の範囲は、命令で定めることを規定し、戸籍法施行規則第60条は、戸籍法第50条第2項の常用平易な文字を、昭和21年11月内閣告示第32号当用漢字表に掲げる漢字、昭和26年5月内閣告示第1号人名漢字別表に掲げる漢字、片かなまたは平がな(変体がなを除く。)と定めていた。なお、当時の戸籍事務では、当用漢字表または当用漢字字体表(昭和24年内閣告示第1号)に掲げる字体のいずれでも差し支えないとされていた。当用漢字表では「靜」、当用漢字字体表では「静」とされている。

申立人の出生届に基づき、申立人がその父母の戸籍に入籍した際、上記法律にしたがった処理がなされたのであれば、「靜華」または「静華」と記載されるべきであったが、本件全証拠によれば、申立人の父が提出した届出書に申立人の名が「静華」と記載され、これが誤って受理され、戸籍に記載されたものと推認できる。

このように「静」は、誤字ないし俗字であって、誤って戸籍上に「静華」と記載され、それが長年月使用されてきたとしても、また、世の中でその字が使用されていたとしても、それが正字となるものではない。

申立人は、名前は個人を表わすもので、最も大切なものの一つであると主張する。当裁判所も、個人の名は、人格権の一内容をなすと解するものである。しかし、申立人が「静華」の名を今日まで使用してきたことをもって、戸籍の記載を誤字ないし俗字である「静」に訂正する法律上の利益があると解することはできない。

他方、過去の戸籍には、誤字俗字で記載された氏名が多数見られたことも事実であるが、こうした状態はできる限り解消すべきものである。そのため、平成2年の民事行政審議会の答申を受けて、「氏又は名の記載に用いる文字の取扱いに関する通達等の整理について」の法務省民事局長通達が発せられ、平成3年1月1日から施行されている。申立人の名は、上記通達にしたがい、「靜華」と記載されたものである。こうした取扱いは、申立人の名の表記を訂正したに過ぎず、名を実質的に変更したものではなく、法律上違法ということはできない。

そのほか、本件全証拠によるも、戸籍法113条所定の事由を認めることはできないし、他に戸籍上の申立人の名を訂正すべき事由を認めることもできない

以上の次第であるから、申立人の主張は理由がない。

(4)  よって、申立人の本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。

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