東京家庭裁判所 昭和33年(家)6134号 審判 1958年5月26日
申立人 伏見よし江(仮名)
相手方 長岡修二(仮名)
主文
一、相手方は申立人に対して財産分与として金二十五万円を支払うこと。
二、調停審判費用は各自弁とする。
理由
(離婚に至る事情)
一、申立人と相手方は昭和二十六年○月○日婚姻し、その間に一男(昭和二六年○月生)一女(昭和二七年○月生)を儲けたが、昭和三十二年○月○○日子の親権者を何れも申立人と定めて協議離婚をした(昭和三十二年(家)第一二、九三七号、同一二、九三八号親権者変更審判事件綴込の戸籍謄本)
一、離婚の原因については、申立人自身も気が強く、そのため夫婦間のいさかいを激化したことには相違ないが、相手方の不貞行為と、生活費を十分出さなかつたことが、その他の事情と錯綜して夫婦の間柄が面白くなくなつていたところ、偶々昭和三十二年○月○日妊娠調節のことに端を発して、口論となり、相手方が申立人に対して暴行沙汰に及んだことから、申立人が家を飛び出して、交番にかけこむなどのことがあり、その結果申立人の方から相手方に対して離婚届に押印を求めてきたので、相手方がこれに応じ遂に離婚届が出されたものである。(昭和三二年仮処分日記第二号仮処分異議事件記録、昭和三三年五月一七日附調査官報告書、本件調停手続中の経緯)。
一、離婚に際して慰藉料、財産分与、子の養育費等についての取りきめは別になされなかつたが、相手方はその後子の扶養について○福祉事務所で一ヶ月三千円宛の養育費を負担すると申出で、又申立人より相手方に対する扶養調停申立事件の進行中にも、当事者間で任意相手方が月々三千円宛を分担し、申立人に支払う旨の暫定的の話合が成立し、昭和三十二年十二月分より昭和三十三年三月分迄右約定に基く養育費を支払つてきたものである。
相手方は財産関係について離婚に際して申立人は財産分与等一切の財産的権利を放棄したものであると抗争するけれども、そのように思われる証拠はない。尤も離婚の折衝に際して申立人は感情の激化していたことと、子の処置養育についてのみ念頭にあつたため、特に財産分与等について思を致さなかつたことは想像されるが、これがために財産分与の請求権を放棄したとみるのは妥当でない(前項仮処分異議事件記録、本件調停手続における経緯)。
(当事者の資産状況)
一、離婚当時における財産としては、相手方名義の(イ)東京都○区○○○丁目○○○○番地二所在宅地三〇坪三合四勺、(ロ)同所所在木造瓦葺平家建居宅一棟建坪九坪の不動産と(ハ)東京都○区○○所在の賃借店舗(四畳半の土間)における貸本屋営業(備付書籍及び造作)が主なものであつて、他に財産と思われるものはない。
申立人は、相手方は離婚当時現金五、六万円位を所持していたというけれども、相手方が若干の金員の所持していたことは推測されるにしても、申立人の云う程の金員を所持していたとは相手方の弁解に徴して考えられない。一方申立人名義の資産というものは別にこれというものがあるとは認められない(前記仮処分異議事件記録綴込の登記簿謄本及び前記調査官報告書)。尚、右の(イ)(ロ)(ハ)の財産は離婚後今日まで依然相手方名義にて保有されているが、申立人は右(イ)(ロ)の不動産に対して処分禁止の仮処分執行したものである。
一、前記(イ)(ロ)の土地建物が相手方名義にて所有蓄積される経緯についての夫婦協力の事情は以下の通りである。それは昭和二十六年春頃、申立人と相手方は○○○にての間借り生活にて結婚生活を始めたものであるが、その後昭和二十六年○月に至り所在の家屋を二十六万円にて買受けて移居することになつた。前記(イ)(ロ)の土地建物は昭和二十七年○月○○○所在の家屋を二十六万円にて売却し、その代金にて買受けたものである。買受代金は二十三万円であつて、即金十八万円を支払つた残金は割賦弁済の約としたが現在未払分が三万円位残つている。申立人は相手方が前記○○○所在の家屋を買受けるに際して、申立人が婚姻前勤めていた会社からの退職金及び失業保険金七、八万円を支出したものであるから、右○○○の家屋を処分して買受けた前記(イ)(ロ)の土地家屋については申立人の右程度の貢献があつたと云い、相手方は逆に右(イ)(ロ)の土地建物の保有するに至つた事情については、申立人は何等貢献していない、それというのは、相手方は申立人との結婚前埼玉県○○町にて家屋を所有していたが、昭和二十四年○月それを二十九万円にて売却し、その売得代金は一部他に流用したが、尚売得残金が十五万円あつたで、前記○○○を買受けるに際して、即金として右十五万円を支払い残金十一万円は後日支払う約に定めたものであつて、決して申立人の協力を受けたことはないというけれとも、右当事者双方の云うことは何れも極端である。即ち申立人が云うように七、八万円迄の出金があつたと思われないが、直接或は間接に若干の金員の支出のあつたことは、想像される(前記仮処分異議事件記録、調査官報告書、相手方提出の申告書)。
一、(ハ)の店舗については、相手方には先妻及び先々妻の子があつたので、その子達が(イ)(ロ)の土地家屋を相続するということになると、申立人との間の子には相続する財産がなくなるので、申立人との間の子のため昭和三十一年七月賃料一ヶ月金四千五百円、権利金二万円にて借受け、造作六千円支出して貸本屋を開業したものであるが、尚右開業については、相手方は国民金融公庫から九万円を借受けこれに充てた次第である。右の次第であるから申立人も相手方との同棲中その店番等にあたつたことがある。
(前記仮処分異議事件記録、前記調査官報告)
一、更に申立人は相手方の財産蓄積するに至つた事情として、申立人と相手方との結婚生活の期間は六ヶ年であつてその間申立人は相手方の先妻達の子の面倒と、自分の子二人の育児その他家事労働の外相手方の仕事の手助をもなし、且又同棲中幾度となく生活安定のため掻破手術を行い、そのため著しく健康を害するに至つたこと等の事情もある。(前記仮処分異議事件記録)
一、(イ)(ロ)の資産の状況は都電停留場より徒歩六分位の住宅地域にあり、買入当時の家屋の建坪は九坪であつたが、申立人との婚姻中二回に亘つて九万円を使つて建増し、申立人との離婚後更に四万円を使つて建増した結果現在十五坪五合の坪数となつたもので、その評価額は宅地建物を合せて七十三万円(内訳土地二十七万円、家屋四十六万円)位である、(ハ)の店舗は「○○○書店」名の貸本店となつていて、二間間口の土間を改造した粗末な小規模の店舗である。貸本数は約千冊位あるが、その殆どが近所の子供相手の書物である。貸本本料収入は日日大体五百円前後の程度であり、これらの事情から造作代(借家権)を四万円位と見積り評価せられるが、その外保存書籍も相当額に見積られよう。相手方は右財産の取得その他に関連して現在尚十三万円余の債務を負担しているからこれらの事情は資産評価に斟酌されるべきであると述べている。(前記調査官報告書)
(当事者双方の経歴、身分その他財産分与についての斟酌事情)
一、申立人は旧制高女卒業後会社その他事務所等に勤務していたが、相手方とは同じ会社に勤務中知合い、当時上役であつた相手方より無理に関係せしめられた結果昭和二十六年事実上結婚し、前述のように同年十月婚姻届をしたものであるが、結婚当時相手方は失職していたので、申立人は会社勤務中の貯金及び勤務会社からの退職金及び失業手当等その他実家から届けられた食料その他の品物等を提供し、これによつて相手方との間の婚姻費用を分担したものである。而も申立人の婚姻費用の分担は相手方の就職後もつづいたものであるが、離婚に際して子と共に所謂裸にして帰えされたような結果になつたので、現在母子共に生活に窮している事情である。従つて離婚後は自活のため働こうとしても前述のように相手方との結婚生活中幾度にも亘る掻破手術により著しく健康を害したことと、その幼子の面倒をみなければならぬことから、就職もできず、そのため弟達からの援助と生活保護(親子三人分一ヶ月五千九百円乃至六千二百円の扶助料)によつて糊口を凌いでいるものであるが、更に昭和三十三年五月火災に遭い居宅の八割余を焼失したことと、何時迄も人の援助にたよることもできないので、母子資金でも借受け駄菓子店でも開業したいと考えている。その家庭の事情は父死亡し、母(他家の手伝で小遣程度を得ている)弟夫婦(勤人)妹(勤人)及びその子等と申立人の親権下にある相手方との間の子二人達と共に生活しているものである(申立人に対する審問、前記調査官報告書)。
一、これに対して相手方は旧制高校中退し、会社員、警察官等の職を転々として現在○○事務所を設けているが、資格のないため、他人名義を藉りているものである。月収は結婚当時は最低六万円位であつたが、現在は最低四万円位であり、先々妻及び先妻の子(昭和一五年生、昭和二一年生)と共に生活している。尚申立人の言うところによれば相手方は既に岡本(旧田島)某なる女性と同棲中であるとのことであるが、この点は相手方は否定するところである。(前記仮処分異議事件記録、前記戸籍謄本、申立人に対する審問)
(財産分与の内容方法)
一、財産分与の性質には、夫婦財産関係の清算即ち夫婦共有財産の分割とか、離婚後の生活扶助、生前相続などの意味が包含されるものとせられているが、更に財産分与は慰藉料等損害賠償請求権、或は養育費等扶養権利義務関係と深く関連するものと解するところ、本件申立人と相手方との離婚は前認定のように申立人にも相手方を刺戟する所業のあつたことは、否定できないとしても、その離婚の責任は主として相手方の不貞その他有責行為に基くものであり、従つて相手方は、申立人に対して離婚に伴う慰藉料等損害賠償義務を負うべきものであるが、申立人は特にこれらの権利を独立して主張せず財産分与に包含せしめている点、更に当裁判所において、本件財産分与のあることを予定して相手方は申立人に対して月月三千円宛の子の養育費を支払う旨の審判のあつたこと、その他前認定の財産蓄積事情及び前述したように離婚について無責任者である申立人の離婚後の扶養としての財産分与を与えるべき必要のある点、殊に相手方が申立人及びその親権に服する子のため扶養その他財産的支払義務を履行せぬため、申立人等は公的扶養をうけているのであるが、相手方の資産収入等経済事情に徴すれば相手方の父としての親族扶養を先にし、公的扶助は打切られて然るべきものである点、且つ申立人は分与内容としてできれば金銭の支払(五十万円の希望)を希望している点等その他諸般の事情を参酌し、財産分与として相手方は申立人に対して金二十五万円を支払うを相当として主文の通り審判する。
(家事審判官 村崎満)